洗脳体験をナラティヴに10

「愛の最高の行いは、奉仕の業ではなく観想の業。見つめること。こう考えると、はっとさせられる。人々に仕えるとき、わたしは助け、支え、慰め、痛みをやわらげる」(アントニー・デ・メロ)3-133

† 愛の具現には、想いか行動かという議論は尽きない。デ・メロ師は、奉仕よりも観想が先に立つという。見つめることから、つまり、気づくことからしか始まらない。相手や自分自身の本当の必要を知ることなくして、適切な行動はできないだろう。デ・メロ師の語るように、善悪の判断なしに相手を見つめることからしか、愛は生じないように思える。完全な善もなければ完全な悪もないのだから。

‡ 宗教組織にとって、想いよりも何らかの行動を期待することは自然かもしれない。具体的には、組織を維持し拡大することが、その教えを広め世界が平和になるという考え方があるからだろう。しかし、組織と個人は違う。組織が大きくなっても、個人が救われなければ仕方がないだろう。
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