NHKこころの時代「釜ヶ崎で福音を生きる~神は小さくされた者の側に~」

こころの時代~宗教・人生~「釜ヶ崎で福音を生きる~神は小さくされた者の側に~」
2015年7月5日 Eテレ

大阪・釜ヶ崎で労働者の支援を続けるカトリック司祭の本田哲郎さん。「神はいちばん小さくされた者の側にいる」。本田さんが訳した福音書のメッセージについてお話を伺う。

日雇い労働者を支援する「ふるさとの家」で、本田さんは週4回、労働者の散髪を行っている。フランシスコ会の元日本管区長で、バチカンの聖書研究所にも留学した本田さんは、労働者たちと苦労を共にする日々の中で、聖書の再訳を進めてきた。「隣人愛-人を人として大切にする」、それが聖書の中で最も大事な教えだという。小さくされた人々の側から、現代人の心に響くイエス・キリストの言葉-福音の世界について語っていただく。

カトリック司祭:本田哲郎
ディレクター:西世賢寿


・今回は放送を見て浮かんだことなどを記す。

本田訳の実例・・・マルコ福音書一章14-15節

ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、
「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」。『口語 新約聖書』

ヨハネが捕えられたのち イエスはガリラヤに行き 神の福音を告げ知らせて 
時は満ち 神の国はすぐそこに来ている 低みに立って見直し福音に信頼してあゆみを起こせ

(口語訳) 悔い改めて
(本田訳) 低みに立って見直し


ギリシャ語「メタノイア」(視座を移す)
ギリシャ語「ピスティス」(信じて行動を起こす)

上記のような私訳を番組では紹介し、小さくされたものの視点から翻訳を試みているという。

本田神父など語学に堪能な方は自ら翻訳を試みられるようだ。言語を学ぶとはそういうことであり適切な訳とは、機械翻訳のような単語を単語に移し替えるような作業ではないのだ。そこには解釈があり意図がある。

ただ翻訳に関してというよりも言語の持つ問題点として、細分化できないし現実との遊離は避けられないことだ。だから本田神父の訳も、その説明を受けないと意味をなさないというのが本当のところだ。

敷衍すると、聖書というものはその程度の曖昧さにあるということだ。それを至高の書として崇め立て自己を縛る信仰者の何と多いことか。ギリシャ語・ヘブル語が深く分からなければキリストの心は分からないということになる。そんなことはないだろう。

言語に得意な人もいればそうでない人もいる。哲学書が難しいのは、その哲学が難解であるというよりも翻訳者がそもそも理解していなくて、それを機械的に訳することの弊害であると考えている。つまり分かっていれば、こなれた日本語を探して当てはめても意味は十分に通るのである。

宗教書にも同じことがいえる。言語のスペシャリストであることと生き方のスペシャリストであることは何ら関係がない。

私の能力不足だと思うが、この単語には、このようないくつもの含意があると説明されても、それを同時に理解することができないのだ。

そして原語ほど多義語になり、いくらでも解釈は可能なのだ。それが元で、宗教観に対立が起きて果てには戦争までしかねないというのが人間の限界なのだ。


さていわゆるホームレスだが、統計によれば減少している。この分野については専門として古くから関心を持ってきた。また学生時代の所属サークルもセツルメント活動という古めかしいものだった。

あまり活動しなかった理由は疑問を感じたからだ。それは設立当時と状況が変わっているにもかかわらず活動をしていたからだろうと思う。私個人はホームレスに関心もなく、それは一つのライフスタイルという認識になり、弱きものとして独特の地位を与えているわけではない。

ただ本田神父が炊き出しや見守り活動で感じたように、彼らの言葉は、自分はまっとうに社会に生きていると信じている人を混乱させるには十分であろうと思う。それは裏社会にしても底辺に生きるしても、それなりに哲学があり生活感があり思いがあるからだ。

本田神父は、ホームレス支援をしながら彼らから多くのことを学んだという。「自分で働いたお金でメシが食いたい」といった彼らの本当の気持ちを汲むことで、自分自身が知らず知らずに上からの視点で見ていたことに気づいたという。

本田神父のような地味な活動が大きな潮流となることはないだろう。ただ、そのような地味に見える活動からすべては始まり、気づいたら周りが変わっていくのだろう。


福音書は宗教的古典として、過去の人びとの生きざまを描いている。その中には虐げられた人も、権力を持っている人も現れる。イエスは何ために行動を起こし、弱きものたちの立場で発言をしたのだろうかと問われるべきことだろう。

福音書を読むとは、神学的に読むというよりは、現在の置かれた状況からより低い立場にある人の視点で見ることを求められるのではないだろうか。ただ、それは社会改革運動を求めるというよりは、人間の限界として生じる社会において、どのように隣人を扱うかという問題に応えているのだろう。

