NHKスペシャル 戦後70年 ニッポンの肖像 豊かさを求めて①②

NHKスペシャル
戦後70年 ニッポンの肖像 豊かさを求めて
第1回 "高度成長" 何が奇跡だったのか 
2015年5月30日 49分構成

焦土と化した第二次大戦の敗戦からわずか20年余りで世界第二位の経済大国に上り詰めた日本。世界史上、類を見ないスピードで復興し、高度経済成長を成し遂げたその復活劇は、「奇跡」と称賛された。翻って今の日本は、低迷が続き、未だに再浮上の糸口をつかめないままもがいている。あの「奇跡」はなぜ起こったのか。時代の産物に過ぎなかったのか、それとも日本の真の実力だったのか。奇跡と呼ばれた高度成長の、何が実力で何が幸運だったのか、膨大に残る関係者の音声テープ、新資料から検証。高度成長の真の姿を明らかにし、今に生かせる教訓を探る。

MC:三宅民夫、首藤奈知子
ゲスト:五木寛之、石丸典生
ナレーション:伊東敏恵
映像技術:梅本京平
ディレクター:勝目 卓、荒井俊之

第2回 “バブル”と“失われた20年” 何が起きていたのか
2015年5月31日 85分構成

奇跡ともいえる高度成長を遂げた日本経済は、その後、世界に先駆けて二つの事態に見舞われます。それが「バブルとその崩壊」「“失われた20年”という停滞」です。第2回は、その2つの「事件」を検証し、それがいったい何だったのか、そこから何を教訓とすべきかを解き明かします。
金融が経済の主役となり、「マネー経済」へと世界が突き進んだ70年代以降、各国で繰り返されるバブル生成と崩壊。世界がその怖さを痛感したのが80年代後半、日本が経験した「バブル」でした。今回、取材を通してみえてきたのは、「マネー経済」という新たな変化に対応できなかった日本の姿。マネーゲームにまい進し、バブル崩壊後は不良債権隠しに走る企業。戦後の日本独特のシステムがそれらに拍車をかけていきました。いったい「バブル」とは何だったのでしょうか。
さらにバブル崩壊後に訪れた「失われた20年」と呼ばれる長期に及ぶ経済の停滞。実は、バブル崩壊直後、日本経済を代表する企業のトップたちが、この事態を明治維新、敗戦に次ぐ第三の日本の転換点と位置づけ、早くからその対応について幾度となく議論を重ねていました。さらに、トップたちは、それまでの常識や美徳をかなぐり捨てて、その事態を乗り越えようと様々な模索を続けていたのです。今回、トップへの取材を通して改めて見えてきたのは、“失われた20年”の苦闘と試行錯誤の記録です。そこから、私たちはこれからの日本経済を考える上で、どのような教訓を得ることができるのでしょうか。

MC:三宅民夫、首藤奈知子
ゲスト:堺屋太一、野口悠紀雄
ナレーション:伊東敏恵
ディレクター:廣川 潤、旗手啓介、石原茂雄、篠崎貴志

NHKラジオ第一 とっておきテレビ
2015年5月30日 午前9:05~午前9:55(50分)

5月30日総合21時
NHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像」豊かさを求めて 第1回を紹介 
番組ナビゲーター:山田敦子アナウンサー



・第1回放送を前に、担当ディレクターらと構成担当者がNHKラジオで思いを語った。こうしたテレビ・ラジオ連動企画は面白い。今回は高度成長期をどのように描くかということで、その実体験がない世代のディレクターたちが残されている記録だけでなく、その時代を生きた世代へのインタビューを通して感じたものを表現したという。キーワードは「がむしゃら」だった時代ということだ。

その制作においては、NHKに残されている膨大なアーカイブス記録からと当時を生きた企業からのナマの声との照合で立体的に構成しているとする。番組が出来上がるまでに、議論しながら何度も試写を重ねているという。こうしたことはあまり表に出ることはない苦労であり、結果として出来上がったもので勝負するしかない。

構成担当者らの証言では、今回の制作にあたって、今まで使い古された資料映像でなく、新たにアーカイブスから発掘した映像を多く取り入れたことで、視聴者にも新たな発見を与えるだろうとしている。番組導入部は何度も作り直して、納得のいくものに仕上がったと語った。

ディレクターは、過去の映像資料を見て、その時の進行アナウンスに制作者の思いを感じるといい、映像のカットにも考え抜かれたものを感じるという。過去の資料を探す際に、「カップル」の映像を探してみたが見つからず、「アベック」で検索とすると多くの映像がヒットしたと苦労と発見を語った。構成担当者は、当時にカット割りされた完成された映像を再利用するにあたって、今回の番組に合わせて工夫をしたと語った。

これらのことを聞きながら、番組制作の苦労を感じる。一般に膨大な取材映像やインタビューから放送される部分は僅かであり、割愛される部分も多い。そこに価値を見いだすこともできるが放送という枠では困難となる。現代の放送マンが、過去の番組制作に敬意を払いながら、それをどのように活かして番組作りを行うのかという挑戦は続くことだろう。

個人的に思うことは、過去に放送された番組のメッセージ性の強さ、各セクションがプロとして限られた環境下でとても良い仕事をしていたということだ。音楽・ナレーション・構成、それが響くのは伝えたいことがあったからだろう。


