魂の言葉18

人は自分自身については暗闇の中にいるも同然です。
自分を知るには、ほかの人の力が必要なのです。(ユング)

・他人との違いを認識することは、自分の個性を知ることにつながる。
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こころの時代 ”究極の悲しみ”に寄り添う 高木慶子

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こころの時代 ”究極の悲しみ”に寄り添う 高木慶子
2009年11月8日 NHK教育テレビ

日本グリーフケア研究所 所長 高木慶子(たかきよしこ) ききて:西橋正泰

災害や事件・事故で、突然、大切な人を失った時、襲ってくる埋めようのない悲しみや罪悪感。そうした「グリーフ」と呼ばれる心の状態を、どのようにやわらげるか。カトリックのシスター、高木さんは、阪神大震災で自分自身も被災した体験などから、心のケアに深く携わってきた。残された人々に寄り添い、「心の闇」に向き合ってきた体験を聞く。



・喪失体験の結果として残るものがグリーフ。それは、肉親を亡くするだけではなく、いろいろな現象にある。その背景には時代の変化があるという。過去には家族形態や近隣関係が癒しの場となっていた。現在は家族数が減り密度の濃い人間関係を構築していており、その喪失は大きな影響を与えるという。関係性のない人が励まし・慰めても効果は受け止めることができない。

13代目のクリスチャンだという。曾祖父も著名な方であったようだ。上智大アルフォンス・デーケン教授との出会いが重要だった。「兵庫・生と死を考える会」では、生と死の教育(死に支度)、悲嘆教育、ターミナルケアを中心にしているという。

高木氏の話では、専門でグリーフケアのできる人材を育てたいということを望んでいる。自然死、自然災害での死、事故での死では違うという。彼女は、福知山線脱線事故のケアをJR西日本から援助を受けて実施てきた。グリーフケアワーカーはカウンセラーとは違うという。最近は自殺未遂・遺族にも目を向けているという。

彼女は「20年間の経験によって…」という言葉を何度も使って話をした。その点には違和感を感じた。デーケン教授の講演や著作にはユーモアの精神があり、それが死という現実に対しても有効であると感じていた。高木さんには、余裕というものを残念ながら感じなかった。それから、いろいろな心理系資格が乱立する時代にあり、どれもが有効範囲を定めているが本当に有効なのだろうかということが疑問となってしまう。


・聖心女子大学文学部卒業。上智大学神学部博士課程前期修了。博士(宗教文化)。
現在 聖トマス大学名誉教授、上智大学教授・同大学グリーフケア研究所所長、「生と死を考える会全国協議会」会長、「兵庫・生と死を考える会」会長、「日本スピリチュアルケア学会」副理事長

 ⇒ 髙木慶子 グリーフケア研究所特任所長へ


上智大学 公式サイト   http://www.sophia.ac.jp/jpn/admissions/griefcare

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 ⇒ 2010年4月に聖トマス大学から上智大学に移管されました。

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上智大学 グリーフケア研究所 

【東京】※公開講座「悲嘆について学ぶ」担当・研究所長 島薗 進 所属

〒102-8554 東京都千代田区紀尾井町7-1上智学院総務局内 グリーフケア研究所担当

電話 (03)3238-3172  FAX (03)3238-3137

【大阪】※人材養成講座担当・特任研究所長 高木慶子 所属

開室時間:平日:10時30分~18時

〒531-0072  大阪市北区豊崎3-12-8 サクラ ファミリア 2階
電話 (06)6450-8651   FAX (06)6450-8652
E-mail : i-grief★sophia.ac.jp
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グリーフケアワーカー養成講座、4日募集開始
2009年11月03日 読売新聞

 学生募集の停止に伴い、来年4月から聖トマス大(兵庫県尼崎市若王寺)から上智大に運営主体が移管する「日本グリーフケア研究所」は、4日から「グリーフケアワーカー」養成講座の来年度の募集を始める。発足初年度から運営主体の変更を余儀なくされた同研究所だが、講座は今年度と同じ場所、内容で行う。

 講座は、グリーフ(悲嘆)ケアを専門的に研究し、事故や災害などで近しい人を亡くした遺族らに寄り添う専門職や市民ボランティアを養成するのを目指しており、合格者はまず基礎コース(1年制)を受講する。講座の期間は2010年4月2日から11年2月26日まで(予定)で、水曜(午後6時~8時50分)はJR大阪駅前のキャンパスポート大阪(予定)で、金曜(午後6時~7時半)と土曜(午前9時半~午後4時10分)は聖トマス大で開講する。

 定員は40人で、書類選考、面接で選抜する。出願には「大学卒業か、同等の学力があると認められる者」などの条件がある。申し込みは12月17日までで、検定料2万円が必要。

養成講座は3年。臨床心理学や死生学、ボランティア論などを学び、2年次からは病院実習なども行う。修了すれば、専門資格「グリーフケアワーカー」の認定を申請できる。



〈追加記事〉

急接近:高木慶子さん 悲嘆にくれる震災被害者へのケアとは?
2011年3月28日 毎日新聞 <KEY PERSON INTERVIEW>

 東日本大震災では、多くの人が肉親や親しい人を亡くし、助かった人も住み慣れた家や思い出の品々を失った。悲嘆の底に沈む人たちにどう接すればよいのだろうか。阪神大震災やJR福知山線脱線事故の犠牲者遺族のグリーフ(悲嘆)ケアを続ける上智大グリーフケア研究所所長に聞く。【聞き手・鈴木敬吾】

 ◇一人にせず抱きしめて-上智大グリーフケア研究所所長・高木慶子さん(74)

 -被災者の心理は今どんな状態でしょうか。

 ◆ 一瞬にして家族を失い、住む家を流され、着の身着のままで避難所に来て、食べ物も十分に無く、凍えている。不安と恐怖でいっぱいのパニック状態でしょう。

 悲嘆とは喪失体験の結果もたらされる感情です。今回の大震災では多くの方がたくさんの喪失を重ねている。悲嘆も深く複雑になります。安否が確認できない家族がいれば、別の不安要因として重なります。心と体がバラバラの状態で、突然泣き出したり、走り出す人もいるでしょう。

 -そうした状態はどのくらい続きますか。

 ◆ 個人差はありますが、阪神大震災の経験では1カ月から1カ月半は続きます。でも、その間はまだいい。よく時の経過が癒やしてくれると言いますが、逆です。

 1カ月ほどして避難所生活に慣れてくると、周囲の人との比較などから喪失の大きさを実感するようになり、悲しみ苦しみはかえって深まります。手をつないでいた家族が津波で流されてしまったという体験もたくさんあったようです。なぜ助けられなかったのか。なぜ自分だけ生き残ったのか。自責の念や罪悪感にとらわれる人が多いでしょう。また今回は地震、津波の自然災害に、人災の側面も否定しがたい原発事故が絡んでいます。「加害者への怒り」も加わり、悲嘆はさらに複雑になります。

 -そうした人にどう対応すればよいでしょうか。

 ◆ 決して一人きりにしてはいけません。阪神でも、避難所や海岸でポツンと一人でいる人には必ず声をかけ、男女関係なしに抱き締めました。抱き締められることで、生きている事実を、一人ではないことを確信できるのです。

 被災地にボランティアが入っていけない現状では、被災者同士が声をかけ合い、ケアし合うしかありません。阪神の経験では、それは十分可能です。

 ◇阪神教訓に地域と結べ

 -悲嘆を癒やす専門家、グリーフケアワーカーの必要性を訴えてきました。

 ◆ かつての日本社会は大家族で生活が営まれ、地域社会に濃厚な人間関係がありました。その中で悲嘆は自然と癒やされましたが、核家族化が進み、地域の人間関係が希薄になった今、悲嘆者はより孤独になり、意識的に第三者からのケアを受ける必要性が生じてきたのです。私たちの研究所はその専門職を養成する講座を開いており、今回、ボランティアのための短期研修も実施する予定です。

 でも、素人でもグリーフケアワーカーになれます。中年以上の人の多くが肉親の死を体験しています。その悲嘆体験を思い出し、被災者に接してください。悲しみを受け止めるのにはエネルギーが必要ですが、時間と空間を共にすることがケアの基本です。一緒に過ごすだけでもケアになります。

 -行政に必要な視点は。

 ◆ 阪神の反省は、避難所から仮設住宅、復興住宅へと被災者の生活再建が進む過程で、地域社会のつながりを絶ってしまったことです。被災地は都市部に比べ人間関係が濃密なようです。大変でしょうが、仮設住宅はなるべく元の住所の近くに建設し、抽選で決めるようなことはせず、地区ごとで入居できるようにすべきです。

 もう一つはご遺体の保存です。行政は急いで対応しようとしていますが、一時的に遠隔地に運んででもしっかりと保存し、遺族がちゃんとお別れできるようにしてほしい。ご遺体がどんな状態でも、対面し、お別れすることで、悲嘆は間違いなく軽減されます。

 -被災地から遠く離れた人にできることはありますか。

 ◆ お祈りができるじゃないですか。神さま、仏さま、ご先祖さま、どなたでもいい。被災者の不安と恐怖が少しでも和らぐよう、離れ離れになった家族が再会できるよう祈ってください。被災者に寄り添う気持ちから行動の第一歩が始まります。

 -カトリックのシスターです。宗教者に何を望みますか。

 ◆ 悲嘆者には感情を表出する過程が必要です。宗教施設は悲嘆者が安心して泣き叫べる場であってほしい。宗教者は苦しむ人の悲嘆を受け止めるのが務めです。私もスタンバイしています。


 ◇グリーフケア
 配偶者や子ども、親、友人など大切な人を亡くし、大きな悲嘆(グリーフ)に襲われている人に対するサポートのこと。精神的、身体的な反応や生活行動の変化に着目することで悲嘆の軽減を図る。グリーフケア研究所は、グリーフケアを専門とした日本初の教育研究機関として09年4月に兵庫県尼崎市の聖トマス大学に設立。同大学が学生募集を停止した10年4月、同じカトリック系の上智大学に移管された。

 ◇高木慶子(たかき・よしこ)
 1936年生まれ。聖心女子大で心理学を学び、上智大大学院神学研究科修士課程修了。博士(宗教文化)。上智大学特任教授。生と死を考える会全国協議会会長。近著に「大切な人をなくすということ」。



心のケア、阪神の専門家が乗り出す ボランティアらに「謙虚な姿勢」求める
2011.3.22 産経新聞

上智大グリーフケア研究所の高木慶子所長

 東日本大震災の被災者に対し、阪神大震災被災者への精神的支援「グリーフ(悲嘆)・ケア」を行ってきた上智大グリーフケア研究所(兵庫県尼崎市)の高木慶子所長(74)らが近く、現地などでケアに乗り出すことを決めた。街が流された喪失感は阪神大震災以上とみられ、高木所長は「細やかな配慮が必要」と指摘。被災地や避難先で支援するボランティアらに対しても「被災者を傷つけないよう、謙虚な姿勢を忘れないで」と訴えている。

 高木所長は、ガン患者のターミナルケアや遺族のカウンセリングを通して悲嘆を研究。平成7年の阪神大震災でも被災者支援を行い、子供を亡くした母親34人の声を集めた本を出版するなど、災害特有の喪失体験の調査を重ねてきた。

 高木所長によると、災害による悲嘆は、家族を亡くすと同時に家や仕事を失うなど喪失体験が重複し、重圧が非常に大きいのが特徴。今回は、津波で住んでいた街がのみ込まれるという阪神大震災にはなかった喪失も加わるため、専門的ケアが不可欠と判断した。

 来週にも研究所のグリーフ・ケア専門家が被災地へ行くほか、高木所長らは関西に避難してきた被災者のケアに当たるという。

 また、心のケアの専門家以外の支援者やボランティアが被災者に接する際の注意も呼びかけ、高木所長は「『私はあなたの苦しみを理解することはできません。許してください』という謙虚な気持ちで被災者の言葉に耳を傾けてほしい」と訴えている。

 津波の様子など自分が気になることを質問したり、被災者の心情を理解しているかのように接すれば、さらに被災者を傷つけてしまう可能性があるといい、「被災者の世界に入って話を聞き、『一緒に生きていきましょう』と声をかけて」と強調する。

 その上で、被災者は悲しみを一人で背負わず、周りの人たちに支えられることが重要と指摘。「つらさや不安を抱え込まず、表に出してほしい。書いたり、歌ったり、絵を描いたり、手段は何でもかまわない」と呼びかけている。



<この一冊> 高木慶子、柳田邦男編著『<悲嘆>と向き合い、ケアする社会をめざして』 
2013/5/21 中日新聞夕刊

 突然、愛する人を喪(うしな)うという人生の不条理に、人はどう立ち向かえばよいのか? 作家の柳田邦男さんが専門の精神科医やカウンセラーとともに、“グリーフケア”と呼ばれるこの困難なテーマに向き合った本が2冊、相次いで出版された。表題本は、JR西日本福知山線事故遺族の手記をもとに、上智大学グリーフケア研究所による遺族へのケアと、その症例分析を7年がかりでまとめたもの。

 もう一冊の『災害と子どものこころ』(集英社新書)は、児童精神科医・清水将之さんのチームが、東日本大震災の大津波と原発事故で、肉親や故郷を喪った子どもたちに行ったケアの内容を検証、法制化や組織づくりなど今後の取り組みへの指針を示す。柳田さんは「災厄」と呼ぶべきこれら大災害や事件事故でこそ、必要性が痛感される「被害者の視点」を訴える。平凡社・1575円。(茶)



関連記事

<自著を語る> 島薗進さん(上智大神学部教授、グリーフケア研究所長)
2013/11/5 中日新聞 夕刊

 日本人の心には仏教的な思想やものの感じ方がしみ込んでいる。東日本大震災や福島原発災害ではいく度もそう感じた。

 お寺が被災者に解放された。また、僧侶が被災者に寄り添い、ともに苦難を担おうとし、人々の信頼を集める場面に出会うことも多かった。全日本仏教会の宣言文「原子力発電によらない生き方を求めて」(二〇一一年十二月)は大いに共感をよんだ。

 だが、これは古代以来の日本仏教のあり方から見て変則的なものではない。むしろ古来のあり方に即したものなのだ。近代的な仏教観が、それをおし隠していた。個人中心の宗教観や鎌倉仏教こそ大乗仏教の究極の展開形態だといった見方がじゃまをして、「社会倫理」の側面が見えにくくなっていたのだ。

 広く仏教史を見渡してみると、仏教徒は「社会に正法(しょうぼう)を具現する」という目標を掲げ続けてきたことが分かる。ゴータマ・ブッダ自身そうであったし、アショーカ王もそうだった。現代のタイの仏教やダライ・ラマの行動や言葉にもそうした考え方は顕著に見られる。