宗教の不思議は、逆転の構図が随所に見られることだ。つまり弱いものが強くなり、最後のものが最初になることだ。分かっていると思っている人は分かっておらず、信仰深いと思っている人が浅い理解しかないという道理である。

最近感じていることは、広く社会を論じることの不毛さと手応えのなさだ。テレビ画面に映っている人はいったいどこの人なのだろうか、この国の現実なのだろうか。これだけグローバルに密接に生きているはずの人類なのだが、起こっている事件・事故を見ても共感できない自分を発見する。

藤木正三師への思いを先にまとめたが、人間が連帯できるのは人間の弱さではないかということだ。つまり、どうにもならない自分自身の持つ性向や腹黒さなどを自覚する時に、誰もが同じ地平を生きていることにびっくりとする。大統領だろうとテロリストだろうと大阪のおばちゃんでも同じことなのだ。そこから何かが始まると思う。


過去の放送の逐語禄
こころの時代 「弱き立場の人々に学ぶ」
平成二十年七月十三日
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-354.htm


追記
この記事の反響は、本田神父の人気なのかもしれないしNHKというメディアの大きな影響力を物語るものかもしれない。ディレクターは聖書の知識も豊富であるが、NHKは公正中立・不偏不党!?らしいので安心して見られるとよいだろう。ディレクターの信仰が番組に表現されることはないし、それは番組を見れば分かることだろう。

翻訳に関して言えることは、聖書でも仏典でもそうだが、その意図するところを把握するには字面ではなく、それを書いた人の思いを想像することだろう。つまり私たちも、言葉の持つ不自由さと限界、そして言外になる思いがあり、かつ言葉以外の全身から発せられるものがあるから、言葉のみに捉われる必要はまったくない。

さて言行一致ということが人間の姿勢としてもっとも尊いことだと思うのだが、口先だけ知識だけの宗教者が何と多いことだろうか。まあ男性はどちらかというと理屈に頼り、女性は感性・母性に頼るのではないかと思う。本田神父にマザー・テレサのような優しさを感じないが、彼も専心に隣人に仕えようとする姿勢だから言葉が重いのだろう。

7/12こころの時代では、NHK・OBディレクターの金光寿郎さんが進行を務めていた。金光さんを重用しなくてならないほど後輩が育っていないのか、補聴器をしながら進行していた姿を見ながら胸を打たれる思いになる。NHKを初めとして放送業界には、かなり変わった人たちが生息しており、画期的な番組を提供していたが人材も枯渇しつつあることを憂う。

イエスが私たちに問うているのは、「あなたの隣人とは誰なのか」ということです。
マザー・テレサは、それは「まず家族」と答えるでしょう。
そうした身近なところから手をつけること、貧しい小さくされた者はカルカッタでも釜ヶ崎にいるわけではないのです。

いまあるところで福音を生きる~神は弱く小さくされたいと思う者の側に~

あなたの隣人は一体誰でどこにいるのでしょうか、自分のように丁寧に接することで何かが変わっていくはずです。



関連書籍

『釜ケ崎と福音―神は貧しく小さくされた者と共に』 (岩波現代文庫)

20150321.jpg

文庫: 280ページ
出版社: 岩波書店 (2015/2/18)


岩波書店 内容紹介ページ  http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6032820/top.html

本田哲郎(ほんだ・てつろう)
1942年生まれ.65年,上智大学を卒業し,フランシスコ会に入会.71年,司祭叙階.72年上智大学神学部修士課程修了.78年,ローマ教皇庁立聖書研究所卒業.89年より大阪釜ケ崎にて日雇い労働者に学びつつ聖書を読み直し,「釜ケ崎反失業連絡会」などの活動にも取り組む.著書に『イザヤ書を読む』(筑摩書房),『小さくされた者の側に立つ神』『続 小さくされた者の側に立つ神』(新世社),『聖書を発見する』(岩波書店),聖書の個人訳に『小さくされた人々のための福音』『パウロの書簡』(新世社)など.


参考
マザー・テレサ ‏@MotherTeresabot
わたしは一般大衆を責任の対象と見なしたことは一度もありません。わたしは個人を相手にします。わたしは同時に一人しか愛せません。同時に一人にしか食べさせることはできないのです。対象はつねにひとりなのです。


追記
再放送 【初回放送去年7月5日】[Eテレ]
2016年7月10日(日) 午前5:00~午前6:00(60分)
2016年7月16日(土) 午後1:00~午後2:00(60分)
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2015年07月12日(日) 23時58分 | | 編集


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