洗脳体験をナラティヴに14

「ひとりで歩く。それは、あらゆる公式から離れ去ることを意味する。他人から与えられた公式、本から学んだ公式、過去の体験に照らし合わせて自分で発案した公式すべてから、である。この孤独、このひとりきりの状態が、沈黙である」(アントニー・デ・メロ)3-92

† デ・メロ師の著作の題名(邦題)は、このことを象徴している。「ひとりきりのとき」とは、経験や知識の力を借りずに目の前の状態を見つめ反応していくことなのだ。それが実は愛ということなのである。デ・メロ師も述べているように、最高に恐ろしいことあり未知なのだ。しかし、そうしないと何も把握できない。

‡ その延長から言えることは、自分が師事する人にも、むろん宗教教団組織にも真理を学ぶことはできないのだ。賢明な師は方向性は示すことはできるだろうが、分かるのは私個人なのだ。とある宗教組織にいた時には、われわれは人類で救われる唯一のグループだと教え込まれていた。それは今は間違いだと気づいた。誤解を招くかもしれないが、師にもグループにも真理を伝えることはできない。自分自身が分かるのだ。それでおしまい。それで全てなのだ。
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