034 人生のいま、この時は一度しかない

「私がこの世を駆け抜けていけるのは、たった一度だけだ。今自分にできるいいことは、今やろう。なぜなら、人生で同じ道は二度とないから」(パトリック・J・ケネディ)

・何も後悔することのない生き方とは、このようなものだろう。
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NHK 追跡!AtoZ 逸脱する“病院ビジネス”

逸脱する“病院ビジネス”
2010年 5月22日 NHK総合 追跡!AtoZ

今、医療機関の経営難が深刻だ。繰り返されてきた医療費の削減によって、全病院の52%が赤字。倒産件数も過去最大。病院は診療報酬が改定されるたびに、血眼になってその詳細を読み込み、あの手この手で利益を上げていこうと必死になっている。

一方、制度を逸脱して利益をあげる一部の病院の実態も明らかになってきた。ターゲットのひとつが貧困層。生活保護の受給者を集めては、過剰な治療や検査を施し、診療報酬を得ようという裏のビジネスだ。からくりは生活保護受給者の医療費を国と自治体が全額負担する「医療扶助制度」にある。病院にとって「取りはぐれ」がなく、生活保護受給者は行き場がないため、不必要な診療をしても文句が出ないというのが儲けの構図だ。

取材を進めると、不透明な医療費の請求は高齢者医療などの現場にも広がっていることがわかってきた。問題の根底には、医師が「この治療が必要だ」と言えば、それを疑うことが難しい現実があり、レセプト(診療報酬明細書)のオンライン化などの対策が求められている。“医療不況”のもと病院はどのように変貌しているのか? 追跡する。



逸脱する"病院ビジネス"
2010年05月25日 追跡!AtoZブログ キャスター日記 鎌田靖

病院の言うがまま必要のない治療を受けさせられた生活保護受給者。寝たきりにされたまま不自然な医療費を請求されたお年寄り。今回はこうした不透明な病院ビジネスの実態を追跡しました。

取材のきっかけは去年理事長らが摘発された、奈良県大和郡山市の山本病院による診療報酬の詐欺事件です。警察の摘発前から取材を始めていた取材班が、その後もこのテーマを継続して追いかけていました。取材先には暴力団関係者もいます。ほぼ1年にわたる厳しい取材が続きましたが"日本の医療の裏面"を提示することができたのではないかと思っています。

背景にあるのが番組でも触れましたが、日本の診療報酬制度です。医療機関は国が決めた診療報酬の点数表に基づいて患者に施した治療や検査の明細を公的な審査機関に提出。それを審査機関がチェックし、OKとなれば健康保険組合や市町村が医療機関に医療費を支払うという仕組みです。ほとんどの医師が患者の健康を守るため真剣に医療に取り組んでいることは言うまでもありません。しかし一部の医療機関が不正な請求を行っていることも事実です。

審査機関のチェックが不十分だという側面もあります。

番組のゲスト東京医科歯科大学教授で医療経済が専門の川渕孝一さんは、日本の医療が大きく変わってきたことも背景にあると指摘されました。診療報酬の削減、それにより悪化する病院経営。一方で「入院から在宅へ」という国の政策によって他の業種の医療分野への参入。こうして医療がビジネスに変質しているのです。あるいは変質せざるを得ないのかもしれません。そこに不透明な医療ビジネスが付け入る隙が生まれているということなのでしょう。

不正、不透明な医療ビジネスをチェックする体制をどう作っていくのか議論が必要です。なぜならそこで狙われるお金は私たちが支払っている保険料や納めている税金だからです。



・この番組は見ていないが、番組を紹介する2分弱の動画を見ておおよその展開は分かった。病院経営が非常に苦しくなっているという実態が最近は明るみに出てきている。診療報酬制度というのは出来高払いなので、医師が必要と認めれば何でもできてしまう。それほどに医師に対する信頼の上で成り立っている制度なのだ。しかし、儲けようと思えば不必要な検査・手術等で莫大な利益を売ることも可能だ。問題となって閉院した山本病院のように、個人経営に近い病院・診療所は内部チェックも働かずに不正に職員が加担する構造ができてしまっている。診療報酬請求オンライン化は、議論を呼んでいるが進んでいくことは間違いない。このオンライン化により非常に詳しい統計的な資料が出来上がることが医療の質に影響を与えるのかが注目される。どの病院も経営という観点から有言・無限の圧力が医師にはかかっている。医師という仕事をどう考えるのか、当事者と患者が発言を続けなければならない。

群生海2

   木の上

うぬぼれは
木の上から ポタンと落ちた
落ちたうぬぼれは
いつのまにか
また 木の上に登っている

・繰り返し繰り返し自分を知ること。それに終わりはない。

しつこいがもう一度、考える

しつこいがもう一度、考える
2010年5月27日  ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁があるイタリアで過去10年間、約100件の聖職者による未成年者への性的虐待が起きた。これはイタリアのローマ・カトリック教会司教会議事務局のマリアノ・クロツィアタ司教が25日、公表した数字だ。
 この数字をどのように受け取るかは、立場によって異なるかもしれない。1年間に平均10件の計算になる。これは多いのか、少ないのか、という判断は統計学者に委ねるとして、10年間で100件の性的虐待は「悲しくなるほどの数」だ。
 それもローマ法王が拠点を置くイタリア教会で発生しているのだ。ローマ法王は同時にローマ教区の責任者だ。
 隣国オーストリアでも独立調査委員会が発表した聖職者の性的虐待件数は、判明しただけで174件だった。同国では欧州カトリック教会を震撼させたグロア枢機卿の教え子への性的虐待事件(1995年)が発覚した教会だ。当時、教会責任者はショックを受けると共に、悔い改めて再出発したはずだ。それがその後も聖職者の未成年者への性的虐待が起きているのだ。
 オーストリア教会最高指導者シェーンボルン枢機卿が今年、聖職者の未成年者への性的虐待が明らかになった直後、「教会の刷新」を宣言して、教会の再出発を誓ったばかりだが、その内容をどうしてそのまま鵜呑みできるだろうか。
 悲観的にいえば、教会が何度、讒言し、悔い改め、再出発を決意したとしても、聖職者の性的犯罪は繰り返されるのだ。
 ここまで考えていくと、結論は見えてくる。カトリック教会は自身の聖職者の性犯罪を制止できないのだ。身内の犯罪を阻止できないカトリック教会がどうして信者たちに「悔い改めなければならない」と説教できるのか。
 「われわれは出来ないが、愛の神がわれわれの罪を贖って下さる」という説教者の声が聞こえてくる。全ての責任を神側に押しやり、自身は罪の中に溺れているわけだ。そして教会はサロン化していく。
 カトリック教会は認めるべきだ。十字架信仰では罪はもはや清算できないのだ。



・このところカトリック教会は話題に事欠かない。これは実はカトリック教会だけの問題ではないから、繰り返して考えることが必要だ。事件が各国で調査され当事者にはしかるべき処置が下されているはずなのだが、また後追いするように事件は起きている。人間の弱さの問題化、自分自身の犯罪はばれないという思い込みなのだろうか。警察官の不祥事が問題となるのは取り締まる側だからだ。取り締まる側にあれば、犯罪を知っているし犯罪者を知っている訳だが、いかんせん自分自身は度外視してしまう。もし取り締まる側の人間が不祥事を不問にしたら法秩序は崩壊してゆく。聖職者は人間の弱さを知り罪の許しを神に祈るという立場だ。非常に厳格である。その立場を求めた者として生きる決意を思い起こしてほしい。

福音はとどいていますか56

「理路整然と天のことを語る類いの言葉には注意しましょう。所詮それは神の働きを人間の思弁に閉じ込めただけのことで、魂には係わりありません」(藤木正三)1-79天のこと 地のこと

・宗教は人間の世界のこと、つまり地のことを語っていると藤木師は語ります。天地万物の源である神のことばは実は人間の世界のことで溢れています。また、天のことについてのことは正直分からないのです。死後の世界があるとかないとかで議論になりますが、分からないのと同じです。魂の救いは天にあるなどという話はデタラメでないしても人間の考え方に神を閉じ込めることになります。

夫婦研究の専門家が教える『別れる夫婦』の特徴

gottman-john.jpg ジョン・ガットマン博士

夫婦研究の専門家が教える『別れる夫婦』の特徴
2010年4月12日 ロケットニュース24

夫婦の崩壊はもはや世界規模で進行している社会問題だ。このことについて、アメリカで35年にわたって3,000組を研究して来た専門家が、円満な夫婦生活を送るためのアドバイスを伝えている。

家族心理治療専門家でワシントン大学客員教授のジョン・ガットマン博士は、長年家族研究を行っている。取り分け夫婦関係に関して造詣が深い。博士は15分だけ夫婦を観察すると、その夫婦が別れるかどうか分かるそうだ。確率は95%とほとんど外れない。そのおかげで、他の夫婦から食事に招待してもらえないそうだ。

博士によれば、夫婦関係が壊れる一番の理由は『ストレスの累積』。「夫婦が離婚する理由は、(夫と妻の)衝突の内容ではなく、衝突の仕方が原因になる」という。円満な夫婦でもケンカは無縁のことではない。お互い元々は他人同士、ケンカすることはむしろ自然。しかし、別れる夫婦と別れない夫婦の大きな違いは、『相手を変えようとしないこと』。ケンカで相手を正そうと思うことが、より大きな亀裂を2人の関係に生じさせる。ケンカの時でも、相手との向き合い方で、その後の結果が変わるようだ。

また、全くケンカをしなくとも、会話の乏しい夫婦も危険だ。夫婦生活が長くなれば、お互いの知らないことが増えて行き、2人の結束が弱くなる。日頃からお互いの本音を話すよう博士は勧めている。

◆円満な夫婦の特徴
1. 問題を早く解決しようとする
2. 話を整えて話す
3. (ケンカした時に)お互いに和解するように試みる
4. 相手の影響力を受け入れる
5. 感情の許容量が大きい

◆別れていく夫婦の特徴
1. 問題を出来るだけ先送りする
2. したい話だけする
3. (問題が)行くところまで行く
4. 相手の影響力を受け入れない
5. (夫か妻)どちら一方が、相手を完全に支配している

◆良好な夫婦関係を保つためのポイント
・ 「私(自分)」「君(相手)」ではなく「私たち」でストレスに対処する
・ 外部の敵(問題)を明確にして、協力して対処する
・ お互いが敏感になる問題に対しては、お互いが配慮をして注意を払う

夫婦関係だけでなく、会社や組織でも役立つ知恵ではないだろうか。



・相手に対する思いやりを繰り返して示すこと。離婚を繰り返す人は同じ間違いをしているのだろう。ガットマン博士は日本でも有名な方である。夫婦は子育てが済むと次の共同目標がなくなる。その際に新たな人生を共に歩む契約をし直すことができるのではないか。


◆結婚生活を成功させる七つの原則
 ジョン・M. ゴットマン (著), ナン シルバー (著), John M. Gottman (原著), Nan Silver (原著), 松浦 秀明 (翻訳)

単行本: 294ページ
出版社: 第三文明社; 新装版
発売日: 2007/11
価格:¥ 1,260

ゴットマン,ジョン・M.
シアトル市にあるワシントン大学の心理学教授で、結婚と家族問題では、その先端を行く学究者であり、シアトル結婚・家族研究所の所長でもある。フェアレイ・デキソン大学で数物理学の学士号を取り、マサチューセッツ工科大学で数理心理学の修士号を、ウィスコンシン大学で臨床心理学の博士号を取得した。自身も離婚、再婚の経験者で、これまで学会誌に百以上の論文を発表しており、数冊の本も出版している。その上、結婚と家族問題に関する広範囲な研究で、数種の名誉ある賞を受賞している

