人生いろいろ:女性官僚の星 vs 検察エース

† 女性官僚は一貫して否認を通した。彼女の強みは仕事で培った自信と人脈。むろん厚労省審議官である夫の存在は大きい。事件の当初から彼女を支援する人たちが多く、彼女の普段からの生き方が影響しているのだろう。職場復帰し、この傷がさらに上位の地位へ厚遇される可能性は大となった。女々しいという感じがしない、強い女性である。

‡ 検察エースは彼女を見くびっていたと感じる。男性係長の場合のように、白を黒と言いくるめる術に長けていたから異様な自信を持っていたのだろう。人間は閉鎖され長時間の取り調べを受けると、もうどうにでもしてくれという心境になるという。周りを虚偽の証言で固めて相手を追い込み落とす。しかし相手は一枚上だった。検察エースの証言を誰も信じないのは、自己弁護ありありの弁解をしているからだ。これこそ女々しい。
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<三浦綾子記念文学館>「想い出ノート」が100冊超える

<三浦綾子記念文学館>「想い出ノート」が100冊超える
2010年9月20日 毎日新聞

 北海道旭川市の三浦綾子記念文学館で来館者に感想をつづってもらう「想(おも)い出ノート」が、100冊を超えた。これを記念して10月末まで、100冊すべてを公開し、約1万5500編のメッセージから印象深いメッセージ50編を選び出しパネルで展示している。

 文学館は、小説「氷点」で知られる同市出身の作家、三浦綾子さん(1922~99年)を紹介している。ノートは開館した98年6月から始められ、その内容を毎月1回、10編程度をホームページで公開してきた。

 三浦文学は、愛や命、「人はいかに生きるべきか」などをテーマにしただけに、悩んだり、くじけそうになった時に訪れて立ち直ったことなど、メッセージには思い入れの強いものが多い。「自殺しようと思っていたが思いとどまった」との記述もあったという。パネル展示では、留置場で初めて三浦作品を読んで感動し、「二度と同じ過ちやつまずきを起こさないと誓わせていただきます」と再出発を約束した内容などが紹介されている。

 同館の松本道男事務局長は「展示された三浦さんの数々の言葉は心の中に残り、困難に直面した人の“駆け込み寺”になっている一面もある。これほど多くの感想が寄せられているのは、三浦文学のメッセージ性の強さの表れではないか」と話している。【横田信行】

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三浦綾子記念文学館ホームページ  http://www.hyouten.com/

・三浦綾子さんが亡くなって、もう10年になるのか。早いものである。

記事では、記念文学館の据え付け書き込み帳に書かれた入館者のメッセージが大学ノート100冊分に達したという記事である。

北海道まで出かけていくのは、やはり思い入れがあるわけであり素直な気持ちが綴られているのだろう。その点で、普遍的な文学というものは値打ちがあるものだ。人間の心理は共通する部分も多くあるので共感することができるし、学ぶことができる。経験を積み重ねることで、理解できる部分が増えていったりすることは嬉しい発見である。

作曲家の頭には音が完璧な形で浮かんでくるという。写譜することは機械的な作業に過ぎないという。凡人はピアノを叩きながら考えていくこととは違うのだ。いくつもの楽器が頭の中で鳴り響いているということだ。また、数学者にとっては数式は、頭の中で完璧に考えた理論を数式的にあてはめて検証しているに過ぎないという。凡人のように正しく計算しようという発想ではないのだ。共通するのは閃きが既にあり、それをどう表現するかといった技術に過ぎない。

作家も同様であるだろう。三浦綾子さんは持病があり口述筆記という手法で作品を仕上げていったが、彼女の語りは、そのままに作品となっていった。むろん、推敲の作業はあるのだろうがストーリイやセリフは既に完璧に頭に浮かんでいることだろう。

そうした過去の遺産に支えられて人間は生きていく。聖書や仏典などは、それが語り継がれる価値があるということで継承されてきている。古典を学ぶということは、人間を学ぶということであり叡智を知るということだ。歴史は過去の繰り返しというが、規則性のあるなしの問題ではなく生き方の両極端を行きつ戻りつしているのが思考のパターンに過ぎない。現在は、自由と平等という相容れない価値の間を揺れ動いているに過ぎない。

わたしたちは言語という共通する記号を使って密なるコミュニケーションが可能になったことで飛躍的に変化した生物である。その言語の限界を見定めながら、日々起こる問題を解決しながら生きるということしかないのだろう。

心の泉53

「ハンディキャップによってもたらされた恵みを数えてみよう。そうすれば、そのありがたさがわかるだろう」(アントニー・デ・メロ)1-408

Count the blessings your handicap has brought - and you will see its loveliness.

・弱さによる恵みを見つめると、それが神への道しるべであることに気づく。そのハンディがあればあるほど恵みは大きいのである。ただそれを試練としか受け取れないならば苦しい思いに至るが、それを至福と知れば物事は大きく変わる。

余録:古本屋の看板を気を付けて見てみなさい…

余録:古本屋の看板を気を付けて見てみなさい…
2010年8月16日 毎日新聞

 「古本屋の看板を気を付けて見てみなさい。『高価買い入れ』とあっても、『古本売ります』とは書いていないでしょ。買い取りこそ腕のみせどころですから」。ある古書店主にそう教わった。言われてみると確かに「売ります」は少数派だ
▲「せどり」という商いがあることも聞いた。見知らぬ土地の古書店に飛び込む。書棚に並んだ背表紙をざっと見回すと、結構な値打ち本がほこりをかぶっている。それを安く買い、転売するのである。目利きを競う古本屋の他流試合みたいなものか
▲だがこの手だれの古書店主にしても、近ごろ書物の“自炊”がはやっていると聞けば驚くだろう。自分で本を裁断し、1ページずつスキャナーで読み込んで電子書籍にすることを指す隠語だ。iPadなどの登場で注目され、高価な裁断機が売れているという
▲本の悲鳴が聞こえてきそうな蛮行である。いや、「陶板や木簡から紙に変わったのが、今度は電子データになっただけ」とドライな考え方もある。引っ越しのたびに本の山と格闘し、腰を痛めた身には心が動くのも確かである
▲お盆に京都の下鴨神社・糺(ただす)の森で開かれている「納涼古本まつり」(16日まで)をのぞいた。関西の約40店が木陰に80万冊を並べ、リュック持参の熱心なファンもいた。一冊一冊の手触りまで確かめる愛書家にとって“自炊”など言語道断であろう
▲会場を出て如意ケ岳(大文字山)を仰ぐと、今夜の送り火に向け火床の準備が進んでいた。ご先祖様の精霊は彼岸に戻るが、裁断された本たちの魂はさてどこに帰るのか。インターネットのクラウド(雲)とやらのかなただろうか。



・書籍をめぐる環境は大きく変化していることは違い。印刷機の発明に続き電子データへの変換は人類の英知の共有ということに大きく前進する。一部の人たちの独占であった情報に、誰でもいつでもどこからでもアクセスできることは素晴らしいこと。これからは情報の蓄積といった行為よりも情報の創造といった本来の脳力の使い方をできる時代となるかもしれない。

記事にある本を裁断しスキャナーに読み取らせることは、本好きにはいたたまれない行為かもしれない。裁断された本はゴミとなるしかない。どんな形態であれ人間は知的好奇心を満足せずにいられない生き物だから情報との付き合いは今後も続くだろう。昔々は巨大な百科事典を飾っていくことがステータスであった。現在はスマートフォンで検索することが格好いいのかもしれない。

記事では、京都・大文字の風景と、昨今のクラウド技術の掛け合いをして楽しいコラムに仕上がっている。阪神・淡路大震災では蔵書に押しつぶされて亡くなった方が多数いたというから、読書家にとっては置き場所が最大の問題であり続けることには違いない。

介護主夫日記:救急外来

少し以前は救急外来に毎月のように行っていた。父に心臓の発作があって頻脈が続くからで、どうしようもない。点滴を受けて2~3時間くらい独り待合室で朝を待ちながら過ごすことも多かった。

本人は痛くも痒くもないので平気なのだが、心臓の病は死と直結しているだけに注意が離れない。某大学病院での手術も考えたが、服薬で何とか収まっている。一番難しかったのは受診のタイミングである。脈拍が200ならば決断はたやすいが脈拍165が長時間続いたならば、どの時点で受診を決断するのかが難しい。自然に回復することも無いわけでない。当時は、脈拍・血圧測定は日課となっていた。

それにしても救急外来にいると、いろいろな人たちを見る。交通事故の加害者と被害者家族、急な発熱で右往左往するパパ・ママ…。いろいろな人生がある。本当に病人・家族は不安な存在である。そして救急外来から帰ると決まって姿勢を正される思いがした。

福音はとどいていますか77

「悲惨と不条理は人生の偶発的例外ではないのです。そのことに醒めさせ、それに正確に生きるように呼びかける生命そのものの励まし、それがイエス誕生の意味です。教会誕生の意味でもあります」(藤木正三)1-101教会誕生

・イエス誕生に際してヘロデ王が近隣の赤子を殺したという記事が聖書にあります。藤木師は、その現実に対して目を向けるように語ります。イエスの誕生はキリスト教徒にとっては晴れ晴れしいことであり、救い主が生まれたと有頂天になります。しかし、その陰に無残にも殺されたものがいたということを心にとめたいものです。生きるとは、このように大いなる矛盾・不条理に満ちたものだと知りましょう。イエスや教会の誕生とは、こうしたものをも含めた生の流れで起きた大きな出来事だと受け取りましょう。

