NNNドキュメント'13 ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか

NNNドキュメント'13 ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか
2013年5月12日 日本テレビ系列全国放送 30分枠

「どうやって赤ちゃんは生まれてくるの?」つい大人が逃げてしまいがちな子どもへの「性教育」。現在、小中学校の性教育では「セックス」や「避妊」には触れない。10年程前、一部の学校の性教育が過激だとして国会で問題になったからだ。一方で、子ども達を襲う性情報の氾濫。放ってはおけないと自力で性教育を始めた母親たちのグループがある。「お父さんとお母さんが愛し合って赤ちゃんは生まれてくる」そんな生命の成り立ちを正しく知ることで、自分の命や他人の命を大切に、というのがその願いだ。さらに、学校で産婦人科医などの専門家の授業を積極的に行い、未成年の人工妊娠中絶率を大幅に下げた自治体も…。どこまで教えていいのか、どうやって教えるのか、大人たちの苦悩を追った。

ナレーター: 毬谷友子
ディレクター:安川克己
中京テレビ制作


追記
NNNドキュメント‘13「ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか」が、ギャラクシー賞5月度月間賞を受賞しました。

ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか
2013年5月25日深夜 中京テレビ 50分枠

積極的な性教育によって未成年の人工妊娠中絶率を大幅に下げた自治体がある。一方性教育が「過激だ」と国会で問題になったことも。「セックス」をどこまで教えていいのか?


追記

第51回ギャラクシー賞受賞作品 テレビ部門
2014.6.4発表

●大賞●
連続テレビ小説「あまちゃん」
(日本放送協会 2013年4月1日~9月28日放送)
●優秀賞●
「ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか」
(中京テレビ放送 2013年5月25日放送)


報道特集 シリーズ秘密保護法案「秘密保護・法案成立なら社会は? 原発情報どこまで秘匿? 現役官僚語る」「特定秘密保護法が成立…議論は尽くされたのか?」
(TBSテレビ 2013年11月30日、12月7日放送)

テレビ朝日開局55周年記念 山田太一ドラマスペシャル「時は立ちどまらない」
(テレビ朝日 2014年2月22日放送)


・こうした議論を未だに行っているのが日本という国である。

この問題には以前から興味を持っていたが、確かに最近では話題にならなくなった。そのためか以下の記事にあるように、特に若い世代からの反響があったようだ。つまり彼らは知らずに育ってきたということだろう。

日本人はブームに弱いところがあり、この性教育にもブームがあり反作用としてバッシングが起こるのが常である。それが2005年に国会でも取り上げられた過激な性教育を追求する動きだったという。与党は日本各地から先進教育を行う事例を収集して、行き過ぎを批判したキャンペーンを行った。

その先頭に立っていた与党女性議員にもインタビューしていたが、さすがに当時の熱気はないようである。やはり時代の大きな流れの中の出来事なのだろう。

文部科学省の教育調査官という官僚にインタビューをしていたが、彼は、この問題は思想性が強くバランスが難しいという。それが、新・教育指導要領にある「受精に至る過程は取り扱わないものとする」という教育方針となっている。

ただ問題となるのは現実に起きている事柄にきちんと対処できていないということであろう。

番組では、三重県いなべ市で実施された地元総合病院産科女性医師による中学校での課外授業を取り上げた。その打ち合わせで、医師からは①望まない妊娠を避ける②性感染症③デートDVについて話をしたいと提案された。学校側は、例えばピルの使用については副作用もあるなどと消極的な姿勢もあったが、結局は中立的な立場を維持したいという保身があることを認めた。

妊娠の仕組みを話すには、セックスという行為を説明しなければならない。大きく議論が分かれるのは、児童に知識を与えることが余計な興味を抱かせて危険だという認識と、知識を与えることが将来への予防や望まない妊娠を避けることにつながるという認識の差だろう。

授業をした女性医師は、現場で臨まない妊娠・中絶、性感染症、DVなどを身近で見ているゆえの危機感からの話であり説得力があるように感じた。きちんとポイントをつかんで話をされているように思う。

セックスは自然に覚えるから学校教育では教えなくてもよいとする見方もあるのだが、問題となるのは、ではそれを覚える経緯が、間違ったマスコミ情報や友人からの知識、興味本位のアダルト情報に偏ってしまうことだろう。

どこかの首長が性的エネルギーを解消するには風俗を活用せよと発言し物議を醸しているが、そこで決定的に欠けているのは女性への配慮なのだ。妊娠するのは女性であり、暴力の対象となるのは女性である。男性は性エネルギーの対象としか見る必要はないかもしれないが、大きな傷を心身ともに受けるのは女性であるということだ。

私自身は、例えばスージーとフレッドなどの人形がどうこうといった低いレベルの議論ではなくて、大きなイノチの教育の一環として、愛することが子どもを作るという行為に結びつくことを自然に教えればいいと思っている。

原発事故に見られるように、日本人は本当のことを教えないことが良いことだという官僚的な発想が充満していると考える。

なおNNNドキュメント放送後に、地元中京テレビでは放送時間を延長したバージョンを流すようであり、こちらも見てみたい。

追記
放送時間拡大版を見た。全国放送版ではカットされた箇所を見ながらも、どこをどのようにカットしたかを見ながら視聴した。かって東京の養護学校で行われていた性教育授業に対する都教委の介入と裁判闘争。各務原子ども劇場の活動詳報を大きな流れとして展開していたことが分かる。またNPO Babyポケットという養子縁組組織の活動も、女子児童の妊娠・出産に絡めて伝えた。

