人間の最高の興味の対象とは 死への考察と教養の関係

霞ヶ関官僚が読む本
「人間の最高の興味の対象」とは 「死への考察」と「教養」の関係
2013/5/16 J-CASTニュース 新書籍サイト「BOOKウォッチ」

『死ぬための教養』(嵐山光三郎著 新潮新書)。本書は、著者が大病や交通事故で入院して、死について考えるために読んだ書物を紹介し、解説した本である。

46冊を紹介
「死ぬための教養」について、著者は以下のように主張する。
(1)「天才の医者も学者も凡人もスポーツ選手もみんな死んでゆく。……いかなる高僧も哲学者でも、自己の死をうけいれるのには力がいる」。
(2)人類は死の「普遍的恐怖と闘い、さまざまな処方箋を考えて」きた。「その最大なるものは宗教」であるが、今や宗教はその力を失っている。
(3)自分の死を受容するという意味で、「自分を救済しうるのは、使い古した神様や仏様ではなく、自分自身の教養のみである」。
(4)「教養」とは「『死の意味』を知る作業に他ならず」、具体的には書物を通じて死の意味を知る作業をするわけであるが、その書物は「精神が健康状態である時に、虚無に陥ることなく、冷静かつ科学的、実証的に書かれたものである必要」があり、また「教養」を身につけようとする側も「まさか死なないだろうと考えているときにこそ」身につける必要がある。

著者が紹介する「死ぬための教養」のための本は、著者が45歳で初めて吐血して病床で読んだ松田宏也『ミニヤコンカ奇跡の生還』にはじまり、クリスチャン・シャバニス『死をめぐる対話』、養老孟司『唯脳論』、松井孝典『地球・宇宙・そして人間』、岸根卓郎『宇宙の意思』、ビートたけし『たけしの死ぬための生き方』、ヴィクトール・E・フランクル『死と愛』、澁澤龍彦『唐草物語』、山折哲雄『生と死のコスモグラフィー』、司馬遼太郎『空海の風景』、柳原和子『がん患者学 長期生存をとげた患者に学ぶ』、宋左近『私の死生観』等々46冊に上る。

自ら書を読み死を考察して…
題名からして難解そうな本が多いが、著者一流の筆致で要点を説明してくれるのですいすい読める。例えば前掲『宇宙の意思』は、生死の問題を「現代西洋科学文明がようやく終焉を迎え、新たに東洋精神文明の台頭」云々と論ずる如何にも難しげな本であるが、そのさわりは「人間は再生しつつ生きて」おり、「細胞の死によって、個体の生存が保たれている」ということであり、要は「人間の細胞は脳神経系の細胞を除いて、すべて約7年で死んで入れ替わる」ということだと解説されている。

他方、前掲『死と愛』は、「人間が生殖によって彼の『永遠化』を図るというごとき誤ったやり方で死を『克服する』ことは全く不可能である。……われわれの生命は無限に継続されえない。家族や子孫も結局は死に絶えてしまうであろうし全人類も地球という星の終末には死に絶えてしまうであろう」と、実存主義的なもってまわった言い方で、遺伝子が子孫を残すから死は怖くないという考え方を否定する。そして著者はこの指摘を、「人間の死は、各自一人一人の問題であってそれを包括的な論でくくることはできない」と整理するのである。この読解の的確さと解説の軽妙さが、文筆家としての著者の真骨頂であろう。

ただし残念ながら、本書を読むだけでは「死ぬための教養」は身につかない。本書はあくまでも、「死ぬための教養」のための読書案内にとどまるからである。読書案内に即して自ら書を読み死を考察して死を受容できるだけの教養を得なければならないが、あわただしい霞が関の住民には荷が重い。そういう意味では身の丈に合わない本なのかもしれないが、問題の所在を知ることができる本である。あとがきによれば、著者の祖母は99歳で「この世に未練はないが、死んだことはないから、死ぬとはどういうことなんだろうねえ」と言いながら死んだという。まさに著者の指摘するように、「死への考察は、人間の最高の興味の対象」なのかもしれない。 経済官庁(Ⅰ種職員)山科翠



・2003年4月出版の新書本であり、かなり古い本を取り上げたものだ。

死への不安を解消するために宗教があり、その力不足を補うのが人間の教養であるという。そして嵐山さんの読んだ本の紹介がされるという構成なのだろう。Amazonでカスタマーレビューを見ると低評価、彼にはもともと無理なのだという厳しい苦言も・・・。

このコラム氏は筆名のようでよく分からい。まだ若いのだろうから具体的に死に触れることもないのだろう。私たちが分かるのは所詮他人の死についてだけである。自分の死がどのようになるか、客観的に見届けることは不可能なこと。他人の死にざまを通して感得するしかない。