 そして日本の仏教史をつぶさにたどってみると、「正法」の理念はその根底を支えてきたことが分かる。正法(妙法)を掲げる『金光明経』『法華経』の影響力、正法流布の基礎と考えられた「戒壇」(授戒の場)への情熱、正法の後退を嘆く末法思想の力、『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著した道元のこだわり-「正法」理念の光に照らすとそれらの相互関係が見えやすくなる。

 正法を求めることは、社会に仏法を具現しようとすることでもある。このことを理解すると、行基や聖徳太子の時代から、戦前の日蓮主義を経て、戦後の創価学会や立正佼成会が取り組む社会・政治活動まで、一貫した社会倫理性が見えてくる。

 では、それは「慈悲」や「菩薩(ぼさつ)行」といった倫理思想とどう関わるのか。

 浄土真宗の他力思想は社会倫理としてどう位置づけられるか。仏教の社会倫理を問おうとした中村元や和辻哲郎や渡辺照宏らの学者の仕事を参考にしながら、私なりの見通しを提示している。(岩波書店・二四一五円)

 <島薗進(しまぞの・すすむ)>1948年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。専攻は近代日本宗教史、比較宗教運動論、死生学。東京外国語大助教授、東京大文学部教授などを経て現職。著書に『現代救済宗教論』など。



悲嘆ケアの経験共有、上智大研 修了生が発表
2015年3月28日 東京新聞

 深い悲しみ(グリーフ)を抱く人を精神的に支える人材を育てる上智大グリーフケア研究所の講座修了生による初めての発表会が28日、上智大(東京都千代田区)で開かれた。ケアを実践する修了生の間で経験を共有するのが狙い。

 同研究所は2005年の尼崎JR脱線事故をきっかけに、事故や災害の遺族らをケアする人材養成を目的に設立された。

 修了生には脱線事故の遺族もおり、事故で次女=当時(18)=を亡くした女性(60)は「緩和ケア病棟のボランティア活動」の題名で発表した。(共同)



遺族会広がる支援の輪 ネットワーク組織発足
2015年5月7日 神戸新聞

 事故や自死などで家族を亡くした人らでつくる兵庫県内などの「遺族会」が連携を深めるため、「関西遺族会ネットワーク」を立ち上げ、活動を発信するホームページ(HP)を開設した。悲嘆(グリーフ)ケアを学んだ尼崎JR脱線事故の遺族らによる会や、流産や死産を経験した人らの会など幅広い団体で構成。情報交換や勉強会などを通じ、支援の充実を目指す。(宮本万里子)

 遺族会は遺族本人や大学教員ら専門家、僧侶などさまざまな人が中心となり、定期的に集まりの場を開いて思いを分かち合う。一方、運営に携わる人が多忙だったり、少なかったりし、情報発信は難しいのが実情。個別にHPを設ける団体も少なく、遺族支援の輪は広がりにくかった。

 そうした背景を踏まえ、自らも遺族会を主宰する黒川雅代子・龍谷大短期大学部准教授(社会福祉学)の呼び掛けで「関西遺族会ネットワーク」が発足した。関西6府県の30団体が集い、年2回、各団体の運営者らが交流会で課題などを共有して「顔が見える」関係を維持。これから遺族会をつくる人の支援も目指すという。

 HPでは、各団体の活動内容や対象者、連絡先を紹介。亡くした人を「子ども」「配偶者」などから、亡くなった理由を「自死」「事故・天災」「犯罪被害」などから、活動地域を6府県から、それぞれ選び、自分に合った遺族会を探すことができる。

 黒川准教授は「遺族会の情報は少なく、3年前の新聞記事を手に会にやって来る人もいる。知恵を出し合う緩やかなネットワークとして、傷ついた人の支えにつなげたい」と力を込める。

 脱線事故で次女=当時(18)=を亡くした宝塚市の女性(60)は、上智大のグリーフケア研究所で学んだ仲間らと遺族会をつくり、今回のネットワークに参加。「癒やし合いの場を広く発信し、輪が広がるきっかけになれば」と話す。

 新たな参加団体も募集中。関西遺族会ネットワークのHPからメールで問い合わせできる。同ネットワーク事務局は、龍谷大短期大学部・黒川研究室(同大代表TEL075・642・1111)


魂の言葉17

そこで、神は言われました。
「汝はすべてを動かす力をもっている。汝のおかげで、世界はもっと楽しくなる」(エジプトのグノーシス創世神話より)

・神をどのようにとらえるのかは興味深いこと。擬人化することで、厳父のイメージとなったり慈母のイメージとなったりする。そう、楽しく生きなさいと言われているようだ。

福音はとどいていますか60

「自分を立てた生き方には、与えられた命を生かされて生きるという命の本来への配慮において、欠けるところがあるとは言えないでしょうか」(藤木正三)1-83命の本来

・生きるとは好きなことをすればよいと言われることは確かに多いです。ただ、それが幸せと結びつくかは分かりません。好きなことでなくても義務的にすること、どうしてもやらなければいけないことにも何かが隠されているように感じることもあります。最も重大なことは、自分のことばかりで他人に対して、そして、その根底を支えているものに気づかない鈍感さにあります。

群生海21

   青い鳥

青い鳥は
大空のどこにもいない
相手の立場になり
考えていたら
どこからか とんでくる鳥

・青い鳥を探していたら足下にあった。

テレビから心霊番組が消えた理由

テレビから心霊番組が消えた理由
2010年7月26日 リアルライブ

 テレビでは1970年代後半から、心霊ブームが起こっていた。当時はよく2時間物のスペシャル番組を放送していた。それらの番組では心霊写真と、それと並んで霊視相談が最も人気があったように思われる。故・宜保愛子女史や織田無道氏などは霊視、除霊でマスコミの寵児にもなった。

 私は『あなたの知らない世界』が一番記憶に残っている。日本テレビ系で昼からお昼のワイドショーという番組を放送していたが、その中で毎週水曜日は心霊特集をしていた。夏休みになると、いつも特集をしていたものだ。内容的には視聴者から送られてきた霊体験を再現ドラマで放送するのであるが、その幽霊の姿には子供ながら恐怖したものである。コメンテーターとして心霊研究家の新倉イワオ氏がその都度解説をするのであるが、氏の紳士的な応対からか、視聴者に愛される長寿番組となり、約15年間に渡って放送された。

 その後、織田無道氏と宜保愛子女史の霊視鑑定にやらせの疑惑が週刊誌から浮上し、その後二人はテレビを離れた。
 心霊番組の方は90年代になっても、相変わらず続いていた。また、それと併用して未確認生物(UMA)や、UFOも独自に特集番組を組んで放送された。しかし、1995年辺りからこれら心霊番組は急激に減ってしまったのである。その最大の理由がオウム真理教によるテロ事件だったと思う。日本で余りにオカルトブームなのを逆手に取り、オウムは当時のオカルト雑誌『月刊ムー』に毎回広告を載せてセミナーの案内を宣伝していた。この広告から信者になった会員もさぞ多かったことだろう。
 また、世の中が余りにも不景気となり、この世自体が生き地獄的な風潮が強くなった点も挙げられる。心霊なんて所詮は娯楽である。そんな風潮が強く存在する様にも思われる。

 心霊番組に代わって支持を受けたのが、テレビ朝日系で放送された『オーラの泉』である。三輪明宏氏と江原啓之氏を解説者として出演し、スピリチュアルと称される「自分の魂」を幸運へとつなぐという発想が支持を受け、この番組がスピリチュアルブームを作りだした。
 後にスピリチュアルブームは江原啓之氏の霊視疑惑などと関係し、現在は番組の終焉と共に廃れてきた感がある。その後ブームとなったパワースポットも、スピリチュアルから言われて来たことなので、まだ完全に廃れた訳では無い様だが。
 さて、今年の夏こそは心霊特集番組を拝見したいと思うのだが、如何なものだろう。…


・記事では触れていないが、テレビ出演という触れ込みで霊能力者と呼ばれる人たちと頼る人たちの間のトラブルが頻発して社会問題となっている。スピリチュアルブーム、パワースポットなど女性の喜びそうなツボを刺激して繁盛している。こうした番組の最大の難点は、娯楽と報道をごちゃまぜにしているという点に尽きる。視聴者には、見ている番組を報道だと勘違いしてパニック陥るということは十分にあり得るのだ。それほどにマスコミの影響力は強いのである。また、テレビ番組は視聴率を取れるということで、十分なリサーチなしに演出でごまかしてしまう。恐ろしいことに、科学離れが進んでおり物理現象を理解できない若者が増えてきている。心霊写真などは100%説明できるというプロのカメラマンは言うのに、それが理解できない。科学では分かっていないことは多いから、今は説明がつかなくても、霊魂の世界に頼る必要もないだろう。なぜ、わたしがこだわるのかと言えば、そうしたマスコミ報道に対する免疫がなくて妄想していた時代があったからだ。人間は弱く、自分が分からないことを説明できる人に出会い、一歩でも信じてしまうとなし崩し的に信奉してまうからだ。それは、若者だけの問題ではなく広く人間の持つ限界なのだろう。信じ切ることの怖さを、こうした心霊番組を思い出すたびに思い返す。

魂の言葉16

愛はお互いを見つめ合うことなんかじゃない。二人で同じ方向を見つめることだ。(サン-テグジュペリ)

・共同作業のパートナーとして新たな人生を歩むことなんだ。

売春婦さらしを禁止=人権擁護で中国警察

売春婦さらしを禁止=人権擁護で中国警察
2010年7月27日 時事通信
 
27日付の中国系香港紙・文匯報などによると、中国公安省(警察庁に相当)はこのほど、全国各地の警察に対し、検挙した売春婦をさらし者にするなどの人権侵害行為を禁止する通達を出した。

 公安省は6月下旬から売買春取り締まりキャンペーンを全国で展開。その中で、広東省東莞市の警察がインターネット上で、手錠を掛けられた売春容疑の女性がはだしで路上に立たされている写真を公開したり、湖北省武漢市の警察が売買春容疑者の氏名・年齢と処分内容を公表したりしたことに対し、国内メディアから批判や疑問の声が出ていた。

 通達は「一部の地方警察では人権軽視の考え方が根強い」と指摘した上で、売買春に対する捜査でも容疑者の人格を尊重しなければならないと強調している。

 

・聖書の記事にも、売春婦を見つけて宗教指導者たちが公の場で石打ち刑にして殺そうとしていた場面に遭遇したイエスの話が残っている。それに対して、イエスはまず罪を犯したことがないものから石を投げなさいと言ったとされている。学問的には後代の書き加えで、もともと福音書にはなかったものらしい。それにしても、公の場所で辱めを与えることは過去も現代も同じなんですね。人権侵害とか難しいことじゃなくて、彼女たちを人間と考えていないんです。ただ、それだけ。生きていくために身体を売らなくてはならない、食べ物を盗まなければならないということは果たして重罪なのだろうか!? 日本でも貧困が目につくようになってきましたが、私たちの忘れてはならないことは罪を憎んで人を憎まずというこころでしょう。

看護師の法則11

何か言いたそうな患者には先に声をかけること

・患者と目があったときには先に話しかけた方に話の優先権がある。

クラシック・アーカイブス ~フランシス・プーランク~

クラシック・アーカイブス ~ フランシス・プーランク ~
2006年1月12日放送 NHK-BS2 

2台のピアノのための協奏曲 (プーランク作曲)ほか

ピアノ:フランシス・プーランク
 〃 :ジャック・フェヴリエ
管弦楽:フランス国立放送管弦楽団
指 揮:ジョルジュ・プレートル

・プーランクの自作自演に、ジャック・フェヴリエとの2台のピアノ。1962年の放送用録画である。まだ、モノクロであり、モノラル録音である。2台のピアノを対比させて画面にはめ込み、どのように対話がなされているのかを演出している。その他に、歌手との独唱の伴奏をプーランクが務めているライブ録画やフルートのランパルが演奏しているフルート・ソナタの第2楽章も入っていた。今は大御所となったプレートルの若き雄姿が見られます。プーランクは1663年1月に亡くなっているので、生前の貴重な録画となるのだろう。この元となったDVDが発売されている。

なお、ニコニコ動画でも見られる。

第1楽章 http://www.nicovideo.jp/watch/sm620482
第2楽章 http://www.nicovideo.jp/watch/sm620538
第3楽章 http://www.nicovideo.jp/watch/sm620560

群生海20

   同行二人

シドロ モドロ
私があるいた足あと
よく見ると
この 足あとの中に
もう一つの 足あとがあった

・それは伴侶の足あとなのか、それとも、仏が共に歩んで下さった跡なのだろうか。

NHK教育テレビ ETV特集「食べなくても生きられる~胃ろうの功と罪~」

NHK教育テレビ ETV特集
「食べなくても生きられる~胃ろうの功と罪~」
2010年7月25日(日)午後10時00分~11時00分

男女を合わせた平均寿命が80歳を越え、日本は世界最高の長寿国になった。その理由の1つが、欧米とは異なり積極的な延命治療が行われていることにある。中でも、胃に直接栄養を送る経管栄養(胃ろう)は急激に普及し、現在およそ40万人に施されている。もともと胃ろうは、摂食障害のある子どもたちのために開発された技術だが、患者への負担が少なく生存率が画期的に延びるため、高齢者にも応用されるようになった。現在の日本では、嚥下の能力が衰え、ものを食べられなくなると、ほぼ自動的に胃ろうが施されるまでになっている。
しかしいま、この現状を変えようという動きが医療現場で起きている。「ただ生かすことが、本当に患者のための医療か」「自然な死を迎えられない現状が良いのか」という声が上がっているのだ。その動きの中心にいるのが、胃ろうの技術を日本に広めた第一人者の外科医だ。「私には延命至上の現状を招いた責任がある。だからこそ、勇気をもって訴えていかなければならない」という。私たちは、胃ろうをどう考えるべきか。そして、どう生き、どう死ぬべきか。その答えを模索する一人の医師に密着する。



・鈴木 裕医師は、胃ろう(経皮内視鏡的胃瘻造設術[PEG])の先駆的な外科医であり、すでに3000名以上の手術を行っているという。番組で問われていることは、いくつかの要素がからまり大変に難しい問題である。それは、いのちに対する見方が一人一人異なっているからだと思う。

この番組は、何らかの疑問を出すほどにはまとまっていない。現状はどうであるのか、それに対して医療関係者・家族は、どう感じており行動したのかということの羅列になってしまう。高度医療であろうとなかろうと、寿命をまっとうするということに関して、本人・家族はできるだけ長く生きてほしいが苦痛にはさらしてほしくないという気持ちがある。また、医師も、もし自分が選択するならば違っていたとしても、とりあえず標準的な治療法をすることが法的にも・倫理的にも問題が一番少ないだろうと考えている。

番組の統計で興味深いのは、脳血管障害に加えて認知症患者にも胃ろうがされているという事実だった。確かに重度の認知症になり食べることに対する意識もなくなれば栄養摂取は困難を伴うだろう。推計約38万人の人が、胃ろうを受けていて年々増加しているという。

いろいろな切り口があったが、胃ろうを中止することができるだろうかということは難しい。確かに、胃ろうにより体力が回復し通常の口からの栄養摂取に戻ったケースはあるだろう。一方で、精神的にも肉体的にも終末期を迎えているのに栄養を与え続けることでいたずらに死期を延期させているともいえるだろう。番組でも取り上げられたが、胃ろう開始に当たって本人・家族と医療者との十分な話し合いが必要で合意を文書にすることは重要であろう。

今回は取り上げられなかったが、胃ろうのみの利用者をアパートと称する住宅に住まわせて共同で訪問看護・介護をして、介護保険・医療保険本来の目的を外れた行為が一部マスコミで取り上げられて問題化した。つまり、寝たきり高齢者ばかりなら、取り扱いが楽であり経管栄養により食事すらも食べさせる手間が省けるという介護とは違う発想の人たちが利益を得ている。胃ろうなどが、このように本来の目的を離れて独り歩きする事態が怖いことだ。

こうした究極の選択をめぐる問題には答えはない。どちらの道を選んでも功罪があるに違いない。ただ、私は最期はどうしたいのかは分かっているから心配していない。折しも、厚労省は来年にも吸引・経管栄養に関しては、介護福祉士・ヘルパーにも法的に認めるつもりで検討を急いでいる。つまり、今後とも、こうした患者・利用者は増大していくと予想しているのだ。鈴木医師は、何らかのガイドラインが必要だと語っていたが、要は延命治療中止を医師の判断で行うことができない現在の医療制度にこそ問題があるのだろう。

ディレクター:矢野哲治


PDN PEGドクターズネットワーク 番組への感想から
NEWS&TOPICS > NHK ETV特集 あなたはどう考えますか?



