NHK こころの遺伝子 第4回 益川敏英

NHK こころの遺伝子
第4回 議論は自由に 研究室では平等だ 益川敏英(物理学者)
2010年4月19日放送

理科への興味が科学者への夢に

益川さんが科学に興味を抱いた最初のきっかけは父・一郎さんだった。電気技師になる夢を持っていた一郎さんが、身振り手振りで説明してくれた月食や電気にまつわる現象。その不思議に満ちた話は、勉強嫌いの小学生だった益川さんの心を捉え、理科や算数だけは得意科目になる。「科学者になりたい!」夢がはっきりとした形になったのは高校生のときだ。何気なく読んでいた科学雑誌に、地元・名古屋の大学教授・坂田昌一さんが素粒子に関する新しい理論を発表したという記事がのった。「新素粒子の複合模型について」と題されたこの論文に、宇宙の謎が今まさに解明されているという興奮をおぼえた益川さん。大学で理科を学びたいと心に決め、幼いころの勉強嫌いが嘘のように必死で受験に取り組み、見事、名古屋大学に合格した。

坂田教授のE研でのびのびと研究

益川さんが生涯をかけて取り組んだ素粒子論。その研究を志し、大学院2年生のときに、2人の同期とともに最先端を走る評判の研究室、通称E研の門をたたいた。E研のリーダーは、世界の物理学をリードする存在であり、坂田さんが科学雑誌の記事であこがれた坂田昌一教授だ。坂田教授のE研では、教授に対しても「先生」と呼ばずに「さん」付けで呼ぶというルールがあった。坂田さんは、優れた研究成果を挙げるためには、自由で対等な議論が必要だと考えていたからだ。20名を超えるメンバーたちが日々、意見をぶつけ合う。その雰囲気に魅了され、のびのびと研究を進めた益川さん。誰にでも反論することから、ついに「いちゃもんや」のあだ名が付けられるほど、相手が大物であろうと秀才であろうとぶつかっていった。

E研仕込みの議論がノーベル賞に

京都大学の助手となった益川さん。その2年後、同じE研の後輩・小林誠さんが京大にやってきて、ノーベル賞につながる研究が幕を開ける。当時、世界中の研究者を悩ませていた素粒子の難問に挑んだ2人は、E研仕込みの議論を徹底的に交わした。議論を初めて2か月目。考えるのに疲れ果てた益川さんは湯船の中で突然ひらめいた。まだクォークが3つしか見つかっていなかった時代に、6つ存在するという奇抜な発想。小林さんはそれを否定せず、さらに2か月かけて議論と検証を重ね、論文を書き上げた。通称「小林・益川理論」。その後の実験で予測が正しいことが証明され、理論を発表して35年後につかんだノーベル賞。議論は自由にという坂田さんの遺伝子が科学界最高の賞に輝いた瞬間だった。



・4月から始まった番組、この番組を見ていて感じたこと。益川先生の恩師・坂田教授とは少なからず因縁あるために、どのように放送されるか楽しみであった。上記のNHKホームページの文言にすべて集約できてしまい内容的には15分でも放送できる。NHKの強みは徹底した取材にあるが、今回は材料が少なかった。NHKに残っている記録としてはラジオ番組の肉声テープだけのようだ。提供写真も少なくて残念である。

この番組は、再現ドラマと関係者へのインタビューという方法で、ゲストの心に残る一言に迫る。しかし、48分番組にするには内容が乏しいものとなる。ゲストにとって一言を選ぶこと自体が無理があるように思える。人間はさまざまな人から影響を受けている。この番組のスタンスは、恩師に影響を与えた人にも遡り、無理にも話をつなげようとする強引さがある。遺伝子という言葉はあまりよくない。

再現ドラマが必要なのだろうという疑問はある。それよりも、関係者へのインタビューを多く放送することで恩師と弟子という構図を多面的に表現できないものだろうか。それに、29分番組でも十分であり西田敏行のような司会も必要ないだろう。ことさら劇的にするのではなく、NHKの持つ遺産を集めてみるだけでも歴史的に興味深い番組を作ることは可能であろう。

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