神はその時、いずこに ?

神はその時、いずこに ?
2010年1月25日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 国連総会は2005年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容者が解放された1月27日を「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」(International Holocaust Remembrance Day)と指定する決議を採択した。それに基づき、各国で毎年、追悼集会やさまざまな会議が開かれてきた。今年のホロコースト追悼集会のモットーは「生存の遺産」だ。ウィーンの国連でも今月27日、追悼行事が予定されている。
 ホロコーストを考える時、これまでは「ヒトラー政権がなぜ、ユダヤ人排斥主義を取っていったのか」「どうしてドイツ国民はナチス政権を支持したか」等に関心が集まってきた。換言すれば、「犯罪人の分析」が焦点となってきた。
 当方はここでは600万人を越えるユダヤ人たちが虐殺されたホロコーストがユダヤ人の信仰にどのような影響を与えたかを考えてみた。「犯罪人の分析」ではなく、「犠牲者の立場」からホロコーストの意味を模索した。

 ホロコースト後、生き残ったユダヤ人の中には、「どうして神はわれわれを見捨てたもうたのか」と「神の沈黙」について苦悩する信者たちが少なくなかった、といわれている。著名なユダヤ人学者リチャード・ルーベンシュタイン氏は「アウシュヴィッツで神は死んだ」と著書の中で述べている。
 「神の沈黙」については、「マザー・テレサ」と呼ばれ、世界に親しまれていたカトリック教会修道女テレサの書簡が有名だ。
 貧者の救済に一生を捧げ、ノーベル平和賞(1979年)を受賞したマザー・テレサは生前、「私はイエスを探すが見出せず、イエスの声を聞きたいが聞けない」「自分の中の神は空だ」「神は自分を望んでいない」といった苦悶を書簡の中で告白する一方、コルカタ(カラカッタ)で死に行く多くの貧者の姿に接し、「なぜ、神は彼らを見捨てるのか」「なぜ、全能な神は苦しむ人々を救わないのか」等、問い掛けている。それに対し、神、イエスは何も答えてくれない。修道女の心の中に神、イエスへのかすかな疑いの思いがで疼いていった。
 多くのユダヤ人もマザー・テレサと同じ苦しみの中にあったのではないだろうか。「あなたの息子、娘が悲惨な状況にある時、あなたはいずこに」と呟き、その「神の不在」の痛みから神への信仰を捨てたユダヤ人もいたという。
 一方、「ホロコーストはイスラエル建国のための供え物だった」と受け取るユダヤ人もいる。ホロコーストがディアスポラ(離散)だったユダヤ人を再び統合する契機となった、と考えるからだ(イスラエルは1948年、建国宣言した)。また、「選民ユダヤ人は人類の代表としてその罪を償った」と考えるユダヤ教徒もいる。
 少数派だが、「天罰説」もある。ハリケーン・カトリーナ(2005年8月)が米国東部のルイジアナ州ニューオーリンズ市を襲い、多くの犠牲者を出したことについて、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではない」と述べ、「神の天罰が下された」と表明したカトリック教会の聖職者がいたが、「ホロコーストはユダヤ人の罪に対する天罰だ」と受け取るユダヤ人がいる。ユダヤ教根本主義者と呼ばれる人々だ。ただし、この場合も「どの罪に対する天罰か」では一致した意見がない(ユダヤ教徒の多くは「救い主イエス殺害への天罰」という考え方を避ける)。
 「なぜに、多くのユダヤ人が犠牲とならざるを得なかったか」――。その問いに対し、ユダヤ人は必死に答えを探してきたはずだ。全てを1人の狂人ヒトラーの蛮行で済ませるにはあまりにも重い内容があるからだ。ホロコーストから半世紀以上過ぎた今日でもなお、多くのユダヤ人は問い続けている。
 ユダヤ人が「ホロコースト」の悲劇を繰り返し叫び続けることに不快を感じる知識人もいる。彼らは「ユダヤ人のホロコースト産業」と揶揄する。しかし、「なぜに、われわれは犠牲となったか」「神はいずこにおわしたもうたか」等に満足いく答えが見つかるまでは、ユダヤ人は絶対、ホロコーストを忘れないだろう。



・大量虐殺に対しての疑問は、キリスト者の普段の疑問でもある。
「なぜ、神は悪を放置しておくのか」「なぜ、神は戦争を放置しておくのか」…
この質問に対して、いろいろな解釈ができるかもしれない。記事にあるように、それぞれに都合の良いように考えるのが一般的だ。
これは、それぞれのキリスト者が各自考えてみることになるだろう。私なりには説明できるのだが万人向けの説得力はない。神をどう考えるかという問題であると考える。
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