重文仏像が一時流出 京都府警が捜索、発見

重文仏像が一時流出 京都府警が捜索、発見 
2011.11.29 産経新聞

 皇室ゆかりの天台宗般舟院(はんじゅういん)(京都市上京区)が所蔵する重要文化財の仏像2体が9月に一時流出し、京都府警の家宅捜索で発見されていたことが29日、関係者への取材で分かった。文化財保護法では重文の管理場所の変更には文化庁への申請が必要と規定しているが、今回届けはなく、府警は同法違反容疑を視野に元住職(71)から事情を聴いている。

 関係者によると、仏像2体はともに平安時代の作で「木造阿弥陀如来坐像」(高さ62センチ)と「木造不動明王坐像」(同81センチ)。目立った傷などはなく、現在は京都市内の別の天台宗寺院で保管されている。

 寺の土地と建物が6月に競売にかけられたため、京都府教委が仏像2体の所在をいったん確認。その後、元住職と連絡が取れなくなり、仏像2体の行方も分からなくなった。9月に天台宗側が京都府警上京署に相談。その後、京都市内の元住職の50代の知人から府教委に「仏像を預かっている」との申告があったため、同署が文化財保護法違反容疑で知人宅を捜索、仏像2体を発見した。

 元住職には1億円以上の借金があったといい、土地と建物はすでに北海道の不動産業者が落札している。府警は仏像と絵画の流出に関して元住職から事情を聴いている。

 般舟院は応仁の乱(1467~1477年)後、伏見に建立され、豊臣秀吉の伏見城築城により現在地に移転。明治維新まで歴代皇室の位牌を安置するなど皇室とのゆかりが深い。



・住職が連帯保証人になっての惨事のようだ。1億円という多額のお金であり事業資金なのだろうか。

教団としても、何とかしたかったが金銭的なやりくりができなかったようだし、住職も行方不明ということだ。

般舟院、競売で所有権移転 住職の僧籍剥奪
2011年11月29日 京都新聞

 かつて歴代皇室の位牌(いはい)を安置していた由緒ある天台宗の寺院「般舟院(はんじゅういん)」(京都市上京区今出川通千本東入ル)の土地と建物が競売に掛けられ、落札した北海道の不動産業者に所有権の移っていることが、28日に分かった。天台宗は承認を得ずに寺院の土地を担保に入れ、財産を失ったとして、住職の僧籍を?奪(はくだつ)した。所蔵の重要文化財の仏像は宗派の別の寺院で保管している。

 公告などによると、境内の土地(1250平方メートル)と約15年前に建てられた本堂(52平方メートル)が今年6月に競売に掛けられた。業者は8月に売却基準額の1億3817万円に近い額で落札し、現在は売りに出している。

 天台宗の規定では所属寺院の土地や建物を担保に入れたり、売却したりする場合は宗派の承認が要る。前住職は承認を得ておらず、宗派は8月下旬に最も重い僧籍?奪の処分とした。その後、般舟院の住職は宗派京都教区長が代務している。前住職は宗派に対し「知人に金を貸すために担保に入れた」と話したという。

 天台宗務庁(大津市)は般舟院について「宗派での購入も検討したが、高額で困難だった。由緒ある寺院なので、現在地からなくなったとしても、宗教法人として存続させるすべを考えている」と話す。落札業者は「今後については(売却)相手があってのことで答えられない」としている。

 般舟院には重文の阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像と不動明王坐像が安置されていた。京都府教育委員会文化財保護課によると、8月に同院で仏像を確認した後、前住職と連絡が取れなくなったが、個人から「仏像を預かっている」と連絡があり、9月に京都教区長と所在を確認した。現在は京都市内の天台宗寺院に移して保管しているという。

 前住職は競売後に地元説明会を開いたが、終始うつむいたままだったという。町内の女性は「毎年、お寺で地蔵盆をしていたので、こんなことになるのは残念です」と話した。

■般舟院 室町時代中期の応仁の乱の後、後土御門天皇が幼少時に住んでいた離宮・伏見殿に建立したとされ、1517(永正14)年には同天皇の聖忌法要が営まれた。95(文禄4)年に豊臣秀吉の伏見城築城に伴い現在地に移転した。安置していた歴代皇室の位牌は明治維新以降に泉涌寺(東山区)へ移された。重文の木造阿弥陀如来坐像(62センチ)と木造不動明王坐像(約82センチ)はともに平安時代の作とされる。



仏像など200点不明 般舟院の競売問題
2011年11月29日 京都新聞

 京都市上京区の天台宗寺院「般舟院(はんじゅういん)」が競売に掛けられた問題で、同院が所蔵していた元三大師坐像や後陽成天皇の法要を記録した文書類など約200点がなくなっていることが29日、分かった。重要文化財の阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像と不動明王坐像は一時所在不明となり、京都府警が文化財保護法違反容疑で捜索して見つかっていたことも新たに判明した。

 府警によると、重文の仏像2体については新しい住職らから相談を受けた府警が9月下旬に捜索し、右京区内の前住職の知人宅にあったという。府警は仏像が流出した経緯などを調べている。

 所在不明の約200点はいずれも文化財の指定はないという。木造の元三大師坐像は鎌倉時代の作とされる。宗派は「般舟院には元三大師堂があったくらいで、信仰があつかった」としている。


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