群生海26

   ぞうきん

ぞうきんは
他のよごれを
いっしょけんめい拭いて
自分は よごれにまみれている

・イエスの生き方もそうだった。人の痛みを引き受けた。
ぞうきんという自分に対する評価も大切。美麗な生地ではなくボロなのだ。
スポンサーサイト

チベット仏教ゲルク派・ガンデン座主からのお知らせ

チベット仏教ゲルク派・ガンデン座主からのお知らせ
平成22年7月30日 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

ドクター・中松(中松善郎)氏がチベット仏教ゲルク派のガンデン座主から「金剛大阿闍梨」の称号が授けられたのは事実ですか、との問い合わせを多数頂きました。
通常、チベット仏教において、このような称号は厳格な修行を積まなければ、簡単に習得できるものではありません。
この度、ガンデン座主に事実を確認し、以下の連絡を頂きましたので、関心のある皆様にお知らせ申し上げます。
  平成22年8月1日
  ダライ・ラマ法王日本代表部事務所 代表:ラクパ・ツォコ

◎ダライ・ラマ法王日本代表部事務所 ラクパ代表へ

最近の中松氏との出来事に関して、ご連絡を頂きどうもありがとうございます。この件に関して説明させていただきます。
中松氏とは以前からの面識があるものでもなければ、特別な関係をもっているものでもありません。常時、私のところには様々な方がいらっしゃいます、彼もそのひとりにすぎません。私が彼をわざわざここまで呼んで、帽子と金剛大阿闍梨の地位を授けたものでもありません。誰もが知っているように、ガンデン座主にそのような権限もなければ、伝統的風習もありません。彼は帽子を持参し、写真を撮らせてください、と私のところにいらっしゃいました。その彼の希望にそっただけです。その後、一部の会員に渡すための賞状にサインしてくださいと頼まれ、サインをいたしました。中松氏が私およびゲルク派の名前を装い、金剛大阿闍梨の地位を授かったという情報を流すことは正しくありませんので、各関係者に正しくお知らせいただきますようお願い申し上げます。この件に関してのすべての権限は、あなた(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所代表)に委ねます。ご協力どうぞよろしくお願い申し上げます。
  2010年7月10日
  ガンデン座主:リソン・トゥプテン・ニマ  (日本語訳:チベットハウス・ジャパン)



・幸福実現党で特別代表として参議院選挙を応援した中松義郎氏が派手なパフォーマンスのなかでチベット仏教ゲルク派のガンデン座主から「金剛大阿闍梨」の称号が授けられたと宣言しています。それに対しての誤解を正すために、このような公告がされました。

オウム真理教等でもありましたが、チベットの高僧から特別な位を授かったと言い放つ人はいると思います。その真偽を確かめることは難しく、今回のようにあからさまに否定されることは稀です。このように、他人の地位を利用して自分を優位な立場に置き何らかの経済行為・売名行為をする人をウソつきと一般に呼びます。

ドクター中松こと中松義郎氏は、発明王エジソンを超える発明を成したとし世界中から表彰されていると豪語していますが、どのような発明が生まれて人類の役に立っているのかは不明です。東大工学部卒は本当のようですが、後は分かりません。だって東大卒って年間3000人もいるわけですから、ピンからキリまでいますよね。

人間は肩書に非常に弱いですから、○○学博士、○○大学名誉教授、○○市名誉市民…などにはコロリと騙されます。架空のものもありますし肩書を出すための学位認定機関らしきものもあります。また、ひどいのは歯科医院に飾ってある外国大学の博士号らしきものです。留学経験もないのに…やっぱり、お金で買うんでしょうね。日本にも海外の名誉教授号を貯めて、日本の叙勲を受けたいと望んでいる方もいるようですが…、思うようにいかないようです。

ジブリ 創作のヒミツ 宮崎駿と新人監督 葛藤の400日

ジブリ 創作のヒミツ 宮崎駿と新人監督 葛藤の400日
2010年8月10日 NHK総合

 この夏、公開のジブリ最新作「借りぐらしのアリエッティ」、その制作の舞台裏の長期密着ドキュメントに加え、スタジオではCGを駆使しジブリ映画の魅力を徹底解剖する73分のスペシャル番組。
 今回の作品は、脚本を宮崎駿(69)が担当、だが監督は36歳の全くの新人。これまで宮崎の下で活躍して来た敏腕アニメーターを大抜擢したのだ。その背景には、新たな“才能”を育ててこれなかったという強い危機感がある。実は、これまでも幾人もの若手が監督を任されてきたが、宮崎はその強いこだわり故に作品作りに介入、最後には乗っ取ってしまうことも多かった。そこで今回、宮崎は作品に介入しないと決めた。その一方で手助けなしで映画を作りきることを強いられた新人監督には圧倒的な重圧がのしかかる。
 師弟の心のドラマを描く密着ドキュメントに加え、スタジオでは見る者の心を揺さぶるジブリ映画の“絵に命を吹き込む”創作のヒミツを徹底的解剖する。
宮崎駿, 米林宏昌, 【司会】広末涼子, 【語り】大森南朋



・徹底解剖とはいかなかったが、アニメ作りの過程が分かる内容となっていた。宮崎駿に対する長期取材はNHKが手掛けているものでディレクターが気に入られたのだろうと思う。番組を見て分かることだが、毎日取材しているはずはないのでたまたま撮った映像に対して、いろいろと事件があったように語る手法なので誤解もあるだろう。仕事の日常には様々な場面がありカメラがそれを的確に映し出すのは無理だ。スタジオジブリに定点カメラを設置して、それこそ24時間体制で撮影すれば可能であるであるにしても、明きからに苦悩・苦闘から作品完成というプロセスを作り上げたいというディレクターの意図を感じる。一番描かれていなかったのは、新人監督米林宏昌(愛称・マロさん)がジブリ始まって以来の進行の遅さで鈴木プロデューサーも手を焼いていたが、それが完成半年くらい前から俄然ピッチが上がって夏公開は難しいと言われたことが成し遂げられてしまったことだ。むろん、マロさんが賢明にやったということなのだが、さんざん苦しい場面ばかりを描いていたので拍子抜けしてしまった。

今回、焦点は宮崎駿監督が新人発掘のために自分を殺して様子を伺っていたということを対抗軸として描きたかったのだろう。それらしい映像を用いて宮崎監督の配慮を伺わせていた。そして、完成試写の際に宮崎駿の顔に涙が流れたことを暗視カメラの映像で放送した。これはちょっと困ったなぁと感じた。宮崎のプライベートな涙であり、写すとすればハラハラドキドキのマロ監督のほうだったろう。

日本テレビと提携しているために、こうしたメイキングドキュメントは放送されたと思うが残念ながら見ていない。私は宮崎アニメは見ないが人間・宮崎駿、人間・鈴木敏夫には関心が強くあり、個性強い二人を継ぐ者は現れないことも予感している。

今回進行役に広末涼子を起用していたが、必要なかったろう。圧倒的な存在感がある宮崎・鈴木コンビが随所に登場すればそれだけで十分である。それから、アニメ作品を制作するには様々な工程があり多くのスタッフ・役者が参加する。それを思うと映画・映像表現には十分すぎる才能の持ち主が陣頭指揮して当たらないと視聴に耐えられる作品を作るのは難しいと感じた。宮崎アニメは宮崎駿のものであり、それを真似ても新たな作品世界を生み出せないと飽きられてしまうだろう。それにしても表情描写を少し変えるだけで表現が変わることには驚かされる。奥の深い世界である。

福音はとどいていますか69

「宗教は考えるものではなくて、生きるものだと言っているのです」(藤木正三)1-93神は愛である

・神を思索の対象にしてはいけないと藤木師は語ります。「神は愛である」…何気なく使うことばにどれほどの重みがあるのでしょうか。本当に身体から全身で理解、いや納得できているのかが問われています。そして、結論として宗教は生きるものの中に見出されるのです。

最上のわざ(ヘルマン・ホイヴェルス)

_1_navi_small.jpg ヘルマン・ホイヴェルス(元上智大学学長)

最上のわざ

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、
働きたいけれども休み、
しゃべりたいけれども黙り、
失望しそうなときに希望し、
従順に、平静に、おのれの十字架をになう。

若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、
謙虚に人の世話になり、
弱って、もはや人のためんに役だたずとも、
親切で柔和であること。

老いの重荷は神の賜物、
古びた心に、これで最後のみがきをかける。
まことのふるさとへ行くために。
おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、
真にえらい仕事。

