映画(DVD)・単行本 「女教皇ヨハンナ」

映画 「女教皇ヨハンナ」

独で2009年10月公開

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“Die Päpstin(Pope Joan)”(独・英・伊・西共同制作)

 監督:Sönke Wortmann(ゼンケ・ヴォルトマン)
 出演:Johanna Wokalek(ヨハンナ・ヴォカレック)、David Wenham(デイヴィッド・ウェナム)、John Goodman(ジョン・グッドマン)

 9世紀のドイツに生まれた娘が女であることを隠して、法王にまで上りつめるというドナ・W・クロスの小説『女教皇ヨハンナ』の映画化。日本未公開。

Die Päpstinのドイツ公式サイトはこちら  http://www.die-paepstin.film.de/


Die Päpstin - Trailer


ブログ:ホビットの家
    「女教皇ヨハンナ」のDVD 2011年04月18日

《原作》
女教皇ヨハンナ (上) ドナ・W.クロス 阪田 由美子 /草思社
女教皇ヨハンナ (下) ドナ・W.クロス 阪田 由美子 /草思社
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フロム・イーブル ~バチカンを震撼させた悪魔の神父~

フロム・イーブル ~バチカンを震撼させた悪魔の神父~
DELIVER US FROM EVIL

神父が危険な少児性愛者であると知りながら、彼をかばい続けた教会。その後30年間にわたって、神父は子供たちを虐待していく…。本人、被害者たちのインタビューも収録した、衝撃的なドキュメンタリー。

2006 / アメリカ / 101min
【監督】
Amy Berg(エイミー・バーグ)
【製作スタッフ】
Ray Baldwin(レイ・ボールドウィン)
Michael Brown(マイケル・ブラウン)
Amy Berg(エイミー・バーグ)



ライナーノーツ from 後藤啓二

「フロム・イーブル」は、カトリック教会の神父による子どもたちへの性的虐待の実態を記録したドキュメンタリー映画である。何十年にわたりおぞましい性的虐待を続けてきた神父と、それを知りながら握りつぶし、被害を拡大させた司教らカトリック教会の幹部らの腐敗堕落が浮き彫りにされている。
本映画によると、アメリカだけで10万人以上の被害者が存在し、多くは大人になってもトラウマを抱え苦しんでいる。カトリック教会の神父の10%は虐待者であり、4世紀以来続いている問題であるという。本映画では、大人になった被害者やその親たち、長年虐待を行ってきた元神父、告発を行ってきた一部の神父や弁護士、警察官たちの証言を通じて、これらの問題を明らかにしている。
子どもに対する性的虐待を行う者が絶対に許されぬ犯罪者であり、厳罰に処せられるべきであることは言うまでもない。しかし、本映画で明らかになったのは、それと同等に許せないカトリック教会の対応である。神父による性的虐待を知りながら、自らの保身のためか、カトリック教会の「権威」を守るためか、隠ぺいし、うそをつき、被害者の訴えを門前払いにし続けてきたカトリック教会は誠に許しがたい。本映画では、カトリック教会に抗議する子どもたちのプラカードに「犯罪者でなく子どもたちを守って」と書かれてあった。何をかいわんやである。
このようなことを企業なり政府が行ったとしたら、企業は倒産し、政府は政権交代を国民から迫られる。しかし、宗教団体にはそれがないということだろうか。コンプライアンスやリスク管理という考えを持ち出すまでもなく、かかる不誠実な対応はおよそ許されないのであるが(宗教団体であればなおさらである!)、いまだにかかる対応をとり続けているというのは信じられない思いである。宗教団体の閉鎖性を考えさせられる。
わが国でも、児童虐待、中でも性的虐待の問題が大きな社会問題になっている。子どもに対する性的虐待の多くは、父親や兄、教師、スポーツ等の指導者、教会関係者たちによりそのほとんどがなされている。保護者や指導者的立場にある者は、子どもに対する支配的・指導的立場にあることから、性的虐待を行いやすく、被害を受けた子どもも訴えることが極めて困難な立場にある。性的虐待はごく一部しか外部に明らかにされず、大部分の子どもは苦痛にあえぎながら助けを求められない現状にある。性的虐待を少しでも少なくするための施策が早急に必要である。虐待行為を行った者に対する厳罰化、虐待を受けている子どもが被害を訴えやすくするための子どもが容易に相談できる電話相談や駆け込み寺等の体制の整備、医師、教師等による発見・通報活動の励行などできることは何でも実施しなければならない。
わが国は、国際社会からの批判を浴びながらも、いつまでたっても児童ポルノの単純所持を法律で禁止しようとせず、子どもを性の対象とすることを容認する社会である。子どもに対する性的虐待についても、「臭いものにふた」的な考えで、正面から対策を講じているとは言い難い。性的虐待はカトリック教会のみでなされているわけではない。わが国のいたるところで行われており、われわれはカトリック教会を偉そうに責めることができる立場にはない。本映画を見て、わが国を含め全世界の一人でも多くの人々が、子どもを守るための取組に立ちあがることを期待したい。



