レンタルビデオ店で下半身露出、僧侶の男逮捕 埼玉・ふじみ野市

レンタルビデオ店で下半身露出、僧侶の男逮捕 埼玉・ふじみ野市
2013/06/09 FNN

埼玉・ふじみ野市のレンタルビデオ店で、下半身を露出したとして、僧侶が逮捕された。
公然わいせつの現行犯で逮捕されたのは、埼玉・所沢市にある「東福寺」の副住職・荒泉崇弘(あらいずみ・しゅうこう)容疑者(39)。

荒泉容疑者は、8日午後6時前、ふじみ野市のレンタルビデオ店で、下半身を露出したところを警備員に取り押さえられた。荒泉容疑者は、「ムラムラしてやった」と話しているという。



・容疑者は10年前にも児童買春・児童ポルノ禁止法違反などの疑いで逮捕されているという。未確認だが檀家数も多く跡取りということだ。僧侶だからというよりも人間はなかなか変わらない。東福寺のあじさいの写真がたくさんネット上にある。住職も頭が痛いだろう。


水木山 阿弥陀院 東福寺[真言宗豊山派]
埼玉県所沢市大字本郷764

ファミリーブック ふじみ野店
埼玉県ふじみ野市鶴ケ岡1丁目16−2 ‎

ビデオ店で下半身露出した疑い、僧侶の男逮捕
2013年06月09日 TBS

 埼玉県にある寺の副住職の男が、レンタルビデオ店の店内で下半身を露出したなどとして逮捕されました。

 公然わいせつの疑いで逮捕されたのは、所沢市本郷にある東福寺の副住職、荒泉祟弘容疑者(39)で8日午後6時前、ふじみ野市鶴ヶ岡のレンタルビデオ店で女性客のそばに立ち下半身を露出するなどした疑いが持たれています。当時、店内には複数の客がいましたが、巡回中の警備員が荒泉容疑者の行為を目撃し、取り押さえました。

 取り調べに対し荒泉容疑者は「いろいろたまってムラムラした」と容疑を認めているということです。


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情熱大陸 壇蜜(タレント)

情熱大陸 壇蜜(タレント)
2013年5月26日 毎日放送

「日本一セクシーな32歳」と呼ばれて。その扉の奥に潜むのは魔力か?それとも…。

職業は自称「エッチなお姉さん」。29歳で“思い出作り”のためにグラビアデビューを果たして3年、このところテレビや雑誌でその姿を見ない日はない人気ぶりだ。昭和の香り漂う容貌に物憂げな雰囲気、妖艶な言動は唯一無二の存在感を放ち、今や「殿方」だけでなく女性や子供たちにもその名前が浸透した。番組では、初の連続ドラマレギュラー出演や、ラジオ番組初MCなど超多忙な「蜜の日々」に密着。そこから垣間見えたのは、自らの意思は極力持たず相手の求めに応じたいという徹底した“仕事観”や、「どこにも居場所が無い」という“人生観”。知れば知るほど謎めいていく彼女に取材陣も…。更に、最近ほぼ休みなく働き続けて来たという壇の久しぶりの休日。何をしてみたいかと尋ねると「バイク旅行」と言う。北海道のバイク旅行でカメラが捉えたのは、グラビアでもバラエティでも見たことのない壇の姿だった。「日本一セクシーな32歳」と言われ巷を賑わす彼女は一体、何者なのだろうか?その扉の奥に迫る。

壇蜜(タレント)
プロフィール1
1980年秋田県生まれで幼少時に東京へ転居。中学時代生のあだ名は「愛人」。大学卒業後職を転々とし29歳の時にグラビアデビュー。「他のコと同じことをやっていても目立たない」と次々と過激なポーズに挑戦し、DVDは全てがトップセールスを記録。年間50誌以上の週刊誌に登場し、2012年映画「私の奴隷になりなさい」(R-15指定)に主演。
プロフィール2
記者会見場などでの機知に富んだトークが話題を集め、以降多数のバラエティ番組にゲスト出演するように。本名、齋藤支靜加(しずか)。未だにワンルームのアパートに暮らし、自他共に認めるのは「私服が残念」なことだと言う32歳。



今朝の毎日新聞(大阪本社版)に番組プロデューサーの福岡が寄稿させて戴きました。以下、紙面より抜粋
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 初めて番組の説明に訪れた楽屋で、自称Hなお姉さんはイメージと程遠いジャージー姿だった。面白い番組にしたいと説明したところで、彼女の動きが止まった。
『それってなんですか?』
人によって万通りの解釈ができる言葉に彼女は敏感だ。例えば『幸せって何ですか?』幼い頃いじめにあった。大人に、気にするなといわれても、子どもにとってそれはなかなか難しかった。
この世界に入ってからも、他人が何を求めているか、常に気になっている。
自然と、自我を忘れる自分が形作られた。
殿方が求めている女像、それが壇蜜。なぜ人気なのかは、今の日本が病んでるからでは?と彼女は笑う。では、自分が今一番したいことは何なのか?南と北だったら北に行きたいと即答した彼女を北海道旅行に誘った。
バイクにまたがる彼女、ラーメンを食べる彼女、なぜかヒヨコの雄雌の仕分けをする彼女その晩、ディレクターは壇蜜と2人きりで1時間以上も部屋からでてこない。一体、何が起きていたか。
 種明かしはさておき、ひとつわかったのは、女はどんな男とどこでどう過ごすかで、みせる表情が劇的に変わるということ。
 ドキュメンタリーは初めて。難しいですね、、、裏側なんてない、、と微笑んでいた壇蜜、Hなシーンなんて撮影していないのに、扉の奥に潜む色の匂いがにじみ出てきてしまった。
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今夜11時よりMBS・TBS系列全国ネットにて。
タレント/壇蜜篇
お察しの通りスタッフとっても気合い入ってます(笑)
どうぞ、ご一緒にお楽しみ下さい。



・カメラが回っていて素顔が出せるのだろうかという疑問はある。そもそも素顔があるのかという疑問すら彼女からは湧き上がる。言葉に対しては敏感であり彼女なりの判断があるのだろうと思う。大学を卒業しても生き方が見つからずに続かないという生き方を繰り返したが、モデル応募を機に時の人への階段を上る。