こうして何もできなくなれば、
それを謙虚に承諾するのだ。

神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。
それは祈りだ。
手は何もできない。
けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために。

すべてをなし終えたら、
臨終の床に神の声をきくだろう。
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と。


ヘルマン・ホイヴェルス『人生の秋に―ホイヴェルス随想選集』(春秋社)

人生いろいろ:朝の風景

† 早朝の3:40に新聞販売店の横を通った。もうライトがついて大勢の従業員が仕分けをしていた。これから各家庭に配布していくのだろう。毎日、冬も雨降りも続く。

‡ また、この時間は飲食店で出た残飯を収集する運搬車がある。コンビニのゴミも、お客さんが来ない時間帯に収集している。このように、寝ている間にも働いている人がいる。

髪が伸びる人形にまつわる怖い話

髪が伸びる人形にまつわる怖い話
2010年8月13日 教えて!goo! 吉川晶子(Yoshikawa Akiko)

愛着をもって大切にされる一方で、不気味なところもある「人形」という存在。人間に似せて作られているのに生命を持たない、というギャップがこの両面性の源にあるのかもしれません。

■元祖・髪が伸びる人形「お菊人形」

人形にまつわる怖い話はたくさんありますが、なかでも最も有名なのは「日本人形の髪が伸びる」という話ではないでしょうか。教えて!gooにも、「髪がのびる人形!」という質問が寄せられています。その回答の中に

  「有名なお菊人形については、亡くなったおきくちゃんが大事にしてた人形が、死後に髪が伸び始めた。何度切っても、また伸びるってことのようです」(2009kenさん)

というものが。この「お菊人形」とは、北海道の萬念寺というところに納められている人形。「元祖・髪が伸びる日本人形」です。大正時代、幼くして亡くなった少女・菊子ちゃんがかわいがっていた人形で、短いおかっぱ頭だった髪の毛が、肩、腰とどんどん伸び続けていく…というもの。菊子ちゃんの霊が乗り移ったと信じた両親が萬念寺にこの人形を寄付し、今でも大切に供養されているそうです。

「お菊人形」のように明らかに異常事態が起こっている人形については「供養してもらう」というのも自然な流れのように思えます。人形供養といえば有名なのが、京都の宝鏡寺。年に1度、人形供養祭が盛大に行われます。また、おびただしい数の人形たちが一堂に会している様子を見ることができるのは和歌山県の淡嶋神社。こちらは奉納された無数の人形たちが神社の敷地内を埋め尽くすように置かれており、その妖しげな光景から、好事家たちの隠れた人気スポットとなっています。

■どんな人形にも供養は必要?

何も起こらない普通の人形についても、その処分をどうすればいいのか迷いますよね。「お人形やヌイグルミを処分するときは、供養すべき?」という質問がありました。こちらへの回答は意見が割れており、

  「私の場合はぬいぐるみのみですが、供養するのは思い入れがあったり、よほど大事にしてたものだけでいいよ。といわれたので特に何もせずに処分しました」(xxhokuhokuxxさん)

というものと、どちらにも一理あるように感じられますね。判断はご自身で…ということになるのでしょうか。せっかくですから、ご自宅の物置に眠る忘れ去られたお人形のことを、たまには思い出してあげるとよいかもしれません。もし髪の毛が伸びていたら、それはお人形の「かまってサイン」かもしれませんよ…。



・ちょっと怪談ネタ。この季節になると不思議現象がクローズアップされてしまう。上記の髪が伸びる人形という話はいろいろとある。人形には魂が宿ると信じられている。現代人にとっては、科学的にどうなのかということが大事だろう。どうして!?という問いが科学を発達させて人間に新たな地平をもたらした。

信仰の対象となるものは、ルルドの水(聖水)などたくさんある。奇跡と呼ばれるものが本当に奇跡なのかは分からない。病気が治ったという類の話は山ほどあるが、後追いする人にはなぜか起きない…。聖書の時代以前から不思議さに圧倒されて人間は生活してきた。人身御供で自然が左右できると考えていた時代があったが、気象現象は科学的に説明ができる時代となった。

問題は説明ができない現象を霊的な現象と言い、それを鎮めたり取り払うために高額な祈祷を勧める輩だろう。

ネコがあなたに愛情を示しているかどうかがわかる10個の行動パターン

ネコがあなたに愛情を示しているかどうかがわかる10個の行動パターン
2010年08月06日 GIGAZINE

人間のようにしゃべったり表情が露骨に変化するわけではないのでわかりにくいのですが、ネコもちゃんと飼い主に対して愛情表現をしています。この愛情表現の行動パターン、いわゆるボディランゲージを理解することによって、その猫があなたのことが大好きなのかどうかがよくわかる、ということになります。

◆その1:ゆっくりとまばたきする

ネコが見知らぬ人や他のネコに遭遇する場合、またきせずにじっと相手を見つめます。逆にそのネコがあなたを見て、じっと凝視せずにゆっくりとまばたきしたりするのは満足と愛情の表れです。自分のネコに対して同様の仕草をして、どれぐらい長い間、この「ゆっくりまばたき」をお互いにしていられるのかという時間によって愛情の程度がわかります。

◆その2:グルーミング(身繕い)

グルーミングのすべてが衛生的な理由による行動ではなく、ネコにとってはストレス緩和の意味もあります。そしてネコがあなたをグルーミングしてくれる場合、それはネコがあなたを家族の一員として認めているという何よりのサインでもあります。

◆その3:頭をこすりつけてくる

ネコがもしあなたの近くに寄ってきて、あなたの体のどこかに頭をこすりつけてくる場合、それは「マーキング」です。このマーキング行為自体、フェロモンを分泌するということが心地よいという事と親しみを示しており、ネコにあなたがマーキングされたということは「この人は私のもの!」という主張をしているという意味になります。

◆その4:すぐ近くを歩く

あなたの猫が部屋から部屋へあなたが歩いて移動するとそのあとから続いてついてきて、あなたがいるところならどこでもぶらぶらしている場合、それはそのネコがあなたに興味を持っていて、あなたのいるところにいたいというサインです。

◆その5:「贈り物」を持ってくる

ネコが虫や鳥、ネズミの死骸を家の前や部屋の前、あるいはあなたの足下に持ってきてポトンと置いていき、あなたを驚かせることがありますが、これはいやがらせではなくむしろ逆、あなたに大事な「贈り物」を届けているわけです。ちょうど子どもが両親から承認を求めるように、あなたがその贈り物によって満足することをネコは望んでいるということです。

◆その6:帰宅と同時に興奮し始める

場合によっては飼い主が目撃できていないケースもありますが、家族や同居している人、あるいは友人が知っているケースがあるのがコレです。例えばあなたが自動車で戻ってきた場合、自動車のドアを開ける音、ロックを解除する音、あるいはそれに準じるような「あなたが家に帰ってきた」ことを知らせる音を聞いたとき、ほとんどのネコは興奮状態に陥ります。もしあなたが帰宅したときにネコが玄関にいる場合、それはあなたが無事に家に戻ってきたことによってネコがほっとしている証拠です。

◆その7:おなかを見せる

ネコがあなたの前で寝転がって仰向けになり、おなかを見せる場合、それは「あなたを信頼しあなたを愛している」という合図です。というのも、ネコにとっておなかを相手に晒すというのは、内臓の詰まったネコの弱点を晒しているということになるためです。つまりおなかを見せてくれるネコはあなたを警戒していない、という意味になります。

◆その8:しっぽの形

多くのネコはあなたに挨拶するためにしっぽをクエスチョンマークのような曲がった形にします。そしてしっぽが直立位置になればなるほど、それは親しさ・信頼・愛情の強さを示します。

◆その9:もみもみ

猫は本能的に生まれたときから母親ネコのミルクを出すのを促進するために、相手のおなかをもみもみします。そしてこのもみもみ行為をもしもあなたがされたなら、それはあなたのネコがあなたにできる最も大きな愛情表現のうちの1つです!

◆その10:反応がかすかになる

ネコは犬と違い、あなたのことが大好きだからといってハァハァと興奮してあなたをなめ回そうとしたりしませんし、むしろそっけない態度を取ります。しかしそれはあなたを愛していないのではなく、ネコ独特の繊細な方法であなたの位置をあなたに教えており、あなたの膝の上に乗ってごろごろと音を鳴らすというのが何よりの愛情表現です。




How Cats Display Affection

Whether or not your cat is affectionate depends on her personality, her breeding, and her upbringing. Some cats are aloof; some can't wait to shower affection upon you. When a cat chooses to express affection, she's more likely to show you than tell you, so understanding the feline lexicon of love requires that you understand feline body language and how they interact with fellow cats as well as humans.

