洗脳体験をナラティヴに9

「愛と呼ばれる状態でいるには、周囲のありとあらゆる物や人の独創性と美しさについて敏感でなければならない。気づいてもいないものを愛するなどと言えない。愛は、だれひとりとして除外しない。愛は、いのち全体をいだき寄せる。愛は、交響曲全体に耳を傾け、特定の楽器にだけ聞き入るようなことはしない」(アントニー・デ・メロ)3-49

† 愛を定義することは難しいにしても、イメージとしては上記のことばにあるように、モノや人などあらゆることに敏感になること。つまり、人生という交響曲の中では、いろいろな楽器がメロディを奏でるが、ピッコロからチューバやコントラバスまでの支えの中でのことだ。バイオリンだけでは交響曲は成立できない。大きな生命のシンフォニーの一部分が私たちの人生なのだ。

‡ 宗教教団では、愛とは具体的には何らかの行為で表すしかないのが問題だろう。とある宗教組織に属していた頃には、伝道することや組織に対する忠誠が愛の具体的な行為だと教えられた。長い時間伝道に携わることが美徳とされ、いかに多くの人を勧誘し信者としたかが大事だとされていた。それは、現代サラリーマンのような経営手法であり宗教組織もそれだったということである。
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