介護主夫日記:認知症徘徊者は見守りより軟禁せよ!?

† 関係者は関心を持っていた事故賠償の控訴審判決が名古屋高裁であり、地裁に続いて家族の責任を認めた格好になった。今後、マスコミが意見を出すだろうが混乱は続くだろう。争点は、見守りを怠った家族(事故当時85歳の妻に対して!)に重大な瑕疵があったのかということだろう。通常の見守りが行われていたら徘徊を阻止でき事故は起こらなかったという解釈だ。裁判官は介護実態をまったく考慮できないことが明らかになった。つまり見守りできなければ軟禁しておけというメッセージにしか受け取れない。預けられる施設も十分に整備されていない状況で24時間見守ることは不可能である。例え玄関のセンサーをつけていても、それで十分に対応できるわけはない。

‡ 私が問題と思っているのは、こうした人身事故に対する補償が交通機関各社によって対応がまちまちなのだ。その額も明らかにされているわけでなく個別に処理されているのが実情だ。運行ストップや清掃、代行輸送など電車が止まるとかなりの損害が発生する。自死の場合と事故の場合は違うと思われるが、なかなか分からない。加えて認知症の徘徊は本人の認識力がないわけであり責任能力があるのかも問われるべきだろう。NHK解説では、新たな賠償責任保険制度の必要を示唆した。


JR徘徊事故で妻に賠償命令 長男責任なし、名古屋高裁
2014年4月24日 共同通信社

 2007年12月、愛知県大府市で徘徊症状がある認知症の91歳男性が電車にはねられ死亡した事故をめぐり、JR東海が遺族に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁は24日、「見守りを怠った」などとして男性の妻に賠償を命じた一審名古屋地裁判決に続き、妻の責任を認定し359万円の支払いを命じた。長男の責任は一審判決を変更し、認めなかった。

 昨年8月の一審判決に対しては、介護関係者らから「認知症高齢者の閉じ込めにつながる」「介護の現場を分かっていない」との批判が続出。高齢化社会が進む中、認知症患者が起こした事故の責任の在り方をめぐり議論を呼びそうだ。



認知症で列車にはねられ死亡、遺族の賠償額半減
2014年4月24日 読売新聞

 愛知県大府市で2007年、認知症の男性(当時91歳)が列車にはねられて死亡した事故で、JR東海が男性の遺族に遅延損害など約720万円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決が24日、名古屋高裁であった。

 長門栄吉裁判長は、男性の妻と長男に全額の賠償を命じた1審・名古屋地裁判決を変更し、妻のみに約360万円の賠償を命じ、長男への請求は棄却した。

 1審判決などによると、男性は07年12月、同居の妻がうたた寝をした間に大府市内の自宅から外出して徘徊。JR東海道線の共和駅構内で、通過列車にはねられ死亡した。

 1審の名古屋地裁は、重度の認知症だった男性には責任能力がないとしたうえで、横浜市に住む長男が民法上の「監督義務者」にあたると認定。男性の徘徊を許した妻にも過失があるとして、2人に請求通りの賠償額を支払うよう命じた。長男らは「1審判決の認定は、認知症患者の家族にいちぶの隙もなく24時間監視を義務づけるのと同じだ」などとして、名古屋高裁に控訴していた。



認知症 2審は妻のみに責任
2014年04月24日 NHK名古屋放送局

愛知県の91歳の認知症の男性が、電車にはねられて死亡し、JRが事故による損害の賠償を遺族に求めた裁判で、2審の名古屋高等裁判所は、1審が認めた、男性の妻と長男の責任について、妻の責任だけが認められると判断して、約360万円の支払いを命じました。

平成19年、愛知県大府市のJR共和駅の構内で、近くに住む、認知症の91歳の男性が、電車にはねられて死亡し、JR東海が、事故で生じた振り替え輸送の費用など、約720万円の賠償を遺族に求めました。