サンデル教授の哲学講義は特別でもなんでもない

サンデル教授の哲学講義は特別でもなんでもない
2010年09月06日 ニューズウィーク日本版 冷泉彰彦

 マイケル・サンデルというハーバードの先生の哲学の講義が面白いというので話題になり、TV番組化されて日本でも中継されたり、サンデル先生自身が日本の東京大学で模擬授業を行って喝采を浴びたりしているようです。本当はこうした現象は70年代の後半ぐらいからスタートしていれば良かったのですが、遅いから無意味とは思えません。今からでも遅くないので、日本でも高等教育の指導法としてこうした抽象的な論議の訓練ということを導入すべきだと思います。

 まず、誤解を解きたいのは、このサンデル先生の講義というのは、私がビデオクリップで見た範囲では、サンデル先生の専売特許でも、ハーバードの特殊な優位性を表しているものでも何でもありません。確かに日常的な問題から抽象的な原理原則の話に気づかせるとか、学生の反応に当意即妙なレスポンスができるという意味では、教育者として優秀な資質を持った先生だと思いますが、アメリカの大学教育の水準の中で傑出しているとは思えません。こうした授業形式は、極めて一般的であり、サンデル先生やハーバードの学生だから可能というものではないのです。

 合格者のSAT(大学進学適性試験)2教科平均点で1500点近辺のハーバードなど「アイビー」であっても、1000点台で入れる小規模カレッジや地方州立であっても、こうしたスタイルの授業は当たり前です。宿題に「リーデイング・アサインメント(読書リスト)」を提示して、各人はそれを読んで内容を把握しつつ自分の立場を決めてくる、それを元に授業では討論に参加する、そんな形式です。仮に授業規模が大き過ぎて講義の時間内では全員に発言機会を与えられない場合は、その授業とペアになる少人数セッションの受講を義務付け、助教なども加わって、全員がディスカッションや作業に参加、そこで「ちゃんと課題を読んだか?クラスメイトの議論活性化に貢献したか?」をアピールしないと単位は取れません。そんな仕組みです。

 こうした訓練の場を与えることを、日本の中高等教育はずっとサボってきました。教える人材がいないとか、メソッドがない、など言い訳は色々できるでしょう。ですが、もう待ったなしであることは間違いありません。複雑な現代社会における複雑な問題を解決する、あるいは解決できない問題を抱えつつ最善手を打ち続ける、その中で多様な価値観を持つ相手を理解しながらコンフリクトの落しどころを探る、そうしたビジネスや行政に求められる能力を鍛えるには、抽象論と現実把握、価値観の異なる相手との共存方法など、生きた議論の訓練をしなくてはやっていけないからです。

 かつての日本(今でもそうですが)では、公教育はまるで保守的な反面教師のように、静的な知識の紹介と定型的な訓練の反復に徹していました。社会で本当に必要な動的・相互的な頭の使い方の訓練の部分については、若者たちは、例えば学生運動や文学サークル、演劇活動などで補ってきたのです。ですが、そうした機会は、価値観の多様化とともに衰退してしまいました。若者の知識や価値観は、そこに時代や世代の流行があり、誰もが仲間意識を持っていれば何らかのコミュニケーションを通じて活性化されるかもしれませんが、現代のような多様化の時代では自然発生的なものには期待できないようです。であるならば、公教育でそうした動的・相互的な頭の使い方や、そのためのコミュニケーション様式の訓練を行うことは急務でしょう。

 サンデル先生の講義は面白いかもしれませんが、東大の講堂でセレモニー的に行われただけでは、何の意味もありません。日本語におけるディベート様式、抽象論を効率的に議論する言語様式を模索しながら、ありとあらゆる高等教育の場でこうした指導メソッドが導入されなくてはならないと思うのです。指導メソッドの中で重要なのは、ディベートが人格の優位劣位にならないようなプレーンな言語形式の開発です。日本で長い間、価値判断を伴なう議論が文化として成熟してこなかったのは、同じ立場の人間が共同体意識を持ってしまって、敵味方の安易な二元論になる一方で、陣営内部の議論の多様化ができない、いわゆる党派性の弊害があったと思います。この問題は、旧世代の退場とともにかなり克服できる条件が整ったとも言えます。

 ですが、改めて思うのは「世界観」を持ってしまった人間は、価値を共有できていない人間にもおなじ「世界観」を押し付けようとする、すると主張イコール相手の人格否定になってしまう、その辺の問題が日本語の場合ですと対話にどうしても上下関係のニュアンスが持ち込まれてしまうために、スッと抜けていけないという悩みがあります。結果的に、ディベートの勝敗イコール人格の優劣のような形になってしまうのです。例えば、キレイな負け方とか、相手を追い詰めない勝ち方といったコミュニケーション上の様式が、日本語のディベートには余りないのです。学生運動の世代なども「ナンセンス」といった罵声を浴びせて「自己否定」を強要するなどかなり粗っぽかったわけです。今でも議会のヤジとかにそうした野蛮さは残っていますし、今どきのネットでの炎上なども同じことだと思います。

 そのあたりに、新しい「共存のコミュニケーション」を模索しつつ、まずはディベートによって価値判断を伴う、動的・相互的な頭の使い方の基礎訓練を行う場を公教育に導入してゆくこと、これは待ったなしであると言えるでしょう。



・実はNHKで放送され好評を受け出版もされている番組を見ていないし見る気持ちも起きない。記事に書かれていることを感じていたからだ。特に画期的な教育をハーバード大学だけがしている訳でなく、欧米の大学では一般的な教育方法である。そして、サンデル教授の専攻は哲学でも、究極の選択をしながら生き方を考えるというものだから面白いわけだ。

記事の結語にあるように、主張=相手の人格という浅い理解に日本人は陥りがちである。これは文化的な要素や言語的な要素が大きいのだろう。ディベートというのは知的な遊びだと思う。だから、それで勝つことも負けることも重要ではなくプロセスを楽しみながら、多様な価値観を探り自分の人生に役立てることが重要だ。

だから、キレイな負け方とか相手を追い詰めない勝ち方といったセンスが出来上がるのである。徹底的に打ちのめすとか粉砕するといった精神論ではなく、チェスのように相手をスムーズに追い詰めて白旗を挙げさせる思考方法の訓練なのだ。

記事にあるように、日本の高等教育機関は知識詰め込み型から脱却できていないし、研究者養成も十分ではないからドンドンと教育力が低下している。過去は、その補完をサークル活動がして訓練している面があったというがどうだろうか!? とにかく、利害関係の調整が難しい中で結論を導くのかが肝であろう。

ただし、思考の訓練と実際の生き方はまったく違うものであり、人間に対する幅広い関心と興味で考え続けて試行錯誤する毎日の中に結実するものが、あなた自身なのである。究極的な生き方とは、思考の果てにあるものではなく、あなたが体感しているものが自然に表れてくるものだ。その生き方のセンスを常に磨くことさえ厭わなければ誠実な生き方をまっとうできるだろう。

群生海31

  つの

私のあたまに
つのがあった
つきあたって
折れて
わかった

・同じように自分の鼻の高さは分からない。それが折れて自分の高慢ちきが何となく分かるんだ。

コーラン焼却宣言の牧師 迷走の末 中止→保留→中止 9・11混乱回避へ

コーラン焼却宣言の牧師 迷走の末 中止→保留→中止 9・11混乱回避へ
2010年9月11日 産経新聞

 米中枢同時テロから9年となる11日にイスラム教の聖典コーランを焼却すると宣言し、世界的な非難を集めていたフロリダ州のテリー・ジョーンズ牧師は10日、「現時点では焼却を実行する予定はない」と述べた。テロ9年当日の最悪の事態は避けられる見通しとなったものの、ニューヨークのモスク(イスラム教礼拝所)建設問題も巻き込み、今後の展開はなお予断を許さない状況だ。

 ジョーンズ牧師は前日の9日、中止を一度発表した後「中止ではなく保留」と述べるなど迷走を続けていた。

 まず、9日午後にフロリダ州で活動するイスラム教聖職者であるムハンマド・ムスリ師を伴って臨んだ会見では、テロ現場の世界貿易センタービル跡地(グラウンド・ゼロ)近くのモスク建設計画をめぐり、予定地を移転することに合意したと主張。「(その結果)われわれはコーランの焼却を中止した」と述べた。

 11日に自らニューヨークを訪れ、建設計画を主導しているニューヨークのイスラム教聖職者、ファイサル・ラウフ師と会談するとも述べたが、会見が終わりジョーンズ牧師が引き揚げた直後、ムスリ師は「合意に達したのは11日のニューヨークでの会談だけで、ニューヨーク側から移転の申し出はない」と述べた。ラウフ師も声明で移転合意を否定し、事態は不透明に。

 ジョーンズ牧師は再び登場し「ムスリ師はうそをついた」と激怒。中止の決断を「再考する」と述べていたが、一夜明けた10日朝、複数のテレビ番組に出演し「現時点では焼却を実行することはない」と述べた。

 しかし、中止が恒久的なものなのか、11日に限定したものなのかは明確ではない上、ジョーンズ牧師は繰り返し、モスク移転を期待すると発言している。ラウフ師は10日朝「もし今移転に応じたら、イスラム世界は憤激するだろう」と移転を拒否する構えを明確にした。

