人生いろいろ:早すぎる死

† 早すぎる死というものがある。もし彼・彼女が生きていたら歴史が変わったということだ。私の忘れられない出来事に女優・太地喜和子の事故死と落語家・桂枝雀 (2代目)の自殺がある。どちらもテレビでしか知らないけれど圧倒的な存在感があった。どちらも師匠から将来の活躍を嘱望され新劇界・落語会を背負って立てる人材であった。ただ早世だからこそ人々の記憶にもさらに強く残るだろう。幸いに多くの映像資料が残されているのでありがたい。

‡ 枝雀師匠については、彼のサイン入り著作(文庫と新書サイズ)がある。筆跡から本人のものである。これらは古本で入手したのだ、こうした本一冊一冊にも購入者のためにサインした風景を想像してしまう。巷でも入手できるのだから相当にサインをしたのだろう。この緻密さ・親切さが彼の芸道を高めただろうし自死への階段を上らせたという皮肉にもなる。落語家・桂枝雀の師匠の人間国宝・桂米朝もつい最近亡くなった。こちらは大往生であった。何事でもそうだが、師匠と弟子という関係、道を継ぐということの難しさを感じる。そして、やっと後継者が現れたと思った時にそれが絶たれることこそ辛いことはないだろう。桂米朝師匠の葬儀あいさつで、弟子たちも今後もビデオで勉強させてもらうという弔辞があったが、それでは伝承は無理なのだ。相対することでしか果たされないからこそ一期一会は貴重なことなのだ。

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