ドイツ:ナチス発見の仏像「隕石」だった

ドイツ:ナチス発見の仏像「隕石」だった
2012年10月02日 毎日新聞

 ナチス・ドイツが1938年にチベットで発見した仏像が、宇宙から落下した隕石(いんせき)でできていたことが独シュツットガルト大学などの調査で分かった。隕石の仏像は珍しく、米学術誌に発表された。

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 この仏像はドイツ語で「アイゼンマン(鉄の男)」と呼ばれ、高さ24センチ、重さ10.6キロ。ナチス親衛隊(SS)のヒムラー隊長の命を受け、アーリア民族の起源を調査していた探検隊がチベットから持ち帰った。11世紀の作とみられ、仏教で幸運の印とされる「卍(まんじ)」が刻まれているため、逆向きのハーケンクロイツ(かぎ十字)をシンボルに掲げたナチスにとって貴重な発見だったという。

 独メディアによると、仏像は個人所有だったが07年に競売に出され、研究者の目に留まった。解析の結果、ニッケルを含む隕石と判明。モンゴルとロシアの国境付近で約1万5000年前に落下した破片とみられる。【ベルリン篠田航一】



・それにしても物質の組成を知ろうとした人は凄いね。

画像を見ても、ただの仏像にしか見えない。卍は幸福の印・・・なのかなあ。奥深そう。


《ウィキペディア》

サンスクリットで स्वस्तिक(スヴァスティカ)または Śrīvatsa (シュリーヴァトゥサ)と呼ばれる。英語の swastika やフランス語の svastika もこのサンスクリット語に由来する。現在の日本語では「まんじ」は漢字「卍」の訓読みとされているが、本来は漢語「卍字」または「万字」の音読みである。
左卍と右卍(卐)があり、日本では左卍が多く用いられている。漢字では卐は卍の異体字である。
かつては洋の東西を問わず幸運のシンボルとして用いられていた。日本、中国等の芸術において卍はしばしば繰り返すパターンの一部として見られる。日本では、寺院の象徴として地図記号にも「࿖」として使用され、家紋の図案にも取り入れられている。まれに忍者を表す場合にも使われる。

最も古い卍は、新石器時代のインドで見られる。一方、ドイツのハインリッヒ・シュリーマンはトロイの遺跡の中で卍を発見し、卍を古代のインド・ヨーロッパ語族に共通の宗教的シンボルと見なした。これが直接、ヨーロッパの卐となり、十字架の一表現となった。
ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の胸の旋毛(つむじ)、仏教では釈迦の胸の瑞相が由来で、左旋回の卍は和の元といわれ、右旋回の卐は、力の元といわれる。
中国には仏典を通して伝わり、音訳で「室利靺蹉」、意訳で「吉祥喜旋」、「吉祥海雲」などと漢訳された。鳩摩羅什や玄奘はこれを「徳」で訳したが、北魏の菩提流支は十地経論のなかで「萬」(万)と訳している。武則天の長寿 2 年(693年)、「卍」を「萬」と読むことが定められた。吉祥万徳の集まる所の意味である。これにより卍が漢字として使われることにもなったが、熟語(卍巴・卍果など)は少ない。この卍あるいは卐が変化した字が「万」である。日本語でいう「まんじ」とは「万字」である。


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