神の風景-人間と世間-96

「ペテロは、イエス・キリストの救いの唯一性を外に向って主張しているのではなく、イエス・キリストに救いの究極性を信じた内なる確信を吐露しているのです」(藤木正三)2-116この外に救いなし

・「この人による以外に救いはない」というペテロのことばを巡って、重要な主題が語られています。唯一まことの救い主なるイエスとは、イエスを信じるしか救いはないと言っているのでしょうか。そうではなく、究極としてのイエスにより自分自身の問題性が露わにさせられたことに対して、すでに救われているということが理解できたということでしょう。その意味でイエスと出会うということが、新たな生き方の出発点になったということです。敷衍すると、イエスでなくてもブッタでもマホメットでも…究極性を生きる人から与えられる気づきこそが信仰なのです。
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