去年、1審の名古屋地方裁判所は、事故は予測できたとして、遺族である男性の長男と妻の責任を認め、JR東海の主張通り賠償を命じたため、遺族側が控訴していました。

24日の2審の判決で名古屋高等裁判所の長門栄吉裁判長は「長男は、20年以上も男性と別居して生活しており、監督義務がなかった」として長男の責任は認めませんでした。

一方、妻については「配偶者として男性を見守り、介護する、監督義務があった。はいかいを防ぐため、出入り口のセンサーを作動させるなど、簡単な措置も取っておらず、監督が十分でなかった」として責任があると判断しました。

そのうえで、駅での監視が十分でないなど、JR側にも事情があると指摘して、妻に対し、請求金額の半分にあたる、約360万円の支払いを命じました。

愛知、岐阜、三重の3県で認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明になったとして警察に届けられた人は、おととし1年間に、計1072人にのぼりました。県別では、愛知県が735人、岐阜県が243人、三重県が94人となっています。また、このうち死亡が確認されたり、行方不明のままとなっている人は、61人で、愛知県が36人、岐阜県が13人、三重県は12人となっています。



【社説】認知症事故訴訟 介護への影響は甚大だ
2014年4月28日 中日新聞・東京新聞

 認知症の男性の事故で鉄道会社に生じた損害を家族が負担すべきかが争われた裁判の控訴審は、妻のみ賠償責任を問われた。認知症が急増する社会に沿った判断か。公的な賠償制度も検討すべきだ。

 家族側に全面的賠償を命じた一審の判断は適正か。介護現場の注目を集めた裁判だった。

 愛知県大府市で二〇〇七年、認知症の男性=当時(91)=が徘徊(はいかい)中に列車にはねられ死亡し、JR東海が男性の遺族に振り替え輸送代など約七百二十万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁は男性の妻(91)と長男(63)に全額支払いを命じた一審判決を変更し、妻に対してのみ約三百六十万円の賠償を命じた。

 遠方で暮らす長男への請求を棄却し、新たにJR側に対して、「駅の利用者への監視が不十分だった」などと安全対策の不備に言及し、賠償を半分に減額した。この点は一定評価ができるだろう。

 しかし、妻だけであっても、家族に賠償責任を負わせる点は一審と変わらない。民法が定める監督義務者として配偶者の責任は免れないという考え方である。

 夫婦が互いに協力し、助け合っていくことが大切なのはもっともだが、配偶者というだけで常に責任を負わされるなら、精神的にも、経済的にも追い詰められる。在宅介護は立ちゆかなくなる。

 認知症を患う人は、今や高齢者の七人に一人、予備軍もあわせて四人に一人に上る。高齢者が高齢者を介護する「老老介護」も増え、高齢ながらできる限りの介護に尽くしている人は大勢いる。

 事故で亡くなった男性は「要介護4」だった。妻がまどろんだ数分の間に家を出た。

 同じような事故はほかでも起こる。認知症の徘徊対策として玄関に開閉センサーをつけても、ヘルパーに頼んでも、行動予測の難しい人を二十四時間、一瞬も目を離さず見守ることは不可能だ。在宅であれ、施設であれ、部屋に閉じ込めることなどできない。

 この判決が前例になれば、ほかの事故でも損害賠償裁判で責任を問われる。亡くなる人は被害者でもある。家族だけに賠償を押しつけない、鉄道会社の責務や、社会的な救済制度が考えられるべきだ。保険料は運賃に上乗せし、事故の時は保険から支払われる仕組みがあってもいい。

 認知症の事故は列車に限らず、自動車などでも起きる。事故による負担を社会全体で分かち合う、そんなシステムをつくりたい。



徘徊事故 多くが和解「訴訟は珍しい」
2014.4.25 産経新聞

 認知症高齢者らの電車事故が起きた場合、鉄道各社は通常、振り替え輸送の費用や人件費などを合わせた損害額を本人や家族側に請求している。ただ家族らが支払いに応じるなどして和解する事例が多く、鉄道関係者は「訴訟に至るケースは珍しい」と話す。