 この問題をめぐっては、ゲーツ国防長官が9日、牧師に直接電話をかけ焼却中止を促すなど、国家規模の騒動に発展。米メディアからは「騒ぎすぎだ」と自省する声もあがった。

 一方、「表現の自由」を重視する観点から「ぞっとするような行為であっても(コーラン焼却を)行う権利はある」(ブルームバーグ・ニューヨーク市長)との意見も出るなど、議論が続いている。

 オバマ米大統領は10日、ホワイトハウスで記者会見し、イスラム教への嫌悪感が広がっていることについて、「米国は一つの国家であり続ける」として国民に「宗教的な寛容」を堅持するよう呼びかけた。



コーラン焼却計画の牧師、テレビで中止を言明
2010年9月12日 読売新聞

 米同時テロから9年の11日にイスラム教聖典コーランの焼却集会を計画していたフロリダ州の教会のテリー・ジョーンズ牧師は11日、NBCテレビに出演し、焼却集会は「完全に中止した」と述べた。

 「危険なイスラム過激分子(の存在)を知らせた。目的は達した」と説明し、ニューヨークの同時テロ現場近くにモスクが建設されても決定を覆さないと言明した。モスク建設を計画するイスラム教指導者ファイザル・ラウフ師との面会を試みているという。



・この牧師に関してはすごぶる評判が悪く、売名目的だと非難を浴びている。そして焼却は中止された。米国では、いろいろな人が牧師を名乗っていて訳が分からない。

コーランやマホメットを誹謗中傷することは、一大事件に発展する可能性が高く常人はタッチしない。神学論争ならば大いに紙面でやれば良い。

象徴としてのコーランを燃やしても、聖書や仏典を燃やしても意味がない。宗教とは古典としての書物から、人生の生きるエッセンスを学ぶことであり、それ自身にはご利益はない。それに悪戯に反応しているのは、大いなる勘違いではないのだろうか。

それにしても米国大統領まで声明を出すほどに、宗教と政治は世界では問題視されている。日本では宗教政党のあり方が問題にされることがあっても、他信仰を排撃するような過剰なパフォーマンスは好まれない。それが日本的なあり方なのだろう。


米 コーラン焼却“中止せぬ”
2010年9月9日 NHK

アメリカの同時多発テロ事件から9年がたつ今月11日に、フロリダ州のキリスト教団体が、イスラム教の聖典「コーラン」を燃やす計画を進めている問題で、団体の代表は「中止する理由はない」と述べ、イスラム諸国をはじめ国際社会から批判の声が上がるなかで、計画を強行する考えを強調しました。
この問題は、アメリカ南部のフロリダ州でキリスト教の教会を運営する宗教団体が、同時多発テロ事件から9年となる今月11日に合わせてイスラム教の聖典「コーラン」を燃やす計画を進めているものです。団体の代表を務めるジョーンズ牧師は8日、会見を開き「コーランを燃やすのは、新たな方法でわれわれがテロに立ち向かうときだと知らせるためだ。計画を支持する声も寄せられており、中止する理由はない」と述べ、計画を強行する考えを強調しました。団体は1986年に個人によって設立され、中絶と同性愛に反対しているうえ、「キリストの教えが唯一の道で、イスラム教は悪だ」と主張しているということです。この問題をめぐっては、インドネシアやアフガニスタンなどイスラム諸国で抗議運動が起きているほか、国連のパン・ギムン事務総長も懸念を表明するなど、国際社会から批判の声が上がっています。また、アメリカ政府もクリントン国務長官などが非難していますが、今のところ法的に中止させる方法もないとして対応に苦慮しています。


人生いろいろ:男の通販

† スーパーに無料通販カタログがあった。いつもは関心ないのだが、今回は男の通販と書かれており男性仕様になっていた。衣類に加えて、小物などがあった。ラジオコントロール(RC)の玩具などは男性ならではかなぁ。

‡ 通販カタログを見ていても購入意欲は湧かない。ただウインドショッピングのように気分転換に使うならば結構なことだ。必要なものは近所のホームセンターに行けば全て揃っているもの。

見て見ぬふり

見て見ぬふり
2010年8月21日 中日新聞
名古屋本社編集局長・志村清一

 日本で暮らす外国人は日本や日本人をどう思っているのか。月刊「日本語」九月号が約六百人の回答からなるアンケートの結果を載せている。

 「来日前の日本のイメージは」の質問への答えは、なかなかに興味深い。「すし、富士山、新幹線」(英国・女)「治安がいい」(台湾・女)「ソニー、任天堂、トヨタなどテクノロジーの国」(コンゴ・男)

 そんな日本のイメージは来日後に変わったか? 長期化している不況を挙げる人が多い。「豊かだと思っていたけれど、実際は不景気でアルバイトを探すのが難しい」(中国・女)。経済的貧困のしわ寄せを最も受けるのが、日本で暮らす外国人ということだろうか。

 炎暑の今夏、熱中症による死者の急増とともに降ってわいたような騒動となった所在不明高齢者の急増も根底にワーキングプアの問題がある。非正規労働者や非婚者が将来の所在不明高齢者の予備軍になっているのが実情である。そして私たちは貧困の問題に鈍感ではなかったか。

 鈍感さの一例に最低賃金と生活保護の「逆転現象」がある。最低賃金で働くよりも、生活保護を受けた方が収入が高いという皮肉な現象である。厚労省の調査では、十二都道府県(中部地方の県は含まれず)で、生活保護費を時給に換算した額より最低賃金が低い。

 政府や地方自治団体は、この現象に気づいていても何もしなかったらしい。最低賃金法では、逆転現象の是正が定められているにもかかわらず、「見て見ぬふり」をしたわけである。

 日本で暮らす外国人のアンケートを読んで恥ずかしくなった項目がある。「日本に来て驚いたこと」の回答で「コンビニで成人雑誌を買うことができる」。一度、コンビニ会社の経営者たちはのぞいてみるがいい。「見て見ぬふり」はできまい。



・話題がホイホイと変わるコラムである。外国人がここがおかしい日本人と感じるのは多分に文化ギャップだろう。コンビニで成人雑誌も買えるが、各種の支払いやチケット購入、無料トイレに熱水まで用意してあるのが日本の文化なんだろう。貧困の問題に鈍感で見て見ぬふりをしているわけではなく、経済的な困窮は国民の多くが感じていることだし、政権交代の大きな原動力なった。大手新聞の記者は年俸が凄いらしいから、貧困とは無関係なのかもしれないね。

福音はとどいていますか76

「善意は人に過ちを犯せないことではなく、過ちを犯した人をなお見限らない忍耐となってこそ本物と心得ましょう」(藤木正三)1-100善意

・人の善意とは何なんでしょうね。その人のために最善を尽くしているつもりでも、本当はそうなっていないことがあります。独り孤独に過ごすことも時には必要だと思います。そして、大切な点は人間を見限らないことです。最後の土壇場まで・・・。

「除霊」団体会員に暴行、会長夫妻を逮捕

「除霊」団体会員に暴行、会長夫妻を逮捕
2010年9月16日 読売新聞

 「除霊」などを行う団体「ロマゾフィー協会」(東京都大田区)の女性会員に暴行を加えてけがをさせたとして、警視庁は16日、同協会会長で自称・霊能師の平岩浩二(49)と妻の司(36)の両容疑者を傷害容疑で逮捕し、同協会の事務所兼自宅を捜索した。同庁では、同協会には30~40人の会員がいるとみており、実態解明を進める。

 捜査関係者によると、2人は今年4月16日未明から朝にかけて、大田区の事務所で、住み込みで家事をしていた都内の40歳代の女性会員に対し、「家事ができていない」などとして、長さ約50センチの木の棒などで数十回殴り、腰に約2週間のけがを負わせた疑い。

 女性は、その日のうちに事務所から逃れ、警視庁田園調布署に被害を届け出た。



・○○協会、○○連盟、○○研究会…そうした自称家たちがいっぱいいる。中にはホンモノにあやかったネーミングも多い。今回の事件は、単に暴行を受けたという程度のものだが、警視庁は団体の実態解明を進めるという。

カルト団体なのか、経済団体なのかよく分からないし調べてみる気持ちも起こらない。国家資格に抵触しなければ何を名乗ってもOKなのが日本だ。特に、宗教や癒し系、相談系はドンドンと新しいネーミングを作ってしまうね。


複数弟子に暴力、金要求か=3000万被害も、恐喝も捜査―ロマゾフィー協会事件
2010年9月16日 時事通信

 自称霊能師の「ロマゾフィー協会」代表平岩浩二(49)、妻司(36)両容疑者が弟子だった40代女性を棒で殴ったとして、傷害容疑で逮捕された事件で、複数の元弟子が暴力を受けたほか、金を要求されたとの被害を訴えていることが16日、捜査関係者への取材で分かった。
 約3000万円を渡した元弟子もいるといい、警視庁捜査1課は両容疑者が日常的に暴力を振るう一方で、金を脅し取ったとみて恐喝容疑でも捜査し、全容を解明する。
 捜査関係者によると、女性や元弟子らは警視庁に「暴力を受け、金を要求された」「『金を出さないと死ぬ』と言われた」との趣旨の被害相談をしている。
 同協会の被害者会によると、平岩容疑者は指導の一環として金を要求。元幹部の無職男性(52)は計約3000万円を渡したという。



