【お知らせ】 休筆について

2008年8月から開始しました「宗教的古典から究極的人生態度を学ぶ」は2012年12月31日で休筆することになります。このところ多くの皆様にご覧頂き感謝しております。「近いうち」何らかの形で復帰できるものと考えております。

 ⇒冬眠(充電期間)してます。2013年4月から再開の予定。更新頻度は随時とします。

このブログの趣旨は、究極的な人生態度を涵養するために、古今東西の宗教的な考えに共通するものを汲み取り、優れた先人による遺産の紹介をしつつ、私たちがともに生きている現在を語ることで時代の雰囲気を共有しました。

それを本質と現象という側面において考察できたことは嬉しいことです。現象である個々の事件・事故に登場する人たちへの悪い感情は一切なく、それは全ての人間の抱えている問題の一面を映し出したものに過ぎません。一方、藤木正三 牧師、アントニー・デ・メロ 神父、ジョーゼフ・キャンベル 教授という極めて優れた方々との出会いは、人間の本質的理解において明確なビジョンを与えてくれました。

自己について知れば知るほどに他人が分かり、他人が分かれば自己も分かる。この社会は地続きであり地球の裏側で起きていることも自己の生き方と密接に関連している。そして過去の人たちとも繋がりつつ人間は生存の本能のままに、これからも進んでいくことでしょう。たとえ強力兵器で絶滅しようともイノチの働きは続くことでしょう。大宇宙もいつか終わりが来るとしても時間を超越した何かは永遠というものに昇華されていく。すべては有難くありがたい。(たれプーさん♪)

Make today the best day of your life.

「人間として最高の喜びは、終生の師にめぐりあうことである。
危機というものは、いつの世も人間がつくり出すものである。それは人間の業(ごう)かも知れない。そしてそういう業のなかに生まれ、生きねばならぬわれわれにとって、師とのめぐりあいのふしぎは、星のように光り輝き、虹のように美しい。それにしても、そのようなただ一人の師にめぐりあうということは、いかに至難なことであろうか。」(坂村真民)

「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早過ぎず一瞬遅すぎない時に。」(森信三)


衆院解散、首相「近いうち」約束から100日後
2012年11月17日 読売新聞から抜粋

衆院は16日午後、解散された。政府は臨時閣議で「12月4日公示―16日投開票」の衆院選日程を決め、事実上の選挙戦に突入した。
野田首相(民主党代表)は解散後、首相官邸で記者会見し、「解散の理由は、『近いうちに国民に信を問う』との約束を果たすためだ」と語った。「近いうち」の約束をした8月8日の自公両党との党首会談から、ちょうど100日後の解散となった。



―追加記事―

「甦る話芸 節談説教」(東海ラジオ放送制作)
平成24年度文化庁芸術祭・ラジオ部門大賞

僧侶が言葉に抑揚をつけ身振り手振りを交えながら信仰の啓蒙のために行う「節談説教」。名古屋の住職・祖父江省念がこれを講じた30年前のテープが自社の番組保存用ロッカーから見つかった。その歴史を伝え、後継者として活動する人や説教を聴く人を取材し、魅力や現代における意義を探る。ともすれば地味になりそうなテーマであるが、講談師の神田京子が面白おかしく伝えていて聴きやすい。あまり馴染みのない「説教」だが、話芸の源流といわれる「節談説教」について理解を深めることができ、知識を豊かにする番組である。

プロデューサー:秋田和典
ディレクター:松波宏治
構成:高橋真裕美
技術:杉浦 実

2012年5月27日14時~(本放送)45分
2012年10月12日20時~(再放送)45分
2013年1月26日19時~(再々放送)60分 追加取材付き再編集版



〈番組で取り上げられた関連情報〉

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関山 和夫(せきやま かずお) 話芸研究者、佛教大学名誉教授

・安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)和尚 落語等の祖
 岐阜県図書館 岐阜県ゆかりの先駆者たち 安楽庵策伝(外部リンク)

・講談師 神田京子のブログ
 京子喫茶室  http://blog.kandakyoko.com/

・椙山女学園大学 文化情報学部教授  飯塚 恵理人(いいづか えりと)
 恵理人の小屋  http://zeami.ci.sugiyama-u.ac.jp/~izuka/erito1/

  ⇒⇒節談説教ー祖父江省念の世界 (外部リンク)

 「節談説教」は、浄土真宗の法話の形態で、落語や講談、浪花節の源流ともなったものです。
近年では名古屋市北区の有隣寺住職の祖父江省念師がそれを継承されていましたが、平成8年に亡くなりました。祖父江師の節談説教はレコードやDVDも発売されておりますが、芸能史の研究者や愛好家にはまだ一般的になっておりません。省念師の孫で現在の有隣寺住職祖父江佳乃先生の許可をいただいて、有隣寺所蔵の省念先生の説教テープ78本をデジタル化し、mp3ファイルに変換して私のホームページより配信させて頂くことに致しました。

 関山和夫先生は節談説教は「宗教のもの」で単純に芸能ととしてはとらえられないとおっしゃっていますし、祖父江先生も寺の「説教」としてなさっているのですが、節談説教には非常に質の高い「芸能性」が認められます。このテープから民衆がそれを聴くことを娯楽とし、楽しんだ、中世の「語り芸」としての「説教」の姿が伺えるのではないかと思います。録音日時等は寺にも記録がないということで、残念ですが、平成初年の、省念先生の最晩年のテープではないかと思われます。貴重なテープを提供いただきました、有隣寺住職祖父江佳乃先生に心より感謝致します。

 《補記》 79番まで配信させて頂いておりましたが、2009年秋、祖父江先生からあらたに800本以上のテープを提供頂きました。アルバイトの方にお願いして順次デジタル化し、配信してゆきたいと思います。祖父江先生とアルバイトの方に心より感謝致しております。今後ともご支援のほどよろしくお願い致します。


節談説教研究会  http://fushidan.cocolog-wbs.com/

節談説教の世界  http://fushidansekkyou.com/index.html


祖父江省念 節談説教「報恩の行」ダイジェスト


平成24年度(第67回)文化庁芸術祭賞の決定について
平成24年12月21日 文化庁
20130123

「番組審議会からのお知らせ」放送内容
2012年06月05日 東海ラジオ

2012年6月「甦る話芸 節談説教」

東海ラジオ放送 番組審議会からのお知らせです。
6月の番組審議会がこのほど開かれ、「甦る話芸 節談(ふしだん)説教」について審議が行われました。出席した番組審議会の委員を五十音順にご紹介します。大西信之、中西英夫、山﨑隆治、以上の皆さんです。今回は熊倉浩高、宮﨑眞知、村瀬大一郎、以上3名の委員の方は書面出席となりました。東海ラジオ放送側からは、志村富士夫代表取締役社長、小畑耕一常務取締役制作局・開発担当、加藤康雄取締役業務局長、角田功治取締役制作局長、田中康之業務局次長兼編成業務部長、松波宏治番組ディレクターが出席しました。「甦る話芸 節談説教」は、日本民間放送連盟賞番組部門教養番組参加作品で、5月27日(日)午後2時から45分間放送しました。日本の話芸の源流といわれ、独特な語り口で知られる節談説教はお坊さんが仏教の教えを説いた、つまり説教がその始まりといわれています。戦後は衰退の一途をたどる一方でしたが、話芸の研究で知られる関山和夫佛教大学名誉教授らの尽力により「節談説教研究会」が設立され、継承の活動が始まりました。番組では、「節談説教」の歴史を伝えるとともに、この地方で後継者として活動している方々や説教を聞く中高年の人々を取材し、「節談説教」の魅力や現代における意義を探りました。

各委員の意見です。
「日本の文化のルーツを探り当てた学研的価値のある素晴らしい番組である」 
「講談師神田京子さんの語り口調はおなじみ神田一門の名調子で、難しいテーマを分かり易く伝える上で大変効果的だった」
「説教の解説を後から挿入する部分が多く、一般の人には理解しづらい構成になっている」
「テーマが分散しているため分かりづらい。節談説教を演じる祖父江省念さんと孫娘の佳乃さんに絞った方がリスナーも聞きやすいのではないか」
「細かいところで親切さがないため、全体的に分かりにくさにつながっている」
といった意見が出されました。

東海ラジオからは
「審議委員からの意見を受けて、今後の番組制作に反映させるよう、検討と研究を重ねます」と答えました。又、リスナーの皆さんから寄せられたお問い合わせや苦情などは、5月は154件で、デーゲーム中継に関する問い合わせが多く寄せられたことを報告しました。尚、5月の番組審議会の意見を受け「原光隆ニュースファイル」において、生の現場の音・女子アナによるニュースのリード読み・番組終了時にクレジット(中日新聞の協力で・・・)以上の3点を5月21日分より新たに取り入れたことを報告しました。
以上が6月の番組審議会の概要です。(事務局 佐枝一史)



合格祈願代行、御利益は 護摩たき依頼、ネットに動画・遠方神社へ参拝
2013年1月4日 朝日新聞夕刊

 受験シーズンがやってきた。試験直前、一刻でも惜しい受験生らを相手に、神頼みを代行するサービスがある。御利益のほどは――。

 東京都台東区の業者は「オンデマンド祈願」と銘打った代行サービスをしている。奈良県の寺などで修行を積んだという「修験者」が、依頼者の願いを書いた護摩をたいて祈願。その様子の動画をネットで流す。

 1回の依頼で3千円。動画の冒頭には「心を集中し、軽く合掌してください」のテロップ。依頼者が自宅で手を合わせる。最後に「無事円満成就されました」と流れて祈願終了だ。代表の男性(63)は「時代に即した祈願の形です」と胸を張る。

 中国・上海市内に本社を置く業者は「遠距離などで合格祈願ができない方々のために」と、サイトで代行祈願を受け付けている。代金を振り込むと、東京にいるスタッフが最も近い「吉日」を選んで明治神宮(東京都渋谷区)か湯島天神(同文京区)に参拝する。4100円と、絵馬の奉納付きの8100円の2コースがある。

 ●お守り高値転売も

 学問の神様、菅原道真を祭る太宰府天満宮(福岡県太宰府市)は「代行サービスなどの商売行為は一切禁止」を掲げているが、祈願代行業者や、お守りを高く転売する業者が後を絶たないという。

