古文書 キリストの死の謎解明か

古文書 キリストの死の謎解明か
13.05.2013 ロシアの声

イエス・キリストの死の状況について述べられた古文書が解読された。エジプトで1910年、キリストの人生に関する2つの古文書が発見された。これらの古文書は収集家らの手を渡った後、ペンシルベニア大学の博物館とニューヨークのモルガン・ライブラリーの所有となったが、最近になって研究者たちの強い関心を呼んだ。

キリスト教では、キリストが処刑される前日に催された最後の晩餐を記念する聖木曜日という日があるが、古文書では、キリストが捕まえられたのは木曜日ではなく火曜日だったと記されている。

またキリストは十字架に磔にされる前、キリストの処刑に関与したとされるポンティウス・ピラトゥスの家を訪れ、食事を共にしたと記されている。ポンティウス・ピラトゥスは、自分の息子を犠牲に捧げる用意があったが、キリストは、姿を変えて自ら刑を逃れることができるとしてそれを拒否し、ポンティウス・ピラトゥスを祝福したという。

古文書では、ポンティウス・ピラトゥスとキリストの会話も記されており、それは今までのポンティウス・ピラトゥスに関する悪いイメージを払拭させるという。

古文書は、なぜコプト派のキリスト教会とエチオピアのキリスト教会では、ポンティウス・ピラトゥスが聖人とされているのかについて説明しているほか、キリストの「変身能力」についても初めて言及している。これにより、なぜユダの接吻が必要であったかが部分的に理解できる。キリストは有名だった。そのため、ユダが接吻しなくても、誰がキリストなのかわかったはずだ。

古文書は真意の疑わしいものである可能性がある。古文書は、書かれている出来事が起こってから約800年後の今からおよそ1200年前に書かれたものだとみられている。

diletant.ruより http://www.diletant.ru/



・キリストの伝説・伝承の類は多くあり、その一つになろう。書かれたのが後代なので信頼性は薄いだろう。

イエス・キリストの実像は分かるはずもなく、だからこそ混乱し対立する側面がある。優れた師は、ことばの限界を十分に知っているので書き残すことを敢えてしない場合もある。

問題は、自分自身の考えを巧妙に師の教えに沿って構築する弟子たち、学者らの問題になるのだが、宗教の名のもとに行われた数々の蛮行を考えると、聖典の扱い方は難しいものだ。
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