キリスト教会の「性犯罪」

■キリスト教会の「性犯罪」(AERA 2008/4/14号)
 宗教最新情報 2008/4/15
 
◆これはカルト教団の話ではない。信者が司祭から虐待を受けた。
被害者の心の傷は根深い。「神」はどう判断するのか。
「これからすることは誰にも言っちゃいけないよ」 男はそう言うと、ソファに並んで座っていたアケミさん(仮名)の下着の中に手を滑らせた。
当時小学4年生。男は彼女の一家が代々通う、日本聖公会高田基督教会(奈良県大和高田市)の牧師だった。
英語を教えにアケミさんの自宅を訪れるたび、牧師は性的虐待を繰り返した。
ある日トイレで、床に並べたスリッパに頭を乗せて寝そべるように言われた。
牧師の頭が股間に迫り、もてあそばれた。「気持ちいいか」うん、と答えると、牧師はうれしそうな顔をした。
他の部屋にいた家族は気づかなかった。やがて、虐待の場所は、自宅から教会に隣接する牧師館へ、そして教会へと移っていった。
鍵のかかる準備室で、礼拝堂の床の上で、祈りの後で信者たちが食事を囲む机の上で、虐待された。
「大人の女性になるために必要なことだ」と、繰り返し念を押す牧師の言葉を疑わなかった。
痛いときも、大事なことだといわれて我慢した。
被害意識がないまま、牧師が転出する中学3年まで虐待は続いた。
 これらのすべてを、2005年3月の大阪高裁判決が事実と認定した。

◆キリスト教の牧師・神父は「聖職」とも呼ばれ、神と信者の仲立ちをする「高潔な人物」とされる。
しかし現実には、牧師たちによる性的「犯罪」行為は繰り返されている。過激な教義を持つ「カルト集団」の話ではない。
歴史も認知度もあり、全国に多数の教会や関連学校、病院などをもつ教団の牧師が加害者なのだ。

◆福岡県のカオリさん(仮名)が、日本ホーリネス教団平塚教会(神奈川県平塚市、現在は廃止)の牧師が宿泊する博多のホテルを訪ねたのは、21歳の時だった。
牧師は、病気の子どもやお年寄りたちに福音を説く「星の子どもたち」の活動で全国を回り、手伝いを求めていた。
2年前に父親をがんで亡くしたとき、頻繁に病床を訪ね、召天式も執り行ってくれた牧師を、彼女は尊敬していた。
しかし、ドアを閉めた牧師にベッドに押し倒された。抵抗も拒否もできなかった。
これ以降、牧師が月1回程度の割合で九州方面を訪れるたび、ホテルに呼ばれた。
1年がたったころ、カオリさんの強い主張で関係は終わった。
しかし、彼女の心には深い傷が残った。
摂食障害となって食べては吐くことを繰り返した。食費は一日1万円を越え、トイレの排水口が詰まった。
牧師を相手取って起こした裁判は1,2審とも、牧師の不法行為を認定し、550万円の損害賠償を命じた。
だが、牧師は約3年にわたり支払いを拒否。彼女の傷は癒えなかった。
裁判終結から1年ほどたった02年秋のある朝、母親が起きると、カオリさんの姿はなかった。近所を捜したが見当たらず、捜索願を出すために立ち寄った警察署で、13階建て市営アパートで飛び降りがあったと聞いた。
遺体安置所に行くと、カオリさんが横たわっていた。
苦しみから解放された顔をしているように、母親には見えた。26歳だった。
母親は教会での性暴力について冊子にまとめ配っている。

◆牧師の「犯罪」には、他とは違う特徴がある。
その1つが「神の利用」。わいせつ行為を「救済」と説明する。

◆カオリさんのケースでは、牧師はホテルの部屋で会う前に、幾度となく彼女に電話をかけ、ひわいな言葉を投げかける一方で、聖書の話をしたり、祈りをささげたりした。
直接、苦情を言ったときも、「自分たちの関係は神様だけにしか分からない」と牧師は言った。
こうした牧師の言動を、福岡地裁判決は、こう断言した。「聖母マリアの例を引いて自分への従属を示唆、要求した」 もう一つの特徴は、いったん事が表面化すると、「司祭がわいせつ行為などするはずがない」という認識を前面に出してくる点だ。
アケミさんを虐待した奈良県の牧師は、一度は被害者側に土下座するなど加害を認める素振りを見せた。
ところが、その後、彼女が提訴に転じると、「(アケミさんには)妄想的傾向があると思われ、そうした精神状態がなさしめた訴訟」と態度を翻した。
そして、「私は牧師です。毎週礼拝を司式し説教もします。もしも原告の言うような悪魔的な行為をしたと言われるならば、私は悪魔の超能力を持っているのでしょうか」と裁判官に訴えた。
著書に『犯罪被害者の心に傷』がある小西聖子武蔵野大教授(被害者学)はこう指摘する。
「牧師は親と同じぐらいの信頼に値する存在。そういう人から虐待され、自分が悪いと思い込まされるような状況では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を含む深刻な心の傷を負いやすい」 さらに、教会を統括する教団の対応が、被害者の苦しみに追い打ちをかける。

