福音はとどいていますか36

「確かなのは生かされているということだけ、それ以外に確かなことは何もないのです。この人間の究極の現実に思いを凝らして生きる、それが神を信じるということの内容でしょう」(藤木正三)1-58生きている者の神

・生きる意味を求めて人間はずっと考えてきました。最近は哲学は流行りませんし生活に余裕ないだけに仕事・子育てに没頭しています。キリスト者は、なぜ悪が許されいるのだろう、なぜ戦争があるのだろう、なぜ悪い人たちが隆盛を極めるのだろうといった問題を別に考えています。父なる神は全知全能でまったき善であると信じているからです。ただ、キリスト者になれば問題に答が与えられるかというとそうでもありません。分からないのです。分かるのは、いま・ここに生かされているという究極の現実だけです。
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仏教名句17

生死のことは大なり、無常は迅速なり  (慧能禅師)

・無常です。
でも、それがナチュラルなのです。

ユダヤ教ラビとの質疑応答

ユダヤ教ラビとの質疑応答
2010年1月26日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーン市にある「イスラエル文化センター」には2人のラビ(ユダヤ教宗教法律学者)が従事しているが、その1人のラビ、シュロモ・ホーフマイスター師と25日、30分間会見できる機会があった。「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」(International Holocaust Remembrance Day)の27日をまじかに控え、ユダヤ教で分らない問題や疑問について、単刀直入に聞いてみた。以下は、同師との30分間の会見内容の概要だ。

 ――明日はホロコーストの追悼日だが、ホロコーストはユダヤ人の信仰にどのような影響を与えたか。「神は死んだ」として無神論者になったユダヤ人もいたと聞く。
 「ホロコースト後、無神論者になったユダヤ人は数少ない。ホロコーストゆえに、神を捨てたと主張するユダヤ人の多くは、その前からその信仰は危機に直面していたはずだ。多くのユダヤ人はホロコースト後、その信仰を失うということはなかった」
 ――ホロコーストは単なるポグロム(ユダヤ人虐殺)ではない。600万人のユダヤ人が組織的に殺害されたのだ。その出来事がユダヤ人の信仰に何も影響を与えなかった、とは信じ難い。
 「ユダヤ人にとって信仰より重要なことは『知る』ことであり、『学ぶ』ことだ。ユダヤ人は過去3000年間、さまざまな理由から迫害されてきた。ローマ帝国時代には神殿が壊され、10万人以上のユダヤ人が殺された。全ての罪は神からではなく、人間によってもたらされたものだ。神は人間に自由意思を与えられた。それを人間は悪用し、多くの罪を犯してきた」
 「歴史的に説明するならば、ヤコブはユダヤ人の祖先だ。ヤコブにはエサウという兄がいた。エサウは弟ヤコブと完全には一体化できず、最後までヤコブを憎んでいた。そのエサウからバビロニア、ローマ、ギリシャなどの文明が生まれ、エサウの文化圏が広がっていった。その後もエサウの霊性は絶えることなく生き続け、ユダヤ人迫害となって現れていったのだ」
 ――ラビの話を聞くと、ユダヤ人の歴史的迫害はエサウから始まり、エサウの末裔であるローマ人らによって繰り返されてきた、ということになる。
 「簡単にいえば、その通りだ。ユダヤ世界とは異なり、エサウの文化は善か悪かの二元論の世界だ。自分たちが善とすれば、相手側は悪だ。ローマを拠点するカトリック教会はその流れを汲む。彼らは自分の教えを善とし、ユダヤ教徒を悪として迫害してきたのだ」
 ――キリスト教の一部では、選民ユダヤ人は救い主イエス殺害の罪を償うためにホロコーストの犠牲となった、と解釈している。
 「イエスの話はキリスト教が作り出したもので、ユダヤの聖典にはイエスという名前は一度も出てこない。先述したように、ユダヤ人への迫害はイエスの登場前からあった問題だ」
 ――ところで、ユダヤ教は宣教しない。
 「イエスの教えを伝道するキリスト教とは違う。ユダヤ教に関心があれば、経典を学べばいい。ちなみに、ユダヤ人と非ユダヤ人の婚礼は推薦できない。ユダヤ教にはきめ細かい日常生活の教えがある。非ユダヤ教の妻、夫はそれを理解でないだろう。結婚しても難しくなる婚姻には賛成できない」
 ――最後に、バチカン法王庁は現在、ローマ法王ピウス12世(在位1939~58年)の聖人化への手続きを進めているが、ユダヤ世界から激しい批判が聞かれる。
 「難しい質問だ。ローマ法王は当時、ナチス政権がタッチできない唯一の機関だった。だから、法王がナチス政権でその見解を表明すれば、大きな影響を欧州諸国に与えたことは間違いない。しかし、ピウス12世はその権限を行使しなかった。それによって、どれだけの多くのユダヤ人がナチス政権の犠牲となったことか。その意味で、彼は聖人に値しない人物だ。カトリック教会には素晴らしい聖職者がまだ多くいる。彼らの聖人化を進めるべきだ。ピウス12世ではない」