小笠原と神奈川県東部で震度5強
5月30日 20時32分 NHK

午後8時24分ごろ地震がありました。この地震による津波の心配はありません。
震源地は、小笠原諸島西方沖で、震源の深さは590km、地震の規模を示すマグニチュードは8.5と推定されます。


放送番組前にアクシデント、地震のために番組延期。かなり混乱のNHK中継となった。これが関東圏への直接被害や津波となったらパニックになっていたかもしれない。このところ地殻変動が顕著になっている日本列島だが、一度に西から東まで揺れた。改めて日本の置かれている環境を想う。

NHK広報局 ‏@NHK_PR
総合テレビNHKスペシャルは21:30から、BS1のJリーグタイムは21:25から放送します。



第1回。さすがに導入部は良くできていた。奇跡の復興ということをどのように描くか。通産官僚が軽工業振興から重工業化政策に舵を切った経緯がよく分かる。米国の政策変更と戦時中にあった戦時品製造の高度な人材を活用した。ゲストの話では、技術者は戦地に赴く人が少なく温存された。技術力は戦後にも引き継がれた。

大蔵官僚・下村 治の経済理論、日本は潜在的な成長力を持つとする。そのためには企業の設備投資を充実させることで可能であるとする。その後、池田勇人が1960年に首相となり彼の理論を具体化した。

「人口ボーナス」という働く世代が階層として多くなるという現象が、好機として日本にやってきた。旺盛な消費と貯蓄と市場規模の拡大がさらに経済成長の後押しをした。

「千載一遇の幸運と、その幸運を100%近く生かせた。」と下村氏は語っている。モノの消費があった時代は国民が欲望を達成できた時代であったし、企業にはそれを作る能力があった。

ラジオで語られたように、初めて見る映像ばかりで、構成担当者が2か月かけて収集・編集した苦労のあとが見て取れた。

戦後70年のトピックを僅かな時間で考えることは難しいだろう。そしてディレクターらが迫ろうとしていたのは過去の栄光を懐かしむのではなく、現代の困難にどのように国民として生きていくのかを一人一人が考えることなのだろう。

個人的にはゲストもMCよりも、その出演時間を報道してほしいのだが・・・、ただゲストの発言は考え方として参考になる。このシリーズ番組を終えてから識者に歓談させる枠組みを作った方が良かったのではないだろうか。


第1回放送の最後に公害について触れていて、高度成長の負の遺産を報道をするかと思っていたが、第2回では全く触れられることはなかった。

第2回では、バブル経済前後とロスト20年の話に終始した。分析を指標で示し歴史的な転換点となった金融自由化、低金利政策、プラザ合意を説明し、日本マネーがどのように膨張し崩壊したかを検証した。

こうした経済現象の理屈を説明されると退屈する。社会現象としてあったバブル景気の時代の風俗などは全くなく、第1回のように市民生活を描くことなく、ひたすらトップ経営者の栄枯盛衰だけになった。

ナレーションでは100人の当事者に取材といい、ディレクターも4人という陣営にも関わらずに伝わったことは少ない。残念だ。むろん取材しているだろうが、それをどう伝えるかだ。

ゲストの話があったが、ことばが急に切れていたりしてズタズタに編集されていると感じた。それはゲストの独特の意見と番組の構成上の問題ではないかと想像する。

以上、NHKを批判的にみているというよりも、歴史の評価という問題が大きいと感じる。まだ20年程度前のことを客観視することは困難で、当事者たちが現存する段階では配慮せざるを得ないだろう。

「気がつかなかった」「やるべきことをやれなかった」「自分たちが愚かであった」、政策や経営のトップたちが反省とも言うべきことを語っているが、それができなかった分析は総じて甘い。

この言葉はバブルを発生させ増長させ、後の混乱を招いたことだけでなく、戦前に日本が戦争に突入し歯止めが効かなかったことと符合し日本社会がずっと引きずっている雰囲気の問題であると感じる。

分かっていても雰囲気に飲みこまれて、言いたいことを自己規制し先延ばしにしていくという同じ姿勢を戦後も政策や経営のトップたちは抱えている。

これから人口減少社会という難局の中で、グローバルスタンダード世界の中で日本人がどのような方向性を持つのか明確なビジョンは示されなかった。「持続可能性のある社会」では、具体的な未来を描くことはできないだろう。それが高度成長期の具体的な生活目標があったこととは違うところだ。

さて、私自身のバブル前後を考えると、いわゆる財テクにもマネーゲームにも関わることは全くなかった。確かに金満な人たちの生き方は見ていたが、己の欲を満たすだけ、金だけの生き方には何の興味もなかった。バブル崩壊に生活崩壊した金満な人を見ても、それは自業自得と言えるべきものだと考える。

番宣に書かれていたが、バブル崩壊後から経済界のトップたちは事態を乗り越えるべく議論をしていたというが、そんなに書くべきことなのだろうか。それで何か変わったのだろうか!? 今の経済状況下、特に格差社会での困難をどのように防ぐのか、会社を守ることのみに主眼を置く視点だけでは庶民は生きられないのではないだろうか。

第1回では、庶民の努力を描くことができた。第2回は庶民を抜きにした経済現象を説明したのみだ。シリーズとして統一性が欠けてしまったことが残念である。

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