NHK文化講演会「君たちはどう生きるか~生きる意味について考える」

文化講演会
「君たちはどう生きるか~生きる意味について考える」
2015年6月28日 NHKラジオ第2

講演:姜 尚中(東京大学名誉教授)

私たちは今、幸せの形が見えにくい時代を生きている。そして不確実性に満ちた世界の変化は、日常の生活の中にも影を落とし、不安感が広がっているようにも見える。いったい、この時代とは何もので人はどこに向かおうとしているのか?その果てに何が待ち構えているのか?ミリオンセラー『悩む力』でも知られる姜さんが「平凡の偉大さ」と生きる意味について考える。

録音:NHK文化センター京都教室 第309回 オムロン文化フォーラム (2015年4月26日)
※オムロン文化フォーラムは、講演後原則として約1時間に編集しNHKラジオ第2放送で放送されます。


・『悩む力』 (2008/5/16)、『続・悩む力』(2012/6/15)(集英社新書)にある夏目漱石作品についての講演になる。講演の内容は新書内容を踏まえたものだろう。題名はちょっと仰々しいが問われている内容は重い。

なお姜さんは本ブログに追加記載してあるが、聖学院大学長をこの3月で辞めた。就任後から僅か1年という異例なことで学園側との亀裂があったと言われている。かなりこだわりの強い筋の通った生き方を指向されている学者なので、らしいところである。

新書が発売されてから時間が経過している。興味があれば新書にも取り組んでみるといい。そして本講演会の最後に、姜さんが最近感じることという話をしたので触れたい。それは4月末での一番ホットな思考だからだ。

いろいろな視点・論点で話がされており、まとめ切れないが、結論的に述べるならば、現代人の不安は、実は100年前に書かれた夏目漱石作品にすでに書かれていた。その雰囲気がまるで現代の日本社会であるという。自由を謳歌しているはずが、何かもの足りない不安・孤独にさいなまれる。そして現代の不安に対するには他者による絶対的な承認が必要だと説く。自分史ブームも自己承認の作業だという。

そのあとで、姜さんは現代はイニシエーション(通過儀礼)がなくなっていくことに問題を感じ、再発見の必要を説いた。人間は生まれて死ぬまでいくつもの儀礼を通過する。

ただ通過儀礼は、古臭く伝統的保守的で意味をなさなくなったという。通過儀礼を通して、何かを学び新しいステージを迎え、そして最後に死を迎えられる。この通過儀礼を自分自身で見直してみる、地域の中で見直してみる。これは人間が生きる中でとてもとても大切だと説く。

私たちは自由であることで多くのものを失った。漱石作品『こころ』では年上の人との魂の交流であることも大事な通過儀礼と捉えることができる。試練をくぐり抜けることで深い知恵を学んでいく。通過儀礼を経ながら、さまざまに展開していく。人間は通過儀礼を経ていくことで人生の深いところを学んでいく作品としても捉えることができるのではないかと説いた。


実はびっくりした。それは本ブログの中心課題の一つであるジョーゼフ・キャンベル教授と同じ指摘だったのだ。むろん文脈は異なるにしても、姜さんが独自にそれを感じているならば感性が鋭いと言うしかないだろう。

文化人類学的には通過儀礼とは、一人の人間が大人になっていく過程で社会参入をするために与えられる試練というべきもので、それが儀礼として残っているものだ。例えば、日本では元服式や成人式など、また広くは結婚や葬儀も含めていいだろう。

子どもが大人になる、それは社会の一員としてデビューすることなのだが、そこには試練がある。その意味が薄れてしまい単に儀式となってしまった現代では形だけになってしまったのだが、それはもともとは自分の生存をかけた試練という重いものなのだ。

それを経て、一人前の人間として社会に認められ受け入れられ、本人も自覚するとともに共同体の一員としての振る舞いを学ぶということなのだ。それから結婚し子どもを設けるという営みに入っていく。

ただ、それが単に儀式になっていくときに通過儀礼をできない状況も生まれる。その価値を大人たちも忘れてしまい強要する雰囲気すらない。それを因習からの自由と捉えるのだろう。ただ、その通過儀礼ん持っていた本質的な役割が欠落することで人間の成長に与える影響は計り知れないほど大きかったのだ。


最近の人間の振る舞いを見れば分かるだろうが、まったく自己本位になり自分だけ良ければいいし、そのために他人がどんなに困っても構わない風潮が加速しているようだ。それを縛るのは、道徳でなく法律ということが悲しい現実である。

私個人は一匹狼的な人間で、もともと通過儀礼に参与することを嫌って生きてきた。それが合っていたしそれしかできなかった。ただ、もともと一匹狼的な人でない人間までも通過儀礼をしない状態に急速になってしまったことに違和感を感じている。

つまり社会に対しての振る舞い方が分からないし理解すらできない人たちが大量にうまれていく社会に、何ら規律も統一も与えられない事態にある。道路、電車の中、あちらこちらで横着な振る舞いをする人がいても注意すらできないししないのだ。

私個人は保守的な人間ではないと思うのだが、保守革新という見方でなく、人間が人間らしくなるための教育的な社会装置として通過儀礼の担ってきた機能は、やはり残さなくてはならない。それに代わるものを作らなければならない。


まとめると人間の悩み苦しみは時代によって変わるものではないと感じる。しかし人間の本質でなく、社会の変化が大きいと、その矛盾も大きく出てくるのだと思う。

いまの若者にとって社会はどのように映っているのだろうか。目標もなく夢もなく単に働くことだけ食べていくことだけだったなら何とさみしいことか。自死したり自暴自棄になってしまうことも肯定できないまでも理解できることがさらに辛いことだ。

姜さんが思考の果てに感じた通過儀礼の問いなおしは、このブログでも行っていることである。そのような指摘をできる人がまだ残っていたことに少しだけ安堵した。



なお、この文化講演会録音だが、オムロン(株)が社会貢献活動し主催している。最近の講演会は90分が主流だから、それを60分に編集しており質疑応答もあるのかもしれない。

NHK文化センターだが、株式会社で役員はNHKOB・OGである。データにある出向者2名というのはNHKの現役職員ということだろう。NHKの看板だけで立派に商売ができる。

株式会社 NHK文化センター
社員数 167人(平成27年3月31日現在)このうち、NHKからの出向者2名
教室数 全国48か所
講座数 全国65,000講座(4期延べ)
会員数 全国235,000人


巨大マスコミNHKだが、世界的にもこれほど巨大な放送局はない。その中立性やジャーナリズムとしての役割が問題視されている現状にある。最近では、受信料収入が上昇してニュースで報道するほどだが、それは不払い者に対する強硬措置・民訴を展開しているためだ。

以前は、「NHKは皆様の受信料で支えらえてます」⇒「NHKの番組は皆様の受信料で作られています」とアナウンスしていた時代もあったが、今では全く聞かれなくなった。中央集権の日本では、地方の文化が育っていない。それが大きな問題である。

NHKの放送テキストを扱う(株)NHK出版は、あの薄いテキストを販売するだけで相当に利益がある。テキストを無料にするだけで、この国の文化水準は変わるのだろうけれどね。

NHKグループネット  http://www.nhk-grp.jp/list/index.html

NHK番組の質を支えているのは受信料収入による豊富な資金だろう。民放のように視聴率のみではない。ただ、それだけでなく巨大組織ゆえの問題を孕み簡単ではない。

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姜尚中氏が聖学院大学長辞任へ 任期途中、意見の相違か
2015年3月21日 朝日新聞

 聖学院大学(埼玉県上尾市)の学長を昨年4月から務める姜尚中氏(64)が今月31日付で辞任することが分かった。姜氏は20日、同大のHPで「諸般の事情で大学を辞めることになりました」と明らかにした。

 5年間の任期途中での辞任は、今月16日の臨時理事会で承認された。大学関係者によると、学校法人聖学院の阿久戸光晴理事長との間で、大学運営を巡る意見の相違があったという。

 姜氏は東大名誉教授で、テレビ番組への出演やベストセラー「在日」などで知られる政治学者。HPで「若い学生諸君と、共に語り合い、知ることの喜びや、生きることの悲しみ、そして希望を分かち合いたいと切望していただけに、残念」とも記した。(河原夏季)


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NHKこころの時代「釜ヶ崎で福音を生きる~神は小さくされた者の側に~」