群生海1

   真珠貝

真珠貝は 海の中で
何かコロコロするような
異物を抱いたまま
今は それを
除きたいともおもわず
生きている

・確かに真珠貝は異物を宝石に変える。自分の中でおさまりのつかないことがかえって自分らしさを形作る。

教会内施設でホモ・ネットワーク

教会内施設でホモ・ネットワーク
2010年5月26日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 オーストリアのローマ・カトリック教会サクト・ぺルテン教区のクラウス・キュンク司教は独カトリック系日刊紙ダーゲスポスト紙(22日付)とのインタビューの中で「神学セミナーや教会聖職者の一部に同性愛的(ホモセクシュアル)な雰囲気を感じることがある。彼らは特定な人物に強い関心を示す」と述べた上で、神学セミナーや修道院で同性愛者のネットワークが存在すると指摘。「彼らが教会や修道院で拡大、増殖していった場合、教会や修道院の存続が危機に陥る。セミナーや修道院を閉鎖して、新しく出発する以外に解決の道がない」と語った。カトリック教会高位聖職者が教会関連施設内に「ホモ・ネットワーク」の存在を認めたのは初めてだ。
 参考までに付け加えるならば、世界の平和実現に努力する国連内にも「ホモ・ネットワーク」が存在する。ウィーン国連の同性愛者サークルは大きな影響力を持っている。国連や教会関連施設という外部では“聖域”と見なされている場所や機関内で「ホモ・ネットワーク」が増殖してきているわけだ。
 キュンク司教は聖職者の独身制については、「意識して結婚と家庭を断念する」ことの意義を主張し、「独身制の廃止」を支持表明したオーストリア教会アイゼンシュタット教区パウル・イビ司教とは立場が異なる。独身制問題では司教間で意見が分かれているわけだ。キュンク司教はまた、「同性愛とペドフィリア(少年、児童性愛)とは直接な関係はない」という立場だ。
 なお、オーストリア教会の要請を受けて設置されたクラスニック元シュタイアーマルク州知事が主導する「聖職者による性的虐待の犠牲者保護委員会」が21日、明らかにしたところによると、聖職者による性的虐待の犠牲者件数はこれまでのところ174件だ。今夏までに第1次調査報告書をまとめる予定という。



・拡大することはないだろうが、一定数の人たちが性的嗜好を持っていても不思議ではない。それが、独身制とどのような関係にあるのかが問題だろう。また、犯罪とは直接関係ないように感じる。

「ことばについての戒め」(良寛)

「ことばについての戒め」(良寛)

 一、ことばの多いこと。

 二、はなしの長いこと。

 三、てがらばなしをすること。

 四、自分の生まれや身分の高いことを人にいうこと。

 五、人がものをいいきらないうちに、ものをいうこと。

 六、たやすく約束をすること。

 七、人に物とやる前に、なになにをやろうということ。

 八、物をやったことを他の人にいうこと。

 九、よく知らないことを人に教えること。

 十、悲しんでいる人のそばで、歌をうたうこと。

 十一、人がかくしていることをバラすこと。

 十二、目下の人を軽んじること。

 十三、部下に荒いことばを使うこと。

 十四、心にもないことをいうこと。

iPhoneが宗教を救う? God Bless This Gadget

iPhoneが宗教を救う? God Bless This Gadget
宗教界が信者獲得や祈りのツールとして、携帯電話のアプリケーションやSNSを積極的に活用し始めた
2009年09月28日 ニューズウィーク日本版

次なる宗教戦争で使う新兵器をお探しなら、iPhoneを選んではどうだろう。実際、各宗派のデジタル聖戦の旗手たちは、既に入信を促したり神への祈りをささげやすくするソフトウエアを次々と開発している。

 例えば「iブレッシング」というプログラムはユダヤ教徒に、どの食材にどの祈りの言葉がふさわしいかを教えてくれる。肉を食べてから乳製品を口にするまでに空けておくべき時間も、「パーブオーメーター」が教えてくれる。「シドゥール」はGPS(衛星利用測位システム)で信者の居る位置を測定し、正しい礼拝時刻を解析して知らせてくれる。

 敬虔なカトリック信者には「iブリビアリー」がある。ミサで使う祈りの言葉をスペイン語とフランス語、英語、ラテン語、イタリア語で表示する優れ物だ。

 ガリレオ以来、テクノロジーと宗教は常に微妙な関係にあった。印刷機の登場はキリストの福音を広め、新たな信者を獲得するのに役立ったが、一方で教会による情報の独占を大きく脅かした。こうした「過ち」を繰り返すことなく技術革新を利用するため、多くの宗派が最先端のコミュニケーション技術を導入し始めている。

バチカンの神父がアプリ開発

 とはいえ、最近までバチカンは「インターネットと携帯電話の時代」に否定的だった。法王庁の広報局長フェデリコ・ロンバルディによれば、「静寂を守り人の内面を成長させることが以前より難しくなった」からだ。

 だが、考えを改めたらしい。この5月には法王自ら「今の若者は......新しいメディアを通じて人とつながり、コミュニケーションを深め、相互理解を発展させる偉大な力を手に入れた。人脈づくりや情報探し、アイデアや意見の共有にも、そうした技術を活用している」と評価している。

 この方針転換には、若き神父パオロ・パドリーニ(36)の功績がある。新技術に造詣が深いパドリーニは、バチカン初のiPhone用アプリケーション「iブリビアリー」を開発。各種のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じてバチカンから情報を発信するサイト「Pope2You」も立ち上げた。

 デジタルメディアとしての技術的完成度は高い。法王の最新スピーチや活動情報を利用者に配信するiPhoneのアプリケーションや、動画投稿サイトYouTubeには法王のビデオ演説を視聴できるチャンネルなどもある。

コーランの一節を「着メロ」に

 誰もが編集に参加できるネット上の百科事典ウィキペディアの技術を使った「ウィキカト」というサイトもあり、そこに法王の発言やメッセージを掲載して世界に発信している。

 イスラムの人たちも負けていない。今や信者たちはオンラインで活発に自らの信仰を論じている。その熱気は、宗派対立によるテロが多発した頃のバグダッドを思わせる。言うまでもなく、熱心なイスラム教徒はコーランの一節を「着メロ」に使っている。これもまた自らの宗教的アイデンティティーを確認する手段だ。

 しかし「ウィキカト」の実験で明らかになったように、中身がつまらなければアクセスは(従って信者は)増えない。最近では、サイトへの投稿も減っている。
 それでもバチカンをはじめとする宗教団体が今の努力を続ける限り、いずれはデジタル時代の風土になじむことができるだろう。その頃までに若者たちは、もっと別なメディアに移っているかもしれないが。



・印刷機の登場はキリストの福音を広め、新たな信者を獲得するのに役立ったが、一方で教会による情報の独占を大きく脅かした…現代は情報機器の登場が新たに福音を広めていることには違いない。

記事では、カトリックやイスラムのことを書いている。バチカンがYouTubeにチャンネルを作ったし、イスラム教徒にとってメッカの方角を全く正確に表示できる位置情報はありがたいことだ。問題は新しい信者を作りだすだけの興味深いコンテンツを提供できるか否かである。

携帯電話を禁止するユダヤ根本主義の記事を以前に掲載したが、ネット社会は玉石混交であり信者が1クリックで別世界の情報に接することもできる。熱心な擁護記事を読むこともできるし否定・反対の記事を読むことだった簡単だ。また、人間の欲望を活気づける情報も多い。

誰もが聖典の奥義に触れられる環境は嬉しいことだ。言語的な制約を受けずに、いろいろな聖典を読むことができれば人類の叡智を共有することができる。イエスやブッダは、想像しなかった現象が起きている。彼らが生きていたらどのように情報機器を扱うだろうか。

NHKスペシャル 命をめぐる対話 “暗闇の世界”で生きられますか

NHKスペシャル 命をめぐる対話 “暗闇の世界”で生きられますか
2010年3月21日 総合テレビ

もし、あなたが意識ははっきりしているのに、しゃべることも体を動かすことも出来ず、自分の意思を他人に伝えることが困難になったらどうしますか?

ある種の難病や脳損傷の患者の中に、こうした「閉じ込め症候群」や「閉じ込め状態」と呼ばれる究極のいのちの状態に陥る人が増えている。全身の筋肉が動かなくなる難病を患う照川貞喜さんは、頬のわずかな動きをセンサーに感知させることで意思を伝えている。しかし、照川さんが頬でパソコンを操作して綴った要望書が、今、大きな波紋をよんでいる。「完全な“閉じ込め状態”になったら死なせてほしい。闇夜の世界では生きられない。人生を終わらせることは“栄光ある撤退”であると確信している」。

照川さんの要望に我々はどう答えればいいのか。人間が生きるとはどういうことか。

照川さんの訴えに深い関心を抱いたノンフィクション作家の柳田邦男さんが、照川さんを訪ね、「いのちとは何か」を巡って半年にわたって対話を行った。



・残念ながら対話となるほどの対話をできない。意思の疎通ができなくなっていくことが、この症状の結末であり、照川氏の暗闇とはそんな状態には耐えられないという叫びである。生きるとは何かとは難しくて結論はないだろう。それぞれの人間が自分の価値観で決めていくこと。柳田さんの家族のためにも生きることが必要、あなたの命はあなただけのものではないという考えに対しては、自分の命は自分のものとする照川氏の考えは開きがある。けれど自分の命は自分のものというのは深いところで正しい。特殊なパソコンで意思疎通をはかる人の一言一言は重いものがある。身体の動きでパソコンを動かすこともできなくなったとき、意思疎通ができなくなったときの孤独は想像できるものではない。

このようなドキュメンタリーを作る時に製作者は何を考えて編集するのかということが気になる。感傷的になることも演出的なところも減らして淡々とした日常を伝えることが一番大切なことだと思われる。この作品で、照川氏のパソコンや文字盤による発語はとても大切なポイントだと思う。文字盤による読み取りでは、かなり時間を使って丁寧に編集していた。パソコンは編集してあり短く感じられた。

書評:『統一教会―日本宣教の戦略と韓日祝福』

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書評:『統一教会―日本宣教の戦略と韓日祝福』
2010年5月17日 読売新聞
評・片山杜秀(音楽評論家・日本思想史研究者)

日本に根をはる理由
 有名芸能人が入信し、信者同士の合同結婚式に参加する。プロ野球監督や作家が家族を教団から取り返そうとする。さらに霊感商法……。
 韓国発のキリスト教系新興宗教、統一教会は、日本社会に話題を供してきた。宗教を装って信者の財産を搾り取る営利組織ではないか。性の問題に深入りしすぎるのではないか。日本と韓国で教説の違うダブル・スタンダードの宗教ではないか。様々な疑問が投げかけられた。
 関連書も汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)。といっても非難攻撃か宣伝擁護か。両極端ばかりだったと思う。が、本書は違う。二人の宗教社会学者が、外来の新宗教の日本に根をはれた理由を努めてニュートラルに考究する。信者や元信者への聞き取り調査も豊富。私のような門外漢には驚く話ばかり。
 統一教会は聖書の物語を次のように変形したという。神はアダムとエバを創造した。エバは悪魔と情を交わした。アダムはエバを大目に見た。神は二人を楽園から地上に追放した。子孫の全人類には悪魔の汚れが及ぶ。人間は神にゆるしを請うべきだ。内的信仰では足りない。神には貢ぎ物が要る。悪魔の汚れも薄めよう。教団の統制下で清浄な結婚生活を営めばいい。宗教が金儲(もう)けや性の領域まで手を出すという話ではない。教説の中心に金儲けと性がある。
 しかもそこに近代史が重なる。植民地被支配や南北分断に直面してきた韓国は、苦難の道を歩んできたイスラエルになぞらえられる。神の選んだ国という。対して半島を植民地化した日本は罪深いエバとだぶらされる。日本は韓国に尽くしてこそ罪滅ぼしできるらしい。
 沼正三(ぬましょうぞう)の小説『家畜人ヤプー』を思い出した。遠い未来、日本人はヤプーなる奴隷民族と化し、いじめられ罰せられることに存在意義をみいだす。日本が韓国に負い目を持つかぎり、統一教会の教えは、たとえ理不尽でも日本人の魂に訴えるだろう。だから根をはれたのだろうか。
 どんな小説よりも打ちのめされる学術書。