【DVD情報】

フロム・イーブル ~バチカンを震撼させた悪魔の神父~
松嶋×町山 未公開映画を観るTV [DVD]

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「DELIVER US FROM EVIL」

神父が危険な少児性愛者であると知りながら、彼をかばい続けた教会。
その後30 年間にわたって、神父は子供たちを虐待していく・・・。
本人、被害者たちのインタビューも収録した、衝撃的なドキュメンタリー。

※12歳未満の年少者の観覧には、親又は保護者の助言・指導が必要です。

監督: エイミー・バーグ
販売元: アニプレックス
DVD発売日: 2011/02/23
時間: 101 分




【追加記事】

「聖職者の不祥事」が続く教会
2011年5月8日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 欧米のローマ・カトリック教会では昨年、聖職者の未成年者への性的虐待事件が次々と発覚し、教会はその対応に大慌てとなったが、年が明けると教会側もメディア側も「この問題は終わった」といった感じが強い。それでは聖職者の性犯罪が起きていないのか、といえばそうではない。余り報道されないだけで、欧米各地の教会では聖職者のさまざまな不祥事が報告されている。
 ベネディクト16世の出身国、独ケルン大司教区のマイスナー枢機卿は5日、「自分は同性愛者だ」と宣言した神学者ダビット・ベルガー氏に対し、学校での宗教授業の教師資格を剥奪した。その理由について、「ベルガー氏に弁明の機会を与えたが、同氏は自身の見解を変える意思のないことを表明した。同氏は教会の道徳・倫理的規約から明らかに離れている。もはや回復の余地はない」からという。
 それに対し、ベルガー氏は「教会には多くの同性愛者の神父や修道僧、宗教教師がいる。彼らは自分が同性愛者であると告白したことを感謝している」と述べている。ベルガー氏はローマの聖トマス・アクィナス法王アカデミーのメンバーで、雑誌「神学的なもの」の発行人兼編集長であった。同氏は昨年11月、同性愛者としての体験を綴った「聖なる仮象」というタイトルの著書を出版している。
 また、バチカン放送(独語電子版)によると、バチカン法王庁は、児童ポルノ関連書籍などを所持していたことを認めたカナダ教会のレイモンド・レヘイ司教に対し、教会法に基づき、処罰調査を開始した。同司教は2009年まで4年間、アンティゴニッシュ教区責任者だった。同司教は09年9月、空港での検査で児童ポルノ関連資料が見つかった。その直後、同司教はベネディクト16世に辞任を申し出、受理されている。
 オーストリアで昨年12月、オーバーエスタライヒ州のカトリック教会慈善団体「カリタス」の22人の関係者が1960年から80年代にかけ、未成年者に性的虐待を犯していたことが発覚したが、事件が既に時効となっていたため、当地の検察庁は調査を停止している。
 ベルギー教会では昨年4月以来、聖職者による未成年者への性的虐待事件が次々と発覚し、大混乱を呈したが、昨年4月に甥に対する性的犯罪を理由に辞職したロジャー・バンゲルーべ元司教は今年4月14日のテレビのインタビューの中で、1973年から86年の間、別の甥に対しても性的虐待を犯していたことを認めた。ベルギー教会では、第2バチカン公会議で「ペリトゥス」(専門助言者)を務めたフランソワ・フタール神父(85)が、1970年代、当時8歳の甥に性的虐待を加えたことを認めている、といった具合だ。
 スイスのジュネーブで一人のローマ・カトリック神父が今年2月11日、自殺した。同神父は今月初め、2件の未成年者への性犯罪嫌疑を受けたばかりだ。また、ベルギーの神父は今月5日、自殺している。同神父は3週間前、ぺドフィリア(小児愛者)の疑いで告訴されている。同神父は長い間、アフリカで宣教活動をしていた。

