中村天風と積極的成功哲学


中村天風 【超貴重】肉声テープ

・中村天風氏は、実業人などから重用される精神的な指導者である。私はヨガを学んでいた時に、日本のヨガにおける先達として名前を知り、関連する書籍も集めてきた。

ただ中村氏の全体像を知っている訳でもなく、興味の対象とはなっていない。今回、動画で中村氏の肉声があり、その話し方と内容を聞きながら人柄を想像してみた。

「人生と積極性精神」と題する1時間の話。話は至極分かりやすく、くどいほど同じことを繰り返す。積極思考と対極にあるのが消極思考であり、積極思考が健康、運命を生きる上でカギとなるという。

この録音時期は記載されていないが、戦後かなりたってからのものだろう。中村氏の核心である肉体的な訓練や瞑想法の導入として録音されたようだ。

現在、プラス思考やマイナス思考のことはサラリーマンならば誰もが知っており、成功哲学は多くの人が語っているが、この時代に積極思考を大々的に喧伝した人はいないだろう。

テープを聞いても何ら新しいことはなく、至極当然のことばかりなのだが、それが実践できる訳ではない。トップリーダーを多く指導してきたためか、一般の人に対しては自分自身をコントロールできない人たちと見做す傾向が感じられる。

確かにトップリーダーに逡巡する思いがあってはならないし自らの信念を持って行動することが求められる。だから実業人には見倣うべき師匠なのだろう。消極的な思考がなければ全ては上手く運び、成功できるとする哲学は理屈としては正しく、そのために腹を作ることを同時に行うことが中村天風の神髄なのだろう。

欧米にも深層心理学の結果と称して、成功哲学を唱える人たちがおりサラリーマンにも人気が続いている。問題は、人間が自分を信じ切り行動を続けられるかということになる。

私個人は、こうした生き方をできる性格でなく自信もない。少なくとも帝王学としてリーダーたる人たちには持ち合わせていてほしいのだが、それが実現している社会であるとは全く感じられないのは、リーダーたちに決定的に欠けているものが何かあるからだろう。

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シミる栞:方丈記の処世術

† 方丈記には世の中のすべてが書かれていると薦められて現代語訳を読んだ。ご存じの通り、本文そのものは短くて通読するのに1時間もかからない。確かに飢饉や天災などの大惨事と都の疲弊ぶり、そして著者の世の中を見つめる思いが冷静で無常に満ちている。これが三大随筆なのだから日本人の心情は無常なのか。

‡ 当時の日本人と現代とは一体何が違っているのだろうか。金・権力のために右往左往し隣家との虚しい競争、そして没落と終焉というサイクルを通して、世の中には一つとして定まることがないことを知る。著者は隠遁し身軽に生きる生活を選んだ。つまるところ人間の生活はその通りなのだ。ただ、それでも自然や子どもに触れる生活を楽しんでいるゆとりがあることは現代にも通じることだろう。人生は無常であるが、そこに美学を見つけて、「それでも、生きていればいいこともあるよ・・・」と呟きたい。


現代語訳例・・・

方丈記(原文・現代語訳)
http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/houjyouki.html
学ぶ・教える.COM

素・極意ぃ~:映像 池田晶子(文筆家)


生きていることとは何だろう? 池田晶子 当たり前だけど不思議なこと


・書評誌の読者プレゼントで送られてきたのが池田晶子『事象そのものへ!』(法藏館、1991年)だった。池田にとっては話題となった最初の書籍で彼女の直筆サインが入っていた。単に姓名を書いただけの簡素なものだった。2007年に46歳で病死されたということで大きな印象がある。

その後、活躍の場が拡がったようでマスコミにも取り上げられるようになった。『14歳からの哲学―考えるための教科書』(トランスビュー、2003年)が話題となりニュースステーションに出演したのだろう。