◆日本聖公会には、教会を自治している「教区」が全国に11ある。アケミさんの教会を包括する京都教区は、虐待が発覚した直後、牧師を退職処分にすることを決めた。
しかし、牧師が否認に転じて退職を拒否すると、退職処分を取り消し、教区ナンバー2の役職や、神学校の教授、幼稚園の園長などを続けることも認めた。
京都教区はさらに、牧師側敗訴という大阪高裁の判決が確定した後にも、「判決については驚いているし、裁判には憤慨している」という、牧師側に立ったコメントを出した。
高地敬主教は言う。「一生懸命仕事をする牧師だったので信頼していた。キリスト教の聖職なら、裁判所が認定したようなことをするはずがないとも思った。当時は被害者がウソを言っていると思っていた」
アケミさんは、教区のコメントが出たころの心境を、次のようにノートにつづった。
「うそをつく人間だと、私の人間性を否定された。人としての尊厳を傷つけられたまま、生きることはできない」 性的被害があったとき、司祭を擁護しがちなのは教団だけではない。
一般信者も、反射的に司祭の肩を持つ傾向が強い。

◆サナエさん(仮名)は、勤務していた日本基督教団熊本白川教会(熊本市)の牧師の言動に耐えかね、周囲への訴えも効果なく退職した。
さらに被害者が増えかねないと思い、提訴に踏み切った。
 裁判では、牧師が2年以上にわたって礼拝堂でサナエさんの胸をひじで触ったり、太ももに手を当てたりしたことが何度もあったことが認められた。
 判決はさらに、▽牧師館に相談に訪れたら、牧師に「カーテンを閉めたらここでしてもいいね」「あーもう我慢できない」などと言われた ▽礼拝に行ったら、牧師にドライブに誘われ、関係を求められたうえ、「墓場まで持っていく」という言葉で口止めされたーなど、他の女性6人の事情聴取を信用できると判断し、こう述べた。「(牧師の)性的な面での節度のなさという行動性向はもはや歴然だ」 判決は1、二審ともサナエさんが勝訴、05年4月に確定した。 それから3年。熊本白川教会では、今も同じ牧師が教会で礼拝を続けている。
本人に見解をただすと、「教会の95%の人は、私がセクハラをする人間ではないとわかっているからです」といたうえで、こう言った。
「裁判の結果よりも、現場にいる人(信者)が出した答えが事実になる」 法をどう理解しているのだろう。
この牧師は、自分を陥れようとする伝道師の一人が仕組んだ「でっち上げだ」とも言った。
 日本基督教団では、牧師の人事は各教会が決めることになっている。
教会の信者たちでつくる幹事会が、牧師を招聘したり解任したりする。熊本白川教会の幹事会トップは言う。
 「(セクハラは)100%なかったと思っている。牧師の仕事は24時間だから、そんなことをする時間はありません」 幹事長はそう言うと、「クーデター」という言葉を使いながら、やはり伝道師による「でっち上げ」説を口にした。
裁判についても、「教会生活をする私たちの声がまったく受け止められていない」と言い、女性6人の事情聴取の中身に関しても、「絶対にうそだ」と話した。
 一方、牧師の辞任を求める信者の一人の元幹事によれば、「神様に遣わされた」牧師に異を唱えるのは教会内では少数派で、その少数派は別の教会で礼拝せざるを得ない状況だという。
「ただ、本当に牧師を信じている人は少ないのではないか。牧師はとにかく守らなくてはならないという意識が、教会としての対応を誤らせている」