櫻井義秀 中西尋子、出版社:北海道大学出版会 4700円 発行:2010年2月
 ◇さくらい・よしひで=1961年生まれ。北海道大教授
 ◇なかにし・ひろこ=64年生まれ。関西学院大非常勤講師


・北海道大学出版会の刊行。以下に詳細目次を掲載する。いろいろな視点から書かれていることが想像できる。これだけまとまったものは始めてだろう。統一教会がらみの経済事件は跡をたたないし政治に対する干渉もあるだろう。単にカルト集団、洗脳といったことではなく見つめ直すことが必要である。


櫻井義秀・中西尋子 著
統一教会―日本宣教の戦略と韓日祝福
ISBN978-4-8329-6720-5/2010.2.28/A5判・上製・658頁・定価4935円(本体4700円+税5%)

脱会した日本の元信者と祝福(結婚)によって韓国に嫁いだ現役信者への聞き取り,統一教会関係訴訟資料から,教団の宣教戦略,信者の入信・回心・脱会過程,信者の信仰と生活構造を総合的に分析,霊感商法や脱会支援など社会問題への示唆も多く含む,本邦初の研究書。

主要目次紹介

はじめに
1 顕示的布教から正体を隠した勧誘へ /2 キャンパス内勧誘に揺れる大学 /3 統一教会を研究する意義 /4 本書の構成 

第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略
第一章 統一教会研究の方法
 一 宗教研究の方法  
  1 宗教概念と現実の宗教団体との乖離 /2 宗教社会学の視点と統一教会分析の視座 /3 信者の宗教行為と教義、及びその実践論 
 二 統一教会に関わる学術的研究  
  1 統一教会研究の難しさ /2 イギリスの宗教社会学 /3 アメリカの宗教社会学 /4 日本における統一教会の研究 /5 宗教調査と教団との関係 
第二章 統一教会の教説
 一 宗教的教えを見る視点
  1 教典宗教と実践宗教 /2 『原理講論』と文鮮明 
 二 『原理講論』に説かれた教説  
  1 創造原理 /2 堕落論 「創世記」の物語 /3 不倫なる性関係としての堕落 /4 復活のための諸前提 /5 復帰摂理 /6 摂理的同時性の時代 /7 再臨論
 三 『天聖経』に見る霊的世界
  1 『聖本』・『天聖経』
 四 統一教会の信仰実践
  1 祝福 /2 万物復帰 /3 統一教会の教説と東アジア文化 
 五 統一教会の宗教文化に関する検討
  1 韓国の新宗教研究 /2 統一教前史の明確化 4/3 福音のアジア的文脈化? 
第三章 統一教会の教団形成と宣教戦略
 一 統一教会の宣教戦略を見る視点
  1 土着化に成功した宗教運動 /2 社会問題化する宣教 /3 資源動員論的視点 
 二 統一教会の宣教戦略の展開
  1 日本統一教会の創設 /2 資金調達の戦略 /3 人的資源獲得の戦略 /4 教勢の衰退と資金調達方法の変化 /5 日本の統一教会が経済活動に専心するに至った要因 /6 祝福家庭の子供達と統一教会  
 三 民俗宗教を併呑する新宗教   
  1 教祖カリスマの形成 /2 資源導入される教団 /3 呪的カリスマの形成  /4 宗教家になりきれない霊能者 /5 霊石愛好会から天地正教へ /6 擬装された儀礼  /7 弥勒信仰に動員された人々 /8 弥勒の郷造成計画と地域の反対 /9 天地正教のその後  /10 統一教会に試された北海道の宗教  
第四章 統一教会の事業戦略と組織構造
 一 宣教戦略論と教団発達論   
  1 グローバルな経営戦略論と統一教会 /2 教団発達論の展開 /3 発達モデルから経営モデルへ 
 二 統一教会の宣教戦略と事業多角化  
  1 統一教会の組織・活動 /2 教団形成初期における資源の有無 /3 宗教市場における競争力 /4 多角化戦略の成果 
 三 日本の統一教会の組織構造   
  1 初期の事業多角化 /2 事業組織と教会組織の複合体 /3 地区組織の活動  /4 地区教会の事業運営 /5 教区・教域の運営  
 四 摂理とグローバルな経営戦略  
  1 グローバル化戦略と組織の編成 /2 摂理システムにおけるグローバル化戦略  /3 現在の教会活動 
 五 統一教会とはいかなる宗教組織なのか 
  1 教団成長モデル /2 統一教会は宗教組織か経済組織か 
第五章 日本と韓国における統一教会報道
 一 統一教会とメディア 
 二 記事の比較方法   
  1 比較の視点  /2 『朝日新聞』と『朝鮮日報』 /3 記事検索の方法 
 三 『朝日新聞』・『朝鮮日報』に見られる統一教会報道
  1 日本での宣教開始から大学生・青年への伝道期―Ⅰ期(一九五〇―六〇年代) 2 政治領域への参入―Ⅱ期(一九七〇年代) /3 経済活動(霊感商法)の活発化―Ⅲ期(一九八〇年代) /4 教勢の停滞・カルト問題化―Ⅳ期(一九九〇年代) /5 最近の統一教会―Ⅴ期(二〇〇〇年以降) 
 四 日本と韓国の統一教会報道の差異 
  1 日本における統一教会報道 /2 韓国における統一教会報道 /3 宣教戦略の相違 

第Ⅱ部 入信・回心・脱会
第六章 統一教会信者の入信・回心・脱会
 一 研究の方法
  1 信仰の物語 /2 脱会者の類型 /3 裁判資料をテキストにする 
 二 統一教会信者の入信・回心・脱会のパターン  
  1 どういう人が信者になるのか /2 調査対象者の基本的属性 /3 入信の経緯と信者のライフコース /4 イベントの時間的経緯 
 三 統一教会特有の勧誘・教化
  1 正体を隠した勧誘 /2 手相・姓名判断 /3 ビデオセンター /4 ツーデーズセミナー /5 ライフトレーニング /6 フォーデーズセミナー /7 孝行を要求する神 /8 セミナーの構造 /9 新生トレーニング /10 信仰規律 /11 実践トレーニング /12 演繹的思考と帰納的思考 /13 伝道 /14 信仰強化のメカニズム /15 マイクロによる訪問販売 /16 神体験と限界突破 /17 信仰が生まれるとき 
 四 統一教会における霊界の実体化  
 四-一 霊能師になった信者  
  1 霊能師 /2 霊能トーク /3 霊能師が現出する霊界 /4 霊能師達の心情
 四-二 清平の修練会
  1 清平修錬苑 /2 先祖解怨式 /3 役事 /4 病気治し
 五 統一教会の祝福   
  1 祝福の原理的意味 /2 祝福の過程 /3 祝福の教団組織上の機能 
第七章 統一教会信者の信仰史
 一 元信者のライフヒストリー研究
  1 証言は事実を語るか /2 ナラティブ研究の新展開 /3 研究者の立場性 /4 筆者の立場性
 二 青年信者 自己実現と改変された記憶のはざまで
  1 元信者A(女性)の事例 /2 元信者B(女性)の事例 
 三 学生信者 学生と統一教会
 三-一 原理研究会の学生
  1 原理研究会 /2 元信者C(男性)の事例 /3 元信者D(男性)の事例 
 三-二 地区教会の学生信者
  1 元信者E(女性)の事例
 四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実
  1 元信者F(女性)の事例 /2 元信者G(女性)の事例
 五 壮婦(主婦)の信者 家族との葛藤が信仰のバネに
  1 元信者H(女性)の事例 /2 元信者I(女性)の事例
 六 統一教会の教化方法の特徴
  1 思考の枠組みの転換と強化 /2 献金と判断力 /3 信仰生活・宗教行為と記憶

第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者
第八章 韓国社会と統一教会
 一 問題の所在 
  1 脱会信者と現役信者の対比 /2 調査の経緯 /3 韓国における統一教会研究 
 二 韓国における統一教会
  1 日本と異なるあり方 /2 宗教団体としての統一教会 /3 団体・事業活動の側面 /4 韓国における反統一教会運動 /5 教勢 /6 東南アジア出身の女性信者 
 三 韓国農村の結婚難と統一教会
  1 韓国における男性の結婚難 /2 急増する国際結婚と発生する諸問題 /3 韓国人の結婚観と統一教会 /4 祝福に対する意味づけ /5 韓日祝福・日韓祝福の始まり /6 農村部における布教の方法 /7 統計資料に見る在韓日本人女性の数 /8 布教戦略としての韓日祝福
第九章 在韓日本人信者の信仰生活
 一 在韓日本人信者の入信・回心・合同結婚式への参加
  1 現役信者達 /2 調査対象者の基本的属性 /3 入信の経緯 /4 合同結婚式への参加から家庭出発まで /5 現役信者の入信・回心・合同結婚式までのパターン 
 二 祝福家庭の形成  
  1 書類提出から祝福、家庭出発まで /2 任地生活の役割 
 三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に  
  1 A郡を事例にする理由 /2 A郡に暮らす日本人女性信者の属性 /3 日本人女性信者の信仰生活 /4 特別な行事 /5 家庭での信仰実践 /6 日本での信仰生活と韓国での信仰生活 
 四 日本人女性信者にとっての祝福家庭  
  1 理想と現実 /2 地上天国実現のための家庭生活 /3 罪の清算としての生活 /4 祝福と結婚生活の本質 /5 信仰のない夫や舅姑との関係 
 五 A郡・B市・ソウルの信者達  
  1 三地域で出会った信者達 /2 三地域における信者の差異 /3 日本と異なる信仰のあり方 
第一〇章 『本郷人』に見る祝福家庭の理想と現実
 一 『本郷人』に見る祝福家庭の様子と教団の意図
 二 『本郷人』について
 三 『本郷人』に掲載されている証し
 四 証しから見えてくる祝福家庭の様子
  1 祝福家庭の様子 /2 日韓祝福の男性信者 /3 本郷人互助会の援助対象者 /4 調査事例との比較 
 五 統一教会的思考の枠組みの維持・強化に果たす『本郷人』の役割
  1 信仰強化のテキストとして /2 復帰摂理の着実な歩み /3 原理の再確認 /4 証し、カウンセリング記事 
 六 『本郷人』に見る韓日祝福家庭の姿と信仰強化のあり方
おわりに
  1 統一教会における信仰のリスク /2 韓国の祝福家庭 /3 本書で明らかにしたこと /4 本書でふれていない統一教会の諸問題