映像を見ると自分の言葉を探そうという姿勢が垣間見られ結論を即断しないという方なのだと分かる。それが哲学者らしいのかもしれないが既存の哲学に拠らずに生きるという難しい問題を思い続けることはなかなか大変なことだ。テレビ出演なので事前の打ち合わせ・進行が決まっていたろうが、彼女の考えるペースはいささかも変わらないように見える。

自分の言葉で語ることは大事である。難しいことはあれともこれとも言える。その辺りを割り切って分かったように話す評論家の類がほとんどの時代にあって稀な存在だったのだろう。マスコミに登場する方に私たちが期待するのは、論拠のある分かりやすい切り口と結論である。そうした方が評価されて視聴率も取れることは間違いない。

とくかく余裕のない社会になり、ゆっくりと考えることもできなくなってしまった。結論を急ぎ、責任を追及し外野を決め込む。そうした傍観的な生き方しかできなくなった。ただ考えてみるべきことは、AかB、どちらに選択しようかという単純な問題ではなく、なぜ・どうしてなのだろうという複雑極まりないことが多い。

テレビの中で長く沈黙し言葉を選ぶことを許さない時代。より大事な本質的なこととは何かを彼女は示していたのだろう。私たちは生きるということにもっと直面しないといけないのではないだろうか。

シミる栞:藤山一郎「長崎の鐘」に第三番の歌詞があった

† 森繁久弥のエッセイを読んでいたら詩人・佐藤八郎(サトウハチロー)に触れたところがあった。森繁は八郎の父・佐藤公録の住居の近くに住んでいた。戦死した八郎の末子と森繁は幼稚園・小学生時代の友だちであった。戦後、放送でインタビューした八郎とはただただ号泣し合った。

‡ エッセイに付されていたのが、あまり歌われることのない「長崎の鐘」の第三番であった。歌詞は以下のようにキリスト教の宗教性が高い。そのためにカットされたわけでなくSPレコードに吹き込む制限で割愛されたのだろう。この件に関してはネット上でいくつも言及されている。古関裕而の音楽も本当に素晴らしいものである。被爆の悲惨さとともに明日に生きる勇気を与えられる。


  つぶやく雨の ミサの音
  たたえる風の 神の歌
  耀く胸の 十字架に
  ほゝえむ海の 雲の色
  なぐさめ はげまし 長崎の
  あゝ 長崎の鐘が鳴る




長崎の鐘

(上記の動画は通常歌われる音源に「新しき朝の光の さしそむる荒野にひびけ 長崎の鐘」という永井隆博士の短歌が入った藤山一郎バージョン。)

素・極意ぃ~:人間の単純さ

「私の生き方、その生育歴や精神形成に含まれている葛藤が形をとって現れたのが、……最高裁判所調査官時代のうつの発病だったと思う。ちょうど四〇歳のことであった。
入院していた病院で私が悟ったのは、人間の単純さということだった。一本のロウソクが小さく点り、しばらくの間輝き、やがて燃え尽きる。結局、人生というのは、それだけのことであり、そういう単純なものなのだ。私は、なぜ、ただそれだけのことを、こんなに難しくしているのだろう?」

瀬木比呂志『絶望の裁判所』198-199頁


・落語の演目に「死神」というものがある。その最後に上記のようなロウソクの例えがある。死神は、そのロウソクの長短で人の人生が分かり亡くなる直前に赴くという仕組みだ。少し恐ろしい感じもするが死期を悟ることは常人には不可能なことだ。

著者の裁判官時代の体験は、いわゆる頭脳型エリートの燃え尽きにも似たもので、自分自身の指向と本来性の葛藤が深いウツ状態を引き起こした。彼は、それを通して本当のことを自覚した。

考えることと任せることのバランスができれば、ずいぶんと楽な生き方ができる。著者の達観のように、自分自身ができることはしれているし狭いものだ。自ら死を選ぶ人たちが多いが、こうした気づきの時間があれば恐らくは考え直していくことだろう。

