人生いろいろ:詐欺被害の「カモ」メ~ル!?

† 他人の不幸につけ込んで商売をする人たちがいる。そうした情報をいくつか転載してきた。一時期に比べると被害額は減っているようであるが、社会が不安定になると、そうした被害にあう人が増えるのも事実だろう。以下の記事で書かれているのは、それらの業者はきちんと目的を持って情報を入手し組織的に騙すこと。また一度騙されることで波及的に他の業者に騙された情報が転売される実態がある。

‡ 記事にあるように、スタッフをスポーツクラブに潜入させる工作や看護師・介護士らから情報を得るなどお金をかけて調べ上げている。闇雲にキャッチや家庭訪問をするわけではないのだ。言葉巧みに強圧的に心理的に追い込んで契約させる手口は変わっていない。そもそも不幸の原因を何か・誰かのせいにしたいという日本人に多い心理がネックとなるだろう。それを回避するためには、人間にとって幸・不幸とは何なのかをじっくりと考える思考力が必要であろう。


買わなきゃ地獄行きだよ!霊感商法業者が語る手口と実態とは?(1)
買った途端に名簿が回る恐怖!霊感商法業者が語る手口と実態とは?(2)
2014年11月03日
http://b-chive.com/reikan-syouhou1/
http://b-chive.com/reikan-syouhou2/

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人生いろいろ:「3だけ主義」を超える

† 「今だけ、カネだけ、自分だけ」という現代の風潮を「3だけ主義」と言うらしい。この刹那的にも思える生き方が格差社会の行きつくところだろう。先々のことを考えることもなく自分だけの欲求を追い求めるためにはお金が必要で、そのためには騙しても盗んでも何をしても構わないという極端な思考の人たちが増えている感じがする。

‡ この瞬間こそが大事であることは宗教の神髄であろう。ただ、それは自分だけという人間中心主義ではなく、ましてや生活の手段としてのお金を得ることが、何でも可能なことを得る魔法と思うことが歪な生き方につながることは分かるだろう。子孫のことまで、知らない人たちまでも含めて思いを馳せる生き方ができなくなっている。このブログの主眼は、まさに究極的人生態度とは何かを考えることで「3だけ主義」と対極にある。

法王批判の急先鋒解任=同性愛反対派の重鎮―バチカン

法王批判の急先鋒解任=同性愛反対派の重鎮―バチカン
2014年11月9日 時事通信社

 バチカン(ローマ法王庁)は8日、保守派の重鎮であるバーク最高裁長官(枢機卿)=米国=を解任したと発表した。枢機卿は同性愛や再婚を容認しない厳格なカトリック教義を重視。柔軟とされるフランシスコ・ローマ法王反対派の急先鋒(せんぽう)だった。【ジュネーブ時事】


・先日アップル社CEOの同性愛告白があったが、欧米では同性愛・婚をめぐり活発な議論が展開されてきている。つまり国・地域によっては合法化や経済的に保障されるところがある一方で、厳しく制限され罰則の対象となる地域も存在するという状態だ。

バチカンの報道では保守的な最高裁長官の枢機卿が法王により解任ということで、これは大きな動きである。未だにくすぶる聖職者による児童への性的虐待の問題があり、加えてカトリック教会離れである。宗教の寛容はどこまで認められるのか。保守か革新か!?

