神の風景-人間と世間-65

「人に知られないように秘め、隠すことは、信仰にふさわしいことなのですが、だからといって隠すことにこだわるならば、実は人を意識し過ぎている、人前だけの信仰になっているといわねばなりません」(藤木正三)2-81秘める

・人を意識しないで公然としていることであると藤木師は結論的に語ります。たれプーさん♪は信仰とは「秘める」べきものと考えており、キリスト教会の宣教を優先するという考え方をとりません。キリストは生きておられたら秘かに神を崇めたでしょう。ただ、イエスはあまりに人々を憐れむ性格の持ち主だったと思います。だから秘められた宗教を公然と露わにし、神を知ると言いながら知らない宗教家、人々を食い物にする人に対して怒りを出されたのだと推測します。宗教の本来は公然くらいの持ち方が適当なのかもしれません。
関連記事
スポンサーサイト



コメント


トラックバック

↑