・ユダヤ教のラビの話

こうした話を聞くと自分の知識の乏しさを思う。ユダヤ人の生活と信条を理解していると言えば嘘になる。互いに学んでいくしかない。

みつを16

「イエスは私たちを愛されたが、それでも受難に際して、ひるまれた。私たちは静かにこのことを味わうべきだ。だがこのいやな受難にあえて突き進ませたのは父であった」(アントニー・デ・メロ)2-73

・大切なことは、父の意志を自分の意志よりも上に置いたこと。受難が素晴らしいのではない。その意味も分からずに、委ねきる態度を最後まで貫いた生き方にイエスの思いがある。彼は祈って行動したように、何も訳が分からずに突き進んだわけではない。


**その場がきなけりゃ わかんねえ

・理屈、頭で考えたってね、取り越し苦労になるだけ。なぜって、それは全てが動いていて作用しているから…

煩悩林1

   私の中

私の中 覗いたら
お恥ずかしいが
たれよりも
自分が一番かわいいというおもい
コソコソうごいている

・誰よりも自分が一番大切というのが人間の偽らざる姿だ。
ただ、それでも人間は愛するという力を与えられている。
まず自分を愛して、他人を愛していきたいなぁ。

神はその時、いずこに ?

神はその時、いずこに ?
2010年1月25日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 国連総会は2005年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容者が解放された1月27日を「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」(International Holocaust Remembrance Day)と指定する決議を採択した。それに基づき、各国で毎年、追悼集会やさまざまな会議が開かれてきた。今年のホロコースト追悼集会のモットーは「生存の遺産」だ。ウィーンの国連でも今月27日、追悼行事が予定されている。
 ホロコーストを考える時、これまでは「ヒトラー政権がなぜ、ユダヤ人排斥主義を取っていったのか」「どうしてドイツ国民はナチス政権を支持したか」等に関心が集まってきた。換言すれば、「犯罪人の分析」が焦点となってきた。
 当方はここでは600万人を越えるユダヤ人たちが虐殺されたホロコーストがユダヤ人の信仰にどのような影響を与えたかを考えてみた。「犯罪人の分析」ではなく、「犠牲者の立場」からホロコーストの意味を模索した。

 ホロコースト後、生き残ったユダヤ人の中には、「どうして神はわれわれを見捨てたもうたのか」と「神の沈黙」について苦悩する信者たちが少なくなかった、といわれている。著名なユダヤ人学者リチャード・ルーベンシュタイン氏は「アウシュヴィッツで神は死んだ」と著書の中で述べている。
 「神の沈黙」については、「マザー・テレサ」と呼ばれ、世界に親しまれていたカトリック教会修道女テレサの書簡が有名だ。
 貧者の救済に一生を捧げ、ノーベル平和賞(1979年)を受賞したマザー・テレサは生前、「私はイエスを探すが見出せず、イエスの声を聞きたいが聞けない」「自分の中の神は空だ」「神は自分を望んでいない」といった苦悶を書簡の中で告白する一方、コルカタ(カラカッタ)で死に行く多くの貧者の姿に接し、「なぜ、神は彼らを見捨てるのか」「なぜ、全能な神は苦しむ人々を救わないのか」等、問い掛けている。それに対し、神、イエスは何も答えてくれない。修道女の心の中に神、イエスへのかすかな疑いの思いがで疼いていった。
 多くのユダヤ人もマザー・テレサと同じ苦しみの中にあったのではないだろうか。「あなたの息子、娘が悲惨な状況にある時、あなたはいずこに」と呟き、その「神の不在」の痛みから神への信仰を捨てたユダヤ人もいたという。
 一方、「ホロコーストはイスラエル建国のための供え物だった」と受け取るユダヤ人もいる。ホロコーストがディアスポラ(離散)だったユダヤ人を再び統合する契機となった、と考えるからだ(イスラエルは1948年、建国宣言した)。また、「選民ユダヤ人は人類の代表としてその罪を償った」と考えるユダヤ教徒もいる。
 少数派だが、「天罰説」もある。ハリケーン・カトリーナ(2005年8月)が米国東部のルイジアナ州ニューオーリンズ市を襲い、多くの犠牲者を出したことについて、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではない」と述べ、「神の天罰が下された」と表明したカトリック教会の聖職者がいたが、「ホロコーストはユダヤ人の罪に対する天罰だ」と受け取るユダヤ人がいる。ユダヤ教根本主義者と呼ばれる人々だ。ただし、この場合も「どの罪に対する天罰か」では一致した意見がない(ユダヤ教徒の多くは「救い主イエス殺害への天罰」という考え方を避ける)。
 「なぜに、多くのユダヤ人が犠牲とならざるを得なかったか」――。その問いに対し、ユダヤ人は必死に答えを探してきたはずだ。全てを1人の狂人ヒトラーの蛮行で済ませるにはあまりにも重い内容があるからだ。ホロコーストから半世紀以上過ぎた今日でもなお、多くのユダヤ人は問い続けている。
 ユダヤ人が「ホロコースト」の悲劇を繰り返し叫び続けることに不快を感じる知識人もいる。彼らは「ユダヤ人のホロコースト産業」と揶揄する。しかし、「なぜに、われわれは犠牲となったか」「神はいずこにおわしたもうたか」等に満足いく答えが見つかるまでは、ユダヤ人は絶対、ホロコーストを忘れないだろう。