 上記に挙げた聖職者の未成年者への性的虐待や不祥事は、残念ながら、氷山の一角に過ぎない。



性犯罪を犯した神父の「自殺」
2011年2月15日 ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 スイスのジュネーブで一人のローマ・カトリック神父が11日、自殺した。現地メディアが報じた。同神父は今月初め、2件の未成年者への性犯罪容疑を受けていた。
 未成年者への性的虐待は許されない罪である。同時に、命を自ら絶つことも大きな罪だ。それより以上に哀しいことは、神父は未成年者への性的行為が罪であることを誰よりも良く知っていたこと、そして自殺が神の悲しみとなることも分かっていたことだ。その意味で、スイスの神父の自殺は二重の痛みだ。
 アイルランドのローマ・カトリック教会で聖職者の性犯罪が暴露されて以来、ドイツ、ベルギー、オーストリア、スイスなど欧州各地のカトリック教会で聖職者による性犯罪が次から次と明らかになっていった。多くのケースは時効のため、性犯罪を犯した聖職者は教会内の聖職を失うだけで法的な処罰を受けたケースはこれまでほぼ皆無だった。
 神父の自殺を知った時、「聖職者が結婚し、家庭を築くことができたら、独りで悩み苦しむことはなかっただろう」という思いが一層、強まった。
 バチカン日刊紙オッセルパトーレ・ロマーノは13日、「バチカン聖職者省長官マウロ・ピアチェンツァ枢機卿は、聖職者の独身義務はエロと性の氾濫する社会の中で預言者的意義を帯びている」と語ったという。独身制を擁護した同枢機卿は世界教会の約25万人の聖職者の総責任者だ。
 ローマ・カトリック教会総本山のバチカン法王庁は「聖職者の独身制は神父や修道僧らの性犯罪問題とは関連がない」と主張し続けてきたが、果たしてそうであろうか。もちろん、独身制を廃止したからといって聖職者の性犯罪が皆無となるとは思わないが、確実に減少するはずだ。
 独与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の著名な8人の政治家は先月21日、ベルリンで「カトリック教会の司教たちは既婚聖職者の聖職を認め、聖職者の独身制を廃止すべきだ」と公式表明し大きな衝撃を与えたが、同時期、ローマ法王べネディクト16世の出身国の228人のカトリック神学者が聖職者の独身制の再考などをバチカンに呼びかける覚書「教会2011年、必要な出発」に署名しているのだ。これらの反応は聖職者の性犯罪事件が大きな契機となって生まれてきたものだ。決して偶然の叫びではない。
 一人の神父の自殺は聖職者の独身制の再考が急務であることを改めて明らかにしている。


トルストイが18歳で書いた「人生のルール」

トルストイが18歳で書いた「人生のルール」

1.早く目覚めること(朝の5時)
2.早く床につくこと(夜の9時から10時)
3.飽食を避け、甘い物も避けること
4.目標をもつこと。人生全体の、人生のある段階の、そしてさらに短い段階と、一年、一ヶ月、一週間、一日の、毎時間の、毎分のそれを。そして程度の低い目標をより高い目標のために犠牲にする
5.女性を避ける
6.欲望は仕事で打ち消す
7.善良であれ。できれば誰にもそれを悟らせないように。
8.身の丈に対して倹約して生活するようにする
9.たとえ十倍裕福になったとしても、生活のスタイルを何も変えることがないようにする