1.胃ろう(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy:PEG)について

PEGは、内視鏡を使って「おなかに小さな口」を造る手術です。
造られたおなかの口を「胃ろう」といい、また取り付けられた器具を、「胃ろうカテーテル(カテーテル=管、チューブ)」といいます。口から食事のとれない方や、食べてもむせ込んで肺炎などを起こしやすい方に、直接胃に栄養を入れる栄養投与の方法です。PEGは欧米で多く用いられている長期栄養管理法で、患者さんの苦痛や介護者の負担が少ないというメリットがあります。

2.胃ろうのメリット、デメリット

<メリット>
・良好な栄養状態の維持
・経鼻胃管の長期留置に伴う苦痛の軽減
・摂食・嚥下訓練が容易
・消毒の不要
・胃ろうが必要なくなった時点での抜去可能(数日にて閉鎖)
・手術負担の軽減(通常5~15分)
・医療費削減
・在宅介護での管理が容易

<デメリット>
・患者・家族の心理的負担
・術後のフォロー・診療科間の連携システムの不備
・急性期合併症
 (創部感染症・嚥下性呼吸器感染症・汎発性腹膜炎・限局性腹膜炎・敗血症・
 壊死性筋膜炎・出血・多臓器誤穿刺・バルーンバースト・皮下気腫・胃潰瘍・
 チューブ閉塞・術後急性胃拡張)
・慢性期合併症
 (嘔吐回数の増加・チューブ再挿入不能・胃潰瘍・栄養剤リーク・バンパー埋没症候群・
 チューブ誤挿入・チューブ閉塞・幽門通過障害)

PEGドクターズネットワーク 、 嚥下障害支援サイトswallowより



放送批評懇談会が選ぶベスト番組 【ギャラクシー賞月間賞】
医療はここまでやってもよいのか?~NHK「胃ろうの功と罪」
2010年9月21日 GALAC

ETV特集「食べなくても生きられる~胃ろうの功と罪」
2010年7月25日放送 日本放送協会 22:00~23:00

老人ホームで暮らす83歳の女性。脳出血のため口からの飲食ができなくなって6年。食べられなくても生きられる――このようなナレーションで番組は始まる。栄養がチューブを通して直接胃に入る「胃ろう」は主に幼少年の脳障害や食道障害のためアメリカで開発されたが、日本では認知症や脳梗塞患者の延命治療を中心に現在約40万人に施されている。点滴に比べ扱いやすく、感染も少なく、延命効果も高い。「さて」と、私は家族に当てはめて考え始めている。「私ならいざという時、母に胃ろうを施させるか」と。

本人が延命を望んでいるかがわからなくても生かし続けられる「胃ろう」――この現実に疑問を呈し、行動する医師がいる。日本に胃ろうを広めた第一人者、鈴木裕。彼の活動を追いながら番組は進む。「寿命を全うするには胃ろうもひとつの方法」と87歳の母親への手術を望む中年男性。胃ろうの夫は会話もできないが、病床を見舞うたびに「笑った」と喜び「どうでもいい。声を出さなくていいから生きててほしい」と明るく言う高齢の妻。「さてさて」とまた考え始めている私。生物体としての生命と人間としての尊厳――医師にとっても患者や家族にとっても永遠のテーマである。胃ろうをせず93歳の母を自然に看取った同年配の長男の語りの一方で、胃ろうの後に口から食べられるようになった婦人の食事シーンには「なるほど」と頷く。

一旦始めたら止められない胃ろう。止めれば多くの場合患者の死を招き、それは医師の逮捕に繋がることも知らされる。胃ろうの効果と疑問を素直に語る医師と家族、しかしそれを語れない患者本人たち。番組の構成は素直だがディレクターの意図するところはしたたかである。

視聴の60分、私は「さて」と「なるほど」を繰り返すばかりだった。最後に一言、数か所見られた患者の顔のモザイク処理は、この番組のテーマと志にとって不具合というしかない。残念である。(高村 裕)



口から食べられなくなったら… 特養での胃ろうに疑問の声
2010年9月16日 産経新聞 【ゆうゆうLife】

 口から食べられなくなったとき、胃に直接、管で栄養を入れる「胃ろう(PEG)」。栄養摂取が容易になる一方で、高齢で意思確認ができず、予後が期待できない患者にも胃ろうが作られるケースもある。終末期に向かう治療として、胃ろうは適切なのか-。家族や特別養護老人ホーム(特養)の関係者らから疑問の声が上がっている。(佐藤好美)

 群馬県太田市に住む原田貴子さん(63)=仮名=の義母(95)は特養に入所している。7年前に脳梗塞(こうそく)で倒れて以来、右半身まひで要介護5。病院や施設を経て、今の特養に入って6年以上になる。

 飲み込みができなくなり、鼻から栄養を入れる「鼻腔(びくう)栄養」にしたが、義母は管をしばしば自分で抜いてしまう。ある日、見舞いに行くと、看護師から「忙しいときに手がかかる。胃ろうにしていただかないと困ります」と言われた。

 義母は既に90代半ば。原田さんの夫は既に亡く、義母の娘3人も70歳を超える。義母本人の意思確認は既にできないが、以前、「延命治療はしないでほしい」と言っていたし、親族もみんな「そこまでしなくていい」と否定的だった。しかし、施設側は「胃ろうは延命治療じゃありません。処置です」と譲らなかった。原田さんは「私が反対し、『だったら家で1人で介護してください』と言われても困る。親族の理解を必死で取り付けました」という。

 胃ろうにした義母はつなぎパジャマを着せられるようになった。患部をかきむしるからだという。原田さんは複雑な気持ちだ。「体重は4キロ増えたけれど、笑顔が消え、にこりともしなくなった。施設は1日でも1秒でも長生きさせたいと考えているのでしょうか」

 ■求められる適用の明確化

 ≪判断迫られる家族≫

 胃ろうの人は全国に約30万人いるともいわれる。低栄養の改善をはじめ、誤嚥(ごえん)性肺炎を避けるためや「在宅でも管理が簡単だから」と退院に向けて勧められるケースもある。問題は本人が意思表示できず、家族が判断を迫られる場合だ。

 しかし、「これでよいのか」との声は根強い。長寿科学振興財団が行った「高齢者の医療のあり方に関する研究」によると、一般病院の主治医で、自分が胃ろうの対象となったときに「受け入れる」とするのは5人に1人。特養の看護師では10人に9人以上が「拒否する」と答えている。

 看護師で全国高齢者ケア協会の鎌田ケイ子理事長は「老衰の過程で食べる量が減り、全身が弱るのは自然なことで、そういう人は胃ろうの対象ではない。介護現場では胃ろうに依存せず、手と時間をかけて“枯れていく大往生”を実現するケアに転換すべき。本人の意思が確認できないとき、胃ろうをつくる選択を家族に迫り、“死なせる引き金”を引かせるのは酷。学会が適用の客観基準を作るべきです」という。

 胃ろうの情報を提供するNPO法人「PEGドクターズネットワーク」理事長で国際医療福祉大学病院の鈴木裕教授も、現状がパーフェクトだとは思っていない。「嚥下(えんげ)機能が低下した人が胃ろうにしてリハビリを受け、生活の質(QOL)を取り戻すケースは多い。QOLを上げる使い方をすることが重要で、正しく使えば、こんなによいものはない。どういう人に使うかをきちんとし、患者さんには十分に説明する必要がある」とする。

 脳卒中の回復期や嚥下機能だけに問題があるなど、胃ろうが力を発揮する場合もある。それだけに適用の明確化が求められる。鈴木教授らは胃ろうの患者の予後などを調査中で、「結果を踏まえ、指針を検討していく」という。

 ≪死生観 確認を≫

 胃ろうに関する意思確認をする特養もある。東京都世田谷区の「芦花ホーム」では、入所時に記入する「意思確認書」に「お口から食べられなくなったとき」の項目を設けた。選択肢は「胃ろう増設などは受けない」「胃ろう手術などを受けて少しでも長く生きることを望む」など。本人と家族に死生観を確認してもらうためで、ほかにも▽自然に最期を迎えるか、できるだけ医療処置を受けるか▽急変時に心臓マッサージや気管内挿管を希望するか-などの質問項目が並ぶ。

 ホームの常勤医師で、『平穏死のすすめ』(講談社)を書いた石飛幸三さんは「胃ろうにするか否かは本人と家族が決めること。うちでは『胃ろうにしろ』とも『するな』とも言わない。ただ、入所者はみんな人生の坂を下っている。最期をどう迎えるか、事前によく考えてもらいたい」という。

 昨年の敬老の日には「口から食べられなくなったらどうしますか」と題し、家族会を開いた。講演したのは医師や相談員のほか、胃ろうを断って親を看取(みと)った家族や、腸ろうの親を持つ子供も。議論は白熱し、参加家族らは終了後も長い間、ホールで話し合っていた。

 ≪栄養量加減も≫

 入所者が胃ろうにした場合、石飛医師は状態を見ながら栄養量を加減する。「人間は最期は起こしても起きられず、食べられずに寝ているだけになる。体が受け付けないのに、栄養量を通常通り入れれば吐く。無理に食べさせ、かえって誤嚥性肺炎の危険にさらすのは拷問に近い」

 栄養量を加減するようになって以来、ホームでは肺炎の発症が減り、救急車を呼ぶ回数も減った。肺炎死の代わりに老衰死が増え、自然な看取りに臨めるようになった、という。



胃ろうの功罪、なぜ無駄な抵抗をするのか――ケアマネ研修会レポ1
2010/12/06 ケアマネジメントオンライン

口から食べられなくなったときに栄養摂取の手段としてとられる「胃ろう」の意味、適用の是非を考えるケアマネジャー研修会が、東京都介護支援専門員研究協議会主催で12月3日に都内で開催された。季節外れの暴風雨の朝にもかかわらず、350名もの参加者で会場は満席となり、胃ろうの持つ簡便さと終末期の延命のはざまに揺れるケアマネジャーの悩みが見えてくるような気がした。

研修会の講師を務めたのは、特別養護老人ホーム芦花ホーム(世田谷区)医師である石飛幸三氏。75歳、自らも後期高齢者という石飛氏は、この日も朝5時に入所者の見回りをして会場に来たと打ち明けたが、そのタフさを感じさせない穏やかな口調で講演を始めた。

現在、胃ろうの人は全国に40万人いて、本人や家族の60%が施設での最期を望んでいるが実際には病院で最期を迎えている人が80%に上るという。

石飛氏が芦花ホームに赴任したのは2005年。ホーム開設時のバブル景気は影をひそめ、100名の入所者に対し常勤の看護師は3名いう追い込まれた状況で、入所者の平均年齢は90歳、認知症の人が9割を占めていた。
終末期を迎えた高齢者が誤嚥性肺炎によって病院に送られると、さかんに胃ろうを作られ、次第に老衰していく体に同じ量の経管栄養を入れ続けるために「あふれる」状態だった。経管栄養が過多になると、たんも多くなり吸引がひんぱんに行われ、看護師らの負担も大きかった。

石飛氏は「厚生労働省の会議でも、たんの吸引など介護職の医行為解禁が検討されているが、たんの吸引をしなくていい状態にすることが先決」と述べ、「健康な私たちなら“今日は食べる気分ではない”とか“食べ過ぎたから量を調節しよう”などと様々なことを考えるが、胃ろうの人は自分で量を加減できない」と述べ、本人の意思に関係なく過剰な栄養摂取がまん延する現場を直視するよう呼びかけた。

石飛氏によると終末期が近付くと1,000カロリー摂取していた人でも800、600、400と必要なカロリーも少なくなり、一日平均で700カロリー程度になると「あふれた」状態の肺炎も起きにくくなるという。通常の食事をとる入所者にも“あともう一口”を控え、食べさせすぎないようにし、経管栄養の人にはこうしたカロリーダウンをするようホーム職員に指示したところ、当初は世間や家族への配慮から反発されたが、2005年の赴任から取り組み2年後には「無理に食べさせない」ことがホーム内に定着し、肺炎死が大幅に減少した。

温和な語り口だった石飛氏が語気を強めたのは、食べられなくなった高齢者が病院に送られると呼吸器科の医師が肺炎を治し、次の工程として消化器科が胃ろうを作るという“流れ作業”の実態を語ったとき。同じ医師としての自戒をこめて「その人がその後の生活でどうなるのか、自分が何をしているのか、しっかりと考える必要がある。病気と老衰は違うのに混同している」と医療現場への警鐘を鳴らした。

そのうえで石飛氏は「よく“諦めてはいけない”というが、命の火が消えるという当たり前のことになぜ、無駄な抵抗をしようとするのか」と会場に語りかけ、「私たちは何を求めて終末期の高齢者に胃ろうを作るのか、意味合いと管理の責任を今一度じっくり考えてみる必要がある」と、ケアマネジャーらに胃ろうの持つ功罪に対する深い思慮を求めた。