参考文献
あとがき
初出一覧
巻末資料
索  引


著者紹介
櫻井義秀(さくらい よしひで)
1961年 山形県生まれ
1987年 北海道大学大学院文学研究科博士課程中退
2004年より 北海道大学大学院文学研究科教授
単著
『東北タイの開発と文化再編』北海道大学図書刊行会,2005年
『「カルト」を問い直す』中央公論新社,2006年
『東北タイの開発僧――宗教と社会貢献』梓出版社,2008年
『霊と金――スピリチュアル・ビジネスの構造』新潮社,2009年
『死者の結婚――祖先崇拝とシャーマニズム』北海道大学出版会,2010年
編著
Regional Development in Northeast Thailand and Formation of Thai Civil Society (Somsak Srisontisukと共編) Khon Kaen University Press, 2003
『よくわかる宗教社会学』(三木英と共編)ミネルヴァ書房,2007年
『カルトとスピリチュアリティ――現代日本における「救い」と「癒し」のゆくえ』ミネルヴァ書房,2009年
『社会貢献する宗教』(稲場圭信と共編)世界思想社,2009年
『現代タイの社会的排除――教育,医療,社会参加の機会を求めて』(道信良子と共編)梓出版社,2010年
A Study of Healthy Being (Wai Ling Lai,Hiromi Wadaと共編)梓出版社,2010年

中西尋子(なかにし ひろこ)
1964年 大阪府生まれ
1997年 龍谷大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学
現 在 関西学院大学,関西大学,京都女子大学,阪南大学等非常勤講師
分担執筆
「祖先祭祀」谷富夫編著『民族関係における結合と分離』ミネルヴァ書房,2002年
「民族と教会――在日大韓基督教会の事例」宗教社会学の会編『宗教を理解すること』創元社,2007年

モーツァルト聴いても頭は良くならない!?「地元」ウィーン大発表

モーツァルト聴いても頭は良くならない!?「地元」ウィーン大発表
2010年05月11日 AFPニュース

1993年に発表された、オーストリアの作曲家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)の曲を聴くと頭が良くなるという有名な「モーツァルト効果(Mozart effect)」。この効果を否定する研究結果を、同じくオーストリアのウィーン大学(Vienna University)心理学部の研究チームが10日、発表した。

 研究チームは、1993年以降のモーツァルト効果の再現を試みた研究を収集し、効果が存在するとした証拠はないと結論付けた。

 1993年に米カリフォルニア大学(University of California)が行った研究では、モーツァルトの1781年の作品「2台のピアノのためのソナタ ニ長調」を聴かせた学生グループは、別の音楽を聴かせたグループや何も聴かせなかったグループに比べ、論理思考テストの成績が良かったという結果が示されていた。

 一方、研究チームは、世界各地で行われた40本の研究から集めた約3000件の個別事例を分析したが、モーツァルト効果が実際に存在することを示す証拠は見つからなかった。

 研究チームを率いたJakob Pietschnig氏はAFPに対し、「音楽を聴かせたグループは、それがモーツァルトだろうがバッハ(Johann Sebastian Bach)やパール・ジャム(Pearl Jam)であっても、何も聴かせなかったグループよりも成績は良かった。だが、刺激があればパフォーマンスが向上することはすでに知られている事実だ」と語った。

 Pietschnig氏によると、米カリフォルニア大の研究は実験対象がわずか36人しかおらず、誤差を減らす工夫もあまりなされていなかったという。さらに、同氏は、この研究が、肯定的な結果の出た研究の方が報告されやすいという「出版バイアス」の典型的なケースだと指摘した。

 モーツァルト効果が英科学誌「ネイチャー(Nature)」に発表されると、大きな反響を呼び、米国では託児所でクラシック音楽が流され、ジョージア(Georgia)州に至っては新生児にクラシック音楽CDの無料配付が行われた。



・モーツアルト狂騒曲。モーツァルト効果やバッハ効果など、胎教など音楽効果を狙った商法は多い。私などは、凡庸な演奏を聴かされたらテンションが下がる気がするのだが…。宗教と音楽のつながりは深くて、音楽が人間に与えるインスピレーションは大きい。落ち着ける音楽のカタログを自分で作っておくといい。

お坊さんがバーテンダーに 札幌で「クラブ阿弥陀」

お坊さんがバーテンダーに 札幌で「クラブ阿弥陀」
2010/05/21 共同通信

 札幌市中央区の浄土真宗西本願寺札幌別院は21日夜、音楽とアルコールを楽しむ「クラブ阿弥陀バー」として本堂を開放した。地元のラジオ局「エフエム北海道」による一夜限りの企画で、僧侶らがバーテンダーとして接客に当たる。

 本堂にはDJブースやバーカウンターを設置。ご本尊をバックに、ライブのほか僧侶らによるゴスペル風の“お経パフォーマンス”も。赤や紫の電飾が瞬き、10代の若者から家族連れまで多くの客でにぎわった。

 同院によると、お寺は昔から多くの人々が集まる場だったが、昨今は若者を中心に「寺離れ」が進行。「気軽に訪れてほしい」と、寺側から企画を持ち掛けたという。

 千歳市から友人4人で訪れた江村和博さん(31)は「ゲストも含めて豪華。ただ、やはり寺の本堂なのでクラブの『何でもあり』の開放感がないかな」と話した。



・なんかゴスペルだなぁ。阿弥陀倶楽部の方がレトロでいいけど。

「母なることの由来」「母なるひとの言葉」よりマザー・テレサの言葉

「母なることの由来」「母なるひとの言葉」よりマザー・テレサの言葉

人々は忙しすぎます
何かに夢中で時間がありません
互いに微笑みを交わす暇さえないのです
食べ物に飢えた人ならば 食べ物を与えればその飢えは満たせます
けれど孤独な人の心の貧困は、もっと深刻なのです
よく見れば 世界中に“コルカタ”があります
愛への激しい飢え
誰もがその苦痛や孤独を 人生で経験します
家族の中にもいるかもしれない“貧しい”人々を見出し、愛し、 愛を実践に移すのです

すべての人は愛し愛されるために創られました
ヒンドゥー ムスリム ユダヤ教徒 キリスト教徒
人種や宗教の別なく 男性も女性も子供も神の子なのです

許すには多くの愛を要します
けれど 許しを請うには より多くの謙虚さが必要です

貧困を作り出すのは神ではなく 私たち人間です
私たちが、 分け合わないからです

人は皆 特別な才能を与えられています
芋の皮しかむけないならそれを立派にやるのが神への愛なのです
問題は何をするかや、その大きさではありません
その行動にどれだけ愛を込めるかです

愛や神を語っても
実際には愛さない人もいます
実践してこそ愛なのです

法王、支持者に「心の回心」を諭す

法王、支持者に「心の回心」を諭す
2010年5月18日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 “空飛ぶ法王”と呼ばれ、信者ばかりか世界の多くの人々からも愛された前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の治世27年間でも、あのようなデモは無かった。
 あのようなデモとは、バチカンのサンピエトロ広場で16日、日曜日正午の祈祷会が開かれたが、約15万人の信者たちがローマ法王べネディクト16世を支持する連帯デモを行ったのだ。彼らは口々に「われわれは法王を支持する」「法王よ、あなたは独りではない。われわれがいる」と叫んだ。
 具体的には、イタリア司教会議関係者、60余りのカトリック教会系団体、それにイタリア政界の著名な政治家らが、聖職者の未成年者への性的虐待問題で窮地にあるベネディクト16世へ「連帯」を表明するために集まった。
 世界約11億人の信者たちの頂点に立つ最高指導者ローマ法王に対し、連帯表明するデモなど過去、聞いたことがない。異常な風景だ。
 デモである以上、タイの反政府デモをみても明確なように、何かに対し抗議するケースが通常だ。しかし、法王支持デモの場合、その「何に抗議するか」が見えないからだ。
 「法王を支持する」という以上、「法王を支持しない勢力」の存在が前提となるが、その勢力の輪郭が不明だから、デモ自体が一層、漠然としてくるわけだ。
 べネディクト16世はサンピエトロ広場に集まった信者たちに対し、「素晴らしい、自発的な信仰のデモに対し、感謝する」と述べる一方、「何に対して立ち上がらなければならないか」を信者たちに諭している。さすがに、歴代法王の中で最高の知性の持ち主だ。
 ローマ法王は「われわれが恐れ、戦わなければならない真の敵は、罪だ。悪は時には教会信者にも伝染する。われわれは世界を恐れる必要はない。恐れなければならないのは、われわれの罪だ」と指摘する。
 べネディクト16世は11日、ポルトガルのリスボンへ向かう機上の中で随伴したジャーナリストたちとの会見で、「教会の受難は外から来るのではない、教会内の罪からもたらされる。罪は教会内に存在する。最大の教会迫害は教会内からくる」と語ったが、デモ参加者に諭した法王の発言はそれと通じる内容を含んでいる。
 バチカン放送(独語電子版)によると、同16世は最後に、連帯表明する信者たちに対し、「心の回心のために祈ろう」(Beten Wir fuer die Bekehrung der Herzen)と呼びかけたという。学者法王の面目躍如の感がある。



・法王擁護デモ。教会迫害の悪は身内の犯罪行為であり、犯罪隠匿には触れられない。このデモは自発的なものなのか動員デモなのか。

マザー・テレサの生涯・略歴

マザー・テレサの生涯

1910年 ユーゴスラビアのスコピエ(現マケドニア)でアルバニア人の両親の間に生まれる。
1929年 コルカタ(カルカッタ)の聖マリア高等学校で地理を教え始め、その後校長を務める。
1946年 ダージリンへ向かう汽車の中で “神の召命”を受ける。
1948年 修道院外での活動への許可をローマ法王に申請、受理される。
      白地に青のストライプの入ったサリーと十字架を身につけ、修道院を出る。
      アメリカの医療伝道修道女達のもとで3ヶ月間集中的な看護訓練を受ける。
      モティジールに初めてのスラム・スクールを開く。
1950年 インドに帰化。
      「神の愛の宣教者会」設立。
1952年 「死を待つ人の家」開設。
1955年 「聖なる子供の家」開設。
1957年 ハンセン病の巡回診療を始める。
1962年 インド大統領よりパドゥマシュリ賞を授与される。
      またフィリピンより、マグサイサイ国際理解賞も受ける。
1965年 「神の愛の宣教者会」がローマ教皇パウロ6世認可の修道会となる。
      インド国外で最初の修道院をベネズエラに開設。
1968年 西ベンガル州にハンセン病患者のコミューン「平和の村」を開設。
1971年 ローマ法王パウロ6世より、ヨハネ23世平和賞を授与される。
      ジョン・F・ケネディ国際賞を受賞。
      ワシントンで人間学博士の学位を贈られる。
1972年 インド政府より、1969年の国際理解への活動に対して、ジャワハラール・ネール賞が授与される。
1973年 フィリップ殿下より、「宗教の発展」に対するテンプルトン賞を授与される。
1974年 アメリカにてマーテル・マジストラ賞を受賞。
      聖フランシス・アッジ3等勲章を贈られる。
1975年 ローマにてFAOの「セレス」メダルの一面に、英國芸術家マイケル・リゼルが彫刻したマザー・テレサの肖像が使われる。
      アメリカで第1回アルバート・シュバイツアー国際賞を受賞。
1976年 インドのシャンティニキタン・ワシラ・バラット大学から名誉博士号を贈られる。
1977年 ケンブリッジ大学名誉総長フィリップ王子より名誉神学博士号を贈られる。
1978年 東京に「神の愛の宣教者修道士会(ブラザーの会)」開設。
1979年 ローマにてバルザン国際賞を受賞。
      アメリカのテンプル大学より名誉博士号を贈られる。
      オスロでノルウェー王からノーベル平和賞を授与される。
1980年 インドで最高の名誉であるバラット・ラトナ(インドの宝石)勲章を贈られる。
1981年 この年と翌年に、二年連続して来日。
1982年 ハーバード大学より名誉博士号を贈られる。
1984年 三度目の来日。
1997年 3月病気のため総長を引退。新総長にシスター・ニルマラが選ばれる。
      9月5日(日本時間9月6日午後6時)「もう息が出来ないわ」の言葉を残し永眠。
      9月13日インドで国葬が行われた。
2003年 10月19日 教皇ヨハネ・パウロ2世により列福され、福者とされた。
2016年 9月5日 教皇フランシスコにより列聖され、聖人とされた。

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マザー・テレサの瞳(ひとみ)
 茨木のり子『倚りかからず』(1999、筑摩書房)


マザー・テレサの瞳は

時に

猛禽類のように鋭く怖いようだった

マザー・テレサの瞳は

時に

やさしさの極北を示してもいた

二つの異なるものが融けあって

妖しい光を湛えていた

静かなる狂とでも呼びたいもの

静かなる狂なくせて

インドでの徒労に近い献身が果せただろうか

マザー・テレサの瞳は

クリスチャンでもない私のどこかに棲みついて

じっとこちらを凝視したり

またたいたりして

中途半端なやさしさを撃ってくる!