・大量虐殺に対しての疑問は、キリスト者の普段の疑問でもある。
「なぜ、神は悪を放置しておくのか」「なぜ、神は戦争を放置しておくのか」…
この質問に対して、いろいろな解釈ができるかもしれない。記事にあるように、それぞれに都合の良いように考えるのが一般的だ。
これは、それぞれのキリスト者が各自考えてみることになるだろう。私なりには説明できるのだが万人向けの説得力はない。神をどう考えるかという問題であると考える。

025 心のいちばん奥にまで親友を迎え入れよう

古代エジプト人は、親友のことを”アキブ”(自分の心のいちばん奥に入り込んでくる人、という意味)と呼んでいた。

・友情がもたらしてくれるものを大切にしよう。

みつを15

「イエスは私たちから、主よ主よと呼ばれることに格別の喜びを覚えない。むしろ自分が務めたように、私たちに父なる神のみ旨を行わせることに関心を示された」(アントニー・デ・メロ)2-73

・先生、先生と呼ばれて悪い気がする人はいないだろう。ただ上辺のことよりも、内面への傾倒をイエスは弟子たちに求めた。私がつかんだ神を、あなたもつかみなさいと。そして、神があなたに示されたように、あなたも神と隣人を愛しなさい。


**にんげんはねぇ 追いつめられると弱いもんだな ひとごとじゃない自分のこと

・誰でもそうだね、余裕がなくなるともうダメだ

女性信者にわいせつ行為 韓国人牧師逮捕

女性信者にわいせつ行為 韓国人牧師逮捕
2010年01月28日 産経ニュース

 キリスト教系教団「国際福音キリスト教会」の施設内で、女性信者にわいせつな行為をしたとして、茨城県警捜査1課とつくば中央署は28日、準強姦(ごうかん)の疑いで、同教会の代表で最高位の牧師だった韓国籍の卞(ビュン)在昌(ジェーチャン)容疑者(61)=土浦市小岩田東=を逮捕した。卞容疑者は容疑を否認している。

 同課などの調べでは、卞容疑者は平成19年2月ごろ、同教会の施設内で、県南地域に住む20代の元女性信者に対して乱暴した疑いが持たれている。

 卞容疑者のわいせつ事件をめぐっては昨年10月、20~30代の元女性信者ら4人が卞容疑者にわいせつ行為をされたとして、卞容疑者と同教会を相手取り、約4620万円の損害賠償請求を求める訴訟を東京地裁に起こしている。元女性信者側は「(牧師は)指導者の霊的権威は絶対不可侵であるなどと欺瞞(ぎまん)的説法を繰り返し、被害女性を抗拒不能にさせた」と主張している。

 被害を受けたという女性は産経新聞の取材に対し「『君には癒やしが必要だ』といってセクハラをエスカレートさせた。衝撃的すぎて声も出なかった。嫌だと感じるのは自分の信仰が足りないせいだと思ってしまっていた」と話していた。



・民事訴訟が提訴されているなかで、刑事事件での調べも進みついに逮捕された。

この牧師は、信徒教育では有名な牧師であり、多くのプロテスタント教会が関係していた。ただ、事件発覚後は関係を切る教会関係者が続出していた。今後は、起訴されるかがポイントであるが被害女性が複数にわたり、牧師・信徒という特殊な関係性の中での出来事だけに今後の展開が注目される。
彼のように、熱心である牧師がなぜ今さらこのような問題を起こすのかは理解しにくいが、注目されて自分が神のような存在になってしまったのだろうと思う。民事でも否認する教団側は一体何をかばっているのだろうか。
また、牧師の言いなりになってしまう信者のメンタリティーも考えてしまう。信仰に対する誤解を解かないと、これからも日本のキリスト教は同じ道をたどる。

難度海29

   波

日日のいろんな出来事は
この永劫の海の 寄せる波
どの波も
何かしみじみ尊くて

・この波は、世の現象。
さまざまに形を変えて押し寄せる。それは毎回違って見えても、よく見ると人間の欲望が根底にある。
榎本師は、それをしみじみ尊いと感じている。その波に何度も何度も翻弄されて、はじめて人間としての目覚めを与えられる。その奥にある、いのちのエネルギーを予感できることは尊いんだなぁ。

福音はとどいていますか35

「さまざまな通念や欲望のしがらみからいのちをなまの姿に生き返らせる、イエスの関心はこの一事に注がれていると思われます」(藤木正三)1-57イエスの関心

・イエスの関心は、いのちへの鋭い洞察でした。我々はあまりにも多くのものを身にまとっています。そして、どれが自分本来のものであるのかすら分かりません。イエスは生かされているという原点にその中心を据えています。

「ブルカ、公の場所では禁止」仏下院委が勧告

「ブルカ、公の場所では禁止」仏下院委が勧告 (読売新聞)
2010年1月27日

 イスラム教徒女性の衣装「ブルカ」着用の可否を検討していたフランス国民議会(下院)特別委員会は26日、公の場所では禁じるべきだとする報告書を下院議長に提出した。

 ブルカ着用を法律で禁じる国は、欧州ではフランスが初めて。

 同委員会は、サルコジ大統領が「フランスはブルカを歓迎しない」と公言、国民の約6割が立法を支持する世論を受け、半年をかけて有識者ら約180人から意見聴取して報告書をまとめた。議会が立法化に向けて動き出すのは確実だ。