 国土交通省によると、平成24年度に全国で発生した鉄道事故は811件で、死者は295人に上る。認知症患者の事故件数に関する統計はないが、高齢者の事故も、たびたび起きている。

 近畿日本鉄道(大阪)と名古屋鉄道(名古屋)は、線路や駅ホームへの立ち入りによる死亡事故について、認知症などの病気に起因しているかどうかにかかわらず損害額の賠償を遺族らに請求。JR東日本(東京)や小田急電鉄(東京)も「事故の原因や状況などを総合的に判断し、必要であれば損害賠償を請求する」と説明する。

 名鉄では通常、人身事故発生後は警察を通じて家族に連絡し、損害賠償額について協議。JR東日本などによると、賠償額には振り替え輸送の費用や人件費だけでなく、列車の運休による機会損失費、設備の修理費などが含まれることもあるという。

 ただ近鉄の担当者は「遺族が相続放棄している場合などは、例外的に請求を取りやめることもある」としている。



徘徊事故訴訟でJR側上告 遺族は「検討中」
2014.5.8 産経新聞

 認知症で徘徊(はいかい)中の91歳男性が電車にはねられ死亡した事故をめぐり、JR東海が遺族に振り替え輸送費など損害賠償を求めた訴訟で、JR側は8日、一審判決より賠償額を減額し男性の妻に359万円の支払いを命じた名古屋高裁判決を不服として最高裁に上告した。遺族側は、上告するかどうか検討中という。

 JR東海は「遺族側の判断に影響を与えかねないため、コメントは差し控える」としている。判決をめぐっては、認知症高齢者が絡む事故の責任の在り方が議論になった。

 高裁判決は「男性の監督義務者の立場にあった」と妻の責任を認定し「出入り口のセンサーを作動させず、監督不十分な点があった」と指摘した。一方、公共交通機関の社会的責任に言及し、妻と長男にJRの請求通り約720万円の賠償を命じた一審判決を変更し、減額した。



JRの徘徊事故訴訟で妻が上告 「家族に責任」不服
2014/05/09 共同通信社

 愛知県大府市で認知症により徘徊中の男性が死亡した電車事故をめぐり、JR東海が遺族に損害賠償を求めた訴訟で、男性の妻は9日、監督義務者として妻の責任を認定し359万円の支払いを命じた名古屋高裁判決を不服として、最高裁に上告した。

 妻の代理人は「家族が十分介護してきた中で義務が尽くされていないとされ、承服できない」とのコメントを出した。

 JR側は8日、一審判決より賠償額を減額した高裁判決を不服として上告している。

 男性は2007年12月、大府市のJR共和駅構内で電車にはねられ死亡した。



認知症事故訴訟 判決に「正義」がない
2014年5月31日 産経新聞

 まだ、こんな判決を出すのか。

 市民感覚を反映させるため、刑事裁判に裁判員制度が導入され5年。民事裁判は適用されないとはいえ、刑事法廷に定着した常識感覚が裁判所の中でもっと浸透してもいいはずだ。

 認知症の男性が徘徊(はいかい)中に電車にはねられて死亡し、JR東海が遺族に遅延損害の賠償を求めた裁判が名古屋で審理されていた。1審判決はJRの請求をほぼ全面的に認め、妻(91)と長男(63)に約720万円の賠償を命じた。妻側が控訴した2審の判決が4月24日、名古屋高裁であった。

 控訴審判決は妻が介護に努めていた事情を考慮し、JR側にも過失があったと認定して1審判決を変更。妻の責任を軽減し、賠償額を約360万円に半減した。1審に比べ、介護する側の苦労に配慮を示した内容だ。それでも違和感を拭(ぬぐ)えない。介護の現場からは「無慈悲」との声が聞こえてくる。民意との乖離(かいり)は大きい。

 ◆妻1人の責任か

 事故は平成19年12月7日、愛知県大府(おおぶ)市で起きた。男性は要介護4と認定されていた。自宅で介護する妻も要介護1。典型的な老老介護である。

 事故当日は妻と長男の嫁がいたが、わずかな間に男性は外出した。事故によって列車に遅れが生じた。JR東海が名古屋地裁に提訴して妻らに支払いを求めたのは、遅延に伴う振り替え輸送費や人件費などの損害賠償である。

