ETV特集 シンドラーとユダヤ人~ホロコーストの時代とその後~
2010年10月24日 第332回
「ユダヤ人を救った男」として知られる実業家、オスカー・シンドラー。そのシンドラーが残したトランクが見つかった。トランクの中には、戦争中、シンドラーが作成した書類と手紙。そして戦後、シンドラーが救ったユダヤ人(「シンドラー・ユーデン」)たちと交わした手紙と写真が詰まっていた。
シンドラーが救ったユダヤ人たちは、戦後安住の地を求めてイスラエルやアメリカへと渡っていった。一方シンドラーは戦後、アルゼンチンへ渡り事業を起こすも失敗。ドイツに帰国するが、立ち上げた会社は倒産。そんなシンドラーに、かつてシンドラーが救ったユダヤ人たちは援助を申し出、シンドラーの生活を救った。彼らはシンドラーを何度もイスラエルやアメリカに招いた。戦後、ドイツで失意の日々を送るシンドラー。しかしユダヤ人たちにとってシンドラーはいつまでも英雄だった。
番組では、発見された資料や新証言をもとに、シンドラーによるユダヤ人たちの救出劇の知られざる舞台裏と、戦後のシンドラーとユダヤ人たちの交流を描く。それぞれが歩んだ激動の人生の軌跡をたどりながら、今も消えない戦争の傷跡の深さ、そしてそれを越えようとする人々の絆(きずな)を見つめる。
・「ホロコーストを生きのびて~シンドラーとユダヤ人 真実の物語~」(2010年8月10日 NHK総合放送)で放送された番組の内容を基に30分ほど映像を追加した番組。
番組は4部構成になっており、総合テレビ版よりも一部分は詳しい内容となっていたが、収容所長の愛人の子どもの苦悩に関しては削除された。何らかの意図があったものと推測する。
総合テレビ版の方がすっきりとした感じであるのだが、番組の大筋であった発見されたシンドラーのカバンに触れることがやっとできた。シンドラーが戦後にイスラエル訪問を繰り返すなかで愛人ができて晩年は、その愛人の夫婦と同居していたという不思議な結末を迎えていた。その愛人夫婦の子どもが、カバンの存在を公開し、その中にシンドラーが残した文書等が残されていたということだ。
番組で印象に残ったことは、シンドラーは無類の女好きという証言がいくつもあり、それが結局はユダヤ人をも救ったということだ。収容所にいた女性のナチ親衛隊員たちと寝て、彼女たちの態度が優しく変わったと表現した。また、先ほど書いたイスラエルで出会った女性との関係も晩年のものであり、女性を虜にする何かを持っていたのかもしれない。
また、戦後西ドイツでは、ナチス時代に損害を被った者に補償を行うということでシンドラーは、自分が行ってきたユダヤ人を結果的に守った活動で、ナチス関係者に使った賄賂の総額は10億円にもなると試算して政府に提出した文書が残っていた。その10億円という価値が、どの程度のものかについては番組では言及はなかった。当時のお金で10億円ということならば大変な金額ということになる。もちろん支払われてはいない。
結局、このシンドラーなる人物は、生き残ったユダヤ人たちから見れば、独特の考え方を持っていた男だということだ。ナチス党員であり、ポーランド侵攻ではじまった戦争に乗じて一儲けするためにポーランドに行き一旗揚げたことは事実である。
それから、総合テレビ版でも映画「シンドラーのリスト」からのカットが引用されていたが、不要であったのではないだろうか。まず映画に登場する人たちは個性的な俳優たちでありカッコいい。また脚色された部分も多くて史実とは違うところが多い。シンドラーがリストを作る箇所、収容所長が思いつきで収容者を打ち殺す箇所、戦争が終わりシンドラーが工場を去りユダヤ人が見送る箇所などが使われていた。
これらは、生き残った人たちの生の証言を聞く方が想像力が発揮できるだろうし、収容所長が番犬を使ってユダヤ人収容者を食い殺させたと言った映画にはできないこともある。
総合テレビ版でも書いたが、生き残った人たちにとってはシンドラーは聖者に違いないし、戦後没落したシンドラーを救援したことも分かる。ただ、生き残ってきたことに対しては、良かったのか悪かったのか分からないと告白した男性の証言が大きかった。また、戦後アメリカで成功した男性は、シンドラーを後世に残すべく活動を続けており、「忘れるな!」「許すな!」と言った言葉には重いものを感じた。
結局、みな生きるために必死になっていて、その利害が一致し「シンドラーのリスト」なることまで発展した。
ユダヤ人のリーダー的な人たちが、シンドラーにお金を供給して工場を経営させたり、工場の製造内容を日用品から兵器に換えたりと、また、リストにはシンドラーの工場で一切働いたこともない人も書き込まれたということである。そこには何らかの思惑が含まれたいたのだろう。シンドラーの決死の采配ということでもない。
映画「シンドラーのリスト」では、工場で製造していたのは鍋だとされているが、事実は工場が廃止されることが決まると生き残りのために兵器生産ができるとでっちあげて、利害の一致からシンドラーのドイツの生まれ故郷に移転することになる。そこでは砲弾の薬きょうを作っていたということである。
「シンドラーのリスト」は美談では済まないものがあり、それは生き残りたいという人間の凄まじい欲求であると感じる。番組の最終章では、ガン宣告を受けて入院した男性の衝撃的な告白で終わる。戦争が終わった時に、ナチスに協力していたユダヤ人を睡眠薬で眠らせて捕えていた。ロシア人の将校に尋ねたところ、「お前たちがやられたように、やればいい」と言われて、殺したと涙ながらに語っていた。
これを最後に持ってきた製作者の意図は十分に理解できるのだが、もっと扱いを考えてほしいと感じた。
人間は極限状況では仏にも獣にもなる。戦争とは、そうした状況を意識的に作り出すもので、そこでは何らルールはない。強いものにへつらい生き延びることもできるだろうし、狂気に陥ってしまうこともできる。生き残ったユダヤ人たちは、こうした体験を長年誰にも語らなかったし理解されなかったと口々に語った。そう語れないことの方が重みがあるのだ。
取材で物足りないところは、ドイツ人はどう感じているのだろうかということが全く分からないことだ。シンドラーをユダヤの豚とか言う人もいたらしい。私たちが映画を見て感動するとは違ったものを感じることだろう。加害者と被害者が証言できるうちに語ることができれば、いま世界で起きている争いの一つでも変えることができると信じたい。