キリスト教神秘主義5

「もしも、神が助けに来られ、困難から解き放してくださるならば、そのときこそ、真の神を求めることの始まり」(アントニー・デ・メロ)1-406

If your God comes to your reseue and gets you out of trouble it is time you started looking for the true God.

神を知ることは、向こうからの恵み。こちらはひたすら求める、探す、叩き続けることのみ、すると何かしら神らしいものを感じ始めることができる。それは、自分が思ってもみなかったものだった。そこを足掛かりにして、さらに神を知っていけば既に神から愛されていることに気がつく。困難さのなかで既に神と出会っていたのだよ。

◎至福直感【Visio beatifica】

神をこの上ない幸福な状態で観すること。神秘的一致の極性はここではじめて真に経験される。人間は疎遠な、一切の包み隠す深淵、かと思えば押し寄せる神を認識し、存在の均整、神―人間の愛と現実の調和を知るのである。このようなエクスタシーは存在が真に自己自身に達することであり、このような受動的なままで迎えられることは最高の自由である。多くの神秘主義者はその一致体験をいわば至福直感として記述している。

これは、神の光のイメージと感じられる。古今東西、神秘主義者は神と合一を目指して、あるものは祈りに、あるものは奉仕に、あるものは日常へと出ていく。そこで、偶然に神と出会うのだ。パウロの盲目が開かれたという体験は正しくそのことを意味している。このような体験をする方は多く、それから、真の神を求めることが始まる…。
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