 こうした業者への対抗の意味も込めて、太宰府天満宮自体がファクスでの合格祈願を受け付けている。1件5千円から。自筆ファクスか現金書留による申し込みを条件としている。

 同天満宮の職員は「ネット通販での手軽な買い物とは違う。神社の尊厳を保つために、これ以上は譲れません」と言う。

 神頼みを他人に任せてよいのか。全国約7万9千の神社を統括する神社本庁(東京都渋谷区)は「昔から、病気の人に代わっての回復祈願や、遠方の孫のために祖父母が合格祈願に出向くことなどは一般的だった」と言いつつも「神域にある社塔に自ら参拝することが基本である」との立場だ。自らネットで祈願を募集する神社も増えたため、2010年7月に全国の神社に自粛を求める通知を出した。

 ●「そもそも他者頼み」

 国学院大の井上順孝教授(宗教社会学)は「合格祈願は、そもそもが他力本願の行動。今はネットの世界が一般的になり、代行業者への依頼が増えるのは自然な流れではないか」。ただ、「ネットには悪徳業者もいるので、各自が気を付けて」と話している。(古田真梨子)




追記

関山和夫氏(佛教大名誉教授、元京都西山短大学長)が死去
2013年05月10日 読売新聞

 関山和夫氏 83歳(せきやま・かずお=佛教大名誉教授、元京都西山短大学長)9日、肺がんで死去。告別式は12日午後1時、愛知県一宮市新生1の6の20クレストホール一宮。自宅は同市神山2の14の23。喪主は妻、道子さん。

 伝統話芸の研究家で、1964年、「説教と話芸」で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。67年3月から名古屋市で会員制落語会「含笑(がんしょう)長屋・落語を聴く会」を主宰し、今年4月までに452回を数え、柳家小さんさんや桂米朝さんも高座に上がるなど全国各地の「落語を聴く会」の先駆けとなった。



訃報:関山和夫さん 83歳=話芸研究家、佛教大学名誉教授、元京都西山短大学長、仏教文学専攻
2013年05月10日 毎日新聞 中部朝刊

 ◇「話芸」研究に尽力

 関山和夫さん 83歳(せきやま・かずお=話芸研究家、佛教大学名誉教授、元京都西山短大学長、仏教文学専攻)9日、肺がんのため死去。通夜は11日午後7時、葬儀は12日午後1時、愛知県一宮市新生1の6の20のクレストホール一宮。自宅は同市神山2の14の23。喪主は妻道子(みちこ)さん。

 落語や講談など話術で楽しむ芸を「話芸」と命名したとされる。1964年に著書「説教と話芸」(青蛙房刊)で第12回日本エッセイストクラブ賞。77年に芸術選奨文部大臣新人賞。

 名古屋市で「含笑(がんしょう)長屋・落語を聴く会」を主宰するなど、東海地方で多くの地域落語会の発展に尽力した。



「リーガル・ハイ」など受賞 放送文化基金賞
2013年5月31日 スポ

 放送分野の優れた番組を表彰する第39回放送文化基金賞(主催・公益財団法人放送文化基金)が31日発表され、テレビドキュメンタリー番組部門でNHKスペシャル「メルトダウン File03 原子炉“冷却”の死角」、テレビドラマ番組部門でフジテレビ・共同テレ制作の「リーガル・ハイ」が本賞に決まった。

 テレビエンターテインメント番組部門はNHKスペシャル「釜石の“奇跡” いのちを守る特別授業」、ラジオ番組部門は東海ラジオ(名古屋市)の「よみがえる話芸 節談説教」が、それぞれ本賞に決まった。

 またドキュメンタリー部門で番組賞を受賞したETV特集「原田正純 水俣 未来への遺産」(NHK福岡、熊本放送局)で取り上げられ、昨年亡くなった水俣病研究の第一人者原田正純さんに特別賞が贈られる。

 贈呈式は6月21日、東京・紀尾井町の千代田放送会館ホールで。



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2012/12/31 追加情報など・・・まとめ

ノートルダム寺院が着工850年=記念行事開幕、新たな鐘も-パリ
2012/12/13 時事通信社

 パリ中心部の観光名所として知られるノートルダム寺院が2013年に着工850年を迎えるのを祝い、記念行事の開幕を告げるミサが12日、同寺院で営まれた。AFP通信によると、ミサには2000人近くが参列した。

 セーヌ川のシテ島にあるノートルダム寺院は1163年着工。1991年には周辺の文化遺産と共に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に認定され、巡礼者や観光客を含め年1400万人が訪れる。

 寺院は850周年に合わせ、南北の塔に計9基の新しい鐘を設置する計画で、来年3月23日に鐘の音が初めて披露される。同5月6日には、世界各地の大聖堂や教会、コンサートホールなど850カ所で、24時間にわたる「世界一斉オルガンコンサート」が開催される。【パリ時事】

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着工850年を迎えるノートルダム寺院=12日、パリ中心部



独下院、「割礼」合法化を可決=傷害罪判決で論争激化
2012/12/13 時事通信社

 ドイツ連邦議会(下院)は12日、宗教上の理由で男児の性器の一部を切り取る「割礼」の合法化に関する法案を賛成多数で可決した。裁判所が割礼は傷害罪に当たるとの判断を示し、ユダヤ教徒やイスラム教徒が反発したのを受け、政府が合法化を目指していた。

 法案では、宗教上の理由なら男児への割礼は合法となる。医学的手法にのっとるよう求めているが、医師でなくても、特別な訓練を積み、技術を取得していれば実施できる。【ベルリン時事】



見守り新鮮情報 第151号   平成24年12月18日
◇発行:独立行政法人国民生活センター◇

    公的機関が太鼓判?仏像の「買え買え詐欺」 

仏具店から仏像のパンフレットが送られてきた。3日後に別の業者から電話が
あり「パンフレットにある仏像を90万円で買えば、当社が100万円で買い取る」
と言われたが、不審に思い断った。その数日後、公的機関を名乗る団体から
「高額な仏像を売りつける商法が流行っている。注意するように」と電話があっ
たので、自分の状況を伝えると「そこなら販売店も買い取り業者も問題のない
優良企業だ」と言われ、すっかり信用して仏具店に注文をした。翌日、男性が
仏像を持参したので受け取り、現金90万円を渡したが、その後買い取り業者に
も仏具店にも連絡がつかない。どうしたらよいか。(60歳代 女性)

<ひとこと助言>
☆ある販売業者が提供する商品や権利等を、別の業者が「購入額以上で買い取
 る」などと、あたかも消費者の利益になるかのような説明で契約させようと
 する劇場型勧誘(買え買え詐欺)の相談が後を絶ちません。
☆今回の事例のように、公的機関を名乗る団体(例えば国民生活センターを連
 想させるような団体など)まで登場し、「その会社は大丈夫」などと言って
 消費者を信用させるケースも見られます。
☆実際に買い取り等が行われたケースは今までに一件も確認されていません。
☆お金を支払ってしまうと、業者と連絡が取れなくなることも多く、お金を取
 り戻すのは極めて困難です。うまい話はありません。きっぱり断りましょう。
☆困ったときは、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください。

イラスト入りリーフレット(PDF形式)



寺の住職宅から金の延べ板盗難 栃木
2012年12月19日 NHK

栃木県高根沢町の寺で、18日、敷地内にある住職の家から金の延べ板と現金およそ800万円が盗まれ、警察が捜査しています。

栃木県内では、17日から19日朝にかけて、別の2つの寺で現金が盗まれるなどの被害が相次いでいて、警察が関連を調べています。

18日午後10時ごろ、高根沢町の寺で、53歳の住職が敷地内にある自宅の部屋が荒らされているのに気付き、警察に届け出ました。警察が調べたところ、押し入れに保管されていた金の延べ板1枚と現金およそ800万円が盗まれていたということです。金の延べ板は500グラムで、金額にしておよそ200万円の価値があるということです。

警察によりますと、玄関の鍵はかけていなかったということで、警察は、留守にしていた18日午後3時ごろから午後10時ごろにかけて、何者かが侵入したとみて、窃盗事件として捜査しています。被害にあった住職は、「檀家さんから頂いたお金がなくなり、申し訳ない思いです」と話していました。

栃木県内では、隣のさくら市の2つの寺で、17日から19日朝にかけて、寺の敷地にある家に何者かが侵入したり現金などが盗まれたりする事件が相次いでいて、警察が関連を調べています。



寺の焼け跡から遺体 住職か
2012年12月20日  NHK

20日朝早く、和歌山市にある、700年以上の歴史がある寺で、本堂が全焼し、焼け跡から女性が遺体で見つかりました。火事のあと、84歳の女性の住職と連絡が取れなくなっていて、警察は、死亡したのはこの住職とみて、確認を進めています。

20日午前4時半ごろ、和歌山市寺内の「満願寺」から火が出ていると、近所の人から消防に連絡がありました。消防車10台が出て消火に当たり、火はおよそ1時間半後に消し止められましたが、木造平屋建ての寺の本堂およそ300平方メートルが全焼し、焼け跡から女性が遺体で見つかりました。

警察によりますと、火事のあと、この寺で1人で生活していた84歳の女性の住職と連絡が取れなくなっているということです。警察は、死亡したのはこの住職とみて、確認を進めるとともに、火事の原因を調べています。

和歌山県教育委員会によりますと、満願寺は14世紀の南北朝時代の古文書に存在が記載され、700年以上の歴史がある寺だということです。

火事を目撃した近所の女性は「濃いオレンジ色の炎で、火の上がり方がすごく、辺りが暗かったので炎がくっきりと見え、怖かったです」と話していました。

満願寺本堂が全焼、女性住職が不明 和歌山
2012.12.20 産経ニュース

 20日午前4時40分ごろ、和歌山市寺内の満願寺から出火。木造平屋建ての本堂約300平方メートルを全焼した。女性住職と連絡が取れなくなっており、和歌山県警和歌山東署が確認を進めるとともに、出火原因を調べている。

 県教委などによると、満願寺は貞和3(1347)年の「満願寺供養願文」に記述がある古刹(こさつ)。何度か火災にあっており、現在の本堂の建立時期は不明という。同寺は鎌倉時代の重要文化財「絹本著色(けんぽんちゃくしょく)鳥羽天皇像」を所蔵しているが、京都国立博物館に寄託しており、被害はなかった。