 同委のアンドレ・ジェラン委員長(共産党)が26日記者会見して明らかにしたところでは、報告書は、仏下院がまず「ブルカ着用禁止」の原則を確認する決議を採択した上で、「イスラム教徒差別」と反発する市民が行政訴訟を起こす場合などを想定、公立校、公共交通機関など「公の場所」を具体的に列挙する法律の制定を勧告している。

 すべての法律が可決されると、例えば、ブルカをかぶった女性が家族手当を受けるため、行政機関の窓口を訪れても、支払い拒否の権限を行政側に与えることなども検討されている。人口の約1割に迫るイスラム教徒に対し、フランスは国是とする厳格な政教分離原則への同化を改めて求めた形。ブルカ禁止の動きは他の欧州諸国に波及していく兆しも見え始めている。



・イスラムの厳格な慣習と、政教分離を徹底したいフランス政府との対立。今後とも推移を注目しましょう。

仏教名句16

   一期一会

なぁむ
人の世は 一期一会であるから
何ごとも丁寧にしよう
会ったときが分かれのときでもあるから
出会いを大切にしよう
なぁむ

ないとてだめだ
いきどおったとてだめだ
死よ 死よ
ほんとうにしずかなものは
死ばかりである  (八木重吉)

・出会いが分かれという事実に、ハッとしよう。
憎らしい人も、愛おしい人も、これが最後と感じよう。
そうそう丁寧に生きるんだ!

NHKスペシャル メイド・イン・ジャパンの命運

NHKスペシャル メイド・イン・ジャパンの命運
2010年1月24日 総合テレビ

金融危機の影響がもっとも大きく出た日本。GDPはまもなく中国に抜かれ3位に転落するのは必至である。こうした中、日本はグローバル経済の中で、何を作り、何で稼いでいくべきなのか。世界最強のブランドと言われた“メイド・イン・ジャパン”が、出口を求めて必死にもがいている。いま日本の製造業が直面している世界の地殻変動、それは、猛スピードで技術が陳腐化し、製品の差別化が難しく、しかも製品の寿命が超短命に陥っていることだ。メイド・イン・ジャパンの代名詞だったテレビ業界では、特にその傾向は顕著で、どんなに高度で精密な薄型テレビを作り出しても瞬く間に韓国台湾などアジア勢の猛追を受ける。少しでも安いモノをと考える消費者にとって、ライバルがある程度の技術力を持てば、日本製品の優位性は一気に崩れるのだ。こうした中、いま一度日本国内工場の存在意義を問う、「生き残りをかけた実験」が始まっている。東芝ではコストを度外視した超高機能テレビを作り技術力を極めようとする試みが佳境を迎えた。JVCケンウッドでは、自社生産にこだわらず、技術を中国メーカーに譲って製品を作らせ、そのライセンス料を企業収入にしていこうという動きも見られる。番組は、「日本は今後どうやって食べていくのか」、「日本人は何が得意なのか」と自問を繰り返す二つの電機メーカーの社運を賭けたプロジェクトに密着し、メイド・イン・ジャパンの未来を見つめていく。



・期待して見た番組だけに少しがっかりした。
冗長な仕上がりになっていて、NHKらしさがなかった。番組では東芝の高機能テレビを中心に開発舞台裏を報告した。ただ、ドラマが特になくヤマなかった。49分という時間を持たせるために、不要なシーンが散見され編集がイマイチだ。この内容なら経済ニュースの特集で8分程度にまとめられる。
題名からすると、もっと大きな問題提起をしてほしかった。唯一感じたことは、生産現場での開発に余裕が全くないということだ。新製品発表会を控えて逆算して間に合わせるが、綱渡りの感じがしてしまう。日本のモノづくりは一定の分野で着実に残っている。労働集約的なものよりも、職人技やソフト作りの伝統を活かしていくしかないだろう。

クリスマスを廃止すべし

クリスマスを廃止すべし
2008年11月8日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 バチカン放送によると、イギリスのオックスフォードの町で「今後は公にはクリスマスを挙行しないで、その代わりに『光の祭典』を行う」ことが決定された。その理由は「クリスチャンでない市民がいる。彼らの心情を傷つけてはならない」というものだ。その決定を知った多くの市民はショックというより、怒り心頭といったところだ。
 毎年さまざまな行事があるが、クリスマスはその中でも最大の祝日だ。神を信じる者、信じない者にとっても12月24日、25日のクリスマス祝日は欠かせられないものとなっている。それを「廃止する」というのならば、それなりの理由がなければならないが、「他宗派の市民に配慮して」というのだけでは、納得できないわけだ。バチカン法王庁文化評議会議長のジャンフランコ・ラヴァージ大司教は「反生産的な決定だ」と抗議している1人だ。
 実際、ユダヤ教徒やイスラム信者たちも同市の決定に反対している。その理由はシンプルだ。「クリスマスが廃止されたとなれば、自分たちの宗教の祝日も遅かれ早かれ同様の理由で廃止される可能性が考えられる」として、反対を表明し、クリスチャンたちと連帯している。
 米国の同時多発テロ事件(2001年9月11日)が発生して以来、キリスト教圏の欧米社会でイスラム・フォビア(イスラム教嫌悪)が拡大する一方、他宗派を怒らせる事を控えるべきだとして、自身の宗教的言動を過敏に抑制する傾向が見られだした。例えば、英国航空会社ではスチュワーデスが十字架のネックレスをかけて仕事をしていたが、「他宗派のゲストを不快にさせるかもしれない」としてネックレスの廃止を職員に要求した、といった事態が起きている。キリスト教社会では「クリスチャン・フォビア」(クリスチャン嫌悪)と呼ばれる現象だ。