鷹の眼は見抜いた

日本は貧しい国であると

慈愛の眼は救いあげた

垢だらけの瀕死の病人を

――なぜこんなことをしてくれるのですか

――あなたを愛しているからですよ

愛しているという一語の錨(いかり)のような重たさ


自分を無にすることができれば

かくも豊饒なものがなだれこむのか

さらに無限に豊饒なものを溢れさせることができるのか

こちらは逆立ちしてもできっこないので

呆然となる


たった二枚のサリーを洗いつつ

取っかえ引っかえ着て

顔には深い皺を刻み

背丈は縮んでしまったけれど

八十六歳の老女はまたなく美しかった

二十世紀の逆説を生き抜いた生涯


外科手術の必要な者に

ただ繃帯を巻いて歩いただけと批判する人は

知らないのだ

瀕死の病人をひたすら撫でさするだけの

慰藉(いしゃ)の意味を

死にゆくひとのかたわらにただ寄り添って

手を握りつづけることの意味を


――言葉が多すぎます

といって一九九七年

その人は去った



追記

バチカンでマザー・テレサの列聖式、12万人が参列
2016年9月5日 毎日新聞

 ローマ法王フランシスコは4日、インドの貧しい人々への奉仕に生涯をささげた修道女の故マザー・テレサをカトリック教会の最高位である「聖人」の列に加える列聖式を執り行った。式典が行われたバチカンのサンピエトロ広場は世界から集まった参列者で埋め尽くされた。

 バチカン当局によると、参列者は約12万人に上った。

 マザー・テレサは1910年にマケドニアに生まれた。16歳で修道女になり、1929年にインドに渡った。コルカタで貧しい人々の救済活動に尽くし、1979年にノーベル平和賞を受賞。1997年に亡くなった。列聖式の翌5日はマザー・テレサの命日に当たる。

 2003年には、当時のローマ法王ヨハネパウロ2世が、聖人の前段階である福者に認定していた。

 聖人に認定されるには2度の奇跡を起こしたことが認められる必要があるが、マザー・テレサは1998年に胃がんのインド人女性を、2008年に脳感染症のブラジル人男性を回復させたとされている。このブラジル人男性と妻は列聖式に参加し、法王の祝福を受けた。[バチカン市 4日 ロイター]



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べネディクト16世の5年間

べネディクト16世の5年間
2010年4月19日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 世界に11億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ法王べネディクト16世は19日、第265代法王就任5周年を迎えた。本来ならば、祝賀会を盛大に開催したいところだが、今年は少々、タイミングが悪い。アイルランド教会から始まった聖職者の未成年者への性的虐待問題がドイツ、オーストリア、オランダ、スイス、イタリア、デンマークなど欧州各地の教会に飛び火し、9月に法王が訪問予定の英国では聖職者の性犯罪隠蔽容疑で「法王の逮捕」を求める声が聞かれるなど、べネディクト16世は法王としての求心力を急速に失ってきたからだ。
 バチカン法王庁教理省長官、ラッツィンガー枢機卿が5年前、コンクラーベで4回目の投票の結果、選出された時、「本格的な法王誕生までのショートリリーフ」と受け取られた。なぜなら、同枢機卿が既に高齢であったこと、バチカンの高位聖職者たちが27年間続いたヨハネ・パウロ2世の長期政権に少々疲れていたこと、などで「次期法王は短期政権」を希望する声が支配的だったからだ。
 しかし、教理の番人、ラッツィンガー枢機卿が選出されたと分かると、教会の刷新を期待する信者から強い失望感が聞かれた。改革派からは「ラッツィンガー枢機卿は保守派の筆頭」とみなされていたからだ。世界的神学者のハンス・キュンク教授はあからさまにその失望感を吐露したため、物議をかもしたほどだ。改革派には、第2バチカン公会議から始まった「教会の近代化」が後退するのではないか、といった危機感があった。
 ヨハネ23世が主導し、パウロ6世が遂行した第2バチカン公会議(1962~65年)ではラテン語礼拝の廃止、他宗派との対話促進(エキュメニズム)などが決定され、同公会議を契機に教会の近代化路線が始まったと評価されてきた。
 べネディクト16世の5年間は改革派の懸念が間違いではなかったことを証明している。法王は昨年1月、カトリック教会根本主義者故ルフェーブル大司教の聖職者グループ「兄弟ピウス10世会」の4人の司教の「破門宣言撤回」の教令を出し、それに先立ち、ラテン語ミサ=トリエント・ミサの復活を承認した法王答書を公表しているからだ。
 ちなみに、べネディクト16世には「第2バチカン公会議の教会近代化が何をもたらしたか」という強い問いかけがある。教会は近代化したが、その結果、社会はキリスト教化されず、世俗化しただけではないか、といった疑問だ。それに対し、法王は神の真理の絶対性を主張して抵抗してきた。同16世は「われわれは時代的要請に心を砕くのではなく、イエスの教えに戻るべきだ」と述べ、真理は「あれやこれや」でなく、「これだ」という立場だ。リベラル派から「カトリック根本主義者」と呼ばれる所以だ。
 真理の絶対性を信じる法王のべネディクト16世は、前任者、ヨハネ・パウロ2世とは明らかに異なった道を歩んできた。優れた外交センスで直ぐに“メディアの寵児”となったヨハネ・パウロ2世とは異なり、べネディクト16世は就任直後からさまざまな不祥事やハプニングに遭遇してきた。
 法王就任年の9月、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学の講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したため、世界のイスラム教徒から激しいブーイングを受けた。世界のエイズ感染者の67%を抱えるアフリカ訪問(昨年3月)では、「コンドーム無用論」を発して、リベラルなメディアからバッシングにあったばかりだ。
 それに先立ち、法王は「兄弟ピウス10世会」の4人の司教の「破門宣言撤回」の教令を出したが、4人の司教の中にホロコーストを否定した発言をした聖職者(英国のリチャード・ウイリアムソン司教)が含まれていたことから、世界のユダヤ人から激しい非難を受けた。
 法王就任後、不祥事続きだったべネディクト16世にとっても、アイルランド教会を皮切りにドイツ、オーストリアなど欧米各地の教会に拡大した聖職者の未成年者への性的虐待事件は大きなショックだったといわれる。
 聖職者の性犯罪問題の背景について、ドイツ・カトリック教会中央委員会(ZdK)のアロイス・グルック会長は「教会は抜本的な刷新が求められている」と認める一方、「教会という機関の危機だが、信仰の危機ではない」と述べた。聖職者の性犯罪問題は、聖職者の独身制や修道院の閉鎖性など、教会関連機関の欠陥が原因だが、「カトリック教会の信仰自体は問題ではない」というわけだ。
 カトリック教会の教義によれば、イエスの十字架の贖罪によって人間の罪が許される道が開かれた。贖罪のシンボルの十字架を仰ぎ、信じるならば罪から解放される。この「十字架の救済」こそ、信仰の核心だ。
 しかし、問題は、新約聖書の“聖パウロの嘆き”を想起するまでもなく、全ての人間は依然、罪の虜になっている、という現実がある。十字架を信じ、イエスの教えを伝える聖職者が「愛と性」の問題では、イエスの教えを信じない異教徒より無防備な状況下にあることを、アイルランド教会やドイツ教会の聖職者の性犯罪問題は端的に示しているからだ。熱心に祈り、善行を積んできた聖職者も「愛と性」の問題に躓いているのだ。
 欧州全土に広がる公共施設での「十字架論争」も社会の世俗化が原因というより、十字架信仰に価値を見出せなくなった結果ではないか。社会が世俗化したとしても十字架が人間を幸せにするならば、誰がその排除を要求するだろうか。すなわち、「十字架論争」も結局、「聖職者の性的虐待」と同じ問題を内包しているのだ。キリスト教の信仰の核、「十字架信仰」の危機だ。
 カトリック教会が唯一、真理を独占していると主張し、社会の近代化の結実、「価値の相対主義」に挑戦してきたべネディクト16世は今日、「信仰の危機」に直面して、その対応に苦慮しているわけだ。教会の近代化を決定した「第2バチカン公会議」前に戻ることが、その解決策ではないことはもはや明らかだ。



・教会は近代化したが、その結果、社会はキリスト教化されず、世俗化しただけではないか…イエスの教えというのは、その当時の宗教指導者に対する批判が原点にある。そして、現代にイエスがいたなら私たちが抱える複雑な問題に対して、どのように生きることが人間としての態度なのかを示してくださるだろう。社会の現象ではなく、人間の本質的理解から生まれたイエスの神理解から、現代を生きる道を探すことが宗教的な生き方なのではないだろうか。カトリック教会はじめとして、宗教は過去の事象に囚われて外面的な浅い行動を繰り返しているのではないだろうか。時代は変わっても変わらない人間を語ることこそ求められることだ。

033 四季のなかに人生の大切な”地図”を読み取ろう

「それぞれの季節に、心ときめく」(リルケ)

4つの季節は、偉大な賢い師だともいえる。生成と消滅の移り変わりを自然のなかで瞑想すると、この単純な過程を人生のなかに、より意識して取り込むことを学ばせてくれる。すべてが1つであり、失われるものは何もなく、力は再び戻ってくることを、私たちは実感するだろう。

・日本人にとって四季の移り変わりを実感することは容易なことだろう。古来から人生を四季に例えることは行われている。冬も春のためと考えると全てはつながりの中にある。そして、どの季節にもなすべき課題がある。

『マザー・テレサ 母なることの由来』-デジタル復刻版-2008年

『マザー・テレサ 母なることの由来』
-デジタル復刻版-2008年/(オリジナル1986年)

2010年5月21日 NHKBS2放送

ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサが10か国を訪問し行った活動を5年間に渡り追ったドキュメンタリー。その生い立ちから、いかにして彼女が世界中から敬愛される“マザー・テレサ”になったのかを克明に描く。1988年に日本で劇場公開されたのち、1997年に逝去した彼女の没後10周年をしのびデジタル復刻版が2007年にリバイバル公開された。(※今回放送するのは、TV放送用に音声を一部修正したもの)

