『真冬の夜の偉人たち』第5夜 「六・八コンビよもやま話」永六輔

『真冬の夜の偉人たち』第5夜 「六・八コンビよもやま話」永六輔
2014年1月6日 NHK-FM
進行:加賀美幸子

第5夜は永六輔さんが、戦後、日本のポピュラーミュージックの礎を築いた作曲家でピアニストの中村八大さんを語ります。

お二人といえば、「上を向いて歩こう」「遠くへ行きたい」「黒い花びら」をはじめとする、数々の国民的ヒットソングやテレビ番組のテーマ曲などを生み出した“六・八コンビ”として語り継がれる存在。日本のポップスのスタンダードともいえる名曲を聴きながら、二人の出会い、ヒットソング誕生秘話、ピアニスト・中村八大の才能など、永六輔さんだからこそ語ることのできる、中村八大さんの人物像に迫ります。

番組では、1979年~82年にかけてNHK総合テレビで放送された『ばらえてい テレビファソラシド』で永六輔さんと共演していた、加賀美幸子さんが進行役を務めます。どうぞお楽しみに!

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※番組で放送された曲

「ラヴァー」 (中村八大)
「黒い花びら」 (水原弘)
「黄昏のビギン」 (水原弘)
「夢であいましょう」 (坂本スミ子)
「上を向いて歩こう」 (坂本九)

「遠くへ行きたい」 (ジェリー藤尾)
「こんにちは赤ちゃん」 (梓みちよ)
「おさななじみ」 (デューク・エイセス
「ウェディング・ドレス」 (九重佑三子)
「娘よ」 (益田喜頓)

「さよなら東京」 (坂本九)
「テレビファソラシド」 (近藤真彦)
「生きるものの歌」 (永六輔)
「生きているということは」 (永六輔)


・正月限定企画番組。120分。

昨年番組を聴いて今年も内容が良かったので聴いた。ずいぶんと内容の深い番組構成であり、大人が聴くに耐える数少ないものだろうと感じる。今年のシリーズでも、他にも取り上げたいものもあるが、やはり日本の放送史に欠くことのできない永六輔さんを迎えた番組は貴重なものとなったろう。

内容は、上記にあるように主に中村八大氏との関係を語ったものだが、それが日本の放送史そのものであり、永六輔さんが語っているように黎明期にあったことを証言できる人が少なくなった現在では語る価値のあるものだ。

特にバラエティ番組として放送された『夢であいましょう』を中心として流行した曲を中心に、戦後の記憶に残る歌手たちや喜劇人らの話は、他でも語られている逸話もあったが、当事者から聴くわけあるから内容も確度が高いものだ。

印象的なことは、中村八大氏と永六輔さんは先輩・後輩という非常にきちんとした上下関係で最初から結ばれており並列で捉えることはできないということだ。永六輔さんが語ったように、中村八大氏の作曲したものに、自らは詞を当てるという作業をしていたと自嘲気味に語っていた。その主導権は当時、大スターだった中村八大氏にあったようである。

中村八大氏と、いずみたく氏という異なった個性に出会うことで永六輔さんは良かったと言っていた。

永六輔さんが語るところでは、『夢であいましょう』の企画前にNHKで教育があったという。当時のNHKにはGHQの担当部署があって、その指導によって日本に民主主義を根付かせるために、アメリカで流行っていていたバラエティを担当者に見せて、これに倣った番組作りを求められたという。永六輔さんもアメリカのバラエティを見せられたということだ。

この番組の進行を務めた加賀美幸子さんだが、さすがである。番組の構成にきっちりと踏まえて、話者に話しやすい問いかけをすることで話を引き出している。永六輔さんも、話者としては抜群な方なのであるが相乗効果というべきもので、ラジオでじっくりとしゃべりを聴けることは幸いなことだ。

私自身はテレビは見なくなって久しいしラジオ番組もテレビの悪影響を受けて軽薄な内容をタレントが語るものになってしまった。そんな中で、じっくりと中身のあるものを大人が真摯に語るような番組が稀になっていることが残念でならない。

テレビ黎明期など、何事も試行錯誤しながら良いものを作り出そうという意識がなければ面白いものが作られることはないだろう。現在のテレビ番組は、あまりに意識し操作され過ぎたために大事なものを失っているように感じる。

永六輔さんもTBSラジオで長年放送された番組を降板し老いも隠せないのだが、彼のような豊かな才能のある人材は他にもいるのだと思うが、それを育てる環境がなくなってしまっているのではないだろうか。

永六輔さんによると中村八大が活躍できた背景に、戦前国家を礼賛する作曲ばかりをした作曲家が戦後すぐは活躍できなくなり、中村八大のようにクラシックの基礎をしっかりと学びジャズの洗礼を受けた新進作曲家が活躍できる環境を整えたということだ。

戦後、多くのものを失った日本人が自信を付けていくために彼らがなしたことは重要だったろう。日本という国は、残念ながら戦前の体制を今も引きずっているわけであり上からの民主主義が達成できているわけではない。

放送が国民の教育水準を上げることや民主主義を涵養することに大きな役割を果たすことは確かであり、何も娯楽番組だけではない。娯楽番組に偏った現在、放送は失くした教養の復権を求められるだろう。来年のシリーズも期待したいところである。


『生きているということは』
 作詞:永六輔 作曲:中村八大

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追記 2016年7月7日、自宅で死去

永六輔さん死去…放送作家・作詞など多方面活躍
2016年7月11日 読売新聞

 草創期のテレビ界で放送作家として活躍し、「上を向いて歩こう」をはじめ多数のヒット曲を作詞するなど多方面で才能を発揮した永六輔(えい・ろくすけ、本名・永孝雄=えい・たかお)さんが死去したことが11日分かった。83歳だった。

 東京・浅草出身。10代の頃のNHKラジオへの投稿がきっかけで放送作家の道へ進む。ラジオや草創期のテレビ番組に携わり、1961年から66年まで放送されたNHK「夢であいましょう」などの人気番組の脚本を書くかたわら、自らも番組に出演し、独特の早口なしゃべりで人気者になった。

 作詞家としては、中村八大さんが作曲し、水原弘さんが歌った「黒い花びら」が59年に第1回日本レコード大賞を受賞。以後も中村さんとのコンビで「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」などの国民的ヒット曲を送り出した。


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