胃ろう同意、医師2人を前にノーと言えない雰囲気――ケアマネ研修会レポ2
2010/12/06  ケアマネジメントオンライン

東京都介護支援専門員研究協議会が12月3日に開催したケアマネジャー向けの研修会「胃ろうを通して、それぞれの生命(いのち)を考える」では、有料老人ホームやグループホームなど胃ろうの利用者の受け入れ側として施設現場からの実践報告が行われ、胃ろうを受け入れた例、拒絶した例と、施設長、スタッフ、利用者家族がそれぞれの立場から胃ろうによる延命について語った。

有料老人ホームで胃ろう造設の決断をした例として実践報告の口火を切ったのは、「グランヴィ歳王」施設長の西岡伸介氏。東京都墨田区にある同ホームは、開設して1年の真新しい全個室に平均要介護度3.3、定員100名の利用者を擁する。このうちアルツハイマー型認知症の80歳女性、Aさんが腰椎圧迫骨折をきっかけに入院し、療養生活では寝たきりによる廃用症候群、低栄養となり、胃ろう造設へと進んだケースが報告された。

西岡氏は、「入所までに認知症のため経口栄養摂取困難と担当医からの説明があり、栄養士にオリジナル高カロリードリンクなどを作ってもらうなどホーム内で努めた。胃ろう造設には、施設長の私をはじめ、ケアマネジャー、相談員、看護師など迷いがあったが、ご家族の“少しでも長く一緒にいたい”という強い意向が何よりも勝った」と正直な心情を吐露した。その後、Aさんは胃ろうを作ったことにより低栄養が改善し、介助なしで歩行するまでに体力が回復、会話も増えて表情も豊かになったという。

西岡氏は「ケアマネジャーも以前から家族愛が非常に強い家庭と話していたが、表情を取り戻して会話が活性化したこともあり、入所時より家族の面会時間が長くなっている」と胃ろうの効用に触れ、「介護負担の軽減から、ややもすると施設の都合で胃ろうを安易に進めがちだが、全職員が死生観も視野に入れた統一的な見解を持つことが必要だと認識した。現在は胃ろう離脱に向けて努力している」と結んだ。

続くグループホームからの報告では、「ニチイのほほえみ瑞江」のホーム長、熊谷恵津子氏が本人の了承を得て、入所者である遠山さんの長女・高田恵子氏を伴い登壇した。

現在、要介護5、80歳の遠山さんは認知症の中でも感情のコントロールがきかないピック病で特別養護老人ホームから度重なる脱走で退所勧告され、同グループホームに入所し約5年になる。2009年10月から誤嚥するようになり、今年4月には経口摂取ができなくなり入院。医師からは胃ろうを勧められ、長女の高田さんは一度は承諾した。

高田さんは「胃ろうや誤嚥という言葉の意味も知らなかったが、呼吸器科の医師から“食べられないなら胃ろう以外に道はない”と言われ、消化器科の医師と2人を前にして“ノー”と言えない雰囲気でハンコを押した」と、胃ろう造設の同意書に捺印した状況を振り返り、意思確認ができない本人に替わって決断を求められる家族の重圧を訴えた。

その後、遠山さんの微熱でオペが延期になるあいだ、胃ろうについて調べた高田さんは、造設後はグループホームへ戻ることは不可能だろうと他施設を探したが、受け入れ先は見つからなかった。そしてある日の面会時に、ほとんど発語ができない遠山さんが「帰りたい」と言ったことから、熊谷ホーム長に相談して胃ろうをせずに退院。グループホームに戻ったが、高田さんは「医師の言うことに逆らっての決断は非常に重かった」と述べた。

熊谷ホーム長は、現在、往診を受けながらとろみ食を経口摂取でき、心身ともに元気を取り戻した遠山さんの様子をスライドで映しながら、「(その人を中心にした)パーソンセンタードケアを実現するためには医師、家族、ケアマネジャー、職員など連携が不可欠」と語った。高山さんも「母のように手間がかかるケアをグループホームで行うのは異例だと思う。胃ろうが良いか悪いかはケースバイケースだと思うが、ホームに戻って母が生きる意欲を出せたのは、関わるスタッフの方々の日々の努力のおかげ」と感謝を述べた。



[解説]胃ろうの使い方、見直す動き
2010年12月14日 読売新聞

過剰な使用、疑問視 穏やかな最期へ指針急務

 患者にとって画期的な栄養補給法だが、かつてなら老衰死を迎えていた高齢者が意識のないまま何年間も生きる例もあり、利用の仕方を見直す動きも出始めている。

 胃ろうは1979年に米国で開発、国内では90年代から広まった。普及に尽力した「PEGドクターズネットワーク」の鈴木裕理事長(国際医療福祉大教授)によると、国内で設けている人は約40万人という。

 点滴や、鼻から管を通して胃に栄養分を送る従来の補給方法に比べて、十分な量の栄養が摂取できて、苦痛も少ない。家族でも取り扱えて、造設手術は10分たらずだ。

 普及の背景には、こうした簡便さに加えて、高齢化の進展がある。高齢者人口の増加に伴い、脳血管障害や認知症により、口から食べられない人が増えたからだ。

 患者にとって、回復して再び口から摂取できるようになるのが理想だ。しかし、そうした例は少なく、老人医療や介護の関係者の間で、回復が見込めない高齢者への造設を疑問視する声が出ている。

 東京都世田谷区の特別養護老人ホームの石飛幸三医師は、認知症が進み、意識も薄れた高齢者が胃ろうで生かされる姿に疑問を感じ、今年2月に「『平穏死』のすすめ」(講談社)を出版した。家族と相談のうえ、入所者への造設をなるべく見合わせて、過剰な栄養や水分の補給を見直したところ、急変での死亡が減り、穏やかな老衰死が増えた。その実践例を紹介し、大きな反響を呼んでいる。

 「欧米に比べて日本は造設が過剰に行われている」と指摘するのは東大死生学研究室の会田薫子研究員。フランスやオランダ、スウェーデンでは進行した認知症患者に胃ろうの造設は、通常行わないという。米アルツハイマー協会など欧米の専門家団体も「患者に利益をもたらす医学的証拠はない」と否定的な見解だ。

 これに対し、日本では、「口から食べられなくなったら胃ろうは当たり前」という空気がある。しかも、いったん造設するとやめにくいという。延命手段をあえて控えることになり、神経質になっている医師も多いためだ。

 都内で飲食店を経営する女性(47)の母親(81)は、パーキンソン病と認知症を患い、寝たきりで意思疎通もできない。のみ込む力も衰えたため、入院した病院で胃ろうを勧められた。

 女性は「母は延命治療を嫌がっていた」として当初は断った。だが、「とりあえず体力がつくまで」と医師に言われて同意した。その後、退院時に外すよう求めると「外したらお母さんを殺すということですよ」と強い姿勢で拒否された。

 鈴木理事長は「回復の見込みがないまま胃ろうを続けるのがいいのかどうか。胃ろうを試す機会を奪わないのはもちろんだが、治療効果がなければ使用を見直す機会を設けることがあってもいい」と指摘。現状把握を進め、中止を含む指針作りを検討したいと話す。全日本病院協会や日本老年医学会も胃ろうの実態調査に取り組んでいる。

 認知症が進めば、食べられなくなる。その時、どうするのか。死生観ともかかわる問題だけに正解はないが、誰しも元気なうちに周囲に自分の考えを伝えておくべきではないか。(医療情報部・藤田勝)



 会田薫子『延命医療と臨床現場 人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学』
 東京大学出版会
 発売日:2011年07月22日

「認知症の終末期と胃瘻栄養法 ‐PEGの施行要因分析と価値判断を経た代替法の提案‐」(PDF資料 549.23KB)
会田薫子 東大大学院特任研究員(死生学)


延命医療 家族の希望で中止も
2011年2月27日 NHK

 認知症の高齢者にどこまで延命のための医療行為をするべきか議論が続くなか、東京でシンポジウムが開かれ、外部から胃に通した管で栄養を送る医療行為などで延命していた高齢者に対して、医師の5人に1人が、家族の強い希望を理由に、途中で取り外して最期をみとった経験があるという調査結果が報告されました。

 これは、27日に東京・文京区で開かれた、高齢者の医療に携わる医師などでつくる学会が開いたシンポジウムで発表されました。この学会が、会員の医師を対象にアンケートを行い、35%に当たる1554人から回答を得ました。それによりますと、終末期を迎えた認知症の高齢者が▽外部から胃に通した管で栄養を送る「胃ろう」と呼ばれる医療行為や▽点滴によって、延命をしていたケースで、家族の強い希望から、途中で取り外して最期をみとった経験があると回答した医師は、全体の19%、5人に1人に上りました。

 一方で、こうした医療行為の中止について、およそ30%の医師が「法的に問題がある」と回答するなど、認知症で本人の意思を確かめられない高齢者への延命措置を巡って、家族の意見と法的な問題とのはざまで手探りの判断を迫られている現状が浮き彫りになっています。

 日本老年医学会の大内尉義理事長は「国民全体の意見がまとまっていないなかで、多くの医師が判断に苦しんでいるのが現状だ。学会としてガイドラインを作って判断の指針を示したい」と話しています。



認知症患者に胃ろう、点滴
2011年2月28日 中日新聞

苦痛を軽減か栄養補給優先か 医師9割「決断難しい」

 認知症の末期で食事を取れなくなったお年寄りに対し、胃に穴を開ける「胃ろう」や点滴で水分と栄養を補給することについて、医師の9割が取り組むかどうかの決断に難しさを感じ、始めた後も4割以上が途中でやめた経験があることが、日本老年医学会の調査で分かった。

 調査を担当した東大大学院の会田薫子特任研究員(死生学)は「栄養補給の手段がありながら実施しないことに抵抗を覚えるのは自然な感情。補給するとかえって患者の苦痛が増したり、家族から『自然にみとりたい』と懇願されたりすることもある。どちらを選ぶか医師は悩んでいる」と分析している。

 今回の調査対象は、認知症末期患者への胃ろうや点滴による水分と栄養の補給。「方針を決める際にどの程度の困難を感じたか」の問いに「非常に感じた」が16%、「ある程度感じた」が46%、「少し困った」は27%で、約9割が何らかの抵抗を感じていた。「感じなかった」は6%。

 補給を始めた後、中止した経験は「なし」が53%、「あり」は44%。

 補給するかどうかの決定が困難な理由(複数回答)は「本人の意思が不明」(73%)が最も多く、「口から食べさせることによる肺炎や窒息の危険」(61%)、「家族の意思が統一されていない」(56%)の順。「補給を控えることの倫理的問題」(51%)、「補給に踏み切る判断基準」(45%)、「補給することに関する倫理的問題」(33%)のほか、「刑事面での問題」(23%)、「民事訴訟の懸念」(14%)と法的な問題を挙げた人もいた。

 中止を決めた理由(複数回答)は「下痢や肺炎を起こすなど医学的理由」(68%)に続き、「家族が中止を強く望んだ」(43%)、「継続は患者の苦痛を長引かせると判断した」(23%)など。



胃ろう、2割が食べる機能改善 認知症のお年寄り調査
2011年5月28日 朝日新聞

 口から食べることが難しくなったお年寄りの認知症患者で、おなかにチューブを通して栄養分を入れる胃ろうをすると2割は食べる機能が改善することが厚生労働省の研究班の調査で分かった。早期の認知症の人では3割だった。こうした調査は過去に例がなく、調査の責任者、国際医療福祉大病院の鈴木裕教授(外科)は「患者や家族の判断材料の一つになれば」と話す。

 鈴木さんが理事長を務める「NPO法人PEGドクターズネットワーク」が調査を実施した。全国53カ所の中核病院で、2006年1月~08年12月に胃ろうにした認知症患者計1353人(平均年齢81.9歳)が対象。一時的なものも含め体の状態や食べる機能の変化を調べた。

 調査が可能だった1027人の半数が2年4カ月以上生存していた。食べる機能については、回答があった961人の18%で改善していた。



胃ろう造設、医療従事者の影響大きく- 全国老施協が特養入所者調査
2011年11月17日 キャリアブレイン

 特別養護老人ホーム(特養)入所者の胃ろう造設の決定には、本人の意思や施設の説明よりも、医療従事者からの説明が大きく影響していた―。そんな実態が、全国老人福祉施設協議会(全国老施協)の17日までの調査結果から明らかになった。調査では、家族の希望も胃ろう造設の決定に影響している結果も示されたが、全国老施協の担当者は、「医療従事者の説明を受けて家族が決定するケースがほとんど」と指摘。実際は、医療従事者主導で胃ろう造設が進められるケースが大半とみている。

 この「特別養護老人ホームにおける胃ろう等による経管栄養に関する実態調査」は今年7-8月、全国の特養2000施設を対象に実施。回答があった1230施設で胃ろうを造設している入所者7005人の状況を分析した。対象者の平均年齢は85.1歳、平均要介護度は4.8だった。

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 調査結果によると、胃ろうを造設する際に最も影響を与えた要因を尋ねた設問では、「医療従事者からの説明」の37.8%と、「家族の希望」の34.2%が上位を占め、これに「施設からの説明」の2.5%などが続いた。「本人の希望」で胃ろうの造設に踏み切っていたケースは0.3%だった。

 また、胃ろうを造設している期間として最も多かったのは、「1年以上3年未満」の36.1%。「3年以上10年未満」の35.8%と、「10年以上」の1.3%を合わせると、7割超が1年以上の間、胃ろうを付けて生活していた。「3か月未満」は3.7%、「3か月以上1年未満」は15.1%だった。

■胃ろうの課題、「介護職の負担増」が6割
 また、調査に回答した1230施設に対し、特養で胃ろうなどの経管栄養を実施する上での課題を尋ねたところ(複数回答)、「介護職員の負担が増大している」が61.1%で最も多かった。以下は、「職員の教育・研修が十分でない」の51.8%、「緊急時の対応、安全管理が十分でない」の40.2%、「ケアマニュアルがない」の18.5%などが続いた。全国老施協では「介護職の医行為拡大による法整備に伴い、介護現場での負担増大やさらなる重度化対応が求められることが予想される。その評価と介護報酬上への反映が必要」と提言している。



PEGの神話
2011年11月11日 masaの介護福祉情報裏板

PEGとは、Percutaneous(経皮)・Endoscopic(内視鏡)・Gastrostomy(胃瘻造設術)の頭文字をとった医療専門用語であり、口からの食事が無理な方、飲み込むことができない方などの為に、内視鏡を用いてお腹に小さな穴をあけ、そこにカテーテルを通して胃から直接栄養摂取ができるようする手術のことである。

