神の風景-人間と世間-11

「宗教を信じると考えが狭くなるから、広く自由に生きるために、学びはするが信じはしないという人がいます。もっともな気もしますが、そう考えること自体に狭さはないのでしょうか。何ものにも囚われまいというかたちで、実は自分自身に強く囚われ、底の浅い自我を主張しているのではないでしょうか」(藤木正三)2-23広く自由に

・広く自由に生きるためとは、浅い自我主張ではないのですか。宗教は人間の過去の生きた知恵ともいうべきものです。そのなかには汲み尽くせぬ豊かな発想があります。科学万能の時代にあっても、人間の生来のあり方は変わりません。考え方が滞ったときに先人の知恵を知ることは、ネットで答えを検索するよりも価値があります。人間の悩みなんて所詮知れています。
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