記憶遺産に筑豊の炭鉱画…山本作兵衛の697点

記憶遺産に筑豊の炭鉱画…山本作兵衛の697点
2011年5月26日 読売新聞

 国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)は25日、福岡県飯塚市出身の絵師山本作兵衛(1892~1984年)が描き残した筑豊炭田の記録画など697点を「記憶遺産」に登録すると発表した。

 記憶遺産への登録は日本では初めて。

 登録されるのは、福岡県田川市が所有する絵画585点、日記6点、雑記帳や原稿など36点と、山本家が所有し同県立大(田川市)が保管する絵画4点、日記59点、原稿など7点。

 山本は14歳から筑豊各地の炭鉱で働き、明治末期から戦後にかけての炭鉱労働や鉱員の生活の様子を描いた1000点以上の水彩画を残した。その一部は、遺族らが、山本が日記をつづった大学ノートなどの遺品とともに、田川市や県立大に寄贈するなどした。

 山本が注目を集めるようになったのは、世界文化遺産の登録を目指す「九州・山口の近代化産業遺産群」の委員会が2009年10月、「炭鉱記録画の代表作」と絶賛したのがきっかけ。田川市と県立大は昨年3月末、海外の専門家を通じて、図録などを添えた推薦書をユネスコに提出し、記憶遺産に登録申請していた。



・山本さんについては、私にとっては嬉しいことです。なぜなら、ずっと以前、炭鉱問題を調べていて、山本さんのことを知っていたからです。非常に記憶力が良いのだと思いますが、炭鉱労働の細部まで、風俗から生活までを後世に残すことになりました。

過酷な炭鉱労働の真実について残したものです。独特の絵です。もう日本では見られなくなりましたが、文化というものは消滅すると残りません。懐かしいというよりも、そこから汲み取るべきことを記憶に残すことが大事であり、今回の記憶遺産登録は大事なことです。

それにしても、今まで山本さんに注目されることはなかった。炭鉱も文化も、過ぎ去られたエネルギー政策に翻弄された。いま原発問題で、また新たな動きがあり原子力も炭鉱と同じ道を辿るのだろうか。

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山本作兵衛の炭鉱画「ユネスコ記憶遺産に」
2010年4月8日 読売新聞

 田川市は、絵師の山本作兵衛(1892~1984年)が描き残した筑豊炭田の記録画など約700点について、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の「記憶遺産」への登録を目指すことを明らかにした。

 記憶遺産は、直筆の文書や楽譜など、歴史的な史料の保存を目的に1992年に始まり、「アンネの日記」や「グーテンベルク聖書」など、世界76か国から193件が登録されている。国内の史料で登録されたケースはないが、日本ユネスコ国内委員会が2012年3月までに推薦を目指す方針を示しており、「源氏物語絵巻」などが候補に挙がっている。

 山本は旧笠松村(現飯塚市)出身。14歳から筑豊各地の炭鉱で働き、明治末期~戦後の炭鉱労働や鉱員の生活の様子を描いた1000点以上の水彩画を残した。その一部は、遺族らが、山本が日記をつづった大学ノートなどの遺品とともに、田川市や県立大に寄贈するなどした。

 同市は3月、海外の専門家を通じて、図録などを添えた推薦書をユネスコに提出。来春には審査結果が判明する見通しという。

 市石炭・歴史博物館の安蘓(あそ)龍生館長は「日本の近代化を支えた筑豊炭田の歴史を世界に発信するきっかけにしたい」と、登録実現に期待を寄せている。



山本作兵衛氏と炭坑記録画 - 田川市・福岡県立大学
 http://www.y-sakubei.com/

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世界記憶遺産:山本作兵衛作「筑豊の炭鉱画」 国内では初登録
2011年5月26日 毎日新聞

 ◇「世界遺産」審査で外れ
 日本ユネスコ国内委員会事務局に25日入った連絡によると、福岡県・筑豊の炭坑労働の様子などを独特の手法で表現した画家、山本作兵衛(1892~1984年)の原画や日記などが、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「メモリー・オブ・ザ・ワールド」(MOW、通称・世界記憶遺産)に登録されることが決まった。日本の歴史資料のMOW登録は初めて。

 山本作兵衛は福岡県笠松村(現・飯塚市)出身。14歳から筑豊各地の炭鉱で働いた経験を基に「子孫にヤマ(炭鉱)の生活や人情を伝えたい」と64歳から炭鉱労働者の日常を墨や水彩で描いた。余白に解説文を添える手法で1000点以上の作品を残し、うち約600点は福岡県有形民俗文化財に指定されている。

