NHKラジオ深夜便 ピアノで紡ぐ生きる夢

明日へのことば ピアノで紡(ツム)ぐ生きる夢
尚美学園大学客員教授 大村典子
2012年1月19日深夜 NHKラジオ深夜便

・大村先生の話を聴いていて何だかワクワクしてきた。それは音楽の核心的な部分である「楽しむ」ことをベースとして音楽専門家だけない、アマチュアをも対象として音楽教育を実践されてきたことからくるものだろう。

2歳のとき中国・満州から引き上げ時に脊椎カリエスに罹患しギプスベットでの生活を強いられて、学校へも通学できなかったという。その時に、母親からオモチャのグランドピアノを与えられ、歌好きの叔母から手ほどきを受け、慶応の音楽部でトランペットを吹いていたという父親からも影響を受けたという。

そうした音楽一家には、常に楽しい雰囲気で歌ったり演奏したりする素地があったという。話の中では、詳細は分からなかったが病気もだんだんと改善したようで、音楽を志し大学院でビバルディ研究をすることになるまでは、身体が弱かったそうだ。

大学院では楽理科で楽曲の分析をしていたということ。将来は学者になることも視野にあったというが、自宅で教えたいたピアノ教育について、評判がすこぶる良くピアノ専門誌に連載を開始するとたちまち評判となった。それは、ピアノを専門として学ぶ生徒ばかりでなく、楽しみとして学ぶ生徒たちの増加があったが、それに対して厳格なピアノ教育を強いていた風潮があったという。

時代は、高度成長期も終わった1980年代ということで、ピアノを学ぶ人口が爆発的に増えていた。お稽古ごととして学ぶ子どもも多く、将来ピアニストを目ざすという子どもたちばかりではない。彼女らに対して、大村先生は、その生徒の個性に合わせてカリキュラムを組むことや、生徒を褒めることで自主性を引き出すことの知恵を持っていたという。

それは、音大の器楽科ピアノ専攻学生のように、ただ上手にピアノが弾ける学生たちが、上手に弾けない生徒たちを教えるのとは訳が違うことだ。大村先生は、なぜピアノが嫌いになるのかを考えて、その対処の仕方を考えたという。その教え方が、各地のピアノ教室の先生方に支持されることで普及した。また、新設された宮崎県立看護大の学長から看護師教育に音楽が重要と言われて教授に就任する。

その後、だれもがすぐに取り組める「音楽コミュニケーション」を提唱し、ピアノを弾いたことのない人も指一本で連弾の仲間入りが出来る“ハッピー連弾”と、合唱経験のない人も即席でコーラスに参加出来る、“ハッピーコーラス”を考案する。それらは看護や介護の現場で活用され、楽しみつつ健康の促進に役立つと喜ばれているようだ。

さて、大村先生の話では幼少期の病弱期から、現在の活躍は想像できなかったということだ。すでに1600回以上の講演・演奏会をしているということ。また、91歳の母親も老人ホームに健在ということだ。何よりも声の艶がよく聴いている人に元気を引き起こしてくれる存在である。徹子の部屋出演で反響を得たというのも分かる。

思うに、いろいろな人間がいてはじめて社会は成り立つ。誰もがピアニストになる必要もないが、生涯音楽を友として豊かに生きることのできる人間を育てることは有益なことに違いない。効率的に音大受験するピアノ教師も必要だが、大村先生のように、家族や集団で楽しむことも大事なことだろう。彼女が育った家庭環境が非常に良かったということは強く感じた。


★大村典子(おおむら のりこ)OHMURA Noriko ピアニスト

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1968年に相愛大学 音楽学部 作曲学科音楽学専攻、1971年に国立音楽大学大学院音楽学専攻を修了。
日本ピアノ教育連盟評議員。元宮崎県立看護大学教授。

ヴィヴァルディ研究で国際的に評価される一方、1980年2月以来、1600回に及ぶ教育セミナーで活躍。
NHKテレビ「マイライフ~大村典子」や「徹子の部屋」に出演、プラス志向の生き方が反響を呼ぶ。

大学院を修了後、ヴィヴァルディの研究、ピアノ教育、教育講演を経て、1997年4月より看護教育に従事。
九州で最初の公立看護大学である宮崎県立看護大学の教授として、「人間研究」などの講義を担当した。

著書は「ヤル気を引き出すピアノのレッスン」(音楽之友社)、全国学校図書館協議会の選定図書になった自伝「お母さん、ノリコ平気よ!」(草思社)「大村典子ファミリーピアノ連弾集 全6巻」「大村典子ハッピーコーラス 全9巻」(音楽之友社)、「大村典子 大人のハートフル・ピアノ曲集」(ヤマハミュージックメディア)など多数。



「お母さん、ノリコ平気よ!」

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単行本: 221ページ
出版社: 草思社 (1992/04)


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