この社会に生きるときに社会に過剰適応することは非常に危険である。結局、自分のやりたいことも自分も分からないままに終わっていく。そんな人生を歩むことは生きながら死んでいるのと同じことだろう。


裁判官に広い世界を 「絶望の裁判所」著者
2014/4/1 中日新聞 朝刊

 再審開始の可否決定や、大きな訴訟の判決言い渡しがあると注目される裁判所。市民が参加する裁判員裁判も定着しつつあるが、まだまだ縁遠い場所だ。裁判官らの素顔もなかなか伝わってこない。元裁判官が明かす知られざる裁判所の世界とは-。(上田千秋、白名正和)

◆厳しい管理社会

 「裁判所は外部から閉ざされた特殊な空間。外部からは分からない、強固でありながら見えにくいおきてで統制されており、社会の感覚との間にずれが生じている」

 『絶望の裁判所』の著者で、明治大法科大学院の瀬木比呂志教授(59)は、裁判官の世界をこう言い表した。

 高学歴で博識、世の中の事情を熟知し、原告と被告双方の意見を冷静に聞き、適切な判断をしてくれる-。多くの市民は裁判官に、そんなイメージを抱くのではないか。統計はないが、裁判官は司法試験合格者の成績上位者から採用される、という印象もある。ところが、「一般的な学識や教養に乏しく、法律のことしか知らない人が増えているのが実態だ」と瀬木氏は指摘した。

 大半は大学卒業後、他の職に就くことなく裁判官になる。任官後は法曹界以外との接触を極力避けるよう暗に求められ、社会の一般常識を身に付ける機会は極端に乏しくなりがち。裁判所の上層部は、個々の裁判官が外の世界や市民と触れ合って自己主張を強め、統制が効きにくくなることを嫌がるという。

 「裁判所は、精神的に抑圧された収容所のような場所になっている」。問題は社会と隔絶された裁判官が閉じた世界でアメとムチで管理され、人事や出世のことしか目に入らなくなることだという。

◆独自の視点冷遇

 「多くの裁判官は、事なかれ主義や前例踏襲を是とする。独自の視点を持ち、画期的な判決を出すような人は、大都市以外の裁判所支部を転々とさせられることも珍しくない。また、近年はセクハラやパワハラも少なくない」。ピラミッド型の組織である裁判所は、その閉鎖性のため、他の省庁以上に荒廃しやすいという。

 例えば民事裁判では、裁判官が和解を勧めることが多い。当事者のことを思ってばかりではなく、困難な判断をする判決を避け、短期に処理したい動機に基づく場合も多いという。「多くの事件を抱え込む裁判官は、仕事が遅いとして評価が下がる。原告や被告を人というより訴訟記録上の『記号』としか見ていない裁判官は少なくない」

◆検察寄りに注意

 刑事裁判でも問題があるとする。「検察官は被告が無罪になると、人事上の大きな失点になるので、死に物狂いで有罪判決を求める。刑事に特化した裁判官は検察寄りになり、事件の本質を見つめる目を失いがちだ。推定無罪どころか、推定有罪が前提になっているような審理のあり方が問題だ」

 二〇〇七年、痴漢をしていないのに逮捕され、有罪になった男性を描いた映画「それでもボクはやってない」がヒットしたが、瀬木氏は「日本の司法ではいつでも起こり得る。目新しいとは思わなかった」。

◆過剰な守秘義務

 市民感覚を裁判に反映させる目的で、〇九年五月に始まった裁判員裁判制度にも問題があるという。導入の過程で、「長らく劣勢にあった刑事系の裁判官が、その基盤を強化するとともに人事権をも掌握しようと考えた」と瀬木氏は指摘する。

 懲役刑まである裁判員への過剰な守秘義務の規定は「密室の中で審理をリードしたいという裁判所の考えの表れであり国際的非常識」。裁判員六人に対し、裁判官が三人という構成になっているのも、裁判員の意見を通りにくくするためではないかとみる。「痴漢など、冤罪(えんざい)が起こりやすい類型の事件が、対象になっていないこともおかしい」

