人生いろいろ:国益と民益

† 与党副総裁や政府官房長官が安保法案について強引な弁を述べ続けている。特に参考人として憲法学者らが明らかに法案が違憲であると国会で述べてことに対して、それを打ち消すことに汲々とししている。これらの動きに対して閣僚や党幹部などを歴任してきた与党重鎮OBらが懸念を表明している。何よりも安保法案の仕組みが難しくとても国民の理解するところではない。また政府解釈も二転三転していき、これが成立して統一的な運用ができるか、現場レベルで混乱する懸念は払しょくできない。

‡ それらの根本にある想いは、ズバリ国益そして民益をめぐる考え方の違いにある。国益という大局的な判断をする責任と民益という国民の基本的な権利をどう調整するのかが問われる。副総裁が追い詰められて、さらにこの国を牛耳る人たちの構造を明らかにしてしまった。それは内閣解釈と最高裁判断のお墨付きの両輪があれば、どこかの国の利益を最大化でき、かつ国益という権力層の保持が可能であるということだ。そこには民益はなく、国民に対する私権制限を通しての生きづらさが増すのみだ。意志表示の唯一の手段である選挙の包括委任は今や限界にあるのだろう。今でも世論調査の内閣支持率は50%を超えるというのが、この国の哀しい民度。

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