落語「地獄八景亡者戯」(桂米朝、桂枝雀)

† 1時間を超える演目だが、時代のアドリブを入れることで演者の個性が大きく反映される。笑いを評価することは避けるが、米朝師匠は風格のある芸、枝雀師匠は観客との一体化を目指した芸ということができよう。米朝師匠は自らも近日来演と登場させて笑いを誘っている。話にメリハリがあり口舌が素晴らしい。枝雀師匠は、恐らく米朝師匠のものを意識して好対照となるように練られている。同じ演目でありながら静と動といような感じである。枝雀師匠の表現力は当代一だろう。

‡ 落語の源流は仏教の説教であり日本人には馴染みの風景が展開する。三途の川や閻魔の裁きなどのプロットは外せないが、その前後の風景をアレンジすることでアドリブができる。こうした亡くなった後の風景に親和性を感じる年齢になってきた上で、死ぬことに対する思いも最近違った意味を持つようになった。それは死後の世界があるとかないとか、輪廻転生するか否かといった二元論でなく、生きていることも死ぬことも同じ延長線上にあるという思いである。何よりも心強いのは亡者の方が多くて安心感があることだ。あの人もこの人も、すでにあちらにいる。こっちよりもあっちの方が馴染むのだ。地獄の風景は、生きる戒めとして語られたものだが、この演目では地獄の沙汰も金次第という現代の皮肉も語ることが落語でしかできないことなのだ。笑わせた上で、死後のことを考えさせることが人生を考えることになるのだろう。



桂米朝 「地獄八景亡者戯」



桂枝雀 Shijaku Katsura 地獄八景亡者戯 1/2 落語 Rakugo


桂枝雀 Shijaku Katsura 地獄八景亡者戯 2/2 落語 Rakugo


参考

米朝さん登場の「地獄八景」熱演 米団治さん、父ゆかりの演目
2015/03/20 北海道新聞

 上方落語家で人間国宝の桂米朝さんの死去から一夜明けた20日、長男桂米団治さん(56)は大阪市西成区の寄席「動楽亭」に出演、噺の中に米朝さんを登場させるなど熱のこもった高座をやり遂げ、観客を沸かせた。

 約50人のファンらが詰め掛けた寄席に、米団治さんは黒紋付き姿で現れ、噺のまくらで、米朝さんが亡くなった経緯を説明、「本当に大往生。さすが人間国宝」と笑わせた。その後「やっぱりこれかなと思って」と、古い噺を米朝さんが再構成した代表演目「地獄八景亡者戯」の前半を演じた。



追記  2016/1/25
米朝さん「地獄八景」これが原点 半世紀前の音声を発見 (朝日新聞)
http://digital.asahi.com/articles/ASJ170C5VJ16PTFC01V.html?rm=563

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