こころの時代~宗教・人生~「釜ヶ崎で福音を生きる~神は小さくされた者の側に~」
2015年7月5日 Eテレ

大阪・釜ヶ崎で労働者の支援を続けるカトリック司祭の本田哲郎さん。「神はいちばん小さくされた者の側にいる」。本田さんが訳した福音書のメッセージについてお話を伺う。

日雇い労働者を支援する「ふるさとの家」で、本田さんは週4回、労働者の散髪を行っている。フランシスコ会の元日本管区長で、バチカンの聖書研究所にも留学した本田さんは、労働者たちと苦労を共にする日々の中で、聖書の再訳を進めてきた。「隣人愛-人を人として大切にする」、それが聖書の中で最も大事な教えだという。小さくされた人々の側から、現代人の心に響くイエス・キリストの言葉-福音の世界について語っていただく。

カトリック司祭:本田哲郎
ディレクター:西世賢寿


・今回は放送を見て浮かんだことなどを記す。

本田訳の実例・・・マルコ福音書一章14-15節

ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、
「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」。『口語 新約聖書』

ヨハネが捕えられたのち イエスはガリラヤに行き 神の福音を告げ知らせて 
時は満ち 神の国はすぐそこに来ている 低みに立って見直し福音に信頼してあゆみを起こせ

(口語訳) 悔い改めて
(本田訳) 低みに立って見直し


ギリシャ語「メタノイア」(視座を移す)
ギリシャ語「ピスティス」(信じて行動を起こす)

上記のような私訳を番組では紹介し、小さくされたものの視点から翻訳を試みているという。

本田神父など語学に堪能な方は自ら翻訳を試みられるようだ。言語を学ぶとはそういうことであり適切な訳とは、機械翻訳のような単語を単語に移し替えるような作業ではないのだ。そこには解釈があり意図がある。

ただ翻訳に関してというよりも言語の持つ問題点として、細分化できないし現実との遊離は避けられないことだ。だから本田神父の訳も、その説明を受けないと意味をなさないというのが本当のところだ。

敷衍すると、聖書というものはその程度の曖昧さにあるということだ。それを至高の書として崇め立て自己を縛る信仰者の何と多いことか。ギリシャ語・ヘブル語が深く分からなければキリストの心は分からないということになる。そんなことはないだろう。

言語に得意な人もいればそうでない人もいる。哲学書が難しいのは、その哲学が難解であるというよりも翻訳者がそもそも理解していなくて、それを機械的に訳することの弊害であると考えている。つまり分かっていれば、こなれた日本語を探して当てはめても意味は十分に通るのである。

宗教書にも同じことがいえる。言語のスペシャリストであることと生き方のスペシャリストであることは何ら関係がない。

私の能力不足だと思うが、この単語には、このようないくつもの含意があると説明されても、それを同時に理解することができないのだ。

そして原語ほど多義語になり、いくらでも解釈は可能なのだ。それが元で、宗教観に対立が起きて果てには戦争までしかねないというのが人間の限界なのだ。


さていわゆるホームレスだが、統計によれば減少している。この分野については専門として古くから関心を持ってきた。また学生時代の所属サークルもセツルメント活動という古めかしいものだった。

あまり活動しなかった理由は疑問を感じたからだ。それは設立当時と状況が変わっているにもかかわらず活動をしていたからだろうと思う。私個人はホームレスに関心もなく、それは一つのライフスタイルという認識になり、弱きものとして独特の地位を与えているわけではない。

ただ本田神父が炊き出しや見守り活動で感じたように、彼らの言葉は、自分はまっとうに社会に生きていると信じている人を混乱させるには十分であろうと思う。それは裏社会にしても底辺に生きるしても、それなりに哲学があり生活感があり思いがあるからだ。

本田神父は、ホームレス支援をしながら彼らから多くのことを学んだという。「自分で働いたお金でメシが食いたい」といった彼らの本当の気持ちを汲むことで、自分自身が知らず知らずに上からの視点で見ていたことに気づいたという。

本田神父のような地味な活動が大きな潮流となることはないだろう。ただ、そのような地味に見える活動からすべては始まり、気づいたら周りが変わっていくのだろう。


福音書は宗教的古典として、過去の人びとの生きざまを描いている。その中には虐げられた人も、権力を持っている人も現れる。イエスは何ために行動を起こし、弱きものたちの立場で発言をしたのだろうかと問われるべきことだろう。

福音書を読むとは、神学的に読むというよりは、現在の置かれた状況からより低い立場にある人の視点で見ることを求められるのではないだろうか。ただ、それは社会改革運動を求めるというよりは、人間の限界として生じる社会において、どのように隣人を扱うかという問題に応えているのだろう。

宗教の不思議は、逆転の構図が随所に見られることだ。つまり弱いものが強くなり、最後のものが最初になることだ。分かっていると思っている人は分かっておらず、信仰深いと思っている人が浅い理解しかないという道理である。

最近感じていることは、広く社会を論じることの不毛さと手応えのなさだ。テレビ画面に映っている人はいったいどこの人なのだろうか、この国の現実なのだろうか。これだけグローバルに密接に生きているはずの人類なのだが、起こっている事件・事故を見ても共感できない自分を発見する。

藤木正三師への思いを先にまとめたが、人間が連帯できるのは人間の弱さではないかということだ。つまり、どうにもならない自分自身の持つ性向や腹黒さなどを自覚する時に、誰もが同じ地平を生きていることにびっくりとする。大統領だろうとテロリストだろうと大阪のおばちゃんでも同じことなのだ。そこから何かが始まると思う。


過去の放送の逐語禄
こころの時代 「弱き立場の人々に学ぶ」
平成二十年七月十三日
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-354.htm


追記
この記事の反響は、本田神父の人気なのかもしれないしNHKというメディアの大きな影響力を物語るものかもしれない。ディレクターは聖書の知識も豊富であるが、NHKは公正中立・不偏不党!?らしいので安心して見られるとよいだろう。ディレクターの信仰が番組に表現されることはないし、それは番組を見れば分かることだろう。

翻訳に関して言えることは、聖書でも仏典でもそうだが、その意図するところを把握するには字面ではなく、それを書いた人の思いを想像することだろう。つまり私たちも、言葉の持つ不自由さと限界、そして言外になる思いがあり、かつ言葉以外の全身から発せられるものがあるから、言葉のみに捉われる必要はまったくない。

さて言行一致ということが人間の姿勢としてもっとも尊いことだと思うのだが、口先だけ知識だけの宗教者が何と多いことだろうか。まあ男性はどちらかというと理屈に頼り、女性は感性・母性に頼るのではないかと思う。本田神父にマザー・テレサのような優しさを感じないが、彼も専心に隣人に仕えようとする姿勢だから言葉が重いのだろう。

7/12こころの時代では、NHK・OBディレクターの金光寿郎さんが進行を務めていた。金光さんを重用しなくてならないほど後輩が育っていないのか、補聴器をしながら進行していた姿を見ながら胸を打たれる思いになる。NHKを初めとして放送業界には、かなり変わった人たちが生息しており、画期的な番組を提供していたが人材も枯渇しつつあることを憂う。

イエスが私たちに問うているのは、「あなたの隣人とは誰なのか」ということです。
マザー・テレサは、それは「まず家族」と答えるでしょう。
そうした身近なところから手をつけること、貧しい小さくされた者はカルカッタでも釜ヶ崎にいるわけではないのです。

いまあるところで福音を生きる~神は弱く小さくされたいと思う者の側に~

あなたの隣人は一体誰でどこにいるのでしょうか、自分のように丁寧に接することで何かが変わっていくはずです。



関連書籍

『釜ケ崎と福音―神は貧しく小さくされた者と共に』 (岩波現代文庫)

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文庫: 280ページ
出版社: 岩波書店 (2015/2/18)


岩波書店 内容紹介ページ  http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6032820/top.html

本田哲郎(ほんだ・てつろう)
1942年生まれ.65年,上智大学を卒業し,フランシスコ会に入会.71年,司祭叙階.72年上智大学神学部修士課程修了.78年,ローマ教皇庁立聖書研究所卒業.89年より大阪釜ケ崎にて日雇い労働者に学びつつ聖書を読み直し,「釜ケ崎反失業連絡会」などの活動にも取り組む.著書に『イザヤ書を読む』(筑摩書房),『小さくされた者の側に立つ神』『続 小さくされた者の側に立つ神』(新世社),『聖書を発見する』(岩波書店),聖書の個人訳に『小さくされた人々のための福音』『パウロの書簡』(新世社)など.