◆キリスト教年鑑(08年版)によると、日本のキリスト教教会人口は、総人口の0,9%程度。プロテスタントは計約62万人で、うち、最大規模の日本キリスト教団が約19万人、日本聖公会は約5万5千人、日本ホーリネス教団が約1万3千人。カトリックは約48万人だ。
信者は決して多くないなかで、キリスト教会が国内で存在感と影響力を保っているのは、欧米の高級文化というイメージによるところが大きい、と櫻井義秀北海道大大学院教授(宗教社会学)は話す。
「日本ではかつての上流階層や知識人がまずキリスト教を取り入れ、キリスト教精神の病院や学校など社会事業を展開してきた。
その流れがいまも引き継がれているので、教団は社会的に高く評価されて当然という意識がある」 だから、性的虐待やセクハラといった問題は、神聖で高潔な教会ではあり得ないこととして扱う。
もし発生しても、判決が出ても、簡単には事実を認めない。 単なるスキャンダルに矮小化する。
そんな傾向に対し、櫻井教授はこう話す。「本来なら、防止や対応の体制整備や聖職者たちを対象にした研修、問題を起こした聖職者を排除する仕組みなど、構造的な不備を改めないといけない。性的な問題は教会では起きてはならないという考えではなく、起こり得るという意識が必要だ」

◆カトリック系も同じだ。 米国では02年、新聞報道をきっかけに、カトリック教会の司祭らによる教会施設内での児童への性的虐待が次々と明るみに出た。加害司祭は1千人以上、被害者は4千人以上ともされ、ボストン大司教の枢機卿をはじめ、200人以上の司祭が解任された。
これを受け、日本のカトリック中央協議会も各教区に報告を求めたところ、米国と同様の児童への性的虐待が過去に数件あったことが判明した。
 中央協議会が04年10月、一般信者らを対象にセクハラに関するアンケートを実施したら、50~70代の女性を中心に110件の回答が寄せられ、教会内でのセクハラが長年にわたって存在してきたことが浮かび上がった。
神父が女性信者の自宅に押し入り性交を強要した、といった犯罪性の高い事案もあったという。
 日本カトリック正義と平和協議会会長の松浦悟郎大阪大司教区補佐司教は言う。
「祈りのためにひざまずいた女性の頭が神父の股間にわざと触れるようにするなど、祈りの行為や神父の尊厳を利用したケースもあった。これは最も許されない」 こう見ると、キリスト教の司祭は神と信者を結ぶ「高潔な人物」という見方は、必ずしもあたらないことがわかる。

◆だから、今回取り上げた教団は、少しずつ「対策」を講じざるをえなかったようだ。
 虐待の現場となった教会を持つ日本基督教団九州教区や日本聖公会京都教区は、セクハラ防止のための指針を定め、相談窓口や調査委員会などを置いた。
日本ホーリネス教団やカトリック中央協議会も、セクハラの訴えに対応するスタッフを任命している。
 ただ、裁判などのかたちで表面化したことがない教区などでは何の対策もしていないところもあるという。

裁判所で虐待事実を認定された司祭本人は、どう被害者に謝罪したのだろうか。
日本聖公会高田基督教会で事件を起こした牧師は、最高裁まで争って敗れた後、05年9月に依願退職した。
本誌が自宅を訪ねると、「もう見解の相違でけんかしたくない。話したくない」 と話すが、現在も性的虐待の事実は認めていない。
 日本ホーリネス教団平塚教会の牧師は、教団を除名となった。
しかし、妻が経営する無認可保育施設で働いている。
裁判終結から4年半後には、広島の知人の教会で「あなたの罪赦された」と題し、涙ながらに、「私の罪は赦されて、もう一度立つことが出来る。そういう確信をいただいている」 と宣言。
現在、毎週日曜日に、勤務する保育施設を教会がわりに、説教をし、賛美歌を歌っている。
 一方で、遺族が求めているカオリさんの遺骨の前での謝罪は拒絶したままだ。
「強姦ではなく和姦だった」 と裁判で主張したことは、姦淫が禁じられた牧師の立場と矛盾する。
日曜日の礼拝前に元牧師を訪ねると、職業を牧師だと答えたうえで、「何も話すことはありません」と述べた。
熊本の牧師は、教団本部の処分や九州教区の辞職勧告を気にしている様子はなかった。
判決についても、こう話した。 「裁判官は相手方の作文を信じたんでしょう」 虐待された側はどうか。
アケミさんは父親が取材に応じ、「まだ話せる状態ではない。男性不信は根深い」と答えた。
 サナエさんも、精神的被害のため、多くを家の中だけで過ごさざるを得ない日がいまもあるという。 

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