彼女は視聴者に対するサービスが優先し自分を考えていないという印象を受けた。年齢的にも若いとは言えないだろうし、大変な忙しさの中で何を考えているのか。

受け身な生き方であるが、それでもどこかに一本自分の筋を通そうとする姿が見える。世の男性諸氏が妄想するような女性ではないだろう。

ふと女優・秋吉久美子を思い出した。

僧侶見習いが通夜、遺族憤慨 名古屋の寺「修行の一環」

僧侶見習いが通夜、遺族憤慨 名古屋の寺「修行の一環」
2013年2月5日 朝日新聞

 尾張徳川家ゆかりで、高野山真言宗の別格本山・八事山興正(やごとさんこうしょう)寺(名古屋市昭和区)が昨年、ハローワークなどで募った見習いに1人で死者を弔わせていた。「わからない作法は省略した」と話す見習いもおり、遺族は「だまされた」と憤る。僧籍がないのに任せたことについて、寺は「修行の一環で問題ない」と反論している。

 高野山真言宗の僧侶になるには、総本山である金剛峯寺(こんごうぶじ・和歌山県高野町)に僧籍が登録されなければならない。興正寺ではそれまでは見習い。約3年間修行し、住職から適性を認められる必要がある。

 興正寺は、修行期間が2年未満の見習い3人に、1人だけで通夜をさせていた。朝日新聞が入手した内部資料によると、昨年1~9月、少なくとも計11回の通夜を任された。元見習いの男性(28)は朝日新聞の取材に、「興正寺から、見習いと言うなと釘を刺された。遺体の枕元でお経をあげる枕経(まくらぎょう)や通夜を1人で担当した」と打ち明ける。【渡辺周、上田真由美】



・この宗教法人については、過去からいろいろと新聞ネタを提供してくれる。常識で判断すれば分かると思うが・・・。


僧侶を次々解雇、人手不足に 見習いに通夜任せていた寺
2013年2月6日 朝日新聞

 ハローワークなどで集めた見習いに、「修行の一環」として1人で死者を弔わせていた八事山興正寺(やごとさんこうしょうじ)(名古屋市昭和区)が、やめさせた僧侶3人から「不当解雇だ」と訴えられていたことがわかった。寺の関係者は「相次ぐ解雇で人手不足となり、見習いに通夜を任せるようになった」と話している。

 3人は2007~12年、興正寺に対して、僧侶として勤める地位や雇用関係を確認し、復職させることを求めて、それぞれ名古屋地裁に提訴した。いずれも僧侶の主張が認められた。

 判決などによると、19歳で入山した愛知県南知多町の僧侶=故人=は、高野山・専修学院で学んで僧侶の資格をとってから40年間、興正寺に勤めた。だが、07年8月、寺から「運営に多大な損害と混乱を引き起こす可能性が高い」と言われ、やめさせられた。同県稲沢市の僧侶(57)も、25年余り勤めたが、ほぼ同じ時期に同様の理由で解雇され、興正寺施設内への立ち入り禁止を通告されたという。【上田真由美、渡辺周】


尼僧として生きる苦難

<こちら編集委員室> 尼僧として生きる苦難
2013/6/4 中日新聞

 「仏像ガール」が育つと「尼さんガール」になると聞いた。とはいえプチ体験というから幸いか。在家から尼僧になる道は険しく出家後の辛苦は尋常でない。

 縁あって知り合った六十歳近い尼僧の庵(いおり)を訪ねた。ごく普通の民家だった。大学を出て就職、海外留学もしたが、父親の厳しい闘病看護と、その死を機に一念発心。本山や尼僧堂で十年余の修行を経て、四十歳で頭を丸め尼僧になられた。

 食は肉魚を絶つ菜食に徹する。一軒一軒巡る「門付け」や街の「辻(つじ)立ち」の托鉢(たくはつ)でいただく喜捨が修行かつ生命線である。米と麺は間に合うものの、貯金を少しずつ崩す生活である。

 「海外旅行を一度もせずに母が残したこの家がなければとても…」。事故や修行時代の古傷がたたり、近ごろ首や腰が痛む。「托鉢の編みがさが重くなって…」と小さく笑われた。

 伝統的な尼僧は超高齢化、年々減少している。亡くなるや尼寺は男僧が住職に就いたりする。後継者がいない寺の娘や奥さんが出家するケースはまだしも、在家出身の尼僧は経済的にも階層的にも取り残され、分断、除外される。女性登用が欠かせない社会にあって日本仏教界の動きは緩慢だ。米国の禅センターでは、尼僧の活躍がめざましい。

 七百六十年前、道元禅師は『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』で「男女を論ずることなかれ、此(こ)れ仏道極妙の法則なり」と、すでに男尊女卑の弊風を諫(いさ)めている。(姫野忠)



・尼僧をと間近で接したことがないが、少数ながらも生きている人たちはいるのだろう。

現在、お寺のブームが続いており観光気分の延長でプチ体験をしてみようとする動きが一方である。それは伝統に触れるという意味で良いのかもしれないが、やはり表面的な理解に留まる。

思うことは女性の感性で宗教や生き方を捉えることの大事さだろう。そこには男性目線とは違ったものがあるはずであり学ぶことは大いに違いない。

語られないにしても、差別戒名や記事にあるような尼僧に対する位置づけなどは日本の仏教界だけでなく広く世界の宗教にも問われていることだろう。

NHKちきゅうラジオ「世界が注目 和楽器の継承と道路計画」

NHKちきゅうラジオ「世界が注目 和楽器の継承と道路計画」
柏倉康夫(放送大学名誉教授)
2013年6月2日放送 NHKラジオ第一

・和楽器である篳篥(ひちりき)のリード部分(ヨシ)の日本での原産地は限られており、その貴重な群生地(高槻市、淀川河川敷)に新名神高速道路建設計画があり、その保存について国際的な関心が払われているということだ。

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番組では、その概要と海外でも関心を読んでいる例として、ダブルリードを使う演奏家団体からも批判の声が寄せられているということを伝えた。

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それは演奏そのものに大きな影響を与える。調べてみると一部の演奏家の意見ではないことは、呼びかけ人らの顔ぶれを見ても分かった。

こうしたことは全く知らなかったのでかなりびっくりとした。リード楽器にとっては、その発音部であるリードの良し悪しが楽器の良し悪しとともに大事なこと。限定された地域のものしか使われないこともあり得ること。宮内庁雅楽部も当地のヨシしか使用しないということだ。

この道路工事の背景について、別の報道で分かったことは、東日本大震災を受けて非常時の代替ルートとして凍結されていた建設計画が再開に向けて進んでいくということらしい。

その高架橋を作ることで、自然に対する影響からヨシの原が多大の影響を受けることが予想されるということで、NEXCO 中日本(中日本高速道路株式会社)に対して宮内庁をはじめとして関係者の要望が出されているという。