Get up early (five o’clock)
Go to bed early (nine to ten o’clock)
Eat little and avoid sweets
Try to do everything by yourself
Have a goal for your whole life, a goal for one section of your life, a goal for a shorter period and a goal for the year; a goal for every month, a goal for every week, a goal for every day, a goal for every hour and for evry minute, and sacrifice the lesser goal to the greater
Keep away from women
Kill desire by work
Be good, but try to let no one know it
Always live less expensively than you might
Change nothing in your style of living even if you become ten times richer


10 "Rules of Life" from Tolstoy. What Are Your Rules?

裏辻洋二(イエズス会・司祭)

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裏辻洋二(イエズス会・司祭)


【著書】
日々の糧 ― 聖霊と御言葉と祈りミサの説教から

【翻訳書】
東洋の瞑想とキリスト者の祈り アントニー・デ・メロ
何を、どう祈ればいいか アントニー・デ・メロ
蛙の祈り アントニー デ・メロ

意表をつく神 ジェラード・W. ヒューズ、Gerard W. Hughes

聖書についての101の質問と答え レイモンド・エドワード ブラウン、Raymond Edward Brown

いのちの福音〈ペトロ文庫〉 教皇ヨハネ・パウロ二世

【共訳書】
神の大いなる計画 フィオ・マスカレンハス、Fr. Fio Mascarenhas, S.J.

「病者の祈り」(作者不詳)

「病者の祈り」

大事をなそうとして力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと弱さを授かった

より偉大なことができるように健康を求めたのに
より良きことができるようにと病弱を与えられた

幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった

世の人びとの賞賛を得ようとして権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと弱さを授かった

人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにといのちを授かった

求めたものはひとつとして与えられなかったが
願いはすべて聞かれた
神のみこころに添わぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
わたしはあらゆる人の中で最も豊かに祝福されたのだ

(ニューヨークの物理療法リハビリテーション研究所の壁に刻まれている無名一患者の作)


<英語原文>

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve
  I was made weak, that I might learn humbly to obey...

I asked for health, that I might do greater things
  I was given infirmity, that I might do better things...

I asked for riches, that I might be happy
  I was given poverty, that I might be wise...

I asked for power, that I might have the praise of men
  I was given weakness, that I might feel the need of God...

I asked for all things, that I might enjoy life
  I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing that I asked for -- but everything I had hoped for

Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
  I am among all men, most richly blessed!

  Author unknown

This creed is hung on a wall at a waiting room of Institute of Rehabilitation Medicine, 400 East 34th Street NYC.


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すのはらの「春原主義」

YouTube動画 テゼ共同体の歌声


テゼ: わが心 たたえよ主を (Taizé: Bless the Lord)


・テゼ共同体のCDは、女子パウロ会から発売されています。

声楽・歌詞付き・女子パウロ会制作(全6種)


My Soul is at Rest~魂の憩い テゼの祈り~
O Lord, hear my prayer~祈りへの招き テゼの祈り~
ベニサンクテスピリトゥス~テゼの祈り~
カンターテ~テゼの祈り~
アレルヤ~テゼの祈り~
ジュビラーテ「歓喜」~テゼの祈り~

Web講座 佐藤優 : キリスト教神学概論

佐藤優 : キリスト教神学概論 (平凡社)

http://webheibon.jp/blog/satomasaru/

ひびの入った壺と完全な壺 (作者不詳)

ひびの入った壺と完全な壺 (作者不詳)

