歴史秘話ヒストリア 愛と悲しみの「こだまでしょうか」~大正の詩人・金子みすゞの秘密~

歴史秘話ヒストリア 第87回
愛と悲しみの「こだまでしょうか」~大正の詩人・金子みすゞの秘密~
2011年10月19日 NHK

東日本大震災後、「こだまでしょうか」で注目された大正時代の詩人・金子みすゞ。地方の一主婦だったみすゞは、故郷の海の様子を描いた詩で大ブレーク。一躍、人気詩人の仲間入りを果たす。しかし代表作「こだまでしょうか」を書いた頃、みすゞは重い病や夫との不和に苦しみ、不幸のどん底にいた。そんなみすゞを支えた最愛の弟の行動が、みすゞの死後、半世紀たってある奇跡を起こす。名作に秘められた愛と悲しみの物語。

【キャスター】渡邊あゆみ



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・金子みすゞフィーバーとなっている折の企画となった。26歳で夭折した天才女性詩人というふれこみで、短かった彼女の人生のエピソードを、3つのエピソードから振り返る。

生まれ故郷である長門市仙崎の風景から、彼女の詩作が風土と密着していることを描く。漁業が盛んであった土地柄から魚や自然をうたったものが多い。貧しい生活から、家業であった本屋ということもあり思索好きな少女であったようだ。長じて下関でも本屋に勤めていた時に、大正期の童話雑誌盛んな時期と重なり、投稿して認められたことで一躍知られた存在となった。

みすゞには、弟がいたが貧しさから養子に出された。そうした淋しさの中で育ったようだ。20歳で結婚したが、夫との関係が上手くいかず、夫から「淋病」をうつされたりと心身ともに厳しい時代を生きた。母親の勧めで離婚したが、一人娘の養育をめぐり夫に娘を引き渡す直前に服薬自殺という26年間の人生。

さて、彼女の人生、とりわけ有名となった「こだまでしょうか」の詩がどのような環境で生まれたかを、推測して描いていく。彼女が独自の視点を持っていることは、誰でも読めば分かることで説明は必要ないこと。それは、彼女が生まれ育った環境から自然に出てきたものだろう。

みすゞの死後に、弟の手元に残された詩集を発行したことが新聞に取り上げられブームとなり、この大震災発災直後にACで延々と流されたCMで大ブレイクしたということ。番組最後には、被災地で地元FMや小学校でボランティアによる朗読会が行われている映像を紹介して終わった。

実は、かなり以前に「NHKスペシャル こころの王国 童謡詩人 金子みすゞの世界」(1995年8月27日総合テレビ)という番組があり、私の手元には録画が残っている。これもドラマ仕立ての番組であったが、まだ彼女が知られ始めた段階での紹介であった。

私の考えでは、矢崎節夫(児童文学者)という方が、彼女の発掘にかかわった本人であり、現・金子みすゞ記念館館長となっている。その点では、資料が散逸しない段階で再評価進み今日に至ったことは、本当に幸いなことだと感じる。

NHKは、再現ドラマ形式の番組がたびたびあるが、この歴史秘話ヒストリアもセリフは極少ないものの俳優を起用している。たびたびブログでは書いていることだが、こうした経費があれば関係者インタビューを多くすることや、時間を短くする努力をして頂きたいと切に思う。

ただ、江戸時代以前の歴史は関係者がいるはずもなく文献と遺物しかないので、結局、取材を基にした構成ということになり、それが歴史だろうかと感じてしまう。歴史とは歴史家が作るものだという認識があるので、歴史家の数だけ歴史認識があるということ。

NHKも、徹底的な取材をすることは承知の上で、やはり過去突飛な推測を、これが真実だ!言わんばかりに放送してきている。再現ドラマ仕立ての番組を見ると、いつも不満を感じている。それから、3つのエピソードということは視聴者受けし分かりやすいには違いないが、一人の人生をこれで切られてはたまらない。

それから番組では全く触れられなかったことだが、金子みすゞの詩は曲をつけられて歌われている。そうした活動は以前からありCDもたくさん出ている。この番組をきっかけとして、詩だけでなく童謡も書いている金子みすゞに触れることと、是非、彼女が生きた土地を訪問して自然を感じてほしいものだ。
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