テレメンタリー2013 「“3.11"を忘れない 原発に一番近い教会」

テレメンタリー2013 「“3.11"を忘れない 原発に一番近い教会」
2013年3月23日 名古屋テレビ 5時20分~5時50分

福島第一原発と偶然にも同じ名前の福島第一聖書バプテスト教会。その距離わずか5㎞。原発に一番近いキリスト教の教会。あの爆発事故以来、立ち入ることも祈りをささげることもできなくなった。
佐藤牧師は全国を飛び回り講演活動をして、震災のこと原発事故のことを伝える。そして避難を余儀なくされた信徒約50人を救ったのは1人のドイツ人牧師だった。一時立ち入りで見た驚きの光景とは?「古里に帰りたい」最後に行き着いた場所とは?

ナレーション:貫地谷しほり
制作:OAB大分朝日放送
プロデューサー:楠元正孝
ディレクター:長田次郎



・原発事故後に避難を余儀なくされた70名の教会員らは、全国各地に移り住むことになった。教会員の多くが奥多摩にあるキリスト教キャンプ施設の厚意で震災1か月後に住みはじめた。キャンプ施設側も本業を中断し避難してきた彼らを受け入れることを決断した。

ドイツ人牧師はドイツの福音派教団から宣教師として派遣されたようで、現在は奥多摩福音の家のディレクターを兼ねている。その施設で避難民は2011年4月から2012年3月まで滞在することになった。

その後、教会は福島県大熊町 ⇒ 福島県いわき市へ移転することになり、いわき市に住宅を借りて教会員らは住み、その地に2012年6月から新しい教会堂の建設を始めた。番組では建設途中の教会堂で2月に行われた入堂礼拝式で終わった。

番組は佐藤牧師の大分県での講演の様子から始まり、大分県中津市に住んでいた教会員との久しぶりの再会を映した。大分朝日放送制作ということなので、これが契機に取材を始めたのかもしれない。

番組のメッセージ性であるが、特に原発の不条理を描いたわけでもなく、原発難民となった教会員たちを受け入れたキリスト教キャンプ施設のドイツ人牧師の厚情を挟んで人間の絆を描いたものに仕上げたかったのだろうと思う。

大熊町の教会が設立されたのは原発開発の遥か昔であり、その逆ではない。安全とされた施設の放射能漏れ事故で転居を余儀なくされた大勢の人たちの代弁として象徴的に教会員を取り上げたということもいえる。

それでも教会員たちがコミュニティを保って今もあることが、他の原発避難民に比べると良いのかもしれない。彼らはクリスチャンなので、こうした状況を受け入れようとすることや、何事も神の御意志と捉えることも当然に期待されている。国や東京電力への恨み節は一言も番組では聞かれなかった。

教会員らの私生活への変化や困難などが深く追求されたわけでなく、他の原発番組に見られる苦悩や矛盾に悩む人間像を描くことまではしなかったのが残念であった。

なお、テレビ朝日系のドキュメンタリー番組だが、早朝時間に放送されており、名古屋テレビでは5:20からである。私は、この前回分の放送番組を調べていて、たまたま放送があることを知った。当日、新聞欄を見る頃には放送は終わっていたはずだ。このようにバラエティ番組などに押されて片隅に追いやられているのがドキュメンタリー番組の現状である。


福島第一聖書バプテスト教会  http://f1church.com/
 
奥多摩福音の家  http://www1.odn.ne.jp/ofi/
 東京都西多摩郡奥多摩町小丹波135
 奥多摩福音の家は、クリスチャンキャンプ場 兼 カンファレンス・センターです
 オッケルト・トラウゴット (Traugott・Ockert)牧師


テレメンタリー2013「"3.11"を忘れない 原発に一番近い教会」

翼の教会
帰れない故郷を望みながら
佐藤 彰

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福島第一原発からもっとも近い教会、福島第一バプテスト教会。2011年3月11日、大地を揺るがした大災害は教会にも地震、津波、放射能という三重苦を与え、その日から教会は流浪の旅を余儀なくされた。すべてを失った悲しみの中で懸命に生き抜いた教会は、人々の祈りによって、故郷・福島いわき市に新しい会堂「翼の教会」を建てた。

発売日:2013/08/25
発行: いのちのことば社(マナブックス)


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