日本では法制度では認められていないまでも、マスコミでは自分自身のセクショナリティを公にする人は増加し社会も、その存在を半ば容認する空気はある。仏教は厳格に同性愛を禁止するという文言はないようであり、その点ではあいまいな社会なのだろう。


参考
<イタリア>自治体で相次ぐ同性婚受理 政府に法整備圧力
2014年11月8日 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20141108k0000e030140000c.html

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2014年11月8日図版 毎日新聞


4州の同性婚禁止支持=米連邦裁
2014年11月7日 時事通信社

 米オハイオ州シンシナティの連邦高裁は6日、管轄するケンタッキー、ミシガン、オハイオ、テネシーの4州による同性婚禁止を支持する判断を示した。

 米国では今年、これまでに四つの連邦高裁が同性婚禁止は憲法に違反するとの判断を下していた。今回、正反対の見解が示されたことで、有力紙ニューヨーク・タイムズは「連邦最高裁が同性婚問題で判断を迫られるのはほぼ確実とみられる」と指摘した。

 同性婚が合法なのは、2013年1月の時点で首都ワシントンのほか9州に限られていたが、現在は32州に拡大。多くの州は連邦高裁の判断によって同性婚が可能となった。【ニューヨーク時事】

シミる栞:方丈記の処世術

† 方丈記には世の中のすべてが書かれていると薦められて現代語訳を読んだ。ご存じの通り、本文そのものは短くて通読するのに1時間もかからない。確かに飢饉や天災などの大惨事と都の疲弊ぶり、そして著者の世の中を見つめる思いが冷静で無常に満ちている。これが三大随筆なのだから日本人の心情は無常なのか。

‡ 当時の日本人と現代とは一体何が違っているのだろうか。金・権力のために右往左往し隣家との虚しい競争、そして没落と終焉というサイクルを通して、世の中には一つとして定まることがないことを知る。著者は隠遁し身軽に生きる生活を選んだ。つまるところ人間の生活はその通りなのだ。ただ、それでも自然や子どもに触れる生活を楽しんでいるゆとりがあることは現代にも通じることだろう。人生は無常であるが、そこに美学を見つけて、「それでも、生きていればいいこともあるよ・・・」と呟きたい。


現代語訳例・・・

方丈記(原文・現代語訳)
http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/houjyouki.html
学ぶ・教える.COM

介護主夫始末記:冷凍食品の威力

† 冷凍食品のイメージに割高・美味しくないというものがある。しかし利用されている方は分かるが便利で美味しくなったことで欠くことのできない食品として認知されているようだ。利用実績は冷凍うどんが一位である。日本冷凍食品協会の広報担当者によると、-18℃以下の冷凍室に保存し料理時にそのままチンすることが大事で、スーパーなどで購入後は一目散に帰宅し保存することが美味しさを保つことだという。また冷凍庫内の温度管理のために、冷凍食品を多く入れて開閉回数・時間を減らすこと。

‡ 冷凍食品に限らず、調理しやすい・食べやすい食品の研究・普及は超高齢化社会になり広まっている。食事は生活の基本であり生きる活力を与える。生活スタイルに合わせて活用すれば便利に使え、食べることに関心が深まることは間違いないだろう。


世の中面白研究所 「ここまでやるの冷凍食品」
2014年10月27日 NHKラジオ第一放送 午後8時05分~午後8時55分
<放送概要>
小堺一機所長が、世の中の早い流れを探る。今回は冷凍食品がテーマ。最近冷凍食品が様々に進化して消費が伸びているとのこと。その実態を阿佐ヶ谷姉妹の2人が調査。協会でのレポートや、スタジオでの冷凍食品の試食、替え歌などを披露。


日本冷凍食品協会  http://www.reishokukyo.or.jp/

統計資料データPDF版 平成25年統計データ
http://www.reishokukyo.or.jp/25sokuhousiryou

人生いろいろ:○○女の台頭

† マスコミの造語で、○○女という言い方が流行りである。こだわりが強い男性の趣味領域に女性も参戦している状態。しかも女性ならでは視点で新たな市場開拓も行っている。政府あげて女性参画社会と言いつつも肝心な女性活用については未だお粗末な社会であるが、女性のパワーは凄まじい。

‡ というよりも、○○女という言葉自体が何かしら違和感がある。○○男子も同じ。およそ男性が関心持つことに女性が無関心であろうことはないだろう。それは反対も同じことで、ファッションや美容に関心を持つことも当然である。ただ社会として役割分業をずっと続けた日本人には馴染みがないだけだ。○○女が、女性のオッサン化という指摘よりも興味の多様化という側面で考えた方がいい。