一方で、一般的に楽器の製造については原材料の不足や職人の育成など多くの問題が含まれいる。自然素材を使用する楽器は影響が大きい。日本の雅楽には1000年以上の歴史があり、それを絶やすことの危惧がある。ただ楽器は時代とともに変遷することも事実であり廃れてしまった楽器も多い。広く文化をどう捉えるか、伝統とは何かを考えるきっかけとなることが期待される。

僅か7分程度の報道であったが、さらに調べると、こうしたこと一つからも私たちの生活のあり方をを考えさせられることになるだろう。


SAVE the 鵜殿ヨシ原~雅楽を未来へつなぐ~  http://www.save-udono.com

International Double Reed Society  http://www.idrs.org/


雑誌「Pipers(パイパーズ)」381 2013年5月号 掲載
国際ダブルリード協会 マーティン・シュリング会長

日本のダブルリード奏者の皆さんへ
2013年3月7日

IDRS(国際ダブルリード協会)会長
Martin Schuring

篳篥(Hichiriki)のリードの良材の産地が失われる可能性があるという悲劇的なニュースに接して衝撃を受けている。1200年以上も前から、最高品質の篳篥のリード材は、京都から大阪へ流れる淀川の河川敷で収穫されてきた。しかし、高速道路の建設工事により、この絶対不可欠の資源が永久に失われようとしていると聞く。

雅楽演奏に欠かせない重要楽器である篳篥のリード資源が破壊される。その衝撃の深刻さは私たちにもよく理解できる。葦原の破壊は雅楽の演奏と日本の音楽文化に決定的なマイナス効果をもたらすであろう。

西洋音楽のあらゆるリード管楽器は(古代のバグパイプをも含めて)Cane(ケーン=葦=arundo donax)で作ったリードを使う。最上のリード・ケーンは、フランス・ヴァール地方の数か所でのみ育つ。世界中のリード楽器プレイヤーは皆が皆ヴァールに自生するケーンで作ったリードを使っていると言っても過言ではない。もし、このヴァール地域の資源が破壊され全滅すれば、西洋音楽文化に壊滅的影響を与えることだろう。私たちが淀川河川敷に育つ葦の危機を他人事とは思えないゆえんである。

雅楽は1200年以上の歴史と伝統を持つ芸術形式であり、日本の歴史と伝統そして文化の象徴でもある。そして完璧に保存されてきた雅楽とその熟練の演奏技能は日本独自のものであり何としてでも保全されなければならない。雅楽は1000年以上生き続けて来た保護すべき宝であり遺産である。高速道路工事で雅楽に必要不可欠の産地を破壊するのは聖像を破壊するに等しい悲劇である。

IDRSは、ダブルリード奏者、楽器メーカー、熱狂的ファンで構成される世界的規模の組織で、会員数は世界50ヶ国に及ぶ。私たちは日本の宮内庁、民族音楽専門家、雅楽の愛好家、ダブルリードの同志たちと連帯し、淀川河畔~篳篥の魂が宿っている~の保護と保存の要求を断固として支持する。(翻訳:小関馨子)



鵜殿のヨシ原:「新名神」で消滅も 見直し署名提出へ
2013年11月16日 毎日新聞

 ◇雅楽の管楽器「篳篥」の材料に欠かせず

 全国屈指のヨシ群落が広がる大阪府高槻市の淀川西岸「鵜殿(うどの)のヨシ原」が、新名神高速道路の高架橋建設工事により消滅しかねないとして、保全に取り組む市民団体が18日、計画の見直しを求めて約7万9000人分の署名簿を太田昭宏国土交通相に提出する。鵜殿のヨシは雅楽の管楽器「篳篥(ひちりき)」の材料に欠かせない。団体側は「これだけの署名が集まることは環境問題としてだけでなく、雅楽の伝承に対する市民の強い危機感の表れだ」と主張している。

 鵜殿のヨシ原は、平安時代の代表的な文学作品「土佐日記」にも登場する。鵜殿のヨシは茎が太く、それで作る篳篥の吹き口(リード)は、雅楽にふさわしい良質な音色を奏でると演奏家に評価されている。宮内庁の雅楽を演奏する専門機関「楽部」は今も、鵜殿から直接ヨシを買い付けている。

 しかし、1960年代以降、川底のしゅんせつ工事や上流のダム建設などで淀川の水位が低下、ヨシ原の乾燥が進行し、陸生植物に取って代わられるなどしたため、かつて約75ヘクタールあった生育面積が10%程度に減少した。

 今回、新名神の京都府八幡市−高槻市間(10.7キロ)は鵜殿のヨシ原をまたぐ形で高架橋の建設を計画。これまで採算性を理由に着工が凍結されていたが、昨年4月、国交省は事業を認可した。建設主体の西日本高速道路は2023年の完成を目指す。

 これに対して、地元で30年以上、ヨシの保全活動に取り組む「鵜殿ヨシ原研究所」の小山弘道さん(76)らは、高架橋建設に伴い、ヨシ原に水を供給している地下水などに影響が出ると主張。昨年、関西の雅楽演奏家とともに市民団体「SAVE THE 鵜殿ヨシ原」(大阪市)を結成し、署名活動を続けてきた。

 小山さんは「水路を設けるなど長い間かけてヨシ原を守ってきた。雅楽にとって取り返しのつかない事態にならないよう、建設を急ぐべきではない」と主張し、ルートの変更を求めている。

 西日本高速関西支社は、環境アセスメントの一環として植物学や地下水の専門家らによる検討会を開き、工事がヨシ原に及ぼす影響を調べている。同社は「ヨシの保全と建設との両立を目指す」と説明している。【五十嵐和大】


ご投稿を頂いた 寿美さんへ

ご病気のことでお悩みのようですね。特に周囲の理解が得られない苦痛は計り知れないものであろうと思います。文面には同病の方との交流を求められているようですが、それは全国組織や地域組織もありそうなのでインターネットで探されるとよいと思います。

患者数が少ない病気では、地元の保健所・保健センターなども一般的な相談にはのってくれると思いますが、あくまでも概要程度になるでしょう。

特に①医療面、②経済面、③精神面について書くとすれば

①現状では苦痛緩和のために方策を充実させること、特に地元で信頼できる医師を見つけてください。
②家族の援助も限界があるようでしたら、地域の福祉窓口に相談することも考えてください。
③特にメンタルな部分が、症状の感じ方に大きく左右されるでしょう。自分自身がリラックスできるものを見つけて一日たとえ5分でもいいから心を真っ白にできる時間があると良いと思います。リラックスできるものは、あなたが決めることです。

このブログでは、ココロをどう守るかについて順次書いております。誰にも苦痛はあり苦悩があります。それに飲み込まれずに今・ここで、現実を受け止めて生きることは可能であることを書いているつもりです。

私も個人的に非常に困難な時期を経験しましたが、多くの縁があり、結果として受け止めることを学びつつ、今・ここで、を大切にしています。それを素直に分かちあえる人との、ご縁があることを切に祈ります。

たれプーさん♪ (社会福祉士)


 ⇒「お笑い・マンが道場」の欄もご覧ください! ちょっとホッとして!