番組を再度見て考えることは、好奇心を持った子どもたちにとっては情報が欲しいのは当たり前であり、大人が功罪を含めて伝えることの必要性にどう向き合うかであろう。学校側が恐れるのは一部保護者からのバッシングである。差し障りのないことを教えることは簡単だろうが、それが児童らの身を守るためになるのだろうか。

これと絡めて思うことに消費者教育がある。世の中には様々な生活に関する問題があり、特にお金に関しての基本知識が極端に欠落していると感じる。騙されたり脅されたりすることに対して基礎知識がないために餌食となってしまう。性教育と同じく、大人になれば覚えるから知らなくてもいいということも同じでり極めて危険なことだと思う。

子どもにも人権があり守られるべきことがある。判断ができ始めるときに、きちんと話をすれば興味本位でない聴き方をするのだと思う。何も教えないことがベターだというのは、官僚的な無責任な発想だろう。それで可愛いわが子を守れるのかと問われているのだろう。


セックス、オチンチンを包み隠さず取り上げた日テレ系の「性教育番組」
2013年5月19日 ゲンダイネット(日刊ゲンダイ2013年5月16日掲載)

「お母さんの膣へお父さんのオチンチンを入れて、精子を膣へ運びます。これを英語でSEXと言います」

 普通では決まりが悪くなるような話を、ごく自然にポンポンと説明する地元の主婦2人。その先には耳を傾ける低学年の児童たちの姿が――。12日深夜に放送された「NNNドキュメント’13」(日本テレビ系)の番組冒頭では、こんなVTRが流れた。

「ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか」と題し、小中学校の性教育を取り上げた30分番組。制作は中京テレビで、岐阜にあるNPO法人の活動を皮切りに各地の学校、行政、病院が協力して取り組む姿とその苦悩にカメラを向けた。

 性教育を取り上げたテレビ番組は珍しい。ただでさえデリケートな問題だし、10年前、ある養護学校の性教育を一部マスコミがバッシングしてからは、どこもみな、当たらず触らずの状況だ。NNNの番組は放送直後からネットでスレッドが立ち、大騒ぎだったが、専門家はどう見たか。放送ジャーナリストの小田桐誠氏が言う。

「インパクトのある冒頭は視聴者の心を引き付け、一気に問題提起まで持ち込んだ。30分という限られた放送時間を逆手に取った優れた手法。その直前には〈性教育に関して小中学校の教科書を超えた内容が含まれる〉などとフォローするテロップを流し、あらゆる方面に気遣う丁寧な番組づくりを印象づけました」

 現在、学習指導要領では「セックス」や「避妊」を扱うのはタブー。番組はその理由を文科省の担当者に問うたり、保守派の女性国会議員に意見を求めたりしていた。

「淡々とニュートラルに報じる姿勢を取りながらも、視聴者が実態を把握できるような構成に徹している。性行為のリスクも教えるべきだと主張する産婦人科医のコメントを長めに使ったり、専門家による課外授業で未成年の人工妊娠中絶率を下げたデータを引用したりと、工夫もされていた。小泉元首相や安倍首相が行き過ぎた性教育を否定しているVTRを流し、スパイスも利かせている。年齢問わず、気づきを与える番組です」(小田桐誠氏)

 小学生の子どもや孫を持つ世代にオススメだ。



性教育に不当介入 賠償が確定
2013年11月29日 NHK

東京・日野市にあった養護学校が行っていた性教育を平成15年に当時の都議会議員が批判し、都の教育委員会が不適切だとしてやめさせたことについて、「不当な介入だ」と判断して、東京都と議員に賠償を命じた判決が最高裁判所で確定しました。

東京・日野市にあった当時の「都立七生養護学校」では、児童や生徒に性について正しく理解してもらうためとして、歌や人形で男性と女性の体の仕組みなどを教える性教育を行っていました。

しかし、平成15年に当時の都議会議員3人が学校を訪れて内容を非難したうえ、都の教育委員会が教師を厳重注意などの処分にしたため、性教育が続けられなくなったとして、教師や保護者が裁判を起こしていました。

20131130

1審と2審は、いずれも「教育の自主性をゆがめる不当な介入で処分は裁量権の乱用だ」などと指摘し、東京都と議員3人に賠償を命じていました。

これについて、最高裁判所第1小法廷の金築誠志裁判長は29日までに上告を退ける決定をし、東京都と当時の都議会議員3人に合わせて210万円の賠償を命じた判決が確定しました。





ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか

中京テレビ公式チャンネル

2013年5月7日
安川 克巳‎ Facebook

皆様へのお礼とお知らせ

名古屋の中京テレビ報道局で勤務している安川と申します。
3月下旬に大館市内の中学校で性教育講座を受講された記憶のあるお母さまを探していると投稿させていただきました。
その後、大館市内の病院で偶然に該当のお母さまと出会い、取材をさせていただく事ができました。こちらの管理者様をはじめとして皆々様のご協力に心から感謝しています。
なお、今回の大館市内での取材内容を含む「子どもへの性教育」を考えるドキュメンタリー番組を制作し、近日放送させていただくことになりました。深夜ではありますが、全国ネットでの放送で秋田県ではABSさんでご覧いただけます。
賛否両論あるデリケートな問題ではありますが、子育て中の皆様にもご覧いただき、お考えやご感想などをお寄せいただけたら幸いです。
サブタイトルに嫌悪感をもたれる方もいらっしゃるかも知れませんが、日本の性教育が抱えている問題を提起するため、あえてストレートに文字にしました。

