神の風景-人間と世間-7

「住むべき家があり、暮しを支える仕事があり、その他まずまず人並の体面を保てるだけのものがあれば、私たちは身の寄せ所を持っているような気持になっていますが、人生の事実は身の寄せ所のないさすらいなのです」(藤木正三)2-19さすらい

・たれプーさん♪は「のたれ」プーさんという意を兼ね備えています。山頭火のように、人生の旅に殉ずるのが理想的な野垂れです。何かに安住している人は、共通して品がないと藤木師は続けます。安住するとは毎日の変化ない生活を、感動もないように生きることです。生きるとは毎日を、ひっそりと丁寧に生まれてはじめての日のように生きることです。その意味で、日々野垂れながら復活するということが宗教的な生き方でしょう。家族だけは最後まで味方なんておセンチになってはいけません。最期には独りで死んでいくのです。しかし、それは大いなる自然(神・仏・宇宙・森羅万象・山川草木…)との合一であります。
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