参考
マザー・テレサ ‏@MotherTeresabot
わたしは一般大衆を責任の対象と見なしたことは一度もありません。わたしは個人を相手にします。わたしは同時に一人しか愛せません。同時に一人にしか食べさせることはできないのです。対象はつねにひとりなのです。


追記
再放送 【初回放送去年7月5日】[Eテレ]
2016年7月10日(日) 午前5:00~午前6:00(60分)
2016年7月16日(土) 午後1:00~午後2:00(60分)

NHK SWITCHインタビュー 井村雅代×広上淳一

NHK
SWITCHインタビュー 達人達(たち)「井村雅代×広上淳一」Vol.69
2015年2月14日 Eテレ
2015年6月20日 Eテレ アンコール再放送

国内外で大人気の「踊る指揮者」広上淳一が名伯楽として名高い井村雅代シンクロ日本代表コーチと激突!やる気を引き出す叱り方、プレッシャーを味方にする方法、教えます!

8大会連続14個のメダルという驚異の結果を出し続けてきた井村の持論は「一番できのいい子にレベルを合わせる」「本番前にリラックスさせない」など一見逆説的に見えることばかり。一方、中学をサボってアイドルの追っかけに精を出すなどエリート教育とは無縁の人生を歩んできた広上は「成否は最初の5分で決まる」「嫌われることを恐れるな」など世界の舞台に立つヒントを伝授。カリスマ指導者たちが語る、世界で闘う秘けつ!

出演:シンクロ日本代表ヘッドコーチ…井村雅代、指揮者…広上淳一
語り:吉田羊、六角精児
ディレクター:田向奈央子


・この対談番組は、二人のゲストが前後半に分けて、それぞれ主導して相手のインタビューを引き出すという意図の番組。好評の番組はアンコール放送となる。今年度から再放送枠をもったことで見やすくなっている。

本放送時には見逃していて今回、初めて見たが大変に面白い、参考となった。

指揮者の広上さんについては、昨年度からFMで放送されている番組を聴いており、人柄は十分に知っている。彼も自覚しているが、音楽人生スタートが遅れてしまって念願の東京藝大も入れてもらえなかったことは反骨人生のエネルギーとなっている。ただ優しい人柄なので、人づきあいを会得してからは本来性が発揮し楽団員に好まれる指揮者へと変貌した。

この番組の内容については、他のブログでも話されたものの要約をされており触れない。いろいろと名言があるので心に止めたいものだ。また動画もあるのでご興味あればご覧いただければいい。

広上さんは東京音大指揮科教授として母校で後輩の指導をしている。そこで悩まれているのが、どう若者を育てるかということらしい。彼の育った経験から、若い人には回り道をさせたくないという配慮なのだが、そうした配慮が実は若者の教育として良いのかという壁にぶち当たっているようだ。

一方で、シンクロの井村コーチは中国ナショナルチームも育てて、現在は日本チームへと復帰して指導をしている。この名声は知っていたが、具体的に話を聞くのは初めてであった。

全体として感じたことを列挙してみたい。

井村コーチの方法論は、シンクロ選手はプールの中だけじゃなく普段の生活をきちんとさせることから始めていくこと。間違っているところを具体的に教えて、それが直るまで根気強く付き合うこと。トップ選手に全体を合わせて指導することが結局はチーム全体の力を押し上げること。目標をはっきりとさせて選手に動機づけを与えること。

8人、ペア、ソロのシンクロと、50~100人規模になるオーケストラでは少し事情が違うのかもしれないが、人心掌握術では共通するものも多い。

広上さんは、日本の教育の一番の間違いは、登山に例えると入口はここしかないと決めてしまい、そこから登ることが一番安楽に頂上を目指すシステムになっていることだという。これは彼が辛酸を舐めてきた音楽閥の問題も含んでいるのだろう。つまり東京藝大や桐朋学園大学を卒業しないと一流と見做されない日本の風土を批判したものだろう。

広上さんが、ふと漏らした彼の煩悩に、「成功、名声」があるらしい。つまり指揮界で成功することに対する疑問がある。彼が音楽監督を務める京都市交響楽団の演奏会はチケットを取るのが難しいくらいの大人気であり、評価が高い。指揮者としての成功することで我を忘れるのではないかという不安があるのだと思う。ここに二人の性格の違いがある。

二人の違いははっきりとしていて、井村コーチは後を引かないカラッとした性格、広上さんはくよくよと考える性格からくるものだ。FM番組などで語られたことを敷衍すると、人間関係で悩んでしまい指揮活動もブランクを自ら作ってしまうほどの繊細さがある人柄なのだ。広上さんは、そこを脱出したことで、つまり自分を出すことを覚えたことで演奏家との付き合いを上手にできるようになった。

オーケストラ団員は、それぞれがサムライであると形容したが、それほどだから指揮者の仕事は難しい。広上さんが語ったように、指揮者はオーケストラをコントロールすると思われているがそれは間違いで、演奏を補佐する役割だということだ。これは現代の指揮者で成功している人と共通する見方である。

井村コーチの指導は実に厳しい。それは怒っているのでなく叱っているからで感情の赴くままにしているわけではない。それが選手に分かれば、いくら指導が厳しくてもついていけるのだろう。

考えると、シンクロの選手は20歳代前半までの年齢だ。オーケストラは20歳から60歳台まで、幅広い演奏家を対象とする。井村コーチは孫くらいの女性を相手にする。広上さんは自分よりも年上の演奏家をずっと相手にしてきたという違いは大きいだろう。

個人的に知っている音楽家たちの話だが、彼らは非常にプライドが高くて扱いは難しい。それは演奏技術があるなしに関わらず、音楽家全般に言えることだろう。そうでなければ演奏はできない。

個人技でなくチームとして一つの目標を設定し達成することはかなり難しい。それをしていくためにはコーチとして何か卓越した見方が必要なのだろう。それを誰もが知りたいし学びたいと思っていても簡単にいかないのは、指導者にきちんとした考え方あり方向性を持っていること、人間についてよく理解していることが前提となろう。

過去にも対談番組は作ってきたNHKだが、前後半に分けて相手の懐に飛び込んでさせるという企画は面白い。過去の出演者のラインナップを見てみると、やはり有名タレントや文化人が多いことが不満だ。有名でなくても面白い人を発掘し魅力を引き出せなければ、他局や雑誌対談と変わらなくなるだろう。

NHK文化講演会「現代と仏教~豊かに生きるための知恵~」

文化講演会
「現代と仏教~豊かに生きるための知恵~」
2015年6月14日 NHKラジオ第2放送

講演:町田宗鳳(広島大学大学院教授)比較宗教学

僧侶であり、宗教学者としても活躍している町田さんは、20年の仏道修行のあと、アメリカで比較宗教学を修めた。混迷を深めていく現代において、生と死、老いること、愛することとはどういうことか?「十牛図」を参考にしながら、いま、豊かに生きるための「知恵」について、お話いただく。

参考:「十牛図」は次の十枚で構成。
第一図:尋牛  第二図:見跡  第三図:見牛  第四図:得牛  第五図:牧牛  第六図:騎牛帰家  第七図:忘牛存人  第八図:人牛倶忘  第九図:返本還元  第十図:入塵垂手

録音:2015/4/18 NHK文化センター神戸教室


・比較宗教学者だが、禅寺の小僧・雲水を経て渡米しキリスト教神学を学び、比較宗教へと進んだ経歴の持ち主。それだけでも宗派に対するこだわりが少ないことは理解されよう。

話の冒頭で、宗教とは何かと問われれば、あなたのうちにあるものと答えるという。つまり20人いれば20通りの宗教があると、このあたりから考えが柔軟であることが理解できる。

最近は、結びの思想にたどり着いて、神と人を結ぶ、自然と人を結ぶ、男と女を結ぶ・・・二つのものを結びつけると新たな価値を作り出すものだという。そこで十牛図を用いて新たな思いを与えてくれると期待してみた。

通常は禅の悟りを牛に例えて、悟りに至る道程を表したものとされる。町田先生は、その牛について、お金や地位、名誉、家庭の幸せでもいいという。その牛を見つけて、関わっていき、対象と同化し、牛そのものを忘れて当たり前に生きていくこと。

ただ、1時間の講演を聞いていて何かしっくりとこないものを感じてしまった。町田先生のあるところまでは同じところだが、そこから違っていく。十牛図の解釈は誰がやっても同じようなことになろう。その例え方がしっくりとしない。