NNNドキュメント'13
「ニッポンの性教育~セックスをどこまで教えるか」
5月12日(日)24時50分~25時20分
日本テレビ系列全国ネット


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ローマ法王が悪魔払い? バチカンは否定

ローマ法王が悪魔払い? バチカンは否定
2013年5月22日 東京新聞

 ローマ法王フランシスコが、19日にサンピエトロ広場で開かれたミサを訪れた男性から悪魔を追い払ったのではないかとイタリアの宗教系衛星テレビ番組が報じ、話題となっている。しかし法王庁(バチカン)報道官は21日までに「法王はいつものように病気の人に対して祈りをささげただけ。悪魔払いをしたわけではない」と否定する声明を発表した。

 イタリアのメディアによると、法王は19日のミサの後、参列した車いすの男性に近づき、頭に手を置いて祈りをささげた。男性は口を大きく開けて、体を震わせた。宗教系番組は「映像を見たエクソシスト(悪魔払い師)たちは、悪魔からの解放の祈りだと確信した」と報じた。【ローマ共同】

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 バチカンのサンピエトロ広場で男性の頭に手を置くローマ法王フランシスコと体を震わせる男性のビデオ画像=19日(AP=共同)



・悪魔祓いは公認なのだろうが、それができる神父は限られていると思う。悪魔は存在すると固く信じる人たちは多い。

新ローマ法王だが、好意的に報道されていたが暫く報道も途絶えていた。報道の真偽は分からないが、議論は続くことになるだろう。

「中国で信教の自由悪化」報告書

「中国で信教の自由悪化」報告書
2013年5月21日 NHK

アメリカ政府は、世界各国の信教の自由に関する年次報告書を発表し、中国について、チベット自治区や新疆ウイグル自治区などで状況が悪化しているとして、厳しく批判しました。

アメリカ国務省は20日、信教の自由に関する2012年の世界各国の状況をまとめた報告書を発表しました。

この中で、中国について、宗教活動を理由にした当局による嫌がらせや拘束などが行われ、厳しく規制されていると指摘しています。

特にチベット族への厳しい弾圧が行われ、当局による不当な拘束や虐待で死者も出ており、こうした弾圧に抗議して、2012年に83人が焼身自殺したとみられるとしています。

また、新疆ウイグル自治区では、中国政府が分離独立の動きやイスラム過激派によるテロを警戒し、ウイグル族を抑圧しているとしたうえで、当局に拘束された11歳の少年が死亡したケースなどを挙げ、深刻な実態を指摘しています。

そして、信教の自由を巡る中国の状況は悪化しているとして、中国政府を厳しく批判しました。

アメリカ政府は中国の人権状況について懸念を強めており、引き続き改善を求めていくことにしています。




International Religious Freedom Report 2012
アメリカ国務省:信仰の自由に関する国際報告書(2012年版)
http://www.state.gov/j/drl/rls/irf/religiousfreedom/index.htm#wrapper


参考 米国大使館・東京-主要報告書

信仰の自由に関する国際報告書(2011年版)―日本に関する部分

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

国務省民主主義・人権・労働局

2012年7月30日発表

エグゼクティブ・サマリー

 日本国憲法、その他の法律および政策は信仰(信教)の自由を保護しており、政府は実際に、信仰の自由をおおむね尊重した。信仰の自由の権利の尊重および保護に関し、政府は改善または後退のいずれの傾向も示さなかった。

 宗教的な帰属、信条、または実践に基づく、社会的な侵害または差別に関する報告がわずかながらあった。

 米国政府は、信仰の自由の状況を注意深く観察し、少数派宗教団体に定期的に接触し、信仰の自由の問題に関して日本政府と話し合った。

第1節 宗教統計

 政府は宗教団体に対し信者数の報告を義務付けていないため、各宗教の信者数を正確に把握することは困難である。文化庁の報告によると、各宗教団体の報告による信者数は2008年12月現在、合計2億700万人であった。この数字は日本の総人口1億2740万人よりも大幅に多く、日本国民の多くが複数の宗教を信仰していることを表している。例えば、多くの日本人は仏教と神道の両方の儀式を実践している。

 2008年の統計を記載している文化庁の最新版の宗教年鑑によると、信者数は、神道が1億800万人、仏教が8800万人、キリスト教が230万人、「その他」の宗教が890万人いる。日本国内のイスラム教徒の人数に関する政府統計はない。

第2節 政府による信仰の自由の尊重の現状

法的・政策的枠組み

 日本国憲法、その他の法律および政策は信仰の自由を保護している。

 文化庁によると、約18万3000団体が宗教法人として政府に認証されている。政府は、宗教団体の登録または認証申請を義務付けてはいないが、認証された宗教法人には税制面の利点がある。2008年までに宗教団体の82%以上が認証を受けている。

 1995年に東京で発生した、オウム真理教による地下鉄サリン事件を受けて改正された宗教法人法は、認証を受けた宗教団体を監督する権限を政府に与えている。同法により、認証された宗教団体は資産を政府に開示することが義務付けられ、政府には、営利活動に関する規定に違反している疑いがある場合に調査を行う権限が与えられた。宗教団体がこうした規定に違反した場合、当局は当該団体の営利活動を停止する権限を持つ。

 政府はいかなる宗教上の祭日も国の祝日としていない。

政府による実践

 日本国内での侵害の報告がわずかながらあった。5月に14人のイスラム教徒が政府を提訴した。これは、警視庁および警察庁が当該イスラム教徒の宗教活動および所属団体を含む個人情報を、申し立てによると信仰する宗教のみを理由に、組織的に収集していたことが、偶発的にインターネット上に流出した文書から明らかになったためである。2011年末現在、訴訟は継続中だった。

 政府は、日本に居住する法輪功(法輪大法とも呼ばれる)学習者であり、人道的配慮による一時的な保護の地位を申請する中国人に対し、その地位を付与した。このような中国人の中には、在日中国大使館は信仰を理由に自分たちの中国のパスポートを更新しないだろう、と報告した者もいた。この人道的配慮による一時的な地位により、これらの中国人は日本国内にとどまり、日本政府が発行した渡航書類を利用して海外に渡航することができた。