住職宅から現金950万円盗難
2012年12月21日 NHK水戸放送局

20日夜、笠間市の寺で寺と住職の住宅を兼ねた建物の窓ガラスが割られ、金庫などに保管してあった現金950万円がなくなっているのが見つかり、警察は窃盗事件として捜査しています。

20日夜10時半ごろ、笠間市笠間の「盛岸院」の寺と住宅を兼ねた平屋の建物で、金庫などに保管してあった現金がなくなっているのを45歳の住職が見つけて警察に届けました。

警察が調べたところ、部屋の書類入れにあった現金50万円、廊下の金庫の中の現金900万円のあわせて950万円がなくなっていたということです。警察によりますと客間の窓ガラスが割れ、鍵のかかった金庫のとびらが壊されてこじ開けられていたということです。

住宅には寺の住職と両親の3人が住んでいますが、20日の夜は3人とも外出していたということです。警察は、3人が留守の間に何者かが侵入して現金を盗み出したものとみて窃盗事件として捜査しています。

県内では今月17日にもつくばみらい市の寺で住職の住宅から現金およそ1000万円や通帳がなくなってるのが見つかる事件が起きています。



パウロ6世に「英雄的な徳」=福者認定へ一歩-ローマ法王
2012/12/21 時事通信社

 ローマ法王ベネディクト16世(85)は20日、カトリック教会の改革に尽力したパウロ6世(1897~1978年)について、信者の尊敬対象である「福者」となる上で必要な「英雄的な徳」があると認定した。生前に奇跡を起こしたと認められれば福者に列せられる。【ジュネーブ時事】



オウム新規信者、観察処分後で最多
2012/12/21 中日新聞

 公安調査庁は21日、国内外の治安情勢をまとめた2013年版「内外情勢の回顧と展望」を公表し、オウム真理教(アレフに改称)と、元幹部が設立した「ひかりの輪」を合わせた今年の新規信者が計255人だったと明らかにした。

 団体規制法は信者数の公安庁への報告を両団体に義務付け。同法に基づく観察処分が始まった00年以降最多となった。

 アレフは松本智津夫死刑囚(57)=教祖名麻原彰晃=の死刑執行が近いと考え、危機感を強めていると指摘。「信者に死刑回避を祈願して修業するよう指示したほか、出家信者の一部が死刑制度廃止を訴える集会に参加していた」としている。(共同)



ゴスペル文楽「キリストの生涯」上演 
2012/12/22 中日新聞 夕刊

 文楽太夫の豊竹英大夫が、三味線弾きの鶴沢清友、人形遣いの桐竹紋寿らと創作文楽「ゴスペルイン文楽『イエス・キリストの生涯』」の上演に各地で取り組んでいる。

 クリスチャンである英大夫が一九九一年、教会のクリスマス劇として「キリストの生誕」の話を義太夫節に仕立て、三味線弾きらと上演したのが始まり。「最後の晩餐(ばんさん)」などのシーンを加えて、今では“七段構成”に。

 「ハレルヤ」など、文楽にはなじみのないせりふも登場するが、江戸時代風の言葉を用いており「文楽の切り口が潜んでいます」と英大夫。キリストの人形の頭(かしら)には文楽の古典「平家女護島」の俊寛のものを使用。マリアは、娘の頭に着物姿で登場する。

 「言葉や節が分かりやすく、古典の良さも感じられる。初心者でもこれを見て、文楽に興味を持ってくれる人がいる」。英大夫は作品の発信力に手応えを感じている。



国の重文・金山寺本堂が全焼…桃山時代の様式
2012年12月24日 読売新聞

 24日午後7時35分頃、岡山市北区金山寺(かなやまじ)、天台宗寺院「金山寺」=松原宏澄(こうちょう)住職(76)=から出火。

 重要文化財の本堂(木造平屋約165平方メートル)を全焼し、近くにあった物置も焼いて、約2時間半後に消えた。けが人はなかった。

 岡山西署の発表では、近くに住む無職男性(64)が本堂から炎が上がっているのを発見。知らせを受けた親戚の女性(57)が119番した。松原住職は寺の敷地内に住んでいるが、出火当時は岡山県赤磐市の実家に帰っていて不在。同署に対し、松原住職は「本堂では普段から、ろうそくの火を24時間絶やさずともしていた」と話しているという。

 金山寺はJR岡山駅の北東約8キロの山中にある。奈良時代の創建と伝えられ、1575年(天正3年)に再建されたとされる入り母屋造りの本堂は桃山時代の豪華な様式が残る。戦前には国宝に指定されていたが、1950年の文化財保護法制定時に重文とされた。

 近くに住む主婦(57)は「突然『ボーン』と大きな音がし、外に出ると、本堂の辺りから空に向かって大きな火柱が上がっていた」と証言。別の60歳代の女性は「外に出た際、瓦が崩れる音が響いたので見上げると、炎が高く上がっていて驚いた。地元で大切にしてきたお寺なので残念」と話した。

重要文化財:岡山の金山寺 本堂が全焼
2012年12月24日 毎日新聞

 24日午後7時35分ごろ、岡山市北区金山寺(かなやまじ)の金山寺本堂から出火。木造平屋建て瓦ぶきの本堂(国重要文化財)約165平方メートルを全焼した。けが人はなかった。近所の住人が119番通報した。

 岡山県警岡山西署などによると、寺の敷地内には住職の男性(76)が住んでいたが、出火当時、外出して留守だった。本堂の中では普段、終日、ろうそくに火をつけていたといい、同署が出火原因を調べている。

 同市ホームページによると、同寺は天台宗の寺で、749年の創建とされる。火災で何度か焼失したが、本堂は1575年、岡山城主の宇喜多直家の援助で再建された。桃山時代の特色である欄間(らんま)などへの豪華な彫刻や彩色が特徴。境内には本堂のほか、三重塔や山門などがある。【五十嵐朋子、安藤大介】



<働きアリ>2割程度は「働かず」 集団維持の仕組みか
2012年12月29日 毎日新聞

 働きアリの集団の中には常に2割程度の働かないアリがいて、働くアリだけのグループを作っても必ず働かないアリが出ることを、長谷川英祐(えいすけ)・北海道大大学院准教授(進化生物学)らが証明した。「働かないアリがいれば、別の仕事が生じた時にすぐに対応できる。仕事の効率は下がるが、集団を維持する巧妙な仕組みではないか」と推測している。

 日本動物行動学会の「ジャーナル・オブ・エソロジー」1月号に発表した。長谷川准教授らは、体が大きいなどの理由で観察しやすいシワクシケアリを北大の苫小牧研究林(北海道苫小牧市)で採取し、働きアリ150匹と女王アリ1匹のコロニー(一族)を八つ作り、人工の巣で飼育。色を付けて識別した各個体の動きを観察した。

 その結果、卵の世話をするなどの仕事量にばらつきがあり、どのコロニーにもほとんど働かないアリが約2割いた。働かないアリだけ30匹集めると、うち約2割が働かないままだが、残りはよく働くようになった。よく働くアリだけを集めて新たなグループを作っても一部は働かなくなった。仕事の熱心さに年齢などは関係なかった。

 人間社会のように集団に指示するボスはいないが、自然と働くものと働かないものが出る。長谷川准教授は「働かない『働きアリ』が集団維持にどのように貢献しているのか今後明らかにしたい」と話している。【大場あい】

ダメ社員のバイブル!? 『働かないアリに意義がある』
2011年2月10日 excite コネタ

「アリとキリギリス」という童話があるほど働き者のイメージがあるアリ。だが、「7割は休んでいて、1割は一生働かない」って知ってました? 得意先まわりと称して喫茶店でついつい和んでしまったり、情報蒐集するフリをしてえんえんネットしていたり……。そんな自分を顧みるたび、「自分は働かないアリかも……」と考えたことがあるという人も多いのでは。

メディアファクトリー新書の『働かないアリに意義がある』は、そんなダメ人間まっしぐら!? の私たちにひと筋の光を与えてくれそうな一冊。

実は葉っぱの裏側でボーッとしていたり、怠けているアリがいるからこそアリという種の保存が保たれているのだ! ということが本書では次第に明らかにされていく。たとえば、子どもの頃、夏休みにじーっと庭のアリの巣を眺めていて、試しに大きな角砂糖を置いてみたり、バケツに水を汲んできて彼らの巣を水没させてみたり(!)といった経験はないだろうか。

本書によると、こういった事態を生物学の世界では「予測不可能性」と言うのだそうで、このような異変にも対応するための余力として「働かないアリ」は重要な存在なのかもしれない……と言う。

版元の担当編集者に反響など伺ってみたところ、
「おかげさまで発売即日に重版が決まりました。『働かないものがいる理由』『全員が働くと組織は長続きしない』等の部分に読者が、自分や周囲の人を重ね合わせて共感してくれたようです。コロニーの存続のためには短期的な効率だけを求めてはいけない、といった視点も提供する内容のため、経営者やコンサルタントなど全体を見渡す立場にある方々も大変好意的に評価してくれました。いま現在働いていない、というだけの理由で批判してはいけないのです」とのこと。

と、そんな感じでアリたちの世界に学ぶべきところがある一方、人間にあってアリにないもの、を考えてみると見えてくるものがあるかもしれない。たとえば、お年寄りを敬う気持ちや(アリ社会では、老い先の短いアリはエサ探しなど危険な外回りにまわされるらしい)、すぐには役に立たない学問や芸術に意味を見出すなどの知的財産……といったものである。

それにしても、考えてみれば何か具体的な形あるモノをつくるでもなく、子どもや高齢者の世話をするでもなく、ネットに記事を書くなどといういわば「虚業」に就いている私もある意味、「働かないアリ」なのかもな~、なんてことも考えてしまった次第……。

あなたもアリ目線になって、私達の組織や個人のありようについて今一度、思いを巡らせてみてはいかがでしょう? (まめこ)


人生いろいろ:「物の性(しょう)を尽くす」(森田正馬)

† 尽くすとは活かすことであり無駄をしないことだ。モノのみならず人をも活かす、すべてを源まで感謝して活用することだろう。精神医学者・森田正馬博士も実用の人であり、机上の空理・空論から離れて真に大事なことだけを行った。