・宗教が日常生活から遊離していく。欧州各国にとってキリスト教は文化そのもの。つまり、血肉化しているわけだ。ところが、その文化が薄れていく。無神論が拡がっているというよりも、価値相対化が進んでいるということだろう。他文化を尊重することは結構なことには違いないが、自分を文化を忘れては会話することができなくなる。かくいう私も、地域文化の共同性に背を向けてきた一人でありお祭りや行事にことごとく欠席してきた。それは性格的な歪みだと思っている。一方で、このような動きが進行していた。日本でも、同じようなことになっているのではないだろうか。

福音はとどいていますか34

「意味や価値がよく分からなくても、一日一日を大切にするより他に手のないことです。ですから、そのように単純に生きる人は、神を知らなくても神の子といってよいのです」(藤木正三)1-56神の子

・神を知らなくても神の子と呼ばれる人が確かにいます。生きていくことは願ったことではなく与えられたことという事実に生きるとき、難しい教義・教理を理解しなくても究極的人生態度を生きているといえましょう。素朴な生き方と笑われるかもしれませんが、情報に右往左往し何も決められない現代人よりも地に足のついた生き方です。

番組製作者が語る「よみがえる第二次世界大戦~カラー化された白黒フィルム~」

2009年8月 6日 大道映画人
柴田昌平 プロダクション・エイシア代表
 
第二次世界大戦の開始から今年で70年。
ナチスの台頭、ヨーロッパ戦線、そして太平洋戦。
埋もれていた記録映像を丹念に掘り起こし、
綿密な時代考証と地道な作業によって、
白黒映像をカラー化しようという試みを、
NHKとフランスの国際共同制作により行ったものです。

多くの方々が精魂こめて進めてきたプロジェクトの最後に
私は編集・構成として携わらせていただいたのですが、
カラー化された映像の力に、大きな衝撃を受けました。
たとえば戦場に投入された日本兵たちの姿。
過去の人ではなく、いますぐそこにいる隣人、
いや、自分自身の姿に見えてきます。
あるいはさっきまで笑っていた人たちが、
次の瞬間には想像を絶する虐殺の現場にいる・・・。
日常と戦場との境がいかに脆く崩れるのかを感じます。

番組を編集しながら、祈りつづけるような思いでいました。
平和を守るには、たえざる日常の努力が必要なこと、
人権という概念を、私たち人類は
どれほどの代償を経て得たものなのか、
改めて気づきました。

素材となった映像は、もともとは
プロパガンダ目的で撮影されていたものが大部分です。
また、アジア戦線など、映像が乏しい地域については、
残念ながら今回は触れらていません。
それでも、こうして記録として映像を残してくれたことで
私たちは多くのことを学ぶことができます。
第二次世界大戦をトータルに把握できる画期的な番組になったと思い、
一人でも多くの方にご覧いただきたいと思っています。

(スタッフ)
語り:黒沢保裕
音楽:川井憲次
監修:大森洋平 / ダニエル・コステル
音声:柳田敬大
映像技術:森田文雄 / 北澤孝司
映像カラー化:フランソワ・モンペリエ
タイトルデザイン:市川千鶴子
ディレクター:柴田昌平 / イザベル・クラーク
制作統括:片山純一 / ルイ・ヴォードビル 

国際共同制作 NHK / FTD / CC&C(フランス)



・このブログを見て、柴田氏の思いが伝わりました。

確かにプロパガンダ目的なのです。戦争遂行を目的に、その正義を自国民に知らせるためのものです。それが、歴史の一部分として残されたことは貴重であり、活字の上、記憶の上だけでなく映像として残っていることは重要です。日本兵の丸刈り頭を見ていると、70年前ですが、彼がいて家族があって戦争があったことが感じられます。それはモノクロやカラーといったものを超えて、彼らが生きていたことを実感させます。

番組中に、岩場から投身する女性の映像が見られます。従来は沖縄戦で追いつめられた島民が捕虜となることを拒んだためと言われています。この映像が別の戦いに用いられていました!? 

