藤木正三・新刊『生かされて生きる』のご案内

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『生かされて生きる』 (いのちのことば社)

 2014/1/22 発刊予定 ⇒ 2014/1/10発売

目次 : 1(行きたくない所へ連れて行かれる)/ 2(野の花を思い、健気に生きる/ わかってこそ福音/ 風は思いのままに吹く)/ 3(宗教の心/ 信仰について―映画『ポー川のひかり』より)

内容紹介
 六十年に及ぶ変わった信仰の歩みを語った講演「行きたくない所へ連れて行かれる」、自ら「変わった牧師」と認め、自身が牧した教会や招かれた教会の会衆に向かって語った説教、島崎光正氏の姿を通して生の意味を考えるエッセイ「宗教の心」等を収録。信仰とは知識を超えるものであることを伝える。160ページ。¥1,365


・久しぶりの新刊となりますが、内容は過去に行った説教起こしや公表されている文章を再録したものとなりそうです。

個人的に藤木師の手紙で刊行を知っていましたが、アマゾンなどでも予約を始めているので公表してもよいと判断しました。

いのちのことば社発行ですが、昨今の出版事情もあるので必要な方は早めに購入されることをおススメいたします。

追記
非常に困ったことだが、アマゾンで先行予約をしていたのだが、それが発行予定日になっても発売未定状態となって入荷不可とされた。また現在では、「この本はお取扱いできません」と表示されている。

予約しておいたのに、この状況であり非常に悲しく思う。発行元のいのちのことば社のホームページでは、特に品切れ等の表示もないのであるが、一般向けの大手通販サイト・アマゾンでは上記のような状態が続いている。

一方で、キリスト教専門書を扱う書店に店頭在庫の確認をしたところあったので、わざわざ出向いて購入してきた。まだ新刊であるので平積みになっていたが、その冊数から全国のキリスト教専門店数を掛け合わせても発行部数が少ないと予想できた。

なぜ、このようなことをわざわざ書くのかというと、本書の刊行理由が、ある教会で自費出版された説教集を全国規模で読者に提供したいという藤木師の思いを受けて、関係する牧師が働きかけて出版したという経緯があるからだ。それも出版社の意向を受けて当初の内容を大幅に変えて構成された。

そもそも出版事情が厳しい時代なのだろうが、少なくとも予約者には配本できるように増刷していくべきだろう。印刷部数については勝手に申し上げれらないとしても、藤木師の思いは、過去に出版された書籍がほぼ在庫切れになっている状態にあり、それを補完するべき出版を希望されたことと思う。

その点で、極めて不十分な、つまり配慮のないものとなっている点が危惧される。今後は増刷されることとなると期待したい。

追記
Amazonでの取り扱いが再開され今のところ在庫があるようです。ネット通販でお求めになりたい方は早めに購入されることをおススメします。なお藤木師の他の著作に関しては極めて入手が困難な状態にあります。お探しの方は古書であっても見つけ次第購入されることが良いと感じます。

追記
Amazonでは、また取り扱いを停止している。発行からまだ2カ月だがすでに中古本が出品されているが価格は定価の3倍を超えるという暴利!? これももともとの出版数が少ないからこそなる現象だろう。いのちのことば社ではダイレクト通販(ゴスペルショップインターネット店、http://www.gospelshop.jp/catalog/)も行っているようで、そちらが確実かもしれない。


参考 (外部リンク)
ブック・レビュー 2014年4月号 月刊「いのちのことば」(PR誌)
真摯に神を求める信仰者必読の書
工藤信夫
平安女学院大学名誉教授/精神科医



公立図書館購入例
20140511
図書館に入った本のごあんない
2014年5月号 宇治市図書館


追記
・Amazonで購入可能であった時期 (恐らく10冊+α程度)
 2014/1/10-1/31、2/20-3/12 定価

・Amazonマーケットプレスでの中古出品 (2冊)
 2014/3/12-3/25 最高額3955円

追記
愛知県内公立図書館横断検索

断想神の風景人間と世間 所有機関: 名古屋市鶴舞中央図書館

系図のないもの聖書的独白録 所有機関: 豊田市中央図書館

追記
この本のカバーそで部分にある、藤木師の略歴だが過去に刊行された多くの書籍にあるデータと異なっており誤記の可能性がある。

「1964年、日本基督教団京都御幸町教会に転任。」 ⇒他の書籍では「1965年」

「1992年、病気引退。」 ⇒他の書籍では「1993年」

追記
誤植
65頁 11行目 『命はどこでも輝く』 ⇒『命はどこででも輝く』
68頁 10行目 「…最後の断想を欠きました。」 ⇒書きました

追記
67頁 8行目 補足
「奈良女子大学の清水氾(ひろむ)教授」

 ⇒ 東京基督教大学教授・図書館長を歴任。奈良女子大学名誉教授。歌人。故人。

  一九二八年群馬県生。日本医科大学予科に一時在学。その後、東京大学文学部で英文学を学ぶ。そのキリスト教信仰に根ざす誠実な批評姿勢と堅実なテキスト・クリティークによる文芸批評は、キリスト教文学の可能性を追求するという大きく重いテーマへの答えとして意味を持ち続けてきた。

追加情報
 1964年に最初の著書『作家と信仰』が、1965年には『狭き門』が刊行された。定年まで奈良女子大学の教授として勤務し、その後は東京基督教大学教授、聖契神学校教授等を歴任され、1997年に69歳で亡くなられた。

追記
Christian Book Center ロサンゼルスのキリスト教書店
生かされて生きる  God is the Auther of My Life

This book is a collection of essays and speeches by Rev.Fujiki Shozo.Born in Osaka in 1927, he talks about his journey as a Christian and as a Spiritual Leader her in Japan. Referencing John 21:28, Fujiki expresses his life as led by God, including places he did not want to go. He even shares that he was made to be a pastor and not on his own will. Withe lectures titled "Taken to a place where I did not want to go" and "Heart of Religion", he touches on topics dealing with faith and knowledge.


追記
2014/9/4-  Amazonに取扱い表示を再開、だが入荷時期未定となっている。
いのちのことば社のHPでは、在庫僅少と表示されている。


追記
誤植 20頁 4行目
大河内昭爾(武蔵野女子大学本学長)  ⇒(武蔵野女子大学学長)

「文芸評論家の大河内昭爾」 補足
昭和63年4月 武蔵野女子大学学長(平成8年3月まで)
平成3年4月 武蔵野女子学院学院長(平成6年1月まで)
平成10年3月 武蔵野女子大学文学部教授定年退職、同大学名誉教授
平成18年 武蔵野大学名誉教授(武蔵野女子大学から学名変更)
平成25年8月15日 逝去

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