Slow Eye Blinks
When cats encounter strangers or other cats, they usually greet them with an unblinking stare. Slow eye blinks - often called "Kitty Kisses" - are a sign of contentedness and affection. You can make a game of this by slowly blinking back at your cat and see how long the interchange can last.

Grooming
Grooming is not all about hygiene. Cats groom each other both as a stress-reliever and as a bonding mechanism. If your cat grooms you, it's a sign that she accepts you as part of her feline "family." It can also be a way of claiming "ownership" of you.

Head Rubbing and Butting
If your cat rubs her face on you, she is "marking" you as her property. There are glands on her face that secrete pheromones which act to mark territory as well as signal comfort and familiarity. Each cat's pheromone signature is unique, just as our fingerprints are. When she leaves behind this calling card, she's saying "MINE!"

Proximity
If your cat follows you from room to room and hangs out wherever you are, it's a sign that she's interested in you and wants to be where you are. Some cats who otherwise do not display affection can still express their love just by "being there for you."

Bringing You "Gifts"
As repugnant as it is to find that Fluffy has left a mutilated mole or dead bird on your doorstep, do not yell or hurt her when you find it. She has bestowed a cherished gift upon you and is hoping you'll be pleased with the offering, just as a child seeks approval from his parents. The best way to discourage this behavior is to keep her indoors.

Excitement at Your Return Home
You may not witness this, but your spouse or roommate might. Most cats who are bonded to their owners will respond with excitement when they hear your car in the driveway, or when you make distinctive sounds (like jingle of the key in the lock) when returning home. If they run for the door when you come through it, they've missed you and are relieved that you've returned safely home to them.

Belly Display
When your cat rolls over and exposes her belly to you, she is signaling that she trusts you and loves you. Exposing her belly exposes her vulnerability. If she did that in the wild, she'd be toast. She's comfortable enough with you to let down her guard.

Tail Position
Many cats use a question mark-shaped tail to greet someone they like. A tail in the full upright position also indicates familiarity, trust and affection.

Kneading
This instinctual gesture originates from birth, when your cat kneaded her mother to stimulate milk flow. In later life, kneading signifies contentment, pleasure and adoration, especially if accompanied by drooling. This is one of the greatest expressions of love that your cat can bestow upon you.

Cat Love Can be Subtle
Unlike dogs, cats usually won't shower you with sloppy kisses, but that doesn't mean they don't love you. In their own subtle way, cats will let you know where you stand, and petting a purring, head-butting cat in your lap is a quiet pleasure that can make your day.



catster http://www.catster.com/articles/How-Cats-Display-Affection-164

教会音楽家 久米小百合(久保田早紀、シンガーソングライター)

教会音楽家 久米小百合(久保田早紀、シンガーソングライター)
bibles.jpg
東京都生まれ。共立女子短期大学文科卒業。東京バプテスト神学校神学科修了。
1979年~84年、久保田早紀として音楽活動。1985年、音楽家・久米大作氏と結婚、久保田早紀としての活動から引退。以後はおもにキリスト教会やミッションスクールを中心に、教会音楽家として、音、言葉、絵画を組み合わせた新しいスタイルのチャペルコンサートを行なっており、賛美の世界に奥行きと創造性を持たせるものとして高い評価を得ている。現在、USAカーネル大学神学大学院(Dr.of Sacred Music)在学中。

Misshon photos  履歴、最新の活動、スケジュール等掲載

・NHKのラジオに出演していた。「異邦人」のヒットで、私も演奏したことを思い出す。異邦人はアレンジャーにより大幅に編曲されているということだ。現在は各地の教会で演奏しているという。NHKということで宗教的な話は日曜学校くらいなもの。キリスト教との出会いとかの話は全くなかった。

福音はとどいていますか68

「『貧しい人達はいつもあなた方と共にいる』とイエスは言われました。愛とはそんなに思い詰めて、急いで完璧に果たさなくても良いものなのです。気負わずに愛し続けましょう」(藤木正三)1-92急がずに愛

・愛はじっとしていてもできるんですね。向こうの方からやってきてくれる。意気込んでしなくてもよいことなのです。ただ、それに十分に応じられない自分を知っていることが大切かな。マザー・テレサの言ったように、まず家庭から始めましょう。

全国パワースポット、若者激増で珍景・珍現象

全国パワースポット、若者激増で珍景・珍現象
2010年8月20日 読売新聞

 全国各地に散在する「パワースポット」と呼ばれる神社や山岳など自然の景勝地が、大勢の若者を引きつけている。

 「力をいただく」「気があふれている」「良縁に恵まれた」などが人気の理由で、従来の信仰や観光とは少々、違う。これまであまり訪れることがなかった若い年代の人たちの来訪に受け入れ側からは戸惑いの声も聞かれる。

 ◆満足
 「ご神体の力を素肌で感じたいんです」と往復約2時間の山道をはだしで歩いている女性がいた。奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社のご神体の三輪山(標高467メートル)では、20~30歳代の若者が激増している。数年前には考えられなかった光景だ。

 今年の大型連休中、三輪山には1日当たり例年の6倍以上の約1000人が入山。山道を歩き通した兵庫県西宮市、近畿大5年佐藤理栄さん(24)は「心身の疲れが取れた。お山に力をもらった気分」と満足そうだった。同神社の山田浩之権禰宜(ごんねぎ)(45)は「若者が心の問題に向き合う場として、神社を認知し始めた」と喜ぶ。

 ◆行列
 パワースポット人気は、スピリチュアル(霊的)ブームの延長とされる。霊能者や芸能人が訪れる神社や自然がテレビや雑誌で紹介され、昨年秋頃から一気に火がついた。

 必ずしも参拝が目的ではない。東京の明治神宮では、戦国武将・加藤清正ゆかりの井戸「清正井(きよまさのいど)」を携帯電話の待ち受け画面にすると幸運が訪れるとして、大勢の人が集まる。今年の正月には、5時間待ちの行列ができた。神社は現在、1時間ごとに区切った整理券を配り、対応している。

 ヤマタノオロチ退治で知られる須佐之(すさの)男命(おのみこと)を祭る島根県出雲市の須佐神社。境内では、推定樹齢1300年のご神木「大杉」が参拝者の“スピリチュアル”をかき立てるといい、若い女性たちが木の幹に向けて、手をかざす姿がみられる。

 神職は「数年前まで年間1、2万人だった参拝客が、今では10万人はいるのでは」と話す一方、「携帯のカメラで大杉を撮影するのに夢中で、鳥居や本殿は素通り。神社はお参りするところなのに」と困惑する。

 ◆不安?
 何が人々をパワースポットに引きつけるのか。

 鎌田東二・京都大こころの未来研究センター教授(宗教哲学)は「政治、経済、社会、家族、いずれもが衰退する不安な世の中で、パワーという物量的、即物的な響きが魅力なのだろう」とみる。また、小松和彦・国際日本文化研究センター教授(民俗学)は「歴史の地には正の面と、怨念(おんねん)の受け皿となった負の面がある。単純にありがたがるばかりでは、逆効果にもなりかねない。両面を理解して出かけた方がいい」と語った。

 ◇パワースポット= 風水学、気功学、スピリチュアリズムなどの立場から、特別な力が得られるとみなされている場所。宗教的な場が精神面に好影響を及ぼしたり、豊かな自然が健康をもたらしたりするなどの効果があるとされるが、必ずしも科学的根拠はない。(藤岡博之、岸下紅子)



・パワースポットという言葉が流行っている。神社・仏閣があるところは自然に恵まれた所が多いから散策するだけでも気持ちが変わるのは理解できる。信仰でも観光でもないという、エネルギーをもらうらしい。

パワースポットとは、特別な場所に行くことではないのではないか。自分が独りで省みをできる時間・空間が大切なのである。

人生いろいろ:野球場の過去

† 甲子園球場は戦時中は軍需工場、研究所として使われていた。頑丈なコンクリート製だったので空襲にも耐えた。昭和22年から高校野球に再び使われた。

‡ 日本で初めてプロ野球が行われた鳴海球場は、現在自動車学校となっている。昭和6年にはルー・ゲーリック、昭和9年にはベーブ・ルースら全米選抜チームが来日し、同年職業野球「巨人軍」が誕生、昭和11年名古屋にも「名古屋軍」と「金鯱軍」が誕生。昭和11年2月9日 日本で初めて「巨人軍」と「金鯱軍」のプロ野球の試合が行われた。