模型に夢中な“モケジョ”たち
2014年11月1日 NHK WEB特集
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_1101.html

「神は生物を進化するよう造った」 現ローマ法王も肯定

「神は生物を進化するよう造った」 現ローマ法王も肯定
2014年10月30日 朝日新聞

 宇宙が誕生したビッグバンも進化論も、神の教えと矛盾しない――。ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は28日、天地創造に関する科学の理論を肯定した。

 世界の高名な科学者が集うバチカン科学アカデミーでの会合で語った。法王は「世界の始まりは混乱の産物ではない。創造主の手がビッグバンを必要とした」「神は、自然の法則に従って進化するよう生物を造られた」などと述べた。

 旧約聖書は、神が6日間で天地を創造したと記す。地動説を唱えたガリレオへの17世紀の異端裁判などで非科学的と思われがちなバチカンだが、1950年から進化論を認めてきた。

 ただ保守派の前法王ベネディクト16世は「神の創造を信仰で理解することと科学による証明は対立しない」と述べる一方で、「進化論はすべての問いに答えてはいない」と発言した。生命の誕生や進化に何らかの「知的計画」が働いたと主張し、米国で支持を集めるキリスト教右派への追い風と受け止められていた。(ローマ=石田博士)


・科学の発展とともに宗教は廃れてきたということが言われるがそうでもないかもしれない。

そもそも選民思想が根本的な問題だと感じることがある。つまり自分は正しいと確固たる自信ゆえに他者を排斥しても何も感じない・考えないことに通じる。宗教の偏狭さが出るのが、そうした意識だろう。

本当は自らの権力欲や支配欲であるのにもかかわらず、それを教義解釈の結果として縛るようなあり方がずっとされてきている。解釈次第でいかようにも変更できることが言語の弱点であり限界であろう。

進化、中絶、離婚等にしても、聖書本文に書かれている背景を考えることなく鵜呑みにし、さらに勝手に解釈すればどのような結末になるかは明らかであろう。ただ、それを拒絶する偏狭さを受け入れられないことが問題を複雑にしている。

イエスは当時の宗教学者やパリサイ派の人たちの言動を徹底的に批判している。それらの人たちと現代の宗教組織が同じに思える。イエスを神と崇める人たちは、実は自分を神としていることに気づけないことに人間が本当の意味で進化しているわけでないことがさみしい。

社会組織は現代的になっているが、イエスの生きた時代と同じことを人間は繰り返しているに過ぎない。ただ時代の廃り流行りに流されているだけだろう。

科学者は万能ではないことを知って仕事をしている。その危険性も分かるゆえに倫理を考える。一方で宗教者たちは、間違いなしと考えるゆえに他を排除し己の理論を貫こうとする。


離婚・同性愛…容認に至らず カトリック司教会議が閉会
2014年10月20日 朝日新聞

 「家族のあり方」をテーマにしたローマ・カトリック教会の世界代表司教会議が19日、閉会した。2週間の議論で、離婚や同性愛など教会がタブー視してきた問題に向き合った。だが保守派と改革派の溝は深く、変革には至らなかった。

 議論の要点を示した報告書は62条項あり、世界中から参加した司教183人が1条項ずつ賛否を表した。承認には3分の2の賛成が必要。「同性愛は容認されるべきで、差別は避けられなければならない」とした条項や、離婚した人が教会の重要な儀式に参加するのを認める条項など三つが否決された。

 報告書にはすべての条項の賛否が示されている。会期中に発表された中間報告では、同性愛を肯定する改革派の主張が一部含まれ、「バチカンが歴史的な転換へ」と報じるメディアが出るなど注目を集めた。(ローマ=石田博士)