つまり、第十図にあるカリスマのような人格となることが人間の目的なのだろうか。私は人間心理に関しては、かなりいい加減ものだと感じている。だから行きつ戻りつしながら、悟りや智慧などもどうでもいいと思っている。

町田先生の開発したという「ありがとう禅」だが、座禅とお題目を合体させたものらしく、それで大勢の人が抱える問題が解決したそうだ。思うに、町田先生はやはり学問の人なのだろう。座禅を極めているならば、もう少しことばに生活感があり重心が低いものだ。意識と無意識を融合してモノを見ることが簡単にできるわけもなく、そこに大きな飛躍を感じた。

宗教を論ずることは難しいことで、それはつまり自分自身の好みを大きく反映させたものに過ぎない。絶対的な生き方を示すことができるはずもない。その点を、どのように自戒しつつ、人々に合わせた説き方をし異なった次元を一瞬でも感じさせることができれば十分であり、それぐらいしかできないのではないだろうか。宗教哲学も比較宗教学も個人的には好むのだが、それがいかに個人の生き方に沿ってあるものかを示すことがなければ机上となってしまう。ああ難しいことだ。


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町田宗鳳
1950年、京都市に生まれる。幼少期はキリスト教会に通ったが、14歳で出家。以来20年間を京都の臨済宗大徳寺で修行。34歳のとき寺を離れ、渡米。ハーバード大学で神学修士号およびペンシルバニア大学で博士号を得る。プリンストン大学助教授、国立シンガポール大学准教授、東京外国語大学教授を経て、現在は広島大学大学院総合科学研究科教授。


町田宗鳳 WEBサイト (ありがとう禅・断食道場・公開講座)  http://www.arigatozen.com/


関連 過去のNHKラジオ放送
ラジオ深夜便
明日へのことば「愚かさの再発見」
放送日時:2012年2月1日~2日
広島大学大学院教授 町田宗鳳(そうほう)

参考 上記番組の要旨
明日への言葉
2012年2月1日水曜日・愚かさの再発見  http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2012/02/blog-post.html
2012年2月2日木曜日・愚かさの再発見2  http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2012/02/2.html

NHKこころの時代 福島を支えるということ。(安斎育郎)

こころの時代 シリーズ 私にとっての“3.11”「福島を支えるということ。」
2015年6月7日 Eテレ

安斎育郎さんは放射線防護学者。毎月福島に通って放射線を測定、子どもたちのため安全な散歩道を探し、自らスコップを振るって除染するなどボランティア活動を続けている。

放射線防護学者の安斎育郎さん75歳は、原発事故の後、毎月福島に通って住民を支えるボランティア活動を続けている。「反原発を主張する異色の原子力研究者」として知られる存在だったが、原発事故が現実のものになると、専門家として事故を食い止められなかった責任を痛感。住民の安全を確保するため除染などに取り組んできた。原子力の未来を夢みた若い時代から、次第に危険性に気づく過程、現在の思いなどを聞く。

【出演】放射線防護学者、立命館大学名誉教授、安斎育郎


・安斎先生は東京大学原子力工学科第一期生。専門は放射線防護学。

こころの時代ではシリーズとして著名な方々の活動を取り上げている。今回は福島での除染活動の様子が多く、安斎先生発言はかなりマイルドな感じになっていた(編集されていた!?)。

安斎先生が語ったように、「信」が崩れた。電力会社、政府、専門家、マスコミという今まで安全を担保していた言説がおよそ嘘であったということ。その信頼崩壊が、今後とも社会を混乱させていく。

安斎先生らが現在福島で行っている除染活動も、原子力に少なくとも関わってきたものとしての反省であるとし、愚直な努力しか信頼を回復する術はないという。批判的な学者でさえこのような思いを抱いていることと、体制側にあった学者らは、そうした努力をしているのだろうかと問われれるだろう。

安斎先生も語っていたように、誰も答えを持っていないからこそ、それぞれの立場で福島の汚染濃度を減らす努力をすること。それは原発推進派だろうが反対派だろうがすべきことというのは正論。

電気の恩恵を受ける私たち世代の意思決定だけで、管理が困難で危険な放射性廃棄物を今後とも産み出し続けてよいものだろうか、その答えは難しい。それも原発から遠く、中間貯蔵施設からも程遠い私が何かを言える立場にはない。

安斎先生は、経歴を見れば分かるが東大助手として長年干されていた。こうした学者は何人かいる。この道に進むきっかけは、大学時代にネズミに致死量の放射線を浴びさせて、どのように死んでいくかや臓器解剖から影響を知るという授業の実験であったという。

放射線が管理されて閉じ込められることが完全にできるならば外界に対する影響はないだろうが、一端事故があった時にはどうなるのか、そのような当たり前の議論が海外ではあった。日本では原発は絶対に安全であるという神話に思考停止していた。

今では絶対に安全などと言うバカげた主張をする人はいなくなったが、それでも安全は確保されるだろうという期待から技術を信頼するしかないという。福島原発の事故で、首都圏壊滅という事態も予想されたほどの過酷事故だったが、壊滅的な事態まで進行しなかったのは幸運だったというだけのこと。

安斎先生は、オカルト批判の著書多数で、こちらの方の著作を持っている。それは私の関心である騙す・騙されるという心理と科学の裏付けを導く、数少ない専門家の一人ということがいえる。

反体制の学者という評価も間違いではないだろうが、筋の通った真面目な学者らしい学者ということだろう。精悍で眼光鋭く、切れのよい思考をみると、こうした学者が科学・技術をリードすれば日本は大きく変わったことだろと感じる。

東日本大震災による原発事故だが、すでに脳裏から離れていく。現在、安全保障問題という難題があって国民不在のところで着々と実績が作られていく。歴史を直視できず学べない日本人は致命的だ。この番組で実はもっと過激な発言があったのではないかと推測するが、今のNHKではそれを放送する勇気はないかもしれない。

テレメンタリー2015 審判だって甲子園に行きたい~夢に挑んだスリランカ人~

テレメンタリ―2015
「審判だって甲子園に行きたい~夢に挑んだスリランカ人~」
2015年5月18日放送 テレビ朝日
2015年5月23日 名古屋テレビ

2015年3月、1人の外国人が甲子園のグラウンドに立っていた。選手としてではなく、審判として。スジーワ・ウィジャヤナーヤカさん(31)は、スリランカ人で初めて高校野球の甲子園大会で審判を務める事になった。野球と出会って13年、日本に来て9年が経っていた。「夢は叶うということを見せたい」内戦で傷付いた母国スリランカの子どもたちのため、そう語った男は高校球児の夢の舞台で何を思い、その先に何を見据えているのか・・・。

技術協力:放送技術社
制作:OAB大分朝日放送
ナレーター:笹野高史
取材・構成・編集・ディレクター:岩本和也


・過去に放映された資料映像と今回の取材映像を加えた構成である。スジーワさんの72歳審判の師との交流や地道に行っている母国スリランカ野球への貢献などを通して、夢を叶えていく道程を描いた。

実は私自身、高校野球にまったく興味がなく、このタイトルを見た時も意味不明でした。「審判だって甲子園に行きたい」!? つまり、題名の付けかたでも内容が分からず見ないで終えた可能性が高い。審判さんがチームを作って甲子園で試合でもするのか・・・!? そして見だしたら全く面白くて一気に見終えた。題名はもっと工夫があってもいいだろう。

視聴後に関連を調べたら記事が多く出てきた。つまり主人公は、ちょっとした話題になっていたということだ。高校野球に関心のある人ならば、彼の存在も知っていたろう。高校野球の全国大会で審判をした外国人は珍しいということだ。

今回、ディレクターは主人公が審判に選ばれるだろう前後からカメラを回して決定の電話が入る瞬間をとらえた。ところが高野連の取り決めで審判に対する取材は全国大会の試合前、2週間は禁止されるということで取材ができなかった。穴埋めとして主人公のメールを映したのみ。一番決定的な時間を取材していないことは致命的だ。

そして春の選抜大会映像で主人公の審判する初試合を使った。試合後に彼のマスコミインタビューの場が設けられていたが、多くの取材カメラが回っており、大きな話題であったことが理解できる。彼への取材は多くのマスコミが行っていたようだ。

このように独占取材というわけでもなく密着取材というわけでもないのだが、最大の収穫はずばり!主人公のキャラクターなのだ。謙遜で朗らかスポーツマンらしい屈託ないものを全身から感じさせられる。母国のために野球道具を送り続ける姿勢や野球を通して学べるものを伝えたいという思いは共感する。