 瀬木氏の批判を、裁判所はどう考えるのか。健康上の理由で定年(七月)まで三カ月を残して退官するのを前に三月二十四日、記者会見した最高裁の竹崎博允(ひろのぶ)長官は、「中には不満を持たれる方もあるんだろう。ただ、多くの裁判官が職場としても、職務の内容についても、そういうネガティブな意見を持っているとは思っていません」と話した。

 ちなみに、竹崎氏は〇二~〇六年に事務総局のトップである最高裁事務総長を務め、裁判員裁判制度の創設に深く関わった。

◆会見で出席制限

 この記者会見が裁判所の閉鎖性をよく表しているといえる。会見場にいた記者は十五人だけだった。司法記者クラブに所属するマスコミ十五社から各一人しか出席を認められなかった。最高裁広報課によると、長官会見はいつもそうだという。

 本紙も東京社会部記者が出席したため、特報部記者は出席を拒否された。東京に拠点を持たない地方紙記者や雑誌記者、フリーランス記者も参加は認められない。

 「場所の制約がある」という理由だった。しかし、記者会見場は十五人より多い人数が入れる広さがあったという。

 同じく三権の長である首相や衆院と参院の議長の記者会見は、ずっと開かれている。それぞれの記者会見で人数の制限はなく、記者クラブへの所属も問われない。

 首相の記者会見には毎回、百五十人前後の記者が集まる。首相官邸報道室によると、民主党政権が一〇年三月、首相の記者会見を開放し、自民党政権に戻ってからもその流れが続いている。

◆司法官僚の発想

 瀬木氏は最高裁長官の記者会見の対応について、「上から目線が顕著な司法官僚特有の発想」と解説した。裁判官時代には、マスコミの取材依頼を断るよう命じられたり、無断で断られたりしたこともあったという。

 法学者らが〇七年に、民事裁判に関わった人にアンケートを実施したところ、「裁判制度に満足」という回答は約24%しかなかった。〇〇年の司法制度改革審議会の公式調査でも、裁判制度に「不満」が約46%で、「満足」は約18%にとどまっている。

◆市民に不利益も

 瀬木氏はこのままでは市民の不利益が続くとし、裁判所の根本的改革の必要性を訴える。今回、『絶望の裁判所』を出版した理由を、「裁判所の中枢に比較的近い所で、多くの経験をした。現在は学者として発言できる立場にいる。何も知らせないのは、市民に対する裏切りだと考えた」と説明した。

 「裁判官を弁護士から起用することを基本とする『法曹一元化制度』を導入するしかない。すぐには実現できないが、絵空事とは思わない。市民が自分たちの利益を守るため、声を上げていく必要がある」

 <瀬木比呂志(せぎ・ひろし)> 1954年、名古屋市生まれ。東京大法学部在学中に司法試験に合格し、同大卒業後の79年4月に任官。東京地裁や最高裁、大阪高裁などで勤務し、2012年3月に退官した。12年4月から明治大法科大学院教授。


カマスの祈り

後ろを歩かないで、私があなたの先導者になりませんように。
前を歩かないで、私が従者になりませんように。
並んで歩いて、私の友人であってください。 (カマス)

・この祈りのように割り切ることは難しい。

やはり自分自身が中心であることは変わりないが、その思い・決定の中で自己のみでないものが幾分でも入っていればいいと思う。

人間は神を利用することには長けている存在である。だから祈りと言えども、隠れた動機が自覚されないうちは何も祈らない方が私は相応しいと思う。それほど人間は巧妙に神を覚える。

祈らなくても、現実にあるそのままが、神の御心であるということが分かれば、ただ得心すればいいだけのことだ。

山本五十六

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やってみせ
言って聞かせて
させてみて
ほめてやらねば
人は動かじ

 山本五十六(元帥海軍大将)