葬儀場浴室に侵入の男 妻とけんかして家出「風呂入りたかった」

葬儀場浴室に侵入の男 妻とけんかして家出「風呂入りたかった」
2014年10月30日 スポニチ
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2014/10/30/kiji/K20141030009195350.html

・この葬儀ホールであるが外観はビジネスホテルのようなもの。

夫婦喧嘩してのことだが、公園のトイレを使用するのとは訳が違い48歳としては常識に欠けることだろう。通夜も済んだ時間に全く知らない男がいることで不信がるのも当然だろう。たまたま同ホールの内部写真が載っていた。

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ベルコ 姫路駅前ホール  http://www.bellco.co.jp/sougi/index.html
兵庫県姫路市南駅前町6番地


参考

葬儀場浴室に侵入の男 妻とけんかして家出「風呂入りたかった」
2014年10月30日 スポニチ

 兵庫県警姫路署は30日までに、葬儀場の浴室に無断で立ち入ったとして、建造物侵入の疑いで自称姫路市の無職の男(48)を現行犯逮捕した。

 姫路署によると、「2、3日前に妻とけんかして家を飛び出した。風呂に入りたかったが、付近の銭湯が閉まっていた」と容疑を認めている。容疑者は葬儀場の前を通った際、宿泊する参列者用に浴室があることを思いついたという。

 通夜に出た男性が入浴中の容疑者を不審に思い、従業員を呼び発覚した。

 逮捕容疑は29日午後10時50分ごろ、姫路市南駅前町6の葬儀場「ベルコ姫路駅前ホール」の浴室に侵入した疑い。



関連

結婚式場の祝儀、窃盗未遂容疑 熊本で58歳逮捕
2015年6月27日 中日新聞

 熊本東署は27日、結婚式場で親族を装い、祝儀袋に入った現金を盗もうとしたとして、窃盗未遂と建造物侵入の容疑で住所不定、無職西原哲美容疑者(58)を現行犯逮捕した。署によると「4年ほど前から、広島より西で数百件やった」と供述しており、祝儀窃盗を繰り返していた疑いがあるとみて調べている。

 逮捕容疑は27日午前11時半ごろ、親族を装って熊本市の式場に侵入、参列者が受付に渡した祝儀袋から現金を盗もうとした疑い。

 熊本東署によると、西原容疑者の挙動が不審だったため、式場従業員が質問すると祝儀袋を戻して外に出た。従業員が問い詰めると、逃げようとしたため取り押さえた。(共同)


介護主夫始末記:認知症の親を守ろう!

† 認知症の高齢者が詐欺被害のターゲットとなって久しい。むろんこれは認知症ではない高齢者も当てはまることだ。距離の離れた親の介護が問題となっているが、以下のような兆候があれば早急に対策が必要だろう。

‡ あってはならないことだが介護ヘルパーや訪問医療関係者による金銭盗難も散見される時代になり、お金の管理や契約など本人を保護すべく手をうっておく必要がある。騙す人たちはネットワークを持ち繰り返し仕掛けてくると思われる。判断能力が低下している場合の代替措置をすることが必要だろう。


見守り新鮮情報 第202号     平成26年10月21日
◇発行:独立行政法人国民生活センター◇

  「見守り」と「気づき」で認知症等高齢者の被害を防ごう

「見守り」と「気づき」のポイント
<住まいの様子>
・不審な契約書、請求書などの書面や、宅配業者の不在通知などはないか。
・不審な健康食品やカニなどがないか。
・新品のふとんなど、同じような商品が大量にないか。
・屋根や外壁、電話機周辺などに不審な工事の形跡がみられないか。
・通信販売のカタログやダイレクトメールなどが大量にないか。
・複数社から配達された新聞や景品類などがないか。
・不審な業者が出入りしている形跡はないか。