常々思うのだが、ジョーゼフ・キャンベル教授の言う通り、生き生きした人間が大勢いることが社会を向上させるだろうということだ。あまりにも日常生活に埋没し自分の人生を呪って生きている人が多すぎます。だから主人公はじめとする生き生きと生をまっとうする人が社会に活気を与えて勇気づけ、社会を変えていく原動力となるのです。

ドキュメンタリーの一つの役割は、社会の不条理・不公正を描くことですが、もう一つは生き生きとした人間を描くことです。そして後者こそが、見る人に力を与えるのではないでしょうか。だから伝えるべき魅力のある人の発掘と寄り添いこそ、制作者に求められることだと思います。


さらにYoutubeでの映像を調べると・・・

2010年にOAB大分朝日放送で特集されと思う番組映像がYoutubeにあった。この延長でOABは彼の活動を記録し始めたのだろう。その後2012年の野球場建設、そして今回とつながったということだろう。このような映像の蓄積が、今回のドキュメンタリー構成の要素となっている。


Sujeewa on TV (OAB)Jan 26th 2010


テレメンタリ―2011「白球よ、母国へ届け」OAB大分朝日放送

 スリランカ野球 ( スジーワ ) ~白球よ、母国へ届け!~ 2011年10月2日
 https://www.youtube.com/watch?v=IWZqda0_yuw

「広がれ野球の輪! 日本・スリランカ 6000㎞のキャッチボール」BS朝日

 スリランカ野球 (スジーワ) ~広がれ野球の輪~  2014年3月23日
 https://www.youtube.com/watch?v=1iMuPNn5MXU

ドキュメント九州「夢は二つの甲子園 野球に魅せられたスリランカ人」テレビ西日本

 スリランカ野球 (スジーワ) ~夢は二つの甲子園~ 2014年4月13日
 https://www.youtube.com/watch?v=_gfm1gDi5jE

ということで、主人公を題材にした番組はいくつもあり、高校野球関係の取材にも旺盛に応えている。だが天狗になることなく仕事もきちんと審判もきちんと母国への気配りも欠かさない。彼の性格なのだろうが凄いことだと思う。


DREAMS COME TRUE - 志をかたちにする卒業生
APU 立命館アジア太平洋大学

夢の甲子園で堂々ジャッジ スリランカ人、二塁塁審に 「野球を通じアジア結ぶ」
2015/3/24 日経新聞

 21日に開幕した選抜高校野球で外国人審判が登場した。23日の仙台育英(宮城)―神村学園(鹿児島)で二塁塁審を務めたのがスリランカ出身のスジーワ・ウィジャヤナーヤカさん(31)。「スコアボードに名前が出ていて涙が出るくらいうれしかった。今日は忘れられない日」。念願の甲子園デビューを果たして感無量の面持ちだった。

 憧れの聖地で、きびきびとした動作や冷静なジャッジを繰り返した。「選手とともに私も胸を張って一生懸命できた」。見せ場がやってきたのは三回裏2死一、三塁。神村学園が仕掛けた二盗で堂々とアウトをコールした。「自信があったし、よく見えていた」。際どいタイミングだったが判定に迷いはなかった。

 高校時代に母国で野球を始め、2006年に立命館アジア太平洋大学に留学。選手としての道を断念して本格的に審判を志した。「ルールを勉強することで母国のレベルアップにもつながると考えた」

 5年前に選抜大会を観戦して感銘を受け、甲子園で審判員を務めることが目標に。都市対抗野球などで実績を積み、今回、所属する福岡県高校野球連盟の推薦を受けて派遣された。審判に関する記録はないが、外国出身者が務めるのは珍しい。スジーワさんは「ほかの外国人にも夢を与えることができた」とさらに外国人審判が続いてくれることも期待する。

 クリケットがさかんなスリランカに野球道具を届けて野球の普及に努めるなど国際交流にも貢献してきたスジーワさん。「今日は大きなスタート。野球を通じてアジアや世界を結ぶ力になりたい」。甲子園で得た大きな経験を糧に、新たな夢を追う。 (渡辺岳史)



憧れの甲子園でジャッジ スリランカ出身の審判、スジーワさん
2015年03月24日 西日本新聞

 23日に行われた第87回選抜高校野球大会第3日の仙台育英(宮城)対神村学園(鹿児島)戦で、福岡県高校野球連盟から派遣されたスリランカ出身の審判委員スジーワ・ウィジャヤナーヤカさん(31)=福岡県春日市=が二塁塁審を務め、初めて甲子園球場でジャッジをした。海外から来た外国人が大会で審判を務めたのは異例。「忘れられない日。楽しかった」と感慨に浸った。

 1999年に野球を始めたスジーワさんは、立命館アジア太平洋大(大分県別府市)の留学生として2006年に来日し、審判を志した。09年の選抜大会で初めて甲子園で試合を観戦。華やかな大会を見て「審判として、このグラウンドに立ちたい」と憧れを抱いた。

 福岡県朝倉市のホテルにある飲食店の店長として働く傍ら、アマ野球の審判を務めた。都市対抗や全日本大学選手権など日本一を争う大会も経験したが、「高校球児の聖地」での審判を前に「(5日に)派遣が決まってから長かった。試合前の夜はなかなか寝付けなかった」と緊張していた。グラウンドに入り、スコアボードの「スジーワ」の文字を見て「涙が出そうになった」。一回表、仙台育英の2番打者が放った右中間三塁打で、両腕を水平に広げるジェスチャーをしたのが最初の判定。「盗塁時の選手のプレーがよく見えた。自信になった」と振り返った。

 今大会ではあと数試合審判に入る予定。「許してもらえるなら甲子園の土を持って帰りたい」。スリランカでは国で初めての球場建設に尽力するなど野球の普及に努める。「野球を通して日本、スリランカ、世界の平和に貢献したい」と目を輝かせた。


NNNドキュメント’15 9条を抱きしめて~元米海兵隊員が語る戦争と平和~

NNNドキュメント2015
9条を抱きしめて ~元米海兵隊員が語る戦争と平和~
2015年5月3日 日本テレビ系 55分枠

戦後70年、日本は国家として他国民を誰一人殺さず、また殺されもしなかった。非戦を貫けたのは、戦争の放棄を定めた憲法9条があったからにほかならない。戦争は、国家間の争いだが、実際に戦闘に携わるのは紛れもなく人間。人殺し、殺し合いに他ならない。アレン・ネルソンさん。ベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員だ。戦場で数えきれないくらいの人を殺害し、帰還後PTSDに苦しめられるが、自らの過ちを認めることをきっかけに立ち直った。96年から日本で講演活動を開始した彼が最も大切にしたのが憲法9条。暴力的な方法に頼らない唯一の道は9条の理念にあると訴え続けた。ネルソンさんの半生、証言を通し、‘9条’が日本で、そして国際社会で果たしてきた役割、意味を問い直す。

制作=読売テレビ
ナレーター:藤田千代美(関西芸術座)
ディレクター:阿部祐一


・日本における講演回数は13年回、延べ1200回に及ぶ。

戦争で相手を撃つ時にどこを狙うか!? 講演でネルソンさんは問う。頭、心臓、腕・・・聴衆はそれぞれに挙手をして答える。答えは男性の急所であるという、すると腹部付近に当たり、そこは致命傷とはならず苦しみがずっと続くという。撃ち損じる可能性の高い頭や心臓などを狙うことはないという。

戦闘中は兵士たちは感情のコントロールを失う。本当の戦争は映画とは違うという。ベトナム戦争後、彼はPTSDになった。頼まれてベトナム戦争の話をすることになった時、「あなたは人を殺しましたか」という小学校生徒の質問に逡巡する。

本当の戦争の悲惨な現実とは、子どもたちには本当のことを知らせるべきではないか。本当のことをしゃべると子どもたちは泣いてくれたという。PTSDを克服するまでに18年を要した。1996年に友人から日本国憲法9条の存在を知らされて驚愕したという。

日本の皆さんは憲法9条に守られてきた。そして戦争を知らない。それは核兵器よりも強力な軍隊よりも破壊力があると語る。ネルソンさんの死後、アレン・ネルソン基金沖縄の会(奨学金制度)を創設。

さて、この時期に9条問題を題材としたドキュメンタリーの意図は明白だろう。海兵隊員入隊訓練の映像、そして主人公であるネルソンさんの講演模様を編集したもの、加えて以下の書籍をもとに劇画に声を当てて彼の心中を伝える。