・恐らく人間に熟知された方であることが分かる名言。

ブラック企業という名称が一般化するにつけて、人間をきちんと扱えない組織が多い。使い捨てや過労死させては組織にとっても何ら発展は起こらない。

よく上司にしたい芸能人というアンケートがあり、時々にドラマなどで流行った主人公が選ばれることが多い。そうしたリーダーに共通するものが、上記のような人間に対する見方だろう。

誰もが、こうしたリーダーにはなれないにしても、こうしたリーダーをトップに据えることができない組織は衰退することは明らかだろう。

魂の言葉32

時は、それぞれの人にとって異なる歩調で歩むのだ。(シェイクスピア)

・時間には長さで測れないものがある。例えば熱中していれば時間は早く過ぎる。時を自覚できれば人間は大きく変わることができるだろうね。

茨木のり子「苦しみの日々 哀しみの日々」

苦しみの日々 哀しみの日々」茨木のり子『倚りかからず』(1999、筑摩書房)


苦しみの日々

哀しみの日々

それはひとを少しは深くするだろう

わずか五ミリぐらいではあろうけれど


さなかには心臓も凍結

息をするのさえ難しいほどだが

なんとか通り抜けたとき 初めて気付く

あれはみずからを養うに足る時間であったと


少しずつ 少しずつ深くなってゆけば

やがては解るようになるだろう

人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も

わかったとてどうなるものでもないけれど

    (わからないよりはいいだろう)


苦しみに負けて

哀しみにひしがれて

とげとげのサボテンと化してしまうのは

ごめんである


受けとめるしかない

折々の小さな刺や 病でさえも

はしゃぎや 浮かれのなかには

自己省察の要素は皆無なのだから




・苦しみ悲しみが人を少しを深くする。

それがたとえ僅かであっても、よく分からなくても・・・

それをしないと、他物にサボテンの棘のように接してしまう哀しみ。

喜怒哀楽、人間の実相。

茨木のり子「時代おくれ」

時代おくれ」茨木のり子『倚りかからず』(1999、筑摩書房)


  車がない

  ワープロがない

  ビデオデッキがない

  ファックスがない

パソコン インターネット 見たこともない

けれど格別支障もない


  そんなに情報集めてどうするの

  そんなに急いで何をするの

  頭はからっぽのまま


すぐに古びるがらくたは

我が山門に入るを許さず

   (山門だって 木戸しかないのに)

はたから見れば嘲笑の時代おくれ

けれど進んで選びとった時代おくれ

        もっともっと遅れたい


  電話ひとつだって

  おそるべき文明の利器で

  ありがたがっているうちに

  盗聴も自由とか

  便利なものはたいてい不快な副作用をともなう

  川のまんなかに小船を浮かべ

  江戸時代のように密談しなければならない日がくるのかも


  旧式の黒いダイアルを

  ゆっくり廻していると

  相手は出ない

  むなしく呼び出し音の鳴るあいだ

  ふっと

  行ったこともない

  シッキムやブータンの子らの

  襟足の匂いが風に乗って漂ってくる

  どてらのような民族衣装

  陽なたくさい枯草の匂い


  何が起ろうと生き残れるのはあなたたち

  まっとうとも思わずに

  まっとうに生きているひとびとよ




・便利なものがなければ生活ができないこともない。

電気がなければ、好きな音楽CDも、ラジオも聴けない。

原発が止まり、節電の夏を過ごし、現代が電気で動いていることを知る。

私たちが失ったのは、人間の五感を動員する生き方であり、クライシスを生き延びるのは、文明人と言われる人たちではないだろう。

そうした古の智慧を捨て去り、日々蓄積されるゴミのような情報に踊らされる。

スマートフォンの普及を見ていると、それで豊かになったのかという疑問である。

悠久の時間を感じ、星空を眺めて、過去から未来を想いいる。

そんな時間の豊かさを知らないことは、豊かでないということだろう。
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