「私もやりました」 霊能団体代表が傷害容疑認める供述
2010.9.17 産経新聞

 女性信者を棒で殴ってけがさせたとして、自称霊能師で霊能団体「ロマゾフィー協会」代表、平岩浩二容疑者(49)らが逮捕された事件で、平岩容疑者が「私もやりました」と容疑を認める供述を始めたことが17日、捜査関係者への取材で分かった。
 同協会をめぐっては、元信者の男性が、平岩容疑者や妻、司容疑者(36)=同容疑で逮捕=に暴行され、3千万円を奪われたとして被害届を提出。同様に現金を脅し取られたり、勤務先の会社を強引に退職させられたりしたなどと訴える元信者も複数おり、警視庁捜査1課は恐喝や強要の疑いでも捜査する方針。
 「ロマゾフィー協会被害者の会」によると、平岩容疑者らは「内弟子」として自宅に住み込む信者らに対し、日常的に暴力をふるったり、金品を要求したりしたほか、脱走した場合は無理やり連れ戻して監禁することもあったという。



トンデモ宗教「ロマゾフィー協会」 やっていたサディズム修行
2010年9月20日 ゲンダイネット

 信者からカネを巻き上げるわ、暴行を加えるわとやり放題の宗教団体の代表らが傷害容疑で警視庁に逮捕された。捕まったのは東京・大田区に住む平岩浩二(49)と妻の司(36)の両容疑者。平岩は「ロマゾフィー協会」なる団体を主宰し、今年4月、自宅に住まわせていた40代の女性信者に「日常の家事ができていない」と難クセをつけ、「活を入れてやる」と、長さ約50センチの木製棒で尻を数十回殴り、全治2週間のケガをさせた。

 同協会は宗教法人としての届け出をしていない任意団体。会員は20~50代の女性を中心に30~40人おり、平岩は1、2人を自宅に住まわせて身の回りの世話をさせていた。

「平岩はプロフィルに『幼い頃より霊の姿を見ることができた』と記し、除霊ができる霊能者を名乗っていた。武蔵大学を卒業後、公立学校の共済組合職員などを経て、02年、妻の司と共にロマゾフィー協会を立ち上げ、数冊の本を出版。本を読んで入会してきた信者に、階級を上げるためのセミナーを受けさせ、1回あたり数万円の費用を徴収するほか、さまざまな名目でカネを出させていました」(捜査事情通)

 女性信者は平岩の指示で全員がミニスカ姿。性的な行為はしないものの、カネを出し渋る信者の頭や腹、尻などを殴るのは日常茶飯事。付近の住民は「男性の怒鳴り声が聞こえた」「女性が泣いて謝っていた」と証言している。平岩と司には小学生の子供が2人いる。

 ン千万円を脅し取られた元信者が「ロマゾフィー被害者の会」を結成。同会の相談を受けている弁護士の渡辺博氏が言う。

「信者さんは平岩の“やめたら死ぬ”という言葉が怖くて脱会できない。しかも“おまえたちは奴隷だ”と脅され、四六時中監視されて怯えていました。“おまえのせいで脱会者が出た。損害を補填しろ”などと脅されて2000万円以上取られた被害者もいます。こうして巻き上げたお金を平岩は、プロレスラーやテーマパークのイベント役者のタニマチとして散財していました」

 テレビの影響でいまもスピリチュアルブームが続き、霊能力に憧れる若者は減らない。社会の疲弊が進むなか、この種の事件の被害者はますます増えていきそうだ。



ロマゾフィー協会、恐喝容疑で再逮捕
2010年10月27日 MBSニュース

 東京の「ロマゾフィー協会」の会長、平岩浩二容疑者(49)と、妻で副会長の司容疑者(37)が恐喝の疑いで再逮捕されました。

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 警視庁によりますと平岩容疑者らは去年9月、元会員からの寄付金の返還要求を巡って男性会員(53)に「お前の対応が悪いからだ」などと言いがかりをつけ暴行を加え、およそ1350万円を脅し取った疑いがもたれています。

 平岩容疑者は容疑を認めたうえで、「私には霊能力はなかった」と供述しているということです。



歴史秘話ヒストリア ウルトラマンと沖縄~脚本家・金城哲夫の見果てぬ夢~

歴史秘話ヒストリア 第50回
ウルトラマンと沖縄~脚本家・金城哲夫の見果てぬ夢~

平成22年9月15日 NHK総合

テレビ番組史上に残るヒーロー「ウルトラマン」の生みの親で、沖縄出身の脚本家・金城哲夫の生涯に迫る。金城は戦後アメリカ統治下の沖縄から上京し、豊かな想像力を発揮して「ウルトラマン」で大成功する。しかし彼の心の中には常に、本土に沖縄の姿を伝えたい、という願いがあった。基地問題、ベトナム戦争など激動の沖縄と本土の懸け橋になろうとした金城と、ウルトラマンと現代史をめぐる、知られざる夢と悲しみと勇気の物語。



・金城哲夫に関する番組は過去にいろいろと放送されてきている。今回の番組では、脚本家・市川森一を除いては円谷プロ関係者、俳優は一切出演してない。

番組では、3つのパートに分けていたが円谷プロを辞職後に沖縄に戻り、沖縄演劇の台本を書いたり海洋博覧会の総合演出を手掛けたことなどを描いていた。再現映像の金城役が老けていた以外は丁寧な作りをしていた。

キーワードは、本土と沖縄の懸け橋になりたいということだった。ただ、その思いとは異なり海洋博演出で協力が得られなかったこと、海洋博工事での海洋汚染や大手ゼネコン優遇され地元が発展できていないとの批判に悩んだという。そしてアルコールが増えて事故死というシナリオに…。従来の見方を超えることはなかった。

そして、ウルトラセブンのノンマルトの使者というシナリオから、人種や民族の違いを超えた生き方ができないだろうかという主張を金城はしていたとう従来の見方を示した。番組の説明では、このような難解なメッセージを秘めていたのでウルトラセブンの視聴率が後半では下がったと結論付けていたが本当だろうか!? 失意のうちに円谷プロを辞めて沖縄に帰ったというのも本当だろうか!?

残念ながら彼が書き残した文章を寄せ集めても彼の真意に沿えるだろうかという思いがある。それにしても、37歳という生涯は短いように感じた。彼が25歳で制作・脚本・監督をしたという映画の一部を上映したが、これは貴重なフィルムだろう。円谷プロの前後を詳しく取材することで、金城の高校生時代から晩年までを回顧することができた。

番組エンディングで、参考文献が一切なかったことと取材協力に出演することなかったが大勢の個人名があり、かなりの取材をしていることが分かる。歴史の評価とは本当にさまざまであり、いろいろな見方から新たな側面を感じることができる。ただし、歴史は美化されやすく客観的に見ることは至難である。

<ローマ法王>公式訪英へ 16世紀の国教教会設立以来初

<ローマ法王>公式訪英へ 16世紀の国教教会設立以来初
2010年9月16日 毎日新聞

 ローマ法王ベネディクト16世は16日から4日間の日程で英国を公式訪問する。16世紀に英国王ヘンリー8世が離婚問題でバチカンと決別し、英国国教会が設立されて以来、法王の英国公式訪問は初めて。「歴史的」(キャメロン首相)と位置づけられる一方で、神父による児童らの性的虐待スキャンダルなどが訪問に影を落としている。
 法王は16日、スコットランドのエディンバラに入り、エリザベス女王の歓迎を受ける。英国国教会の最高権威である女王は1980年に英国家元首として初めてバチカンを公式訪問した。女王の招待による今回の訪問は30年ぶりの返礼となり、英国とバチカンの「和解」が一層推進される。

 一方で、米国やアイルランドなどで噴出したカトリック教会神父による児童性的虐待スキャンダルは各国に拡大し、バチカンへの厳しい批判が続く。また、英国は世俗化が著しく、国教会とバチカンは同性愛の容認や避妊問題などで見解が対立している。そのためバチカンの「伝統的価値の堅持」に反発する市民グループなどが法王への抗議行動を予定している。

 さらに超緊縮財政下で英政府が今回の訪問に1200万ポンド(約16億円)を支出することにも世論の不満があり、中立系インディペンデント紙は「タイミングの悪い訪問」と報じている。英政府には、途上国の開発問題や貧困対策などに影響力を持つバチカンと関係を強化したい思惑があるようだ。

 法王は各地でミサや宗教間対話などの行事に参加する予定。バチカンからは、前法王の故ヨハネ・パウロ2世が82年に非公式に訪英している。



・最近は一段落した児童への性的虐待報道が落ち着いた時期となった。いろいろな反応があると予想されるが、教会離れが加速する欧米では法王に対する見方は厳しいものとなる。法王が、どのようなメッセージを発表するのかが期待される。

ローマ法王、英公式訪問 国王ヘンリー8世のカトリック離脱以来
2010年9月17日 産経新聞

 ローマ法王ベネディクト16世は16日、エリザベス英女王の招きで英国を公式訪問した。4日間滞在する。16世紀に英国王ヘンリー8世がローマ・カトリックと決別して以来、法王の公式訪問は初めて。英国教会とローマ法王庁(バチカン)の「和解」を演出する狙いがあるが、英国ではカトリック教会の児童虐待に対する抗議活動も行われ、歓待、対立ムードが複雑に交錯した。

