NNNドキュメント’15 9条を抱きしめて~元米海兵隊員が語る戦争と平和~

NNNドキュメント2015
9条を抱きしめて ~元米海兵隊員が語る戦争と平和~
2015年5月3日 日本テレビ系 55分枠

戦後70年、日本は国家として他国民を誰一人殺さず、また殺されもしなかった。非戦を貫けたのは、戦争の放棄を定めた憲法9条があったからにほかならない。戦争は、国家間の争いだが、実際に戦闘に携わるのは紛れもなく人間。人殺し、殺し合いに他ならない。アレン・ネルソンさん。ベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員だ。戦場で数えきれないくらいの人を殺害し、帰還後PTSDに苦しめられるが、自らの過ちを認めることをきっかけに立ち直った。96年から日本で講演活動を開始した彼が最も大切にしたのが憲法9条。暴力的な方法に頼らない唯一の道は9条の理念にあると訴え続けた。ネルソンさんの半生、証言を通し、‘9条’が日本で、そして国際社会で果たしてきた役割、意味を問い直す。

制作=読売テレビ
ナレーター:藤田千代美(関西芸術座)
ディレクター:阿部祐一


・日本における講演回数は13年回、延べ1200回に及ぶ。

戦争で相手を撃つ時にどこを狙うか!? 講演でネルソンさんは問う。頭、心臓、腕・・・聴衆はそれぞれに挙手をして答える。答えは男性の急所であるという、すると腹部付近に当たり、そこは致命傷とはならず苦しみがずっと続くという。撃ち損じる可能性の高い頭や心臓などを狙うことはないという。

戦闘中は兵士たちは感情のコントロールを失う。本当の戦争は映画とは違うという。ベトナム戦争後、彼はPTSDになった。頼まれてベトナム戦争の話をすることになった時、「あなたは人を殺しましたか」という小学校生徒の質問に逡巡する。

本当の戦争の悲惨な現実とは、子どもたちには本当のことを知らせるべきではないか。本当のことをしゃべると子どもたちは泣いてくれたという。PTSDを克服するまでに18年を要した。1996年に友人から日本国憲法9条の存在を知らされて驚愕したという。

日本の皆さんは憲法9条に守られてきた。そして戦争を知らない。それは核兵器よりも強力な軍隊よりも破壊力があると語る。ネルソンさんの死後、アレン・ネルソン基金沖縄の会(奨学金制度)を創設。

さて、この時期に9条問題を題材としたドキュメンタリーの意図は明白だろう。海兵隊員入隊訓練の映像、そして主人公であるネルソンさんの講演模様を編集したもの、加えて以下の書籍をもとに劇画に声を当てて彼の心中を伝える。

ネルソンさんは既に故人であり過去の映像資料に頼るしかなく、今回のために撮影されたものは多くはなかった。過去にも恐らくドキュメンタリーになっているのだろう。それだけ彼のような存在が貴重であったということ。

劇画を用いたことで55分枠にならざるを得なかったろう。それはナレーションで彼の半生を語るよりインパクトがあるという判断だろう。それはこの番組を見る戦争をまったく知らない若い世代にとっては有益かもしれない。

戦争については恐らくいろいろな考え方があるし政治情勢や背景分析などできるだろう。しかし結局、戦争とは人が人を殺す現実なのだ。映画・テレビでは本当に俳優が死ぬわけではない。兵士のプロとして一通りの訓練と実践経験から、戦場で起こることを語っただけだろう。そこからすべては始まるのかもしれない。

自衛隊員でも、イラク派兵の後方支援を経験しただけで帰国後自殺した人は56人に及ぶ。自殺は複合要因でイラク派兵が原因とは断定できないまでも平均よりも多いことは危惧される。過度の緊張が続き、隊員個人が瞬時に判断して身を守ることが要請されていた。

歴史を伝えるとは、耳にタコができるほと繰り返し語るしかなく、それでも風化していくものだ。日本人も戦争中に人を殺した人がいても語ることをした人は稀だ。それでも平和が守られてきたのは憲法9条が歯止めとなっていたことは見逃せない。その条文を無効化する安保法制の成立に議論が起こるのは当然のこと。

綺麗な戦争などはない。ボタン一つで終わる戦争はない。憎しみが生じない戦争はない。


アレン・ネルソン奨学金(アレン・ネルソン基金沖縄の会)  http://alenokinawa.ti-da.net/


「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」
アレン・ネルソン

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文庫: 176ページ
出版社: 講談社 (2010/3/12)

アレン・ネルソン Allen Nelson
1947年、ニューヨーク・ブルックリン生まれのアフリカ系アメリカ人。海兵隊員としてベトナム戦争の前線で戦う。帰国後の戦争による精神的後遺症から立ち直った後、日米両国で精力的に講演活動を行い、戦争の現実を訴えつづける。2009年3月逝去。

ベトナム児童に奨学金 故ネルソンさんの遺志継ぐ
2010年2月21日 琉球新報

 2009年3月に多発性骨髄腫で亡くなった元米海兵隊員で平和活動家の故アレン・ネルソンさん=享年61=の遺志を継ぐ「アレン・ネルソン奨学金」がこのほど県内で設置された。ネルソンさんの闘病を支援するため募った寄付金の残金で、ベトナムの子どもの学費の一部を支援するもので、関係者が5日にベトナムを訪ね、奨学金を贈った。
 アレン・ネルソン基金沖縄の会代表の宜野座映子さん(62)は「ネルソンさんは生前、世界平和のためには教育が大切だと語っていた。彼が追い続けた『戦争のない世界』を実現するため奨学金を続けたい」と思いを語った。
 ベトナム青葉奨学会沖縄委員会(高里鈴代代表)の村田光司さん(46)が、ネルソンさんがベトナム戦時に駐留したクアンナム省タムキーを訪ね、小学生100人に各30万ドン(約1500円)とネルソンさんの講演を翻訳した冊子200冊を手渡した。村田さんによると30万ドンは現地農家の収入1カ月分に相当するという。
 ネルソンさんの闘病を支援したアレン・ネルソン基金の残金約240万円について、遺族が「彼の遺志を生かしてほしい」と宜野座さんに持ち掛け、奨学金を立ち上げることになった。
 ネルソンさんは18歳で入隊後、キャンプ・ハンセンで訓練を受け、ベトナム戦の最前線に送られた。退役後、ベトナムでの殺人経験でPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩み、カウンセリングを受け青少年のための活動を始めた。1995年の米兵少女乱暴事件をきっかけに、米兵をアメリカ本国へ連れ戻す運動を開始。全国で2千回以上講演し、反戦を訴え続けた。
 「貧しく教育を十分に受けられなかった彼は『きちんと教育を受け、人を殺す意味を知っていたら軍に入らなかっただろう』と語っていた」。宜野座さんは「支援を受けたベトナムの子が、彼の平和への思いを理解することで平和な世界に近づくはずだ」と期待する。
 宜野座さんらは27日午後6時から8時、那覇市文化テンブス館3階で奨学金立ち上げの経緯を報告し、ネルソンさんの証言を収めたDVDを上映する。(荒井良平)


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