介護主夫日記:「男たちの介護」3

男性介護者にとって、職を辞して専念することは大きな挑戦となる。日本の介護休暇は貧弱であるし、有給休暇を取得することすら周囲を憚るのが現状である。職を辞したいわけではないが辞めざるを得ない選択肢しか残っていないのである。

下記の記事を読んでいて服部教授の指摘は覚えがある。介護施設職員やホームヘルパーらは、よかれと思っていろいろと注文をつけることがある。私の場合は、それが納得いくものならば積極的に整備し改善を図るということできた。ただ、生活には標準はないのだ。特に大正・昭和初期に生まれている高齢者の価値観を理解しなければ良い援助は行うことはできないだろう。

この連載記事は、男性介護者たちが殺人・自殺を起こすことを取材したものだ。私は多くの男性介護者はよくやっていると感じている。スーパーで買い物する高齢男性は非常な増加をしている。人生に対する見方と同様に、生きずまった時にどうするのかといった問題に落ち着くのだろう。壁を前にして、逃げるのかぶち当たるのか、それとも重機を持ってきて壊すのか…いろいろな方法がある。それを考えつつ毎日を暮らしたい。


「男たちの介護」(3)-“暴発”の背景と兆候-(下)
2010年8月18日 医療介護CBニュース

 虐待や介護殺人を引き起こしそうな兆候をキャッチしたとき、介護職や家族は、どのように男性介護者と向きあえばよいのか。前回に続き、“暴発”に至るまでの背景と兆候について探る。

■ありふれたやり取りに潜む“トラブル”の種

 ケアマネジャーとしての経験から、介護サービスの拒絶こそが暴発に直結する危険信号と指摘する立教大の服部万里子教授は、「介護負担がある中で、何の理由もないのにサービスを断る介護者はいません。彼らは、必ずと言ってよいほど、介護サービス担当者との“トラブル”を抱えていたり、サービス担当者の言動に違和感を覚えていたりします」と断言する。

 服部教授が言う“トラブル”の種は、ごくありふれたやり取りの中に潜んでいる。
 例えば、デイサービスの職員は訪問する前、介護者に薬や着替えの準備をお願いする場合がある。そして、介護者がその注文にこたえきれていないと、多くの職員は、「お薬が準備できていないようですが、次からは用意しておいてください」「これからは着替えの準備もお願いします」と、依頼するのではないだろうか。
 一見、常識的な依頼だ。だが、やるべきと分かっていながら、何らかの理由で用意できない介護者にとって、この依頼は苦痛以外の何ものでもない。そして、やりたくてもできない点を指摘され続ければ、介護者は、より追い詰められていき、いずれはサービスを受けること自体が苦痛となる。
「在宅で介護する人の中には、介護に追われ、やりたくてもできないことを抱えた人が多いのです。このことを大前提として忘れてはいけません」(服部教授)。

 それでも介護サービスを断わられた場合は、どうすればよいのか。
「当然、ほかの担当者も交えて話し合いをし、その意思を翻してもらうしかありません。でも、そうなる前の配慮や努力の方がずっと大切。例えば介護者に『夜、眠れていますか』『無理なさってはいませんか』といった声を掛けるだけでも、ずいぶん違うはずです」(服部教授)。

■研修で事件を学び、万一に備える

 また、日本福祉大の湯原悦子准教授は、男性介護者の“暴発”を未然に防ぐためには、研修などの機会を通じて介護殺人・心中事件について学ぶことが重要と指摘する。
「事件を起こした介護者が支援についてどう受け止めていたのか、何が彼らをそれほど苦しめたのかをより多く知ることで、『こんな介護者の場合、こうなる可能性がある』という”先を読む援助”の視点も身に付くはずです。そうなれば、殺人や心中の兆候もキャッチしやすくなります」(湯原准教授)。

■「職を辞め、介護に専念」することのリスク

 ところで「介護サービスを断る」こと以外にも、注意すべき行動がある。「仕事を辞め、介護に専念する」という行動である。
 介護に専念するために職を辞した結果、経済的に困窮してしまい、要介護者の殺害に至る男性介護者は多い。2008年4月、認知症の母親と無理心中を図った山形県の男性も、09年10月に左半身がまひした妻を殺害した愛知県の男性も、事件前、介護に専念するために職を辞していた。
 いずれにせよ、仕事を辞めることが、経済的なリスクを伴うことは間違いない。それでも職と介護をてんびんに掛けざるをえない男たちを支えるには、どんな手立てがあるのか。
 その手立ての一つとして、在宅介護をあきらめ、施設を利用するという選択肢がある。ただ、この選択肢には外しがたい前提がある。「介護者が要介護者の入居を十分に納得した上で」ということだ。「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」で事務局長を務める、立命館大の津止正敏教授はこう指摘する。
「男性介護者の多くは、苦しみの一方で、介護することにやりがいを見いだしてもいます。そして、男性から介護を取り上げることで、その葛藤が解決されることもありません」
 実際、男性介護者の中には、周囲の人々が施設に入居させた要介護者を自宅に連れ帰った後、事件を起こしてしまう人もいる。今年1月、認知症の妻を殺害してしまった和歌山県の男性も、そんな男性介護者の一人だった。


心の泉48

「あなたが神のためにした同じことを、あなたにしてくれる人がいたならば、どんなにうれしいことだろう」(アントニー・デ・メロ)1-408

How grateful you would be to anyone who did for you what you have done for God !

・人間は隠れたところで善行を積んでいる。それは、なかなか表面化しないし地味である。例えば、主婦が夫のために丹精を込めて料理を作る。食事はわずか15分かもしれないが、作るには90分はかかった。作っている時も、今晩はこんな話をしようとか、味加減は夫好みかなと気遣う。神は、そうしたすべてを知っておられる。その丁寧さで、神に接していくときに平安がある。また、家庭も暖かい。

介護主夫日記:「男たちの介護」2

介護殺人から介護を考えているシリーズ記事だが、児童虐待死事件でも親が悪いといった論調の報道が多い。介護殺人の場合は、同情的な記事もある。大切なことは、このような事件にならないが同じ状態の家族が多いということである。一時的な感情に左右されるのは人間としては仕方ないことかもしれない。

介護家族の心理についての本を見かけたことがない。ただ人間心理は、キューブラー・ロス博士が明らかにしたような段階を経ていくものと考えてよい。最初は否認し葛藤するも、冷静になってくると理解し受容に向かう。長い介護生活をすれば、こうした受容までには何年もかかるものと思われる。

記事にあるように、介護サービスを拒否することで社会との関わりを閉ざすようになったなら非常に追い詰められている状態であると思われる。介護は、子育てのように子ども成長の喜びや独立といった道筋がない。この介護が10年続くのか…どうなのかは分からない八方ふさがりの感じがある。そして確実に分かることは衰えていくということだけだ。


「男たちの介護」(2)―“暴発”の背景と兆候―(上)
2010年8月17日 医療介護CBニュース

男性介護者による介護殺人や虐待が発生すると、周囲の人や介護関係者は、「あんなに献身的に頑張っていたのに」と残念がり、不思議がることが多い。6年間寝たきりの母を献身的に介護した末に殺害してしまった男性の情状酌量を求め、約7600人の署名が集まった2009年の岐阜県関市での事件は、その典型と言える。男たちが“暴発”に至るまでの背景や兆候を探った。

■「介護事件の芽、どんな家庭にも」

「いろいろな介護者と話した経験から考えると、男性介護者など、在宅で介護する家族の介護感情は、希望と絶望、あるいは負担と喜びといった両価性をないまぜにしたような感情交差が特徴と言えそうです」。
そう指摘するのは、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」の事務局長を務める立命館大の津止正敏教授だ。以下は、津止教授が聞いた男性介護者のある1日の要約である。

朝、なかなか動こうとしない妻を怒鳴り付け、デイサービスの送迎車に引きずるように乗せ、「もう、帰ってこなければいいのに」とまで思った男性が、昼には自らの行動を悔やみ、家事も手に付かない。そして夕方、自分の姿を見て手を振って喜ぶ妻を見ると、今度は何年ぶりかに恋人に会えたような幸せな気持ちになる…。

「こういった話は、男性介護者からよく聞かされます」(津止教授)
一生懸命であるがゆえの憎悪と愛情―。たった一日の間に何度も、両極を激しく揺れ動く男性介護者の感情。ちょっとしたきっかけで、感情の“針”が一気に負の方向へ振れたとき、突発的な虐待が起こる。ところが、気持ちが元に戻ると、今度は自らの行動を悔やみ、自己嫌悪に陥る。
「それだけに、何が起こってもおかしくない。どんな家庭にも介護に伴う事件の芽が広く深く潜んでいると考えてよいでしょう」(津止教授)