 申請していたのは、遺族が田川市石炭・歴史博物館などに寄贈するなどした1914~84年ごろの作品589点と日記・メモ類108点。狭い坑道で採炭するふんどし姿の男女やガス爆発の惨状、長屋での子供の遊びなど、当時の暮らしを克明に伝えている。

 田川市は当初「九州・山口の近代化産業遺産群」の一環として旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓(たてこうやぐら)などの世界遺産登録を目指していた。09年10月、審査で外れたが、関連資料として提出した作兵衛作品を海外の専門家らが絶賛。同市は昨年3月、MOW事務局に日本で初めて申請した。【荒木俊雄】

 ■ことば

 ◇世界記憶遺産
 文書や絵画、音楽、映画など歴史的資料の保護を目的に92年、ユネスコが創設。政府申請に限る世界遺産と違い、自治体や個人でも申請可能(1カ国2件まで)で、真正性や希少性などを審査し隔年で選ぶ。登録は世界▽アジア・太平洋など5地域別▽国内--の3ランク。トップの世界ランクは計76カ国193件で、フランス人権宣言(1789年)やベートーベン第9交響曲の草稿(1824年)などが登録されている。



筑豊炭坑画 国内初の記憶遺産に
2011年5月26日 NHK

世界各地に伝わる貴重な古文書などを保護するユネスコの「記憶遺産」に、福岡県筑豊地方の炭坑の生活を描いた画家の山本作兵衛の記録画が登録されることが決まりました。「記憶遺産」への登録は、国内で初めてです。
「記憶遺産」は世界各地に伝わる古文書や貴重な映像などを人類の財産として保護を進めるため、ユネスコ=国連教育科学文化機関が1992年から登録を行っています。25日、イギリスで開かれたことしのユネスコの委員会で審査の結果、福岡県出身の画家、山本作兵衛の炭坑の記録画が記憶遺産に登録されることが決まりました。ユネスコの記憶遺産への登録は、国内では初めてです。山本作兵衛は、明治から昭和にかけての半世紀にわたって福岡県の筑豊地方の炭坑で働き、「消える炭坑を孫たちに書き残そう」と、坑内の作業や炭坑住宅での暮らしなどを水彩画で描き続けました。絵の余白には説明書きを入れ、炭坑の記録画家として知られています。山本作兵衛の炭坑の記録画や日記、およそ700点について、福岡県田川市が、日本の近代化を知るうえで貴重な記録だとして、去年、記憶遺産への登録を申請していました。「記憶遺産」は、世界各地に伝わる貴重な古文書や直筆の文書、それに映像などを人類の財産として保護を進めるため、ユネスコ=国連教育科学文化機関が1992年から登録を始めた事業です。これまでに、▽アンネ・フランクがナチスの迫害を逃れる生活を記した「アンネの日記」や、▽ベートーベンの「交響曲第9番」の直筆の譜面など76か国の193件が登録されていました。今回新たに45件の登録が決まり、合わせて238件となります。これまで日本からの登録例がなかったため記憶遺産に候補を推薦しようと、去年7月、日本ユネスコ国内委員会に選考委員会が設置され、国宝や重要文化財を中心に候補の選定作業が行われました。その結果、東日本大震災の被災地の仙台市の博物館が所蔵する、伊達政宗がヨーロッパに送った使節に関する資料など2件が次回の登録候補として推薦されることが今月、決まりました。記憶遺産は、自治体やNGOなどからも推薦が可能で、福岡県田川市が申請したときは、まだ日本の選考委員会が設置されていなかったため、市単独で申請していました。山本作兵衛の炭坑記録画が記憶遺産に登録されることが決まったことについて、記録画を所蔵している田川市石炭歴史博物館の安蘇龍生館長は「長年、炭坑労働を経験した人が絵や文章を書いたことがドキュメントとして世界的に高い価値が認められたことはすばらしく喜ばしいことだと思う。筑豊の代表的な文化の発信につながると思って、これからも記録画を大切にしていきたいと思います」と話していました。



天皇、皇后両陛下が山本作兵衛展を5月に鑑賞
2013年4月25日 読売新聞

 宮内庁は25日、天皇、皇后両陛下が5月1日、東京都港区の東京タワー特設会場で開かれている絵師・山本作兵衛(1892~1984年)の特別展(読売新聞社、東京タワー主催)を鑑賞される、と発表した。

 山本作兵衛は、福岡県筑豊地方の炭鉱をテーマにした記録画を描き、その作品群が国内初の世界記憶遺産に登録された。同展は、東京タワーの開業55周年記念事業の一環で、原画59点や登録画の複製10点などを展示している。同展は5月6日まで。


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