ボクらが歌を歌う理由(わけ)~愛知芸大オペラ1年の軌跡~

ボクらが歌を歌う理由(わけ)~愛知芸大オペラ1年の軌跡~
2013年6月2日 CBC

歌の力に魅了され、歌を愛し、歌に人生を賭ける声楽家を目指す大学院生17人がオペラを作り上げる1年間に密着!

愛知県長久手市。緑の多い環境にある愛知県立芸術大学。国公立の芸術大学では、全国でも4校にしかない声楽専攻。その声楽を大学院で学ぶ17名の学生がいる。愛知県立芸術大学では、授業のカリキュラムに総合芸術・オペラを取り入れている。半年以上の準備を重ねて、年末のオペラ公演。今年で19回目になる。演目は、グリム童話で有名な「ヘンゼルとグレーテル」。春、入学式の日に行われた配役オーディションから、夏を越えての猛練習。そして、年末のオペラ本公演。再び、春。それぞれの旅立ちの時を迎えて、それぞれの未来へと進んでいく。歌が好きで、歌に魅了され、歌に人生を賭ける若者達の奮闘ぶり。そして、それを真正面から受け止め、より高いレベルに引き上げようとする「プロ」の大人達。1年を超える密着取材で、彼ら彼女らが「歌にこだわる」、真の理由に迫る。

出演
愛知県立大学音楽科声楽専攻大学院生17名(M2-9名 M1-8名)
愛知県立大学音楽科声楽専攻・末吉利行教授
演出家・飯塚励生
マエストロ(指揮者)・佐藤正浩

ナレーション:西村雅彦
ディレクター:林 実咲
演出:渡辺明宏
制作:CBC



・この番組だが地元の公立芸術大学の大学院生によるオペラ公演をドキュメントしたもの。公演そのものは昨年末に行われていたが院生の卒業を待っての放送となった。それは卒業式と、その後の進路を確認する意味もあったろう。

このタイトルを見た時に、もっと濃い内容のものを思っていたが構成にメリハリもなく、歌にこだわる意味も深くは分からなかった。オペラが総合芸術であることは間違いない。オペラ公演でも、オーケストラや舞台装置担当も同大学専攻学生たちの応援があるようだ。

私個人の意見では、一般的に大学院生レベルが過去の学部生レベルではないかと思う。そういうことを含めて教育の難しさを痛感する時代にある。院生たちも卒業しても就職先の確保が困難なのは変わらない。特に芸術家として生きていくことは至難の業である。彼女らには内面まで踏み込む余裕もなく、与えられたものをこなしていくことでもいっぱいなのだろう。

教えている教師たちも、この経験は基本ということを強調していた。自分を表現することが芸術家の使命とすれば、生きること自体に表現者としてのあり方を教えることの難しさを感じる。

すべての音大生が檜舞台を目指すことは無理であり、私自身としては教育者への道を進んだり、感性を活かして生活することも問題なくよいだろう。それが芸能人が芸能界で生き残ることと同義であり、単に技術があるだけでない運ともいえる人や出来事の縁が左右することが多いのだ。

こうした舞台づくりであるが、いろいろと困難があるのが当然である。ただ何とかなるのが、これまた当然でありプロ教師たちが指導する以上は結果は出る。そこをどのように描くのかということが制作者たちには求められるだろう.

このブログで紹介したNHKで放映された広上淳一・東京音大教授と指揮科学生のドキュメントが秀逸だったのは、教育者としての広上の指導法のユニークさに、まだまだ何も分からないながらも苦しみながら取り組む学生の対比が際立っていたからだろう。

NHKのディレクターは、NHK名曲アルバムの構成をずっとしていた方で音楽知識も豊富であり、音楽の核心が何であるか把握していた。この点で制作関係者らが特にクラシック音楽について、どの程度の深みを持っていたのかが問われることになる。

お寺の鐘突くコーギー…雨の日も風の日も5年間

お寺の鐘突くコーギー…雨の日も風の日も5年間
2013年6月2日 読売新聞

 広島県府中市の真言宗安楽寺で、毎夕、鐘を突いて夕暮れを知らせる犬がいる。

 近くの 檀家、 橘高(きったか)勝則さん(58)が飼っているコーギー犬・マッシュ(雄、6歳)。引き綱をくわえ、懸命に体を揺らして、ゴーン、ゴーン。5年前から始め、雨の日も風の日も欠かしたことがない。信心深さに感心した住職は、マッシュを同寺の<鐘突き犬>に公認した。

20130602.jpg

 橘高さんによると、同寺と近くの神社がマッシュの散歩コース。1歳の頃に神社の鈴ひもをくわえて鳴らし始め、数か月後には、同寺の鐘を突くようになった。

 夕方、マッシュは境内に入ると、鐘楼までダッシュ。一目散に石段を駆け上がって引き綱に食いつき、後ろ脚で立ち上がって何度も鐘を突く。疲れると、しばらく休んで息を整える。



・信心深い!?犬。継続は力なり!忠犬。

伊大学に最古の「モーゼ五書」完全写本、12世紀ごろ制作か

伊大学に最古の「モーゼ五書」完全写本、12世紀ごろ制作か
2013年05月30日 ロイター.co.jp

イタリアのボローニャ大学は29日、大学図書館に所蔵されていた旧約聖書「モーゼ五書」の完全な写本巻物が、12─13世紀のものであることが分かったと発表した。写本の断片はさらに古いものが残っているが、完全なものとしては世界最古だという。

同大学のヘブライ語教授マウロ・ペラニ氏によると、イタリアや米国で行った放射性炭素による年代測定の結果、1155─1225年に記されたものだと判明した。

この巻物は100年以上にわたって大学図書館で保管され、1889年に作成された目録では17世紀のものではないかと記されていた。ペラニ教授は、写本の書式がそれよりも古いことに気付き、他の専門家に助言を求めたという。

巻物の大きさは縦64センチ、長さ36メートルで、58の羊皮紙が縫い合わせて作られている。[ローマ 29日 ロイター]