‡ つい最近にゴミ出ししたMD付ラジカセは12年ほど愛用した。まずMD部が壊れ、次にカセット部が壊れた。それは使い尽くした末のこと。その後PCの外部スピーカーの役割を果たして、最後はCD部も上手く音を拾えなくなった。私がケチということも言えるのかもしれないが、一部が壊れても残った機能を使うことが機械に対する愛情だろうと思う。捨てることが美徳となっている大量生産消費時代もいずれは終わるが、手垢のついた道具こそ人間の一部となり活躍する。他人を活かすことについても同様だろう。

脳を最適化する5つのステップ

脳を最適化する5つのステップ
2012年11月4日 ライフハッカー[日本版]

コンピューター内部の情報というものは、規則的には並んでおらず、小さな断片が任意の位置に、バラバラに存在しています。それらがバラバラの状態でたまってしまうとパフォーマンスが上がりません。そのため、定期的に整理整頓、最適化してあげる必要があるわけです。今回の記事では、わたしたちの脳、思考にも同じことが言えるのではないかという話をご紹介します。

ブロガーのDragos Rouaさんは、私たちの脳をコンピュータにたとえ、脳の最適化とは、つまり、頭の中に散らばっている情報を整理整頓して、引き出しやすくするということと書いています。それには、以下の5つのステップを踏むと良いそうです。

1. 重点の設定
これから旅行に行く人、大きなプロジェクトを控えている人、何か新しいことを学ぼうとしている人、そういう方々。まずは今から数日、数週間の間、何を重要視して行動するかを決めましょう。それが重点の設定です。ここで決めたことが、この期間内での関心事、そして義務となります。コンピュータの設定を変えると、アルゴリズムが変わるように、あなたの目的に合わせて、セットアップすることによって、パフォーマンスも変わってくるのです。

2. 必要な情報を見極める
これからの数日間、数週間に何をするか、そのための重点の設定をしたあとは、関連情報を集めます。期限内に成功させるためには、どんな情報が必要なのか。目標達成のために、今から定期的に行った方がいいことはあるのか。新しく身につけた方がいい習慣はあるか。いつも出てしまう悪い癖はないか。こういうこともセットアップの一つです。

この作業は大まかな枠組みをさくっと決めるものではなく、じっくりと時間をかけてした方がいいそうです。コンピュータでいうと、新しいアルゴリズムを作るときには、動かす前に細かいところをしっかり確認しますよね。とりあえず動かしてみて、おかしかったら再スタート、というのでは時間がかかってしまいます。

ここでのヒントとしては、作業の過程を記録しておくこと。たとえば休日に関してでも、必要な情報や行動、習慣をリストにして記録するわけです。次の年、また休日の計画をする頃、前年の記録をチェックすることから始めれば、時間と労力の節約になります。記録を取るときには、この段階では、時系列にとらわれないメモが有効なので、マインドマップがおすすめです。

3. 優先順位をつける
ここまでで、重点の設定が決まり、タスク達成のためのツールも用意しました。次にすることは、優先順位をつけることです。コンピュータの最適化に関しての知識がある人であれば、頻繁にアクセスされる情報は、ハードディスクの一番手前のところに動かされる、ということがわかりますよね。脳の最適化でも一緒です。よく使う情報は、手が届きやすいところに置いておくのです。

優先順位の付け方は、あなたの行動パターンに関係します。ラップトップを持ち歩く人ならば、バッテリーの持ち具合を気にしたり、充電できるスポットを探したりするでしょうし、外回りの人ならば携帯電話のバッテリーがなくならないようにするのは重要なことですよね。

じゃあ、どうやって優先順位をつけるのかというと、まずはそれぞれのタスクを見直して、どのくらい重要かということを1から5までのスケールで考えます。最重要だったら1、あまり重要でなかったら5というように。5を最重要にしたかったら、もちろんそれでもかまいません。自分でわかりやすいように測りましょう。

4. 大事でないことは気にしない
私たちがガラクタを溜め込んでしまう理由の一つに、何でもないものを大事なものだと思って取っておいてしまう、という癖があります。もしくは、誰かが大事なものだと言ったから、とか、深く考えないでとりあえず取っておいている、とかいう理由もあるかもしれませんね。

脳の最適化の4番目のステージでは、このガラクタに注目します。大事なものを全部、自分の近くに集めてきたら、残りのガラクタをできるだけ遠ざけるのです。ただ、そのガラクタは捨てなくてもいいそうです。遠いところで休んでいてもらいましょう。

具体的な例を挙げると、旅行の計画をするとしましょう。この場合の「ガラクタ」にあたるのは、仕事に着ていくスーツです。捨てなくてもいいですよね。旅行には必要がないので、クローゼットの奥にでもやっておきましょう。また、新しいものを学ぶというタスクにおいては、テレビを見たり、パーティに行ったりというのが「ガラクタ」です。タスクに集中するために、これらは遠ざけましょう。ここでは、「ガラクタ」になるものを書き出して、認識することが大切です。

5. 「ドライテスト」をする
すべての準備ができたら、「ドライテスト」をしてみましょう。15分だけでもいいので、タスクを実行するある一日の、朝起きてから寝るまでを想像するのです。必要なものは揃っていますか?優先順位はつけてあります?、ガラクタは向こうに押しやりましたか?
このテストをパスしたら、脳の最適化に成功したことになります。

最後に、脳の最適化はどのくらいの頻度で行えばいいのでしょうか?GTDでは週ごとに見直すのがいいと言っています。しかし、Dragos Rouaさんによると、そんなに頻繁にする必要はないのだそうです。定期的に最適化するということよりも、設定が変わる(ゴールが変わる)ときに、この5つのステップを踏むことの方が大事なのだそうです。たとえば、休暇を取るときに、仕事モードからちゃんと切り替える、というように。

いかがでしたか?脳の最適化、次の休みの前にしてみませんか?新しい年度に合わせてしてみるのも、いいかもしれませんね。

How To Defrag Your Mind In 5 Easy Steps [Brilliantly Better]
Adam Pash(原文/訳:山内純子/ライフハッカー[日本版])



・実は私も脳とコンピュータとの関連をずっと考えているが、記事とは違った観点を持っている。

それはパソコンでは、メモリーのスワップ、HDDのデフラグと類似して、脳内のデータを処理しやすいように時々整理してやることだ。メモリーの性能に合わせてソフトを起動し動作を制限することが効率的だろう。またHDDは、容量一杯になってくるとメモリーでなくHDDからデータを引き出し動作するから効率が悪くなる。HDDの中身を整理し必要ないものは消し去るか片隅に追いやることだ。

上記の記事は、データの扱い方を書いているのだが、データを保存し効率的に処理するメモリーやHDDに該当する脳内の情報処理を適切にすることが大事なことだろう。そのためには生体として、脳の活動を活発化させる方策を講じることが可能となる。

パソコンを見ていると、たまに暴走したり動かなくなったり、ちょっとしたプログラム問題で適切な処理をできなくなくなったりと、ソフトやハードに問題があると十分に性能が発揮されない。同じように、人間もソフトでありハードも兼ね備えた生体をコントロールできないと、イライラ・怒り、うつ・不安定になってしまうのだ。

パソコンを上手く使いこなすには、さまざまな手入れが必要である。同じように、繊細な人体のバランスや機能も必要以上にメンテナンスを必要とするものなのだろう。

シリーズ:生活習慣を見直す28 バカンス

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・大型連休や夏休み、盆暮れなど長期に休みが取得できるにしても家族サービスとして本当に休みが取れないのが現状かもしれない。特に主婦は家事からの解放ができないと本当に気が休まることはない。仕事や家事からも離れてゆっくりと過ごす時間を持ちたいものだ。

シリーズ:生活習慣を見直す27 ペットや草花

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・ペットロスが嫌ならば死なないものを愛でることがいいだろう。人間には信用が置けないと感じる人たちには裏切らない対象として動植物や自然に目を向けることはとても良いことだろう。

シリーズ:生活習慣を見直す26 サプリメント

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・栄養補助剤として様々なサプリメントが販売されている。基本的には自然界から食事の形で摂取するのが理想的だが、近年の食生活では偏った栄養である場合もあろう。そのために足りない栄養分をサプリメントで補うことも必要な場面もあるだろう。ただ補うという意味でしかなく、サプリメントを飲めば大丈夫と合点することは無理がある。

シリーズ:生活習慣を見直す25 五感を磨く

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・香りを楽しむことも人間の本能を再活性する効果がある。ただ近年は人工香料によって作られる香りばかりであり、それが身体の喜ぶものとは言えるのかは疑問がある。戸外に出て、空気を感じ草花を見ることは大事なことだろう。人間には本能的な力が内在されており腐った食品は受け付けないようにできている。

シリーズ:生活習慣を見直す24 発汗

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・汗をかかないのが快適な生活とばかり季節を感じない生活が文明生活と勘違いすることになっている。軽い運動や身体の老廃物を除去すると共に精神の老廃物も軽くすることができる。ただ運動が嫌いでも家事の延長で身体を使うことは可能だ。

神の風景-人間と世間-113

「たとえ相手を言い負かしても、真実のことを聞き落としたら、何にもならないからです。真実への慎重さが黙らせるのです」(藤木正三)2-135真実への慎重

・他の断想にもあるように、100%自分自身が正しくとも一歩退くという生き方が宗教的であると藤木師は語ります。人間の世界は法律・倫理が最終的な判断基準ですが、宗教は少し違った見方を要求します。白黒ではない世界があるのです。

シリーズ:生活習慣を見直す23 井戸端会議

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・落語には銭湯や髪結いの話が多いし、昔は井戸端という共用水道を使うことが当然であった。そこでは当然に世間話に話を咲かせることになる。それは単に要件を伝えるといったものではなく、生活に密着した会話を通してお互いを知りコミュニティを作る基礎となったに違いない。問題の答えを持っているのは、専門家や占い師ではなく実は近所のオバサンだったりする。

シリーズ:生活習慣を見直す22 単純なリズムに身を

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・太古のリズムや音というものがある。それは自然音に近いものや、原始にもあった道具の音、太鼓などの生活具の音だろう。単純なリズムに身を委ねることが、身体という人間の持つ限界を気づかせてくれるだろう。