一人の中国人老女が2個の大きな壺を持っていました。
てんびん棒の両端に1個ずつ下げ、それを肩にしょって水を運ぶのです。

1個の壺は傷ひとつなく完全で、
いつもふちまでいっぱいに水をためておくことができましたが、
もう1個の壺にはひびが入っていました。

老女が小川で水を汲み、長い道のりを歩いて家に着くころには、
ひびの入った壺に入れた水は半分に減ってしまっていました。

丸2年もの間毎日毎日この調子でした。
老女は壺1個半の分量の水しか家に持って帰ることができませんでした。

当然、満杯で水を運べる完全な壺は鼻高々です。

一方、ひびの入った不完全な壺は恥ずかしくてしかたがありません。
本来の力量の半分しか発揮できない自分がとてもみじめでした。

2年も辛酸をなめてきたある日、ひびの入った壺は小川のほとりで老女に話しかけました。

「私は自分が恥ずかしくてたまりません。
この脇のひびのせいで、せっかくの水があなたの家に向う途中ずっと漏れ出てしまうのですから。」

老女は微笑んで答えました。
「気が付いていたかい? 
お前が通る側の道端には花が咲いていて、
もう一つの壺が通る側の道端には花が咲いていないことを。」

「お前の欠陥はずっと前からわかっていたよ。
だから、私はお前が通る側の道端に花の種をまいておいたのさ。
私たちが家路につくたびに、お前が花の種に水をやっていたんだよ。」

「おかげで2年の間、私はここからきれいな花を摘んで家の食卓に飾ることができたのさ。」

「今あるがままのお前がいなかったら、この家をこんなに美しく彩ることはできなかったんだよ。」

私たち一人ひとりには、他の人にはないユニークな欠陥があります。
でも、一人ひとりがひびや欠陥を持っているからこそ、
一緒に生きていくことがこれほどおもしろくて実りも多いのです。
ですから、一人ひとりをありのままに受け入れ、
一人ひとりの内に善を見いだそうではありませんか。



An elderly Chinese woman had two large pots, each hung on the ends of a pole which she carried across her neck.

One of the pots had a crack in it while the other pot was perfect and always delivered a full portion of water.

At the end of the long walks from the stream to the house, the cracked pot arrived only half full.

For a full two years this went on daily, with the woman bringing home only one and a half pots of water.

Of course, the perfect pot was proud of its accomplishments.

But the poor cracked pot was ashamed of its own imperfection, and miserable that it could only do half of what it had been made to do.

After two years of what it perceived to be bitter failure, it spoke to the woman one day by the stream.

''I am ashamed of myself, because this crack in my side causes water to leak out all the way back to your house.''

The old woman smiled, ''Did you notice that there are flowers on your side of the path, but not on the other pot's side?''

''That's because I have always known about your flaw, so I planted flower seeds on your side of the path, and every day while we walk back, you water them.''

''For two years I have been able to pick these beautiful flowers to decorate the table.''

''Without you being just the way you are, there would not be this beauty to grace the house.''

Each of us has our own unique flaw. But it's the cracks and flaws we each have that make our lives together so very interesting and rewarding. You've just got to take each person for what they are and look for the good in them.



★ひびの入った壺と完全な壺(作者不詳 シスター Mary )
 日本語訳。小熊晴代さんのブログです。
 http://stjohn0105.exblog.jp/11059971/

★造られたもので無駄になるものはない。
 2009.05.07 マラナタ 主よ 来て下さい
 http://www.hatashinpu.com/log/eid224.html

月刊誌『毎日の黙想』 (聖母の騎士社) と 「THE WORD AMONG US」(Web)

おすすめ「毎日の黙想」 THE WORD AMONG US

今日は、みことばの泉社から毎月発行されている「毎日の黙想」という小冊子をご紹介したいと思います

「毎日の黙想」はアメリカの THE WORD AMONG US 誌を抄訳した日本語版で、毎日のミサの中で朗読される聖書のみことばのうちの一つを解説したもの。
毎日の祈りの時間にその日の聖書の箇所を祈りながら読むことが勧められています。

心の琴線にふれることばがあふれていて、今までどんなに助けられたことか
この箇所はあの人にいま必要な言葉かもと友人にメールすることも
ある神父なんてお説教でぱくったりしてそれだけ良いテキストだということですね
だから、毎日忙しくても疲れていても「今日のみことば」とこの「毎日の黙想」は絶対に目を通すようにしています聖書の箇所はできるだけ聖書を開いてという近野神父様の言葉を守りながら…