・こうした話題がニュースになるのが欧米だ。完全な写本と言われてもピンとこない。

つまりそれ以前の断片的な写本をもとにして聖書は成り立ち伝えられてきているということだ。その程度の信頼性しかないもの。

安倍首相「尊厳死の仕組み考えたい」=参院予算委

安倍首相「尊厳死の仕組み考えたい」=参院予算委
2013年2月20日 時事通信社

 20日午前の参院予算委員会で終末期医療での「尊厳死」が取り上げられ、安倍晋三首相は「尊厳をもって人生を終えることができ、医師も安心して対応できる仕組みを考えていきたい。大切なのは医療費との関連で考えないことだ」と語った。

 終末期医療をめぐっては、麻生太郎副総理・財務相が1月に「政府のお金でやってもらうのは寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしないと」と発言。批判を受けて撤回した経緯がある。

 医師でもある民主党の梅村聡氏が「麻生氏の言葉遣いは乱暴で、金と絡めたのは不適切だったが、国民的な議論は大事だ」と指摘。麻生氏は「尊厳をもって静かに死なせてほしいという率直な気持ち、私の人生観(を言いたかった)」と改めて釈明した。


・このところ日本人の最期に関する議論が盛んである。書籍の売れ行きなどを見ても、医療の不信を背景とした治療法に疑問を呈する書籍がベストセラーとなっている。

この記事は具体的な政策を論じたものではなく死生観を問うたものに過ぎない。なぜなら安楽死も尊厳死も、なかなか議論にのらないのが現状である。

特に尊厳死推進団体と神経難病や重度身体障がい児・者らの対立は激しく、医療中断に追い込まれる危惧を持つ人も多い。ただ基本的には本人の意志、家族の意志を尊重して専門家のサポート受けながら決めるしかないだろう。

その上で、議論となっている社会保障制度や治療費・介護費などの金の問題は避けて通れないところだ。お金があれば選択の幅が拡がるような社会では不公平感が増すことになる。

人生いろいろ:みすず文化人と読書アンケート

† 老舗出版社を中心に文化人・学者がグループを形成することがあり、岩波書店で継続的に本を出版できる人を岩波文化人とか言ったりする。それは彼らにとっても大きなステータスに違いない。同じように筑摩書房やみすず書房、勁草書房など、出版社にはブランドイメージがある。

‡ 先ごろ偶然入手したのは、みすず書房のPR誌・月刊「みすず」2013年1・2月号(みすず no.612)だ。2012年読書アンケートとして編集部が5冊の本を推薦するように依頼する毎年の企画である。このような企画はよく新聞・雑誌でも見かける。日本のインテリを代表する人たちが、どのような本に関心を持って短評するのかは興味深いところだ。ただ専門書が多く、その価値は常人では分かりづらいのは当たり前のことだ。私が購入する安価で手軽な本はなく、ここらがインテリとは決定的に違うところだ。みすず書房編集者らが誰に何を書かせるのかということも面白いことだ。インテリは象牙の塔に籠ることもできるが、それでいいのか昨今起きている事象を見るとインテリの社会的責任が再び問われてもよい時代となっているのではないだろうか。

NHKアーカイブス 「歴史に見る社会保障改革 “少子高齢化”をどう支えるか」

NHKアーカイブス 「歴史に見る社会保障改革 “少子高齢化”をどう支えるか」
2012年4月8日 NHK総合

「社会保障と税の一体改革」が話題の今、40年前からのアーカイブス映像を通じ、消費税と少子高齢化、年金など、歴史的にこの問題がどう認識されてきたかを見つめる。

「社会保障と税の一体改革」が話題の今、40年前のアーカイブス映像を通じ、歴史的に、この問題がどう議論されてきたかをゲストとともに振り返る、2時間近い特集。消費税と少子高齢化、年金・医療・福祉のビジョンなど、課題が指摘されながら、財政の悪化もあり、問題が先送りされてきた課題も多い。問題の本質はどこにあるのか。「社会保障改革」を貴重な映像から考える。

【ゲスト】
藤田太寅(ジャーナリスト)
宮本太郎(北海道大学教授)
金子勝(慶應義塾大学教授)
三神万里子(ジャーナリスト)
【司会】
桜井洋子アナウンサー



・過去のNHK番組を抜粋しながら社会保障改革の歴史を綴る。社会保障の充実は高度経済成長とともに加速し、オイルショックなど経済危機による税収入減少により抑制されていくという経過をとる。

日本の大きな特徴は、家族での介護や会社での終身雇用といった独特の慣習に支えられていた。それが高齢化の進展と予想以上の少子化により急激な人口構造の変化をもたらし一気に社会保障費の増加をきたした。

過去のNHKの特集番組でも、一般消費税や国民福祉税という「大衆課税」が名前を変えて時々に出てくる。しかしその反発により政権が不安定化、転換といった重大な局面を引き起こすことになる。そのような不人気の政策を与党も官僚もできないと延ばし延ばし30年たっても同じ議論を行っている。

現在、私たちが置かれている高齢者世代と若年世代の世代間対立が、すでに予想されており仮定とされていたが現実となった。人口が大きく増えたり減ったりすることは戦争や疫病がなければ予想されるから当然のことともいえる。

ワーキングプアのNHKスペシャルだが、当時見ていた記憶が残っている。北海道の地方都市で暮らす23歳女性・仮名が、精神疾患の父親を妹と一緒に支えて暮らす。本来ならば映像系の専門学校に行きたいという希望を持っていた。

病院の給食を作る仕事に妹と従事しているが、その身分も不安定だ。2006年放送だが、この姉妹がいまどのように暮らしているのだろうか。彼女は半年猛勉強して調理師免許を取得したが自給が10円上がっただけだった。

その顔には笑顔はなく思いつめたような表情が印象的だった。働いても毎日の生活をしていくのが精一杯であり希望すら持てない社会を噛みしめているように思えた。彼女の生活は決して例外的なものではないと思った。

消費税増税分を社会保障に使うということには、国のビジョンが示されれば出しても良いという国民の声は聞こえてくる。だが、その不信感が払しょくされない限り選挙における争点ともなるわけであり難しいことだ。

出演していた学者も、消費税分がきちんと新たな介護分野などへの支出に使われれば新しい成長分野として寄与するという。確かに世界一の高齢化によるロボットやサービスなどノウハウが売れる可能性も高い。

ノートルダム寺院の九つの鐘公開 来月には「18世紀の音色」

ノートルダム寺院の九つの鐘公開 来月には「18世紀の音色」
2013/02/03 共同通信社

 建築開始から850年となることを記念してパリのノートルダム寺院に取りつけられることになった九つの鐘が2日、一般公開された。

 新しい鐘は今月末まで公開された後、一つは南塔の大鐘「エマニュエル」の横に、八つは北塔に取り付けられる。鐘が同時に突かれ、最初にハーモニーを奏でるのは3月23日。寺院は「18世紀の音色が再現される」としている。

 14世紀に同寺院が完成した時、鐘は10以上あったが、1789年のフランス革命後の混乱でほとんどがなくなった。その後は、南塔に革命以前からあったエマニュエルと、北塔に1856年に設置された四つという状態が続いた。【パリ共同】



・観光の目的にもなる。

総理公邸の“幽霊”巡り…政権内の閣内不一致?