■引きこもり、無職の介護者は要注意

ならば、男性介護者が最悪の事態を引き起こす前に、その兆候をとらえることはできないのか―。日本福祉大の湯原悦子准教授は、特に深刻な問題を引き起こしやすい家庭には、特徴があるという。
「介護が始まる前から家族間のコミュニケーションがうまくいっていない家庭は注意が必要です。無職の息子が母親を介護するケースも行き詰まりやすい。特に、その息子が引きこもりがちだったりすると危険です」
実際、2008年7月には愛知県で、引きこもりの男性がおばを介護し切れずに絞殺する事件も発生している。事件の直前、この女性は介護らしい介護はほとんど受けていなかったという。

しかし、津止教授も指摘する通り、虐待や殺人を引き起こすのは問題を抱えた家庭の男たちだけではない。冒頭でも例示したが、要介護者と円満な関係を築いている男性介護者が、事件を起こすことも少なくないのだ。そんな介護者たちの“暴発”の兆候をとらえるのは容易なことではない。
「それでも彼らは、いろいろなエスオーエスを発しています」と指摘するのは、自らもケアマネジャーとして活動する立教大の服部万里子教授だ。
「例えば、『うるさい』『あなたたちには(自分の苦労を)分かってもらえない』『もうどうでもいい』といった言葉を介護職にぶつけるようなら要注意です」

■介護サービスの拒否は危険信号

服部教授によると、虐待や介護殺人を防ぐ上で決して見逃してはならないサインが、介護サービスを拒否することだという。
「介護者の男女を問わず極めて危険な兆候です。中には、『あとは家族でできます』などと穏やかに申し出てくる場合があるかもしれませんが、そのときの雰囲気に惑わされてはいけません。サービスを断った事実こそが重大なのです」(服部教授)

介護サービスを断ることで、介護者と要介護者は一気に社会から孤立してしまう。その結果、介護者と要介護者がぎりぎりの状況に追い詰められても、誰も気が付かない可能性が生じるのだ。06年2月、認知症の母親と心中を図った京都市の男性も、母親の体調不良を理由にデイサービスに通わなくなった。男性が母親を絞殺し、自らの首に刃をつきたてる数か月前のことだった。


新スタートレック TNG 第85話「空白の1日」

新スタートレック TNG 第85話「空白の1日」

久しぶり登場のガイナンだが、スペシャルゲストの貫禄かエピソードにはからまずに済んでしまった。

パクサン人は閉鎖国家らしい。ディアナの身体を通じて交信するために、どのような姿かたちかは不明。だが、優れた技術力を持つということらしい。パクサン人とボーグはどちらが強いのか、Qとボーグは!? とか考えてしまいがちだが…。それにしても閉鎖国家というもの可能であれば面白い。しかし、超高度と言われる文明はどこから手に入れたのか、すべて自前とは考えにくい…けどね。

さて、このエピソードの中心はデータの忠誠心ということになるでしょうか。データは自分自身が解体される運命になるかもしれないのに、艦長命令+判断で守秘を貫こうとします。それは、艦の運命を決断するもので艦隊士官たるデータの力だと言えます。

それにしても、艦長の機転で、パクサン人に「もう一度やり直せばいい!」って言うくだりは実に面白い。そう、人生だってそうだものね。


アリサ・オガワ:パティ・ヤスタケ

介護主夫日記:「男たちの介護」1

下記の記事にあるように、自殺・虐待は男性が多いのだろう。少し触れられているが、一般の男性は家事の経験が乏しいか全くないといってよい。仕事だけが生きがいで定年を迎えても、濡れ落ち葉とか揶揄されてお荷物扱いされる。ただ、妻が元気で長生きという場合だけではない。男性介護者の援助は、いわゆる父子家庭の援助につながるものがある。母子家庭の経済的・雇用問題はマスコミでも取り上げられるが…父子家庭は経済的に問題ないと見做されてしまう。

立命館大の津止正敏教授を中心に組織している男性介護家族のネットワークでは、こうした男たちの手記を公表して孤立しがちな彼らにメッセージを送っている。多くの男性介護者は、弱音を吐かずに誰にも頼らず、一人で抱え込み責任を全うするという『強い市民』を演じ、孤立化しやすくストレスに弱い。

私の場合も、介護にかかわることで生活が一変してしまった。幸いに福祉を学んできただけに知識だけは多いのだが、生活は実践そのもの。毎度の食事のことから精神衛生まで、とても一人ではできなかった。2000年から始まった介護保険制度を利用し満点の介護をめざした。だからイライラも多かった。介護の長期化で生活そのものにゆとりがなくなり、介護者の生活・生き甲斐を犠牲にする生き方に悩んできた。だから、自殺・虐待の心理はよく分かる。制度の充実よりも、近隣からの支えがほしいと思ったり感じている。人間関係は濃すぎても希薄でもよくない。


「男たちの介護」(1)―追い詰められる男性介護者―
2010年8月16日 医療介護CBニュース

現在、この国では100万人余りの男性が、介護者として伴侶や親を支えている。つまり、全介護者の3人に1人は男性ということになる。年々増え続ける男性介護者だが、彼らの中には、介護がもたらす環境の変化に耐え切れず、事件を引き起こす人も少なくない。「男たちの介護」の現実や課題についてレポートする。

■介護殺人の加害者の7割が男性

男性介護者の現実を考えるとき、避けては通れないテーマがある。殺人と虐待だ。
介護者が要介護者を殺す「介護殺人」について研究する日本福祉大の湯原悦子准教授が新聞報道を基に実施した調査によれば、介護が原因と思われる殺人や心中は、1998年から2009年の12年間で454件、昨年には46件発生している。そして、その加害者の約7割が男性介護者だったという。
湯原准教授は、「介護殺人」の特徴について、以下のように語る。
「介護殺人の場合、半分以上は心中型です。つまり加害者である男性も、要介護者を殺さざるを得ないほど追い詰められていたと言えるでしょう」

それだけに、事件後も伴侶や親への思慕の念を持ち続ける男性介護者もいる。
「妻を愛していました。今でも愛しています。仕事のプレッシャーもあり、あの時は善悪を判断する理性が壊れていた。妻に申し訳ない」(09年4月、寝たきりの妻から依頼を断り切れず、殺害に及んだ59歳の男性)
「50年以上の連れ合いですから、好きでした」(09年6月、10数年の介護の末、認知症の妻を絞殺した78歳の男性)
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」(06年2月、10年余り介護してきた認知症の母と心中を図った男性)
それでも彼らは、自らの手で、守り助けてきた人の命を絶った。

虐待の場合でも、加害者になりやすいのは男性だ。厚生労働省が08年度に全国の市町村に対して行った高齢者虐待の調査によれば、虐待者の割合で最も多いのは要介護者の息子で40.2%。さらに要介護者の夫は17.3%で、息子と夫だけで全体の6割弱を占めた。

■孤立化しやすく、ストレスに弱い男性介護者

なぜ男たちは、慈しみ、守ってきた人を殺し、虐待するほどまで追い込まれてしまうのか。そもそも男性が女性に比べて、加害者になりやすい理由は、どこにあるのか。
自らもケアマネジャーとして活動する立教大の服部万里子教授は、男性介護者の場合、特に身体的な虐待を起こす傾向が強いとした上で、男性が暴力に走る理由として「孤立化しやすく、介護に伴うストレスを受けやすいため」と分析する。
「中高年の男性の場合、普通の家事でもうまくこなせない人が多い。料理も分からなければ、女性の下着など買ったこともない。自分が買い物かごを提げて町内を歩くこと自体に抵抗を感じる人も少なくありません。多くの男性が介護や家事について相談できるプライベートな“人脈”を持ち合わせていない点も、男性介護者のストレスを高める要因となっています」

■介護に“結果”を求め、自らを追い詰める

また、男性介護者と支援者の全国ネットワークで事務局長を務める立命館大の津止正敏教授は、男性の介護に対する姿勢が、自らを追い詰める要因の一つと指摘する。その姿勢とは、仕事と同じように介護に取り組むことだという。
「多くの男性介護者は、弱音を吐かずに誰にも頼らず、一人で抱え込み責任を全うするという『強い市民』を内面に秘めています。そんな彼らだけに、いろいろなメディアで知識を仕入れ、必要な器具をそろえ、全力で介護に打ち込みます。その上、彼らは、仕事と同様、介護にまで“結果”を求めてしまうのです」