 法王はこの日、英スコットランド地方のホーリールードハウス宮殿でエリザベス女王と会見。このあと演説した法王は、ナチスドイツに勝利した英国の歴史的役割をたたえる一方、「より近代的で多文化的な社会に変化しようと努力しているが、尊敬すべき伝統的な価値観を保つことを望む」と、「過激な世俗化」の流れに警鐘を鳴らした。

 英国の国教徒は2600万人、カトリック教徒は500万人とされる。1982年、反共産主義と東欧の民主化を支援した前法王の故ヨハネ・パウロ2世が英国を非公式に訪問した際には、熱烈な歓迎を受けた。

 今回はしかし、「カトリックが英国で受け入れられ、これからも発展していくことを実感できる」(バーミンガム教区カトリック教会の神父)という声もあるものの、児童虐待に目をつぶった疑いも取りざたされる現法王に向けられる視線は冷たい。

 英国各地で法王を迎えて開かれる集会の参加者は、当初の予想を2~3割も下回る見通しだ。緊縮財政を強いられる英国民には、公式訪問に1200万ポンド(約16億円)もの税金が使われることへの反発も根強い。

 バチカンは英国教会との和解を機に宗派間の結束を強め、欧州でのキリスト教離れや人工中絶、同性愛容認などの世俗化の流れに歯止めをかけたい考えだ。しかし、英国の識者約50人が15日付の英紙ガーディアンに投稿し、「避妊具配布に反対し、同性愛者や性転換者に平等な権利を認めない法王に、国賓の名誉を与えるべきではない」と公式訪問に異を唱えた。

 英国とバチカンの関係は複雑だ。ヘンリー8世(1491~1547年)の離婚をローマ法王が認めなかったため、ヘンリー8世は1534年にローマ・カトリック教会を離脱し、英国教会を設立して、自らその長になった。今でも、カトリック教徒と結婚した者は王位を継承できないという厳しい定めが残っている。

 英国教会では同性愛の聖職者や女性主教の是非をめぐり意見が対立し、カトリックへの改宗を希望する教徒が増えた。このため法王は昨年11月、英国教会の典礼を維持したまま改宗できるよう使徒憲章を改めた。

 法王は訪英中、英国教会からカトリックに改宗した故ジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿(1801~90年)に祝福を与える。これに対し、英国教会内には「保守派の取り込みを狙っている」と警戒する声もある。



法王、16世紀後初の公式訪英=児童虐待問題で教会批判も
2010年9月16日 時事通信

 ローマ法王ベネディクト16世が16日、4日間の日程で英国公式訪問を開始した。ローマ法王の公式訪英は国王ヘンリー8世が離婚問題でカトリック教会と決別し、英国国教会が設立された16世紀以降、初めて。

 前法王ヨハネ・パウロ2世も1982年に英国を訪れているが、このときは非公式訪問にとどまっていた。ベネディクト16世はエリザベス女王の招待を受けた公式訪問を通じ、両教会の和解を一層印象付けたい考え。しかし、世界各地でカトリック聖職者による児童への性的虐待が相次いで発覚していることで、カトリック教会に対する批判も根強く、賛否両論が渦巻く中での訪問となった。

 法王は16日午前、スコットランド・エディンバラの空港に到着した後、ホリールードハウス宮殿で女王と面会。女王の歓迎のあいさつを受け、「英国のすべての人々に友好の手を差し伸べたい」と英語で演説した。

 法王は同日夕、地元出身歌手でカトリック教徒のスーザン・ボイルさんが出演する野外ミサを開催。その後はロンドンに移動し、英国国教会の最高位聖職者ウィリアムズ・カンタベリー大主教やキャメロン首相らと会談する予定。

 

ローマ法王が英で野外ミサ、参加人数は低調
2010年9月17日 読売新聞

 初めて英国を公式訪問中のローマ法王ベネディクト16世は16日夕、当地のベラヒューストン公園で野外ミサを主宰し、一般信徒ら約7万人が参加した。

 法王はミサの大半を英語で執り行い、説教の中で、「特に若い信徒は、神への愛のみが永遠に続くことを知り、麻薬や酒などの誘惑を退けてほしい」と呼びかけ、「宗教を自由と平等への脅威とみなす声が一部にあるが、まったく誤っている」と述べた。

 地元スコットランド地方出身で、熱心なカトリック教徒の歌手スーザン・ボイルさんもミサの前後に美声を披露した。

 ただ、この日の参加人数は、前法王ヨハネ・パウロ2世が1982年の非公式訪問の際に同公園で行ったミサの約25万人には及ばず、当初、予想された10万人にも至らなかった。


心の泉52

「輝かしい過去の思い出にさよならを言おう。そうでなければ、現在を愛するようにはけっしてならない」(アントニー・デ・メロ)1-408

Say goodbye to golden yesterdays -or your heart will never learn to love the present.

・現在を愛すること、それはいまに没頭するということ。過去も未来も、あなたの生きている時間ではない。過去は過ぎ去り、未来はまだ来ない。生きているのは現在という時間だけ。たとえ過去に素晴らしい輝かしい時間を経験していたところで、いまを愛していなければなんにもならない。

イスラム移民の排斥主張=靖国で「敬意示す」―仏極右党首

イスラム移民の排斥主張=靖国で「敬意示す」―仏極右党首
2010年8月13日 時事通信

 来日中の仏極右政党、国民戦線(FN)のルペン党首は13日、都内で講演し、欧州で増加するイスラム系移民について、「フランスの富の恩恵を享受することはあり得ない。サウジアラビアやクウェートの富を共有すればいい」と述べ、移民排斥を主張した。

 ルペン氏はFN創設者で、2002年の大統領選では現職のシラク氏に決選投票で敗れた。来年1月に党首を引退する意向を示している。

 ルペン氏はフランスの移民状況に関して「年間40万人が入国し、15万人が帰化している」と指摘。豚肉抜きの学校給食のメニューやブルカなど全身を覆う服装などを例に挙げ、国内のイスラム化が進んでいると危機感をあらわにした。

 14日には靖国神社参拝を予定しており、「戦犯であっても、死者に対する敬意は表してもいい」と説明した。


仏極右党首らが靖国参拝
2010年8月14日 時事通信

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 靖国神社参拝に訪れた仏国民戦線のルペン党首(右)。同神社によると、外国の政治家の参拝はまれ。ルペン氏は参拝後、記者団に対し靖国のA級戦犯の合祀は「問題ない」との認識を示した。



・移民問題は欧米では活発に議論されている。現在は経済状況が悪く、失業率が増え社会保障費が増加する中で余裕のない状態である。ドイツでは統一後も東西格差は厳しく、ドイツ人すら窮乏する状況に加えて移民問題を抱えるわけである。フランスではイスラム化に対して危機感を抱いており服装に対しての議論が盛んである。

日本は移民政策をとっていないが、今後は必要だということを言われてきている。ただし、技能習得・留学などで入国し実質的に労働している外国人や、密入国やビザ切れで不法滞在する外国人も多い。

極右と言われる政党支持が増えていることに対して、歴史的な教育をきちんとしている欧州でも厳しい生活環境の中でスケープゴートを探すことは仕方ないことだ。もはやヒットラーのようなカリスマによる世界大戦は起こらないだろうが、宗教間・人種間対立が宗教対立、民族紛争を起こしていくことは予想される。

介護主夫日記:食事のことがネックだ

男性介護者にとっては食事のことが一番気になる。今ではホームヘルパーの生活援助により、週の半分以上は考えなくてもいい。以前はスーパーの惣菜やインスタント食品が多かった。それでも、お腹が減れば食べられるものだ。テレビなどで独り暮らししてる男性を見るとやはりカップめんをすすっていたりするから、どこでも同じだと感じる。

わたしの配慮は食材をきちんと用意することと、ホームヘルパーと意思疎通を密にして足りないものを聞き出すことである。本来は、その家庭にある器具・食材で料理を作るという原則なのだが、それでは範囲が狭くなってしまう。ホームヘルパーの力量を見定めることも大切だ。近年は調理を苦手とするホームヘルパーが多いのだが、時節柄仕方ないことだ。それらの人に何がしかの力をつけてもらうためには、得意な料理から始めてもらって自信を深めてもらうことだと感じて実践している。

だから、以前とは違う気遣いを必要としている。電磁調理器やオーブンなどがないから…でも、食事は豊かになったことには違いない。介護主夫の皆さんには、むろん調理に興味を持ってもらい自炊されることを望みたいのだが、外食や配食サービスなども使いストレスを貯めないようにしてほしい。

仏の顔も…覚せい剤僧侶、8度目の逮捕

仏の顔も…覚せい剤僧侶、8度目の逮捕
2010年9月13日 読売新聞

 覚せい剤を使用したとして、奈良県警郡山署などは13日、同県大和郡山市筒井町、僧侶安本尚樹容疑者(48)を覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕した。

 「(過去の同法違反事件で)実刑になると思い、やけくそになって使った」と容疑を認めているという。同法違反での逮捕は8回目。

 発表によると、安本容疑者は今年8月21日~9月1日、県内などで覚せい剤を使用した疑い。今月1日、同署員らが大和郡山市内で安本容疑者に職務質問した際、使用がわかったという。