総理公邸の“幽霊”巡り…政権内の閣内不一致?
2013年5月25日 テレビ朝日

 総理公邸に幽霊が出るという噂を巡り、安倍政権内で“閣内不一致”と言われるかもしれません。

 政府は、民主党議員が提出した総理公邸に出る幽霊の噂が事実かどうかをただす質問主意書に対し、「承知していない」とする答弁書を閣議決定しました。しかし、その答弁書に署名したはずの菅官房長官が、記者会見で答弁書の内容を覆す証言をしてみせました。

 菅官房長官:「(Q.長官も公邸に入っているが、そういう気配はあったのか?)言われれば、そうかなと思いました」

 かつては、羽田元総理夫人が霊能力者から「庭に軍人がいる」と告げられたり、夜中にドアノブを開ける音がしたというエピソードを森元総理大臣が披露したこともありました。今回の閣議決定とは裏腹に、総理公邸の幽霊の噂が消えてなくなることはなさそうです。


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・総理官邸に引っ越さない首相に対しての野党議員からの質問主意書に対する回答。

官房長官が記者会見の際に、上記のような反応を示した。質問する議員や新聞記者も真面目に答える政府も何か戯画的だ。

歴代首相夫人の中には、魔術的なことに執心されている方もいる。それは海外でも同様のようだ。芸能人らが怪しげな霊能力者らに籠絡されるが、政治家も人気商売だから彼らを頼っても仕方ないのかもしれない。

ちょっと脱線するが、地元愛知県には日本を誇る怪人タレント・つボイノリオがいる。彼は歴史に詳しいのだが、むかし京都のラジオ局で番組を持っていた。幽霊がいるならば京都の人たちは夜も眠れないだろう、なぜなら京都は戦乱で数えきれない人たちが殺し殺された土地だからと冗談交じりに語ることがよくある。

不本意に亡くなった人たちが迷っているならば、大量虐殺が行われた土地には多くの霊現象があるはずで、霊感の鋭い人たちは暮らせないに違いない。

かくいう私自身は霊感もなく鈍感な人間なので感じられないのかもしれない。敢えて言えば、怖いのは幽霊よりも人間の方だ。幽霊と宇宙人、いるかいないという議論と同じ。信じるものは救われる・・・!?


長年の噂「首相公邸の幽霊」
2013/6/4 中日新聞

 首相公邸に幽霊が出るらしい。政府は、そんな噂(うわさ)を「承知していない」とする答弁書を閣議決定したが、政界で知らない人はいない怪談話だという。現れては消える「都市伝説」の歴史をひもとくと、政治権力の中枢をめぐる心理が浮かび上がってくる。(中山洋子、小倉貞俊)

◆暗殺の歴史、不安が一因?

 「総理大臣公邸には二・二六事件などの幽霊が出るとの噂があるが、それは事実か。安倍晋三首相が公邸に引っ越さないのはそのためか」

 こんな質問主意書を提出したのは民主党の加賀谷健参院議員。これに対し五月二十四日に閣議決定した政府見解が「承知していない」だった。菅義偉官房長官は記者会見で「(幽霊の)気配を感じるか」との質問に、「言われればそうかなと思う」と否定しなかった。

 政界ではたびたび「公邸の幽霊」が話題になってきた。政治評論家の小林吉弥氏は「佐藤栄作首相のころから永田町を取材しているが、そのころからすでに噂はあった」と振り返る。

 現在、首相公邸となっている建物は、一九二九(昭和四)年の建築。二〇〇二年までは首相官邸として使われていた。もともとの公邸は、その旧官邸と扉一つでつながっていた。現在の官邸を新築する際、もとの公邸は取り壊され、その代わりに旧官邸を五十メートル移動させて公邸に改装した。

 旧官邸と旧公邸には、血塗られた歴史がある。

 一九三二年の五・一五事件では、武装した青年将校らが官邸に侵入、警察官一人を殺害した後、犬養毅首相を暗殺した。三六年に旧陸軍の青年将校らがクーデターを起こそうとした二・二六事件では、反乱部隊が乱入。岡田啓介首相はお手伝い部屋に隠れて難を逃れたが、間違えられた岡田氏の義弟が射殺された。官邸警備の警察官四人も殺害され、公邸も荒らされた。玄関には弾痕とされる傷痕があった。

 以来、「二・二六事件の幽霊が出る」「夜中に軍靴の音が聞こえる」などの噂は絶えなかったという。実際、二・二六事件の後、歴代首相は公邸を敬遠。六八年に改修して移り住んだ佐藤栄作首相まで三十二年間も“空き家”が続いた。

 その佐藤政権は在任最長記録を残したことから、妻の寛子さんは「(佐藤氏が公邸の)縁起直しをしたと思う」と語っていたようだ。それでも不人気は相変わらずで、二〇〇二年までの旧公邸時代には、佐藤氏以降の十八人の首相のうち、田中角栄首相ら六人が公邸に入らなかった。

 「公邸の幽霊」がメディアの注目を集めたのは羽田孜元首相のころだ。妻の綏子さんがおはらいをしてもらうと、「庭に軍服を着た人たちがたくさんいる」と言われたという。著作「首相公邸-ハタキたたいて六十四日」によると、近くの宮司に公邸を清めてもらい、あちこちに盛り塩も施したとか。「公邸にただならぬ『何か』を感じたのは私だけではなかったらしく、細川(護熙)首相の佳代子夫人は(略)寝室を一室お使いになっただけで、残りの部屋にはお香をたかれていたようです」とも。

 森喜朗元首相は「幽霊に出会った」という話をしていた。しばしばメディアでも取り上げられたのはこんな話だ。

 退陣直前の深夜、寝室で寝ていた森氏はガチャガチャとドアノブの音がして目覚めたが「誰だ」と怒鳴ると音が消え、廊下を走り去る音がした。ドアを開けたが誰もおらず、警護官らも「誰も来ていない」と証言した。森氏は、小泉純一郎元首相に「幽霊が出るぞ」と忠告したらしい。

