日本を殺すスキャンダル狂い

日本を殺すスキャンダル狂い
2010年 9月7日 ニューズウィーク日本版

民主党代表選の結果がどうあれ、些細な醜聞に過剰反応する社会がまた政治空白を生むなら意味はない──横田 孝(本誌記者)

 先進国の政界では、スキャンダルはよくあること。大抵の場合、渦中の政治家は政治生命や政権を失うことなく、生き延びられる。

 ビル・クリントン元米大統領は政治資金疑惑やセックススキャンダルを乗り越え、2期目を満了する頃の支持率は66%に達していた。フランスのニコラ・サルコジ大統領は就任早々に派手な離婚劇を繰り広げたものの、今も健在。イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相は、カネやセックス絡みの醜聞が次から次へと浮上するにもかかわらず、ほとんど無傷だ。

 だが、日本は違う。この国では、どんな些細なスキャンダルも癌のように肥大化し、政治家の政治生命を奪うまで進行し続ける。世界最悪水準の財政赤字と景気停滞をもたらした自民党政治に終止符を打つべく、鳩山由紀夫首相率いる民主党中心の政権が誕生したのはわずか8カ月前のこと。それから間もなく政治資金問題が持ち上がり、鳩山の支持率は右肩下がりを続け、今や首相就任当時から50,下がって24%にまで落ち込んだ。

 7月の参院選を前に、既に鳩山の後任を取り沙汰する声もある。官僚主導政治からの脱却を誓って政権交代を果たした鳩山と民主党が、さまざまな取り組みを始めたばかりにもかかわらず、だ。

 鳩山の凋落ぶりは、日本政治をめぐる古くからの疑問を提起している
 世界第2位の経済大国に、なぜ冴えない政治指導者しかいないのか。

 これまでの一般的な答えは、自民党が長年にわたって政権を握っていたからというもの。自民党は世襲で議席を引き継いだり、派閥の力関係によって台頭した政治家を首相の座に就けてきた。

 だが、鳩山のケースはより根深い問題を示唆している。日本に政治指導力が欠落してきた最大の、そして最も見過ごされがちな理由は、この国の政治スキャンダルに対する病的なまでの執着だ。最新のトレンドやハイテク機器に熱狂するように、日本は最新のスキャンダルに飛び付く癖もあるらしい。

 政治家の命取りになった一連のスキャンダルの始まりは70年代にさかのぼる。当時、田中角栄首相が金脈問題で退陣し、その後ロッキード事件が発覚。今日まで日本政界を揺るがし続ける「政治とカネ」の問題の引き金でもあった。

 確かに、自民党が築いた政官業による「鉄の三角形」の弊害はある。こうした癒着関係は多くの先進国にも存在するが、それにまつわる些細なスキャンダルが致命傷になるのは日本ぐらいだ。

 強い指導力が期待された政治家が比較的軽い問題で失脚したケースは数多い。89年には、当時の竹下登首相がリクルート事件での収賄疑惑によって退陣(が、起訴されることはなかった)。ヨーロッパ型の福祉国家をつくる構想を示した竹下がもっと長く首相の座にあれば、高齢化社会に備えた国づくりに貢献できたかもしれない。

 ソ連が崩壊した90年代初め、アメリカがポスト冷戦の世界秩序の構築に力を注いでいた一方で、日本は自民党の大物政治家、金丸信の闇献金疑惑と脱税問題の追及に明け暮れていた。金丸は失脚し、2大政党制の実現という彼の構想もついえた。

 「当時、アメリカでは旧ソ連の核管理など冷戦後の世界について論議していたが、日本は政治とカネ一色に染まっていた」と、政治ジャーナリストの田中良紹は言う。おかげで、日本はポスト冷戦世界の秩序に適応するのが遅れただけでなく、弱体化した自民党の不安定状態によって、経済的にも「失われた10年」を招いてしまった。

 そして長期政権を築いた小泉純一郎が06年に首相を退任して以来、スキャンダル絡みの辞任劇は加速度的に増えている。何しろ、たった4年の間に3人もの総理が生まれては消え去った。