 安本容疑者は6月21日に同法違反容疑で和歌山県警に逮捕され、保釈中だった。同署は覚せい剤の入手先を追及している。



・僧籍は剥奪ということはないのだろうか。容疑を認めて前科があるということで実刑を望んでいるのだろうか。「覚せい剤僧侶」のネーミングは嫌だなぁ。彼にとっては宗教は何なのだろうか。

福音はとどいていますか75

「裏切りは、日常的な人間関係の実態なのです。それに気付いて、相手を決め付けないことをせめても心掛けて生きたいものです」(藤木正三)1-99決め付けないこと

・ここでいう裏切りとは、相手を自分の好みや利害や感情に影響されて自己流に相手を見てしまう人間の性質をいいます。考えれば、人間は色眼鏡で他人を自分を見てしまうということです。そこで裏切られたと思ってしまった時に、ふと立ち止まって自分の落ち度を探してみたいものです。過剰に相手に対する思い入れはなかったのか。相手を本当によく見ていたのかと問い直してみたいものです。

群生海30

  鈍感

私は鈍感だから
人間であることの
ふかい味わいは
最後のさいごまで
生きてみないと
わからぬようにおもう

・最後のさいごまで、そう息絶えるまで自分の人生をはかってはならないのだ。
人生20年の人も、人生90年の人も同様ですね。

追跡!AtoZ 徹底検証 村木元局長裁判

追跡!AtoZ 徹底検証 村木元局長裁判
2010年 9月11日 NHK

注目の判決が迫っている。厚生労働省の村木厚子元局長が、郵便の割引制度をめぐって嘘の証明書を作った罪に問われている裁判。今週金曜日、大阪地裁は判決を言い渡す。

この裁判は異例の経過を辿った。事件への関与を一貫して否定した村木元局長に対し、検察側は関係者の捜査段階での供述調書を根拠に有罪を主張。しかし裁判では、村木元局長の関与を認めていた関係者が次々と供述を翻した。検察側は、裁判所に対し、供述調書43通を証拠として採用するよう求めた。しかし裁判所はこのうち34通を「信用性がない」等として却下。判決は無罪の可能性が出てきた。

捜査を進めてきたのは、大阪地検特捜部だ。取材班は一連の捜査がどう行われたかに注目。裁判の一部始終を記録し、関係者への取材を重ねてきた。そこから見えてきたのは、驚くべき実態だった・・・。



・43分番組であるが内容盛りだくさんであった。NHKは取材力があるので本気で取り組めば多くのことができる。今回は番組後半で「捜査10箇条」なる検察の内部文書を公開して、近年捜査力に問題ある検察官の問題も取り上げていた。

オフレコながら現役検察幹部3人の声を取り上げていた。つまりNHK記者など大手マスコミの司法担当記者は、検察から十分な信頼を得ており検察リークを基にして国民を誘導していることは常に念頭に置かなければならない。最近のマスコミ報道で変わったことは「警察の発表では……」というところを「警察への取材では……」と言い換えている。つまり警察発表を鵜呑みにしていないと言いたいのだろう。しかし実態はどうだろうか。

「捜査10箇条」も、3年前に作成されて全検察官に渡されたというものだが、当時の検事総長や公安部長が取材に応じていた。彼らによると捜査能力に著しい問題があり冤罪無罪判決を生んでいることに危機感を得ているという。内部資料と言っても極秘資料ではないし捜査のイロハを書いたもので検察の焦りといったものを感じた。確かに検察は戦後大きな事件を扱っていることは確かであるが行き過ぎた正義ほど困ったものはない。

番組前半では事件の構図を描きながら裏付け捜査が不足していたり関係者の供述を誘導していく実態が明らかになった。この点、図表や時系列表を用いて分かりやすく説明し好感が持てた。

オフレコの検察幹部の言葉によると、事件は厚労省による組織的犯罪であり組織的防衛の疑いがあるという印象は今でもあるようだ。検察自身は疑いをかけられて捜査される立場には立つことはないのだろう。検察庁が捜査されることはないのだからね。ただ検察庁には全く問題はないのだろうか。調査活動費の裏金の存在を示唆したために別件で逮捕され口封じされた検察幹部もいることは記憶に新しい。そうしたことをないがしろにしては検察への信頼は生まれないだろう。

正義の実現のために巨悪と闘うというイメージと裏腹に、司法エリートたちは何かに欠けている感じがする。昨今の政治家がらみの捜査における失態や浮足立った様子は残念に感じる。この国を動かしているのは誰なのだろう。

ヤメ検の弁護士が番組出演して、彼が東京地検に所属していたころは正義を守っているという意識があったという。また所属していた頃はきちんとした筋を持った捜査をしていたことを強調していた。今回の場合は内偵段階での捜査が不十分であり、上級機関もチェックができなていないと語った。そして可視化に関しては特捜が関わる事件は証言を得ることで事件を構成するから、可視化すると捜査が不可能になると言っていた。

さて、TBS報道特集でも20分程度の特集を組んでいたが検察側への取材が全くできていなかった。この事件についての映像は少ないことからも、当初から報道機関も村木被告の犯罪容疑に関しては疑問を持っていないようだ。

TBS番組では、事件開始とされた政治家への口利きが存在しなかったこと、被告の直接の上司である厚労省OBで現・小豆島町長が供述調書の内容を公判で否定したという2点がポイントだとしていた。口利きを依頼したとされる凛の会代表は、全くデタラメの証言しかしない人であることが番組のインタビューでよく分かった。小豆島町長には、三度インタビューを依頼したが拒否されたとし、町祭りで挨拶するところを突撃取材したが相手にされなかった。そうしたことをタラタラと語りに入れることが番組としてさみしい。町長も裁判ではきちんと証言しており検察に不利な証言をしたことは難しかったことだろう。取材者は、真実を知りたいということは分かるが対象者の人生そのものを左右することもあるわけであり、そのところに配慮が必要かもしれない。

一時は報道のTBSと言われたがオウム事件前後から取材力が落ちてしまった。報道特集もニュースに毛が生えたくらいの番組になり料治、堀キャスターのいた時代とは変わってしまった。TBSは人材不足です。

揺らぐ検察捜査…元厚生労働省局長無罪
2010年9月11日 TBS報道特集



浮かび上がったずさんな裏付け捜査。
特捜部が完全敗北「村木元局長裁判」を検証する
2010年9月17日 ダイヤモンド・オンライン NHK「追跡!AtoZ」取材班 第52回

 8月、われわれ取材班は注目の人物を訪ねた。去年6月に嘘の証明書を作成した罪で逮捕され、1年3ヵ月にわたり、一貫して無実を訴えてきた厚生労働省の村木厚子元局長だ。3時間に及ぶインタビューの中で村木元局長は、取り調べを受けた際の心境をこう語った。

「一番怖かったのは上手に罠にはめられるということがあるのではないか、という恐怖感でした。捜査ができるのは検察だけなのに、その人たちが私がやったと信じ込んでいるとしたら、真実を探し出してくれる人がいなくなってしまう…」

  9月10日に無罪判決が言い渡された、村木元局長裁判。捜査を進めてきたのは、大阪地検特捜部だった。特捜部は、関係者の捜査段階での供述を根拠に、村木元局長の関与を立証しようとしたが、完全な“敗北”となった。特捜部に一体なにが起きていたのか…。

調書は全部でっちあげ?証人が次々と証言を覆す異例の事態

 裁判が始まったのは今年1月だった。われわれがまず注目したのは第3回公判。捜査段階で「村木元局長から証明書を直接受け取った」と供述した「凛の会」倉沢邦夫元会長の証人尋問だった。倉沢元会長は法廷で、

「証明書は村木さんのデスク越しに頂きました。村木さんは立ち上がって両手で渡してくれました」

 と具体的に証言。ところが弁護側は「不自然だ」と指摘した。事件のあった6年前、村木元局長のデスク前には衝立やキャビネットがあり、証明書をデスク越しに受け渡すなど、物理的に困難だと弁護側は主張したのだ。

 第8回公判には、嘘の証明書を作成したとされる上村勉元係長が証人として現れた。捜査段階では、「嘘の証明書を作ったのは村木元局長の指示だった」という供述調書にサインした人物だ。しかし法廷ではこう証言した。

「調書は全部でっちあげです。村木さんの指示はありませんでした。取り調べで聞き入れてもらえませんでした」

 さらに、法廷に立った他の厚生労働省の関係者も次々と「調書の内容は事実でない」と証言し、供述を覆すという異例の事態になっていった。

 一方、検察幹部は

「彼らは法廷で嘘をついた。厚生労働省が組織防衛に走ったということだ」

 と指摘。供述調書の信頼は揺るがない、と自信を示していた。

 そうした中、第11回公判で石井一参議院議員の証人尋問が行われた。石井議員は、検察が描く事件の構図で、

「平成16年2月25日に、凛の会の倉沢元会長と議員会館で会い、厚生労働省への口添えを頼まれた」

 とされる。しかし、法廷で弁護側が示したのは石井議員の手帳。問題の日の欄には、千葉県成田市のゴルフ場の名前や、プレーの時間等が書かれていた。石井議員は「この日はゴルフをしていた」と主張。検察の構図に根底から疑問を投げかけた。

 そして、5月26日に開かれた第20回公判。裁判長が、検察の調書のうちどれを採用するか判断を示した。裁判長が採用する調書を読み上げていく…、すると検察が証拠として採用するよう求めた調書43通のうち、34通が「信用性がない」等として却下された。これが決定打となり、村木元局長の無罪判決に至った。