<高齢者本人の言動や態度など>
・不審な電話のやり取りや、電話口で困っている様子はないか。
・生活費が不足するなど、お金に困っている様子はないか。
・預金通帳などに不審な出金の記録はないか。

<ひとこと助言>
☆上記のチェックポイントを参考に、認知症等高齢者の住まいの様子や言動な
 どに日ごろから注意を払いましょう。
☆困ったときは、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください。
 家族や周囲の方も相談することができます。

イラスト入りリーフレット(PDF形式)


<性同一性障害>自分偽らない…男から女に、記者から僧侶に

<性同一性障害>自分偽らない…男から女に、記者から僧侶に
2014年10月27日 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20141027k0000e040218000c.html

・毎日新聞の特集記事の一つである。

四国遍路のルーツとも言うべき古典から江戸初期の一僧侶の記録を検証した研究・資料を基に以下の本を作成した。著者は元読売新聞記者で阪神大震災を機に、縁を得て仏教を学び、新聞社を辞めて高野山大学院で研究生活に。記事にもあるように2010年に性別も変更しているという。

日常を離れた異空間で厳しい自然と人間の温かさに触れることで何かを得られるという体験は人間にあるべきところを考えさせる機会となることは確かだろう。いささか観光化されて手軽になっていても、このような旅行+プチ修行のような時間は大切な気がする。

さて最近、入手した本に江戸・明治期の「巡礼の心得」のいくつかが書かれているが実に厳しい作法があり、現代人のような手軽な気持ちで臨めるようなものでないことが分かる。やはり仏道修行というのが本筋だろう。四国遍路に行ってきたことよりも何をつかんできたかが大事であろう。スタンプラリーと早計するなかれ。

記事では著者の性同一性障害のことは詳しく書かれていない。彼がどのように仏教を語るのかも、これから興味深いところだ。

また僧籍を取ってから性別を変えたことに、教団はどのような考え方で臨んだのだろうか。女性の宗教職を認めない宗教もあるだろうし、これも興味深い。


江戸初期の四国遍路 澄禅『四国辺路日記』の道再現
柴谷宗叔著

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B5判 345頁 2014.04
法蔵館 税込9180円

江戸初期の僧・澄禅による、現存最古とも言える遍路記録『四国辺路日記』を解き明かした書。現在の遍路道と江戸初期の道とを比較できる地図付き。四国霊場開創1200年記念出版。


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柴谷宗叔
1954年、大阪市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。高野山大学大学院博士課程修了。博士(密教学)。
読売新聞大阪本社編成部次長などを経て、現在高野山大学密教文化研究所研究員、園田学園女子大学公開講座講師、四国八十八ヶ所霊場会公認大先達など。高野山真言宗大僧都、司教。高野山布教師。
四国、西国など全国四十数か所の霊場を巡拝、四国遍路は徒歩を含め八十周を超す。四国ヘンロ小屋プロジェクトを支援する会役員、西国三十三所札所会公認特任先達など多方面に活躍。


参考

<性同一性障害>自分偽らない…男から女に、記者から僧侶に
2014年10月27日 毎日新聞

 長年、性同一性障害に悩んできたが、阪神大震災(1995年1月)を機に新聞記者から高野山真言宗の僧侶に転身し、性別も変えた人がいる。四国八十八カ所巡りを通して「自分を偽らずに生きていい」と思えるようになったという柴谷宗叔(そうしゅく)さん(60)=和歌山県高野町=だ。2010年に性別適合手術を受けて戸籍上の性別を男性から女性に変更。性的マイノリティーのための駆け込み寺を作ることを目指している。

 幼い頃から性別に違和感を抱いていた。大学卒業後、読売新聞大阪本社に入社。「周りに知られると仕事を続けられなくなる」と思い、男性として振る舞い続けた。

 旅行で西国三十三カ所の一番札所、青岸渡寺(和歌山県那智勝浦町)に行ったことがきっかけで、四国八十八カ所巡りを始めた。病気や障害、家族の自殺など、さまざまな苦難を乗り越えた巡礼者に出会った。脳性まひの若い女性は「笑顔に励まされる」と同行する人が増加。霊場を開創したとされる弘法大師になぞらえ、「笑顔の大師」と呼ばれていた。