介護サービスの現場では、我々は日常的にこのことを「胃婁(いろう)を造る」と表現することが多い。(場合によっては胃婁をPEGと表現している例も見られる)

何らかの原因で経口からの食物摂取が不可能になった場合、わが国ではほとんどの場合、胃婁増設がなされ生命を維持する処置が行われる。しかし胃婁を造設する患者の7割近くは何らかの疾患で意思決定能力がなく、よって胃婁造設を決定するのはたいていは家族ということになる。

このため高齢者介護の現場では、胃婁造設された状態で、他者との意思疎通がまったくできずに寝たきり状態でケアを受けている人も多い。そのこと自体は決して否定されるべきではないし、生きていること自体を価値とし、どのような状況に置かれていても人間としてその尊厳は保障され続けなければならない。

しかし経口摂取不能=胃婁増設、と考えるのは問題であり、尊厳ある生き方を考える際に胃婁増設すれば生命を維持することが明らかであっても、それを拒む権利を人間は持つと考えてよいし、それを選択する権利と状況をもっと広く認めるべきではないかと考える。経口摂取が再開できるケースは一時的に胃婁からの栄養補給は必要であっても、経口摂取が再開できないと考えられる状態で、安易にPEGを施すことは生命の尊厳を犯す可能性さえあるのではないかということを、我々はもっと深く議論すべきである。

我々はこの考え方の延長として、「回復が期待できない嚥下困難か不可能な状態の時期であっても、胃瘻による経管栄養を行えば延命は可能ですが、高齢者自らが自分の生命を維持できなくなった状態にあるという意味で終末期とみてよい。」(京都保健会盛林診療所所長・三宅貴夫氏)という考え方を、終末期の判断基準の一つとしているところである。

これに対して、PEGは適切な栄養状態を維持し、褥創や脱水を防ぎ、安楽のためにも必要であり、それを否定的に捉えることは問題であるという反論がある。

しかし終末期にPEGを使用することについて、本当に対象者の安楽に繋がるのかという深い議論は我が国では充分行われておらず、むしろ諸外国では安楽ケアという部分でもPEGは否定的に捉えられており、特に生命予後が1ヶ月に満たない場合は、PEGは適応外であるという判断が主流となりつつある。

このことについて2006年に発行された老年医学雑誌 Geriatrics には「PEGの神話」として次のように解説されている。

PEGには次のような効果があると言われている。すなわちそれは
(1)栄養障害を予防することができる
(2)褥瘡を予防することができる
(3)誤嚥性肺炎を予防することができる
(4)QOLを改善する
(5)機能状態や生命予後を改善する
以上であるが、このことはすべて根拠がなく、これは「5つの神話」であると結論付けている。

PEG を造設しても、実際には
(1)栄養障害を予防するという根拠はなく、
(2)褥瘡はむしろ増え、
(3)LES 圧(下部食道括約筋圧)が下がり、口腔分泌物の誤嚥は予防できず
(4)苦痛や不快感を増す場合もあり
(5)機能状態や生命予後の改善は末期の状況では期待できない

とされている。さらに同誌には「これまでPEG 造設が誤嚥性肺炎を防止することを示したデーターはなく、むしろ経腸栄養が誤嚥性肺炎のリスクファクターである」ことや、「栄養状態と褥瘡の関連はほとんどない」こと、「PEGを含めた経管栄養の導入は予後に影響しないし、むしろ悪化させる」といった内容を、外国のいくつかの論文を引用し指摘されている。

その上で結論として

PEG造設による患者の利益を示すエビデンスがあまり示されていないにもかかわらず、「PEG 造設の頻度は高齢者において高く、PEGを造設した患者の70%が機能改善や自覚的な健康状態の改善がなく、認知症患者の約70%が何らかの抑制を余儀なくされている」との報告がある。高齢者が口からものを食べられなくなったというだけで終末期と言い切ることはできないし、PEG が必ずしもよくないというわけではないが、患者のQOL を考えないで、安易にPEGを行うことは避けるべきである、と解説されている。

さらに同誌には、胃瘻造設に対する意思決定のガイドラインも示されており、それによると、胃瘻を造設する場合、患者に対して医療者には、以下のことが求められている。

(1)事前指示を得ること
(2)倫理的な配慮をすること
(3)法的、経済的な配慮をすること
(4)感情的な配慮をこころがけること
(5)文化的背景を理解すること
(6)宗教を尊重すること
(7)以上のことを考慮した上で、患者の家族に説明を十分すること

以上を考えると、我が国ではこのガイドラインをまったくクリアしない、医療提供側の判断を主として安易にPEGが行われているように思えてならない。終末期のケアは、抹消点滴のみで静かに看取るということが、もっと積極的に考えられてよいのではないだろうか。

少なくとも僕自身は、血管確保が難しくなった場合には抹消点滴も無理に入れることなく、静かに看取ってほしいと思う。



「胃ろう」 生活の質低下も
2011年11月15日 NHK

口から食べることができず、チューブで胃に栄養を送る「胃ろう」を付けた人の生活がどう変わるのか、全国の特別養護老人ホームを対象にした調査結果がまとまり、栄養状態は改善したケースが多いものの、外出の頻度が減るなど生活の質が低下するケースが目立つことが分かりました。

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この調査は、全国の特別養護老人ホームで作る団体や大学の研究グループが行い、およそ1100の施設から回答がありました。それによりますと、入所中に「胃ろう」を付けたおよそ4000人について栄養状態を聞いたところ、「よくなった」というケースが61%で、「悪くなった」の6%を大きく上回りました。一方、ベットを離れて活動している時間は、「増えた」が12%だったのに対して、「減った」が57%となったほか、「会話などのコミュニケーション能力」も「よくなった」が10%に対し、「悪くなった」が28%になるなど生活の質は低下しているケースが目立ちました

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調査を行った国際医療福祉大学大学院の竹内孝仁教授は「口から食べて味わうことが生きるうえでの大事な活力であり、それを失ったことが生活の質に影響した」と分析しています。竹内教授は「胃ろうが必要とされるケースはあるが、そのままでは生活の質の改善につながらないケースも多い。リハビリなどを進め可能なかぎり食事を口から食べる取り組みを進める必要がある」と話しています。



特別養護老人ホーム:高齢者の尊厳大切に 「胃ろう」全廃/沖縄
2011年11月7日 琉球新報

 特別養護老人ホーム(特養)で胃に直接流動食を流し込む「胃ろう」など医療的処置が必要な高齢者が増える中、南城市知念の特養「しらゆりの園」(友名孝子理事長)が口から食べる摂食訓練で胃ろうを全廃し、入所者全員が健康な人と同じ食事をしている。入所者の重度化が進む特養で全員が胃ろうや刻み食、ミキサー食でなく、口から常食を食べているのは全国でも例がないという。

 これまでも高齢者の尊厳を守るため、日中おむつゼロに取り組んできたしらゆりの園で、入所者全員が口から普通食を食べるという常食移行の取り組みが始まったのは今年1月。当時、同施設の入所者70人のうち、常食は41人(58・8%)、12人は刻み食、5人はゼリー食、3人はミキサー食、9人は胃ろうだった。

 職員たちは入所者の口腔(こうくう)アセスメントを実施し、かむ力、水を飲む力などを確認。「人間は使わないと忘れてしまう」という国際医療福祉大学大学院の竹内孝仁教授の理論を実践した。

 水分が少なくなると意識レベルが下がるので、水分摂取量を増やし意識レベルを上げる。その上でするめや棒付きのあめなどで口腔機能を向上させ、かむ回数を増やした。

 こぼしたり、時間がかかったりするが、次第に普通の食事ができる人が増え、5月22日に全員が口から常食を食べた。仲村渠紀希介護課長は「刻み食や胃ろうの時より時間がかかることは確か。それでも、目で見て味わい、口から食べることが人間として一番大切なのでは」と話す。

 友名理事長は「胃ろうやミキサー食が当たり前だったが、本当にこれでいいのかという疑問から始まった。もう一度口から食べさせてあげたいという家族は多く、介護職が専門性を発揮すれば、胃ろうははずせる」とほかの施設に取り組みが広がることを期待した。(玉城江梨子)

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全員が常食を食べている特別養護老人ホーム「しらゆりの園」の昼食風景=南城市知念

特別養護老人ホームしらゆりの園  http://www.sirayuri.or.jp/

 〒901-1511 沖縄県南城市知念久手堅275-1 098-948-7060




・全国老人福祉施設協議会  平成23(2011)年 11月 22日
 「特別養護老人ホームにおける胃ろう等による経管栄養に関する実態調査」報告書サマリ PDF資料


終末期は“胃ろうせずも選択肢”
2011年12月4日 NHK

口から食べることができない人に、胃にチューブで栄養を送る「胃ろう」を、回復の見込みがない認知症の終末期の患者にも行うかどうかを話し合う集会が、東京大学で開かれ、本人や家族の意向で行わないという選択肢も尊重すべきという意見が多く出されました。

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この集会は、高齢者の医療に携わる医師たちで作る日本老年医学会が開いたもので、医療や介護の関係者およそ1000人が集まりました。集会では、これまで胃ろうを積極的に進めてきた国際医療福祉大学の鈴木裕教授が、「胃ろうは栄養状態をよくし、生存期間を延ばすが、認知症の末期患者など回復が不可能で患者の利益とならない場合は、本人や家族の意向を踏まえ見直しや中止の検討も必要だ」と述べました。

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また、終末期医療に詳しい東京大学法学政治学研究科の樋口範雄教授は「いかに生き、死ぬかという問題は、法律ではなく倫理と個人の問題だ。胃ろうを行うことが患者のためになるかどうか、医師と患者が話し合いを行うプロセスをまとめた指針を作ることが必要だ」と述べました。日本老年医学会では、4日の集会で寄せられた意見も参考に、今年度中をめどに、患者と医療関係者がどのように胃ろうを行うかどうかを判断する指針を策定することにしています。



胃ろう:日本老年医学会が指針試案
2011年12月6日 毎日新聞

 高齢者が口から食べられない場合に実施する「胃ろう」などの人工的水分・栄養補給について、日本老年医学会の作業部会は、医療・介護従事者向けの指針試案を作成した。本人のためにならない時は実施しなかったり中止したりする選択肢があると患者自身や家族に示すことができるとしている。一般からの意見を募集し、来春にも指針としてまとめる。

 これまで指針はなく、同部会は患者や家族のために必要として検討に着手。試案では、患者の生き方や価値観を尊重したうえで、家族を交えて話し合いながら胃ろうなどを実施するか否かを決めるべきだとしている。

高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン(試案)



胃ろう造設安全に 開腹せず胃壁固定具、医師開発 三重
2011年12月31日 朝日新聞

 病気やけがで自力では食事ができない患者の腹部に穴を開け、胃に通じるカテーテルを挿入して水分や栄養を送る「胃ろう造設」。三重県松阪市上川町のふなだ外科内科クリニック院長の鮒田昌貴さん(57)が開発した胃壁固定具は、胃ろう造設を安全に行う「鮒田式」として、全国の医療現場で活用されている。

 胃ろう造設の手術をめぐっては、カテーテルが抜けて胃壁と腹壁が離れて腹膜炎を起こしたり、肝臓や横行結腸へ誤って穴を開けてしまうといった医療事故が相次ぎ、中には死亡例もある。

 鮒田さんは、安全な胃ろう造設を医療現場に普及させようと、開腹せずに胃壁と腹壁を縫合固定する胃壁固定具の開発を進めてきた。この「鮒田式」だと短時間で手術できるうえ、手術後には体外から抜糸することができ、体内に異物が残ることもないという。

 1990年に特許出願し、3年後に製品化された。胃ろう造設は全国で年間10万例以上あるといい、このうち鮒田式は年間約4万1千例で実践されているという。さらに、胃がんの摘出や虫垂の切除など、ほかの腹腔(ふくくう)鏡下手術にも応用されているという。

 昨年8月には、手術にあたる医師が片手で操作できる改良版も製品化。医師が内視鏡カメラの画像を見ながら1人でも操作できるようになった。

 鮒田式の胃壁固定具を取り扱う医療機器メーカーによると、旧製品はこれまで国内で34万本、改良版は今年9月までに1万2千本が出荷されたという。海外の医療現場でも使用例が増えており、2002年からドイツを中心に中国や韓国、イタリア、イランでも使われているという。

 鮒田さんは「アメリカなどほかの国の医療現場でも活用してもらい、安全な胃ろう造設の普及へ情報発信を進めたい」と話している。(森山敏男)



胃ろう安全に改良重ね普及
2012年01月04日 朝日新聞三重版

■松阪の医師・鮒田さん開発 開腹しない胃壁固定具

 病気やけがで自力では食事ができない患者の腹部に穴を開け、胃に通じるカテーテルを挿入して水分や栄養を送る「胃ろう造設」。松阪市上川町のふなだ外科内科クリニック院長の鮒田昌貴さん(57)が開発した胃壁固定具は、胃ろう造設を安全に行う「鮒田式」として、全国の医療現場で活用されている。

 胃ろう造設の手術をめぐっては、カテーテルが抜けて胃壁と腹壁が離れて腹膜炎を起こしたり、肝臓や横行結腸へ誤って穴を開けてしまうといった医療事故が相次ぎ、中には死亡例もある。

 鮒田さんは、安全な胃ろう造設を医療現場に普及させようと、開腹せずに胃壁と腹壁を縫合固定する胃壁固定具の開発を進めてきた。この「鮒田式」だと短時間で手術できるうえ、手術後には体外から抜糸することができ、体内に異物が残ることもないという。

 1990年に特許出願し、3年後に製品化された。胃ろう造設は全国で年間10万例以上あるといい、このうち鮒田式は年間約4万1千例で実践されているという。さらに、胃がんの摘出や虫垂の切除など、ほかの腹腔(ふくくう)鏡下手術にも応用されているという。

 昨年8月には、手術にあたる医師が片手で操作できる改良版も製品化。医師が内視鏡カメラの画像を見ながら1人でも操作できるようになった。


 鮒田式の胃壁固定具を取り扱う医療機器メーカーによると、旧製品はこれまで国内で34万本、改良版は今年9月までに1万2千本が出荷されたという。海外の医療現場でも使用例が増えており、2002年からドイツを中心に中国や韓国、イタリア、イランでも使われているという。

 鮒田さんは「アメリカなどほかの国の医療現場でも活用してもらい、安全な胃ろう造設の普及へ情報発信を進めたい」と話している。(森山敏男)