 安倍晋三の政権下では、松岡利勝農水相が高額の光熱水費を計上した問題で、「ナントカ還元水」をめぐるコメディーさながらの大騒動に発展。相次ぐ疑惑のさなか、松岡の自殺という悲劇的な結末で幕が下りたかと思うと、その後の農水大臣らも金銭スキャンダルに見舞われ、長くは続かなかった。

 日中関係の改善という成果を挙げたにもかかわらず、安倍政権は立ち往生し、台頭する中国を牽制しつつ戦略的な関係を構築していくといった政策が損なわれた。現在に至っても、中国の最も豊かな隣人という地位を日本は最大限に利用する方法を見いだせていない。

■実績に目を向けない国民

 07年の参院選で自民党が惨敗したため、安倍の後任の福田康夫が社会保障制度の立て直しなどの政策を進めるのはもはや不可能だった。そして就任からわずか1年で政権を投げ出した福田の後を継いだ麻生太郎は、個人攻撃の標的になった。高級バーで酒を飲む、漢字を読み間違える、財務相の中川昭一が「もうろう記者会見」を行った──くだらない問題ばかりがクローズアップされ続けた。

 その頃、世界は金融危機のさなかにあった。だが日本は麻生の些細な失言などに気を取られ続け、景気対策といった政策に目を向けようとしなかった(日本が現在、そこそこの成長率を維持しているのは麻生の景気対策によるものだと指摘されている)。

 中川は、世界的な金融危機を乗り越えるため、IMF(国際通貨基金)に最大1000億謖の融資を約束した人物でもあった。IMFのドミニク・ストロスカーン専務理事はこの決断を「人類史上最大の融資」とたたえた。

 だが日本のマスコミや有権者は麻生や中川を評価しようとせず、自民党は09年の総選挙で大敗。自民党支配に終止符が打たれた。確かに、自民党政権は長く続き過ぎたかもしれない。しかし現在、鳩山がスキャンダルで失脚した自民党政治家と同じような運命をたどっていることで、1つの疑問が湧いてくる──スキャンダル(とおぼしきもの)に見舞われた政治家を完膚なきまでにたたく日本の風潮は、極端過ぎはしないか。

 沖縄の基地問題であきれるほどの無知と迷走ぶりを披露した鳩山だが、そもそも彼の政治力を失わせた引き金は偽装献金疑惑や脱税疑惑といった、国家が抱える難題と比べると重要性が見劣りする問題だ。おかげで、政治主導の確立といった選挙公約時のビジョンの実現もままならなくなっている。

 日本人が政治とカネにこだわる理由の1つには、何につけてもクリーンさを求める潔癖な部分があるかもしれない。また、献金を受けた有力政治家が、一部の業界や地域だけを潤すことへの不公平感もあるだろう。高度経済成長期が終わった後、有権者のこうした意識はますます強まっていったと、明治学院大学の川上和久教授(政治心理学)は指摘する。

■清潔至上主義でいいのか

 理屈の上では、透明性のあるクリーンな政治は有益なことだ。しかし日本では、スキャンダルが政治の最大の関心事になってしまい、国家的な問題を解決するための政策は二の次になってしまっている。検察は証拠不十分により鳩山の起訴を見送り、4月下旬に検察審査会も不起訴処分を「相当」とする判断を下したが、野党とメディアは鳩山と小沢一郎・民主党幹事長の「政治とカネ」の問題をいまだに糾弾し続けている。

 朝日新聞が3月に行った世論調査によると、7月の参院選で「政治とカネ」の問題を重視して投票すると答えた人は半数以上に達した。日本がいま直面している経済や外交の深刻な問題よりも、政治とカネというスキャンダルを追及することのほうが重要らしい。

 政治家の「清潔さ」を過度に重視する風潮は、政治資金規正法などにも影響を及ぼしてきた。度重なる法改正により、この法律の規定は複雑極まるものになった。「スピード違反や税金みたいに恣意的なもの」で、検察がその気になれば「ほとんどの国会議員が捕まっても不思議ではない」と、政治ジャーナリストの田中は言う。