 そんな頃、阪神大震災が起きた。当時神戸市東灘区に住んでいたが、発生した1月17日は大阪府内の実家に帰省していた。会社に泊まり込んで仕事を続け、1週間後に自宅に戻ると全壊。東灘区の死者は1471人に上り、自分も捜索対象になっていた。

 がれきの中からずたずたになった四国遍路の納経帳を見つけた。その瞬間、「助けてくださってありがとうございます」と弘法大師に手を合わせた。「生かされた恩返しとして、苦しんでいる人の力になりたい」と考えるようになった。

 弘法大師について学ぶため03年、高野山大学に入学し、僧侶になろうと決めた。2年後に会社を退職。得度して僧名を与えられた。10年に戸籍上の性別を変えると同時に、高野山真言宗では初めて僧籍簿の性別も変更した。

 昨年、高野山真言宗の教えを説くことができる「本山布教師心得」の資格を取得。今年4月には、約10年間の集大成として「江戸初期の四国遍路」(法蔵館発行)をまとめた。高野山開創1200年の来年、本山で説法する。柴谷さんは「社会に合わせれば周囲とのあつれきはなくなるが、自分の中に葛藤が生まれる。それを解決できるのが宗教。人知れず悩んでいる人に寄り添いたい」と話す。【谷田朋美】


藤木正三 師の断想から考察される宗教との付き合い方

藤木正三師の考え方のポイントは「納得の福音、限界性の福音」と形容されるのではないだろうか。それは今後の信仰にあり方にヒントを与えてくれるものだと思います。

個別性を重視する、だがどこまでも絶対視しない。それが限界性であり自分の納得なのです。言語の持つ限界、人間の処理能力、本能との軋轢など人間はさまざまな制約下にしか一時たりとも生存できません。その人間が永遠を考えることの落差こそが、優れた芸術・文化を生んできたし宗教も憧れとしては最適な古典でしょう。

その葛藤のなかでずっと生きることが人間存在の原点になることは予想されます。安易に宗教を論じることは極めて誤解を生みやすく難しいことです。

とかく日本人にとって信仰とは、「疑わないで信じる姿勢」という強迫観念が強く、それが自分を縛り抑圧することが大きな誤解のもととなるのでしょう。ただ人生とは極めて曖昧であり、何が成功であり失敗なのか、大事なことが些末なことか等は分からないものです。

ところが誰か権威ある存在に、その外枠を示し決めてもらうとずっと安心できるのが人間心理なのかもしれません。そうしたものが成文化し体系づけられたゆえに強固になり、時代により解釈次第で揺れ動くというのが人間の歴史なのでしょう。

「不信仰を恥じて」抑圧する人がいると思えば、一方で「強固な信仰を抱いている」とし他を抑圧していても全くそのことに鈍感になる人と両極端になるようです。ただ宙ぶらりんなところ、グレーゾーンにおいて何とか生きる真実のホンの一部だけが見つけられるという物事の本質理解は一般的ではないようです。

宗教の求めることは平安であり悟り・気づきであると言われています。例えば禅などで「悟る」といいますが、大きな誤解は悟るというのは一瞬の話であり、悟りを得ても持続できるわけではないということです。小さな悟りを積み重ねることがかろうじてできる余地はあるものの、その後も迷ったり疑ったりするのが本当のところであり、それを言わない宗教者はずるいと思います。

また宗教者の暴力ということはもっと議論されるべきテーマであると考えます。その隠された権力性を本来暴いたのがイエスの言動なのですが、同じことに躓いているようです。上から語る宗教の大義は、宗教者の語る動機・内容が実は自らの強い欲求の発出であることを自覚できないことが致命的なことです。