この場合の“結果”とは、たとえば排泄はおむつに頼っていた人が、ポータブルトイレを利用できるようになるといった、要介護者の状態の改善を意味する。しかし、要介護者が高齢者である場合、いくら理想的な介護を施しても“結果”が得られることは少ない。むしろ、加齢とともに身体機能は、少しずつ衰えていくのが普通である。
「すると男性は、“結果”が得られない自分に絶望し、いら立つわけです。『強い市民』は『もろい市民』でもあります。それだけに絶望といら立ちが積み重なり、耐え切れなくなったとき、虐待に走ったり、心中する道を選ぶ男性介護者も少なくないのです」


福音はとどいていますか67

「十字架は、罪のための犠牲である故に身代わりであるというよりは、罪への徹底した寄り添いの故に身代わりなのです。十字架の真意は神の寄り添いです」(藤木正三)1-91十字架の意味

・藤木師は、イエスの死に方ではなく生き方に注目します。神が人間にされている業ゆえに、イエスも人間に対する愛情をそのような形で示したと言えます。隣人を愛するとは、自分自身を愛することであり、自分を愛するとは、自分を形作った神をも愛するということです。キリスト教神学では、贖罪は大きなテーマであります。欠けのある人間を、御子を送り死して復活させることで人類の罪を贖ったということですが、あなたはどう納得しますか。

群生海25

   指

夜なかに指さきがうずく
この指いっぽんを
どうすることもできぬ自分が
幾山河越えて生きてきた

・指先一本すら、自分のはからいではどうにもならない。すべてはお陰様。

ETV特集 「敗戦とラジオ~放送はどう変わったのか~」

ETV特集 「敗戦とラジオ~放送はどう変わったのか~」
2010年8月15日 NHK教育

戦時中、ラジオは国策の宣伝機関として戦争目的の遂行を国民に訴え続けた。そして敗戦を境に、ラジオ放送は占領軍の監督下、再出発することになった。ラジオが新しく生まれ変わった占領期、放送現場は何を模索し、何を放送していたのだろうか。
 当時の音源や、放送台本の発掘が進み、占領下のラジオ放送を実証的に検証することが可能になった。その中には旧日本軍の実態を知らせるためにGHQが直接、制作した「真相はこうだ」の録音盤や、政治や世相を風刺して圧倒的な人気を集めた「日曜娯楽版」の録音テープや放送台本がある。これらの番組の制作に携わった制作者が残した当時の文章からは、価値観の転換を強いられた戸惑いや、与えられた自由を真の自由に育ててゆこうとする意志を読み取ることができる。
 ラジオは、敗戦を境に、占領軍の監督下で再出発、民主主義という新しい価値の普及に大きな役割を果たした。その一方で、占領軍への批判は厳しく禁じられていた。活字メディアに比べ、放送のGHQによる検閲の実態は不明であったが、原爆や米兵犯罪に関する報道規制など、今回、関係者へのインタビューで、初めてその実態が明らかになった。民主主義の普及とGHQによる検閲。ラジオは矛楯を抱えながら再出発した。それは、アメリカのラジオとしての出発だった。そして、アメリカの占領政策が、冷戦の進行の中、民主化・非軍国主義化から、反共に重心を移す中で、ラジオは再び政治の力学に翻弄されてゆくことになる。その中で鋭い社会風刺で人気を集めた『日曜娯楽版』が消えて行った。
 これまで、占領下の放送については、制度史に力点を置いて描かれてきた。この番組では、何がどう放送されたのか、アメリカの対日政策は放送にどう影響していたのか、占領下ラジオ放送の現場に光りを当てる。放送の公共性とは何なのか、占領下ラジオが残した問題は、今日、なお重い。



・「検閲」ではなく「自主規制」という方向で日本の放送は進行している。もはや、国からの圧力は政治案件の問題を除いて自由に報道できる建前となっているが、自主規制ということで放送局横並びの報道を心掛けている。それは、トップ落ちしないということらしい。どの放送メディアも特ダネスクープしない代わりに、没個性な内容の放送に落ち着いてしまう。それをかろうじて逃れてきたのは、ごく一部の放送人の内部での闘いがあったからだ。現場では斬新なアイディアもあるのだが、上の段階で規制がかかってゆく。

今回の番組は、ETV特集の戦中のラジオ放送が果たした役割に続く戦後すぐの関係者の証言である。占領軍は日本人に民主主義を根付かせるために放送を利用したが、それは今まで国威発揚を前面に掲げてきたラジオが一変して、あの戦争は間違いだったから、これからは民主主義思想なのだと言っても誰もが信じられないという気持ちになっても仕方ないだろう。別の戦争ドキュメントでも言及されていたことだが、日本人は下士官根性というか、自主的に相手のご機嫌を伺っていこうという精神に充ち溢れているように感じる。それは、お代官さまが変わっても自分たちだけは生き延びようとする根性のようだ。「自主規制」という形で、相手が求めている以上のことをなしてしまうのだ。

番組では日曜娯楽版というラジオ番組にスポットをあて、NHKの名物プロデューサーだった丸山鉄雄氏と音楽・構成作家であった三木鶏郎の批判・風刺精神が健全に発揮されない社会の不健全さを感じた。なお番組に登場する人たちは皆さん、NHKのOB・OGたちであった。なかなかNHKの悪口は言いにくい立場である。民放ラジオ開始は昭和26年9月であったが、民放の放送コードはどうなっていたのだろうかと気になってしまった。

余録:「困った情熱」の行方

余録:「困った情熱」の行方
2010年8月7日 毎日新聞

 人の情熱は実にさまざまだからこそ世の中は面白い。しかし、時にちょっと困った方向にとんでもない情熱が注がれることがある。「旧事大成経」という江戸時代に禁書になった偽書をめぐる騒動も、そんな「困った情熱」の産物だった
▲この書物、実に74巻にわたり壮大な古代神話を記しているが、まったくの偽作だ。志摩の伊雑宮(いざわのみや)が天照大神の本宮だと主張するために作られ、偽作にかかわった僧と浪人は流罪に処せられた。驚くのはその迫真の出来栄えで、学者や神道家たちもすっかりだまされた
▲「作者、豪才強魄(ごうさいきょうはく)畏(おそ)るべし。真正の歴史を修めば、その功赫然(かくぜん)たらんに。惜哉(おしいかな)」とはある儒者の言だ。その才能で本物の歴史を研究していれば、すごい業績をあげたろうと惜しんでいる(今田洋三著「江戸の禁書」)
▲先日、タコイカウイルスと呼ばれるコンピューターウイルスによる器物損壊容疑で逮捕された27歳の男もまた「困った情熱」の持ち主のようだ。以前、別のウイルスで摘発されて「今後は自分の技術を社会のために役立てたい」と言っていたのにまた同じ轍(てつ)を踏んだ
▲パソコン内のファイルを勝手に上書きしてタコなどの動画を作動させるこのウイルス、当人は「前よりプログラミング技術がどれだけ向上したか試したかった」と作成したそうだ。その後1年で9回もバージョンアップしたから、その「困った向上心」や畏るべしだ
▲聞けば金融危機で仕事が減り、自宅待機になった境遇も世を欺く情熱をふくらませたようだ。男に同情しないが、昨今の雇用情勢で世に所を得られぬ才能が急増しているのなら「惜哉」ではすまない。



・確かにそうだ。情熱があれば何事かを成し得るのだが、必ずしも本人に有利な働きをするとも言えない。タコイカウィルスの彼は執行猶予中の身分だから、反省の色もなし。実刑は間違いなく、刑期を終えるまではアイデアをあたためておくしかないのだろうか。その能力を違った方向に使ってほしいね。

記事を読んでいて偽書とか捏造されたものは精巧にできているものがあり専門家も戸惑うような出来ばえのことがある。お宝と称して値段をつける番組があるが、偽物を多く見ている鑑定家にはホンモノの見分けもできるということだろう。