第3節 社会による信仰の自由の尊重の現状

 宗教的な帰属、信条、または実践に基づく、社会的な侵害または差別に関する報告がわずかながらあった。

 2010年10月、福井県のモスクの前に駐車した車が放火され、「外人GET OUT(出て行け)」と記した張り紙があった。主に福井在住の外国人大学生が通うこのモスクの指導者は、この事件をまれにしか起きない特殊な事例であり、自分たちは地域社会と前向きな関係を築いていると述べた。警察は2011年後半にこの事件の被疑者1人を逮捕した。

 ディプログラマーが家族と協力して、統一教会の会員およびその他の少数派宗教団体の信者を数年間にわたり拉致してきたとの報告があった。報告件数は1990年代以降、大幅に減少したが、非政府組織(NGO)の「国境なき人権」が12月に公表した調査は、統一教会会員の拉致とディプログラミングが継続して発生していると主張した。しかし、統一教会が報告を誇張あるいは捏造(ねつぞう)したと非難するNGOもあった。統一教会は、2011年に同教会の会員が拉致された事例を2件、拉致された疑いがある事例を3件報告した。同教会によると、拉致された会員のうち1人は5カ月間の監禁の後に脱出し、もう1人は3週間後に解放された。統一教会関係者が拉致されたと疑っている3人は全員、同教会を脱会した。2010年末時点でまだ監禁状態にあったと報告されていた別の2人の会員は、同教会を脱会した。統一教会はまた、日本全国の大学で行われたカルト防止ワークショップおよび運動が、同教会の関連団体に近づかないよう学生に呼びかけており、同教会の会員である学生にとっては厳しいキャンパス環境が生まれる一因となったと主張した。

 日本社会は、法輪功学習者が自由に修練する権利をおおむね支持してきたが、在日中国大使館が法輪功学習者を差別するよう日本の組織に働きかけ、法輪功に嫌がらせをし、弱体化させる運動を積極的に実行したとする複数の報告があった。日本の一流施設の中には、ニューヨークを拠点とする法輪功関連の芸術団体である神韻芸術団の公演の開催を拒否しているところもあるが、より小規模な他の劇場が同芸術団の公演を開催している。法輪功に所属する他の演者たちは、大規模な施設で公演を行っている。同様に、中国の圧力に屈して「大紀元」紙に広告を掲載していない日本企業もあるが、一方で引き続き同紙に広告を掲載している企業もある。

 2011年には宗教の違いを超えた意義深い取り組みが継続された。異宗教の団体から成るNGOの日本宗教連盟は、宗教文化と宗教間の調和の促進のために活動した。イスラミックセンター・ジャパンのメンバーは教会で講演し、キリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、仏教徒と共に宗教間の平和の祈りに参加した。諸宗教の団体で構成される世界宗教者平和会議日本委員会は、2011年に、宗派を超えたシンポジウムを開催し、3月11日の東日本大震災を受け多くの宗教団体が主導した救援活動に参加した。

第4節 米国政府の政策

 人権促進のための総合的な政策の一環として、米国政府は信仰の自由の状況を注意深く観察し、少数派宗教団体およびNGOに定期的に接触し、信仰の自由に関して日本政府と話し合いをしている。


読書灯で「個」の仏教

<こちら編集委員室> 読書灯で「個」の仏教 
2013/2/5 中日新聞 夕刊

 四十歳前の知人は、寝る前に仏教書を読み、早起きして毎日瞑想(めいそう)する。生活雑貨の店で手に入れた小さな仏像を文机に置き、線香一本、四十分ほど座る。会社に向かうと重くのしかかってくる不安が軽くなった。不安は怒りを呼ぶものだが、その怒りを抑えることも少なくなったという。

 キリスト教の国、米国では、人口の約2%のユダヤ教徒が第二の宗教だ。仏教徒は現在、約三百五十万人を数え、近い将来、ユダヤ教徒を超す可能性もある。武蔵野大学のケネス田中教授は、教団に属さず個人で瞑想を実践する約二百五十万人の仏教共感者が信徒のすそ野にいるとみる。彼らは「ナイトスタンド・ブディスト」(夜の読書灯の仏教者)と呼ばれる。プラグマティズム(実用主義)の国では、教義より瞑想というプラクティス(行)が、人々の心をとらえるらしい。まさに私の知人がそこにいる。

 シャカが二千五百年前に開いた初期仏教では、瞑想による「個」の悟りを目指した。中国、朝鮮を経て日本へと旅するうちに、伝来地の伝統文化が触媒となって姿を変容させてゆく。

 檀家(だんか)制度が危うい日本仏教の将来のある姿として読書灯の仏教者を思い描いたが、知人は「カルトに魅入られていると思われるから、人には話さない」と言った。伝来の地で年を経た宗教は荒々しさがうせて柔軟にみえるが、接ぎ木は、一筋縄にはいかないような気もする。(姫野忠)



・記事にも関連するが、米国では宗教といよりも瞑想というものに興味あるだろう。それは東洋への憧れとも思える。確かに大別すると西洋と東洋は大きく隔たりがあり、その二つを統合してみるとバランスのとれた見方も可能となろう。

記事にあるように瞑想は静かにする方がいい。誰とも比較するためでなく自分自身のために時間を作りだし心の自由を味わってみると違った風景が見られるかもしれない。

日本のネットでは見られないのが以下の記事にあるような瞑想を誘導するサイトの存在である。といっても有害なものではなく単に時間を知らせる意味しかない。決まった時間がくるまで効果音を鳴らしたりお経などをBGMとして流すものもある。つまりタイマーなのだ。