<空海>唐から持参の文献「三教不齋論」写本を発見

<空海>唐から持参の文献「三教不齋論」写本を発見 (毎日新聞)
2010年1月23日

 真言宗の開祖で知られる平安時代の弘法大師空海(774~835年)が中国・唐から持ち帰ったとされ、その後行方不明だった文献「三教不齋(さんごうふさい)論」の江戸時代末期の写本が、東京都立図書館所蔵の諸橋轍次(もろはし・てつじ)文庫にあるのを、藤井淳・高野山大学密教文化研究所委託研究員が確認した。空海が初期の著作「三教指帰(さんごうしいき)」で、仏教の重要性を説いた持論を裏付けたものとみられており、空海の研究に重要な発見となりそうだ。

 空海は「三教指帰」を24歳の時に著し、儒教、道教、仏教を比較した中で仏教が最高とする主張を展開した。空海は804年に唐に渡り、806年に帰国。その際空海が持ち帰った膨大な文献などの目録で朝廷に提出した「請来目録」が残っており、「三教不齋論」もその中に記されていたが、現物が残っていないためこれまで内容はまったく分からなかった。

 空海の思想を研究する藤井研究員は、儒教、道教、仏教の比較研究のための調査の過程で、諸橋轍次文庫にあるのを見つけた。縦25センチ、横16センチ、25ページで、文久元(1861)年に僧の良応が筆写したと書かれていた。内容も当時の唐の官僚が書いた比較思想論と判明。仏教は悟りを根本から求める点で優れているとしており、「三教指帰」と同様、仏教が最高の教えと結論づけていた。

 藤井研究員は「三教指帰で説いた『仏教が最高』という考えが、唐にもあったのを知った空海が、我が意を得たりと喜んで持ち帰ったのではないか」と話している。25日に高野山大学(和歌山県高野町)で開かれる研究会で発表する。【田原由紀雄、大森顕浩】



・まだまだ歴史を変えるような発見がある。歴史の醍醐味は、このような瞬間だね。

024 捨て去る自由があることを知れば心は軽くなる

余計なもの、もう使わないものを処分してみよう。長年心をまどわせていた心配ごとも、捨て去ろう。

・ゴミ屋敷がテレビで取り上げられる時代になった。捨てられない人、整理できない人たちが少なからずいる。

捨てるとは、余地を生むことだ。ゴミを処分すれば気持ちがいいだけでなく、新たな空間が生まれる。同様に、心も心配ごとに支配されていたら目の前の課題に立ち向かえない。

心の泉26

「イエズスが『ついてきなさい』と語られるとき、イエズスがどこで呼んでおられるのか、あれこれと考えるのはやめなさい」(アントニー・デ・メロ)1-403

Stop to think where he is calling when you hear him say: "Come"

・ついてきなさいって言う相手をまず見極めたいもの。ベテン師や詐欺師の類にはご注意を!イエスの弟子たちは、「ついてきなさい」という言葉にすべてを投げうって従った。それだけの重みがある言葉である。もし、あなたがもっとも信頼できる方からそう言われたら嬉しいことだろう。また、イエスは荒野で街道で街中で人の道、神の道を説かれた。どこにおいても、彼は自分が神と信じるものについて恥じないで語った。それだけ、イエスと彼の信じる神との意志が一致していた。イエスは、すべての中に神を見ていた。そして、自分自身の内にも神の生きる存在を感じていた。

浄霊代など650万円、TV人気霊媒師らを提訴

浄霊代など650万円、TV人気霊媒師らを提訴
2010年1月21日 読売新聞

 「浄霊代」名目で多額の現金をだまし取られたとして、名古屋市在住の主婦(49)が21日、熊本市の宗教法人「肥後修験遍照(へんしょう)院(通称・六水(ろくすい)院)」と、下ヨシ子主宰者ら幹部5人を相手取り、約950万円の損害賠償を求める訴えを名古屋地裁に起こした。

 下主宰者は、フジテレビ系列の「ほんとにあった怖い話」「奇跡体験!アンビリバボー」など多数のテレビ番組に、霊媒師として出演している。

 訴状などによると、女性は2002年、ヘルニアなどの体調不良や家族間の問題などの悩みをテレビ番組で紹介されていた同院に電話で相談。08年11月にかけて約50回にわたり、「浄霊代」「守護神代」などとして計約652万円を支払ったという。

 一方、同院は「女性の依頼に応えたもの」などとして、債務がないことの確認を求める訴訟を同地裁に起こしている。



・こうした悩みをタネにして民事裁判が繰り返される。マスコミに登場すれば、実力者とされて相談が急増する。彼らの仕事は疑似カウンセリングだから、それで気持ちが楽になる人も多いだろう。苦しみに対する原因を霊のせいにすることは分かりやすいから、繰り返して問題になる。霊媒という仕事は古典的なもので決して目新しさはないが、別の世界からのお告げは神秘的でもある。彼らの話は常識的なところに落ち着く。先祖を敬って供養を続けてくださいということに尽きると思う。こうした訴訟を起こすのは、クライアントの気持ちを汲み取る術に問題があるためだろう。バカバカしいと思うが、人間心理を考えるにはよい材料となる。


<以下追加引用>

「霊能力者」に賠償命令=テレビにも出演-名古屋地裁
2012/04/14 時事通信社

 霊感商法で多額の支払いを強いられたとして、名古屋市の50代女性が、霊能力者としてテレビ番組にも出演していた下ヨシ子氏らを相手に約960万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、名古屋地裁(堀内照美裁判長)は13日、下氏ら4人と宗教法人肥後修験遍照院(熊本市)に約610万円の支払いを命じた。

 堀内裁判長は、下氏らの行為について「女性を不安に陥れたり、畏怖させたりする行為で違法」と判断した。

 判決によると、下氏らは「守護霊を体内に入れないと不幸になる」などと女性の不安をあおり、儀式費用などの名目で2002~08年に計約530万円を支払わせた。


心の泉25

「イエズスのみことばは、聖餐式のクライマックス」(アントニー・デ・メロ)1-403

His words are an essential part of the eating of that bread.

