水上勉の伝言 『働くことと生きること』 ~世田谷文学館企画展(2014/10/18-12/21)

水上勉の伝言 「働くことと生きること」
2014年6月12日 NHK

取材のために初めて入った作家・水上勉さんの山荘の書斎には、机があり、パソコンがあり、そして体を横たえるためのベッドが置かれていました。穏やかな表情の遺影に向かって手を合わせながら、「この人は何を伝えたかったのだろう」と考えました。それから10年。東京の世田谷文学館では、ことし、水上さんが残した1冊の本に焦点を当てて、展覧会を開きます。本のタイトルは「働くことと生きること」。そこには、今も色あせない作家のメッセージが込められています。

世田谷文学館と水上勉さん
「世田谷にゆかりのある文学者・芸術家の多彩な仕事の真価を広く発信する拠点に」。今から20年ほど前、「世田谷文学館」の開館準備に携わっていた学芸員の佐野晃一郎さんは、地元・世田谷に住む作家・水上勉さんについての資料を館内で展示したいと考えていました。

「雁の寺」で直木賞を受賞し、「飢餓海峡」や「金閣炎上」、「ブンナよ、木からおりてこい」など、数々の作品で高い評価を得ていた水上さんについての紹介は、新しく開館する文学館にとって欠かすことができないと思っていたのです。世田谷文学館の申し出に対し、水上さんは諭すように話したといいます。「作家は本が残っておればいいんだよ。施設の中に閉じ込めておいてはいけない」。

それから長い間、温められていた展覧会の企画。水上さんが亡くなってちょうど10年に当たることしの秋、遺族の了解を得て、ようやく実現することになりました。

「働くことと生きること」
世田谷文学館が焦点を当てることにしたのは、今から30年ほど前に書かれた「働くことと生きること」という作品です。

大工の父の次男として生まれた水上さんは、10歳のときに京都の禅寺に入り、僧になるための修行を重ねました。しかし、寺を脱走するなどして17歳で還俗(げんぞく)、僧籍を離れます。

それ以来、薬の行商や、既製の服の外交販売、京都府庁での仕事、満州での労働者の監督(見習い)、電気関係の機関誌の編集部員、臨時の教員など、多種多様な職業に就きました。そうした経験を生かして書いたのが、「働くことと生きること」という作品でした。

作品の中で~火葬場とコスモス
この作品の中で、水上さんは、東北地方で出会ったある火葬場の主任の姿を紹介しながら、「天職」というものについて考察しています。70代半ばになるという主任は、亡くなった人の棺を焼き、骨を集め、遺族が飲んだお茶の湯飲みを洗って片付け、きれいに灰を清掃してから家に帰るという生活を続けていました。遺体を焼いたあとに火葬場で集められた灰は、畑にまきました。毎年、秋になると、それを養分として一面にコスモスの花が咲き誇ります。花が終わると種が飛び、コスモス畑の範囲は徐々に広がっていったといいます。

主任は、水上さんに話します。
『わしがコスモスの花に変身する人間をいとおしいと思いますのは、生きとる人間が、はなはだ、差別ずきで、作業場(ヤキバのこと)の竃も、特、並、と階級をつけております。うしろへゆけば、かわりもない機関車のケツみたいな焚き口が三つならんでおるだけなのに、表だけは、ローソク立てやら、扉のかざりの奢りに差をつけてよろこんでおるのが、おかしいような……おろかしいような……そうして生きておった人も、焼かれると平等にコスモスになるからです』。

死んでもなお、体面を繕うかのような人々。しかし、彼らは等しくコスモスに生まれ変わって、美しい花を咲かせている。主任は、火葬場での仕事を通じて、人の生と死についての考えを深めていました。水上さんは、この主任こそが、「天職」に就いたのだと感じます。

「人がいろいろやっている職業のうちで、これが天職だと思えるような仕事というものは、その人の性格やその他の条件にうまく合致して、その仕事にたずさわっていると幸福であるという、そういう恵まれた職業にちがいない、という思いがあったのだが。この老爺の述懐をきいて、職業というものは、それにたずさわる側の人の心で、ずいぶんちがうものであり、いいかえれば、天職にもなるし、ならぬこともあるという思いをつよくした」(「働くことと生きること」より)。

若者たちに届けられたメッセージ
このほかにも、「働くことと生きること」には、仕事と、人の生き方にまつわるいくつかのエピソードが紹介されています。戦争のときに満州で目の当たりにした労働者への差別。大都会の明かりをともすために山中で電線の保全を続ける人たちの姿。そして後継者がいないことを嘆きながらも、丹念な仕事を続ける職人の誇り。

