尼僧として生きる苦難

<こちら編集委員室> 尼僧として生きる苦難
2013/6/4 中日新聞

 「仏像ガール」が育つと「尼さんガール」になると聞いた。とはいえプチ体験というから幸いか。在家から尼僧になる道は険しく出家後の辛苦は尋常でない。

 縁あって知り合った六十歳近い尼僧の庵(いおり)を訪ねた。ごく普通の民家だった。大学を出て就職、海外留学もしたが、父親の厳しい闘病看護と、その死を機に一念発心。本山や尼僧堂で十年余の修行を経て、四十歳で頭を丸め尼僧になられた。

 食は肉魚を絶つ菜食に徹する。一軒一軒巡る「門付け」や街の「辻(つじ)立ち」の托鉢(たくはつ)でいただく喜捨が修行かつ生命線である。米と麺は間に合うものの、貯金を少しずつ崩す生活である。

 「海外旅行を一度もせずに母が残したこの家がなければとても…」。事故や修行時代の古傷がたたり、近ごろ首や腰が痛む。「托鉢の編みがさが重くなって…」と小さく笑われた。

 伝統的な尼僧は超高齢化、年々減少している。亡くなるや尼寺は男僧が住職に就いたりする。後継者がいない寺の娘や奥さんが出家するケースはまだしも、在家出身の尼僧は経済的にも階層的にも取り残され、分断、除外される。女性登用が欠かせない社会にあって日本仏教界の動きは緩慢だ。米国の禅センターでは、尼僧の活躍がめざましい。

 七百六十年前、道元禅師は『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』で「男女を論ずることなかれ、此(こ)れ仏道極妙の法則なり」と、すでに男尊女卑の弊風を諫(いさ)めている。(姫野忠)



・尼僧をと間近で接したことがないが、少数ながらも生きている人たちはいるのだろう。

現在、お寺のブームが続いており観光気分の延長でプチ体験をしてみようとする動きが一方である。それは伝統に触れるという意味で良いのかもしれないが、やはり表面的な理解に留まる。

思うことは女性の感性で宗教や生き方を捉えることの大事さだろう。そこには男性目線とは違ったものがあるはずであり学ぶことは大いに違いない。

語られないにしても、差別戒名や記事にあるような尼僧に対する位置づけなどは日本の仏教界だけでなく広く世界の宗教にも問われていることだろう。
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