テレメンタリ―2015 皇軍大笑~“笑い”が国策だった時代~

テレメンタリ―2015
「シリーズ戦後70年(3) 皇軍大笑~“笑い”が国策だった時代~」
2015年5月11日 テレビ朝日
2015年5月16日 名古屋テレビ

戦場で漫才をする“わらわし隊” 日中戦争開戦後、戦場の兵士の戦意高揚のために派遣された戦時演芸慰問団。その名も「わらわし隊」。
そのメンバーは、当時のお笑い界のスーパースター達だった。太平洋戦争が勃発すると、“笑い”への規制は厳しくなり、国や軍部の意向を踏まえた「国策漫才」「国策落語」が多くなり、芸人を辞めさせられたものも現れた。
戦争を生きた芸人たちの真実を、当時を知る証言者、貴重な音源、知られざる台本の再現などで紐解いていく。

制作:テレビ朝日
ナレーター:濱田岳
ディレクター:堀江真平


・以前、NHKスペシャルで取り上げられた「わらわし隊」についてだったが、濃密な取材と資料確認でNHKを超えたレベルの仕上がりとなっている。

NHKで試みられた漫才の再現に加えて、今回は落語でも行ったり、写真・SPレコード・ニュース映像・朝日新聞記事等を加えたもので全体像が鮮明になった。

NHKでは極限されて、ある芸人にスポットをあてたが、今回は落語も加えてたり漫才作家・秋田實氏の漫才原稿まで提供された資料は数多い。

タイトルとなった皇軍大笑だが、朝日新聞の記事に中見出しとして書かれた 「皇軍大笑」の進軍 というものを利用したもの。そして戦時演芸慰問団「わらわし隊」だが、ニュース映像の見出しでは 「笑はし部隊」荒鷲隊笑爆 (中国・上海 1938) ということで、荒鷲隊をもじったものだと説明された。

番組で明らかにしたことは、日中戦争開戦当時と太平洋戦争に入ってからの慰問団の性格が変わったことだろう。それは単に戦地の兵士を慰問するだけのものから、検閲を伴った国内向けにもなる戦意高揚を目的とした国家戦略として使われるようになったということだ。

漫才作家・秋田實氏の例にあるように、次々と出される「スローガン」「標語」を取り入れた漫才の作成を余儀なくされ検閲の上でないと上演できなかった。また漫才師・内海桂子(92歳、1943満州・1944北京で慰問)の証言にあったように、芸人は鑑札なければ営業できないという統制があったことで従うしかなかったという。

参考
昭和15年に発令された「警視庁興行取締規則」により、警視庁公認の協会に所属する者に「技芸者の証」(一種の鑑札)が与えられたとある。警視庁公認の協会には「日本技藝者協会」があり、これは俳優、舞踊、邦楽、長唄、三曲、演奏家、講談落語、漫談、漫才、神楽曲芸、奇術各々の公認団体の会長から組織されているので、これらの職業に従事し各協会に所属していた人々に与えられたもののようである。
昭和15年以前は、明治期の芸能関係の地方税徴収のための鑑札があり、府県により対象となる職業などが異なるが、ほぼ上記の職業と同じものである。


国策漫才、国策落語など、現在では考えらないが当時は国家総動員として様々な仕組みで戦意高揚を図っていたことが分かる。

このドキュメンタリーとは異なるが、戦時中のニュース映像で、戦時国債を買いましょうというキャンペーンを扱ったものを見たが、同様な内容を漫才でも行ったことで、日本が急速に軍事大国化していくありさまが分かる。

当時従軍記者として中国にいたことある、むのたけじ氏(100歳、元朝日新聞記者)、柳家金語楼氏の娘さんなど貴重な証言(1942年 警視庁に落語家の鑑札返上、噺家廃業)も入れてさらに充実した構成となっている。

叶うならば、戦意高揚を指導した側の証言や資料もあれば完璧だったろう。

戦後70年、戦前・戦中に生きた人びとが少なくなっていく中で、戦争体験の伝承が強く求められる。また軍隊として派遣される兵士に、このような慰問団が組織されない時代にありたい。こうした優れた番組が早朝・深夜枠に追いやられて垣間見られることない現実を憂う。

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