ネルソンさんは既に故人であり過去の映像資料に頼るしかなく、今回のために撮影されたものは多くはなかった。過去にも恐らくドキュメンタリーになっているのだろう。それだけ彼のような存在が貴重であったということ。

劇画を用いたことで55分枠にならざるを得なかったろう。それはナレーションで彼の半生を語るよりインパクトがあるという判断だろう。それはこの番組を見る戦争をまったく知らない若い世代にとっては有益かもしれない。

戦争については恐らくいろいろな考え方があるし政治情勢や背景分析などできるだろう。しかし結局、戦争とは人が人を殺す現実なのだ。映画・テレビでは本当に俳優が死ぬわけではない。兵士のプロとして一通りの訓練と実践経験から、戦場で起こることを語っただけだろう。そこからすべては始まるのかもしれない。

自衛隊員でも、イラク派兵の後方支援を経験しただけで帰国後自殺した人は56人に及ぶ。自殺は複合要因でイラク派兵が原因とは断定できないまでも平均よりも多いことは危惧される。過度の緊張が続き、隊員個人が瞬時に判断して身を守ることが要請されていた。

歴史を伝えるとは、耳にタコができるほと繰り返し語るしかなく、それでも風化していくものだ。日本人も戦争中に人を殺した人がいても語ることをした人は稀だ。それでも平和が守られてきたのは憲法9条が歯止めとなっていたことは見逃せない。その条文を無効化する安保法制の成立に議論が起こるのは当然のこと。

綺麗な戦争などはない。ボタン一つで終わる戦争はない。憎しみが生じない戦争はない。


アレン・ネルソン奨学金(アレン・ネルソン基金沖縄の会)  http://alenokinawa.ti-da.net/


「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」
アレン・ネルソン

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文庫: 176ページ
出版社: 講談社 (2010/3/12)

アレン・ネルソン Allen Nelson
1947年、ニューヨーク・ブルックリン生まれのアフリカ系アメリカ人。海兵隊員としてベトナム戦争の前線で戦う。帰国後の戦争による精神的後遺症から立ち直った後、日米両国で精力的に講演活動を行い、戦争の現実を訴えつづける。2009年3月逝去。

ベトナム児童に奨学金 故ネルソンさんの遺志継ぐ
2010年2月21日 琉球新報

 2009年3月に多発性骨髄腫で亡くなった元米海兵隊員で平和活動家の故アレン・ネルソンさん=享年61=の遺志を継ぐ「アレン・ネルソン奨学金」がこのほど県内で設置された。ネルソンさんの闘病を支援するため募った寄付金の残金で、ベトナムの子どもの学費の一部を支援するもので、関係者が5日にベトナムを訪ね、奨学金を贈った。
 アレン・ネルソン基金沖縄の会代表の宜野座映子さん(62)は「ネルソンさんは生前、世界平和のためには教育が大切だと語っていた。彼が追い続けた『戦争のない世界』を実現するため奨学金を続けたい」と思いを語った。
 ベトナム青葉奨学会沖縄委員会(高里鈴代代表)の村田光司さん(46)が、ネルソンさんがベトナム戦時に駐留したクアンナム省タムキーを訪ね、小学生100人に各30万ドン(約1500円)とネルソンさんの講演を翻訳した冊子200冊を手渡した。村田さんによると30万ドンは現地農家の収入1カ月分に相当するという。
 ネルソンさんの闘病を支援したアレン・ネルソン基金の残金約240万円について、遺族が「彼の遺志を生かしてほしい」と宜野座さんに持ち掛け、奨学金を立ち上げることになった。
 ネルソンさんは18歳で入隊後、キャンプ・ハンセンで訓練を受け、ベトナム戦の最前線に送られた。退役後、ベトナムでの殺人経験でPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩み、カウンセリングを受け青少年のための活動を始めた。1995年の米兵少女乱暴事件をきっかけに、米兵をアメリカ本国へ連れ戻す運動を開始。全国で2千回以上講演し、反戦を訴え続けた。
 「貧しく教育を十分に受けられなかった彼は『きちんと教育を受け、人を殺す意味を知っていたら軍に入らなかっただろう』と語っていた」。宜野座さんは「支援を受けたベトナムの子が、彼の平和への思いを理解することで平和な世界に近づくはずだ」と期待する。
 宜野座さんらは27日午後6時から8時、那覇市文化テンブス館3階で奨学金立ち上げの経緯を報告し、ネルソンさんの証言を収めたDVDを上映する。(荒井良平)


NHKスペシャル 戦後70年 ニッポンの肖像 豊かさを求めて①②

NHKスペシャル
戦後70年 ニッポンの肖像 豊かさを求めて
第1回 "高度成長" 何が奇跡だったのか 
2015年5月30日 49分構成

焦土と化した第二次大戦の敗戦からわずか20年余りで世界第二位の経済大国に上り詰めた日本。世界史上、類を見ないスピードで復興し、高度経済成長を成し遂げたその復活劇は、「奇跡」と称賛された。翻って今の日本は、低迷が続き、未だに再浮上の糸口をつかめないままもがいている。あの「奇跡」はなぜ起こったのか。時代の産物に過ぎなかったのか、それとも日本の真の実力だったのか。奇跡と呼ばれた高度成長の、何が実力で何が幸運だったのか、膨大に残る関係者の音声テープ、新資料から検証。高度成長の真の姿を明らかにし、今に生かせる教訓を探る。

MC:三宅民夫、首藤奈知子
ゲスト:五木寛之、石丸典生
ナレーション:伊東敏恵
映像技術:梅本京平
ディレクター:勝目 卓、荒井俊之

第2回 “バブル”と“失われた20年” 何が起きていたのか
2015年5月31日 85分構成

奇跡ともいえる高度成長を遂げた日本経済は、その後、世界に先駆けて二つの事態に見舞われます。それが「バブルとその崩壊」「“失われた20年”という停滞」です。第2回は、その2つの「事件」を検証し、それがいったい何だったのか、そこから何を教訓とすべきかを解き明かします。
金融が経済の主役となり、「マネー経済」へと世界が突き進んだ70年代以降、各国で繰り返されるバブル生成と崩壊。世界がその怖さを痛感したのが80年代後半、日本が経験した「バブル」でした。今回、取材を通してみえてきたのは、「マネー経済」という新たな変化に対応できなかった日本の姿。マネーゲームにまい進し、バブル崩壊後は不良債権隠しに走る企業。戦後の日本独特のシステムがそれらに拍車をかけていきました。いったい「バブル」とは何だったのでしょうか。
さらにバブル崩壊後に訪れた「失われた20年」と呼ばれる長期に及ぶ経済の停滞。実は、バブル崩壊直後、日本経済を代表する企業のトップたちが、この事態を明治維新、敗戦に次ぐ第三の日本の転換点と位置づけ、早くからその対応について幾度となく議論を重ねていました。さらに、トップたちは、それまでの常識や美徳をかなぐり捨てて、その事態を乗り越えようと様々な模索を続けていたのです。今回、トップへの取材を通して改めて見えてきたのは、“失われた20年”の苦闘と試行錯誤の記録です。そこから、私たちはこれからの日本経済を考える上で、どのような教訓を得ることができるのでしょうか。

MC:三宅民夫、首藤奈知子
ゲスト:堺屋太一、野口悠紀雄
ナレーション:伊東敏恵
ディレクター:廣川 潤、旗手啓介、石原茂雄、篠崎貴志

NHKラジオ第一 とっておきテレビ
2015年5月30日 午前9:05~午前9:55(50分)

5月30日総合21時
NHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像」豊かさを求めて 第1回を紹介 
番組ナビゲーター:山田敦子アナウンサー



・第1回放送を前に、担当ディレクターらと構成担当者がNHKラジオで思いを語った。こうしたテレビ・ラジオ連動企画は面白い。今回は高度成長期をどのように描くかということで、その実体験がない世代のディレクターたちが残されている記録だけでなく、その時代を生きた世代へのインタビューを通して感じたものを表現したという。キーワードは「がむしゃら」だった時代ということだ。

その制作においては、NHKに残されている膨大なアーカイブス記録からと当時を生きた企業からのナマの声との照合で立体的に構成しているとする。番組が出来上がるまでに、議論しながら何度も試写を重ねているという。こうしたことはあまり表に出ることはない苦労であり、結果として出来上がったもので勝負するしかない。