瞑想ビギナーにオススメのガイドアプリ「Calm.com」
2013年3月24日 ライフハッカー[日本版]

Web/iOS:瞑想をすると、記憶力が良くなったり、ストレスや苦痛が軽減して生産性が上がったりと、良いことだらけです。瞑想をやってみたいから、何かいいアプリやサービスはないかとお探しの人には、「Calm.com」のアプリがオススメです。

最短で2分間から瞑想のガイドをしてくれます(1日2分の瞑想から、徐々に瞑想を習慣付けることができます)。

このWebサイトとiOSアプリは、リラックスできる大自然のシーンから好きなものを選び、それから2分、10分、20分のコースを設定します。それから、ナレーションに従って徐々にリラックスしていきます。目を閉じて、肩の力を抜き、呼吸に意識を向け、自分の「感覚」を味わいます。鳥の声や波の音など、自然の音が、心を安らかにしてくれます。

ナレーションが要らない場合や、説明を極力省いた瞑想ツールの方がいい場合は、「Do Nothing for 2 Minutes」というWebサイトはいかがでしょう。海辺写真に波の音がただ流れているだけで、あとは2分間カウントダウンをするだけのサイトです。カウントダウンしている間に、マウスやキーボードに触れると、また最初からやり直しになります。

とにかくまずは「Calm.com」に行って、心静かに意識を集中させるところから始めてみましょう。もっと詳しく瞑想について知りたい人は、過去記事の「悩めるすべての人に贈る瞑想のススメ」をどうぞ。 Melanie Pinola(原文/訳:的野裕子)


Calm.com (Web)  http://www.calm.com/

Do Nothing for 2 Minutes   http://www.donothingfor2minutes.com/

勇気をだして

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勇気をだして

きっとかなうよ

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きっとかなうよ

声をだしていこう!

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声をだしていこう!

たまには贅沢しよう

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たまには贅沢しよう

大丈夫!大丈夫!

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大丈夫!大丈夫!

キミのペースでいいよ

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キミのペースでいいよ

お寺イベント総合情報サイト「寺子屋ブッダ」がオープン

“寺シネマ”に“寺ヨガ” お寺イベント総合情報サイト「寺子屋ブッダ」がオープン
2013年02月13日 はてなブックマークニュース

お寺で映画を上映する「寺シネマ」やお寺でヨガ教室を開催する「寺ヨガ」など、若者向けのお寺イベントを紹介する情報サイト「寺子屋ブッダ」がオープンしています。イベント紹介のほか、コラムや動画といったコンテンツも用意されています。(文:古関崇義)

寺子屋ブッダ - お寺イベントの情報サイト  http://www.tera-buddha.net/

寺子屋ブッダ (Facebookページ)

「寺子屋ブッダ」では、お寺で開催されるイベントやワークショップの紹介をしています。2月13日(水)現在、東京都・千葉県・埼玉県の3都県から、地域別にイベントを検索できます。また、1人1分の映像メッセージ「100年後への遺言」や仏教に関するコラム「ブッダメガネ」などのコンテンツも配信しています。

「寺子屋ブッダ」はもともと、お寺をもっと身近なものにし、地域を元気にすることを目的として、2010年に設立されたプロジェクトです。その後、2012年にWebサイトの運営を開始。2013年1月31日にお寺イベント総合情報サイトとしてリニューアルしました。

プロジェクトメンバーの1人、妙海寺住職で“シンガーソングボウズ”の佐々木教道さんは、「お寺は地域に“寄り添う”存在であるべきだと考えています。人が集い、楽しんで、語り合って、あったかい気持ちになれる場所であり続けるため、これからも様々な活動を行っていきたいと考えています」と語っています。


ラジオ深夜便 「出会いと愛」田中優子(江戸文化研究者)

出会いと愛(3)法政大学教授 田中優子
20113年5月8日深夜 NHKラジオ深夜便〔ミッドナイトトーク〕後半

アンカー:宮川泰夫



江戸時代には恋愛という概念がない。ヨーロッパから入ってきた概念でLove=大切と翻訳していた。

恋という概念はあった。それは性的なつながりというのが必ずある。それが大事とされていたのは江戸時代には肯定感があった。非常に健康的だと見られていた。生命力の表れとみていた。

恋というのは性のみでなく文化の一端である。好色のイメージがプラスのイメージである。小説・洒落本・浮世絵・文学・音楽・和歌を作るという教養があるということ。互いに教養がなければ成り立たないものである。

ところが恋愛結婚というものはない。

世界中でも、ヨーロッパでもない新しい概念。結婚とは家と家の結びつき。何かを継続していくことに相応しい人どおしが結びついていく。真面目な結婚と浮気な結婚があったという。継いでゆく、継続していくことが大事。その点で江戸時代は婿や養子をもらって家を継続させるという考え方。例えば家業を継ぐ場合でも子どもの出来が悪ければ養子をもらって継がせて家の存続を優先していた。

恋と結婚は別物。恋は結婚と結びついていないから自由な世界。恋愛をしたからといっても結婚をする必要もないし勝手に恋をすればいい。

江戸時代の遊郭は恋の世界を演出で作り上げている世界。吉原では年中行事を行い別の世界を演出する芝居の世界。今の売春とは割り切れない感覚がある。文化の遊びという側面がある。近松の浄瑠璃などを見ていると女性が積極的という印象がある。

最近気に入っている言葉は愛は連鎖するということ。渡辺京二『逝きし世の面影』の本からも、江戸時代には幸福の連鎖があったのではないだろうか。人とのつながりがとても大切になっていた時代ではないか。