<作品情報>
(原題:MOTHER TERESA)
〔製作・監督〕アン・ペトリ、ジャネット・ペトリ
〔撮影〕エド・ラックマン、サンディ・シッセル
〔編集〕トム・ハネケ
〔音楽〕スザンヌ・シアーニ
〔ナレーション〕リチャード・アッテンボロー ほか
〔2008年/(オリジナル1986年)・アメリカ〕
〔英語/字幕スーパー/カラー(※一部白黒)/レターボックス・サイズ〕

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・このドキュメンタリーは以前NHK教育テレビで放送されていた。今回デジタルリマスター版が出て、新たにマザー・テレサの国葬を中心に関係者のインタビューを集めた下記DVD(2007.9)も発売・レンタルされている。今年は生誕100年を記念して、全国各地で彼女のドキュメンタリーが7作品上映されていた。

『マザー・テレサ/母なるひとの言葉』
MOTHER TERESA: THE LEGACY (原題)
2004年/アメリカ/カラー/55分
製作・監督: アン・ペトリ/ジャネット・ペトリ
撮影:エド・ラッハマン/サンディ・シセル
音楽: スザンヌ・シアーン


映画「マザー・テレサ メモリアル」公式サイト
マザー・テレサ映画祭
http://www.motherteresa.co.jp

・私は、この作品がテレビ放送された時に録画し繰り返し見て涙した。
今回BS2でデジタルリマスターされた版を見ていて新たに発見したこともある。NHKのクレジットにもあるが、TV用に修正したものということで、NHKが言語から新たに訳出したものと思われる。だから、正確にはデジタルリマスターは、一般販売版とNHK版があるということになる。

教育テレビで放送された時は、マザー・テレサの声だけは肉声を使い、関係者の証言部分は声優がアテレコしていた。また、ナレーションは児玉清が担当していた。児玉の優しい艶のある声はピッタリだと感じている。
映画版では、全編肉声であり微妙な訳出できない部分を知ることができる。例えば、宣教者会のメンバーが各国に行くと、ジプシーに間違えられるという発言のところをボカしていた。その前のヒッピーという言葉は、そのまま訳出されていた。ジプシーは差別用語なのでNHKは放送できない。まあ、貧困に関係する言葉は、難しい面があります。一般販売されている映画版では、どのように処理されいるのかは知りません。

製作・監督:アン・ペトリの下記紹介において、この放送がカナダ、アメリカ公共放送で放映されたことが分かる。当時NHKが放送した理由はそんなところにあるのだろう。また、この製作には5年間という年月がかかっていた。非常に見事な構成であり、マザー・テレサや宣教者会は演技することはないから決定的瞬間を捉えて撮影していたということになる。同じ光景を2つのアングルから撮影していることから、複数のカメラが同時に回っていたものと思われる。まあ、マザー・テレサは存在感が絶大なので、どんな風景も見事に絵になるから凄いなぁ。

マザー・テレサの簡潔な言葉と深い思想、そして行動力に誰もが胸打たれるに違いない。彼女は言う、全ては神の意志だから、全てを委ねなさいと。与えられるものは頂き、取り去られものはそのままにしなさい。徹底的に貧しく弱く低くならなければ神を知ることができないし隣人に仕えることはできないと。

私が、このドキュメンタリーを見た時はマザー・テレサは現役で働いていたし、彼女が床について死に至る時間を見守っていたといえる。同じ時間を生きていた。聖人や天使ということで特別扱いをして自分とは違うんだと思うことはしないほうがいい。恐らくイエスと同時代に生きていたら同じような感慨を抱くだろう。イエスも神格化されない時代には、身近で近しい存在であったに違いない。無論、同じような行動をとることはできないにしても、マザー・テレサの言うように、いかに多くのことを成し遂げたのではなく、いかに心を込めてあたったのかが問われることなのだろう。

物質的な貧困と心の貧困を、私たちは直視したくないのだ。それは自分のいるところが居心地がよく彼らと交わると、それが失われるという恐れを抱いているためだ。映像で描かれているように、マザー・テレサらは現場に行って考えるということが全てで、抽象的な思想や思考法とは無縁に思える。それが知識人たちが陥るジレンマとは違う点だろう。全てを委ねることは、大きな力になり人の心を動かす原動力になる。

私が印象的だと思うシーンは、マザー・テレサが支部を訪問して帰る際に現地のシスターに、塞いでいる人たちがいたら笑わせなさい!って言うシーン。そして、どの支部を訪問しても、笑顔いっぱいのシスター達がマザー・テレサに近寄り頭を差し出して彼女に触れてもらうことを喜んでいるシーンである。マザー・テレサは、やはり精神的支柱なんだと実感させてくれる。どこかにお茶目でユーモアたっぷりの彼女には人を惹きつけて止まないものがある。


◆TVプロデューサーだったアン・ペトリと妹ジャネットが、マザー・テレサと共に働きながら取材・撮影。1979年のノーベル平和賞受賞の様子を収め、コルカタ、レバノン、ニューヨークなど世界10ヶ国に及ぶマザーの“奇跡”の活動を5年間追いかける。日本では88年に公開され、話題となった名作のデジタル復刻版。

製作・監督:アン・ペトリ Ann Petrie
アメリカABC テレビの脚本家兼プロデューサーとして数々の社会派番組を制作してきた彼女は、マザー・テレサがノーベル平和賞を受賞した1979 年、ABCテレビを退職し、ドキュメンタリー撮影のためインドへ渡る。「マザー・テレサ:母なることの由来」はカナダのCBC、アメリカのPBS で放送され、その後MGM によって40 カ国で配給されている。ABC テレビ在籍時に制作した「YOU!」という社会派番組でエミー賞受賞の経験がある。

製作・監督:ジャネット・ペトリ Jeanette Petrie
製作会社「ペトリ・プロダクション」を、姉のアンと2 人で共同経営する。アンのパートナーとして映画製作を一緒に行っている。

ナレーション:リチャード・アッテンボロー Richard Attenborough
製作・監督を手掛けた「ガンジー」(82)が8つのアカデミー賞を受賞。ペトリ姉妹より送られた取材映像の内容に深く感動し、本作品への全面協力をすることとなる。主な作品に「遠すぎた橋」(77)、「マジック」(78)、「コーラスライン」(85)、「大脱走」「飛べ!フェニックス」「遠い夜明け」などがある。

「逆説の十か条」 ケント・M・キース

「逆説の十か条」 ケント・M・キース

1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
  それでもなお、人を愛しなさい。

2. なにか良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

3. 成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。
  それでもなお、成功しなさい。

4. 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

5. 正直で率直なあり方は、あなたを無防備ににするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。

6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
  それでもなお、大きな考えを持ちなさい。

7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後ろにしかついていかない。
  それでもなお、弱者のために戦いなさい。

8. 何年もかけて築いたものが、一夜にして崩れさるかもしれない。   
  それでもなお、築きあげなさい。

9. 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると 攻撃されるかもしれない。
  それでもなお、人を助けなさい。

10. 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
  それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。


 『それでもなお人を愛しなさい ?人生の意味を見つけるための逆説の10か条』
 (ケント・M・キース著 大内博訳 早川書房刊)


The Paradoxical Commandments
Finding Personal Meaning In a Crazy World
                            by Dr. Kent M. Keith

People are illogical, unreasonable, and self-centered.
Love them anyway.

If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives.
Do good anyway.

If you are successful, you will win false friends and true enemies.
Succeed anyway.

The good you do today will be forgotten tomorrow.
Do good anyway.

Honesty and frankness make you vulnerable.
Be honest and frank anyway.

The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds.
Think big anyway.

People favor underdogs but follow only top dogs.
Fight for a few underdogs anyway.

What you spend years building may be destroyed overnight.
Build anyway.

People really need help but may attack you if you do help them.
Help people anyway.

Give the world the best you have and you’ll get kicked in the teeth.
Give the world the best you have anyway.

浪曲師 イエス玉川

浪曲師 イエス玉川
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感謝の気持ちを大切に
 落語も芝居も同様に、舞台は一回一回全部違います。その日の天候、自身の体調や気分、お客様の状況等、プロゴルファー・青木功氏の言葉の通り同じ条件は二度とありません。
 同じネタをしているつもりでも、客席から戻ってくる反応は千差万別で、その反応に応じて演ずる方も変わって行きます。そこにのみ生まれる、この独得の緊張感がなんとも言えません。“芸人は舞台に立たなければ”と言う信念でこれまでやって来ましたし、舞台に立てることの嬉しさは、何にも代えがたいものです。私自身は、キリスト教とは無関係ですが、何事にも感謝する気持ちを大切にしてきました。(イエス玉川)

・恰好だけは聖職者でしたが、宗教とは縁がないみたいです。浪曲漫談もするみたい…。

浪曲十八番NHKラジオ第一 「朱描きの鍾馗」イエス玉川, 佐藤貴美江(曲師)

なかなか良かった。25分で感動させる話を作ることも語ることも難しい時代に多少教訓めいているが浪曲は面白い。三味線伴奏の曲師という仕事も、三味線の自由さを感じて好きだ。

心に沁みた「最後の授業」14の言葉

心に沁みた「最後の授業」14の言葉
2010年02月02日 ザイーガ

・事実を変えることはできない。だから現実の受け止め方をかえるのです。配られたカードで手を考えるしかないのだから。

・夢が破れたことで、夢が叶うよりも多くのことが学べる。夢を見るのを忘れてしまったら、子どもの頃のことを思い出すといい。そこから新たな夢が見えてくる。

・間違いを正されるのは期待されている証拠。誤りを指摘されない環境は自分の為にはならない。批判を素直に聞くのは難しいことだが、批判は「愛情の証」と思って素直に聞き入れよう。

・子ども時代に打ち込んだことは生涯の友となる。何かにぶつかったら子どもの頃に打ち込んだことをもう一度やりながら考えてみよう。

・経験とは、求めていたものが手に入らなかったときに手に入る引換券のようなもの。

・人は誰でもすばらしい。誰かに腹を立てても長い目でその人を見つめ続けよう。必ずいい面が見えてくる。

・分かち合うことは大事なこと

・人を喜ばせるキモチ。これを知る機会を与えてあげることは最高の贈り物となるだろう。

・一人で成し遂げられることはそれほど多くはない。傲慢な態度は損をするだけ。

・好奇心!なんでも楽しんでやろうという気持ちを忘れない。それが生きる原動力になるのだから。

・誰からでも何からでも学べることはたくさんある。心の器にそれを入れるスペースをいつでも空けておこう。

・誰かの助けは必ず必要となってくる。助けを得るためには、自分も人を助けること。いつかきっと自分に返ってくるのだから。

・失敗したら素直に謝り、感謝の気持ちを決して忘れない。

・準備を怠らず機会を逃さない。




ランディ・パウシュの「最後の授業」1

・現在、単行本とDVD付き単行本が発売されている。YouTubeでは全編が視聴可能である。


最後の授業 ぼくの命があるうちに DVD付き版 (ハードカバー)
ランディ パウシュ (著), ジェフリー ザスロー (著), 矢羽野 薫 (翻訳)
ハードカバー: 256ページ
出版社: ランダムハウス講談社 (2008/6/19)
発売日: 2008/6/19
価格:¥ 2,310

内容紹介
全米600万人が涙した、ある大学教授の「最後の授業」

今日の次には明日が来て、その先にも新しい日が待っている。そうやって、当たり前のように人生は続いていく。しかし、これから先もずっと続くと思っていたその人生に「終わりの時」があると知ったとき、あなたは何を考えるだろうか――。