シリーズ:生活習慣を見直す21 ケセラセラ

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・完璧な人はいません。欠けているからこそ補い合うことができます。他人を自分の鏡として見ることもできます。

シリーズ:生活習慣を見直す20 自分は自分

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・日本人の同質性は簡単に変えられるものではないでしょう。ただ自分らしさは大事にしたいもの。多様性こそが進化の要なのです。

震災体験、防災アドバイスを冊子に 仙台の女性グループ

震災体験、防災アドバイスを冊子に 仙台の女性グループ
2012年9月18日 河北新報社

 仙台市の女性グループが、東日本大震災の体験と災害に備えるためのアイデアをまとめた冊子「東日本大震災 被災地からあなたへ」が反響を呼んでいる。昨年9月の発行以降、口コミで評判が広がり、全国で約3000部を販売した。メンバーは「家族を災害から守るために役立ててほしい」と話している。

 冊子を作ったのは、仙台市や名取市などの60~70代の主婦ら8人の「One Step(ワンステップ)」(謝花恵美子代表)。全員がクリスチャンで、通う教会が同じことから親しくなり、4年前に結成した。

 手芸品作りや防災の勉強会を続けてきたが、震災を機に「自分たちの体験と母親の視点で培った知恵を伝えよう」と冊子作りを企画した。

 多賀城市で車ごと津波に流され九死に一生を得たり、食品アレルギーのある孫の食料確保に苦労したりといったメンバーの震災体験を収めた。

 通学、通勤時や避難所滞在時など、さまざまな被災場面を想定した装備品リストや、釣り用のベストに袋を縫い付けて作る防災ベストなど、被災時に役立つアイデアやグッズを紹介している。

 災害時の物流停止に備えた「ひと月分の食料備蓄」「乾燥野菜の作り方」や、家族の写真を貼り付けた緊急連絡カードの作成、簡単な心のケアの方法も載せている。

 冊子はA5判、66ページ。当初1000部作ったが、増刷を重ねて4000部を発行。宮城県川崎町の防災講座のテキストに採用されたほか、静岡県磐田市の高齢者施設や兵庫県宍粟市の福祉関連イベントなどでメンバーが講演した。

 売上金の一部はNPO法人みやぎ災害救援ボランティアセンターに寄付している。謝花代表(64)は「災害への備えを生活習慣にして、子どもたちにも伝えてほしい」と話している。
 735円。連絡先は謝花さん090(6456)6954。



・同じ教会に通うとのこと。

防災に関しての情報は調べると分かるが統一されたものはない。何が本当に役に立つのかは、それぞれの置かれた状況による。

国が勧めているのは、3日分の食糧確保と長期的な生活用品の備蓄である。つまり各家庭において必要最小限のものを備蓄しておくことだろう。

山ほどの準備しても持ち出すことのできるものは限られてくる。まず命の確保を優先し、避難が困難である隣人に声を掛け合って自治体が指定する避難所に行くことぐらいしかできないだろう。

自然に対して人間のできることはしれている。加えて人口的に作られたものの脅威すらあるのが現状である。大切なことは、家族でのシュミレーションであり思い出したらの備えの確認だろう。

シリーズ:生活習慣を見直す19 自分の気持ちに素直に

20121001 143744

・価値観に縛られないことが大事だと誰もが思っています。価値観が自分の想いと違うならば自分を信じて生きることも必要な時があります。

神の風景-人間と世間-112

「うまくゆかないことのひとつひとつが解決されてゆくことが救いではないのです。良いも悪いも一切を込で、人生全体を神よりの賜物と受けとめ得る、その受身の人生態度が救いなのです」(藤木正三)2-134一切込で

・宗教のもたらす救いとは何か。自分の都合良い生き方を応援してくれるのが神・仏ではない。究極的人生態度は「被」の姿勢であると藤木師は繰り返す。宗教の誤解が多くの悲劇を生んでいる。一切込みというパッケージで人生は彩られいるから尊い。

シリーズ:生活習慣を見直す18 別の道を歩む

20121001 143741

・一途に一本道という言葉もあるが、この場合は愚鈍に歩むことよりも違った道を歩むことも模索したい。息詰まるとは、何かに無理があるということだ。目標さえしっかりしていれば、どんなルートを歩んでもいつかは到着すると思うことだろう。

人生いろいろ:オリンピックと選手人生

† 運動系ではないのでアスリートの気持ちは分からない。特に団体系のスポーツは苦手なので、団体競技を見ていると不思議な感じになる。個人でコツコツと点数を稼ぎ、なおかつ競争がメインでないものがいい。競争しないならスポーツじゃないけどね。

‡ そういえば教養時代のスポーツはアーチェリーだった。いろいろ探して結果、アーチェリーしか叶うスポーツがなかったからだ。ただ保健体育の教官が、ラジカルな人で冷やかにスポーツを捉えていたから助かった。30歳までにメダルをとって芸能界入りという昨今だが、本当にスポーツを楽しめるようになるには時間が必要であると感じる。

シリーズ:生活習慣を見直す17 ストレスを見つめる

20121001 143737

・ストレス自体は悪いものではない。過度なストレスに長時間曝されることが問題となる。ただ、まずストレス源が何かが分からないこと、容易に離れることができないのが現実だ。治療において入院を勧める理由は、とにかく身体エネルギーを確保することにある。薬で治すというよりも休養することがクスリなのだ。

シリーズ:生活習慣を見直す16 他人に頼る

20121001 143734

・他人に頼ることを良しとしない躾をされている日本人が多いだろう。私自身も、他人に頼ることをほとんどできないでいる。体調が悪い時に、普段の仕事をすることは中々大変だった。むろん一人のところを二人ですれば半分で済むことになる。それを頼める相手ではなかったことが最大の理由としても、やはり自分の仕事という意識が強かったと今にして思う。

人相を考えてみる

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・手相や人相など、形態的に人間を判断する方法がある。それを信じるか否かは別として、活き活きとしている人には共通の特長があるのかもしれない。

ただ、こうした列記よりも、「上虚下実」といった表現の方がピッタリとする。丹田を中心として下半身が安定していると、上半身も無駄な動きをしない。

そうした身体の使い方をしていると、自ずと身体の調子が活発化し均整のとれた発達をしていくのだろう。


上虚下実とは 〈戸塚鍼灸院HPから〉

姿勢においては上半身(特に肩)の力が抜けていて、大脳の緊張が緩み、力みの無い姿勢。それに対し下半身(下丹田)は気が満ちて充実感がある。

日常では上実下虚(上盛下虚、陰虚陽亢)になることが多い。これはバランスが崩れている状態。(気がたかぶる、イライラ、緊張、高血圧、目の充血、口内炎、歯茎の腫れ、喉が渇く等の虚熱、陽亢の症状)

上虚下実は最も基本的な身体の陰陽のバランスの調整。(陰陽平秘) 気沈丹田、気息帰元、息息帰根、引気下行、虚胸実腹、充実下元等も似たような意味

上虚下実の目的は上半身をリラックスさせ、気を下丹田に沈める事。気を練り、養う事の第一歩。腎(先天の気)を養う。

・三調(姿勢、呼吸、意識)それぞれに上虚下実の為の工夫がある。


シリーズ:生活習慣を見直す15 ありのままに

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・生育環境から、自分自身に何らかの役割を期待されて育った人は多いと思います。それは欠けている誰かの代わりだったのかもしれません。子どもらしい感情を殺して大人しく振る舞っていたり、苦しい時でも弱音を吐くことができない状況だったのかもしれません。「いい人」とは、そうした物分りのよい大人のイメージなのかもしれません。ただ、自分自身も気づいている筈です。それが社会的な役割を演じている仮面が抜けなくなっていることに。その仮面を剥がずのが家庭であり、親密な人との交流でしょう。

神の風景-人間と世間-111

「緊張してこそはじめて普通なのです。物事はすべて、ある筈の姿から退歩してゆく傾向を必ず持っているものです。ある筈の姿を維持しようとする、それが緊張なのです」(藤木正三)2-131緊張

・緊張についての別の見方を示すもの。緊張とは特別な状態で何かを志向しようという面を持っていますが、藤木師は、人間は常に退歩の過程を歩むと考えて、その後退局面を何とか保とうとするのが緊張だという訳です。何ら特別なことではなく、退歩へのあがきは常時のことです。

シリーズ:生活習慣を見直す14 他人のために

20121001 143726

・偽善者にならないように注意したいものです。例えば、経済的な問題、身体的な問題を抱えている人は大勢いるでしょう。しかし、その立場にあっても朗らかに逞しく生きている人は多いのです。東日本大震災の経験でも語られていることですが、被災者から逆に勇気をもらい励まされるのが人間なのです。まず家族に対して優しい思いを持ちましょう。

シリーズ:生活習慣を見直す13 足るを知る

20121001 143722

・小さなことを達成して満足感を得るというよりも、足るを知るということでしょうか。その満足感の裏に、完全癖などの捉われがあるのではないでしょうか。どちらにしても完璧な人間はどこにもおらず、失敗しながら三歩進んで二歩下がるような毎日でいいでしょう。その基本は、毎日の生活を送ることが出来ているという思いでしょう。

シリーズ:生活習慣を見直す12 前向きな姿勢

20121001 143719

・ポジティブシンキングという名称は嫌いな私です。それは自己実現と同じ文脈で語られるからだと感じます。どんな時にも動じないなんて、それは不可能でしょう。問題は、与えられることを受けとめる受け止め方だと思います。高い目標よりも現実に合った目標を持てと上記にはありますが、そもそも目標が自分のエゴから出ているのか否かが問題なのでしょう。生かされていることは日々楽しいことなのです。

人生いろいろ:社会と世間

† このブログの主眼である藤木正三牧師の言葉に、社会は冷たくても世間が暖かければ生きてゆけるという断想がある。たれプーさん♪は社会的に物事を考える訓練をし社会福祉という分野で、生きやすい社会とは何かとずっと問うてきた。ただ結論として直観するのは、社会よりは世間という単位が優しければ何とか生きていけるということだ。