それを書籍を通して行うことは、結局知的に分かることに過ぎない。宗教的古典に死ぬことについて書かれたものがあるのだろうか。宗教とは死ぬことへの引導を渡すものという誤解がここにはある。私の理解では宗教とは生きることを考察するもの、その延長として死が含まれているに過ぎない。

死という一点に力点を置いても何を持って死とするのかも曖昧である。呼吸が停止した時、心拍が停止した時、脳血流が停止した時、生体反応が途絶した時・・・よく分からない。

分かることは現在のところ人間は生まれてから老化し死ぬという経過を辿るということ。それを医学・心理学・生理学・社会学・宗教学等の視点、また作家・小説家や芸術家の美術表現などから考察することは可能かもしれない。その点で極めて個性的なものなのだ。

ただ、その知識を自分自身が教養として身に着けていなければいけないとも思わない。また、それが自分自身の死という経験を理解することに役立つかは甚だ不明だろう。なぜなら今生きていることすら、よく分からないのだから・・・。

いろいろな死にざまがある。事故や天災など、予見不能のこともある。その時に、どう振る舞っていけるのか、それは日頃の生き方そのものだろう。死を考察するよりも日々の暮らしを充実させていくことが宗教的であり本質的であろう。

以下に目次を示すので、おおよそのことは察せられるだろう。



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はじめに──なぜ「死ぬための教養」が必要か

第一章 一九八七年、四十五歳。生まれて初めての吐血
 血を吐いた程度じゃ死ねない(『ミニヤコンカ奇跡の生還』)
 物としての自分か、あるいは生命としての自分か(『死をめぐる対話』)
 織田作之助に欠けていた、人生を薄めて生きる術(『大往生事典』)
 自分自身の死を経験することはできない(『死にゆく時』)
 高見順のようにブンガク的につめは伸びやしません(『死の淵より』)
 不治に近い難病を、笑いで克服(『笑いと治癒力』)
 現代人は脳の中に住む(『唯脳論』)
 利己的遺伝子が、姑を嫁いびりに駆りたてる(『そんなバカな!』)
 四十六億年がひと昔前なら、いつ死んでもいい(『地球・宇宙・そして人間』)

第二章 一九九二年、五十歳。人生を一度チャラにする
 全勝なんて力士には興味ない(『人間 この未知なるもの』)
 芭蕉が最後にたどり着いたのは、「絶望」(『芭蕉の誘惑』)
 細胞は死ぬことによって、個体としては生きている(『宇宙の意思』)
 死はあまりにも一方的に勝手にくる(『たけしの死ぬための生き方』)
 「いつ死んでもいい」覚悟で(『超隠居術』)

第三章 一九四五年、三歳。初めて死にかけた
 作家が書いたものはすべて、小説という形を借りた遺書である(『豊饒の海』)
 川端康成の小説にせまりくる人間の死(『山の音』)
 人間が生殖によって死を「克服する」のは不可能である(『死と愛』)
 死という文字が、意味するもの(『死の日本文學史』)
 人が死んでから七日以内に雨が降らないと……(『楢山節考』)
 「性愛の秘儀化と即身成仏」って?(『生と死のコスモグラフィー』)

第四章 一九九八年、五十六歳。ふたたび激しく吐血
 そうだ、生きていたいのだ(『大西洋漂流76日間』)
 死ぬときは、みんな一人(『たった一人の生還』)
 死は、恐れとエロティックな感情をかきたてる(『人間らしい死にかた』)
 一般病院で迎える死は、なんで悲惨なんだろう(『僕のホスピス1200日』)
 どうやって死んでいったらいいのだろうか(『江分利満氏の優雅なサヨナラ』)
 いかに多くの人が、空海にたよったか(『空海の風景』)
 死にゆく母に何ができるのか、人にとって死とは何か(『おだやかな死』)
 自分が衰えていくことを医者はわかってくれない(『安楽に死にたい』)
 鴎外は、最後の土壇場で世間に論争を挑んだ(『文人悪食』)
 生命の歴史の一瞬に存在し得た奇跡を思う(『われわれはなぜ死ぬのか』)
 自分の死を実況中継できるか(『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』)

第五章 二〇〇一年、五十九歳。タクシーに乗って交通事故
 人の一生も国の歴史も川の流れと同じ(『日本人の死生観』)
 遺族には、長い悲しみが待っている(『死ぬ瞬間』)
 宮沢賢治も法華経にすがっていた(『宮沢賢治「雨ニモマケズ手帳」研究』)
 がんを告知されたとき、患者はどう考える(『がん患者学』)
 自殺願望は、事故をおこしやすい傾向を高める(『死因事典』)
 詩で自分の死後の世界を克服する(『私の死生観』)
 魂にとって重要な夜とは(『地獄は克服できる』)
 誰でも簡単に命の金額を算定することができる(『命の値段』)
 遺産がない人ほど、遺言状を書いておいたほうがいい(『やさしい遺言のはなし』)
 井伏鱒二のように生きてみたい(『還暦の鯉』)

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