2007年9月18日、ペンシルベニア州ピッツバーグにあるカーネギーメロン大学の講堂で、1人の教授が「最後の授業」を行った。
教授の名前はランディ・パウシュ。46歳。最後の授業をするにはまだ若すぎるパウシュだが、彼にはこのとき、長年親しんだ大学に別れを告げざるをえない事情があった。膵臓から肝臓へと転移したガン細胞。医師から告げられた命の刻限は――「あと3カ月から半年」。
こうしてパウシュの最後の授業は始まった。スクリーンに映し出された演題は『子供のころからの夢を本当に実現するために』。それは、「最後の授業」であると同時に、幼い3人のわが子に遺すためのメッセージだった。

パウシュが幼いころに抱いた夢は、たくさんある。無重力を体験する。NFLの選手になる。ディズニーのイマジニアになる……。そのほとんどは実現し、いくつかは失敗のうちにも自分を成長させる糧となった。パウシュは言う。
「夢を叶える道のりに障害が立ちはだかったとき、僕はいつも自分にこう言い聞かせてきた。レンガの壁は、僕の行く手を阻むためにあるんじゃない。その壁の向こうにある何かを自分がどれほど真剣に望んでいるか、証明するチャンスを与えているんだ」。

両親の教え、家族の愛、同僚たちの支え。そうやって、人は人と関わりながら生きていく。自分の夢を叶え、周りの人が夢を叶える手助けをすることで、明日を生きるエネルギーを手に入れる。
人生の幕切れがそう遠くないと知りながらも、パウシュは自分を「本当に幸せ者だ」と言う。最後の授業は、自分の人生をこんなにも素晴らしいものにしてくれた人々への感謝であふれていた。

講義を終えたパウシュを迎えたのは、講堂を埋めつくした聴衆のスタンディングオベーションだった。全米中のメディアがこの授業について報じ、2500万人以上がテレビ番組でパウシュの姿を目にした。インターネット配信された講義の模様は、600万ものアクセス数を獲得した。

この本は、パウシュの最後の授業の記録であり、「つづき」でもある。講義を行うにいたった経緯、講義では語られなかった家族への想いなど、新たに書き下ろされた部分も多い。
読む者の心に残るのは、「死ぬ」ということではなく、「生きる」ということについての、パウシュの力強いメッセージ。夢を実現することの大切さ、人生の喜びについて、ユーモアあふれる語り口で講堂を沸かせたパウシュの息づかいが、ページをめくるごとに伝わってくる。
DVDには、日本語字幕のついた「最後の授業」が収録されており、笑いと涙で包み込まれた講堂のライブ感が味わえる。

法王のマルタ訪問と「聖パウロ」、ローマ法王の「涙」

法王のマルタ訪問と「聖パウロ」
2010年4月15日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は17日から2日間の日程でマルタを訪問する。訪問目的は聖パウロによるマルタの「キリスト教化1950周年」を祝うことだ。
 マルタは人口約41万人の小国。国民の約90%がカトリック信者だ。2004年5月、欧州連合(EU)に加盟した。
 聖書や関連文献によると、聖パウロはローマに行く予定だったが、船が壊れたため、途中のマルタの島で3カ月間、滞在した。その期間、聖パウロら使徒たちはイエスの福音を島の人々に伝えたという。
 べネディクト16世はジョージ・アベーラ大統領ら政府首脳と会談した後、聖パウロのマルタでの足跡を訪ねる。聖パウロら使徒たちが滞在したラバットの地下洞窟を訪れ、フロリアナで記念礼拝を行い、マルタの首都バレッタでは若者たちと会合が予定されている。法王にとって、マルタ訪問は法王就任後(2005年4月)14回目の外遊先だ。
 聖職者の未成年者への性的虐待問題が欧州各地の教会で大きな問題となっている時だけに、復活祭後の最初の外遊先マルタでのべネディクト16世の言動が注目される。
 バチカン放送(ドイツ語版)によると、マルタの教会でも7件の聖職者による性犯罪がこれまでに判明している。犠牲者たちは13日、マルタのクレモナ大司教と2時間余り会見した際、「ローマ法王のマルタ訪問中、会見したい」という内容の書簡を手渡したという。
 それに対し、バチカン法王庁のロンバルディ報道官は「もちろん、性的虐待の犠牲者とローマ法王との会見は可能だが、実現するとしても非公開の場の会見となる」と述べている。
 なお、べネディクト16世は2008年、訪問先の米国とオーストラリアで性的虐待の犠牲者と会見している。



ローマ法王の「涙」
2010年4月20日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は17日から2日間の日程でマルタを訪問し、滞在最後の日(18日)、同国の聖職者から性的虐待を受けた8人の犠牲者と非公開の場で会見した。犠牲者たちは13日、マルタのクレモナ大司教を通じ、「法王のマルタ訪問中、会見したい」という願いを伝えていた。その願いが実現したわけだ。
 犠牲者との会見を報じたオーストリアのカトリック通信(カトプレス)は「べネディクト16世は犠牲者の話を聞きながら、その目は涙で溢れていた」という1人の犠牲者の証言を伝えた。
 バチカン放送も18日、現地から報道し、「法王は犠牲者の苦痛と痛みを感じ、聖職者が犯した蛮行を恥ずかしく、泣き出した」と報じた。法王は20分余りの会見が終わると犠牲者と一緒に祈ったという。
 世界11億人の信者の最高指導者、ローマ法王が過去、謝罪し、涙を流すことなどは考えられなかったことだ。使徒ペテロの後継者、ローマ法王は絶対、間違わないという「法王不可謬説」があったからだ。
 しかし、べネディクト16世は法王就任後、米国とオーストラリアでそれぞれ聖職者の性犯罪の犠牲者に謝罪を直接表明している。そしてマルタでは、犠牲者の話を聞きながら、「目を赤くした」のだ。
 今月16日に83歳を迎えた法王は犠牲者の生々しい話を聞き、ショックを受け、犠牲者へ謝罪と懺悔の思いから自然に「涙」が出てきたのだろうか。
 オーストリアのカトリック教会は先月31日夜、ウィーンのシュテファン大聖堂で聖職者の未成年者への性的虐待を懺悔する特別礼拝を行った。そこで犠牲者がその体験を語ったが、同国教会最高指導者シェーンボルン枢機卿は「犠牲者が語る時、神がわれわれに話し掛けてくる」と述べている。法王は犠牲者の話を聞きながら、「神の声」を聞いたのだろうか。
 なお、べネディクト16世は犠牲者に対し、「事件の解明に全力を尽し、加害者に対しては厳しく処罰する。事件の再発防止のため今後、全力を尽くす」と語ったという。



・国民の9割が信者というマルタ。へェ~、ウィキペディア(Wikipedia)によると98%がローマ・カトリックで、マルチーズの発祥の地、ユーロに加盟している優良な小国。離婚の規定がなく事実上離婚はできないということで、これもカトリックの影響が強いのだろう。僅か20分の被害者8人との面会で何が分かったのだろうか。そして涙と報道された意図は!? 確かに異例なことだ。

東大卒僧侶の「お坊さん革命」―お寺は最高のエンタメ発信地

東大卒僧侶の「お坊さん革命」―お寺は最高のエンタメ発信地
松本 圭介 (著)
新書: 192ページ(講談社プラスアルファ新書)
出版社: 講談社 (2010/3/19)

内容説明
日本の仏教は「お骨」抜きには成立しない?江戸のお寺は江戸っ子達の「エンタメ文化の発信地だった」。インターネット寺院や、お寺内カフェなどを企画した気鋭の僧侶が、新しい仏教とお寺のあり方を提言!
寺は気軽な場、葬式だけじゃもったいない。お寺カフェ、ライブ、ネット寺院にみんな集え。気鋭の僧侶が提言する「素晴らしいのにパッとしないニッポンのお坊さんへのエール」

法名・釈紹圭(しょうけい)。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京・神谷町光明寺所属。1979年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界のトビラを叩く。超宗派の僧侶達が集うブログサイト『彼岸寺』を設立し、お寺の音楽会『誰そ彼』や、無線LAN完備の寺院内カフェ『ツナガルオテラ 神谷町オープンテラス』を運営している。



Tokyo Source:松本氏へのインタビュー  
http://www.tokyo-source.com/interview.php?ts=25

超教派仏教インターネット寺院:彼岸寺  http://www.higan.net/


・仏教の低落はひどく進んでいる。特に若者に対する普及・啓発をどう図っていくのか。目が離せないね。

ローマ市民も「法王は辞めろ」

ローマ市民も「法王は辞めろ」
Rome Turns Against the Vatican
2010年04月26日 ニューズウィーク日本版

 2000年代の初め、アメリカでカトリック教会の性的虐待スキャンダルの嵐が最高潮に達していたときでさえ、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の支持率はほとんど下落することはなかった。それに比べて現法王ベネディクト16世の事情は違うようだ。

 4月17日に法王が訪問したマルタでは、法王のポスターにヒトラーを模した口ひげや「小児性愛」という言葉が落書きされた。イギリスでも、9月に予定される法王の訪英に反対する1万人以上の署名が集まった。

 調査会社ギャラップとUSAトゥデー紙の調査によれば、米国民の法王への支持率は、08年の63%から今年3月末には最低値の40%にまで下落した。アメリカでの支持率が一度も61%を下回らなかったヨハネ・パウロ2世に比べて現法王の不人気ぶりは明らかだ。

 伝統的にベネディクト16世が高い人気を誇る土地でも、支持は揺らいでいる。出身国ドイツでは、国民の56%がカトリック教会への信頼を失ったとし、数千人規模で教会離れが進んでいる。

 ベネディクト16世が本名で「父なるラッツィンガー」と呼ばれるイタリアでは、国民の62%が現法王の下での教会運営に不満を持っている。そのうち35%は、ベネディクト16世が責任を司教に押し付けようとしているとみている。

 今や性的虐待の被害者が聖ペテロ広場で抗議活動を行う光景は日常的なもの。新聞にも「バチカンは罪を償え」「ラッツィンガーを逮捕せよ」などの見出しが躍る。ローマ市民は失望し、専門家の間では早くも次のコンクラーベ(法王選挙)の噂がささやかれている。

 問題となっているのは、法王が枢機卿時代に性的虐待の隠蔽に関与していた疑いだ。そのため次の法王になる可能性がある枢機卿たちは、現在のスキャンダルとの関与を厳しく調査されるだろう。



・この記事では、連日聖ペテロ広場で抗議活動をしていると書かれている。

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バチカンの聖ペトロ広場

「7つの教え」 メヴラーナ

「7つの教え」 メヴラーナ 

施しと救いは流れる水のごとく

愛と慈悲は太陽のごとく

他者の欠点を覆うには夜のとばりのごとく

怒りと苛立ちは死のごとく葬り

優しさと謙譲の心は大地のごとく

寛容の心は海のごとく

自分自身であれ、もしくは

あるがままの自分であれ


※メヴラーナはセルジュク・トルコ13世紀のイスラム宗教指導者

星野富弘7年ぶり新刊「種蒔きもせず」 5月17日に発売

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星野富弘7年ぶり新刊「種蒔きもせず」 5月17日に発売
2010/5/18 J-CASTモノウオッチ