特捜部の捜査の問題点は?あいまいな供述を基にした筋立て

 果たして、特捜部の捜査のどこに問題があったのか。特捜部が「厚生労働省の組織犯罪」という事件の構図を描くきっかけとなったのが、「凛の会」倉沢元会長の供述だった。倉沢元会長は、

「証明書は厚生労働省の50歳くらいの色白の女性課長から受け取った」

 と供述。その翌日、検察官が村木元局長の写真を見せると、「この人で間違いありません」と答えたという。

 捜査の流れに大きな影響を及ぼした倉沢元会長を、われわれは直撃取材した。すると彼はこう語った。

「いまだに何べん思い返しても、はっきりした(証明書の)受け渡しの状況っていうのは記憶していないんです」

「その相手が村木さんだったという記憶は?」

「そういう記憶はないですね」

「では、なぜあのような供述をしたのか?」

「ご挨拶した課長さんから受け取ったというのがごく自然だと思いますし、はっきりした記憶はないけど、そういう流れだったと思います、という風に供述したわけですね」

 このあいまいな供述から、特捜部の筋立てが作られていった―――。

 特捜部は、厚生労働省の組織的関与の解明に乗り出していった。去年5月には、村木元局長の部下だった上村元係長を逮捕。彼は、自分が証明書を作成したと認め、

「自分で勝手に課長印を押して、嘘の証明書を作った」

 と供述した。しかし、特捜部はこれを疑い、他の関係者の供述などから、村木元局長が上村元係長に指示した経緯を次のように考えた。

◎倉沢元会長は国会議員に口添えを頼んだものの、なかなか証明書が発行されなかったため、村木元局長に直接証明書の発行を依頼した。

◎これを受けて、村木元局長は上村元係長に証明書を作るよう直接指示した。

 特捜部は、この筋立てを念頭に上村元係長を追及。取り調べ室でこう迫ったという。

「関係者の意見を総合するのが一番合理的じゃないか。多数決のようなものだ」(上村元係長の被疑者ノートから)

さらに浮かび上がる裏付け捜査のずさんさ

 そして、逮捕から6日目、上村元係長は村木元局長の関与を認める内容の調書にサインした。ところが、特捜部はこの筋立てと矛盾する証拠を入手していた。それは、上村元係長の自宅から押収したフロッピーディスク。そこには、上村元係長が嘘の証明書を作成した際のデータが残されていた。データが最後に更新されたのは、平成16年6月1日だった。

 一方、関係者の証言などから割り出すと、倉沢元会長が村木元局長に催促し、村木元局長が上村元係長に指示したのは6月8日以降とされる。つまり、フロッピーのデータは、村木元局長の指示があったとされる6月8日以降より前の6月1日に、証明書がすでにできていたことを示していたのだ。しかし、それでも特捜部は自らの筋立てを見直さなかった。

 さらに、裏付け捜査のずさんさも浮かびあがった。石井一議員の証人尋問で浮上したゴルフ場での「アリバイ」について、特捜部がゴルフ場を訪れて確認したのは、証人尋問の翌日。村木元局長の逮捕から、実に9ヵ月も後だった。地検幹部はこう振り返る。

「石井議員にアリバイがあったら…ということは不安に思っていた。いま思えば、きちんと調べていなかったのは、捜査に穴があったと言わざるを得ない」

 浮かび上がった捜査の問題点について、スタジオ出演した井康行弁護士(元東京地検特捜部検事)はこう指摘する。

「本来あってはならない捜査だ。特捜部には、人を起訴することについてもっと謙虚であることが求められる。そして、検察総体としてなぜこのような捜査がまかり通ったのか、上級庁が止めることができなかったのかを検証することが、国民の信頼を回復する道だ」

 いま特捜部の捜査に国民の厳しい目が注がれている。国民の信頼に応える捜査とはどうあるべきなのかを考える上でも、今回の捜査を検察が自ら検証していくことが求められる。(文:番組取材班)

取材を振り返って【鎌田靖のキャスター日記】

 20年前、私が司法記者だった頃は、ほぼ毎日法廷で取材していました。9月10日に大阪地裁で言い渡された厚生労働省の村木厚子元局長の無罪判決、久しぶりに法廷で聞きました。

 4時間近くに渡って検察の主張をことごとく退けた裁判長は、判決の最後に「犯罪の証明がない」と言い切りました。証明が不十分という事でもない。村木元局長の犯罪はそもそもなかったという判断です。特捜部の完全敗北。特捜部の取材を長く続けてきた私にとっても衝撃でした。なぜ、こうした捜査が行なわれたのか、今週はその実態に迫りました。

 その詳しい内容はここでは省略しますが、今回の判決は無罪という結論にとどまらない影響を検察全体に与えたと考えています。どういうことか。

 特捜部が手掛ける事件というと賄賂の受け渡しなど密室犯罪が中心です。このため関係者を取り調べて、供述調書を作成し裁判の証拠とするという捜査が普通行なわれます。厳しい取り調べで供述を引き出す能力のある検事は「割り屋」と呼ばれて尊敬されもしました。もちろん客観的な証拠も重要ですが…。

 では、裁判所はどう判断するかというと、「特捜部が作った調書ならまあ信用できるだろう」といって関係者が供述調書とは異なる証言を法廷で行なっても、供述調書のほうを優先するという傾向があったことは否定できません。

 つまり、特捜部の供述証拠を重視する捜査を裁判所も認めていたといえるでしょう。

 ところが今回の判決が衝撃的だったのは、「人の供述は記憶があいまいだったりして間違えることがある。内容が具体的で迫真に富んでいたとしても後になって作ることもできる」と述べた点。いくら供述調書を作っても客観的な証拠がなければだめと判断したのです。つまり、伝統ある特捜部の捜査そのものに疑問を呈したともいえます。

 その背景には番組でも指摘しましたが、裁判員制度の導入があります。一般市民は法廷での証言を聞いて有罪無罪を判断するわけですから、プロの裁判官の意識も変わらざるを得ないのです。

 特捜部が手掛ける事件は裁判員裁判の対象ではありませんが、制度導入の影響は極めて大きい。今回、裁判長はそのことも暗に言及しているように読み取れます。

「巨悪に立ち向かう」と言われるように特捜部の捜査はこれまで多くの国民の支持を得ていたハズはずです。しかし、この事件だけでなく最近の特捜部の捜査をめぐっては、批判の声も上がっています。特捜部はもういらない、という議論さえ起きています。

 特捜部の捜査は今後どうあるべきなのか。そのことを考えるうえでも、今回どのような捜査が行なわれ、何が問題だったのか検察自らが検証することが何よりも求められているのではないでしょうか。控訴を検討しても、もはや何も生まれはしないのです。

※この記事は、NHKで放送中のドキュメンタリー番組『追跡!AtoZ』第53回(9月11日放送)の内容を、ウェブ向けに再構成したものです。


介護主夫日記:介護家族交流会よりも、担当保健師を配置して!

介護も長くなってくると介護者のストレスは大きくなってくる。それは、見通しが立たないという介護特有の問題があるからだ。子育てのようにゴールがある程度あることとは違うし、成長の喜びを見ていくわけではない。

地元自治体では、介護家族交流会らしきものがあり毎年参加通知を送ってくるが行ったことはない。内容があまりに貧弱だからだ。食事を頂いて落語を聞いて、介護者の交流会を行う。むろん名前も知らない落語家だし、面識ない人を相手にして介護のもっとも困っている点を語ることなどできるはずもない。言わば行政の暇つぶしのような行事だ。その半日あまりの時間は誰が介護するのかね。

それよりも、自治体の保健センターの保健師でも派遣して介護家庭の状態を丸ごとチェックし、介護者の状態を把握していくことだろう。高齢者虐待などは、なかなか外からは分かるものではない。もし各地域に担当保健師がいて相談体制がしっかりとすれば、これほど安心なことはない。医療知識なしのケアマネが家庭訪問しても世間話しかできないレベルでは仕方がないのだ。

NHKスペシャル “テロリスト”と呼ばれて

“テロリスト”と呼ばれて
2010年9月12日 総合テレビ

9.11同時多発テロ事件から9年―。「テロとの戦い」を掲げたアメリカは、テロを力で抑え込もうとキューバの米軍基地内にグアンタナモ収容所を設置。テロリストの疑いありと判断した人物を次々と拘束し、700人をこえるイスラム教徒を収容してきた。しかし、グアンタナモで行われた拷問に近い取り調べや、法的根拠の乏しい無期限の拘束は、逆に、アメリカに対するイスラム社会の憎悪を一層深めたにすぎなかった。

去年就任したオバマ大統領は、その負の連鎖を断ち切るため、グアンタナモを1年以内に閉鎖すると決定。閉鎖こそが、失墜したアメリカの威信を回復し、国家の安全につながるとした。しかし、新たなテロ未遂事件が起こるたびにアメリカ国内の反対論が高まり、期限が過ぎた今も閉鎖に至っていない。

アメリカに“テロリスト”とレッテルを貼られたグアンタナモの元収容者たち。彼らの証言を通して、今なおテロの封じ込めに苦悩するアメリカの姿を描く。



・NHKドキュメンタリーでは海外報告も多い。取材対象者が日本のメディアということで、比較的応じてくれる場面が多い。今回も取材国では放送されることないことで取材に応じてくれた人がいる。