 裁判の争点は「遺族の責任をどこまで認定すべきか」だが、介護する人の感じ方や見方は違う。「老老介護で疲れ果てた高齢の妻に、高額賠償を本当に命じるのか。他に解決策はないのか」ということであろう。

 昨年8月の1審名古屋地裁判決は、遺族に全面的に責任を負わせる、とした。男性が外出すれば事故が起きる危険性を妻は予見できていたとし、「夫から目を離さずに見守るのを怠った過失」がある、と認定した。これを賠償全額支払い命令の根拠とした。

 法律的には教科書通りかもしれない。が、世間はどう思うだろう。徘徊症状の夫と暮らす要介護度1の91歳女性に「あなたが夫を管理していなかったのが悪い。だから720万円全額を支払え」と迫る判決は、納得できる裁きだろうか。

 妻が夫の外出に気づかなかったのは、うたた寝していたことが理由だった。夜中、介護に何度も起きる妻は昼間、睡魔に襲われて数分間まどろんでしまった。1審はそうした事情を酌むどころか、「過失」だとしたのである。

 2審判決はさすがにそんな過失認定は取り消した。JRに「(男性が立ち入ったとみられる)フェンスに施錠していれば事故を防げたと推認できる」と落ち度を指摘した。それでも妻には「監督義務者」としての賠償責任を課して、半額の360万円の支払いを命じた。

 しかし、妻1人に責任を収斂(しゅうれん)させる判決に「正義」は感じられない。家族が目を離さずに監視するなど、現実には不可能だ。それを求める両判決は、認知症の家人を拘束したり、監禁するよう求めているに等しい。

 ◆不条理はどこにある

 結局は介護者に全責任を帰する判決は、家庭での介護を忌避する風潮を生みかねない。介護施設も「現場が萎縮(いしゅく)する」と懸念を示す。そういう危惧(きぐ)を生む判決だと司法は自覚すべきだ。

 法廷は、JRと妻ら遺族の双方が納得しあえるような和解案を導き出せなかっただろうか。それが無理なら、賠償や支払い方法についてもっと現実的な内容を示すことはできないものか。せめて、家族ら介護者だけに負担が集中する現在の仕組みを早急に変えるべく、判決の中で、行政に対し「付言」してほしかった。

 認知症はもはや社会問題である。65歳以上の7人に1人、約462万人が認知症といわれ、厚生労働省推計では同規模で認知症予備軍の患者が存在する。施設はとても足りていない。警察庁資料では、認知症が原因で行方不明になった届け出は年間9607人(平成24年)。359人が事故に巻き込まれるなどして死亡した。

 そういう社会環境の中で今回の裁判はあった。大局的に見れば、司法が正すべき不条理は、社会・地域全体で取り組む態勢にない現状の不備であり、行政や政治の怠慢であるはずだ。

 平成19年に群馬県館林市で保護され、身元不明のまま今月まで介護施設に入所していた東京の認知症女性(67)について、館林市はこれまで支出した7年間分の経費全額約1千万円を家族に請求しないと決めた。「認知症は社会全体の問題。人道的見地から請求すべきでないと判断した」(安楽岡(やすらおか)一雄市長)。問題意識は広がりつつある。

 「夫が乗客の皆さんにご迷惑をかけたことは事実」。妻は、迷いながら控訴していたという。その心情を司法に酌み取ってほしかった。妻ばかりに責任を押し付けるのはおかしい。かといってJRだけが悪いわけでもなく、損害の補填(ほてん)を求めることが批判されるのも筋違いだ。「どちらにいくら責任があるか」の判定ではなく、今回の悲劇を生んだ不条理の所在をえぐり、是正を促すことこそが、判決という形で司法が示すべき正義だったと思う。

 それが1、2審ともに判決から欠落している。残念でならない。(編集長・井口文彦)


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