偕成社は2010年5月17日、4作累計300万部を超える、星野富弘さん(64)のベストセラーシリーズ「花の詩画集」から新刊「種蒔きもせず」を発売した。前作「あなたの手のひら」以来、約7年ぶりとなる待望作で、03年以降の作品がまとめられている。
不慮の事故により24歳で手足の自由を失った著者が、口に筆をくわえて描いた花々の絵に詩を添えた詩画65点に18本のエッセイを収録した。静かな暮らしのなかで見えてくる自然や人、そして自分自身のことをつづっている。
絵や詩を書きはじめたのは事故後、知人にメッセージを寄せようと口に筆をくわえたことがきっかけだった。病院の枕元にあった花を模写した絵は評判となり、事故から9年後には初めての作品展を開催。その後、国内外でも「花の詩画展」が開催され、多くの詩画集を発表している。英訳版により海外にも広まっており、お見舞いや贈り物として喜ばれているという。



・最近の活動は知らなかったが、写真を見ると白いものが混じりはじめていますね。星野ウォッチャーの皆さまには久しぶりの感激になるだろう。歳と共に内容が変化するのかが期待されるところです。百万人の福音誌上連載は続いているようだ。

中国人が定義する「現代男性の心得20箇条」が再び話題に

中国人が定義する「現代男性の心得20箇条」が再び話題に
2010年2月19日 ロケットニュース24

1.友人から食事をご馳走されたら、それが当たり前のことと思わないことだ。さもないとあなたは自分の評判に苦しむことになる。

2.目標を持とう。1年、2年、5年先の目標を持とう。常に目標通りの結果が得られるとは限らないが、努力によって自分の人生の70%は思い通りに出来るものだ。努力を怠る者には、臆病な友人がつきまとう。努力を怠る人間にならないことだ。

3.今、目の前にあるのは現実的な社会だ。情緒的に生きて気分を満たしても、何の足しにもならない。貧しいカップルは情緒的に生きているに過ぎない。映画を信じるな。映画は知らない人同士が関係を育むための、会話のきっかけにしかならない。現実に目を向けよう。

4.とても親しい友人たちに囲まれていても、円滑なだけの人間関係におぼれるべきではない。本当の親友関係とは、相手を信じる自分が居るかどうかだけだ。

5.星占いを信じるべきではない。運命は自分の手にある。家や車が手に入るまで、うろうろして待っているのか。星占いなど宛てにはするな。

6.関わる人間たちの中に、自分が好まない人が居るのなら、それらの人たちと多くの時間を過ごすな。そして、彼らの影で悪口を言うな。

7.ゲームで遊ぶのに多くの時間を費やすな。本当の『遊び』ではないのだから。

8.英語を学ぼう。英語は不要だと語る人を気にするな。それらの人は考え方が古いか、英語の資格を持っている人だ。資格を取ることだけが英語の勉強ではない。英語を学ぶことがあなたの役に立つ。

9.自分が何をするべきなのかを知ろう。全てが寝静まった夜に、将来の計画について自らに問い掛けよう。そしてそれに向かって努力しよう。

10.自らの趣味の幅を広げるために、時々、ファッション雑誌を見ると良いだろう。

11.あまりポルノを見るべきではない。普通の独身男性なら、一日中ポルノに時間を割く必要はない。また、自慰をすると体内のミネラルを消耗することを忘れてはいけない。ミネラルの消耗は脳の活動にも影響を与える。ポルノを過剰に見るな。

12.毎日1杯の水を飲もう。胆石を防ぐのに効果がある。しかし寝る前に水を飲まない方がいい。さもないと、目の下に隈が出来る。

13.何も予定のない時にバーなどに出掛けて、時間を空費してはいけない。時間のある時は多少の文学作品を読むと良い。経営や国際情勢、法律について学べば、お金を稼ぐ方法について学習することが出来る。

14.若い内は誰でもお金を多くは持っていない。誰かが高級なブランド品を持っていても気にすることはない。そして、彼女がプラダやルイヴィトンなどのブランド品を欲しがっても、あまり真面目に取り合う必要はない。女性は生まれながらにして美しいものを好む。女性は自分の彼氏が、友達に自慢出来るくらいの高価なものを、プレゼント出来る器なのかどうかを知っておきたいのだ。あなたが彼女を美しく出来たなら、あなた自身も嬉しいはずである。いずれ彼女を美しくしてやれるような、男になればいい。

15.何かを成し遂げたい時、また、何かを成し得ようとしている時、むやみに周りにそのことを話すな。

16.爪、髪、あごひげはいつも整えておこう。社会は本来、排他的なものだ。あまりにも気ままな格好は、どこへ行っても歓迎されない。長髪が似合うのなら、いつも整えておくことだ。

17.男である以上、体調管理は不要だと思ってはいけない。食事を不摂生にしてはいけない。魚介類、トマト、バナナは男性の健康にとって良いものだ。心掛けて摂取しよう。もし健康には問題ないと思っていても、あなたが健康であることによって、彼女にブランド品を贈るためのお金を病院に払わずに済んでいる事実を、理解するべきだ。

18.より優れた人生を歩む人は、他人を必ずしも信頼していない。人は誰しも利己的だ。あなたはあなた自身を信頼出来るだけである。

19.もしも失敗や敗北に直面しても、ヤケになることはない。その失敗から責任を取るということを学ぼう。そして失敗の原因を理解し、自らの悪習を変えるように努力すると良い。もし、20歳でお金がないのなら、それは普通だ。もし30歳でお金がなかったら、それは運命だ。もし40歳でお金がなかったら、男とは言えない。失敗から学ぶようにしていれば、失敗は遠ざかる。

20.良い言葉に出会う全ての男性は、その言葉によって支えられる。

多少厳しめの20箇条ではあるが、なるほどと思わされるものも少なくない。人生訓の参考にしてもいいかもしれない。この投稿内容を英語で伝えている『ChineHush』の記者は、「中国の人の考える『男らしさ』ではあるが、人生的な観点から観て、参考になるものも多々ある」と伝えている。




How to be a real man, according to some Chinese guy
February 17th, 2010 ChinaHush

As a man, especially to be a real man, you should do the following:

1.If a friend treats you to dinner, do not take it for granted, or else your reputation will suffer.

2.Give yourself a goal ? one years, two years, five years. Maybe you weren’t born into the best situation, but through hard work, you can change about 70% of your fate. Losers have cowardly friends.

3.This is a practical society, you cannot rely on emotions for meals, poor couples never make it. Don’t believe in the movies, they’re only to encourage strangers to develop relationships.

4.Among your good friends, you must cultivate a really close friend, do not think you’re just slick and smooth with a lot of friends. In the end, there will only be one person that will treat you truly well, trust me.

5.Do not believe in astrology, that’s just to coax children, your fate is in your own hands. Are you really going to wait around for a house or a car to appear?

6.If you don’t like someone, don’t spend too much time with them, but don’t talk about people behind their backs.

7.Don’t spend too much time playing games, this is not Korea, you can’t really “play” for a woman or a car.

8.Learn English. Don’t mind those who say that learning English is not important. Either they’re old, or they’ve already passed the TOEFL or CET 6. You don’t need to get the certificate, but be sure to learn it well.

9.Know what you need to do. In the dead of the night, ask yourself what are your future plans, and work toward that.

10.Flip through some fashion magazines once in a while so that you can improve your taste.

11.Try to look at porn less, even if you’re a regular single man, you don’t need to obsess over porn all day. And every time you masturbate you will lose a lot of zinc, and this element is closely linked with your brain.

12.Drink a glass of water every morning, for this will prevent gallstones. Do not drink water in the hour before you go to bed, otherwise you will get dark bags under your eyes.

13.Don’t sit around in bars during all your free time, read some literature, learn some business practices, management, international affairs, legal issues. This can guarantee that you have a way to make money.

14.Everyone’s still young and doesn’t have that much money, don’t worry too much about who has Prada, Nike, etc. And your girlfriend’s passion for Prada, Lancome, Louis Vuitton, you don’t need to take too seriously. Women are born to care about beauty, they just want to know that you can buy them one expensive present to fulfill their vanity and then brag about it in front of their peers. Actually, they also love life, and when you do have the means to make them beautiful, you will also feel pleased.

15.When you want to do something, before you succeed, you don’t need to tell other people.

16.Keep your nails, hair, and beard neat. Society is inherently exclusive and there are only so many artists that this planet needs, so do not take this risk. Even if you look good with long hair, try to make it look clean.

17.Do not think that since you are man, you do not need maintenance. At least don’t be too careless about what you eat. Eat more tomatoes, seafood, leeks, and bananas ? these are all good for a man’s health. Even if you don’t see the value in doing this, let me tell you, at least you can save the money from going to the hospital to buy your girlfriend some Dior.

18.Those who strive for excellence do not always rely on other people. People are all selfish, and you can really only rely on yourself.

19.In the face of defeat, don’t freak out…but learn to take responsibility, find the reason, and change your bad habits. If you have no money at 20, that’s normal, no money at 30, that’s destiny, no money at 40, then you have become a woman.

20.All men who see a good post will support it!

ペドフィリア容疑の聖職者対策

ペドフィリア容疑の聖職者対策
2010年4月14日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ローマ・カトリック教会総本山、バチカン法王庁は12日、ペドフィリア(少年、児童性愛)の疑いがある聖職者に対して、教理省作成の「教会法に基づく基本手続き」をインターネット上で公表した。
 以下、オーストリアのカトリック通信(カトプレス)が同日、掲載した基本手続きの概要を訳して、紹介する。
 先ず、聖職者の未成年者への性的虐待が明らかになった場合、司法当局に直ちに通報しなければならない。
 「非常に深刻な場合」、ペドフィリアの聖職者を教会法に基づく手続きを踏まず、聖職を剥奪し、解雇できる。具体的には、司法で有罪判決を受けた場合や証拠が明確な時だ。その場合、聖職者の性的虐待問題を取り扱う教理省は法王に直接、聖職者の解雇を要請できる。
 調査期間でも担当司教は、未成年者や信者たちを保護するため性的虐待容疑の聖職者の活動を制限する義務を負う一方、犯罪通知に関する法規に従われなければならない。
 バチカン法王庁によれば、教理省の今回の基本ラインは新しいものではない。その内容は既に2003年に提示されたものだ。今回は、聖職者の性犯罪問題に対するローマ法王べネディクト16世の願いに基づき、基本ラインの透明性を一層高めることが狙いだ。
 基本手続きによると、聖職者の性犯罪が明らかになった場合、その深刻さの程度に基づき、教区の司教が全権を持って教会裁判で刑罰を決定するか、教理省が該当教区に行政処置を要請するかの2通りの選択がある。前者の場合、容疑者の聖職者はその刑罰の再考を求め教理省に上告できる。行政処置で教会法に基づく刑罰を受けた後者の場合、聖職者は同じように教理省に控訴できる。ただし、教理省が下した決定は最終判決となる。
 先述したように、聖職者が司法で有罪判決を受けたり、証拠が明確な場合、教理省は直接法王に同件を通達し、教会法に基づき聖職者を解雇できる。その場合、教会法に基づき、聖職者は控訴できない。もちろん、聖職者自身が解任を求めた場合、法王は教会全体の利益を考慮し、それを受理する。

 「基本手続き」の履行によって、聖職者の未成年者への性的犯罪が今後、教会関係者によって隠蔽されないことを期待する。



・性的嗜好によって聖職者になる人たちもいるだろうが、独身制や修道生活の何かに不満を持つ人がはけ口を求める場合もあるかもしれない。教会法というものに規定を設けて、疑わしきを見つけ証拠があれば排除しようということだ。この手続きが全て記録されオープン化されたならば隠蔽工作は行われないだろう。
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