構成担当者らの証言では、今回の制作にあたって、今まで使い古された資料映像でなく、新たにアーカイブスから発掘した映像を多く取り入れたことで、視聴者にも新たな発見を与えるだろうとしている。番組導入部は何度も作り直して、納得のいくものに仕上がったと語った。

ディレクターは、過去の映像資料を見て、その時の進行アナウンスに制作者の思いを感じるといい、映像のカットにも考え抜かれたものを感じるという。過去の資料を探す際に、「カップル」の映像を探してみたが見つからず、「アベック」で検索とすると多くの映像がヒットしたと苦労と発見を語った。構成担当者は、当時にカット割りされた完成された映像を再利用するにあたって、今回の番組に合わせて工夫をしたと語った。

これらのことを聞きながら、番組制作の苦労を感じる。一般に膨大な取材映像やインタビューから放送される部分は僅かであり、割愛される部分も多い。そこに価値を見いだすこともできるが放送という枠では困難となる。現代の放送マンが、過去の番組制作に敬意を払いながら、それをどのように活かして番組作りを行うのかという挑戦は続くことだろう。

個人的に思うことは、過去に放送された番組のメッセージ性の強さ、各セクションがプロとして限られた環境下でとても良い仕事をしていたということだ。音楽・ナレーション・構成、それが響くのは伝えたいことがあったからだろう。


小笠原と神奈川県東部で震度5強
5月30日 20時32分 NHK

午後8時24分ごろ地震がありました。この地震による津波の心配はありません。
震源地は、小笠原諸島西方沖で、震源の深さは590km、地震の規模を示すマグニチュードは8.5と推定されます。


放送番組前にアクシデント、地震のために番組延期。かなり混乱のNHK中継となった。これが関東圏への直接被害や津波となったらパニックになっていたかもしれない。このところ地殻変動が顕著になっている日本列島だが、一度に西から東まで揺れた。改めて日本の置かれている環境を想う。

NHK広報局 ‏@NHK_PR
総合テレビNHKスペシャルは21:30から、BS1のJリーグタイムは21:25から放送します。



第1回。さすがに導入部は良くできていた。奇跡の復興ということをどのように描くか。通産官僚が軽工業振興から重工業化政策に舵を切った経緯がよく分かる。米国の政策変更と戦時中にあった戦時品製造の高度な人材を活用した。ゲストの話では、技術者は戦地に赴く人が少なく温存された。技術力は戦後にも引き継がれた。

大蔵官僚・下村 治の経済理論、日本は潜在的な成長力を持つとする。そのためには企業の設備投資を充実させることで可能であるとする。その後、池田勇人が1960年に首相となり彼の理論を具体化した。

「人口ボーナス」という働く世代が階層として多くなるという現象が、好機として日本にやってきた。旺盛な消費と貯蓄と市場規模の拡大がさらに経済成長の後押しをした。

「千載一遇の幸運と、その幸運を100%近く生かせた。」と下村氏は語っている。モノの消費があった時代は国民が欲望を達成できた時代であったし、企業にはそれを作る能力があった。

ラジオで語られたように、初めて見る映像ばかりで、構成担当者が2か月かけて収集・編集した苦労のあとが見て取れた。

戦後70年のトピックを僅かな時間で考えることは難しいだろう。そしてディレクターらが迫ろうとしていたのは過去の栄光を懐かしむのではなく、現代の困難にどのように国民として生きていくのかを一人一人が考えることなのだろう。

個人的にはゲストもMCよりも、その出演時間を報道してほしいのだが・・・、ただゲストの発言は考え方として参考になる。このシリーズ番組を終えてから識者に歓談させる枠組みを作った方が良かったのではないだろうか。


第1回放送の最後に公害について触れていて、高度成長の負の遺産を報道をするかと思っていたが、第2回では全く触れられることはなかった。

第2回では、バブル経済前後とロスト20年の話に終始した。分析を指標で示し歴史的な転換点となった金融自由化、低金利政策、プラザ合意を説明し、日本マネーがどのように膨張し崩壊したかを検証した。

こうした経済現象の理屈を説明されると退屈する。社会現象としてあったバブル景気の時代の風俗などは全くなく、第1回のように市民生活を描くことなく、ひたすらトップ経営者の栄枯盛衰だけになった。

ナレーションでは100人の当事者に取材といい、ディレクターも4人という陣営にも関わらずに伝わったことは少ない。残念だ。むろん取材しているだろうが、それをどう伝えるかだ。

ゲストの話があったが、ことばが急に切れていたりしてズタズタに編集されていると感じた。それはゲストの独特の意見と番組の構成上の問題ではないかと想像する。

以上、NHKを批判的にみているというよりも、歴史の評価という問題が大きいと感じる。まだ20年程度前のことを客観視することは困難で、当事者たちが現存する段階では配慮せざるを得ないだろう。

「気がつかなかった」「やるべきことをやれなかった」「自分たちが愚かであった」、政策や経営のトップたちが反省とも言うべきことを語っているが、それができなかった分析は総じて甘い。

この言葉はバブルを発生させ増長させ、後の混乱を招いたことだけでなく、戦前に日本が戦争に突入し歯止めが効かなかったことと符合し日本社会がずっと引きずっている雰囲気の問題であると感じる。

分かっていても雰囲気に飲みこまれて、言いたいことを自己規制し先延ばしにしていくという同じ姿勢を戦後も政策や経営のトップたちは抱えている。

これから人口減少社会という難局の中で、グローバルスタンダード世界の中で日本人がどのような方向性を持つのか明確なビジョンは示されなかった。「持続可能性のある社会」では、具体的な未来を描くことはできないだろう。それが高度成長期の具体的な生活目標があったこととは違うところだ。

さて、私自身のバブル前後を考えると、いわゆる財テクにもマネーゲームにも関わることは全くなかった。確かに金満な人たちの生き方は見ていたが、己の欲を満たすだけ、金だけの生き方には何の興味もなかった。バブル崩壊に生活崩壊した金満な人を見ても、それは自業自得と言えるべきものだと考える。

番宣に書かれていたが、バブル崩壊後から経済界のトップたちは事態を乗り越えるべく議論をしていたというが、そんなに書くべきことなのだろうか。それで何か変わったのだろうか!? 今の経済状況下、特に格差社会での困難をどのように防ぐのか、会社を守ることのみに主眼を置く視点だけでは庶民は生きられないのではないだろうか。

第1回では、庶民の努力を描くことができた。第2回は庶民を抜きにした経済現象を説明したのみだ。シリーズとして統一性が欠けてしまったことが残念である。

テレメンタリ―2015 皇軍大笑~“笑い”が国策だった時代~

テレメンタリ―2015
「シリーズ戦後70年(3) 皇軍大笑~“笑い”が国策だった時代~」
2015年5月11日 テレビ朝日
2015年5月16日 名古屋テレビ

戦場で漫才をする“わらわし隊” 日中戦争開戦後、戦場の兵士の戦意高揚のために派遣された戦時演芸慰問団。その名も「わらわし隊」。
そのメンバーは、当時のお笑い界のスーパースター達だった。太平洋戦争が勃発すると、“笑い”への規制は厳しくなり、国や軍部の意向を踏まえた「国策漫才」「国策落語」が多くなり、芸人を辞めさせられたものも現れた。
戦争を生きた芸人たちの真実を、当時を知る証言者、貴重な音源、知られざる台本の再現などで紐解いていく。

制作:テレビ朝日
ナレーター:濱田岳
ディレクター:堀江真平


・以前、NHKスペシャルで取り上げられた「わらわし隊」についてだったが、濃密な取材と資料確認でNHKを超えたレベルの仕上がりとなっている。

NHKで試みられた漫才の再現に加えて、今回は落語でも行ったり、写真・SPレコード・ニュース映像・朝日新聞記事等を加えたもので全体像が鮮明になった。

NHKでは極限されて、ある芸人にスポットをあてたが、今回は落語も加えてたり漫才作家・秋田實氏の漫才原稿まで提供された資料は数多い。

タイトルとなった皇軍大笑だが、朝日新聞の記事に中見出しとして書かれた 「皇軍大笑」の進軍 というものを利用したもの。そして戦時演芸慰問団「わらわし隊」だが、ニュース映像の見出しでは 「笑はし部隊」荒鷲隊笑爆 (中国・上海 1938) ということで、荒鷲隊をもじったものだと説明された。