イエスは教義も大組織も何もあえて残さなかったのが正解でありましょう。誰もが自らをイエスとして生きてゆく、つまり自分を拠り所として納得したことを信じ行っていくことが大事でしょう。ただ前提として社会が執拗に教え込むものから捉われていない場合にしか有効ではありません。

これからは宗教組織中心から個別主義になっていくという流れは期待されることですが難しいのではないかと感じます。組織の持つ固有の問題は人間が出現してから解消されていません。それよりも組織の持つ問題を客観的に把握し、それとの距離感を適度にとる個人個人のあり方があるだけです。それは時代を超えた生き方であり勇気を持ってやっていくしかないでしょう。

自分を投げ出していく姿勢も求められるのが宗教でありますが、何でも言われてことを鵜呑みにすることや思考停止に置くことではありません。イエスの言われた「真理はあなたを自由にする」という意味を再度思い起こしたいものです。つまり、あなたの全てを解放できるものであることが必要でしょう。

納得できることを行っていくこと、だが絶対のものはないという弁えを持つことが極めて重要であります。藤木師の断想集は納得できる言葉の宝庫です。人間存在を冷徹に見つめて、そこから湧き上がる限界こそが神(大きなイノチ)を実感するという喜びであり、かろうじて人間が人間でいられる位置でありましょう。

上智学院・栄光など5学校法人が合併へ 16年4月に

上智学院・栄光など5学校法人が合併へ 16年4月に
2014/10/23 日経新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG23H04_T21C14A0CR0000/

・各法人では内規などに基づき経営陣にイエズス会の神父が就くが、近年は成り手不足が課題というのが背景にあると伝えている。2016年4月の合併を前提に協定書を締結。

ただ、それぞれの法人の独立性を尊重し今までの人事や教育環境は継続するということで上智学院が主導するという訳ではないようだ。緩い連合体とするのだろう。

東京・神奈川・兵庫・広島・福岡と地域的にも隔たりがあり実質的には何が変わるのかは分かりにくい。なお上智学院には上智大学や短大・専門学校・看護学校があるが、付属の中高校はなかったのが驚きである。

イエズス会系列校は、他にエリザベト音楽大学(広島県広島市)がある。


学校法人上智学院と学校法人栄光学園、学校法人六甲学院、学校法人広島学院及び学校法人泰星学園との法人合併協議の開始について
2014年10月23日 学校法人上智学院  外部リンク


関連

南山学園が神奈川・聖園学院と合併
2015年6月16日 中日新聞

 南山大などを運営する学校法人南山学園(名古屋市昭和区)は16日、学校法人聖園学院(神奈川県藤沢市)と2016年4月に合併すると発表した。聖園学院が解散し、運営している中学、高校などは、存続法人となる南山学園が現状のまま引き継ぐ。

 カトリック系の聖園学院は、設立母体の女子修道会のメンバーが高齢化し、合併先を探していた。同じカトリック系で創立者が同じ南山学園と交渉を進めていた。両法人は13日に合併契約書に調印した。

 聖園学院が運営しているのは聖園女学院高校、同中学と幼稚園2園で、生徒、園児は約1200人。合併後も校名や教育過程、教員体制などに変更はないという。大学から小学校まで9校、在籍者約1万4600人の南山学園は、愛知県外で初めて学校を運営することになる。


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人生いろいろ:これも、あれも誰かの陰謀だ!?