現代の若者は恋愛についても自由になれず、彼がいるいないという強迫観念下にあるのではないか。江戸時代にはストーカーはなかったのかもしれない。人間関係が密であり事情をよく分かった隣人たちに囲まれていた。家の中に勝手に入ってくる長屋生活なども玄関のところまでの立ち話で、それ以上は干渉しないという距離感を保つという「世間」という感覚を享受していた。だから何か問題があっても話を聞いてくれる環境で解決していく。それにくらべ現代では自分の世界に容易に閉じこもりやすい。

今でいう「不倫」が大げさな言葉だと感じる。人間の持つおおらかさ、人間関係がどこかに開かれている世界が必要なのではないか。江戸時代にはプライバシーという意識がない。それがなくて不自由なのかというとそうでもないのではないか。

私の恋愛観としては、オープンに恋愛があってもなくても密な人間関係を築けたらよいと思う。

「三省」 (論語学而第一より)
曽子曰く、吾(われ)吾が身を三省(さんせい)す。
人の為に謀(はか)りて忠(ちゅう)ならざるか、 朋友(ほうゆう)と交わりて信(しん)ならざるか、習わざるを伝うるか。

これは全て愛であると思う。

以上、番組後半部の私的要約

インタビュー前半部分では、江戸学に入るきっかけとなった法政大学での恩師との出会いを語り、加えて和服着用が多い理由と効果を語った。

この部分を抜き出した理由は、実は恋愛について語っているからだ。愛、恋、恋愛、結婚・・・こうした言葉の違いを考えていくと分からなくなることがある。

別項で取り上げているジョーゼフ・キャンベル教授の著作では、愛の成立について特にヨーロッパの吟遊詩人が発端であったとし、それが人類にもたらした大きな変化について詳述している。

その考え方と同じくして、江戸時代でも家を継続させることが結婚の大きな意味であり、恋は別項であったとするのもヨーロッパの歴史として同じものであり、特に日本の性文化の豊かさは世界一の様相を呈し独自の豊かな文化を育んでいたことを想起させる内容であった。

今では恋愛結婚は当たり前であり、個人と個人が好きになり一緒に家庭を築くことが当然だと思っているだろうが、実はそれは歴史の中では僅かなのだ。

家と家どおしの結婚が不毛であるとは言えないことは分かるだろう。夫婦になることは新しい関係を得ることで好き嫌いといった感情を超えた共同生活、子育てをしつつ互いに深い結びつきも可能であったからだ。

簡単に結婚し離婚できる時代になり忍耐することができない時代になった。江戸時代に戻ることができるわけではないが、江戸が自給自足の100%循環型エコ都市であったことや芳醇な文化を享受していたことからも学ぶことが多い時代であることは間違いないと思う。


田中優子 法政大学教授サイト ゆう魚斎雑録
 http://lian.webup08.jp/yuu/

人生いろいろ:生鮮商品の送り付け商法

† 送り付け商法でやっかいなのが魚だろう。この商法では、いろいろなものが送られてくるので、例えば霊験あらたかなものだったら捨てにくいだろう。肉や魚といった生鮮食品は、片隅に保管して暫くしてから捨てるということにためらいを感じさせるのだ。

‡ また下記にあるカニに関しては、実売のカニの種類を誤魔化して売買することがあり注意が必要だ。カニを見分けられるならば良いが、とんでもないカニを買わされることもあるそうだ。通販などのコマーシャルを聴いていると破格の値段で売っているのだが、そんなにカニって美味しいの!?って感じる。恐らく乱獲しているからウナギの二の舞になると心配する。


見守り新鮮情報 第152号   平成24年12月26日
◇発行:独立行政法人国民生活センター◇

   カニの送りつけ商法に注意!

魚介類を扱う業者から電話があり、いきなり世間話のように「今の時期何が食
べたいか」と聞かれた。思わず「カニかねえ」と答えたところ、買うとは一言
も言っていないのに、「今カニを送ったよ。もう返せないよ」と言われた。驚
いて「なぜ送るのか」と反論したが「今食べたいと言ったじゃないか」と怒鳴
られた。代金引換の宅配便で送ってくるらしい。業者名や電話番号を聞いたが
「教える必要はない。品物が届けばわかる」と教えてもらえず、らちが明かな
いと思って電話を切ったところ、またすぐ電話があり「一方的に切ったな。カ
ニは送る」と言われた。実際送られてきたらどうしたらよいか。(70歳代 女
性)

<ひとこと助言>
☆突然カニ等魚介類の勧誘等の電話があり、「買うと言っていないのに商品が
 送られてきた」「断ったのに商品を送ると言われた」などという送りつけ商
 法の相談が後を絶ちません。
☆事例の他に、「認知症の父に毎週カニが送られてきて、その度に支払いをし
 てしまっている」「取引をしたことがある業者と勘違いさせられた上、強引
 に契約を迫られた」などといったケースもあります。
☆勧誘されても必要がなければきっぱりと断ることが大切です。
☆承諾していないのに一方的に商品が送りつけられて来ても、支払いの義務は
 なく、受け取る必要もありません。業者の連絡先等が分からないことが多い
 ため、商品を受け取り支払ってしまうと、代金を取り戻すことが難しくなり
 ます。安易に受け取らないようにしましょう。
☆困ったときは、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください。

イラスト入りリーフレット(PDF形式)


ラジオ深夜便 わたしの“がむしゃら”時代 小林研一郎(指揮者)