‡ 世間という概念は西欧人には理解しにくいものなのかもしれない。だからシステム的に関係性を論じつつ統合を目指しているが機能していない現状がある。人間が安心できるのは社会システムによる保障ではないと感じる。行政は何もやってくれないと嘆く人が多い。それを怠慢と切り捨てることもできる。警察や救急ではないが、社会を守るシステムとは必要最小限の人数で、起きうる通常の事態に対応するように設計されているに過ぎない。行政能力には限界があり全ての人たちの需要に応えることはできない。解決法は隣人を愛するという姿勢にあると思う。人類の物質的に貧しい時代は人間は助け合って生きてきた。いやそうしないと生きていけない状態だった。お金を発明し利子を発明し金融システムを発明し現実経済とかけ離れた生活は、人々をマヒさせると共に貪欲性を増してしまった。今度の選挙においても、じっくりと20年、50年、100年先まで考えて語る人はなく目先の利益を確保するということに過ぎない。隣人を具体的に愛することは、関心を持って関わっていくということだろう。愛とは、もっと生活に根差したもので、自分自身の必要を満たすごとくに他人の必要も考えるという心の余裕ではないのだろうか。豊かな社会とは、最低限の衣食住が保障されていること、自由に発言し行動できること、物質を共有する生活スタイルであろう。国政を変えるよりは、まず身近なところに働きかけ関わって協力して問題を解決していく姿勢が実効性のあることだ。


追記

選挙後に「こんなはずでは」と言わないために 五感のフル稼働を
<衆院選・特別コラム>特別寄稿・江川紹子
2012年12月5日 gooニュース

離党、移籍、結党、解党、合流……政党や所属議員めまぐるしい動きの末に、12の政党が総選挙に臨むことになった。衆議院の解散以降、できたと思ったら消滅した政党があり、慌ただしく作られた政党があり、主要政策や幹部の言うことに変 遷や食い違いがある政党もある、と言った具合で、主張や実像が分かりにくい。文字で書かれている公約を比べるだけでなく、討論会やインタビュー、街頭演説などを含め、私たちは自分の五感をフル稼働させて、それぞれの候補者や政党を見極めなければならない。

大事なのは、「今、何を言っているか」では なく、「選挙後に、何をどうやるか」だ。予知能力などまるでない、私のような凡庸な人間が、選挙の後の数年間を予測するのは無理だ。けれども、がんばらなければいけない。なぜなら、日本は今後ますます深刻な状況に陥っていくことが予想されるうえ、最近の選挙を振り返ると、「今」話題になっている課題や、 人々の「今」の気分が結果を決めてしまい、後になって「これでよかったのだろうか」と悔やむ言葉を聞くことが多いから。

2005年の「郵政選挙」は、小泉首相(当時)が最も力を入れていた郵政民営化を争点にするシングル・イシュー選挙になった。民営化に反対する者は「抵抗勢力」のレッテルが貼られ、選挙区に「刺客」が送り込まれた。小泉人気もあって報道はにぎやかだったが、「郵政」以外の論点をじっくり考える機会があまりなかった。小泉改革路線の「痛み」について、投票の時点で十分な議論がされただろうか。政治の課題は多岐にわたっている。メディアなどで話題になっている課題だけで判断することには、慎重でありたい。

原発や景気対策など、自分が大事だと思う課題1点で投票先を決めても、もちろんいい。ただその場合でも、それ以外の問題についても、その候補者や政党がどういう政策を持って、選挙後に何をどのように行うかは、確認しておきたい。後から、「こんなはずじゃなかった」と言わないために……。

最悪の事態避けるための選択も

2009年の「政権交代選挙」の時には、自民党政権に辟易した人々の空気が政権交代の熱を帯びて盛り 上がった。「政治主導で予算の組み替えをすれば、増税しなくても大丈夫」というマニフェストは大いに魅力的だったが、その結果がどうだったか、3年後の今、私たちは目の当たりにしている。「打ち出の小槌」や「魔法の杖」などはなかったのだ。今回の選挙でも、各政党とも明るい見通しや”いい話”をたっぷり語っている。それが「打ち出の小槌」や「魔法の杖」頼みではないか、よくよく見定めたい。

今の日本が抱えている困難な課題は、様々な 要因や問題が組み合わさった複雑なものだ。だから、解決が難しい。なのに、それを単純化したり一つの視点だけで評価したりして、「こうすればいい」とシンプルな解決法を提示してみせる物言いを見聞きすると、私は「ちょっと待って」と言いたくなる。

たとえば円高は日本の経済にダメージを与え、産業の空洞化を招いている、と言われている。確かに自動車や電機などの製造業にとっては大問題だ。ただ、今のように原発のほとんどを停止し、エネルギーの大半を化石燃料の輸入に頼っている中では、悪いことばかりではない。円安に動けば、輸出産業は一息つけるかもしれないが、燃料が高騰すれば電気料金 がさらに値上げとなるだろう。それは産業界にも家計にも負担になる。食料自給率が4割を切っている日本では、円安は食品の値上げにつながる。それに円高さえ解消すれば、産業の空洞化が防げるというわけでもない。この問題については、円高、円安、双方にメリット・デメリットがあることを念頭に置きつつ、対応策やその効果を評価していきたい。

経済の問題を語るにも、財政や社会保障の問題を考えるにも、今、もっとも重視して考えなければならないのが少子高齢化の問題だ。特に、生産しつつ旺盛に消費もする年齢層が急速に縮んでいる今の状況 は深刻だ。ただでさえ消費が減っているうえに、若い人たちの所得は低い。しかも、企業は生産性を高めて厳しい時代を生き抜こうとリストラを敢行。家計はま すます逼迫し、消費はさらに低迷していく。これでは内需は減る一方だ。一方、増加する高齢者は、病気や障害に備えて資産をため込むばかりで、あまり消費せず、内需の拡大には寄与しない。

今の悪循環を劇的に変え、景気をよくし、財政赤字を改善し、年金や医療の水準を維持しようとするための特効薬などない。女性の力を活用し、社会のニーズにあった新しい産業を育て、外国人観光客を呼 び込み、効率的な町作りを行い……。そんな様々な対策を考え、組み合わせていくしかない。若者たちが結婚して子どもを産み育てられるだけの収入が得られるようにする仕掛けも必要だ。貧困対策や子育て支援は、社会福祉の分野として語られることが多かったが、これからは大事な経済対策でもある。いずれも即効性はなく、時間も手間もかかることばかりだ。長期的な展望をもって、取り組まなければならない。そういう認識で、できるだけ具体的で効果的なメニューが豊富な のはどこの政党だろうか。おいしい話だけでなく、国民の負担についても正直に語っているのは、どの候補者だろうか……。

今回は、「脱原発」を訴える政党が多い。エ ネルギー政策も、問題は単純ではない。確かに、ひとたび事故が起きた時の被害は途方もなく大きい。原発のない社会を作りたいというのは、国民の多くの切実 な願いだ。その一方で、貧困によって命を脅かされている人々もいる。経済のことを考えれば、「脱原発」は現実的でない、という考えもある。「命か金か」と いった二者択一のシンプルな発想では、議論は具体的にならない。今後も原発を利用していくなら、東電福島第1原発の事故が示した原発のリスクをよくよく考え、「脱原発」を目指すのであれば、それがもたらすリスクとも向き合いたい。エネルギーを確保するのに、なんのリスクも伴わない方法はないのだ。

こうして経済やエネルギーのことを考えてみても、今の日本が抱える困難な課題は困難で、どの政党が政権をとっても、即効性のある対策は期待できない。難しいことではあるけれど、10年後、20年後を見据えながら、「今」、日本はどういう道を進むべきかを考えたい。

とはいえ、すべての論点にわたって、自分の考えに一致する政党や候補者は、なかなかいるものではない。自分の選挙区に最善(best)の候補者がいなければ、「まし(better)」な人を探すしかない。でも、そのbetterもいなければどうする? 棄権? それとも白票を投じる?

そういう時には、最悪の事態を避けるための選択、というのも必要だと思う。今、放っておけば起きるかもしれない最悪の事態を避けるためには、「よくない」と思える候補者の中から、「より害悪が小さい(less worse)」人を選択するというのも大事なことだと思う。

政治とは、最悪を回避したうえで、よりよい状態に近づけていくための営みなのだから。

その裁判官は「○」でいいか

ところで、この総選挙の日、私たちは政党や政治家を選ぶだけでなく、もう一つの選択をしなければならない

最高裁裁判官の国民審査だ。今回は10人の裁判官についての審査を行う。過半数が×をつけた裁判官は、罷免されることになっている。国民審査は、国民が司法に対して直接意思表示をできる、唯一の公的な制度と言っていい。

ところが、これがまことに分かりにくい。

小選挙区と比例区の投票を済ませ、国民審査の用紙を渡されて戸惑った経験のある人もいるのではないか。知らない人の名前がずらりと並んでいて、「これを判断しろと言われても困るな~」と思い、何も記さないまま投票箱に用紙を放り込んだ人は、さらに多いのではないか。

中には、用紙を渡された時に「分からないんですけど……」と言うと、「だったら、そのまま箱の中に入れておいてください」と指示された、というとんでもない話も聞いた。

国民審査はやめさせたい裁判官に×をつける方式なので、何も書かずに投票してしまえば、事実上は信任したのと同じことになってしまう。そのお陰か、戦後に始まったこの制度で罷免された裁判官は、ただの一人もいない。形骸化しきった制度になっている。

裁判官をどう評価したらいいか分からないのは、有権者である国民の責任ではない。責任はもっぱら、分かるように説明する責任を果たさない裁判官や裁判所にある。

仮に、○印をつけた者は信任し、それが過半数に達しなければ失職する、という制度だったら、裁判官達は自分の業績を分かってもらおうと、国民に分かりやすい言葉で説明をするに違いない。今は、有権者の多くが無知である方が審査される側にとって都合のいい制度の上にあぐらをかいているとしか思えない。

投票日の前に、選挙公報と同じように審査公報が届けられてはいる。そこには略歴や「裁判官としての心構え」などと合わせて、「最高裁判所において関与した主要な裁判」が列挙されている。けれども、 これを読んで理解できるのは法律の専門家ぐらいのものだろう。不親切このうえない。

このような形骸化した制度を改めさせるためには、今の制度の中で意思表示をするしかない。私は「分からなかったら、全員に×をつける」ことを提唱したい。それぞれの裁判官がきちんと分かりやすく説明をしないために、「よく分からない」状態で審査に臨まされていることについての異議申し立てとして私たちができるのは、それしかないからだ。

