この杯が飲めますか?15

「『しかし、わたしの願いどおりでなく、御心のままに』(マタイ二六・三九)と。しかしそれは、意志の強さ、確固たる決意と大いなる勇気の見せ場としてではなく、傷つけられたイエスの心が出来うる限りの、最愛の御父への深い霊的な受諾だったのです」(ヘンリ・ナウエン)1-31

・イエスが胸を叩きながら語った言葉とは思えない。傷ついて、瀕死の中でも彼は語るだろう。それが理不尽なことであっても、成されている現実に従うことこそが御心なのである。
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この杯が飲めますか?14

「イエスは、こぼれるほどの悲しみ満たされた杯を飲めない、と感じていました。それなのになぜ、イエスは『はい』と言えたのでしょうか?彼は、裏切りを超えた信頼、絶望を超えた委託、恐れを超えた愛を体験しておられたのです」(ヘンリ・ナウエン)1-30

・愛されているという体験をすること、継続して気づくことがなかなかできない。

この杯が飲めますか?13

「イエスの姿は時間と空間を超えて、さらし者として十字架にかけられ、苦悩している全ての人々、私たちの姿でもあるのです。イエスの杯は悲しみに満ちた杯であって、イエスご自身のものではなく、全人類のものだったのです。その杯は、肉体的、精神的、霊的なあらゆる苦悩に満ち満ちたものだったのです。飢餓、拷問、拒絶、放棄、耐えがたい苦悩の杯なのです」(ヘンリ・ナウエン)1-29

・ナウエンの見方が色濃く反映されている。苦悩から歓喜へという逆転が…。

この杯が飲めますか?12

「カナダの小さな共同体で私たちが体験する悲しみは、都会の人々の悲しみや、国中の悲しみ、ひいては世界中にある全ての悲しみに比べてどうだと言うのでしょう? 世界中には、飢えている孤独な人々、部族紛争や残酷な戦争で放棄された死体の山が……。そうです。数限りない悲しみの姿が、そこにはあるのです。一人ひとりの悲しみにとっての悲しみは、その人にとっての悲しみであると同時に、皆のものなのです」(ヘンリ・ナウエン)1-28

・悲しみの普遍性を語ります。大事な点は、その人の悲しみが皆の悲しみということです。だからこそ、隣人を愛することから始める必要があるのです。飢えている人はアジアやアフリカの奥地にいるのではありません。

この杯が飲めますか?11

「思春期に、自分を愛してくれる人を捜し求めたあの心の葛藤は、依然残っています。未熟な大人として、他人に認めて欲しいと願った欲求も、変わらず私の心の中に満たされないままです。それ以上に、未だに理想の自分になれず、あれほど熱心だったのに、神は自分の望んだことを叶えてはくださらなかったのです」(ヘンリ・ナウエン)1-27

・ナウエンの人気は、このあたりの自己告白にあると言えるでしょう。とても正直に内面を語ります。米国有名大学で教鞭をとっていた神学・心理学者として誇れるものがあったはずです。しかし、内面は上記のような葛藤を抱えて難儀していたことは、当事者でないと語れないことです。彼にとって理想の自分になれないことは驚きですが、それが事実なのかもしれません。

この杯が飲めますか?10

「しかし、今では、わたしの悲しみは、私自身のものとして、消えることがないことが分かってきたと思います。事実、その悲しみは、ずっと以前からあり、心の奥底に潜んでいて、どんな前向きな考え方も楽観主義も、それをかき消すことはないでしょう」(ヘンリ・ナウエン)1-27

・自分の抱える悲しみに向き合うことは大変勇気がいることです。現代人は、安直にノウハウ本でものごとを処理しようとします。こころの問題すらも、心理学カウンセラーや霊的な職業家たちに頼ってしまいます。楽観的なものの見方は大切には違いないのですが、それは自分自身を突き詰めた先に起こる境地だと言えましょう。

この杯が飲めますか?9

「周りには、年齢、国籍、宗教の違う人々が、傷ついた彼らの手助けをしようと、集まってきますが、かえって、彼らのあまり表面に見えない、しかし自分たちげ現実に今直面する多くの悲しみ――破壊された家庭、満たされない性生活、キャリア不信、そして何よりも辛い複雑な人間関係など――の縮図をそこに見出すのです」(ヘンリ・ナウエン)1-26

・デイブレイクで過ごしたナウエンにとって、障がい者である仲間とスタッフ、また各地からやってくる人たちに同じ思いを抱いていた。皆同じ境遇を生きているに過ぎなかった。一番弱い小さなものと考えていた人たちと同様の破れを誰もが抱えている。一方で、障がい者で世話する人から感じる暖かさ、くったくのなさを感じるナウエンであった。

この杯が飲めますか?8

「私の人生は、私だけのもの。誰も私に与えられたのと同じチャンスは持っていないし、私はユニークであるからこそ孤独でもあるのです。いろいろな人が、私自身の人生を歩んで行く道で、助けてくれるけれど、どのようにそれを生きるかは、私自身の選択にかかっています」(ヘンリ・ナウエン)1-20

・私たちは様々な社会的制約にがんじがらめにされています。幼い時から教育され続けています。「それをしちゃダメです!」「あのオジサンが、怒っていますよ!」…本当に、正しかったのだろうか!?

この杯が飲めますか?7

「命の杯を手にするということは、自分の今の生き様を、批判の目で見ることです。見えてきたものをじっと見つめてているうちに、恐怖感を憶えるかもしれないので、とても勇気の要ることです」(ヘンリ・ナウエン)1-19

・恐怖感の先にあるものをつかみたい。孤独になることは勇気の要ることです。

この杯が飲めますか?6

「成長、発達と変化のために、振り返ること、回想は基本的な要素です。人間固有の能力なのです」(ヘンリ・ナウエン)1-19

・人間以外に過去を省みる生物がいるだろうか!?
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