この作品を読んだとき、若者は、いったい何を感じるのだろう。展覧会の企画を考え始めていた世田谷文学館では、職場体験のために訪れた中学生たちに、感想を書いてもらいました。生徒たちは、こんなことばをつづっていました。

 ▽「優しい心を持ちたいと思いました」。
 ▽「筆者は、失敗や、挑戦を恐れずに、自分の求めるものを最後まで追い求めていました。ぼくは、そんな筆者の、まっすぐな心を感じ、感動しました」。
 ▽「私も、追求したいものや、何か新しいものを見つけて、挑戦していきたい」。
 ▽「現状を見極め、職業についてもう一度考えなおして未来を生き、築いていこうと思いました」。

生徒たちの感想を読んだ世田谷文学館の学芸員の佐野さんは話します。
「若者たちは、自分が生きることの意味を考え続けているんだなと思いました。水上さんのメッセージは彼らにとって決して古くなく、その作品は、これからも読み継がれていくべきものだと感じています」。

佐野さんは、10月から開く展覧会で、水上さんの作品と共に、生徒たちの感想も紹介したいと考えています。そして、展覧会を入り口として、水上さんの数多くの著作が、これからも読み継がれるような企画を続けていきたいといいます。「作品は施設に閉じ込めておいてはいけない」。かつて水上さんから伝えられたことばを、佐野さんはかみしめています。

作家からのメッセージ
水上さんは、平成3年に住まいを東京・世田谷から長野県の山荘に移しました。老いは徐々に進み、眼底出血や網膜剥離で手術を受け、手足のリハビリのため入院もしました。体力が衰えていくなかで、最後の長編小説となった「虚竹の笛」を書き上げ、その後も口述筆記という形で仕事を続けました。

平成16年に水上さんが亡くなったあと、私(記者)は、長野の山荘を訪ね、水上さんがみずからの「老い」について編集者たちに語ったことばを取材しました。そこから浮かび上がってきたのは、生前の水上さんが「今を生きる」ことにこだわり、一瞬一瞬を大切にしていたこと。そして、作家としての誇りと、老いてなお、華やぐ生き方でした。

しかし、今回、改めて取材を進め、水上さんの作品の中では決して知られているとは言えない「働くことと生きること」を読み直すことによって、「水上さんが伝えたかったことは、さらに多様で、さらに深かった」と感じさせられました。その一端が、地道に働くことの大切さ、1つのことに打ち込む人々の美しさ、そして、いったい何が自分にとって幸せなのか、考え続けることの重要性だったのではないでしょうか。

「働くことと生きること」という作品は、次世代を生きる若者たちへのメッセージです。水上さんは、少し謙虚に、こんなふうに結んでいます。「私のような、挫折ばかりしてきた男の暦も、あるいは、小さな標になるかもしれない。何かの足しになれば幸運である」。

企画展
「水上勉のハローワーク『働くことと生きること』」

日時:2014年10月18日(土)~12月21日(日)
場所:世田谷文学館  http://www.setabun.or.jp/


・水上勉さんも亡くなって10年ということだ。人気商売である作家は時流に乗れるか否かで生活が変わってしまう。中には忙し過ぎて本来やりたいことを見失って駄文書きに奔走する人たちもいる。

少なくとも小説が影響を持った時代には、人生を考えるような重いテーマであっても読者はつき生活はできたのだろう。

水上さんも苦労して文筆活動に入ったことが小説にも重みを与えたのだろう。この記事は、NHKニュースの特集で報道されたものと思われる。

現在の世田谷文学館企画展は詩人・茨城のり子展(2014年4月19日~6月29日)であり、水上勉さんのものはずいぶんと先のことである。この時期に報道するよりも直前であった方が良かったかもしれない。

個人的には小説類を読まないのだが、作家のエッセイなどは好きな方だ。作家は自らの体験を書き終わると他人に取材して書くほかなくなる。その時に何を題材にして人生・人を語るのかがポイントとなる。

昭和までの作家たちにはスケールの大きな方、途方もなく異質な方、社会的な視点がある方などバラエティに富んだ時代にあったと感じる。やはり人間が書くわけであり、その器次第であろう。

ハローワークとは、村上龍『13歳のハローワーク 』というベストセラーをもじったものだろうが、非正規採用、ブラック企業など労働環境悪化で仕事に価値を見いだせない青年たちにも、もう一度本来の仕事とは何かを考えたもらいという世田谷文学館の意向とNHK記者の思いがあるものと思われる。

なお、本書『働くこと生きること』(1982、東京書籍)は絶版になっており入手不可である。調べたところでは中央公論新社版・水上勉全集や中央公論社版・新編水上勉全集にも収録されていないようだ。

まったく偶然であるが私は入手している。ただ公立図書館には所蔵されている可能性もあり地元の図書館を調べるとあるかもしれないだろう。

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