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開発した胃壁固定具(左は改良版)=松阪市上川町

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鮒田昌貴医師



高齢者への胃ろう 問題点は
2012年1月24日  読売新聞

 高齢者への胃ろうの使い方が論議を呼んでいますね。何が問題なんですか。

「苦痛では」疑問の声も
 胃ろうは、口から食べられなくなった患者に対し、おなかに開けた穴から胃に管をつなぎ、人工的に栄養や水分を流し込む方法。内視鏡を用いた手術で短時間で作れる。米国で1979年に開発され、日本では90年代から普及、着ける人が増えている。

 人工栄養補給には他に、鼻から通した管で胃に栄養剤を送る方法や点滴もあるが、鼻から管を入れるより患者の苦痛が少ない上、点滴に比べ、腸を活動させるので免疫機能の維持につながるといった利点があると言われる。

 一定期間の栄養補給に用い、回復したら再び口から食べるのが理想的な使い方だ。ところが、手術や管理が簡単なこともあり、日本では回復が見込めない高齢者にも用いられるようになった。急増した背景には、〈1〉肺炎などの治療後、食べられないままより、栄養が取れる方が退院させやすい〈2〉口から食べさせるより介護の手間がかからない――など、医療・介護施設などの事情も指摘される。

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 口から食事を再開できなくても、一定期間、本人の意識が保たれ、ある程度満足できる生活が送れるなら、有意義とされる。だが、衰弱し意識のない高齢者が延命される例も目立ち始めた。このため、介護現場などから、「本人は苦痛なのでは」といった疑問の声が上がるようになった。

 終末期医療に関しては、厚生労働省が、医師の独断でなく、医療・ケアチームが患者や家族と話し合って判断すべき、との指針を作っている。だが、「延命手段を中止したら、罪に問われないか」などと心配する関係者も多い。

 これを踏まえ、日本老年医学会の作業部会は昨年末、新たな指針案を発表した。関係者が十分話し合った結果なら、胃ろうなどを着けるのを控えたり、中止したりできるとし、「適切な意思決定過程を経れば、法的にも責任は問われない」との考え方を示した。

 より長く生きるのか、生活の質を重視するのか。早い時期から、身近な人と話し合っておきたい。(高橋圭史)



胃ろう導入 日本老年医学会が指針試案 国立長寿医療研究センター鳥羽研二病院長に聞く
2012年1月24日 中日新聞

患者の「益」見極め「撤退」も

 高齢者への胃ろうの是非が社会の関心を集める中、日本老年医学会の作業部会は、胃ろうなどの人工栄養の導入の判断について、医療・介護職向けの指針試案を作成した。本人の生き方、価値観をできる限り尊重して合意を得るという「意思決定の道筋」を示している。広く意見を集め、近く最終的な指針を発表する予定だ。同学会理事で、まとめ役の一人、国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)の鳥羽研二病院長に思いを聞いた。(編集委員・安藤明夫)

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 -日本老年医学会が指針策定に乗り出した経緯は。

 私たちは2001年に、人の老化や死と向かい合う老人医療は、生命倫理を重視した全人医療であるべきだという「立場表明」をしました。当時は、胃ろうなどの人工栄養は、まだ盛んではなかったのですが、今や日本は米国をしのぐ「胃ろう大国」。設置している高齢者は40万人以上ともいわれます。社会の関心が高まり、臨床現場の迷い・悩みも多い中、時代の変遷に応じて、踏み込める部分は踏み込もうと考えました。厚生労働省の委託事業として、実情を調査し、試案をまとめました。

 -実情調査で、どんな問題が浮き彫りになりましたか。

 胃ろう以外の選択肢が示されず、医師に言われるまま承認せざるを得ない場合が多いです。十分に理解しないまま承諾し、後になって悔やんでいる家族がたくさんいます。その一方で、胃ろうで延命できたことを感謝している家族がいることも忘れてはいけません。

 -試案では、患者本人、家族とのコミュニケーションの大切さや、「真に本人の益になる道を見極めること」を強調し、中途での「撤退」という選択肢も示していますね。

 本人の益を見極めるのは、難しい問題です。認知症の終末期だと、本人が事前に「延命治療はしないでくれ」と希望していても、症状の進行とともに「痛い、苦しい」と訴えるようになるし、家族は何かしてあげたくなります。ただ、胃ろうを設置して2年、3年後の平均像は、一般に寝たきりで、感情も失われ、寝返りさえ打てない状態になって生かされている。「胃ろうアパート」と呼ばれるビジネスも広がっています。そんな現状を考えると、ある時期に、家族との合意のうえで「撤退」の判断をしてもいいと思うのです。

 -胃ろうを取り外す行為に法的な問題はないのでしょうか?

 試案策定に携わった法律家は「胃ろうにするかしないかを最初に決めるのも、継続するかどうかを途中で決めるのも、法律的にはまったく同じ」という見解でした。ただ、医療現場では撤退に対する不安が強いですから、今回の指針に合わせて、法曹界も見解を出していただけるとありがたいです。

 -導入の判断をする際、「何もしない」という選択肢に、医療者や家族のためらいは?

 「何もしない」と言っても、苦痛を取り除く水分補給など必要なケアはもちろん行います。終末期で、食べられない状態になったら、必要最小限の水などの補給にとどめ、死に至る最期の道筋は自然なものにしていく、ということです。

 ただ、どの時点で終末期なのか、専門医以外には判断が難しい場合もあります。また、胃ろうを設置した後、丁寧なリハビリを続けることによって再び食べられるようになる場合もあります。今後は継続的なケアについても光を当てていくべきです。

 試案は、いただいた意見を基に文言を整理し、老年社会学会、老年看護学会を含む日本老年学会の合同委員会の承認を得て、指針を発表します。

本人や家族の思いを尊重

 日本老年医学会の作業部会は、老年医学、死世学、看護学などの研究者で構成。指針試案は、人工栄養の導入について▽医療・介護における意思決定プロセス▽いのちについてどう考えるか▽意思決定プロセスにおける留意点-の3つについて考え方を述べている。

 意思決定のプロセスは「患者本人・家族とのコミュニケーションを通して、共に納得できる合意形成を目指す」として、医療側の都合を優先しないように戒める。本人の判断能力が損なわれている場合も、できる限り気持ちを尊重し、家族の思いや事情を考慮するように求めている。

 「いのち」についての方は、個別の価値観の違いを踏まえた上で▽死に至る最期の段階は、医療の介入を最小限にする▽延命がQOL(生活の質)の向上につながらない場合は、本人ができるだけ楽に過ごせることを目指す-が基本姿勢。

 留意点としては「延命治療をしない」という選択肢を含めて、公平に比較検討すること、「本人の人生にとっての益」を継続的に評価し、撤退(中止ないし減量)を検討すること、などを挙げている。



終末期胃ろう「治療差し控えも」…老年医学会
2012年1月29日 読売新聞

 日本老年医学会(理事長・大内尉義東大教授)は28日、高齢者の終末期における胃ろうなどの人工的水分・栄養補給について、「治療の差し控えや撤退も選択肢」との見解を示した。

 終末期医療に対する同学会の基本的な考え方を示す「立場表明」の改訂版に盛り込まれ、同日の理事会で承認された。

 「立場表明」は2001年に策定されたが、その後の実態に即したものにするため、10年ぶりに改訂された。近年、口から食べられない高齢者に胃に管をつないで栄養を送る胃ろうが普及。病後の体力回復などに効果を上げる反面、欧米では一般的でない、認知症末期の寝たきり患者などにも広く装着され、その是非が議論になっている。

 改訂版では、胃ろうなどの経管栄養や人工呼吸器の装着に対する見解が初めて盛り込まれた。高齢者に最善の医療を保障する観点からも、「患者本人の尊厳を損なったり、苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや撤退も選択肢」とし、「患者の意思をより明確にするために、事前指示書などの導入も検討すべき」とした。



胃ろう中止も選択肢に 終末期医療の原則、学会が改定
2012年1月29日 朝日新聞

 高齢者の終末期医療とケアについて、日本老年医学会は28日、胃に管で栄養を送る胃ろうなどの人工栄養や人工呼吸器の装着は慎重に検討し、差し控えや中止も選択肢として考慮するとの「立場表明」をまとめた。最新、高度な医療をすべて注ぎこむことは必ずしも最善の選択ではないと判断した。表明の改定は11年ぶり。

 終末期医療の手続きなどを定めた法的ルールはない。この立場表明にも拘束力はないが、高齢者医療に携わる医師が治療方針を考える際の基本原則とするもの。具体的な手順などを定めたガイドライン(指針)を作る際のもとになる。

 まず、高齢者の終末期における「最善の医療およびケア」を「必ずしも最新もしくは高度の医療やケアの技術すべてを注ぎこむことを意味するものではない」と明記。高齢者の心身の特性に配慮し「残された期間の生活の質(QOL)を大切にするものだ」との考えを示した。

 その上で、高齢者が最善の医療およびケアを受ける権利の一環として「(おなかに穴を開け、管を通して水分や栄養剤を胃に送る)胃ろう造設を含む経管栄養や気管切開、人工呼吸器装着などの適用は慎重に検討されるべきだ」と指摘した。具体的には「本人の尊厳を損ねたり、苦痛が増えたりする可能性があるときは、差し控えや撤退を考慮する必要がある」と記した。



「エイリアンのよう」=胃ろう患者で発言―自民・石原氏
2012年2月6日 時事通信

 自民党の石原伸晃幹事長は6日のBS朝日の番組で、高齢者の終末期医療でおなかの外から直接胃に管をつないで栄養を補給する「胃ろう」を受ける患者に関し、「映画で、寄生したエイリアンが人間を食べて生きているみたい」と述べた。映画「エイリアン」に出てくる地球外生命体を引き合いに出したことで、患者の親族ら関係者の感情を逆なでする発言として批判も出そうだ。

 石原氏は「社会の最下層で身寄りもない人の末期医療を担っている所に行くと、意識が全くない人に管を入れて生かしている。何十人も寝ている部屋を見たとき何を思ったか。エイリアンだ」などと述べた。



“胃ろう発言”尊厳重視からと釈明
2012年2月7日 NHK

自民党の石原幹事長は記者会見で、口から食べることができずチューブで胃に栄養を送る「胃ろう」を受けている患者の様子を「エイリアン」に例えたみずからの発言について、「しっかりとセンテンスを見ていただきたい」と述べ、人間の尊厳を重んじる観点からの発言だったと釈明しました。

自民党の石原幹事長は、6日のBS朝日の番組で、「胃ろう」を受けている患者の様子を視察した際の感想として、「意識が全くない人に管を入れて生かしている。何十人も寝ている部屋を見せてもらったとき、何を思ったかというと、『エイリアン』だ」と述べました。

この発言に閣僚や野党の一部から批判が出ていることについて、石原幹事長は7日の記者会見で、「そんなダイレクトな言い方はしていないと思う。間違いだ。しっかりとセンテンスを見ていただきたい」と述べました。

そのうえで石原氏は「私は人間の尊厳を重んじていかなければならないということを絶えず言っていて、私自身も『胃ろう』のようなことは行わないと、夫婦の間で決めている」と述べ、人間の尊厳を重んじる観点からの発言だったと釈明しました。

「胃ろう」を巡っては、回復の見込みがない認知症の終末期の患者にも行うかどうか、学会などで議論が行われています。



腹部にチューブ通し栄養剤送る胃瘻 終末期は慎重に
学会が見解、尊厳重視の風潮に配慮
2012/2/9 日本経済新聞夕刊

食事ができない患者のおなかの表面に穴を開けて胃に栄養剤を送り込む胃瘻(いろう)栄養法が転換期を迎えている。患者の負担が少ないと急速に普及し年約10万人が新たに導入する一方、終末期の高齢者について「差し控えや撤退も考慮する必要がある」との見解を学会が初めて示したほか、導入前の医師側の説明が不十分という問題点も浮上。通常食に戻し胃瘻を外す取り組みも本格化してきた。

「ちゃんと胃にチューブが入っていますね」。東京都にある有料老人ホームを往診したM医師は、認知症でベッドに横たわる80代女性のへそ付近のチューブを交換後、携帯型の内視鏡を入れ、多機能携帯端末に無線転送された画像で胃内部に達したことを確認した。

栄養剤や水分を胃に直接送るチューブは通常のタイプで1カ月半~2カ月、耐久性のあるタイプでも半年に1回は交換する。交換自体は数分だが、患者を病院まで運ぶ負担が大きい。入所者4人のチューブを交換したM医師は「往診で対応できれば、胃瘻を導入する高齢者の生活の質はさらに向上する」とみる。

日本で普及させたNPO法人「PEGドクターズネットワーク」理事長で国際医療福祉大学の鈴木裕教授(消化器外科)は「簡単な手術で患者の苦痛を和らげ、家族の負担も軽減でき、自宅にも帰れる画期的治療法」と強調する。

鈴木教授は厚生労働省の補助金を受けて同ネットワークに参加する医師らが2005年1月以降に胃瘻を導入した931人の患者を調査。導入した原因疾患は脳卒中が54.8%で最も多く、次いで認知症が17.5%、神経疾患が12.6%などで、平均年齢は81.4歳。鈴木教授は「欧米では延命効果が小さいとされるが、日本では栄養状態が改善するなど明らかに寿命が延びている」と指摘する。

ただ胃瘻の安易な導入には疑問の声も上がる。
日本老年医学会は1月下旬、「高齢者の終末期の医療およびケアに関する立場表明」を約10年ぶりに見直した。「認知症でも最善の医療とケアを受ける権利がある」とした上で、胃瘻を含む人工栄養について「患者本人の尊厳を損なったり、苦痛を増大させたりする可能性があるときには差し控えや撤退も選択肢として考慮する必要がある」と、導入の是非を慎重に検討し導入後の中止も選択肢だと初めて示した。

同学会倫理委員長の飯島節・筑波大教授(生涯発達科学)は「いたずらに命を引き延ばすより尊厳のある終末期を迎えたいという考え方が強まっている」と背景を説明。「患者や家族の意思を十分に確認せずに胃瘻を導入する傾向もある」と警鐘を鳴らす。

認知症の高齢者が暮らすグループホームを運営するある施設が、10年秋に胃瘻を導入した認知症患者の家族33人に聞き取った調査では、食べ物を飲み込めなくなった際に「医師が胃瘻しか選択肢を示さなかった」との回答が18人と半数を超えた。

導入を決断した理由(複数回答)では「長生きしてほしかった」など状態の改善が11人で最多。
だが「導入が入院や転院先の条件だった」(5人)、「導入後も介護施設を利用できる」(3人)など施設でサービスを受け続けるためという答えもあった。

調査した施設は「延命か治療か目的を明らかにした上で医師が選択肢を示さなければ、患者や家族は言うとおりにするしかない」と説明方法の改善を求める。一方で「食べられなくなった時にどのような終末期を迎えたいのか、本人が判断できるうちに確認しておけば、意思表明できなくなっても家族が決断しやすい」と助言している。