 だが、政治家は誰一人として問題の本質を理解していないようだ。自民党を離党して「新党改革」を立ち上げた舛添要一・前厚生労働相は、「政治とカネ」の問題を根絶するために企業・団体献金を禁止し、「カネのかからない政治」をつくるべきだと主張する。

 この提案は、現実離れしている(そもそも民主主義国家では、政治家が活動するにはカネが必要)。重箱の隅をつつくような法律をさらにややこしくすれば、ごく些細な違反行為を理由に、有望な政治家がやり玉に挙げられる事態をさらに招きかねない。

 日本の「スキャンダルマニア」には、長年の蓄積がある。自民党の長期政権が続いた何十年もの間、弱い野党がスポットライトを浴びるチャンスは国会審議のテレビ中継くらいだった。野党は有権者にアピールするべく、国会にテレビ中継が入る日、もっぱら自民党のスキャンダルをセンセーショナルに取り上げて非難し続けた。

 この慣習が日本の政治論議をゆがめた。ダークスーツをまとった東京地検特捜部の検察官らが政治家の事務所に家宅捜索に入る、あのお決まりの映像がテレビに映し出されると、この国の政策論争はすべてストップする。そして国会とメディアと世論は寄ってたかって疑惑の政治家を袋だたきにする。

■鈴木宗男という「悲劇」

 メディアも、政策をめぐる議論を報じることよりも政争や政局を報じがちだ。政治家のスキャンダルを追及すれば、視聴率や売り上げ部数が稼げる。メディアは血に飢えたサメのように、新たな餌食を探し続ける。

 日本が直面している数々の難題を乗り越えるためには、時の首相と政権が腰を据えて政治に取り組むことが欠かせない。しかし日本のスキャンダルマニアは、政治に空白を作り続けている。

 首脳レベルに限った話ではない。元自民党の鈴木宗男衆院議員は政治家人生を通じて、ロシアとの関係改善に力を注いできた。資源大国ロシアとの関係を強化できれば、日本にとってプラスになり得るし、中国を牽制する材料にもなる。

 鈴木は、日ロ関係改善を阻む最大の障害である北方領土問題でも成果を挙げつつあった。しかし、過去に外務省に高圧的な態度を取ったことや当時の田中真紀子外相との確執で執拗なバッシングを受け、収賄疑惑も相次いで浮上。02年に逮捕・起訴され、その後国会から退いた。05年には国政に復帰したが、かつてほどの政治的影響力はない。

 鈴木はある意味、日本という国家の現状を象徴している。今も有力ではあるが、自らを弱体化させてしまって、国際的な影響力を急速に失いつつある──。

 「政治とカネ」で政治家を片っ端から糾弾して失脚させることが日本にとって本当に得策なのか、考えるべき時期に来ている。
(ニューズウィーク日本版6月2日号掲載)



・記事が書かれた段階では鈴木宗男さんは国会議員であったが失職し、収監された。

この記事では、海外の政治家スキャンダルから初めて日本人のスキャンダル指向を痛烈に批判している。今回は政治家について書かれているが、芸能人でも経済人でも教育者でも全て同じことが言えるだろう。

「政治と金」の問題が、野党もマスコミも大好きで非常に細かいところまで追及してくる。それが票になり部数拡張につながるためだ。政治にクリーンさを求めることと、政治的・経済的な課題に取り組むことのバランスは考えなくてはならないことだ。

まず政治にはお金がかかるという現実。政党助成金だけでは賄えないというということ。そして政治資金規正法が非常に細かいということ。記事にもあるとおりに、もし細かに精査したら国会議員すべてが何らかの問題が発覚してしまうだろう。これは一般人でも常識で考えれば分かることで、国会議員だけにクリアさ求めても仕方ないことだろう。

記事では政治家の実績を挙げながら、スキャンダルで失脚するという一点のみでしか判断しない国民に疑問を投げかけている。
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