NHKラジオ深夜便
2013年5月13日深夜 午前1時台
わたしの“がむしゃら”時代

小林研一郎(指揮者)
聴き手:森田美由紀

 福島県いわき市の出身の指揮者「炎のコバケン」こと、小林研一郎さんは、10歳のときにラジオから流れてきたベートーヴェンの第九(交響曲第九番)に涙が止まらなくなるほど感動し、音楽の道を目指しました。東京芸大に入学し、作曲家の道を歩みましたが先が見えず、その後、指揮者を目指すことに。

 国際的な指揮者コンクールの年齢制限は、ほとんどが20代という中で、34歳になった小林さんは、年齢制限が35歳というブタペストのコンクールに応募し、見事優勝。優勝するまでは、まさに必死の、がむしゃらな1か月だったといいます。

 小林さんは、心身に障害のある人がオーケストラの一員として参加したり、観客として参加したりできる「コバケンとその仲間たちオーケストラ」の活動にも力を注ぎ、東日本大震災で被害を受けた故郷の子どもたちを支援するコンサートも行っています。



 アンカーは以前もNHK-BS番組「あなたが主役 音楽のある街で」で長くご一緒し気心のしれた森田美由紀アナウンサーです。

・この4月からラジオ深夜便のアンカーを務めている森田チーフ・アナウンサーだが、彼女が自ら企画するコーナーのようである。森田さんは札幌出身で東京勤めが長い。

指揮者・小林研一郎氏は、日本を代表する指揮者の一人であるが、個人的にはあまり演奏を聴くことはなかった。情熱系という評判であり、それが上手く作用すればエキサイティングな演奏をする方であろうと思う。

この番組では、がむしゃら時代を紐解いてゲストの生き方を探る企画である。小林氏は、第九を聴いて衝撃を得て作曲家になろうとする。むろん教員であった両親は反対したが、彼の才能が徐々に開花すると認めるようになったという。

進学校で学びながらも、東京まで汽車で通いながら作曲の勉強を続ける。そして周り忠告を聞いて、卒業後一年して東京藝大作曲家に進む。ただ卒業後も悩みながら自分にできることを模索していたという。当時の作曲の前衛にしっくりとこなかった。

そして指揮者となることが、より感動を与えられるのではないかと直観し、大学時代に学んだ渡邉曉雄にも相談して、今度は東京藝大の指揮科をまた受験し入学し学ぶこととなった。卒業後は東京交響楽団の副指揮者を務めながら次のステップを求めていた。

その機会が訪れたのは彼が34歳の時、ハンガリーの国際指揮者コンクールが目に留まった。普通、指揮者コンクールは30歳以下しか応募できないものなので、この機会をつかみたいと思った。ところが、その応募条件は3年の実務経験と40曲の交響曲(ベートーヴェン9曲、ブラームス4曲、チャイコフスキー6曲、ドヴォルザーク9曲等)+5曲のオペラの、どこの部分が出ても振ることができることだった。その時点で小林が勉強していて振れるのは1~2曲だけだったという。

コンクールまで一月ほどの間に猛勉強をし、むろん山掛けをしながら臨んだ。また実際に新交響楽団やOB交響楽団に頼んでいくらか振ってみたという。彼が引き当てた課題曲2曲のうち最初はベートーヴェン:交響曲第1番第二楽章。そして運命の女神がほほ笑んだのか、彼の得意とする曲が課題曲(ロッシーニ:セビリアの理髪師 序曲 )が選ばれて順調に進む。ベートーヴェンは山が外れたので、強引にロッシーニを最初に指揮してテンションを上げたことでオーケストラも乗りにのったという。4次審査までを済ませて見事に優勝してしまった。

それにしても集中力の強さが目につく。まず東京藝大に合格することが難関であり、さらに国際指揮者コンクールに優勝できるのは運の良さだけでは説明できない。それを、熱い思いで語るところからしても熱血な方であると思う。指揮者の中には、こうした熱い思いを語れる方は少なからずいる。それがなければ世界的な活躍はできないだろう。


「炎のコバケン」小林研一郎オフィシャルサイト
 http://www.it-japan.co.jp/kobaken/index2.htm

劇場版アニメ「聖☆おにいさん」 2013年5月10日公開

劇場版アニメ「聖☆おにいさん」 2013年5月10日公開
http://www.saint023.com/

目覚めた人・ブッダ、神の子・イエス。世紀末を無事に越えた二人は、東京・立川でアパートをシェアし、下界でバカンスを過ごしていた。近所のおばちゃんのように細かいお金を気にするブッダ。衝動買いが多いイエス。そんな“最聖”コンビの立川デイズ。“笑い”でも世界を救う! 聖人in立川。ブッダとイエスのぬくぬくコメディ。発行部数1000万部の大人気コミックが、待望のアニメ化。


「聖☆おにいさん」 (モーニングKC) [コミック]

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中村光 著
シリーズ: 聖☆おにいさん
レーベル: モーニング・ツー(講談社)
ジャンル: 青年コミック

中村光オフィシャルウェブサイト「Cappadocia」 http://www.nakamurahikaru.com/

モーニング公式サイト(講談社) - 『聖おにいさん』作品情報
 http://morningmanga.com/lineup/25

追記

漫画「聖☆おにいさん」の宗教ネタをどう見る? 神学部教授にインタビュー
2014年6月4日 ウレぴあ総研

ここ数年「宗教ギャグ漫画」がジワジワと人気を集めているのはご存知でしょうか?
2013年の5月に映画公開もされた、中村光さん作の『聖☆おにいさん』はその代表的なものだと思います。