胃瘻導入後も再び口から食事を取れるようになる患者もいる。特別養護老人ホームなどを運営する法人で構成する全国老人福祉施設協議会(東京・千代田)は昨年7月から胃瘻外しに向けたリハビリのモデル事業を実施。成果を踏まえ、来年度から施設職員向け講習のプログラムに盛り込む。

モデル事業の委員長で国際医療福祉大学の竹内孝仁教授(介護学)によると、11の特養で胃瘻などチューブ(経管)だけで栄養を取っている53人のうち、2カ月半という短期間で1人が通常食のみになった。「経管と通常食を併用」と「経管と流動食の併用」も各2人で、改善があった。

うまく食べ物を飲み込めない高齢者には流動食を与えることが多いが、実は「口から通常食を食べること」が重要。よくかむことで食べ物を飲み込む準備が整うという。実際にモデル事業では流動食だけだった140人の4割は、通常食だけに戻せた。

先駆的に取り組んだ特養「しらゆりの園」(沖縄県南城市)は、胃瘻をつけていた入所者9人全員が通常食になったという。竹内教授は「急性肺炎など疾患の治療過程(疾病経過型)や、単に認知症で食べなくなった高齢者(安全管理型)には不要だったり、導入してもリハビリで外せたりする人は多い」と指摘する。(前村聡)

▼胃瘻栄養法
体表から胃に直接チューブをつないで栄養を送る方法。
米国などで1980年代から普及し、日本では94年ごろから使われ始めた。当時は腸が機能している患者には鼻から胃の中にチューブを通して栄養剤などを投与する「経鼻栄養法」が主流。
チューブが鼻に入ったままのため患者の苦痛が大きく、内視鏡を併用して局所麻酔で10~15分程度で胃瘻をつくる手術法(PEG、ペグ)が開発されると急速に移行した。現在は26万~40万人が利用していると推計されている。



“胃ろう”命をめぐる葛藤
2012年3月27日 NHKニュースウオッチ9 ピックアップ

「胃ろう」という言葉をご存知でしょうか。患者の胃に穴をあけ、チューブで栄養や水分を送る医療行為のことです。全国で40万人近い患者がいるとされ、終末期の患者の延命にもつながっています。3月27日、医師などでつくる日本老年医学会は、終末期の高齢の患者に対して、本人のためにならないと判断されれば、「胃ろう」をやめてもいいとするガイドラインを示しました。



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■高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン (結論) PDF
  人工的水分・栄養補給の導入を中心として
  平成 24年3月12日 日本老年医学会

胃ろう 手術は10~30分で終了し1万円程度、1食200円~
2012.04.23 NEWSポストセブン ※女性セブン2012年4月19日号

 近年、人工呼吸器とともに議論の俎上に上がっているのが、「胃ろう」だ。自力でものを食べる、飲み下す(嚥下する)ことが困難な患者の腹部に1cm未満の“穴”=ろう孔を開け、そこに胃ろうカテーテルという器具を挿入して直接、栄養剤を注入する方法を指す。

 腹部に開いたその“注入口”をつくることを、胃ろうを「造設する」「造る」と表現する。現在日本には、胃ろうを造設している人が40万~60万人といわれる。民間の調査機関によれば、2010年度に新しく胃ろうを造った件数は20万件にも及ぶ。

 胃ろうの有効性・安全性や経済性が注目を浴びはじめ、さらに2000年ごろからは介護保険などの導入で、長期入院者の診療報酬が下がり、病院経営を圧迫するようになったため、患者を退院させるようになった。

「しかし、在宅では家族が点滴で栄養補給することは難しい。経鼻チューブは患者の違和感が強く苦しいので、抜き取ってしまう患者さんがいる。そんななか、胃ろうは在宅でも安定した栄養補充が簡単で、しかも栄養状態が悪いことによって悪化する床ずれが改善するなど容体が安定するので、日本でも急速に普及していきました」と話すのは国際医療福祉大学病院外科教授上席部長の鈴木裕さんだ。

 4月から改正になった「介護福祉法」では、介護職の医療行為を一部認め、胃ろうなどの経管栄養(消化器にチューブで流動食を投与する方法)も研修を修了した介護士が行えるようになった。高齢者の病気治療や介護が在宅医療にシフトするなかで、高齢者がいる家庭では今後、望むと望まざるとにかかわらず、胃ろうという選択肢が提示される機会が増加すると思われる。

 では、どういう人に胃ろうを行うのか。
「胃腸などの消化器に問題がない場合、一般的には、4週間以内に自分で食べられるようになると予想されるなら経鼻チューブ、それ以上、自分で食べられない期間が続くと診断されると、胃ろうが選択されます」(前出・鈴木さん)

 手術は簡単だ。まず鼻か口から胃へ内視鏡を入れ、腹壁と胃壁にトンネルのような、1cm未満の小さな穴(ろう孔)を作って胃ろうカテーテルを通す。医療費1割負担なら造設手術自体は1万円程度で、約10~30分で終了。出血も痛みも少ないが、カテーテルは3か月~半年ごとに交換の必要がある。

 栄養補給の際には、お腹の穴から出ている胃ろうカテーテルのボタンやチューブにアダプターを付け、栄養剤を注入していく。かなりとろっとしたものから半固形状(ゼリー)のものまでさまざま。保険が適用されるものもあるが、多くは食品扱いで、1食200円くらいから。野菜ジュースなど、通常の飲料を入れることもでき、摂取しないときには、チューブの先にふたをして入浴も可能だ。

 一方、ケアを怠ると皮膚にただれが起きたり、カビが生えたりするデメリットもあげられる。また、胃ろうをしていても、唾液の誤嚥や嘔吐、投与した栄養剤が胃食道を逆流する誤嚥性肺炎もないとはいいきれないという。

「ただ誤解している人も多いのですが、嚥下能力が残っている人は口からの食事と併用できますし、食べるリハビリ訓練もしやすく、不要になれば、チューブを抜けば半日ほどで穴は塞がります」(前出・鈴木さん)



平成23年度老人保健事業推進費等補助金
「終末期の対応と理想の看取りに関する実態把握及びガイドライン等のあり方の調査研究」報告書  PDF
2012.04.13 全日本病院協会

全日本病院協会  http://www.ajha.or.jp/

資料 外部リンク
終末期医療に関する意識調査検討会報告書及び人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書の公表について
平成26年4月2日 厚生労働省 医政局指導課在宅医療推進室

看護師の法則10

少ない情報で決めつけてはならない

・情報が多ければ見方が違ってくる。また、同じ情報でも角度を変えることで違った見方もできる。

「あなたと私」が変らなければ

「あなたと私」が変らなければ
2010年7月22日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 来月26日、貧者の救済の為に生涯を歩んだカトリック教会修道女、マザー・テレサ(1910年~97年)の生誕100年目を迎える。世界各地でさまざまな追悼イベントが開催されるだろう。
 マザー・テレサは1979年、修道会「神の愛の宣教者会」を創設して貧者救済に一生を捧げたとしてノーベル平和賞を受賞し、死後は、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の願いで2003年年10月19日に列福されている。
 当方は過去、この欄でテレサのことを何度か書いてきた。テレサ修道女が生前,書いた書簡が公表された時、「マザー・テレサの苦悩」というタイトルのコラムを書き、読者から批判の声を頂いたこともあった。
 生誕100年祭を間近に控え、テレサが生前語った言葉をもう一度思い出してみたい。
 一つは、読者の皆様もご存知と思うが、「愛の反対は憎悪ではありません。無関心です」という言葉だ。初めてその言葉を聞いた時、感動すると共に、テレサは「無関心」のもつ冷酷さを誰よりも知っていたのだろう、と感じた次第だ。
 もう一つは、一人の記者がテレサに「教会で何が変らなければなりませんか」と聞いた時、「あなたと私がね」と答えたという。シンプルなやり取りだが、テレサの答えはことの核心を突いている。そして、今、わたしたちに最も必要な内容を含んでいると思うのだ。
 オバマ米大統領は「We can change」をモットーに大統領選を勝利した。米国民は8年間のブッシュ政権から変革を求めていたので、「チェンジ」は米有権者の心を動かしたわけだ。しかし、テレサの観点からいうならば、オバマ大統領のチェンジも決して十分ではないのだ。
 わたしたちは多くの場合、相手(個人、社会、政府、国家など)に「チェンジ」を求めるが、テレサは「あなたと私」が先ず変らなければならない、と優しく諭しているのだ。
 もちろん、「あなたと私」が変ったとしても、相手が変らないこともあるだろう。しかし、「あなたと私」が変れば、少なくとも相手はその変化に気付くはずだ。それはチェンジへの第一歩となる。
 いずれにしても、素晴らしい数多くの言葉を残してくれたマザー・テレサに感謝したい。それらの言葉一つ一つが人々に感動を与えるのは、テレサ自身がそれらを行動と実践を通じて勝ち取ってきたからだろう。



・心理学者によると、自分が変わることしかないという。相手に何かを要求することはできない相談だろう。そして、自分が変われば確実に他人の対応は変化するという。マザー・テレサの指摘されたことは、人間が如何に自分というものを固く信じているということだろう。自分が…自分が…という連続の人生を私たちは送っている。しかし、そこには神も仏も存在していない。自分を変えることができればすべては変わるといのが真実だろう。

群生海19

   自転車念仏

自転車に乗り
ふと気がつけば
仏のいのちが
私のいのちになり
風の中を
なむあみだぶつ 走っている

・念仏と風と自転車と自分が一体になっている、すべては一体なのだ。

刑事コロンボ/祝砲の挽歌(1974)

刑事コロンボ/祝砲の挽歌(1974)
COLUMBO: BY DAWN'S EARLY LIGHT

刑事コロンボ完全版シリーズ第28作 時間98分

監督:ハーヴェイ・ハート
脚本:ハワード・バーク
撮影:ジャック・プリーストリー
音楽:ベルナルド・セガール
出演:ピーター・フォーク パトリック・マクグーハン トム・シムコックス バー・デベニング M・ソートン・シャーウッド カレン・ラム

陸軍幼年学校の記念式典で理事長が祝砲の発射と共に爆死。廃校を唱えていた理事長を事故に見せかけて殺害した校長に、現場に残された布きれを手がかりにコロンボが迫る。昔気質な軍人に扮したP・マクグーハンの好演が光る一編。

・刑事コロンボシリーズはNHK放送当時に見ていたが、すべての作品を覚えているわけではない。それよりも、短命に終わってしまったミセス・コロンボシリーズの方がよほど覚えている。

さて、この作品は私にとって大変印象深く残っており再び見直すことができて細部を思い出した。今回はノーカット版でありカットされた部分は別の声優が吹き替えをしていた。ラムフォード大佐役には、佐野浅夫氏が担当された。実は、このゲスト俳優パトリック・マクグーハンについては全く知らなかった。後年、『プリズナーNo.6』を全話見ていたことと、NHK-BS2で刑事コロンボシリーズが再放送された時にマクグーハンが亡くなったことで、頭の中で二人がつながった。

作品の脚本も優れていて、殺人対象者と思われた人物が実は殺人者という奇抜な発想である。マクグーハンの演技は見事に厳格な陸軍幼年学校長を演じている。気づいたことだが、彼のシーンでは軍隊の帽子をまぶかにかぶっており目が丁度見れるか見れない状態である。普通は役者にとっては目の演技でものを言うところがあるが彼には、それも必要なく表情全体から抑制のとれた演技が見られる。この作品では、実際の士官学校を利用しロケで撮影されているということで、寄宿舎や砲台の置かれている広場はリアルであったはずだ。また、幼年学校生徒として出演している方はエキストラなのか本当の生徒たちなのか不明だが、行進や振る舞いなどテキパキとしてホンモノらしく見えた。

看護師の法則9

傾聴は30秒でもできる

・30秒でも相手に集中できれば十分傾聴はできる。時間は無限ではない。

衛星映画劇場 枢機卿 1963年・アメリカ THE CARDINAL

NHK BS2 衛星映画劇場 枢機卿 1963年・アメリカ THE CARDINAL

2010年 7月27日(火) 午前0:56~3:57(26日深夜)

理想を追い求める若き神父の苦悩と成長を宗教・戦争・人種問題などをからめて描いた人間ドラマの大作。妹の死を救えなかったことを苦に聖職者を辞め英語教師となったファーモイル。そこで教え子のひとりと恋に落ちるが、聖職を捨てきれずローマへと渡り再び神の道へ。その後アメリカへ戻り司教に任ぜられ、ヒトラーがオーストリアへ侵入したころ、法王庁の命令でウィーンへ飛び、苦境の中で聖職者としての道を高めていく。

<作品情報>
(原題:THE CARDINAL)
〔製作・監督〕オットー・プレミンジャー
〔原作〕ヘンリー・モートン・ロビンソン
〔脚本〕ロバート・ドジアー
〔撮影〕レオン・シャムロイ
〔音楽〕ジェローム・モロス
〔出演〕トム・トライオン、ロミー・シュナイダー、キャロル・リンレイ ほか
(1963年・アメリカ)〔英語/字幕スーパー/カラー/レターボックス・サイズ〕



・どんな映画か見られる人は見てもいいかな。筋を見ると理想的な神父道を歩むようだね。

看護師の法則8

嫌なこと、苦手な人への対応は早いほどよい

・嫌なこと、苦手なことを先にやれば、問題が小さいうちに解決できる。

日本人の宗教観が世界のトレンド

日本人の宗教観が世界のトレンド
2010年6月11日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 「結婚はチャペルのあるキリスト教会で、子供の七五三には神社にお宮参りし、そして葬式は仏教式で行う」
 一般的な日本人の宗教への姿勢について語る時、少し軽蔑の思いを込めてこのように表現されることがある。しかし、近い将来、この日本人の宗教観こそが新しいトレンドとして世界に広がっていく可能性があるのだ。
 少なくとも、オランダ出身の新教神学者マニュエラ・カルスキィ女史はそのように考えている。
 アムステルダム出身の同女史はザルツブルク大学の記念講演で、「アジアで見られるように、複数の宗教所属は欧州でも頻繁に目撃されてきた」と述べ、「欧州人は柔軟性のあるアイデンティティの開発こそ必要だ。欧州人に目下、欠けているのは、視覚的、多様で超越的な『私たちという感情』だ」と主張している。
 キリスト教会や仏教の教えを「良し」とし、実践している熱心な人々にとって、「他の宗教の教えも信じ、所属する」といった行動は理解できないかもしれない。
 世界最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会を例に取ってみよう。ローマ・カトリック教会には、「イエスの教えを継承する唯一、普遍的なキリスト教会だ」という「教会論」がある。俗に言うと、「真理を独占している」という宣言だ。前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が公表した『ドミヌス・イエズス』(2000年)の中に記述されているし、最近ではバチカン法王庁教理省が07年10月、「教会についての教義をめぐる質問への回答」と題した文書の中で発表した内容だ。カトリック教会の「教会論」からみれば、カルスキィ女史の見解は絶対受け入れられないだろう。
 特に、ローマ法王ベネディクト16世は価値の相対主義を厳しく批判し、「われわれは時代的要請に心を砕くのではなく、イエスの教えに戻るべきだ」と述べ、信仰の絶対主義を標榜している。
 しかし、同女史の見解は宗教の教えの相対化を主張しているのではないだろう。世界的神学者ハンス・キュンク教授が提唱した「世界のエトス」に繋がる内容があるように感じる。その意味で、同女史の主張は非常に預言者的だ。
 エベレスト山の頂上に到達するためには一つのルートだけではなく、多様なルートがある。キリスト教、仏教、イスラム教など世界の宗教は共通の頂上に繋がる別々の登山道ではないか。
 宗教は目標ではなく、頂上に到達するためのルートと考えるならば、仏教を信じ、キリスト教の教えにも共感する人々が増えてきたとしても決して不思議ではないわけだ。