グアンタナモ収容所は囚人虐待で有名になっているが、そもそも超法規的に疑いあるものを収容するという人権そのものもない施設である。人権にうるさい米国でさえも9.11以降はあいまいな判断基準で収容を続けていた。今回の番組は、収容所に収容されて解放された人たちのその後を追うことで、テロとの闘いの一側面を追っている。

収容された人たちは解放後も母国では受け入れないという現実があるようで、一部は政治難民扱いで知らない国で過ごさざるを得ないという。拘束された理由も、きちんとした容疑ではなくアフガニスタンなどにいたということだけということで全くデタラメである。一度テロリストとの疑いをかけられるだけで人生が変わってしまうのが現実なのだろう。

そして、収容所に入れられて容疑が晴れても帰国してから人間が変わり、本当にテロ組織とつながりを持ち自爆テロをして死んだ囚人の例を挙げていた。はっきりと言って、誰でも意味なく何年間も政治収容所に監禁され、罵声と拷問の中で過ごせば精神を病んでもおかしくはないし、人間はそれほどタフではないのだ。

それでも米国では自由や人権に関して良識ある人たちもいることが救いなのだが、テロとの闘いという動きは対処の仕方が定まらない。なぜなら見えない恐怖を煽っていくことだからだ。それが為政者の狙いなのだ。

9.11に対してはイスラム過激派のテロであったのかどうかに疑問を持つ人は多い。米国という国は、過去に現職大統領さえも暗殺するほどの力が働く国である。国を存立させるには何でもしかねない。2700人くらいが犠牲になっても、それで政権が安定し軍産複合体が儲かればよいと考える。テロとの闘いとは無限に続く軍備再生状況を作りコストを負担し敵を作り上げることで内政を安定させる意味がある。それが米国の一面であることは理解したい。

イラン、「不貞」女性への石打ち刑停止

イラン、「不貞」女性への石打ち刑停止
2010年9月9日 MBSニュース

 イランで、「夫以外の男性と不貞行為を行った」として有罪判決を受け、「石打ち」による死刑の宣告を受けていた女性について、イランの外務省は8日、「石打ち刑」の執行停止を決めました。

 これは、43歳のイラン人女性が「夫以外の男性と不貞行為を行った」姦通罪で、2006年に石を投げつけて死刑を執行する「石打ち刑」の判決を受けたものです。

 国際社会の批判を受け、今年7月に刑の執行が停止となり再調査が行われていましたが、イスラム教の断食月が明ける今月10日以降、執行の可能性があるとされていました。

 こうしたなか、EUのバローゾ欧州委員長が7日、石打ち刑は「野蛮だ」と非難したほか、フランスなどがイラン政府との直接交渉に意欲を見せるなど、再び国際社会からの批判が噴出。

 こうした事態を受け、ロイター通信などによりますとイラン外務省の報道官が8日、「姦通罪に対する石打ち刑は停止し、再調査している」と表明しました。

 ただ、女性には夫殺害への関与の疑いもあり、これについては引き続き捜査中だとしています。イランでは、殺人罪には絞首刑が適用されます。



・石打ち刑とは、聖書の時代の産物だとばかり思っていたが現存しているんだね。やはり女性に対して罰則が厳しいのだろうか。これが野蛮かどうかは死刑を是認している日本人が判断するわけにはいかない。社会秩序を整えることが宗教国家にとっては必要なことだろう。


死ぬまで石を投げつけられる処刑を描く!
イラン出身の女優がその恐怖を語る
2009年6月19日 シネマトゥデイ映画ニュース

 昨年のトロント国際映画祭で映画『スラムドッグ$ミリオネア』に次いで評判を呼んだ映画『The Stoning of Soraya M.』(原題)について、オスカーノミネート経験のあるイラン出身の女優ショーレ・アグダシュルーに話を聞いた。

 本作は不当な理由で石打の刑にされた甥(おい)を持つイラン人女性の物語。石打の刑とは、罪人の体の半分を地中に埋め、大勢の者が死ぬまで石を投げつける処刑法。イランやアフリカなどのイスラム教国の地域で採用されており、主に同性愛や姦通罪が多い。

 石打の刑を映像で見たことがあるショーレは「この映画を観て、石打の刑が残酷だと思っている人は、実際の執行場面を見たら絶対に気絶するわ! 石打の刑に反対するイランの人々が、世間に知らせるために処刑執行中の映像をカメラに収めたビデオを密輸して、アメリカの映画業界で働くイラン人たちに配っていた時期があったの。18歳くらいの少年二人が同性愛の罪で、石を投げつけられていたわ……。しかも、1時間半もの間ね。……目を疑ったわ」と話してくれた。この石打の刑を伝える原作の「The Stoning of Soraya M.」が出版されたのは1994年。この難解な題材を、イラン出身のサイラス・ナウレステ監督が映画化を試み、知名度のあるイラン女優をキャスティングして、できるだけ多くの人たちに鑑賞してもらうまでには、10年以上の時間がかかった。

 「この役をやることができて、活動家としてのわたしが解放された気がするの。現在のイランについて真剣に考えているわたしにとっては特別の映画よ。わたしが子どもだったころはこんなことなかったの。つまりイラン・イスラム革命が起こる前ってこと。こんな残酷な処刑は聞いたことがなかったわ」と沈痛な面持ちで語ってくれた。しかし当然のごとく、本作がイランで公開されることはまずないだろう。

 本作の試写では、石打の刑のシーンになった途端に目を背ける観客が多くいた。しかしこの映像を直視することが、最も重要なことなのではないかと思った。(取材・文:細木信宏 / Nobuhiro Hosoki)



福音はとどいていますか74

「信仰は不信仰を克服した状態である考え易いのですが、実は不信仰を内に包んでいる状態であるのです。その不信仰によって信仰は、信仰の最大の敵である安住から自らを守っているのです」(藤木正三)1-98不信仰

・信仰と不信仰との関係。信仰と不信仰は互いに同じものであることが、安住という目が覚めない状態から人間をかろうじて救っているという現実。それでは信仰を持つことで失われてしまう信仰とは何だろうか。

葬式トラブル防止 セミナー

葬式トラブル防止 セミナー
2010年09月07日 NHK名古屋

見積もりの金額より多額の費用を請求されるなどの、葬式をめぐるトラブルを防止しようというセミナーが7日、名古屋市で開かれました。このセミナーは、葬式をめぐるトラブルが増えていることから、葬式の正しい知識を身につけてもらおうと、NPOの「お葬式情報案内センター」が開きました。セミナーで講師は、まず、すべきことは、家族だけに見送って欲しいのか、それとも友人や知人にも来てほしいのかなど、どんな葬式をしたいのか内容や規模を決めておくことだと話しました。そして式場を公営の施設にするのか、民間にするかで、費用が大きく異なり、事前に複数の業者から見積もりを取ることが重要だとアドバイスしました。



NPOお葬式情報案内センター  http://www.osoushikiannai.com/

・近年、葬儀社、冠婚葬祭共済の事業が活発化している。もはや葬儀規模は小さくなる一方で消費者意識も芽生えている。できれば家族でシュミレーションしてみることも必要かもしれない。改正臓器移植法施行により本人の遺志が明確でないと家族の判断で臓器提供ということも十分にありえる時代になった。

群生海29

  日日

おなじようなこと
くりかえす
日日であるが
この日日から
私は いろいろなことを
無尽蔵に学ぶ

・毎日は同じことの繰り返しだと豪語する人もいる。その人には毎日に微妙な違いが分かっていない。
昨日と同じは一日もなく、日々が新しい。同じだと錯覚していることが人生を暗くする。

心の泉51

「あなたは巻き込まれて没頭している。それでも、溺れているわけではないことを確かめなさい」(アントニー・デ・メロ)1-408

You are involved, immersed - make sure you are not drowning.

・没頭と溺れる違いは、集中している時に周りが見えるがどうかである。それを確かめること。没頭している時は非常に冷静に周囲の状況も見られるものだ。

24歳僧侶、女子高生にみだらな行為の疑い

24歳僧侶、女子高生にみだらな行為の疑い
2010年5月27日 読売新聞

 女子高校生に金を払ってみだらな行為をしたとして、富山県警砺波署と氷見署、県警少年課は26日、 高岡市鴨島町、僧侶岫順徳(くきむねのり)容疑者(24)を児童買春・児童ポルノ禁止法違反(児童買春)の疑いで逮捕した。

 発表によると、岫容疑者は昨年5月16日、石川県七尾市の少年(19)(児童買春周旋容疑などで逮捕)から紹介された県西部在住の女子高校生(16)に2万~3万円を渡し、氷見市内のホテルでみだらな行為をした疑い。

 岫容疑者は、2月に逮捕した少年の供述から浮かび上がり、「よく覚えていない」とあいまいな供述をしているという。

 高岡市内の寺院によると、岫容疑者は日頃から腰が低く、礼儀正しかったといい、「僧侶の仕事もしっかりやっていた」という。



・寺院名は公表されていないが、年齢からして見習い段階なのだろう。どこかのお寺に預かってもらい修行中で誘惑には勝てなかった。あまり聞かない苗字なので覚えてしまいそうだ。修行態度は良かったということで、ストレスが溜まっていたのかもしれないね。
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