しかも、今の裁判所は国民の人権を守る砦としての役割を果たしているのか、疑問に思うことがしばしばある。冤罪事件では、警察や検察の捜査のあり方が問題にされる。特に、被疑者が虚偽の自白をせざるをえなくなるような取り調べについては、最近、批判を浴びることが多い。取り調べの経過を録音や録画で記録する「可視化」の必要性が叫ばれ、現在、法制 審議会で制度化にむけての議論が行われている。

ただ、警察や検察が自白調書の作成にこだわる理由の一つは、裁判所の姿勢にある。ひとたび自白調書ができれば、弁護側が任意性や信用性を争っても、多くの場合、裁判所は証拠として採用し、有罪判決の根拠にする。捜査経済上、自白は効率がいいから、無理にでも自白をとろうとする。

裁判では、自白の任意性や信用性は検察が立証する義務を負う。弁護側が取り調べのあり方に異議を唱えた場合、検察側が客観的な証拠を出して立証をしない限り、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従って、任意性や信用性を認めない、という原則的な判断を最高裁がしていれば、警察や検察はもっと早くに録音・録画に踏みきり、今頃法制化の論議をするまでもなく、「可視化」は進んでいただろう。それをやってこなかった裁判所が、冤罪の構図を作り、放置してきたようなものだ。

今年、再審無罪となった東電OL殺害事件では、一審が「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に忠実に無罪判決を出したのに、東京高裁がそれをひっくり返して有罪とし、最高裁がそれを追認した。このような明らかな誤判があっても、誰も何の責任もとらないどころか、なぜ間違ったかという検証さえ行わない。誤判で無実の人を刑務所に送り込んだ3人の裁判官のうち2人は今も現役で、出世街道を進み、今は東京高裁と東京地裁の裁判長だ。

このような状況に対する批判も込めて、私は全ての裁判官に×をつけようと思う。10人に×をつけるので、勝手にこれを「×10(バッテン)プロジェクト」と名付けてみた。

一票の格差をなくすように求めている、一人一票実現国民会議も、全裁判官に×をつけることを推奨している。最高裁は、前回の選挙が「違憲状態」とは認めたものの、一票の格差をなくし、どこの地域でも同じ重さの一人一票を実現すべき、という姿勢は誰にも見られないため。

もちろん、業績なり人柄なりを知っている裁判官がいて、「この人は信任したい」と思えば、その人は×をつけるのを避ければいい。また、×をつけることにはどうしても抵抗がある、という人は、衆院選挙の投票だけを行って国民審査を棄権する方法もある。

いずれにしても、もう漫然と「よく分からない」から無記入の信任票を投じるのではなく、司法に対する意思表示をする国民審査にしたいと思う。

あなたも「×10プロジェクト」に参加しませんか?

<筆者紹介>
 江川紹子  1958年生まれ。東京都杉並区出身。ジャーナリスト。神奈川新聞社を経てフリーに。オウム真理教問題、冤罪事件や災害、教育問題などについて取材活動を重ねる。コメンテーターとしてのテレビ番組出演や雑誌記事執筆、著作も多数。



脱原発よりTPPより大事なこと 無視されてんだからさ
 <衆院選・特別コラム>特別寄稿・竹田圭吾
2012年12月12日 gooニュース

 政治の主役とは誰なのか。政党か。政治家か。官僚か。「いやいや、国民に決まってるでしょ」と言う人もいるだろう。それならなぜ、政治に問題があるのは国会議員や役人のせいだと文句を述べる人が多いのか。主役じゃないのに。

 一部の政党やマスコミは物事をまともに考える行為を放棄させている、という批判なら理解できる。脱原発とかTPP(環太平洋連携協定)とか消費税こそがこの選挙の争点だと彼らは言わんばかりだが、本来そんなものが争点になるはずもないことはサルでも5秒考えればわかる。

 選挙で問われるべきはエネルギーの調達と電力需給全体の政策であって、原発をどうするかではない。権益の草刈り場と化すアジアで米中やASEAN諸国とどのような経済関係を築いていくつもりなのかであって、TPPではない。社会保障の全体像や財政のビジョンであって、消費増税ではない。木の話だけして森の話をしない。

 そのほうが政党や立候補者にとって都合がいい、という仮説は成り立つ。森の話をすれば、森林全体や個々の樹木を守るために木や枝を間引く必要性にも触れざるを得ない。脱原発やTPPはともかく、消費増税は三党合意ですでに立法化されている。増税は高齢者向けの年金、医療、介護の給付の不足を補うためと説明された。それなのに、足りないのならなぜ削らないのかという議論が選挙になっても盛り上がらない。

 週刊誌AERAの記事(2012年12月3日号)によれば、日本人の平均年齢は約45歳、有権者では約53歳だが、2010年の参議院選挙における投票者の平均年齢は約57歳だった。日本の国会議員の平均年齢は外国と比較して飛び抜けて高いわけではないが、票を入れてくれるのが高齢者であればそちらを向かざるを得ない。

 内閣府などの試算によると、社会保障の負担と給付の「損得」について、1943年以前生まれの世代は生涯で4875万円のプラスである一方、1982年以降生まれの世代は生涯で4585万円のマイナスになるという。有権者の約30%はまさにその20代と30代であり、40代も含めれば50%近くを占めるのに、現実の日本は「高齢者の、高齢者による、高齢者のための政治」になっている。

 国民のために仕事をしますと政党や政治家は言うが、その国民とは誰なのか。これだけ多くの政党が新たに生まれたのに、何よりもまず20代、30代、40代のために国会で働きますと誓う政党は一つもない。ネットを利用した選挙活動の解禁を求める声は数年前から高まっているが、既成政党が公職選挙法の改正に前向きに取り組んだ形跡はない。建前はともかく、票として数や形に表れない有権者層はスルーされている。

 ただ、世代間格差に目を向ければよいとう単純な話でもない。高齢者とひとくくりにしがちだが、その世代内の格差もまた残酷なまでに広がっている。シニア向けの豪華旅行が人気を博する一方で、高齢者の自殺や孤立死が繰り返しニュースになる。しかるにここでも、富裕層に有利な利子所得の分離課税や資産課税を是正・強化する話は選挙で盛り上がらない。生活保護も不正受給の話題はやたら盛り上がるのに、本当に必要な高齢者に行き渡っているかどうかの議論はそれほど熱を帯びない。

 高齢者向けの給付を抑制すればすべてが解決するわけでもない。年老いた親が年金で暮らしていけなくなれば、30代、40代の子供がサポートするしかない。病に伏せればなおさら放っておくわけにもいかない。単に高齢者をスケープゴートにするのではなく、世代間格差と世代内格差をどうとらえ、どのように対処していくのか。公約集やマニフェストでそれらについて他党より一文字でも多く、一言でも細かく説明している政党や、演説で少しでもそれについて語ろうとする候補者はいるだろうか。

 必要なのは、20代、30代、40代の利益代表になるような一つの巨大な政党ではない。給付の抑制をどこまで求めるか、保険料負担の軽減と増税が景気に与える影響のどちらを重視するか、医療・介護と子育て支援策のバランスをどう考えるか、などは世代が同じでも異なる。20代、30代、40代の有権者の異なる価値観や優先順位に応じた、選択肢が投票先として用意されることが理想だろう。

 その点、政党の数が増えることは流れの起点として悪いことではない。ソーシャルメディアなどを通じた政策の提示、政治家と有権者のコミュニケーションが今よりもさらに日常化し、いずれ公選法が改正されて選挙公示後もスマホやタブレットで候補者にコンタクトできるようになれば、地縁や利権のつながりとは別のリンクが生まれる。今までスルーされてきた層が数や形として政党の前に姿を現す環境は少なくとも整う。

 しかも今回は、年明けからの通常国会をはさんでわずか7カ月後に参議院選挙がある。選挙は「点」だが、実際の政治は「線」であり「面」だ。衆院選の結果がどうであれ、ねじれ状態が続く国会の主導権がどうシフトするかは来年7月の参院選にかかっている。今回の衆院選と次の参院選を一つのセットとしてとらえて、二つの国政選挙を通じて政党や政治家にメッセージを伝える機会と考えてもいい。

 もう少し時間軸を引き伸ばしてみれば、もとより今はまだ日本の政治が変わっていく過程のただ中にある。政権交代の代償は予想したより大きかったかもしれないが、そこで得たさまざまな教訓を次のステップに活かさない理由はない。政治主導の本質と官僚の職能。財源論なき改革がいかに意味をなさないか。何よりも国会の復権が必要なこと。ここで諦めてしまうのはもったいない。今回の衆院選は最初の一歩にすぎない。

 だからこそ、この大事な選挙で投票に行くべきなのか。そんなことは私の知ったことではない。政治の主役は一人ひとりの「自分」であってほかの誰でもないのだから。

<筆者紹介>
 竹田圭吾(たけだ・けいご)。1964年生まれ。東京都中央区出身。ジャーナリスト。元『ニューズウィーク日本版』編集長。多数の情報テレビ番組に出演。



選挙は終わった 安倍氏やマスコミに願うこと、自分が心がけること
<衆院選・特別コラム>特別寄稿・江川紹子
2012年12月18日 gooニュース

 選挙戦は終わり、結果が出た。

 「やった!」と喜んでいる人もいれば、「あ~ぁ」とため息をついている人もいるだろう。冷めた、あるいは諦めに満ちたまなざしを送っている人も少なくないはずだ。

 泣いても笑っても、これから何年かの日本の政治は、自民党が率いていく。まもなく総理大臣に就任する安倍晋三氏にまず望みたいのは、できるだけ短命政権に終わらないようにしてもらいたい、ということだ。

 5年5か月に及んだ小泉政権が終わってから6年もの間、日本では毎年のように首相の交代劇が繰り返されてきた。安倍氏自身、前回は丸1年で政権を投げ出す苦い経験をした。トップが次々に変わることが、国際社会での日本の存在感の低下の一因にもなっているとの指摘もある。このような状況には、いい加減、終止符を打たなければならない。