『聖☆おにいさん』は目覚めた人「ブッダ」と神の子「イエス」が東京・立川でアパートをシェアし、下界でバカンスを過ごすという異色の日常コメディ漫画です。

お金に細かいブッダと、しょこたん以上に驚異的な速度でブログを更新しているイエスの「最聖」コンビはほのぼのとしていて、とても魅力的です。

こちらの漫画、フランスでは翻訳出版されているのですが、宗教に寛容な日本人には受け入れられても、「恐らく国外持ち出し禁止だろうな……」という、ある意味危険な何かを感じさせる一面も持っているように思います。

「異なる宗教を信仰する者同士が仲良く暮らし、お互いに助け合って生活していくことは、やはり日本独特の考え方なのだろうか?」

この謎が非常に気になったので、筆者は母校でもある、同志社大学神学部の関谷直人教授にお話を伺いに参りました。

筆者:「先生、お久しぶりです。今回は『聖☆おにいさん』という漫画についてお話をしたくて参りました。

私が神学部に在籍していた時は、様々な宗教を信仰する生徒が神学部で学んでいて、それでいて皆仲良く助け合っていたので、こういった漫画はアリだな~と思って楽しんで読んでいたのですが、このように「他宗教の人の価値観を受け入れて、その上で自分の信じる宗教を信仰する」という考え方は、日本独特のものなのでしょうか?キリスト教の中でもカトリックではこの考え方は認めない……ということはあるのでしょうか?」

教授:「仏教徒や神道を信仰している日本人は一般に他宗教に対して寛容です。しかし、日本人の一%に満たないキリスト教徒は必ずしもそれほど他の宗教に寛容とは言えないかもしれません。特にプロテスタントは聖書中心主義です。「聖書に書いてあることを唯一の規範」とする考え方ですよね。もちろん一神教の一つですから自分たちが信じている神以外の「神」を拝むことは偶像礼拝として退ける傾向があります。

ですから、例えば、地蔵盆に参加したり、おみこしを担ぐこと、仏式のお葬儀でのご焼香なども、キリスト教信者の中には「とんでもない!」と考える人もいます。そういう方々にとっては、聖書ネタのパロディなんて、論外だということになるでしょう。

ただ、正確にいうと、そこには幅があります。日本のキリスト教徒の中には他宗教に対して、寛容な人もいれば、厳しい人もいる。
それはどこの国でも同じだと思います。

それに、これは意外に思われるかも知れませんが、どちらかと言えば「カトリック」の方が他宗教の「実践」に対して寛容なところがあります。多くの場合、そうした「実践」を一つの文化的習慣と捉えて、それを自分たちの世界に取り込む傾向があるのですよ。例えば、カトリックの世界では「座禅」を自分たちの信仰の養いの一つ方法として取り入れている所もありますから。

日本の仏教や神道は、その点でさらに寛容なところがあります。一神教であるユダヤ教やキリスト教、イスラム教のように、この世界を創造した「唯一神」を排他的に信仰するというところが日本の宗教には希薄です。神道は特に儀礼を中心とした実践主義的な宗教ですし、「八百万の神」となれば、「どんな神様であれ、加わってくれるのであれば悪いことではない」ということになります。

お寺さんの中には、子どもたちを集めてクリスマス会を行っているところもあると聞きます。こうした信仰を持つ方々は、友人のキリスト教徒の人が亡くなれば教会でのお葬式に参列してくださるでしょうし、キリスト教葬儀の習慣の一つである献花もしてくれるでしょう。」

教授はこんな風に答えて下さいました。筆者は勉強不足だったため、想像していた考えと真逆で、とても驚きました。

世界を見ると、ほとんどの国が宗教国家です。アメリカでは、大統領就任式で、左手を聖書において宣誓する。ヨーロッパでも生まれた子どもの多くは、幼児洗礼を受けます。

そのため、宗教色の強い他国では「宗教ギャグ」が描かれている漫画を読む、ということは今もかなり厳しい状況にあるように思います。

教授:「(漫画をめくりながら)でもこの宗教ネタ、特にキリスト教の方は、日本では元ネタがわからない人も多いのでは?※1「石をパンに」とか※2「三度もわたしを知らないと言ったなー!!」とか……。雰囲気で楽しんでいる人も多いと思うのですが。ヨーロッパに行くと、今度は逆に仏教ネタの方がわからなかったり……ということがあるかもしれませんね。」

(※1 イエスが四十日四十夜の断食を経験した直後、空腹を覚えると悪魔が現れ「石をパンに変えたらどうだ」と誘惑した。イエスは「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と返した。ちなみにイエスは水をぶどう酒に変えたり、5つのパンと2匹の魚の量を増やし、5000人を満腹にしたことがある)

(※2 イエスの弟子ペトロは最後の晩餐のとき「鶏が鳴く前にあなたは三度私を知らないというだろう」と言われていた。ペトロは「絶対にそんなことはしない」と激しく言い寄ったが、イエスが逮捕されて問い詰められると、三度も「イエスなんて知らない」と言ってしまう。そしてちょうどそのとき鶏が鳴き、ペトロも予言を思い出して泣いた)

確かにそうです。日本人でも、詳しい意味はわからず、雰囲気で本編を楽しんでいる読者も多いかもしれません。

ですが、日本人は「子どもが生まれたら神社にお宮参り、結婚式は教会で、お葬式はお寺で……」ということを当たり前に行う民族でもあります。無神論者の人が多くても、宗教観が薄いとは一概には言えません。

『聖☆おにいさん』の漫画をきっかけに、八百万の神を信仰する日本人が、仏教やキリスト教の教えを知り、日本人の宗教観について考えるきっかけになれば、それは素敵なことのように思います。宗教を知ることによって、歴史や文化のあらゆる背景にあるものが見えてきます。ぜひ、『聖☆おにいさん』など宗教漫画を読んで、そういったことに少しでも思いを巡らせていただければ嬉しいです。


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