洗脳体験をナラティヴに19

「幸福を得るには何をすればよいだろう。自分も他人も、できることは何一つない。なぜって? 答えは簡単明快、わたしはたった今すでに幸せだから。もうすでに持っているものを手に入れることができるだろうか」(アントニー・デ・メロ)3-34

† 誰もが不幸を数えてばかりいるとデ・メロ師は教える。そして、本当はすでに幸せであることを知らない。これは本当のことなのだろうかと思うに違いない。もしあなたがこれを認めていないなら、あなたは生涯不幸にドップリと浸かって生きていかなくてはならない。あなたはそのままで既にOKなのだ。

‡ 幸福がモノの量の総和でないことは日本人は実感している。では幸福とは何か。幸福を感じさせないものの正体とは? そのような問いをしてみると良いのかもしれない。宗教とは、モノの価値転換を図ることでもある。今まで大事だと思ってきたこと、お金や名誉・地位獲得なのが屑のように感じられる価値転換である。聖書にも、その例えは頻繁に出てくる。とある宗教組織に属していた頃、それでも病気や死はさけられないから天国を信じることが大事だと教えられた。だが私が今思うことは、病気や死という現象に縛られることなく、今を生きていることの幸福を知っているならばすべてはOKなのだという納得にある。
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