 その小泉元首相は首相退任前に「幽霊に出会ったことはないね。一度会いたいと思ったんだけど」と語っていた。

 一方、村山富市元首相は「入居してから『軍靴が聞こえる』などと噂を聞いたが、興味も関心もなく、詮索したことはない」。就任当初、記者団に「幽霊が出るらしいが」と問われたときは「大丈夫。幽霊は人によって出るから」と答えた。

 細川元首相以降は歴代首相が公邸を利用。〇五年に新公邸が移転・完成してから、入居しなかった首相はいない。

◆安倍首相の未入居で憶測招く

 安倍首相は現在、車で十五分ほどの渋谷区内の私邸から通っているが、緊急時の対応が遅れる恐れがある。東日本大震災や原発事故を経験し、官邸の危機管理能力の向上が強く求められている。沿道などの警備の人数や費用もかかる。冒頭の質問主意書を提出した加賀谷議員は「巨額を投じて改修した公邸をなぜ使わないのか、危機管理や警備上、問題はないのかをただしたものだ」と強調する。

 安倍首相も第一次内閣時代には公邸を使用したが、今回就任後五カ月たっても入らないことは、さまざまな臆測を呼んでいるのだ。

 その安倍首相は一日に放送されたテレビ番組のインタビューで「森元首相がお化けの一部を見たという話を聞いた。足がないのではなく、足の部分だけを見たと」と明かしたが、噂については「都市伝説だ」と指摘。公邸に引っ越さないこととの関係は「まったくない」と強調した。

 「うわさの謎」の著書がある川上善郎成城大教授(社会心理学)は「権力の中枢にある政治家には誰かの恨みを買っている自覚がある。建物自体の歴史も相まって、無意識な不安や恐れが、幽霊の噂を生みやすい」と説明しながら続ける。「庶民からみると政界は“伏魔殿”。どんなお化けが出てもおかしくない。幽霊の噂もなくなることはないでしょう」

◆ホワイトハウスはリンカーン出る?

 政治と幽霊との関わりで最も有名なのが、米・ホワイトハウスだ。一八〇〇年完成。歴代の大統領一家や職員らが幽霊を見たり、不気味な音を聞いたり、勝手にドアが閉まるなどの怪奇現象を体験しているという。

 中でも目撃談が多いのが、志半ばで暗殺されたリンカーン大統領の幽霊だ。ルーズベルトやトルーマン、アイゼンハワーら歴代大統領らが見たという。オバマ大統領のミシェル夫人も「深夜、夫とともに奇妙な音を聞いて目が覚めたり、足をかまれるように感じることがあった」と語っている。 

 米国事情に詳しい明治大の越智道雄名誉教授は「古くて大きな建物なのできしむような異音がしたり、昼間の喧噪(けんそう)とのギャップで夜は不気味な雰囲気がある」と指摘。「政治権力の中枢なので政敵や国民からの批判が集中する。その不安が形を変えて幽霊や心霊現象として現れたのでは」とみる。リンカーンの幽霊が多いことは「大統領の多くは厳しい決断を迫られる局面で、国家分断の危機を切り抜けたリンカーンを思い浮かべるという。その心理も関係していそうだ」と分析する。


人間の最高の興味の対象とは 死への考察と教養の関係

霞ヶ関官僚が読む本
「人間の最高の興味の対象」とは 「死への考察」と「教養」の関係
2013/5/16 J-CASTニュース 新書籍サイト「BOOKウォッチ」

『死ぬための教養』(嵐山光三郎著 新潮新書)。本書は、著者が大病や交通事故で入院して、死について考えるために読んだ書物を紹介し、解説した本である。

46冊を紹介
「死ぬための教養」について、著者は以下のように主張する。
(1)「天才の医者も学者も凡人もスポーツ選手もみんな死んでゆく。……いかなる高僧も哲学者でも、自己の死をうけいれるのには力がいる」。
(2)人類は死の「普遍的恐怖と闘い、さまざまな処方箋を考えて」きた。「その最大なるものは宗教」であるが、今や宗教はその力を失っている。
(3)自分の死を受容するという意味で、「自分を救済しうるのは、使い古した神様や仏様ではなく、自分自身の教養のみである」。
(4)「教養」とは「『死の意味』を知る作業に他ならず」、具体的には書物を通じて死の意味を知る作業をするわけであるが、その書物は「精神が健康状態である時に、虚無に陥ることなく、冷静かつ科学的、実証的に書かれたものである必要」があり、また「教養」を身につけようとする側も「まさか死なないだろうと考えているときにこそ」身につける必要がある。

著者が紹介する「死ぬための教養」のための本は、著者が45歳で初めて吐血して病床で読んだ松田宏也『ミニヤコンカ奇跡の生還』にはじまり、クリスチャン・シャバニス『死をめぐる対話』、養老孟司『唯脳論』、松井孝典『地球・宇宙・そして人間』、岸根卓郎『宇宙の意思』、ビートたけし『たけしの死ぬための生き方』、ヴィクトール・E・フランクル『死と愛』、澁澤龍彦『唐草物語』、山折哲雄『生と死のコスモグラフィー』、司馬遼太郎『空海の風景』、柳原和子『がん患者学 長期生存をとげた患者に学ぶ』、宋左近『私の死生観』等々46冊に上る。

自ら書を読み死を考察して…
題名からして難解そうな本が多いが、著者一流の筆致で要点を説明してくれるのですいすい読める。例えば前掲『宇宙の意思』は、生死の問題を「現代西洋科学文明がようやく終焉を迎え、新たに東洋精神文明の台頭」云々と論ずる如何にも難しげな本であるが、そのさわりは「人間は再生しつつ生きて」おり、「細胞の死によって、個体の生存が保たれている」ということであり、要は「人間の細胞は脳神経系の細胞を除いて、すべて約7年で死んで入れ替わる」ということだと解説されている。

他方、前掲『死と愛』は、「人間が生殖によって彼の『永遠化』を図るというごとき誤ったやり方で死を『克服する』ことは全く不可能である。……われわれの生命は無限に継続されえない。家族や子孫も結局は死に絶えてしまうであろうし全人類も地球という星の終末には死に絶えてしまうであろう」と、実存主義的なもってまわった言い方で、遺伝子が子孫を残すから死は怖くないという考え方を否定する。そして著者はこの指摘を、「人間の死は、各自一人一人の問題であってそれを包括的な論でくくることはできない」と整理するのである。この読解の的確さと解説の軽妙さが、文筆家としての著者の真骨頂であろう。