・価値の相対主義と考えることもできるが、共通した教えもある以上他の宗教信条からも学ぶべき点は数知れない。違いを強調して組織を引き締め争いを増していくこともできるし、その反対も可能であろう。

群生海18

   慈悲

風雪何十年の人間に
永遠の眠りがくるのは
ふかい 慈悲であることが
ようやくわかってきた

・苦労の果てに朽ちるように亡くなる、そんな人生もいいな。

法王の「清貧の勧め」と退職聖職者

法王の「清貧の勧め」と退職聖職者
2010年7月9日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ローマ法王ベネディクト16世は4日、「簡素な生活を送るように」と述べ、聖職者に「清貧の勧め」を求め、贅沢な生活スタイルから一定の距離を置くようにとアピールしている。その背後には、消費文化社会に生きる聖職者の中にも物質的な享楽を求める者が出てきたからだろう。
 ローマ法王の出身地、ドイツ教会の高位聖職者の中には、ワインから衣服、食事まで高級品嗜好で有名な聖職者がいるが、大多数の聖職者は質素な生活を送っている。ただし、基本的な衣食住は保証されているから、退職後も恩給で生きてはいけるだろう。
 ところが、そうでもないらしい。カトリック国フランスで退職した約70人の神父たちと修道女たちが恩給の値上げを要求し、裁判に訴えている。その内、5件はその訴えが認められたという。その多くは教会に所属する前に社会保険に加入していた聖職者たちだ。平均月250から650ユーロの恩給を支給されているが、生活必需品が値上りし、日々の生活もままならないというわけだ。
 バチカンでは一応、枢機卿は80歳、司教の場合、75歳が退職年齢となっている。ただし、オーストリアのカトリック教会広報部に電話で聞くと、退職年齢は個々の聖職者によって異なり、一律、何歳から恩給を受けることが出来るといったものではないらしい。例えば、90歳の神父が現役神父として今も活動しているという(聖職者不足と高齢化はローマ・カトリック教会が抱えている深刻な問題の一つだ)。
 カトリック教会の場合、通常の社会保険ではなく、教会が設立した基金から退職聖職者に恩給が支給されているが、他の職種と比べた場合、「非常に少ない額」(オーストリア教会広報部)という。だから、諸物価が高騰する現在、神の言葉で生きる聖職者の生活もわれわれと同様、困窮に瀕し、不満の一つも飛び出してくるのだろう。
 ローマ法王の「清貧の勧め」に戻るが、「食事も十分出来ない状況下で生きる者に清貧を説くのは酷であり、侮辱だ」と語った英作家オスカー・ワイルドの箴言を思い出す。



・宗教家の晩年はどうなのだろうか。記事を読んでいて考えさせられる。日本の場合、政治家も定年制を持ちたいという政党もあったし(酷く老害が蔓延したから)…。宗教家とは、○○団体に所属している○○資格(宗教科卒業)していますというのでは社会的には認められても違和感がある。宗教家とは、信じている思想・信条の生活実践者であり何ら組織に縛られる必要はないのではないだろうか。組織から活動費・生活費を支給されていても…。ただ、身体をこわしたり病気になったり高齢化して働けなくなった場合はどうするのかという問題はあるだろう。カトリック教会の場合は、家庭を持たないから配偶者・子ども・孫の世話になることはできないだろう。今回は恩給の話であるが、原資が少なければ給付される金額も少ないだろう。生きる糧(パン)と生きる糧(聖書のことば)のどちらが人間にとって必要なのか。経済厳しい時代だからこそ、宗教家の晩年を考えたい。マザー・テレサは清貧を最期まで貫いたが、すべての宗教家がそれに満足できるわけではないだろう。


ウィーン大司教区から返信メール
2010年7月18日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 オーストリアのローマ・カトリック教会ウィーン大司教区広報担当エリッヒ・ライテンベルガー教授(Erich Leitenberger)から返信メール(13日付)が届いた。当方は「法王の『清貧の勧め』と退職聖職者」を書く段階でウィーン大司教区広報に電話で質問したが、担当者がライテンベルガー教授にメールで質問したらいいといわれたからだ。
 当時のテーマは「聖職者の年金問題」だ。先述したコラムと重複する部分もあるが、勉強になるのでここで教授の返信メールの概要を紹介する。

(1)神父(司教、枢機卿)の年金年齢は?

 「神父は65歳から年金生活者となれるが、多くの神父たちはそれ以降も聖職に従事する。80歳になっても神父として活躍する聖職者がいる。昔は90歳になっても聖職に従事していた神父がいた。
 司教は教会法によれば75歳になれば、ローマ法王に辞職を願うことが出来る。原則としては、枢機卿も同様だ。しかし、通常、枢機卿は80歳まで聖職に留まる。例えば、フランツ・へー二ヒ枢機卿は80歳で辞任している」

(2)神父の平均年金額は?

 「退職聖職者の平均年金額を答えるのは難しい。なぜならば、退職する神父の現役時代の活動期間や特別手当などによって異なるからだ。最高限度は2150.39ユーロだ。
 ウィーン大司教区の規約によると、65歳で退職した神父はこれまでの給料の90%に相当する額を年金として受ける。神父が66歳まで従事した場合、91%相当を得る。最高限度は95%までとなっている」

(3)停職聖職者は教会関連施設や住居を利用できるか?

 「退職した聖職者は住居や教会関連施設を利用できる権利を失うから、個人で住居を探し、家計を賄わなければならない」



看護師の法則7

アセスメントは場数を踏むことで上達する

・アセスメントはとにかく場数を踏むことである。最初からうまくできる人などいない。

ローマ法王の夏休み

ローマ法王の夏休み
2010年7月18日 産経新聞 【外信コラム】イタリア便り(坂本鉄男)
 
 誰でも取る夏休みだけに、ローマ法王だって例外ではない。

 ポーランド出身だった前法王ヨハネ・パウロ2世は若いころスポーツマンで山歩きが好きだったので、晩年身体が不自由になったときを除き、9年間は南アルプスのアオスタ渓谷、6年間はドロミーティ山系で夏を過ごした。

 神学者でピアノが好きなドイツ出身の現法王ベネディクト16世は、昨年までは前法王に倣って5年間は夏休みを南アルプスの山中で過ごしたが、今年は7月7日の恒例の水曜日謁見を終了すると、午後からローマの南約35キロのカステル・ガンドルフォの法王専用の別荘に8月終わりまで夏休みを過ごしに出かけた。

 ここなら、700キロ離れた南アルプスと違って、緊急時にもベルトーネ国務長官はじめ法王庁の幹部が簡単に駆けつけられるわけだ。

 この別荘は、アルバノ湖を見下ろす丘陵にあり1600年代前半に当時の法王が建てたもので、周囲を55ヘクタールの庭園などに囲まれたバチカン市国領、つまり治外法権に守られている。

 法王は、ドイツから呼び寄せた司祭の弟やドイツ人の側近とともに、祈りや思索、庭園内の散策、読書と執筆などのほか、グランドピアノに向かって、これまたピアノの名手の弟と大好きなモーツァルトやハイドンの曲を弾いて過ごす予定である。

 どうか静かな夏休みでありますように。



・法王はピアノが弾けるんだ。学識も一流の上に音楽の教養もあるって凄いですね! 記事には、いま法王が置かれている厳しい状況を一切書いていない。だって、バカンスだもん! すべて忘れて楽しみましょう。

群生海17

   百年

百年たてば
自分の子や孫もなくなり
泥まみれの私の生涯を
知る人もなくなるだろう
然しそこに 草が繁り
虫が生きていたら 私はうれしいな

・そうなのだ、100年すれば誰もわたしのことなど知らないだろうから…なんでもやってみよう。

地域ごとに違う、10の性行為に関する変わった法律

地域ごとに違う、10の性行為に関する変わった法律
2008年07月08日 GIGAZINE

アメリカにはちょっと変わった性行為に関する法律があるそうです。日本では普通でもあまりしないことを禁じていたり、逆に日本では普通にしていることが禁じられている法律もあるようです。

1.アリゾナ州を含む18の州では、口を使った性行為が禁じられている。

2.ヴァージニア州では電気をつけて性行為を行うのを禁じている。

3.オレゴン州では、性行為中の言葉責め(汚い言葉でいじめる)を禁じている。

4.ジョージア州では結婚していないと性行為ができない。

5.ワシントンD.Cでは正常位以外の体位で性行為を行うと違法になる。

6.ウィスコンシン州のとある地域では、女性が絶頂を迎えている時に男性が射精する事を禁止している。

7.ペンシルバニア州のハリスバーグでは料金所でトラックドライバーと性行為を行うことは違法。

8.フロリダでは、ヤマアラシと性行為を持つことを禁じている。

9.ユタ州では65歳までいとこと結婚することができない。要するに65歳を超えるといとこと結婚できるということ。

10.ワシントン州では動物と性行為をする事は合法。ただし動物の体重が40ポンド(約18キログラム)以下の場合のみ合法。それ以上になると違法。



・アメリカでは州法があるので地域差が出てしまう。特に性に関しては宗教の影響が大きい。保守的な地域と先進的な地域では雲泥の差が出る。現状は知らないが同性愛者の結婚を認めている州と認めない州の違いは大きい。この記事は興味本位ではあるが、人間の営みは軽視すべきものではなく土地土地の習慣を守り生きることが求められているのだろう。
 実は同様のことがアメリカ以外の国でもやたらとある。やはり宗教事情が絡んでいる。日本は、その意味で標準的な考えを共有している数少ない国の一つに数えられるだろう。ただ日本の性文化は歴史があり豊かでおおらかであったことは世界的に認められている。本当に一夫一婦制度というキリスト文化が良いものなのだろうか…離婚が日常茶飯事となっている現代を思う時に結婚・性・文化ということに思いを寄せたくなる。


・Top Ten WTF? US Sex Laws - Top 10s

1. Oral sex is illegal in 18 states, including Arizona.

2. In Virginia, it is illegal to have sex with the lights on.

3. It is illegal for husbands in Willowdale, Oregon, to talk dirty during intercourse.

4. Sexual intercourse between unmarried couples is illegal in Georgia.

5. Engaging in any sexual position other than missionary is illegal in Washington, DC.

6. In Connorsville, Wisconsin, it is illegal for a man to shoot off a gun when his female partner is having an orgasm.

7. In Harrisburg, Pennsylvania, it is illegal to have sex with a truck driver inside a toll booth.

8. Having sexual relations with a porcupine is illegal in Florida.

9. It is illegal in Utah to marry your first cousin before the age of 65.

10. Sex with animals is perfectly legal for men in Washington state, as long as the animal weighs less than 40 pounds.

http://media.www.ecollegetimes.com/media/storage/paper991/news/2008/07/03/Top10s/Top-Ten.Wtf.Us.Sex.Laws-3388114.shtml



新スタートレック TNG 第165話「若き勇者達」

新スタートレック TNG 第165話「若き勇者達」

このエピソードは非常に内容豊かなものとなっている。

グッとくる箇所がいくつかあって、シトー少尉にピカード艦長がエンタープライズ号に乗船させたのは、彼の配慮であることが分かるシーンである。人間は若い時期にはムチャをする時期もある。その時に大きな間違いをすることもある。シトーも、そのような行為をしたが艦隊アカデミーを卒業しても汚名を晴らす機会も与えられぬままに過ごしてきたのだろう。ピカードは、艦隊の極秘命令をもって艦隊スパイとして働いているカーデシア士官を帰京させるべく計画を考えていた。そのカーデシア人によってベイジョーは蹂躙されておりシトーもよく分かっていた。この対立構造はDS9のコンセプトとなり、その後大きく発展する。

TNGでは、ポーカーのシーンは重要な箇所でしばしば出てくる。今回は、上級士官に加えて下士官である彼らも同じ状況で展開してゆく。そのセリフの絡みが実に良くできてている。このポーカーというゲームを通しても性格描写が分かりやすい。

このエピソードでは、上司と部下というものを考えさせれる。昇進が部下の話題になることは当然であろうし、そのために画策したり悩んだすることも自然に思える。また、上司となるものの器ということを考えさせられる。ピカードやライカー副長のようなものにとどまらず、人をまとめる立場にあるものにとって部下を働かせることや配置させること、評価することの難しさを感じる。ラフォージ少佐がトーリク少尉の進言を受け入れていくところは流石だと思う。ピカードは艦長として、厳しい生死を懸けた任務をも指揮しなければならない。それは、別エピソードで愛する女性をも、そうした立場に追いやる任務であり私情を挟む余地はない。

本来であればシトー少尉が任務を完遂して帰艦するというハッピーエンドで終わらせることもできたが、期待に反して殉職という結果にしている。若い士官たちには、宇宙艦隊というものの理想と本質を知って厳しい現実に直面しさらに大きく人間として士官として成長していくのだと思う。

ピカード艦長のもとで働きたいと誰でも思う。また、指揮官、リーダーの役割が分かり単なる利益調整ではないことが分かる。TNGの世界観では、人類は貧困を克服していて人間の目指すべきことは自分を高めることだという。お金が意味もたない社会なんて考えたこともない。そうした所有に意味がなくなる時に人類は新たな進化を遂げるのかもしれない。


ラヴェル中尉:ダン・ゴーシアー
シトー少尉:シャノン・フィル

般若心経 中国語

般若心経 中国語


Buddhist Chant - Heart Sutra (Mandarin) by Imee Ooi

魂の言葉15

わたしは、世界を受け入れる!(マーガレット・フラー)

・こうした宣言だけが、すべてを許される。

般若心経 サンスクリット語

般若心経 サンスクリット語


heart sutra
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