・最後の晩餐の情景を、ことごとに黙想するというデ・メロ師のサダナ黙想の課題。わたしも、その晩餐に招かれて、その様子を体験しているとしよう。イエスの一言一言のことばと振る舞いに気をつけよう。これが最後だとは誰も思いたくないが、イエスの決心は変わらない。パンを分かち、新しい掟が与えられ、祈りをともにする。食事をともにしながら、あなたはイエスを体験しているのだ。

国際共同制作 よみがえる第二次世界大戦~カラー化された白黒フィルム~

国際共同制作 よみがえる第二次世界大戦~カラー化された白黒フィルム~

第1回 ヒトラーの野望
第2回 日米開戦
第3回 人類の“悪夢”

原題 APOCALYPSE - THE SECOND WORLD WAR -
制作年 2009年
国際共同制作 NHK/FTD‚ CC&C (フランス)

1939年9月、ナチス・ドイツのポーランド侵攻で始まった第二次世界大戦。
6年にわたる戦闘で、世界中が戦場と化し、数千万人の死者を出した史上最悪の戦争である。
2009年9月で戦争開始から70年がたつ。この間、戦争経験者の多くが世を去り、一方で若者たちが歴史への関心と知識を失うなど、世界各国で戦争体験は風化を続けている。戦争を何とか後世へ伝え、あの悲惨な出来事を繰り返すまいという思いは、日本だけでなく、世界の共通の願いである。
このような中で、記録映像をもう一度丹念に掘り起こし、その力をあらためて引き出そうというプロジェクトが進められてきた。最新のデジタル技術と綿密な時代考証により、白黒アーカイブ映像をカラー化し、第二次世界大戦の時代をよりリアルに再現する、という新たな試みだ。

第二次世界大戦は、小型化された映画カメラの発達により、戦闘の様子を動く映像で記録する初めての機会となった。戦争の様子は、各国の従軍カメラマンたちによって記録された。
今回、世界各地で眠っている記録映像を再発掘。フランスとの国際共同制作で、最新のデジタル技術を使い、白黒映像のカラー化を進めてきた。
色づけ作業は慎重に行われた。第二次世界大戦は、カラーのスチール写真も残され、兵器や軍服、日用品などの現物も多く残されている。それら1万件にのぼる色情報をデジタルでデータベース化。
映像1フレームごとに、細かい色づけ作業を行った。



・白黒フィルムにデジタル技術で色付けをおこなった。音声(効果音)は合成したものと思われる。

50分×3回シリーズで、第2次世界大戦の開始から終結までをダイジェストに伝えている。カラー化されて、より生々しく甦ったのかというと、たれプーさん♪はそうでもなかった。映像に惹きつけられるというよりは、どのように世界大戦を物語るかということに関心があった。米国などは当時貴重だったカラーフィルムを使って、多くの映像を残し公開してきている。例えば、沖縄戦の10フィート運動は記憶にあるし原爆投下直後の映像も公開されている。

この大戦は、映像を駆使した初めての戦争ということもいえるだろう。もう70年ほど前の映像であるが、映っている人たちはリアルである。その一人一人に家族があり職があり人生があった。それが戦争という機会に、前線と銃後に分かれて見ず知らずの土地で、他国人と殺しあう。この大戦は、総力戦ということに尽きるだろう。その過程で、無差別爆撃や人体実験、ホロコースト、原爆…といった現象が起こった。

この番組の意図は、歴史の風化を防ぐということだろう。もはや戦争を知らない世代が大多数を占めてきた。幸いに、第三次世界大戦は起こっていないが、代理戦争やテロ戦争といった地域的紛争はなかった時期がないほどである。ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン…などの独裁者が悪いのではない。独裁者に全権を委ねて判断を放棄した国民が最終的には責めを負うことになるだろう。

心の泉24

「死に臨み、目を閉じる間際に最後に見ておきたいものは、何だろう?」(アントニー・デ・メロ)1-403

What is the last thing you disire to see before you close your eyes in death?

・人生の最期にしたいことは何だろう。家族・友人と語る。美味しいものを食べる。じっとしている。それを見ると、その人生が分かる。人は生きてきたように死んでいくのである。

仏教名句15

四十九年一睡の夢 一期の栄華一盃の酒
嗚呼柳は緑に花は紅なり  (上杉謙信)