 そのために、安倍氏にはいくつか心がけていただきたことがある。

(1)健康に気をつける

 安倍氏自身は、新薬のお陰で治ったと強調し、選挙向けのパフォーマンスもあって、カツカレーなどを食べて見せたりもしていた。しかし、潰瘍性大腸炎は完治が難しい病気だとも言われている。大災害への対応や難しい外交交渉など並大抵ではないストレスがかかる総理の責務を果たすためには、どうか謙虚になって、体調管理には万全を期して欲しい。

(2)異なる意見に耳を傾け、合意形成の努力をする

 今回の選挙で、自民党は小選挙区(定数300)の79%にあたる237議席を獲得したが、得票率は有効得票総数の43%ほど。比例選(定数180)の得票率は27.62%で、大敗した前回(2009年)の26.73%とほぼ同じ。自民党や安倍氏が広く支持されたというより、民主党が自滅した結果の大勝利であることは、安倍氏自身もよく認識していると思う。

 前回は、「お友達内閣」などとも称された側近政治が、失敗の原因の一つとなった。今回はその轍は踏まないでもらいたい。そして、党内はもとより、野党の意見にもできるだけ耳を傾け、数を頼みにせず、できるだけ広い合意を目指して欲しい。

(3)必要なものからやっていく現実的で実務型の運営を

 安倍氏には、理想とする国家像があり、憲法改正も強く主張してきた。しかし、国民の多くが取り組んでもらいたいと思っているののは、そうした「理念」よりも、現実の生活であり経済であり、持続可能な社会保障の制度作りなどだろう。周辺の諸国、とりわけ中国との関係も、できるだけ穏やかな状況にしなければ、経済への影響が大きい。「理念」を押し通すのではなく、実務型の内閣であってもらいたい。

 自民党は、選挙で「日本を取り戻す」というスローガンを掲げた。その言葉からは、かつてのような強い経済大国としての日本を復活させようという意気込みを感じさせる。しかし、超高齢化が進行中で、生産しながら消費も活発に行う年齢層がどんどん減っていく今、そんなことは無理だ。高度経済成長期やバブル経済の頃の思い出とは、きっぱり決別しよう。

 今の日本で政治に求められているのは、「保守」であり「維持」だと思う。「保守」といっても、イデオロギーにおけるそれではなく、高速道路や下水などのインフラの「保守」であり、老いたり病気になったり失業しても何とかなるという社会システムの「保守」。人も設備も高齢化していく中、これまでの日本が築いてきた、そこそこ豊かで快適な暮らしを維持するのは、相当の努力と工夫が要る。しかも、新しい道路や橋を完成・開通させるのと違って、「保守」や「維持」は実績として目に見えにくい。あまり大風呂敷を広げず、威勢のいいことを叫ばず、地道に黙々と地を這うような政治をやって欲しい。

 そのためにも、国民も、そしてマスメディアも、すぐに華々しいな結果が出ないからと、短気を起こして”引きずり降ろしモード”にならないよう気をつけたい。前回の政権交代の時、民主党は理念が先行しすぎ、準備不足もあって、約束が果たせず結果が出せないことが多かった。たとえば、最初の鳩山政権のつまづきは、普天間基地の移籍について「最低でも県外」の約束が守れなかったことだった。多くの批判が集まり、鳩山氏自身の金銭問題もあって、1年も持たずに退陣に追い込まれた。失敗から教訓を学び、問題を改善し、成長することを、国民やメディアは許さなかった。

 大臣にしても、つまらない自虐ギャグのような「失言」までが国会で追及され、大事のように扱われ、辞任に追い込まれることもあった。田中直紀防衛相や田中慶秋法相のように、資質が疑問視される場合はやむを得ない(そもそもそういう人事がなされないようにしてもらいたい)が、ちょっとした言動をあげつらって引きずり降ろすというのを繰り返していては、人が育たない。

 かといって、ただ黙って政府のやることを見守る、というのも違う。よく選挙の時には、「○○に今後の日本を託す」という言い方をするが、私はこういう物言いは間違っていると思っている。

 「託する」とは「物事の処置・運用を人に頼んでまかせる」(大辞林)ことだ。日本のこれからを、私たちの生活を、誰かに「頼んでまかせ」っぱなしにはできない。政府に対する注文、提案、意見、要求、批判等々は、これまで以上に出していきたい。そうしたことを、国民が考える材料になるのは情報。メディアは、これまでのように政局中心の報道ではなく、今、どのような法案が論議されているのか、どういう政策が必要なのかを丁寧に報じなければならない。私も、ジャーナリズムに関わる者の一人として、肝に銘じたい。

 選挙が終わった今、私は先月行われた米大統領選挙で勝利宣言をした際のオバマ大統領のスピーチの一節を、思い起こしている。オバマ氏は、国民に向かってこう呼び掛けた。

「皆さんの仕事がこれで終わりだというわけではありません。この国の民主主義における市民の役割は、投票でおしまいではないからです。」

 そもそも、社会をよくする、という仕事は政治家だけのものではない。政治家だけでできるものでもない。

 確かに、政府は大きな枠組みや方向性を決める大きな権限を持ってはいる。けれども、社会で生じている問題のすべてをすくい上げて手当することは難しい。

 自分の身の回り半径5メートルにある課題について、気がついた人が声を挙げ、何か行動していこうーーそんな発想で、病気の子どもを預かる病児保育の事業を始めた駒崎弘樹さんは、著書『「社会を変える」を仕事にする』(ちくま文庫)の中でこう書いている。

〈僕たちはそれぞれの職場で真面目に働くことだけをいいこととして、社会をよくしていこうということについては、国や自治体や「誰か偉い人」の仕事だと思っている。

 幸運なのか不幸なのか、日本はこれからアメリカのように「小さな政府」になり、国や行政は、国民の何もかもをケアすることを放棄せざるをえなくなる。(中略)だとしたら、民間において、NPOやソーシャルベンチャーが、国や行政が見放した、あるいは手が出せないような領域をカバーしていかなくては、問題は放置され続けてしまう。(中略)政治家や官僚だけが世の中を変えるのではないのだ。「気づいた個人」が事業を立ち上げ、社会問題を解決できる時代になっているのだ〉

 気づいた人が動き出せば、政治家に働いてもらわなければならない場面が出てくるだろう。それが政治家を育てることになるだろうし、誰がまともに対応するかを見て次の投票行動につなげる、ということもあるだろうのではないか。

 とにかく、選挙は終わった。

 残念ながら投票率は低かったけれど、それを嘆いていても仕方がない。

 私も、あまり大風呂敷を広げず、虚勢を張らず、自分の身の回り半径5メートルが、少しでもよくなるように、自分に何かできることを考えたい。できれば、来年の7月の参院選までに、その「何か」をみつけられれば、と思っている。

 ところで、最後に最高裁裁判官の国民審査についてのご報告。私の問題提起に対して、多くの方が呼応して、投票用紙に×をつけるという行動を起こした。一票の格差の是正を求める弁護士グループが新聞広告などで精力的に呼び掛けたこともあって、今回は前回より投票率が大幅に下がったにも関わらず、つけられた×の数はむしろ増えた。

 ×が増えたことを喜ぶわけではない。また、全裁判官に×をつけることが正解と考えているわけでもない。国民審査の制度の問題点を一人ひとりが考え、それに対する異議申し立てなどの意思表示をしようと実行に移したことが尊いのだ。

 私自身も、ツイッターなどで寄せられた意見で、今までは知らなかった問題に気づかされることもあった。今回の人々の意思表示が、制度の改善につながるよう、政治家たちにもしっかりと働いてもらいたい。いや、働かせたい。


シリーズ:生活習慣を見直す11 呼吸法

20121001 143714

・呼吸とは、酸素の吸い方であり、呼吸筋の運動による生体リズムの賦活とも言える。人間は、例えば体温を自ら上昇・下降させることはできない。ただ呼吸筋を制御することで、一定のリズムを作り出し交感神経や副交感神経に作用することが唯一可能なのだ。だから呼吸法が大事だということ。ゆっくりと息の出し入れをすれば、神経が寛ぐことは誰でも同じなのだ。

墓の中に他人の骨つぼ7個、トイレにも置き去り

墓の中に他人の骨つぼ7個、トイレにも置き去り
2012年10月29日 読売新聞

 骨つぼが“落とし物”として警察に届けられるケースが相次いでいる。

 今年に入り、福岡、山口、熊本3県で少なくとも8件16個にのぼり、駐車場やトイレのほか、他人の墓の中に無断で置かれていた例もあった。持ち主が扱いに困って放置したケースが多いとみられる。識者は「核家族化が進んで家族の絆が薄れ、遺骨への敬意が薄れているのでは」と指摘している。

 読売新聞が九州・山口の警察に取材したところ、今年に入り、骨つぼが拾得物として届けられたのは、福岡県で5件13個、山口県で2件2個、熊本県1件1個。

 熊本県南関町の寺の敷地内で1月、遺灰入りの骨つぼが置かれているのを住職が見つけた。 檀家に尋ねても落とし主がいなかったため県警玉名署に届けた。3か月間保管した後、寺で供養されたが、「納骨堂も墓も持たない人が、置いていったのでは」と署員は語る。

 8月には、北九州市小倉北区の墓地で掃除していた男性が、墓の中に見知らぬ骨つぼ7個を発見。4個には遺骨が納められ、残りの3個には入れ歯などが入っていた。男性は近くの寺に連絡し、お経をあげてもらった後に小倉北署に届けた。男性は取材に「なぜ、うちの墓に入っていたのか。全く心当たりがない。先祖様を粗末に扱っていることに悲しさを感じる」と語った。墓には鍵を取り付けたという。今も持ち主は見つかっておらず、署幹部は「永続的に弔ってくれる寺が見つかるまで署で保管するつもりだ」と話した。



・遺骨の扱いに困った人が遺棄するのだろうが、恐らく各県でも同様の事情にあると思われる。

日本人は遺骨に対する敬意を持っていたはずなのだが、弔いの気持ちが薄れて置き場所に困ってしまったのだろう。他人のお墓に入れておくという発想そのものが理解に苦しむところだ。

こういう思いを汲んで処理する方法を伝えることもお寺の仕事なのかもしれない。少なくとも粗大ごみのように扱うことに痛みを思えるような教育をどこかでしないといけないだろう。
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