番組で明らかにしたことは、日中戦争開戦当時と太平洋戦争に入ってからの慰問団の性格が変わったことだろう。それは単に戦地の兵士を慰問するだけのものから、検閲を伴った国内向けにもなる戦意高揚を目的とした国家戦略として使われるようになったということだ。

漫才作家・秋田實氏の例にあるように、次々と出される「スローガン」「標語」を取り入れた漫才の作成を余儀なくされ検閲の上でないと上演できなかった。また漫才師・内海桂子(92歳、1943満州・1944北京で慰問)の証言にあったように、芸人は鑑札なければ営業できないという統制があったことで従うしかなかったという。

参考
昭和15年に発令された「警視庁興行取締規則」により、警視庁公認の協会に所属する者に「技芸者の証」(一種の鑑札)が与えられたとある。警視庁公認の協会には「日本技藝者協会」があり、これは俳優、舞踊、邦楽、長唄、三曲、演奏家、講談落語、漫談、漫才、神楽曲芸、奇術各々の公認団体の会長から組織されているので、これらの職業に従事し各協会に所属していた人々に与えられたもののようである。
昭和15年以前は、明治期の芸能関係の地方税徴収のための鑑札があり、府県により対象となる職業などが異なるが、ほぼ上記の職業と同じものである。


国策漫才、国策落語など、現在では考えらないが当時は国家総動員として様々な仕組みで戦意高揚を図っていたことが分かる。

このドキュメンタリーとは異なるが、戦時中のニュース映像で、戦時国債を買いましょうというキャンペーンを扱ったものを見たが、同様な内容を漫才でも行ったことで、日本が急速に軍事大国化していくありさまが分かる。

当時従軍記者として中国にいたことある、むのたけじ氏(100歳、元朝日新聞記者)、柳家金語楼氏の娘さんなど貴重な証言(1942年 警視庁に落語家の鑑札返上、噺家廃業)も入れてさらに充実した構成となっている。

叶うならば、戦意高揚を指導した側の証言や資料もあれば完璧だったろう。

戦後70年、戦前・戦中に生きた人びとが少なくなっていく中で、戦争体験の伝承が強く求められる。また軍隊として派遣される兵士に、このような慰問団が組織されない時代にありたい。こうした優れた番組が早朝・深夜枠に追いやられて垣間見られることない現実を憂う。

NHKラジオ“ぼっち”を楽しめ~孤独のススメ~

“ぼっち”を楽しめ~孤独のススメ~
2015年5月6日(水・振休) NHKラジオ第1 午後5時05分〜6時50分

「“ぼっち”になるのが怖い」という風潮の中、「ひとりぼっちを笑うな」と大胆に提言したのは漫画家の蛭子能収さん。一人を楽しみ、孤独を力に変えて社会と折り合いをつけるには?明治大学教授の齋藤孝さん、タレントの光浦靖子さんと語り合います。

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【出演】蛭子能収,光浦靖子,齋藤孝
【司会】出田奈々


・孤独であることを恥じずに中身を深めていくことをテーマにするというトーク番組。出演者の生き方、事前の街頭インタビュー、番組Webアンケートを引用しながら進行。

本当は独りでいたいけど誘われると断れないの、行っても乗りが悪い・・・
話の輪に入って行けない・・・
友達を作るために自分を変える必要はないのか・・・

蛭子能収さんの著作『ひとりぼっちを笑うな』が6万部発行という。同じ第一放送のラジオあさいちばん「著者に聞きたい本のツボ」(2014/10/12放送分)で本人自身が紹介されたのを偶然聞いていた。彼はテレビに登場する機会も多く特異なキャラである。その彼が処世術を語ったのが同書で彼なりの哲学があることが分かる。一方で周囲のタレントの蛭子能収さんの評価はかなり厳しく、その行動を奇行として感じている向きもある。

以下に、出演者の言葉から気になるところを拾う・・・と(要旨)

蛭子能収
平和島ボートによく独りで行く。特に誰ともしゃべらずに競艇、映画を楽しむ。「友達はいらない」自分のしたい行動をすることが一番。友達がいると断わりにくい。テレビに出ている人はテンション高くしているだけ。社会との関わりはきちんとする。ひとりぼっちである前に自分のやりたいことを見つけること。

光浦靖子
仲がいい少人数の飲み会は大好き。エロス、欲が人を動かすパワーに。誘われるって嬉しい。2回誘ってみる。他人の意見がすべて否定的に聞こえるときは自分が間違いだ。自分が折れる、バカなふりをできる生き方、道化を演じることができる人がカッコいい。

齋藤孝
「人づきあい体力」がある人ない人。今の人は、気を使い過ぎ。本当の友達ならば断われる。SNSばかりで本を読む時間がないのじゃないか。友達とコミュニケーションをするだけで一日が終わってしまうのはもったいない。現在「合コン」は死語になっている、なんとなく緩やかにつながっている。今の若者は消極的で優しいので誤解されやすい。人慣れしていない。最近若い女の子が男の子に「話が面白くない」という、テレビの影響か…。ヘンな人の方が面白い、学生たちにはヘンな人ばかりが登場するドストエフスキーの作品を読ませている。年齢が上がるにつれて友達の位置が変わる。独りになっても本があるから大丈夫。本には人格があり、著者が直接語りかけてくれる。「偏愛マップ」趣味を書き出してみる。何気ない雑談でもできる人・機会を作る。独りになったら楽しめること・時間をどんどん作っていく。

番組はベストセラー本の深読みということであるが、孤独は楽しむ、勧めるものなのだろうか。この放送を聞いていて最後のまとめで語られた、「一人ぼっち」の問題よりも単に人間関係の問題に触れているだけという発言が的を得ていた。

同調性社会の日本は知らない間に同調することを強要し、できない人を排除する傾向が強く、意志とは異なっても利益のためには相手に合わせることを良しとする文化。何かじゃれ合っていることで安心を得たいという心理が働くのだろう。

一方で、独りを楽しめる人は社会との軋轢を感じながらも、自らの個性を評価しマイペースを貫くほかないことを経験から学んでいる。だから独りでいても怖いという気持ちはない。

アウトサイダーを自認する私も、青年期までは悩みが多く孤立と感じる場面も多々経験した。その個性が正当に評価できるようになったのは、社会人になってからの経験からだ。ただ孤独は勧めるものでない。

テレビを見れば分かるが、そこで重用される芸能人に感心はしても尊敬の気持ちは起こらない。何か違うものを感じる。彼らは自分を主張する術に長けているが、その実はあるのかと思ってしまう。

齊藤先生の話を踏まえていえば、中身のない人間どうしがコミュニケーションばかりしても何か生まれるのだろうかということだ。

こうした番組がラジオでひっそりと放送されるのも頷ける。孤独と孤立は違うと言った人も過去にいたが、集団で生きる場、個人で生きる場は自ずと違い、その集団と個という繋がりさえあれば濃淡はどうでもいいように思う。蛭子能収さんの結論のように、好きなことに打ち込めば孤独であることは問題にならないし、光浦靖子さん、齋藤孝先生のように本を大事にして内省を深めることが重要だということだろう。


ひとりぼっちを笑うな (角川oneテーマ21)

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新書: 229ページ
出版社: KADOKAWA/角川書店 (2014/8/18)

角川書店 特設サイト  http://www.kadokawa.co.jp/sp/2014/ebisuyoshikazu/

第一章
群れずに生きる
「つながる」は本当に必要?
大皿料理は大の苦手
食事会や飲み会はムダ話の宝庫
葬式が〝喜劇〟に見えてしまう
合作は手を抜く
友達はいらない


第二章
自己主張はしない
人の思考は十人十色
贅沢品・高級品で自己表現しない
誰かに「嫌われている」と思わない
余計なことしなければ嫌われない
「個性」は自分で決めない
自分を低く見積もっておく
「自分探し」と「自由」は違う


第三章
すべては自由であるために
いまの時代は生きづらくない
ときに友だちは自由を奪う存在になる
人生に「勝ち組/負け組」はない
自由でいるには稼ぎが必要
お金はとても大事なもの
限界に近づいたら迷わず逃げる


第四章
「孤独」と「死」について
幼少期からの孤独
ひとりだけどひとりでない空間
趣味は孤独を紛らわすもの
狂気は孤独の裏返し?
「死」は「孤独」よりも怖いもの
愛する人がいれば本当の孤独はない



制作担当
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株式会社すずまる  http://www.suzumaru.co.jp/



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