・柳は緑、花は紅
つまり、あるがままということ。

すべては一瞬のこと、一事のこと。

信者の教会脱会が急増

信者の教会脱会が急増
2010年1月18日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 オーストリアのローマ・カトリック教会で昨年度、5万3216人の信者が教会から脱会した。前年度比(4万0654人)で約30・9%の急増だ。オーストリアのカトリック信者数は約553万人。教会の新規信者数は4650人だった。
 アルプスの小国オーストリアのカトリック信者数は2008年、全人口の約67%。1951年ではその割合はまだ約89%だった。
 信者の脱会が昨年、急増した背景として、リンツ教区のワーグナー神父の「天罰発言」の影響が挙げられている。
 ワーグナー神父は、ハリケーン・カトリーナ(2005年8月)が米国東部のルイジアナ州ニューオリンズ市を襲い、多くの犠牲者を出したことについて、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではない」と述べ、「神の天罰が下された」と宣言して憚らない。また、「同性愛者は病人だ」と語り、大きな波紋を投じた聖職者だ。同神父は昨年2月初め、べネディクト16世から補佐司教に任命されたが、物議発言の責任をとる形で任命を辞退している。
 ちなみに、同国で戦後、教会信者の大量脱会を引き起こした最初の出来事は1990年代、同国教会最高指導者グロア枢機卿が教え子に性犯罪を繰り返していたスキャンダル事件だ。第2はサンクト・ペルテン教区の聖職者たちの性スキャンダル事件(2004年)。そして今回のワーグナー神父の「天罰発言」問題と続く。各事件後、大量の信者たちが教会から去っていった。
 同国の教会聖職者は「信者が教会から背を向ける直接の理由は確かに聖職者のスキャンダル事件があるが、それ以外のさまざまな理由が複雑に関与している」と分析する。すなわち、聖職者のスキャンダル事件は平信徒の教会脱会決定への最後の一撃となるかもしれないが、そこに到るまでには、教会指導部への不信感や不満が山積している、というわけだ。
 同国では、カトリック信者の脱会が進む一方、イスラム教徒の移住者が年々、増加している。



・非常に憂うべき数字ですね。
その背景には、いろいろな要因があったと記事では述べている。カトリックの趨勢については知らないことばかりであるが、欧州では厳しい環境にある。アジアやアフリカに活路を求めているのも理解できる。

023 物事を単純にとらえればすべてうまくゆく

「思想家とは、物事を単純にとらえることができる人のことである」
「本当にいいものというのは、どこかに抜けたような無頓着さがあるものだ」(ニーチェ)

・抜けたような無頓着さ

本当の弛緩とは、抜けたようなものだ。ネコがリラックスしつつも外敵に素早く反応するように、柔軟さとは柔らかさと強さを同時に持っている状態にある。

みつを14

「イエスの生涯を占有したのは、人類ではなく、父なる神であることを福音書は明白に描いている」(アントニー・デ・メロ)2-73

・イエスを隣人のために生きた人と評することもできるが、彼の関心は何が御心なのかを探る旅であった。


**なみだで洗われたまなこは きよらかでふかい

・涙を出さなくても、こころの中で泣いているから次に進めるんだ

「羊飼い」と「羊たち」の関係

「羊飼い」と「羊たち」の関係
2009年02月13日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 当方は先月、「オーストリアで昨年度、ローマカトリック教会脱会者数が増加した」と報じたばかりだが、リンツ教区のワーグナー神父の補佐司教任命が今月初めに明らかになると、教会に背を向ける信者たちがオーストリア全土で増加してきた。同国日刊紙が11日付で一斉に報じた内容だ。
 ワーグナー神父(54)の補佐司教任命についてはこの欄でも紹介した。同神父は、世界の子供たちを虜にしているハリー・ポーターの本を「悪魔の業だ」と一蹴し、ハリケーン・カトリーナ(2005年8月)が米国東部のルイジアナ州ニューオリンズ市を襲い、多くの犠牲者を出したことについて、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではないだろう」と述べ、「神の天罰が下された」と宣言して憚らないカトリック根本主義者だ。最近では、「同性愛者は病人だ。治療できる」と語り、大きな波紋を投じている。
 同神父の補佐司教任命について、教区の信者たちばかりか聖職者の中からも「理解できない」「教会を分裂させる人事だ」といった批判が飛び出してきた。平信者たちの教会刷新運動「わたしたちは教会」は信者たちに教会税の支払い拒否を呼びかけているほどだ。
 例えば、リンツ市のオーバーエスタライヒ州では先週1週間だけで110人のカトリック信者が脱会。ウィーン大司教区では今年に入り既に1582人が脱会している、といった具合だ。
 注目すべき点は、信者たちの反応が予想以上に早いことだ。教会脱会は多くの信者にとって決して容易なことではなく、長く悩んだ末に決定する、というのがこれまでのパターンだった。それがインターネット時代の今日、聖職者の性スキャンダル事件が暴露されると、その翌日から信者たちの教会脱会が急増する、といった状況だ。
 羊飼い(聖職者)が問題の対応で手間取っていると、牧場(教会)に羊たち(信者たち)が1匹(1人)もいなくなるのではないか、といった懸念も考えられるほどだ。



・カトリック根本主義、そんな表現もあるのか…

天罰発言は、ほとんどビョーキ発言に聞こえる。確かに中絶に対してはカトリックは厳しい態度で臨んでいると思うが、ハリケーンとは関係ないだろう。記事にあるように、熟考して止めるのではなく発作的に脱会ということにもなりえる。バチカンは、綱紀粛正で信者をつなぎ止めようとするだろうが現実が先に行っているようだ。

難度海28

   慈育日日

私のウヌボレを
気づかせる材料を
次からつぎへ
そっと並べてくださる
如来さま 無言のままで

・苦しみ、悩みは自分自身の自惚れを気づかせてくれるものなのです。
自惚れが強すぎるから、何度も何度も教えてもらわないと忘れてしまいます。
そっと気づかせてくれるのが、天の恵みです。
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