ただし残念ながら、本書を読むだけでは「死ぬための教養」は身につかない。本書はあくまでも、「死ぬための教養」のための読書案内にとどまるからである。読書案内に即して自ら書を読み死を考察して死を受容できるだけの教養を得なければならないが、あわただしい霞が関の住民には荷が重い。そういう意味では身の丈に合わない本なのかもしれないが、問題の所在を知ることができる本である。あとがきによれば、著者の祖母は99歳で「この世に未練はないが、死んだことはないから、死ぬとはどういうことなんだろうねえ」と言いながら死んだという。まさに著者の指摘するように、「死への考察は、人間の最高の興味の対象」なのかもしれない。 経済官庁(Ⅰ種職員)山科翠



・2003年4月出版の新書本であり、かなり古い本を取り上げたものだ。

死への不安を解消するために宗教があり、その力不足を補うのが人間の教養であるという。そして嵐山さんの読んだ本の紹介がされるという構成なのだろう。Amazonでカスタマーレビューを見ると低評価、彼にはもともと無理なのだという厳しい苦言も・・・。

このコラム氏は筆名のようでよく分からい。まだ若いのだろうから具体的に死に触れることもないのだろう。私たちが分かるのは所詮他人の死についてだけである。自分の死がどのようになるか、客観的に見届けることは不可能なこと。他人の死にざまを通して感得するしかない。

それを書籍を通して行うことは、結局知的に分かることに過ぎない。宗教的古典に死ぬことについて書かれたものがあるのだろうか。宗教とは死ぬことへの引導を渡すものという誤解がここにはある。私の理解では宗教とは生きることを考察するもの、その延長として死が含まれているに過ぎない。

死という一点に力点を置いても何を持って死とするのかも曖昧である。呼吸が停止した時、心拍が停止した時、脳血流が停止した時、生体反応が途絶した時・・・よく分からない。

分かることは現在のところ人間は生まれてから老化し死ぬという経過を辿るということ。それを医学・心理学・生理学・社会学・宗教学等の視点、また作家・小説家や芸術家の美術表現などから考察することは可能かもしれない。その点で極めて個性的なものなのだ。

ただ、その知識を自分自身が教養として身に着けていなければいけないとも思わない。また、それが自分自身の死という経験を理解することに役立つかは甚だ不明だろう。なぜなら今生きていることすら、よく分からないのだから・・・。

いろいろな死にざまがある。事故や天災など、予見不能のこともある。その時に、どう振る舞っていけるのか、それは日頃の生き方そのものだろう。死を考察するよりも日々の暮らしを充実させていくことが宗教的であり本質的であろう。

以下に目次を示すので、おおよそのことは察せられるだろう。



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はじめに──なぜ「死ぬための教養」が必要か

第一章 一九八七年、四十五歳。生まれて初めての吐血
 血を吐いた程度じゃ死ねない(『ミニヤコンカ奇跡の生還』)
 物としての自分か、あるいは生命としての自分か(『死をめぐる対話』)
 織田作之助に欠けていた、人生を薄めて生きる術(『大往生事典』)
 自分自身の死を経験することはできない(『死にゆく時』)
 高見順のようにブンガク的につめは伸びやしません(『死の淵より』)
 不治に近い難病を、笑いで克服(『笑いと治癒力』)
 現代人は脳の中に住む(『唯脳論』)
 利己的遺伝子が、姑を嫁いびりに駆りたてる(『そんなバカな!』)
 四十六億年がひと昔前なら、いつ死んでもいい(『地球・宇宙・そして人間』)

第二章 一九九二年、五十歳。人生を一度チャラにする
 全勝なんて力士には興味ない(『人間 この未知なるもの』)
 芭蕉が最後にたどり着いたのは、「絶望」(『芭蕉の誘惑』)
 細胞は死ぬことによって、個体としては生きている(『宇宙の意思』)
 死はあまりにも一方的に勝手にくる(『たけしの死ぬための生き方』)
 「いつ死んでもいい」覚悟で(『超隠居術』)

第三章 一九四五年、三歳。初めて死にかけた
 作家が書いたものはすべて、小説という形を借りた遺書である(『豊饒の海』)
 川端康成の小説にせまりくる人間の死(『山の音』)
 人間が生殖によって死を「克服する」のは不可能である(『死と愛』)
 死という文字が、意味するもの(『死の日本文學史』)
 人が死んでから七日以内に雨が降らないと……(『楢山節考』)
 「性愛の秘儀化と即身成仏」って?(『生と死のコスモグラフィー』)

第四章 一九九八年、五十六歳。ふたたび激しく吐血
 そうだ、生きていたいのだ(『大西洋漂流76日間』)
 死ぬときは、みんな一人(『たった一人の生還』)
 死は、恐れとエロティックな感情をかきたてる(『人間らしい死にかた』)
 一般病院で迎える死は、なんで悲惨なんだろう(『僕のホスピス1200日』)
 どうやって死んでいったらいいのだろうか(『江分利満氏の優雅なサヨナラ』)
 いかに多くの人が、空海にたよったか(『空海の風景』)
 死にゆく母に何ができるのか、人にとって死とは何か(『おだやかな死』)
 自分が衰えていくことを医者はわかってくれない(『安楽に死にたい』)
 鴎外は、最後の土壇場で世間に論争を挑んだ(『文人悪食』)
 生命の歴史の一瞬に存在し得た奇跡を思う(『われわれはなぜ死ぬのか』)
 自分の死を実況中継できるか(『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』)

第五章 二〇〇一年、五十九歳。タクシーに乗って交通事故
 人の一生も国の歴史も川の流れと同じ(『日本人の死生観』)
 遺族には、長い悲しみが待っている(『死ぬ瞬間』)
 宮沢賢治も法華経にすがっていた(『宮沢賢治「雨ニモマケズ手帳」研究』)
 がんを告知されたとき、患者はどう考える(『がん患者学』)
 自殺願望は、事故をおこしやすい傾向を高める(『死因事典』)
 詩で自分の死後の世界を克服する(『私の死生観』)
 魂にとって重要な夜とは(『地獄は克服できる』)
 誰でも簡単に命の金額を算定することができる(『命の値段』)
 遺産がない人ほど、遺言状を書いておいたほうがいい(『やさしい遺言のはなし』)
 井伏鱒二のように生きてみたい(『還暦の鯉』)

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