人生いろいろ:デジカメを購入 KODAK EASYSHARE Z915

† コンパクトなボディに光学10倍ズームレンズ・光学式手ぶれ補正機能を搭載。高画質1009万画素。市販のアルカリ単三バッテリーも使用可能。

‡ ずいぶんと久しぶりのデジカメ購入。選んだ理由は、単にホームセンターで特価チラシに載っていたため。コダックは米国のブランドで、ポラロイドと並んで有名なメーカー。ただし、デジカメは日本製品が安くて性能が素晴らしいと思っているが、どれがいいのかよく分からない。ただ800万画素あれば、実用には問題ないと雑誌に書いてあった。この製品のポイントは、市販電池が利用できることと光学手ぶれ補正機能がついていて安価であった。買ってみて説明書を読んで分かったことは、米国では利用可能なスイッチ・shareとか日本の代理店でしか購入できないケーブルとか、日本市場を狙った商品でないことが分かる。事実パッケージも日本語表示ではなく、中国語や韓国語表記がされている。価格.comで見たところ、電源ON・OFFボタンが小さいということが書かれてあったが確かにそうだ。カメラに詳しくないので、画質とかはコメントできない。形はカメラっていう感じで、スマートではないがいいかもね。どうも新しい機種が出るようなので安売りモードなんだろう。付属ソフトはVistaまで対応しているが、画像編集ソフトなどは何でもいいのでインストールする必要はないと説明書にも書かれていた。


追記
コダック社の経営破たんで、経営再建にデジカメ撤退。


米コダック、破産法適用申請…デジカメ対応遅れ
2012年1月19日 読売新聞

 米写真用品大手イーストマン・コダックは19日、米連邦破産法11章(日本の民事再生法に相当)の適用をニューヨーク州の米連邦破産裁判所に申請したと発表した。

 1880年代に創業したコダックは、写真用フィルムで圧倒的なシェア(市場占有率)を誇ったが、デジタルカメラへの対応が遅れ、業績が低迷していた。



再建中のコダック、世界初開発したデジカメ撤退
2012年2月10日14時04分 読売新聞

 経営再建中の米写真用品大手イーストマン・コダックは9日、デジタルカメラ事業から撤退すると発表した。

 不採算部門を縮小し、収益が見込めるプリンターや写真の印刷などに経営資源を集中する。コダックは1975年に世界で初めてデジタルカメラを開発していた。コダックは2012年前半に、デジタルカメラや小型ビデオカメラなどの製造部門を廃止する。今回の見直しで、年間1億ドル(約77億円)以上の費用削減効果を見込んでいる。【ニューヨーク=小谷野太郎】


アントニー・デ・メロ 神父の動画 How to pray, be real, love


Anthony De Mello - Wake Up! (How to be real) 1/4


Anthony DeMello talks about praying from the heart. He is at his best in encouraging us to be fully in touch with truth, beauty, and joy. Fr. De Mello's approach mixes common sense, startling originality, and wisdom from many sources in the East and West.
Segment 1 - How to pray. Segment 2 - How to be real Segment 3 - How to love In this program of three thirty-minute segments, Father Anthony de Mello gives a complete course on spiritual freedom. Using stories, anecdotes, and humor, he begins by focusing on prayer and continues with the topics of freedom and love. Father de Mello's approach mixes common sense, startling originality, and wisdom from many sources in the East and West. He gives his presentations to a studio audience and handles questions that will provide a beginning for your own group discussions.

福音はとどいていますか66


「私達は仕事や地位や財産で、また思想や人生観や趣味などで自分を装うて生きています。しかし、その命が他方、与えられ、支えられ、そして今夜のうちにも取り去られるかも知れないものであることも事実です」(藤木正三)1-90宗教―裸の命の復権

・裸の命とは、装う自分を本来の自分にしてしまう事実のことで、私たちはいくら自分にメッキをしても今晩、裸のような状態で死を迎えるかもしれないはかない存在に過ぎません。宗教とは、そうした命の働きに気づかせるものです。宗教の誤解は、宗教を信じると不安がなくなるとか人生問題が解決するというものがあります。それは、つまり自分を中心にした課題です。それとは別に自分を中心にしない生き方があるのではないでしょうか。装いの命から裸の命の発見に努力したいものです。

発信箱:十字架の重さ

発信箱:十字架の重さ=倉重篤郎(論説室)
2010年8月5日 毎日新聞

 「特例(赤字)国債出さずに何とか予算を組めないか」「何ともなりません」

 1975年度予算編成で、大平正芳蔵相は、連日の省議の末、やむなく2兆円の赤字国債発行を決断した。石油ショックによる税収減のせいだが、戦後財政史上の汚点として、もともと「小さな政府」論者であった大平氏は、このことをひどく恥じた。

 クリスチャンだった。十字架と受け止め、「一生かけて償う」と周辺に誓った。赤字国債を発行するために必要な特例法案を恒久法案にしたい、という官僚たちの要望は認めなかった。「毎年苦労せよ」と1年限りの特例法にして今日に至っている。

 3年後の78年12月、大平氏は首相の座を勝ち取る。就任直後なすべき10の課題をメモにして、同僚の宮沢喜一氏に相談した。宮沢氏は九つまでは「イエス」と回答、「欧州型付加価値(一般消費)税の導入」とあった10番目は首をかしげた。宮沢氏だけでなく、大平派幹部の多くが反対した。

 だが、大平氏は「国民は賢明だから、一生懸命説明すればわかってくれる」と取り合わず、79年10月、いわゆる一般消費税選挙に打って出る。だが、選挙戦は劣勢。時の斎藤邦吉幹事長ら周辺から「消費税を1年先延ばし、その前に行政改革をやってほしい」と説得を受け、投票日10日前になって「断念」を表明した。結果、自民党は過半数割れし、その責任を問う40日抗争が党内を二分する。心労から大平氏は8カ月後の80年6月、心筋梗塞(こうそく)で帰らぬ人に。

 「大平の政治人生のためにも選挙のためにも、あの時は断念しなかった方が良かった」。秘書官としてずっと大平氏を支え続けた森田一元衆院議員はこう振り返る。消費税をめぐる死屍(しし)累々の歴史の一ページがめくられ30年余りが経過した。十字架はさらに重くなっている。



・大平さんはキリスト者だったんだ。赤字国債はこうして生まれて常態化した。在職中に急死したのは、もともと心臓に健康不安があり激務と党内抗争という火種を抱えていたためらしい。以下にあるように、全著作集の刊行がはじまったようだ。ただ、大平正芳記念財団のHP(http://www.ohira.org/)で全ての著作・資料がPDF形式文書で見られる。


<以下ウィキペディアを一部引用>
高松高等商業学校(現香川大学経済学部に入学した春、元東北帝国大学教授で宗教家の佐藤定吉が講演に訪れた際キリスト教に出会った。自身の病や父の死を立て続けに経験した大平はキリスト教に傾倒し、1929年暮れに観音寺教会で洗礼を受けた。東京商科大学(現一橋大学)在学中も引き続きキリスト教の活動にも精力的に参加し、YMCA活動に従事した。敬虔なクリスチャン(聖公会)で、しばしば聖書を好んで引用した。葬儀も立教学院諸聖徒礼拝堂で行われている。朴訥な印象の一方で、「戦後政界指折りの知性派」との評が示すとおり、政治の場にあっても言葉を大切にし、知性を重んじる政治家であった。

書評:「大平正芳全著作集1」(講談社)、「茜色の空」(文芸春秋)
2010年5月3日  読売新聞

学ぶべき「品位ある韜晦」
 多くの著作を物した政治家はいた。中曽根康弘氏はその例外的な存在である。しかし、「全著作集」と銘打って江湖に問うのは前代未聞だろう。後世の評価に堪えるだけの深い思索の積み重ねと、政治的業績が伴わなければ叶(かな)わぬことだからである。
 「私の履歴書」や「財政つれづれ草」「素顔の代議士」、大学の卒論などが収められている第1巻を読めば、政治とは何か、権力とはいかにあるべきかという根源的な問題を深く考えずにはいられない。
 「権力はそれが奉仕する目的に必要な限りその存在が許される」
 「政治とは鎮魂である」と思い続け、「謙虚な政治」を実践しようとした大平政治哲学の集約的な表現だ。それは代議士はいかにあるべきかという若き日の文章からもうかがえる。
 〈われわれの胸中にほのぼのとよみがえる素心一点は、やはり自分は平凡なる人間であるという自意識であり、進むべき道は人間の倫理という平凡な道しか残されていないのだという諦念(ていねん)である〉

