人生いろいろ:ゲーム「Temple Run 2」と人生

† 「Temple Run 2」はヒットしたゲームアプリであり、全世界で1億7000万回以上のダウンロードと記されている。そのうち実際に継続してプレイしている実数は分からないが、相当ヒットしたらしい。たまたまタブレット端末を使いはじめて、人生はじめてゲームを集中して行った。アーケードゲームもテレビゲームもブームがあったがやったことはない。それらが集金を目的とし中毒性の弊害があると分かっていたからだ。この「Temple Run 2」は基本的に無料であり、一部課金するとゲームを継続できる。私の端末の場合は成績が評価され、やり続けた結果、世界ランク1%以内という順位である。4つの評価項目があり、その総合点でランクされる。ただ1%以内といっても、プレイしている人が1000万人なら10万人というくらいであり奥の深い状況である。そして日本語化されておらず表記が英語であり、遊び方はだいたい分かるものの詳しいアイテムの内容は未だに分からないので、やりながら推測するというハンディがある。

‡ なぜゲームのような話題を書くのか言えば、それはゲームとは人生そのものだと感じたからだ。 「Temple Run 2」は、障害を避けて道をひたすら逃げ回るだけの内容でありゴールはない。ゲームなので上か下か、右か左かという選択を基本的にするだけだ。ただ道の状態が、同じようであるがどんどんと変化していく。それに対応して操作し障害をクリアしながら走り続ける。その速度も自動でだんだんと加速し操作が難しくなる。加えて操作ミスをすれば後ろから怪物が迫って捕まってしまうのだ。ゲームとは単に反応する回路を脳に作る、敏捷性を問うだけのものと考えるのだが、ある程度プレイすることでそれ以上の意味があるのだと感じた。ゲーム作者は、プレイを飽きさせないために褒美を与えたり復活のチャンスを作ったり、また熟達すれば得られる特典を用意するという配慮をしよく考えて構成してあることに感心する。そして、このゲームは人生そのものであることが分かる。自分のペースでなく走り続け、その間には様々な障害が待ち受けている。平坦な道もあれば道のないところ、川の流れや狭い橋など危険なところもある。そして急かされるように後ろから追われる。ゴールすらないが、やっているうちにできないことができたり、経験から割り出したり、集中ばかりでなく平坦な時もあったりする。よく旅の目的は、旅そのものだという至言があるが、人生とはひたすら走り続けるマラソンのようだとも言えよう。このゲームのために視力が悪くなったが、良いゲームは映画のように人生を考える機会すら与えるものだと感じた。

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