歴史秘話ヒストリア ウルトラマンと沖縄~脚本家・金城哲夫の見果てぬ夢~

歴史秘話ヒストリア 第50回
ウルトラマンと沖縄~脚本家・金城哲夫の見果てぬ夢~

平成22年9月15日 NHK総合

テレビ番組史上に残るヒーロー「ウルトラマン」の生みの親で、沖縄出身の脚本家・金城哲夫の生涯に迫る。金城は戦後アメリカ統治下の沖縄から上京し、豊かな想像力を発揮して「ウルトラマン」で大成功する。しかし彼の心の中には常に、本土に沖縄の姿を伝えたい、という願いがあった。基地問題、ベトナム戦争など激動の沖縄と本土の懸け橋になろうとした金城と、ウルトラマンと現代史をめぐる、知られざる夢と悲しみと勇気の物語。



・金城哲夫に関する番組は過去にいろいろと放送されてきている。今回の番組では、脚本家・市川森一を除いては円谷プロ関係者、俳優は一切出演してない。

番組では、3つのパートに分けていたが円谷プロを辞職後に沖縄に戻り、沖縄演劇の台本を書いたり海洋博覧会の総合演出を手掛けたことなどを描いていた。再現映像の金城役が老けていた以外は丁寧な作りをしていた。

キーワードは、本土と沖縄の懸け橋になりたいということだった。ただ、その思いとは異なり海洋博演出で協力が得られなかったこと、海洋博工事での海洋汚染や大手ゼネコン優遇され地元が発展できていないとの批判に悩んだという。そしてアルコールが増えて事故死というシナリオに…。従来の見方を超えることはなかった。

そして、ウルトラセブンのノンマルトの使者というシナリオから、人種や民族の違いを超えた生き方ができないだろうかという主張を金城はしていたとう従来の見方を示した。番組の説明では、このような難解なメッセージを秘めていたのでウルトラセブンの視聴率が後半では下がったと結論付けていたが本当だろうか!? 失意のうちに円谷プロを辞めて沖縄に帰ったというのも本当だろうか!?

残念ながら彼が書き残した文章を寄せ集めても彼の真意に沿えるだろうかという思いがある。それにしても、37歳という生涯は短いように感じた。彼が25歳で制作・脚本・監督をしたという映画の一部を上映したが、これは貴重なフィルムだろう。円谷プロの前後を詳しく取材することで、金城の高校生時代から晩年までを回顧することができた。

番組エンディングで、参考文献が一切なかったことと取材協力に出演することなかったが大勢の個人名があり、かなりの取材をしていることが分かる。歴史の評価とは本当にさまざまであり、いろいろな見方から新たな側面を感じることができる。ただし、歴史は美化されやすく客観的に見ることは至難である。
関連記事
スポンサーサイト



コメント


トラックバック

↑