申し込みはハガキで
〒489-8691
  郵便事業会社 瀬戸支店 私書箱47号
  毎日の黙想(みことばの泉社) 担当者宛
   

新規申し込み(○月号より△部)
①名前(フリガナ)②郵便番号、住所③電話番号、FAX番号を書いて送ってください

ちなみに年間購読料は4.800円(送料込)です。



2010年9月号から発行が「みことばの泉社」から「聖母の騎士社」へ引き継がれたため、連絡先等が変わっています。改めてお知らせしますので、お間違いのないようお願いします。

申し込みは 聖母の騎士社 です。

〈聖母の騎士社の連絡先と注意事項〉

 電話、FAX、はがき での連絡先を記します。
 電話での受け付けは、以下の営業時間となっております。

 平日  9:00~12:00、13:00~17:00
 土曜  9:00~12:00
 日曜祭日 お休み

 となっております。ただし、お正月、Gウィーク、お盆の時期はお休みとなっております。

 弊社には、1階にサービスコーナー(売店)がございますが、売店営業時間も
 上記受付時間及び、日曜、祭日の10:00~15:00となっております。
 ただし、お正月、Gウィーク、お盆の時期はお休みとなっております。

 〒850-0012 長崎市本河内2-2-1
 聖母の騎士社
 電話 095-824-2080  FAX 095-823-5340
 メール info@seibonokishi-sha.or.jp

申し込みの際に
①氏名②住所③郵便番号④電話番号⑤希望開始号 を伝えてください。

年間購読料は4.800円(送料込)のままです。



イエスの涙 めーちゃんのブログ
 http://iesunonamida.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/the-word-among-.html

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翻訳者・小熊晴代(旧姓:中谷晴代)と月刊誌『毎日の黙想』(聖母の騎士社)について

小熊 晴代(旧姓:中谷 晴代)

1959年 富山県高岡市に生まれる。
1979年 ミズーリ州立大学コロンビア校(交換留学生)
1983年 上智大学大学院英米文学博士前期課程修了。

1990年 米国ステューベンビル・フランシスカン大学大学院神学博士課程修了。
      (Franciscan University of Steubenville)

聖霊女子短期大学専任講師を経て、現在のおもな仕事は月刊誌『毎月の黙想』(聖母の騎士社)翻訳・校正。
訳書『主のまなざしの中に』(ヴェリタス出版社)『ひとりきりのとき人は愛することができる~Call to Love Meditations』『行きづまったとき』(女子パウロ会)『愛と性の結婚生活』(共訳・サン・パウロ)『聖霊と教会』(共訳・聖母の騎士社)

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ルフス・ペレイラ神父(左)と通訳:小熊晴代

◆『毎日の黙想』(聖母の騎士社)訳文編集者:小熊晴代

『毎日の黙想』は、米国のTHE WORD AMONG US誌の「日々の黙想」部分を訳した日本語版月刊誌です。
 毎日のミサの中で朗読される聖書のみ言葉から一か所を取り上げて黙想のヒントになる解説や証しが紹介されています。

『毎日の黙想』誌は、発行月の約2カ月半前に The Word Among Us 誌(http://wau.org/)から英語の原稿が届きます。
 黙想部分は数人の翻訳者に分けて送信し、約3週間後に私の手元に日本語訳が送られてきます。
   
 英語版は日々日の黙想に加えて毎号随想や他の記事が掲載されており、充実しているのですが、日本語版は翻訳者の人手不足ゆえに随想は待降節号と四旬節号に限定しています。

 定期購読が主体ですが、JR四ツ谷駅赤坂口をはさんで両側にある聖イグナチオ教会案内所とサンパウロ東京宣教センター2Fでも購入できます。一部400円です。

なお、英語の原文は、公式サイトの Today's Meditation (http://wau.org/meditations/current/)からどうぞ。
登録すると2週間無料閲覧、その後は有料。無登録の場合、掲載記事は読めますが、日々の黙想は現地時間で当日の分のみ閲覧できるようです。


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