† 誰かが陰で世界を牛耳っているという考え方がある。それはいわゆる国家体制を超えたもので、特別な利益関係にある集団がいて自らの利益のために紛争や世界経済をリードしているというもの。誰もが物事の原因を知りたいし分からない場合に短絡的に結び付けて考えるようだ。伝染病が流行ると人口を間引きする生物兵器で人体実験という類の噂が拡がる。「ない」ことを証明する難しさはSTAP細胞事案でも分かるだろう。

‡ かくいう私も例えば9.11事件については隠されている事実があるのではないかという疑念はある。ただ一歩引き下がってみると真相は闇というのが人間社会なのだろうと思う。自分自身も誰も知らない恥ずかしい経験があるが、それは私の記憶のみに存在し墓まで持って行くことになる。記録には残さないし闇のままに終わることになる。闇に葬ってもいいこともあるような気がする。


参考
陰謀論を信じる日本人は59.5%!最も信じやすいのは無職、では信じにくい職業は?
2014/10/17 しらべぇ
http://sirabee.com/2014/10/17/5241/

人生いろいろ:格差社会の歪さ

† いくつかの報道番組で子どもの貧困を取り上げている。貧困のために影響を受けるのは固定費を除くと食費であり、食べ盛りの子どもには食べたくても食べられない状況を象徴として取り上げている。実は学校給食費を支払えない家庭の問題がかなり前から表面化しており、それに符号している。貧困家庭は母子家庭にしても父子家庭にしても収入が低く福祉手当を受けても生活することが困難であり、勢い子どもたちの進学や素行にも問題が生じていく。

‡ 昔は誰でも貧しかったという高年齢層の方の意見もあろうが、国全体が貧しい時代で多人数家族、地域共同体も機能していた時代との差異は大きい。つまり家族が孤立している状況が突出しており食費を切り詰めるだけで済む問題ではない。いわゆる中間層が薄くなり富裕層と極貧層の二極化は新たな対立軸をうむ。富裕層が富めば、お金が下にも滴り落ち潤うという経済政策が破たんし貧しいゆえに就学機会を奪われ健康を奪われ尊厳を奪われる社会の次に起きる混乱がもたらすものは社会の荒廃と戦争というのが歴史の教訓だろう。


WEB特集 格差論争 ピケティ教授が語る
2014年10月17日 NHK 外部リンク
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_1017.html

素・極意ぃ~:映像 池田晶子(文筆家)


生きていることとは何だろう? 池田晶子 当たり前だけど不思議なこと


・書評誌の読者プレゼントで送られてきたのが池田晶子『事象そのものへ!』(法藏館、1991年)だった。池田にとっては話題となった最初の書籍で彼女の直筆サインが入っていた。単に姓名を書いただけの簡素なものだった。2007年に46歳で病死されたということで大きな印象がある。

その後、活躍の場が拡がったようでマスコミにも取り上げられるようになった。『14歳からの哲学―考えるための教科書』(トランスビュー、2003年)が話題となりニュースステーションに出演したのだろう。

映像を見ると自分の言葉を探そうという姿勢が垣間見られ結論を即断しないという方なのだと分かる。それが哲学者らしいのかもしれないが既存の哲学に拠らずに生きるという難しい問題を思い続けることはなかなか大変なことだ。テレビ出演なので事前の打ち合わせ・進行が決まっていたろうが、彼女の考えるペースはいささかも変わらないように見える。

自分の言葉で語ることは大事である。難しいことはあれともこれとも言える。その辺りを割り切って分かったように話す評論家の類がほとんどの時代にあって稀な存在だったのだろう。マスコミに登場する方に私たちが期待するのは、論拠のある分かりやすい切り口と結論である。そうした方が評価されて視聴率も取れることは間違いない。

とくかく余裕のない社会になり、ゆっくりと考えることもできなくなってしまった。結論を急ぎ、責任を追及し外野を決め込む。そうした傍観的な生き方しかできなくなった。ただ考えてみるべきことは、AかB、どちらに選択しようかという単純な問題ではなく、なぜ・どうしてなのだろうという複雑極まりないことが多い。

テレビの中で長く沈黙し言葉を選ぶことを許さない時代。より大事な本質的なこととは何かを彼女は示していたのだろう。私たちは生きるということにもっと直面しないといけないのではないだろうか。

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