 池田内閣は大平や宮沢喜一らが考えた「寛容と忍耐」をモットーにした低姿勢内閣と呼ばれた。しかし、大平には抵抗があった。「政治の姿勢はいつも正姿勢であるべきで、勝手に高くしたり低くしたりしてよいものではないからである」。ポピュリズム(大衆迎合政治)に陥る危険を感じていたのだろう。
 『茜色の空』は、こうした大平の政治哲学の根底にあった精神の葛藤(かっとう)、遍歴を政治家としての歩みとともに描いている。「楕円(だえん)の思想」は大平の一貫した思考方法だった。統制と自由、理想と現実など相矛盾する二つの中心(核)を大事にし、その緊張関係の中で均衡を保ちながら解を見つけようとする考えである。
 とりわけ印象的なのは、安保改定時と沖縄返還時の「密約」の問題だ。外交交渉で秘密は必要だが、国民の知る権利を無視していいということにもならない。外交担当者として秘密をとるが、内心の葛藤は亡くなるまで続いたという。
 権力観や政治手法が対極にある田中角栄と大平は、なぜあれだけ親密な関係であり得たのか。辻井さんは、何よりも角栄の天性の明るさ、無邪気な性格に引きつけられたと分析、金の話はお互いに避けながら、表の顔だけを見ようとしてきたという大平の反省を綴(つづ)っている。
 大平自身の文章と『茜色の空』という小説によって、「鈍牛」のあだ名を持つ知性の政治家・大平正芳がより立体的に浮かび上がってくる。その一生をひと言で言い表すなら、「品位ある韜晦(とうかい)」とでもいうべきものではないのか。そう思われてならない。

 政治家はどうあるべきか。現役政治家にとってこれらの書から学ぶべきことは多いだろう。大平は外務大臣当時の心得として、「私は日米間に塵(ちり)ほどの不信の種を蒔(ま)くこともないよう、周到な配慮を心掛けた」と書いている。自己正当化はあっただろう。しかし、こう言い切れることが大事なのである。普天間をめぐる鳩山内閣の迷走を見れば、その思いは一層痛切になる。

評・橋本五郎(はしもと・ごろう) 1946年生まれ。本社特別編集委員。政治評論やコラムを担当。著書に『範は歴史にあり』(藤原書店)など。

『大平正芳全著作集1』大平正芳著 福永文夫編
出版社:講談社 発行:2010年3月 価格:¥4200
◇おおひら・まさよし=1910年生まれ。第68、69代内閣総理大臣。80年没。

『茜色の空』辻井喬
出版社:文藝春秋 発行:2010年3月 価格:¥2150
◇つじい・たかし=1927年生まれ。詩人・作家。元セゾングループ代表・堤清二の顔も持つ。


カルロス G. ヴァレス, S.J. 

PROGRAMA EMITIDO 05-07-2010
Vales más de lo que piensas

Carlos_G_Valles.jpg
Carlos Gonzalez Vallés
S. J. - Matemático - Escritor

心の泉47

「主は、わたしの罪深さをよくご存じなのに、『おまえは、わたしにとって、かけがいのないもの』と言われる。主はわたしの内にいったい何をご覧になっているのか」(アントニー・デ・メロ)1-408

What does he see in me that eventhougt he knows my sinfulness, he says, "You are precious to my heart" ?

・神はわたしの何を見ているのだろうか。すくなくとも、わたしたちが自分自身を評価する物差しで見ていないことは確かなのだ。神にとって、あなたも、あなたも、かえがいのないものと言われている。自分に絶望するときに、もう一度振り返ってほしい。あなたが見出せないものを見てくださる神がいることを。そして、見渡せばわたしのことを気遣ってくれる人に確かに囲まれていた。

人生いろいろ:高齢者所在不明問題と孤独

† 東京都で発覚した高齢者の安否確認の問題。当初は年金等の不正受給ではないかといった議論がされていたが、ここにきて、こうした実態が全国的なものであることが分かってきた。それは、家族の生別といった問題を含んでいる。生きていても連絡すら取りあわないという家族が存在するという。それが、今回の問題の背景にある。100歳以上だけでないことは容易に想像がつくだろう。隣に誰が住んでいるのか分からないのだから仕方ない。無関心社会。

‡ 一昔前ならば、3世代家族は当たり前であったが今は違う。必要に親子といえども干渉することを許容しない文化となってしまった。それは、経済的な豊かさの象徴なのであるが一方で孤独という問題を露呈してしまった。確かに世代間の価値観のギャップは大きく、衣食住が確保されていれば独居する方がはるかに気を遣わないで済む。だが最期を一人で迎えることは淋しい。

NHKスペシャル 封印された原爆報告書

NHKスペシャル 封印された原爆報告書
2010年8月6日 NHK総合テレビ

アメリカ国立公文書館のGHQ機密資料の中に、181冊、1万ページに及ぶ原爆被害の調査報告書が眠っている。子供たちが学校のどこで、どのように亡くなったのか詳しく調べたもの。200人を超す被爆者を解剖し、放射線による影響を分析したもの…。いずれも原爆被害の実態を生々しく伝える内容だ。報告書をまとめたのは、総勢1300人に上る日本の調査団。国を代表する医師や科学者らが参加した。調査は、終戦直後から2年にわたって行われたが、その結果はすべて、原爆の“効果”を知りたがっていたアメリカへと渡されていたのだ。

なぜ貴重な資料が、被爆者のために活かされることなく、長年、封印されていたのか? 被爆から65年、NHKでは初めて181冊の報告書すべてを入手。調査にあたった関係者などへの取材から、その背後にある日米の知られざる思惑が浮かび上がってきた。

番組では報告書に埋もれていた原爆被害の実相に迫るとともに、戦後、日本がどのように被爆の現実と向き合ってきたのか検証する。



・今回、のべ1万ページわたるという原爆被害の医学的調査報告書の内容が明らかになった。番組では、調査に関わった人、調査された人への取材も交えて、この報告書の意義を考えていた。

この番組を見ていて、731部隊の人体実験調査報告が米国に渡っていたという過去の報道を知っていたので驚くに値することではなかった。米国では表面的には否定されるのだが、広島・長崎の原爆は人体実験であったことは客観的にも明らかであり、戦後の冷戦を見据えての戦略的な核使用を米国は意識していた。核兵器の使用は、現在よりも具体的に話題であったからだ。日本では原爆投下後2日で調査団を広島に派遣しているという。日本も実験段階であったが原爆製造を目指していたから、その威力に対する興味はあったはずだ。番組でも語られていたが、率先して米国に研究資料を提供したのは、731部隊の人体実験など捕虜に対する人道的な扱いが日本では徹底されておらずに追求される危険があったからだ。つまり、保身の意味が強い。

番組の視点は、この調査報告が被爆者のために使われなかったことへの批判となっていたが、患者を治療することと未知なる放射線による殺傷兵器の科学的な研究は自ずから目的が違っている。歴史的にみると、この2年間の調査では初期段階での原爆症の知見を得たに過ぎない。長期に亘る原爆の心身に対する被害が明らかになったのは、ずっと時間が経過して分かってきたことだ。それは、731部隊が各種の細菌兵器を用いて短期間に結果を出すものとは性格が違っていうように思える。

私が知りたいと思ったのは1300名という調査団が何を調べてどのように利用されていったかということだ。医学だけではなく、さまざまな研究がされているはずであり、それは原爆の威力を知るための格好の資料となったはずである。米国がマンハッタン計画で行ったのはシュミレーションであり広島・長崎は、その最終結果なのだ。

番組の後半で、原爆症未認定裁判の話題になってしまい少し話の内容がずれてしまった。原爆投下後に入市被爆した医学生の手記には、原爆症同様の経過が起きたことが書かれており入市被爆のケースは記録としてあった。それが裁判に利用できたかもしれないというのだ。ただ、こうした原爆の威力に関する資料は極秘扱いに決まっており、全容を知っていたのは米国でもトップだけだったろう。

核兵器を人間が所有したとき、科学者の手から離れて軍人・政治家の手段となったときに、独り歩きを初めてしまったようだ。戦死者が名前でなく番号や数字で呼ばれるときには温かい人間の感情はそこにはないのである。だが、少なくとも核兵器が非人道的な大量殺戮兵器であることを証明する形で被爆者らのデータが活用されたと信じたい。むろん納得はできない。

奇跡の言葉43

人生は、ひとつのチャンス。人生から なにか つかみなさい。
人生は、ひとつの美。人生を大事にしなさい。
人生は、ひとつの喜び。人生を うんと味わいなさい。
人生は、ひとつの挑戦。人生を受けて立ちなさい。
人生は、ひとつの責任。人生をまっとうしなさい。
人生は、ひとつのゲーム。人生を楽しみなさい。

人生は、富。簡単に失わないように。
人生は、神秘。そのことを知りなさい。
人生は、悲しみ。それを乗り越えなさい。
人生は、冒険。大胆に挑みなさい。
人生は、かけがいのないもの。こわしてしまわないように。

人生は人生。人生にたちむかいなさい。(マザー・テレサ)

・人生は、ひとつの夢物語。人生を楽しみなさい
↑